三日月は流離う   作:がんめんきょうき

9 / 66
ホントに今回は導入編といった感じです。
この後の話で原作でもあった場面等を少しずつ挟んでいきたいと思ってます。

私としては原作の引用という形は極力取りたく無いと考えています。
なので、場面は一緒なのに会話内容が違う、またはその逆も然りといった感じになるかと思います。
さて頑張ろう…


破面出現篇
第八話 三日月の原作入り


 虚夜宮には大規模な会合を行う場合に使用される大広間が存在する。中央には高台、天井まで繋がった巨大な黒の支柱が二列、そして高台の前方以外を囲む形で立ち並んでおり、その中心には藍染専用の玉座が有り、丁度下の様子を隈なく見渡せる様になっている。

 その大広間は別名、玉座の間とも呼ばれ、実を言えば玉座の更に奥にも続きが有り、其処には虚圏から現世や尸魂界に赴く際に利用する出入り口、黒腔(ガルガンタ)が開ける様になっている。

 

 室内には現在、藍染と副官二名を除いた、虚夜宮に存在している十刃達を中心にした主力メンバー全員が集結していた。

 普段は互いに協調性も無く個々でバラバラに行動している彼等だが、今回ばかりは皆同様に高台を正面から見上げる位置に並んで立っている。

 

 

「面倒くさくなってきたぜ…本当にな…」

 

 

 第1十刃、コヨーテ・スタークは何時も通り気怠げな表情で、稀に欠伸をしている。

 彼の隣にはリリネット・ジンジャーバックが落ち着かない様子で頻りに周囲を見渡していた。

 

 

「スターク、その面構えを止めい。不愉快じゃ」

 

 

 王冠のような仮面の名残を着け、右目付近や左頬などに傷がある老人、第2十刃、バラガン・ルイゼンバーンは相変わらずの王の風格をこれでもかと見せ付けながら、無数の骨で組立てられた玉座に腰掛ける。

 その後ろでは現十刃最多の六人の従属官達が規則正しく整列し、片膝を着いている。

 

 

「…後で指導だな」

 

 

 第3十刃、ティア・ハリベルは腕をその乳房の下に隠す様に組み、毅然とした態度で佇む。

 その後ろでは流石に場所が場所の為に弁えているのだろうが、小声で言い争う四人の従属官達が居た。

 

 

「………」

 

 

 第4十刃、ウルキオラ・シファーは死神のそれに似た白い死覇装を身に纏い、その袴の側面の隙間へ両手を突っ込み、瞳を閉じて静かに佇んでいる。

 

 

「…チッ」

 

 

 第6十刃、グリムジョー・ジャガージャックは現在進行形で隣の人物にガンを飛ばしているが、それ以外は大人しく所定の位置に立っている。

 彼のバラガンに次ぐ数の従属官達五人は、胡坐を掻いたり腕を組んだりと其々に楽な体勢で並んでいた。

 

 

「遂に始まるのですね…藍染様」

 

 

 坊主頭に無数の棘を生やし、そして耳に髑髏ピアスの様な仮面の名残を見せる黒人男性、第7十刃、ゾマリ・ルルーは終始沈黙を保ちながら、中央の玉座に熱い視線を送り続けている。

 

 

「やはり君は何度見ても興味深いね。今度暇な時に時間をくれないかい?」

 

 

 第8十刃、ザエルアポロ・グランツは舐め回す様な不快な笑みを浮かべながら、隣の男を観察し続ける。

 

 

「断る。そこら辺の塵でも拾って研究していろ」

「キット未知ノ微生物ガ沢山見付カルヨ」

 

 

 その隣の男である、第9十刃、アーロニーロ・アルルエリはザエルアポロの頼みに対し、二色の声で拒絶の意を示す。

 互いの両袖に手を遠し、隣の男の向けて来る視線が煩わしいのか、時折貧乏揺すりをしている。

 

 

「……何で一々集まる必要が有んだよ…」

 

 

 下顎骨を象った仮面の名残を着けた辮髪の筋骨隆々の巨漢、第10十刃、ヤミー・リヤルゴはブツブツと愚痴を零しながら、退屈そうに首を左右に曲げてゴキゴキと鳴らしている。

