クラウドが斬る!   作:ばうむくうへん

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我が身を斬る

クラウド達が帝都へ帰還してから3日が経過していたが、帝都内は依然として警戒が解かれる様子はなかった。

否、解くわけにはいかなかったという方が正しい。

 

帝国の威光を示すために行われた式典の最中、突如として発生した魔晄炉爆破。

当然その爆炎は式典会場に訪れた多くの民の目に触れた。

同時に対応に追われる帝国兵の動揺も。

 

圧政による腐敗の皺寄せは位の低い帝国軍兵ほど顕著に現れていた。

市民の不満、帝国内からの圧力の板挟みにより国のため、民のための思い一つで従事できるものはそう多くない。

式典のための行軍演習に明け暮れていた兵らにとってはよもやの事態に即時対応できる者などほとんど見られなかった。

 

幸いにしてオネストが事前に手配していた軍隊が大仰に賊討伐へ趣いていった事もあり、市民の失望は防げた…はずだった。

派遣した軍隊、全滅の報が知らされるまでは。

 

 

連日連夜、警備強化の姿勢を示すことで市民からの信頼を取り戻そうとするも、張り詰めた緊張感は寧ろため息を一つ、また一つと増やしていく。

帝国にダメージを与えるという意味ではアバランチは当然、ナイトレイドひいては革命軍にとっても想定外の結果であった。

 

 

「…だから、大丈夫だと思ってたんだけどなぁ…、痛ってぇ…!」

 

 

そう漏らしたラバックは湖畔に映る自らの腫れ上がった頬を摩った。

 

 

 

……………

 

奇跡の生還、と呼ぶにも足りない修羅場を抜け、早朝から飲む酒は格別だった。

 

陽光が差し込むカウンターに腰掛け張り詰めた緊張を解きほぐすように酒をあおりながら

ビッグスとウェッジは束の間の休息を存分に味わう。

 

テロリストを名乗る以上、いついかなる時も死と隣り合わせは覚悟の上だが、仕事上がりの一杯は

この上なく生を実感できる瞬間だった。

 

「…クラウドの様子はどうだ?」

「相変わらずぐっすりみたいっすよ。俺でもあんなに寝溜めできないっすね」

 

酔いも回り警戒心が解けたのか、ビッグスはクラウドを気遣う。

本人を前にしていた時は寡黙さと相反する鬼神のごとき力に慄いたが、先の見えない帝国との戦いにおいてこの上ない戦力を迎え入れることが出来たのだ。抱えていた不安など瑣末なことだと飲み込んだ。

 

沸き立つ二人をよそに浮かない表情を浮かべるのはタツミ、バレット、ジェシーの三人。それぞれの思いは三者三様である。

 

ジェシーはクラウドの容態を気遣いつつも幼馴染であるティファに看病を任せていることに若干の不満を、

 

バレットは作戦成功の傍らで帝国が本気でアバランチを潰そうと動いてきたことによる懸念を抱く。

そしてもう一つ、その視線はタツミへと向けられていた。

 

「おい、小僧」

「な、なんですか?バレット…さん」

 

突然声を掛けられ応じた声には動揺と苛立ちが混じっていた。

 

作戦開始前から何かと気を配ってもらっていたビッグス、ウェッジ、ジェシーら3人と違い、リーダーであるバレットとはほとんど口を利く機会はなかった。

 

作戦参加の意志を伝えた時、バレットからは反対も賛成もされなかった。

それはタツミからすれば自由意思の尊重と前向きに捉えていたが、実際のところはどうでもよかったのだろう。

 

作戦の詳細を伝えられたとき、それを確信した。タツミの役どころは肉屋カルビの従業員の装いのまま、施設内の陽動をすること。

肝心の魔晄炉爆破については余分なことと一切の関与を拒否された。

 

一人でも陽動に食らいつけばよし、なければ足手まといになることもなく、騒動に巻き込まれた民間人として保護されていたことを考えれば

新入りの仕事としては適材適所と言えなくもない。

 

口にも態度にも示すことはなかったが作戦の際に多数の死傷者が出ることが分っていたバレットなりの配慮、ジェシーからはそう窘められてはいたものの結果的に今作戦において何の役にも立てなかった申し訳なさと同時に憤りも感じていたタツミはその心中を思わず返答に込めてしまっていた。

