クラウドが斬る!   作:ばうむくうへん

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暗黒街の首領を斬る(前編)

魔晄炉爆破事件から1ヶ月。

 

暗殺集団ナイトレイドと環境テロリストアバランチが結託した可能性が出たことに帝国内は浮き足立っていた。

それぞれ対応に苦慮していた組織が手を組んだとなれば、それはかつてない脅威となる。

爆破テロに乗じて要人暗殺という手を取られれば、最悪の場合帝国中心部まで賊の侵入を許すことになってしまう。

 

加えて帝国からは多くの名将が離反、反乱軍に合流している。先日も戦上手のナカキド将軍、ヘミ将軍の2名を失い、

大臣の圧政を告発しようとした内政官も処刑され、内部においても状況は芳しくなかった。

 

「うろたえるでない!所詮は烏合の衆!却って掃討の手間が省けたというもの!」

 

謁見の間において幼い声が響く。

現帝国皇帝による勇ましい鼓舞である。幼いながらも帝国の長としての姿勢は動揺する幹部らに感銘を与えた。

尤も先の発言一言一句が大臣オネストに用意された台詞をそのまま口にしただけのこと。

実質的な政権を握るオネストによって操り人形と化していることも気づかず、ひと仕事をやり遂げたと意気揚々にその背に似合わぬ玉座につく。

 

「まこと陛下は名君にございますなぁ。感服いたします」

 

皇帝のご機嫌を取ったオネストは手に持った肉を貪る。そも謁見の間においてそのような立ち振る舞いを一切咎められない。

幹部達も大臣オネストの独裁に思うところはあったが、前皇帝の急逝により混乱に陥った帝国を瞬く間に立て直し、各方面の内乱鎮圧にも率先して指揮をとった功績は絶大であった。

そしてオネストでなければ御しきれない『戦力』を帝国が有していることも一因である。

 

「状況によっては北部に派遣したエスデス将軍を帝都に呼び戻しましょう」

 

その名を聞いた幹部達が一層の動揺を示す。自国の将軍召喚に不自然な反応。それは『エスデス』将軍に対して明確な畏怖の表れでもあった。

 

大臣オネストによる公開処刑などまだかわいいと思えるほどエスデス将軍の虐殺ぶりは帝国内でも有名である。一切の慈悲なく敵を蹂躙し、拷問すら己の趣味の延長に過ぎない。

現在遠征に向かっているのも戦場という遊び場を求めてのことであり、その残忍性を容認できる人間などオネスト以外帝国には存在しない。

エスデス将軍を召還することは新たな災厄を帝都に持ち込むことになる、幹部達にとってこれ以上の問題を抱えることはどうしても避けたかった。

 

「オネスト様、ひとつよろしいですかな?」

 

張り詰めた空気の中、オネストに物怖じせず進言できる者など今この場においては一人しかいない。プレジテント神羅だ。

大臣との関係は周知の事実ではあるものの、この瞬間は誰もが心臓を掴まれるような気分になる。

迂闊な物言いで大臣の逆鱗に触れはしないだろうか、その矛先が自分に向けられないだろうかと近衛兵は息を呑んだ。

 

「アバランチに関しては私に任せていただけませんでしょうか?」

「ほぉ、これは頼もしい限りですな、プレジデント卿。なにか秘策でも?」

「ふふ……、蛇の道は蛇、ということです」

 

含みを持たせた言い方にオネストもまた「お手並みを拝見」と不気味な笑みを返した。

 

……………

 

ぜぇぜぇと男は息を切らしながら、路地裏を駆ける。身なりは清潔とは言えず、ボロボロのコートを靡かせながらその左手には金銀の硬貨が詰まった袋、右手には短刀を構えている。

穏やかな様子ではないことは明らかだ。

 

貧民街エリア「ミッドガル」、帝都の外周部にあたるここは壱番街から八番街まで数えられる。

いずれも治安情勢は悪く、この男のような輩も決して珍しくはない。

帝都警備隊が巡回しているものの、全てのエリアを管轄することは難しく、実質無法地帯となっていた。更に外周部という限られたエリアに根ざしていることもあり、迷路のように複雑な構造となっている。

 

