白い世界で
暦の上では春と呼べる季節でありながら帝都より北に1,000キロの地は未だに白以外の色を見つける事が難しかった。
現地で生息する危険種と呼ばれる獰猛な生物すらも巣穴に閉じこもるこの白銀の大地にて人影が3つ、更に北へと歩を進める。
先頭をゆく足跡は一目で大の男と分かるほどの大きさ、その後に続く2つの足跡はスノーラビットのものと見間違うほど小さなものであった。
「……寒いよ、お姉ちゃん……」
「クロメ!?お父さん、待って!クロメが……!」
クロメと呼ばれた少女がその場に蹲るのも無理はなかった、今は快晴だが北の地において更なる北部に繋がる山道は日光が差す時間においても外気温は氷点下のまま。大人ですら厳しい道を幼子がゆくにはあまりにも険しい。
妹を気遣った少女もまた年端もいかない面差しであるが姉ゆえに妹を守りたいという責任感からか、黙々と前をゆく父に向かって叫ぶ、が返事はおろか少女達の方を見向きもしない。長い黒髪の少女は歯を食いしばりながら妹であるクロメの前で背中を向けると腰を下ろす。
「ほら、クロメ。おぶされ」
「でもそれじゃお姉ちゃんが……」
「私はいいんだ、クロメを置いていくほうがよっぽど辛い。ほら!」
そう言うと少女は半ば強引にクロメをその背中に乗せると寒さで悴む身体を奮い立たせるように一歩一歩力強く足を踏みしめる。白い世界の中で流れるような黒髪が映える、しかし過酷な環境を歩く少女の瞳はその情熱を宿すように緋く輝く。
――アカメ、それが少女の名であった。
……………
到底、生物が適応できないと思われる環境ですら、集落をなし社会を形成すればはそこで生きていける、それこそが人間という生物の強さなのだろう。
北の大地の更なる奥地にある村、ニブルヘイムもまた人間が生活領域を拡大した中で生まれた。いや、正確には拡大せざるを得なかったという方が正しい。
近年、栄華を極めた帝国はその1000年の歴史において暗黒時代へと突入していた。度重なる圧政により国民は苦しみ、地方の民も重税を強いられ日に日に帝国への不満を募らせていく中で東西南北に分かれる形でその不満は具体的な意志となって現れ始めていた。
中でも北の異民族は他の地域と比べても国力や兵力に優れており、年を追うごとにその勢力を拡大させていった。だが早急な統治と引き換えに平穏に暮らしていた民はその生活を追われ、辺境の地へと身を寄せ合う形で逃げ延びるしかなかったのである。
ここニブルヘイムも社会を成していると言ってもその生活は極めて慎ましいものであり、大人達が日課となる溜息をつく中で村の子供達は今日も威勢良く村中を駆け回る。
「待てよ〜!」
「誰が待つかよ、捕まえられるもんなら捕まえてみろ〜!」
「お前ら、うるさいぞ!仕事の邪魔だ!」
子供を叱りつけたのは動物の毛皮を剥いで防寒具を作り、近隣住人との物々交換で生計を立てる中年の男性。言葉とは裏腹に健やかに育ち、元気な姿を見せる子供らの姿を見るのが嬉しかったし、怒鳴る活力を与えてくれるのはこの白い世界において何よりも刺激的だった。
そんな何気ない光景をしばし離れた丘から恨めしそうに見つめる少年が1人。白銀の世界の中に溶けてしまわないかと思うほどの真白な肌とエメラルドの瞳、そして天を衝くようにツンと尖った金髪が特徴の少年は自分とそう大して歳の変わらぬ子供達の無邪気な姿を鼻で笑うとそのまま自宅へと戻り、母親の作ったスープを飲む。
ーー少年、クラウドの日課であった。
小出しな感じですが本編の補完として随時更新していきます。
本編遅れのお詫び…というわけではありませんがどうぞご覧ください。