 

瞬間、バレットの左拳がタツミの顔面を捉えた。

 

「がっ…!!?」

 

ブラートとの鍛錬中でも受けたことのない衝撃、指南のための打撃ではないそれは只の暴力。

 

「テメェが何で今殴られたか分かるか?」

 

ひたすらにこみ上げる痛みに苦悶の表情を浮かべながら床に蹲るタツミに向かってバレットの言葉が降りかかる。

だが拳に乗った重さに比べて投げかけたその言葉に激しさはなかった。

 

「し、知りませんよ!いきなり殴りつけてきて分かるわけないでしょう!?」

「だろう…なっ!!」

「…ごふっ!」

 

這いつくばるタツミの腹にバレットの右足が叩き込まれる。

いよいよタツミは理解が及ばなかった。

 

自分が何をしたというのか?作戦は成功、犠牲者も0。万々歳の結果ではないのか?ビッグスとウェッジの二人は早朝だというのに祝杯を挙げている。間違いなくアバランチにとって上々の成果のはずだ。

 

「テメェが脱出に手間取っていなけりゃ、俺たちは神羅の軍隊が来る前には逃げ延びられたんだ!

テメェが一人で死のうが勝手だ!だがその為に仲間を危険な目に合わせたことは許さねぇ!」

 

バレット達は爆破前に脱出した後に事前に逃走ルートを確保していた。帝国からの追っ手も考慮し、悪路ではあるがゆえに少数しか行軍できないルートを。

 

だが残されたタツミ、そして迎えにいったクラウドが視認できるように極力馬車のスピードを抑え、視界の広い荒野を進んでいたのだ。

猛るバレットを諫めず、無言で酒を飲むビッグス達の様子が先の暴力を容認していたのだとタツミは気づかされた。

 

その言葉が突き刺さった。それは顔や腹の痛みを瞬間、忘れる程に。

 

バレットに対して苛立ちをこめた返答をしたのは今回の自分の立ち回りだけではない。

セリューを斬ったクラウドへの怒り、非武装の職員を殺害したバレット達への不満。

 

その全てが自己中心の視点であった。自ら望んで作戦に参加しておきながら、手を汚すこともせず自分だけの正義をぶつけ、その挙句に仲間達を危険に追いやった。

自分が作戦に参加していなければ首尾よく魔晄炉を爆破し、皆安全にミッドガルへと帰還できていたのだ。

 

タツミには謝罪すら言葉に出来なかった。自分の知っている謝罪の言葉をどれだけ並べても償いに足りないと思っていたから。

クラウドが目覚めたらどんな罵詈雑言をぶつけていただろうか、それしか頭になかった。

 

沈黙が支配していた場を救ってくれたのは二階の客間からバタバタと駆け下りてきたティファだった。

 

「みんな!クラウドが、クラウドが目を覚ましたわ!」

 

タイミングが良いのか、悪いのか、バレットは苦笑いを一つ浮かべた。

 

……………

 

「…俺、ニブルヘイムを出るよ、ソルジャーになるんだ」

 

いつの日のことだったのか、星空の下、少年は決意を少女に告げた。夢、誓い、希望に満ちた言葉を。

 

自分が何者なのか、何が出来るのか、ずっと探していた。

目標も目的もなく日々を生きるのは退屈だった。

そんな少年にとってソルジャーの存在、そして英雄への憧れは男子たるもの胸躍らずにはいられない。

 

「いつかセフィロスみたいな英雄になるんだ」

「そう…なんだ。クラウド、出ていっちゃうんだね」

 

意気揚々と語る少年、クラウドに黒の長髪で顔を隠すように少女は答える。それは旅立ちを祝う喜び、寂しさ、戸惑いが入り混じっており、少女の言葉に少年は答えた。

 

「戻ってくるよ、ここに。立派なソルジャーになって!それで…俺が守るよ、皆を!俺が…守るよ。…を…」

 

最後はか細い声で聞き取りづらかったが少女はにこりと微笑むと大きく頷いた。

 

そう遠い記憶でもないのにやけに霞ががった一幕を呼び起こされたのは何故なのか、これが夢であると分かりつつもクラウドは考えてみる。

 