窃盗を働いた男は常習犯、その逃走経路は複雑で帝都警備隊はおろか、地元の人間ですらその足跡を追えた者はいない。本来であれば一服をつけながら金銀枚数を数えているところだ。

だが、走れども一向に男が歩を緩める気配はない。それどころか全速力で駆け抜けていたのはいつまでも背後に迫る気配が離れなかったからである。

幾重にもなる通路を右に左に曲がれども己の影のように付きまとう「何者か」を恐れ背後を振り返るがその姿は見えない。

 

遂に男は路地裏から街頭へと姿を現す、日中であればスラム街とはいえ人通りも多い。人並みに紛れ込むことで見えない追っ手を撒くつもりだった。

玉のように湧き出た汗を拭い、懐に得物を隠す。呼吸を整え次の歩を進めようとした瞬間、ポンと自分の右肩に手が置かれる。

条件反射で振り返った男の前には年端もいかない少年が目の前に立っていた。

 

「いい運動になったかよ?」

「……なっ!?」

 

その眼光の鋭さに気圧された男は咄嗟に後ずさると本能で得物を懐から取り出すと同時にその行動を後悔する。

人目につく街頭で先行して刃物を手に取ってしまったのだ。もはや言い訳がきかない。

更に少年の後ろから声を荒らげているのは先程男が窃盗を働いた相手だった。必死に逃げたはずの男だったが自分も知らぬ間に現場周辺へと追い戻されていたのだ。

『現行犯』という逃れようのない立場になった以上、男が取る道はひとつ。目の前の少年を退け、再び逃げることしかない。

我流とはいえかつては帝都警備隊をも退けたことのある短刀術、間合いを一気に詰めると軌道の読みづらい左斜め下からの斬り上げを繰り出す。

 

「全っ然、おせえよ!」

 

男の短刀が少年に届く前よりも先に抜剣した少年の剣が振り下ろされると刃渡り10cmに満たない刀身を斬り落とした。

短刀を手にしていた右手首もその衝撃にへし折れたのか、男は悲鳴を上げその場を転げまわる。

過剰防衛とも捉えられかねない反撃だが、ここミッドガルでは見世物としては上々、白昼の捕物に歓声が上がった。

 

その歓声に少年は年相応の笑顔で応えると、帝都警備隊に連行すべく蹲った男の胴回りを縛り付ける。男には懸賞金がかけられていた。

過去の件数も含めその額は中々割がいい、少年の笑みにはそんな邪な思いもあった。

 

「テ、テメェ……、何もんだ!?」

 

男は少年に尋ねる。名も知らぬ小僧に捕われるなど犯罪者なりの誇りが許さなかったのだろう。

少年は何か気恥ずかしそうに頬をかいたあと、その問に答える。

 

「俺はタツミ、……『何でも屋』のタツミだ!」

 

 

……………

 

 

シェーレは帝都へと帰省していた。

潜入、ではないのは彼女は帝都出身かつ手配書に登録されていないため。

堂々と正門から入ると、慣れ親しんだ道を進む。道中何度も転びそうになった事を除けばその足取りは軽かった。

 

ナイトレイドの中でも彼女の加入理由は変わっていた。

元々おっとりしていた性格ゆえか何をやっても上手くいかず、周囲から冷ややかな目を向けられていた彼女は人知れず涙することも多かった。

そんな彼女でも気遣ってくれる友人がおり、共に過ごす時間はシェーレにとって何よりの救いであった、あの日を迎えるまでは。

 

シェーレが家で友人と団欒していると、友人の元彼氏という男が突然訪問してきたがその様子は明らかにおかしかった。

焦点が定まらない目、激しい呼吸、極度の興奮状態、それは麻薬による中毒症状だった。

 

会話もままならず遂には友人の首を絞め始めると、シェーレは当たり前のように次の行動を取った。

友人が苦しんでいる中でも普段と変わらぬ速度で歩を進め、台所から刃物を取ってくると何の躊躇いもなくその刃先を男の首筋に刺し込んだ。

 

