陽の光に反射する雪化粧は眩いほどに強く、クラウドはそれが堪らなく嫌いだった。
気持ちとは裏腹に明るすぎる世界、雪国を知らぬ者が訪れたのなら自然の神秘と感動を覚えるような白銀の景色、恵まれたものが言える言葉だとクラウドは思った。
「クラウド、今日もいい天気よ。外に出て皆と遊んできなさい」
(……また、それだ)
母クラウディアがクラウドを起こしにいく時の常套句。クラウドはいつも返事をせず、腹の音が鳴る頃になると居間に出てくる。それが日常だった。
村といっても整地されていない山々に無理矢理作り上げられた建物。住民ですら顔を知らない者がままおり、郷土料理もなければさしたる観光スポットもない。
あえて挙げるなら村はずれにある不気味な屋敷、もしくは山一つ越えた先にある魔晄炉ぐらいだろう。
クラウドは
そんな村ではしゃぐ歳の変わらない子供たちが馬鹿らしく見えた。雪遊びしか出来ない中で何をそんなに楽しめるのだろうかクラウドには分からなかった。
そう思う割にはクラウドは毎日村で騒ぐ子供たちを目で追っていた。
一人の少女を探していたのだ。
「――ティファちゃん、今日もいないわね?寂しい?」
「……そんなんじゃないよ」
「早く具合良くなるといいわね」
「……うん」
寄り合いの集落とはいえ、ニブルへイムという名称が付くようになったのはロックハート家の力が大きい。
貧しい北部出身でありながら一代で財を成したロックハートは神羅が北部辺境地に魔晄炉を建設し、その管理を任されていたこともあるが国を追われた者、捨てざるを得なかった者を募り、村を作り上げた。
その人柄は噂となり遠路はるばる訪れる者もいるほどである。
だが吹き荒ぶ大地が身体に応えたのか、妻子は体調を崩す事が多く、家から外に出る機会は少ない。
ロックハートの一人娘であるティファもこの1週間は熱が下がらず、寝込む日々が続いていた。
村で唯一、歳の近しい女の子であるティファに村の男の子達は皆心惹かれていた。
クラウドもその1人だった。
……………
「――そうですか、強盗に家を燃やされ、わざわざ帝都からここまで……大変でしたね」
「えぇ、まぁ……挙句に嫁にも逃げられて、それでロックハートさんの噂を聞いて。情けない話です」
父は嘘をついている。
アカメは知っていた。
ギャンブルに溺れた末に借金取りに追われ、家を焼かれた始末を。帝都にいられずに逃げ出したことを。
母は美しかったがすぐに夫を、そしてアカメとクロメを捨てた。
唯一母娘の繋がりがあったのは闇に紛れてしまうと思うほどの漆黒の髪だけ。
アカメは自身の黒髪が嫌いだった。
男を誘うように黒髪を靡かせる母の姿が嫌いだった。
何度も髪を切り、染めてしまおうかと考えたが妹のクロメがアカメの長い黒髪が好きだと言うとそれを受け入れた。
アカメの父がアカメとクロメを連れていたのは愛情などではない。
ロックハートに救いを求めるのに幼い子を2人抱えていれば情に訴えることが出来ると踏んだだけである。
事実、かれは酷く薄汚れ傷ついた姉妹を見てアカメ達親子に衣食住の環境を与えることを決めた。
「君……、アカメちゃんだったかな?顔をよく見せてくれないかい?」
「……?……はい」
「やっぱり……!そっくりだ!ウチのティファに!」
「ティファ?」
ロックハートは長い黒髪と緋色の瞳が娘のティファに瓜二つだと見ると大層アカメを気に入ったのか、クロメ共々直ぐに身なりを整えさせた。
一層娘と見紛うばかりとなったアカメにロックハートはより目を輝かせる。ふと写真立てに飾られた家族写真に目をやったアカメはそこに映った「もう1人」の自分を見た。
(なんて幸せそうなんだろう……)
そこに映るティファはとても朗らかな笑顔だった。優しい両親に囲まれた、汚れを知らない乙女。
容姿は瓜二つなのにまるで正反対の境遇。
まるで自分の光と影を見ているような気分になるとアカメはその場を飛び出していた。
慣れないワンピースと靴に途中何度も転びそうになりながらアカメはひたすらに走った。
やがて息も切れ、足を止めたところで漸くアカメは自分が今どこにいるのか周囲を伺う。
周りを見渡せども広がるのは一面白の景色のみ。自分の足跡も降り注ぐ雪にかき消され、どこから来たのかも分からない。
防寒具も纏わず、汗ばんだ肌に猛烈な寒波が襲いかかると急速にアカメの体温を奪っていく。
堪らず膝を折るアカメだったが、少女一人にまるで悪意のように荒ぶ風は一向に収まる気配を見せない。
(神様はどうして私に優しくしてくれないの……?)
妹のクロメがいれば姉として気丈に振る舞えた。強い姉でいられた。
だが今ここにクロメはいない。
そして瓜二つのティファの姿を模した自分に、アカメは「何の力もない少女」であることをまざまざと思い知らされる。
「寒い……、寒いよ……!」
いつ以来だろうか、瞳から零れた涙すら瞬時に吹き飛ばす豪風にか細い声までかき消されるとアカメは静かに目を閉じた。
「――丈夫!?」
人の声が聞こえた気がしたが幻聴だろう、アカメはそう思った。
こんな所に人が来るわけがない。神に見捨てられた自分に救いなんてあるわけがない、と。
もはや寒さすら感じなくなってきた肩に触れる温もりがアカメの閉じていた瞳をゆっくりと開かせる。
「大丈夫!?しっかりして、ティファ!!」
「だ……れ……?」
白しか色が見つけられなかったアカメの瞳に金色の髪と翠色の瞳をした少年が映る。
クラウドとアカメ。
2人の出会いは運命的と呼ぶにはあまりに不似合いな場と誤解から始まった。
次回は本編13話です。
零は本編のネタバレしない範囲まで随時更新していきます。