思い返せばこの1週間はやけに目まぐるしかった。

帝都内で起こる様々な依頼をこなしながらもどこか満たされない、否、違和感を覚えていた。

 

そんな中で危険種討伐の依頼にて遭遇したタツミをはじめ、ナイトレイドなどという暗殺集団と面識を持ち、果ては共闘にまで至る。

 

面倒ごとに興味はない、何でも屋を営みながら矛盾する信条を掲げながらも感じていたズレが動き出したような、不思議な感覚があった。

 

だからなのか、消耗を気にせず力を使ってしまったのは。

 

 

斬釘截鉄 バスターソード。

クラウドが携える抜身の大剣もまた帝具の一つ。携行するにはあまりに不便であり、重量も相当。並の人間では担ぎ上げることすら困難であり、身体能力を強化されたソルジャーのような者でなければ扱うことは出来ない。故に始皇帝の命により誕生して以来、まともに扱える武人はおらず文献はおろか、その存在すら忘れられた幻の帝具である。

 

その能力は装備者の思念を具現化させ、有機物、無機物、概念すら『斬る』というもの。

 

ブラートとの立ち合いでは跳躍による『速力』を斬った。

マインのパンプキンによる銃弾も、ナイトレイドらに向けて放った『衝撃波』も、それそのものを斬り拡散させた。拡散した衝撃波がアカメらに襲いかかったのはあくまで偶然だが逃げ場が無いほど爆ぜるように念じることで可能な技である。

 

そして帝国軍隊において放った斬撃はバスターソードの切先に『映る』もの全てを斬った。アカメに跳躍を求めたのは切先に触れさせないため。

 

だが過ぎた力は当然使用者への負担も大きい。先の両断においては常人ならば思念を切先に伝えただけで絶命するほどであり、クラウドが一晩熟睡するだけの消耗に抑えられたのは

やはりソルジャーとしての肉体がなせることであった。

 

とは言え、完全に無防備な状態を他人に晒すことなどクラウドにとっては考えられないことで、ゆっくりと瞼を開きながら古びた屋根が視界に映ると無意識に小さな溜息をついていた。

 

「クラウド!大丈夫!?」

「ティファ...。おはよう」

 

ティファの心配をよそに間の抜けた返答をするクラウドに部屋の隅で腰掛けていたレオーネは思わず吹き出した。

 

彼女はどうにもこのクラウドという男の器を測りかねていた。先の戦闘も含め敵に回せば間違いなく驚異となる存在である。

戦闘力と人間性が比例するわけではないが、死線を潜り抜けた者にしか宿らない気質のようなものが五感が発達するライオネルを扱うレオーネには漠然とではあるが感じ取れていた。

 

しかし今のクラウドからは何も感じない、言うなれば無害。

いくら見知った顔が寝起きに飛び込んできたとはいえ、死線の最中で意識を失ってからの目覚めとなれば些かの警戒心があってもいいものである。

 

クラウドに抱いていた警戒心は杞憂であったのか、その判断を下すにはまだ早いと思いつつも当面その心配はないであろうとレオーネは胡座をかいた。

 

本当に警戒すべき対象をうっすらと目にやりながら。

 

「アカメちゃん、声かけなくていいの?」

「…いや、いい。無事が分かっただけで十分だ」

 

ラバックはアカメの反応を楽しみにしていたが、その反応はよく知る淡白なものだった。

 

色恋沙汰など欠片も縁がないと思われていたアカメがクラウドを前にした時の初々しさはラバックにとっても面白いもので、どんな反応をするのか密かに期待していた。

もっともそんな様子をマインに見られたら間違いなく「キモイ」と言われただろうが。

 

だが彼なりの「探り」でもあった。

 

レオーネ同様、ラバックもまた今回アカメの奇行を「恋は盲目」などと言う浅い一言で片付ける訳にはいかなかった。

ティファを前にした時の異常な動揺からか、現在もティファを前にしたアカメからは静かな殺気を発している。

 

暗殺者である彼女が殺気を放ち、それを気取られていることにも気づいていない。それはどんな奇行よりも異常であることはラバックもレオーネも理解していた。

 