男は即死、寸分狂わぬ急所への一撃だった。男を止めるためなら最初に警告するか、気が動転して斬りつけたにしても頚動脈ではなく友人の首を締めつけていた腕などでもいい。

シェーレの頭の中には初めから男を『殺す』ことしかなく、それが友人を助ける最短にして最適の方法であることを理解していた。

その一件は正当防衛で処分されたものの、現場のショックから友人と別れたシェーレに残された道は一つ、人の道を外れた外道しかなかった。

 

生死問わずの賞金首を狩り続けている内に帝都内での立場は無くなったが、外道の彼女でも受け入れてくれる掃き溜めの街、ミッドガルは実に心地が良かった。

出自など一切関係なく、悪人を殺して生計を立てる彼女を蔑むものは一人もいない、寧ろ女性ながら逞しい生き方と褒められた。

後に殺しの才能を買われナイトレイドにスカウトされて以降も、任務のない日はミッドガルに日参することが彼女の囁かな休暇の楽しみでもあった。

 

特に最近彼女には新しい友人が出来たようで先の足取りの軽さも早く友人に会いたいと気持ちが急いた表れであり、待ち合わせ場所へと急ぐ。

伍番街エリア、スラム街には似つかわしくない寂れた教会。シェーレが教会の扉を開くと、天井屋根が空いた隙間から差し込む陽光が照らす中央にだけ咲き誇る花々、そこに一人の女性が花を慈しんでいた。

 

「こんにちは、エアリス」

「あ、こんにちは、シェーレ。見て、お花。いっぱい咲いたの」

 

シェーレの挨拶にエアリスと呼ばれた女性が応える。大人びた雰囲気がありながら独特な話し方はシェーレと波長が合うのだろうか。

 

2週間前、いつものようにスラム街を歩いていたシェーレは以前アジト近辺の露天商が集う市場で出会った花売りの女性を見かけた。

外周部とは言えミッドガルは広い。今まで彼女を見かけなかったのもあまり立ち寄ることのなかった伍番街だからなのか、何か運命めいたものを感じたシェーレが声をかけると、女性は「また会えたね」と微笑む。その女性こそエアリスだった、それから彼女達が親しくなるのに時間はかからなかった。

 

シェーレはエアリスと話すのがとにかく楽しく、自分のたどたどしい話し方や、締まりのない話題も全てを優しく包み込んでくれるエアリスの笑顔が大好きだった。

エアリスも同年代、同性の友人が近くにいなかったのか、シェーレが教会に来てくれる日を待ちわびていた。

とはいえ仕事柄休暇の定まらないシェーレには待ち合わせの日時を指定することが出来ない、にも関わらずシェーレが教会を訪れる度にそこに必ずエアリスはいてくれた。

そのことをシェーレは不思議に思ったが、エアリスと談笑する内にそのうち忘れてしまっていた。普段から物忘れの多い彼女らしいといえばそれまでだが。

 

シェーレもエアリスも互いに何故スラム街にいるのかという質問はしなかった、する必要がなかった。聞いたところで楽しい話にはならないことがお互いに分かっていたのだろう、最近では帝都内で流行している舞台「LOVELESS」や、新作の甘味物など取るに足らない話がほとんど、それは今もこれからも変わらない。次にシェーレの口から突如として物騒な言葉が出てくるまでは。

 

「ところでエアリスは知っていますか?最近まで帝都で出回っていた麻薬の噂を」

 

シェーレは帝都への帰省と合わせて一つの任務を受けていた。

きっかけは帝都の色町で大量に出回っていた麻薬密売組織の撲滅依頼。その密売組織のボスであるチブルをはじめ、標的対象の売人グループはナイトレイドにより天誅が下されたが、一連の事件には裏があった。

 

一介の犯罪グループでしかなかった組織が色町を牛耳るほどの巨大な組織となったのも、資金や販売ルートの斡旋をしている者がいると判明したのだ。

尤もそれは死に際にチブルが言い残した言葉からでしかなく、推測の粋を出ていない。だが実際に短期間で拡大した犯罪組織のボスの言葉を死に際の戯言と片付けるには早計と見たナジェンダは色町という帝都でも闇にあたるエリア、さらに深い闇となればミッドガルしかないと踏むと帝都への出入りが自由であり、スラム街に馴染んだシェーレ、レオーネの2名に調査を命じていた。

 

シェーレ自身エアリスに相談をすることは本意ではない。エアリスとは暗い世界とは関係ない話を楽しむ関係でいたかった。だがミッドガルの闇の深さは帝都の比ではない。非合法の組織は数え切れないほどであり、たった2人の調査には限界があった。現地の人間からの情報提供が頼みの綱というのが正直なところである。

 

シェーレの質問にエアリスは一瞬だけ驚きの表情を見せたが、その問いかけが冗談ではないと悟ると静かに瞳を閉じる。記憶を辿っているのだろうか暫くして瞳を目を開くと首を横に振った。

 

「ごめんね、聞いたことないかな」

 

その一言を聞いてシェーレは胸を撫で下ろす。調査に進展はなかったがエアリスをほんの少しでも闇に触れさせずに済んだのだと安心した。

 

「こちらこそすみません、突然こんな話をしてしまって。実は―」

 

シェーレは過去の一件をエアリスに話した。突飛すぎた質問の辻褄合わせでもあったが今回追っている麻薬の出所が繋がっていることを考えれば嘘ではない、いずれ耳に入るであろう自身のスラム街での生き方についても正直に伝えた。

シェーレは嘘をつくことが苦手な性格で密偵には適していない。それは自他共に認めているところであり、今回の調査もレオーネ1人だけの任務になるところを本人たっての希望ということで任されている。麻薬による不幸を体験していた彼女の気持ちをナジェンダが汲んだ形だ。

 

「生きるのって難しいよね。でもシェーレと出会えて私は嬉しい、楽しいよ」

「ッ……ありがとうございます」

 

シェーレはかつての友人のように自分を恐れ離れていってしまうことも覚悟していたがエアリスの反応はいつもの優しい笑顔だった。慈悲にも似たその笑顔にナイトレイドであることも思わず話してしまいそうになるが、グッと言葉を飲み込む。

 

「あ、でもそういうことならいい方法があるかも!」

「方法、ですか?」

「うん、最近七番街で『何でも屋』さんっていう仕事をしてる人がいるみたい。シェーレの力になってくれるかも!」

「あ、それは……」

「私、案内するね。いこ、シェーレ」

 

エアリスが提案した「何でも屋」とはクラウドとタツミのことだろうとシェーレは感づく。ナジェンダから接触は極力避けるよう念を押されていたが、手を引きながら案内を買って出てくれたエアリスに押される形でシェーレは七番街へと向かうことになった。

 

 

……………

 

 

「手配書にあった窃盗犯です。確認よろしくお願いします!」

 

そう言うとタツミは帝都警備隊詰所に男を突き出す。懸賞金は取り調べの後だと言われ、暫く詰所前で時間を潰すことになったタツミは暇つぶしがてら、この1ヶ月を振り返ってみた。

 

改めて「何でも屋」を名乗ることを決めたタツミだが恥を忍んでセブンスヘブンで住み込みの仕事をさせてもらうよう頼み込んだ。

依頼内容次第で何でも請け負う「何でも屋」、口にすれば簡単だが「何でもする」ということは「何でもできる」に等しい。慣れないスラム街で生き抜いていく為にも先立つものは必要であった。

 

幸いにして表立ってのオーナーであるティファから了承を得ると、タツミは馬車馬の如く働いた。セブンスヘブンは小さなバーであるが看板娘であるティファを目当てに来客は中々多い。ゴロツキばかりの接客、酔った客同士の喧嘩の仲裁、気苦労が絶えない環境の中、タツミは逞しかった。数回とはいえ修羅場を経験した彼にとってはスラム街のゴロツキなど威勢のいい輩にしか映らない。喧嘩の仲裁も両者を組み伏せ、酒のツマミと叫ぶ客には故郷で鍛えた手料理で黙らせた。今ではタツミの料理目当てに来客することも増えてきている。

そのような環境下においてタツミは「何でも屋」として必要な観察力を養うことを念頭に置いていた。短期間ではあったが、ナイトレイドのアジトにて鍛錬を受けていたブラートからも忠告を受けていた「周囲に気を配る」力を。

 