「私、下の皆にクラウドが起きたことを伝えてくるね!レオーネ、暫くの間クラウドのこと、お願いできる?」

「はいよ~!ごゆっくり~!……さて、と。色々聞きたいことがありすぎるんだけど」

 

ティファの退室を見届けるとレオーネは静かにクラウドの方へ顔をやる。当の本人は相変わらず天井を見上げたまま瞬き一つせず沈黙している。答える気はないという声なき声が聞こえてくるように。

 

「あ~、もう!本当に何から聞けばいいんだか!じゃあ一個だけ答えろ、それ以上は聞かない!」

「…なんだ?」

「あんたは私たちの敵か、味方か?」

 

 

瞬間、その場に緊張感が走る。これまでの問いは即答で返しておきながら何故その問いかけに間を置いたのか、質問したレオーネ本人が頭を抱える。

イエスもノーも期待していないのだ。お決まりの「興味がない」と答えてくれればいい、その問いへの『答え』はもう聞いたのだから。

 

「商売敵と言うなら敵だ」

「…は?」

 

暫しの沈黙の後、クラウドの口から出たのは守銭奴の塊そのものだった。もうこの男へ質問はしないとレオーネは深く心に誓った。

 

「クラウド、今回は色々と迷惑をかけてしまった…、報酬をせびるつもりはない。当然私達もクラウドのことを敵だと思ったりしていない」

「そうか、なによりだ」

 

生真面目に言葉を返したアカメに素っ気なく答えるクラウドにレオーネもラバックも一向に進展の気配を見せない二人に溜息をついた。

 

やがてティファがビッグス、ウェッジ、ジェシーの3人を連れて上がってきた、バレットは姿を見せず、タツミはやや遅れるように3人の後ろから顔を覗かせた。

 

「クラウド、調子はどう?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

ジェシーの問いに無愛想な反応を返し、いつもの調子だと3人は安堵すると、ナイトレイドの面々に向き直る。

 

「アンタ達にも礼を言わなきゃな、特にそこの嬢ちゃん。アンタが来てくれなかったら俺達は死んでた…、ありがとう」

 

ビッグスは3人を代表してアカメに感謝の頭を下げると2人もそれに続き頭を下げた。

 

アカメ達にとって意外な反応だった。今回に関しては自分達は完全に異物、環境テロリストの活動に横槍を入れ、余計な警戒心を帝国に抱かせたことで

今後の活動に支障が出ると非難されることも覚悟していた。

 

「なんかアンタたち、聞いてた噂より随分穏やかなんだな」

「…俺たちだって、好きこのんでテロなんかやってるワケじゃない。帝国に聞く耳があれば平和的に解決したかったさ」

 

レオーネの問いにビッグスは答える。

暗殺集団と環境テロリスト、どちらもまともではない。善か悪かと問われれば、間違いなく『悪』である。それは双方が認めるところである。

 

だがどちらにも譲れないものがある、そのために悪と言われるのであれば悪で構わない。短いやりとりであったがナイトレイドとアバランチ、

思想も行動も違えどその信念は互いに認め合うことができた、少なくとも今この場にいる者達にとっては。

 

その輪から外れるようにタツミは俯いたままで先の一幕も含め、改めて自分の無知さと愚かさを深く恥じていた。わなわなと肩を震わせ、下唇を噛み締める。

 

守りたかったのはサヨとイエヤスの魂ではなく、自分のプライド。正しく生き、正しく過ちと戦い、正しく世を正す。

何でも屋を志したのは暗殺でなく、自分のやり方で自分の正義を貫き通したいと思っていたから。

 

あの時、ナジェンダの勧誘を蹴ったのはそんな安っぽい正義感だった。

事実、暗殺は拒否しながら間接的にとはいえ環境テロに加担し、無関係の人たちを死に追いやった。

 

デタラメな自分の生き様が酷く惨めに思えた。否、生き様と言えるほど人生も経験も積んでいない若造一人が何を勘違いしていたのか。

 

クラウドとの出会いが迷わせたのか、それも違う。勝手に憧れ、勝手に生き様を真似、挙句勝手に拒絶した。

 

自分で選んでいたつもりで目の前に現れたヒーローを無意識に目指していただけの虚像、それが今の自分。

 