客の些細な言動を見逃さず、注視する。スラム街のバーともなると各地の情勢、トラブルなど仕事のネタを仕入れるには事欠かない。

そうしてタツミはセブンスヘブン従業員の傍ら「何でも屋」としての仕事を徐々に開拓していった。

 

人探しから近所のマッサージ、最初はおつかい程度のものだったが、現地住民との交流はなによりもタツミのプラスになった。土地勘のない自分が先の窃盗犯を追い込むことが出来たのも迷路を娯楽としていた子供たちとの交流からであり、腕に覚えのある輩との実戦は着実にタツミの地力を向上させていく。通り一辺倒の戦い方、生き方しか知らなかったタツミにとっては見るもの、聞くもの、触れるもの、その全てが経験値となって積み重ねられていた。

 

「また懸賞金待ちですか、タツミ?」

 

天を仰いで呆けていたタツミはその声に顔を下ろすと、そこには馴染みの顔が2つあった。

 

「セリューさん、それにオーガさんも」

「なんだ、俺はついでか、タツミ?」

 

そう言うとオーガはタツミの頭をわしわしと掻き乱す。

帝都警備隊隊長オーガと隊員セリュー、先の魔晄炉爆破事件においてそれぞれクラウド、タツミと邂逅したこの2人は『今』はタツミとすっかり親しい間柄となっていた。

 

魔晄炉に常駐していた帝都警備隊員達の事件当時の記憶が曖昧になっている、その報は軍内通信を傍受したジェシーによって発覚した。

そのことは当然帝都国内では内密となっている、魔晄炉爆破により現地職員は全員死亡、討伐隊も全滅という失態の上、常駐していた帝都警備隊全員が生存し当時の記憶が無いとあっては帝国の沽券に関わるどころでは済まない。全員処刑にされてもおかしくなかったが穏便に処理されたのはあくまで面子を保つためである。

 

不可思議な現象は勿論クラウドの帝具バスターソードの能力によるものだ。

クラウドが帝都警備隊の『記憶』を斬ったのは不殺の精神からではない、式典参加にソルジャーが派遣され厄介払いに近い形で帝都警備隊が爆破目標である魔晄炉に配備されていることは通信傍受により事前に把握していた。だからこその襲撃だったとはいえ、帝都警備隊は本来ミッドガルを中心に編成されている。その人員全てを斬り捨ててしまえば無法地帯に近いとはいえ抑止力を完全に失ってしまうことになる。ティファを守るという約束を果たすためにクラウドなりの考えであった。

とはいえ無口が災いしてか、タツミからはセリューを殺害したと怒りの目を向けられ、後にバレットからは神羅に寝返る気ではないかという疑念を持たれることになったが。

 

「今月だけでもう3人目の賞金首捕獲か、やるじゃねぇか」

「本当に!正義の心を持った人に悪が絶たれるのは気持ちがいいです!」

「どうだ?その気があるなら推薦してやるぞ?」

「タツミが警備隊に入ってくれればきっと悪を根絶やしにできますよ♪」

 

敵、味方を考えなければオーガは豪快で粗野な面が目立つが部下の面倒見は良く、セリューは正義、悪が口癖だが市民に対しては上流階級から貧民まで分け隔てなく接する軍人として模範的な人間、タツミの眼にはそう映った。故郷を出て立派な軍人を志していた頃の自分であれば、この状況を嬉しくも思ったろう。何も知らなければ、何も起こらなければサヨとイエヤスも交えて帝都の明るい未来の話でもしていただろうか。浮き立つ2人に笑顔を作っていてもタツミの心は欠片も笑っていない。

 

何でも屋として情報収集をしている中でオーガの悪評は嫌というほど耳にした、賞金首を目の前にしたセリューは人を見る目ではなかった。帝国の腐敗の影響は一警備隊にまで及んでいる、セリューが生きていた事は嬉しかったが、彼女の内面を知った事は寧ろタツミの心に暗い影を落とすことになった。

 

「それじゃあ、俺は失礼します」

 

懸賞金を受け取ったタツミは軽く頭を下げると足早に詰所を離れる、自分に期待を寄せる2人の視線が背中に刺さるのを感じながら。

 

 

……………

 

 