膝を折ったタツミはそのまま倒れ込むようにクラウドの前に平伏すと、溜め込んだ感情を爆発させた。

 

「お、俺…!ゴメンなさい…ッ!スイマセン…ッ!皆…!ゴメンなさいッ!うっ、うぅぅ!!!」

 

その姿を惨めに思うものは一人もいなかった。そこまでタツミのことを知るわけではないが、だからこそこの少年を擁護することも非難することも選択しない。ただ聞いてやることが唯一の慰めになるのだろうと。

 

事情を知らないティファがタツミの肩に手を置くと優しく宥める。

それがタツミには嬉しくもあり恥ずかしくもあり、悔しかった。

 

ただ漸く自分の偽りのない姿を人に晒せたことに若干の安心を感じると、

涙を拭い立ち上がる。

 

「クラウドさん…、俺、何でも屋をやります!あなたに憧れてじゃなくて、自分になる為に…、何でも屋になります!」

 

赤く腫れ上がった眼をしっかりと開きながら思いを口にする。その言葉にクラウドはいつもの無愛想な表情を崩さなかったがタツミの眼をしっかりと見つめると一言、告げる。

 

「…給料は出ないぞ」

「……はいっ!!」

 

……………

 

ラバックは深呼吸を何度も繰り返しながら扉のドアノブに手をかけようとするがその手が止まる。

ナジェンダへの第一声をどうしようか何度も思案していた。

 

帝都帰還から日中は厳戒態勢が解かれることはなかった。検問は一層厳しくなり、アカメ達がアジトに戻ったのは明朝。アカメがクラウドの元に向かってから2日を跨いでいた。

 

2日、ナイトレイドの中心メンバー3人がアジトを作戦外で留守にすることは活動自体に支障をきたす事に繋がる。御法度中の御法度である。

 

やむを得ない事情があったとは言え、ボスであるナジェンダからの叱責は免れないだろう。

 

「だ、大丈夫だって、ラバ!ボ、ボスも分かってくれるって!」

「姐さんこそ、ビビッてるじゃないすかぁ!は〜、ヤダ開けたくねぇ〜!」

 

扉の前で右往左往するレオーネとラバックの間をアカメが横切ると躊躇いなくドアを開いた。

 

「…帰ったか、アカメ」

「…ああ」

 

いきなりのナジェンダ、アカメの邂逅にレオーネ、ラバックは青ざめる。

こんな時に限って空気を読まない行動をするあたり、クラウドの影響ではないだろうか。そんな考えすら許されない修羅場が早々にできあがる。

ラバックは覚悟を決めると、アカメより前に一歩ナジェンダに近づいた。

 

「ナジェンダさん、遅くなってすみませんでした。でも色々理由が---」

 

そこでラバックの身体が横に大きく振れた、正確には吹き飛んだ。

そのまま壁に叩きつけられたラバックはずるずると床にへたりこむ。

 

問答無用の一撃だった。殴られることは想定ないだったがまさか鋼鉄の右腕とはラバックも予想していなかった。

 

ナジェンダはそのままレオーネに歩み寄ると左手で彼女の腹部へと一撃を見舞う。

 

「がはっ!!!」

 

ふわりとレオーネの身体が浮くとそのまま膝から崩れ落ちる。ライオネルがなくとも頑健な肉体を持つ彼女ですら嘔吐感を覚えるほどの重い一撃だった。

 

「お前たちにはアカメを連れ戻すよう命じたはずだが?」

「ま、待ってくれ、ボス!全て私のせいなんだ、私が…」

「黙れ」

 

それから暫く室内には鈍い音が鳴り響く。ラバックの顔は大きく腫れ上がり、レオーネも女性だからと一切の加減をされず二撃目以降は顔面も殴られたが当のアカメは一発も殴られることはなかった。

 

軍人だったナジェンダにとって『躾』にはこのやり方が的確であった。

1人のミスが全滅に繋がりかねない環境で、慢心や傲慢による輩には連帯責任の元で当人には一切の手を加えず、親しい仲間に徹底的な制裁を加えた。そうする事で自分が責任を取るという免罪符を許さないことが真の反省へと促すのだ。

 