レオーネは逃げていた。

身元が割れていない彼女が逃げる理由は一つ。

 

「レオーネ、テメェ金返せコラァ!!」

 

元々スラムの生まれで育ってきた彼女は腕のいいマッサージ師として有名で、現地人との交流も深い。今回の調査にはうってつけのはずだが麻薬に関わりそうな組織に文字通り「借り」が多すぎた彼女は逆に追われる身となりこの始末、調査は遅々として進んでいなかった。

 

「レオーネ、こんにちは」

「こんちはー!」

「今度、肩揉んでおくれよ」

「あいよぉ!」

「レオーネ、今夜呑みに行こうぜ!」

「また今度なー!」

 

 

追われるレオーネの姿はスラムでの風物詩となっており、走り去る彼女と会話が出来る者もままいる。駆け抜けながらもその一人一人に応えていくレオーネは逃亡しながらも余裕があった。

 

「レオーネ、金を返してもらおうか」

「……ッ!!?」

 

か細い小声にも関わらず誰よりも耳に届く、気付いた時にはレオーネのすぐ後ろでクラウドが追走していた。

 

「またお前かよっ!?いい加減にしろよな!」

「それはこちらの台詞だ。いい加減アンタの顔は見飽きているんだ」

 

クラウドが何でも屋としてスラムの借金取りから複数件依頼を受けていたがその全てにレオーネが絡んでいた。報酬の対象が1人という美味い条件とはいえさすがのクラウドもやれやれと溜息をつく。相互不干渉を通すつもりが何の因果かよくも出会う。クラウド相手では流石のレオーネも軽口を叩く余裕はない。帝具ライオネルを街中で発動するわけにもいかず、素の状態で逃げおおせるほど相手は甘くないのだ。

 

「こうなりゃ最後の手段だ!」

 

何を血迷ったかレオーネはセブンスヘブンへと逃げ込むが、当然クラウドも後を追う。アバランチのアジトとはいえ表向きは小さなバー、逃げ隠れ出来るはずもない。クラウドが入口の扉を開くとレオーネは直ぐに見つかったのだが…

 

「助けて、ティファ!クラウドに襲われる~!」

「なっ……!?」

「私は嫌だって言ったのに、クラウドが無理矢理……!」

 

レオーネはティファに抱きつきながら助けを求めていた、あらぬ誤解を振りまきながら。

あまりの事態にクラウドは言葉を失う。普段冷静な彼が明らかな動揺を見せると、追い打ちをかけるようにレオーネは獅子ならぬ猫を被り啜り泣く真似をし始めた。

 

「クラウド……今の話、本当?」

「違うんだティファ。追っていたのは事実だがそうじゃない。話を―」

 

次の瞬間にはティファが手にしていたグラスがクラウドの顔面に迫る。既の所で躱すが直撃していたらタダでは済まないだろう。

 

「大丈夫ですか!?ティファさ…ぶっ!!?」

 

店内に暫しの騒音が鳴り響いているとやがて騒ぎを聞きつけたタツミが急いで扉を開く。が、目の前に飛んできたトレイが顔面に直撃、仰向けに倒れるとようやく騒ぎは収束した。

落ち着きを取り戻したティファがタツミの治療を行う傍らでクラウドは店内の清掃を、レオーネは必死に笑いを堪えながらその場を眺める。途中何度もクラウドから恨めしい死線を向けられたのは言うまでもない。バレット達、アバランチの連中が不在だったのは不幸中の幸いだった。

 

今日は厄日だと首を振りクラウドがその場を後にしようと出口に向かうと、2人の女性が来店する。女性客は別段珍しくないがスラム街には似つかわしくない清廉さがあり、何より2人ともクラウドには見覚えがあった。

 

「やっぱり、また会えたね。私、エアリス。あなたは?」

 

先程まで一悶着があった店内の様子などまるで気にせずクラウドに話しかけるエアリス、再会を予見していたかのような言い方にクラウドは首を傾げるが、瞬間、視界にノイズが走る。

 

 

(エアリスに会ったら…よろしくな)

 

 

まただ、またこの声だ。タツミの友がライフストリームに還っていく時に聞こえた声だ。記憶にない誰かの声。どこか懐かしい声。何故今その声が聞こえるのか。

 