それはアカメにとっても例外ではない。死線を共に越え、寝食を共にし、歩んできたかけがえの無い仲間が自分の所為で処罰されている。

幾度目かの殴打でアカメの真なる反省を察したナジェンダはラバックへ向けた右腕を静かに下ろした。

 

「2度目は無いぞ、アカメ」

「…ああ、分かった。本当に、本当に済まなかった…!」

「次の任務まで自室で待機だ、出ろ」

 

アカメの退室を見届け、ナジェンダは煙草をくわえ火をつけると深く息を吐いた。彼女自身、大切な部下を自らの手で痛めつける行為は苦でしかない。

 

「ラバック、立てるか?」

「へへ…、平気っすよ、コレぐらい!ナジェンダさんからの仕置きなら寧ろご褒美です!」

 

腫れ上がった顔で笑顔を向けたラバックの言葉にナジェンダも笑みを返した。見せしめの手前、手心を加えてはいけないとラバックには鋼鉄の右腕による打撃を何度も加えたにも関わらず、軽口を叩いてみせたラバックの男ぶりにレオーネも素直に感心した。

 

「まぁ、私はライオネルの治癒能力でサクッと治っちゃうからね〜♪」

「ずりー!姐さん、ライオネル貸してくださいよ!」

「ヤダ。てかラバは拒否反応出てたっしょ?」

 

今しがた修正を受けたばかりだというのに上司への気遣いと分かる2人のやり取りにナジェンダは安心して次の一服に手をつけ、本題を切り出す。

 

「ラバックとレオーネ、2人から見てクラウドはどうだった?」

「…正直言うとよく分かりません」

「だね。なーんか世間ズレしてるのか、本気で興味ないのか。少なくとも今は私たちの敵になることはない、って感じかな〜?」

 

ナジェンダの問いに2人は率直な見解を述べる。そもそもアカメ追跡にラバックとレオーネが採用されたのは密偵に適した帝具使いであること。それとは別にラバックには貸本屋を帝都内で営むだけの適応力と人の本質を見抜く洞察力に優れており、レオーネは発達した嗅覚、聴力によって肉体的に人の心理を判断できた。アカメ追跡の先にクラウドと遭遇することを予見していたナジェンダの読みは正しかった。

その2人が要領を得ない回答をしたことは、その通りなのだろう。ナジェンダは質問を変えて再び2人に問う。

 

「…アカメはどうだった?」

 

その問いに2人はしばしの沈黙の後、帝都内でのアカメの行動、言動の詳細を伝えた。それを聞いたナジェンダはアカメとはじめて会った日のことを思い出す。ナイトレイドの面々からすればまだまだ無愛想なところもあるが、あれでも随分と感情が豊かになった。帝国の暗殺部隊という組織に属していたのだから感情に乏しいのは理解できる。だがナジェンダには皆が知らぬアカメの一面を知っていた。

寡黙な少女の底に沈んでいた感情を。

 

それを知るナジェンダは2人にアカメについても注視するよう命じていた。先の報告を踏まえるとアカメが再び感情に任せた行動をする可能性があること、それによりナイトレイド全体の危機に直面する可能性があること、そして、

 

(アカメが裏切る可能性もある…か)

 

その考えはここにいる2人には悟られないよう、ナジェンダは天を仰ぐように煙を吐いた。

 

 




前回から4年ぶりの投稿です。
お待たせしました、お待たせしすぎたのかもしれません。
リメイク出てしまいました、嘘だろ?始めたとき発表段階だったのに。

実はこうして書けたのも件の新型コロナウイルスの影響で完全テレワークになったこと。家族を実家に預けて数年ぶりに一人の時間が出来たことです。

こんな感じで書くのもどうなのかなという思いですがステイホームならやれることをやろうと真っ先に思い至ったのがハーメルンに残してきた作品でした。

特に今作はリメイク発売に胸躍らせ書いていたものだったので先日発売に向けて絶対書いておきたいと思っていました。

今回の話でこんなのあったの?って人がほとんどだろうし、下手したらアカメが斬る!って何?って人もいるでしょう(こちらも原作開始から10年・・・)

今回の話でようやくガッツリ作品同士のコラボができるトコまで進めました。

リメイクやりながら沸々とやる気が出ればまた書きます。

最後になりますが、もし最新話待ってたっ!って人いましたら、

本当にお待たせしました!

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