「もしも~し、もしも~し?」

「あ、あぁ。……俺はクラウド。何でも屋だ」

 

エアリスの声に視界と意識が急激に呼び戻される、まるで長い間意識を失っていたような感覚に戸惑うクラウドだったが、思い出したように自己紹介を返す。対してバツの悪そうなシェーレだったがレオーネを目にしたことで安心したのか、ナイトレイドとしてではなく一個人として何でも屋に相談を持ちかけた。

 

「――ミッドガルから出回っている麻薬か、聞いたことはないな」

「俺もです。色町で出回るようなブツなら噂くらい聞いてもおかしくないんですけど」

 

2人の何でも屋の情報網にも引っかからないとなるとアテが外れたのだろうかとレオーネは思い直す、と同時にタツミの精悍さに感心する。男子、三日会わざれば刮目して見よと言うが、帝都で出会った頃の甘さは消えスラム街に馴染んだ少年の姿は何故か嬉しく思えた。

 

「情報仕入れたら売りましょうか、レオーネさん?」

 

クラウドの影響からか、すっかり金に煩くなったのは除いてだが。

 

「い~よ別に!お前らと関わるとまたボスにボコられるからな!行くよ、シェーレ!」

「はい。クラウドもタツミもありがとうございました、お元気で」

「またお花買ってね、ばいばい」

 

そう言うとレオーネ、シェーレ、エアリスの3人はセブンスヘブンを後にする。その後ろ姿を見送るタツミは女性が当たり前のようにスラム街を歩く時世に軽い溜息をついた。先ほどの話でも色町で麻薬に染まってしまったのは殆どが生活苦により身体を売った女性だという。タツミは無意識に己の拳を強く握り締めていた。

 

 

……………

 

 

伍番街エリアまで送ってもらったエアリスはシェーレに別れを告げると家路についていた。スラム街に住んでいるとは言え夜の外出は彼女も極力控えている。特に道中では夜のない街「ウォールマーケット」がある。俗に風俗街であるこの場所はエアリスにとってはなんとも居心地が悪い。質の悪い勧誘に引っかからないよう足早にその場を後にしようとする彼女だったが、一人の女性が道端に倒れているのを見かけるとその足を止める。酔い潰れているのだろうか、それにしても女性はピクリとも動かない。心配したエアリスはおそるおそる女性に声をかけた。

 

「もしも~し。あの~、だいじょぶですか?」

 

しかし反応はない。エアリスが女性の肩を揺すると半身を地面に伏していた身体がゴロンと仰向けになる。その顔を見たエアリスは思わず後ずさった。

焦点が定まらない瞳に恍惚そうに歪んだ表情、幼児のような喃語、一目で酩酊によるものではないと分かる。誰か人を呼んだほうがいいのか、すると周囲を見渡すエアリスと女性を遮るように数人の男が割って入ってきた。

 

「あ~、ごめんなさいね!この人飲み過ぎちゃって!」

「あ、あの、その人だいじょぶですか?なんだか様子がおかしくて」

「平気平気。たまに居るんですよ、限界まで飲んじゃう人」

 

男達は明らかに女性の様子を隠したがっている、そしてエアリスは女性の様子をシェーレがクラウド達に話していた麻薬の症状と一致していたことに気づく。ただ解せなかったのは帝都の色町に近いここウォールマーケットは当然シェーレらの調査の対象となっているはず。その網にかからなかった事を考えれば目の前の状況は連中にとっても想定外の事実なのではないだろうか。よくよく見ると軽薄そうに装う男たちは狼狽している。今この場を見逃せば夜の闇に消えてしまい二度と真相を探る機会はないのかもしれない。

 

「あの~、すみませーん。そんなに美味しいお酒があるんですか?私、興味あるかな」

 

せめて何か証拠を見つけシェーレの役に立ちたい、その純粋な思いがエアリスに大胆な行動を取らせる。

 

 

 

 

そしてその日、エアリスが家に戻ることはなかった。

 

 

 

 

 




コロナ大変ですが皆さん頑張りましょう。
微力ですが、ステイホームの足しにしてください。

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