 

 

「…ハァ」

 

 

 そして最後に第5十刃、ノイトラ・ジルガ。

 ウルキオラとグリムジョーに挟まれる位置に立ち、その顔は憂鬱感を露にしている。

 胸元が大きく露出し、後ろの襟がスプーンの様に縦に広がり背後の光を遮る形の白装束―――といった本来の服装では無く、ウルキオラと同じ白の死覇装に身を包み、髪の長さも憑依時から肩口に掛かる程度でキープしている清潔感溢れた恰好だ。

 

 そんなノイトラの後ろに立つのはチルッチ・サンダーウィッチ。彼女も同様に、以前の様なゴスロリファッションでは無く、ノイトラとお揃いの死覇装で、髪型は一緒だが化粧は殆どしていない。

 従属官ではあるが、この場に於いては元十刃という立場から来る居心地の悪さを誤魔化す様に右手で髪を弄りながら、顔を下に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遂にこの時が来た。ノイトラは緊張で高鳴る鼓動を抑えながら思った。

 我ながら随分と苦労したものだと、色々と無茶を繰り返した過去を振り返る。

 もしも憑依対象がノイトラでは無く、漫画の話数で言えば二話程描写された後はもう二度とストーリー上に登場しなくなる脇役の破面だったなら、まず現在まで生き残れなかっただろう。

 改めて思うが、その事を考えると憑依する対象の選択は悪く無かった。身に覚えの無い業を丸々背負わされた事を除けばの話しだが。

 ノイトラはこの三流小説の様な筋書きを描いた神に少しだけ感謝した。

 

 今ではもはやおぼろげな部分が多くなってしまった憑依前の記憶だが、主要部分はしっかり覚えている。

 今後の展開に備え、出来る事は全てやった心算だ。

 完璧までとは行かないが、目的を果たす為の必要最低限な力も付いた自負がある。

 今後の展開に対する予想と対応策の構築は粗方済んだ。

 チルッチも辛うじて自分に付いて行ける程度まで登り詰めた。

 セフィーロが治療長を兼任しながら自分の従属官になった。

 ―――最後の件についてはチルッチと彼女の間で相当揉めに揉めた末に、とだけ。

 

 ノイトラは不意に頭を持ち上げ、高台の上の玉座に視線を向ける。

 今日の会合の目的、それは藍染の出迎えだ。

 今迄何度もこの虚夜宮を出入りしているだろうに、何故今更と思うだろう。

 

 それは今日この日、藍染が護廷十三隊の面々に対して堂々と裏切りを宣言し、この虚夜宮のトップとして正式に君臨する日だからだ。

 虚夜宮内に存在する全ての破面達には事前に連絡がされており、約束の時間が近付いた為にこうして現十刃全員が集まっている訳である。

 

 

「…約束の時間はとうに過ぎておる。随分と悠長なボスじゃ」

 

 

 バラガンが不意にそう零す。

 どうやら苛立っているらしい。その証拠に、彼の後ろの従属官達は皆共通して冷や汗を流している。

 

 

「別にどっちでも良いんじゃねえの、来なけりゃ来ないで昼寝して待てば良いし…って痛ぁ!?」

 

「そりゃスタークだけだっての!!」

 

 

 極めて自分本位でだらけた発言をするスタークの臀部を後ろから蹴り飛ばすリリネット。

 第1十刃チームの相変わらずの平常運行。間も無く藍染が帰還するにも拘らず、緊張感の無い遣り取りをしている二人には呆れと冷ややかの二種類の視線が周囲から向けられていた。

 だが今のノイトラにとってはそれが有難かった。

 二人のコントの御蔭で良い感じに緊張が解れたのか、鼓動も先程より大分収まり、無意識の内に握り締めていた手も何時の間にか開いていた。

 

 ノイトラは音を出さずに深呼吸を数回行う。

 ―――これからが本番、気合を入れねばならない。

 藍染が動き始める目安は今日から大凡一ヶ月だ。

 つまりその期間内にやり残した事、保有戦力や対応策の最終調整などを完了させなければならない。

 ノイトラの中では前者は特に無いので、必然的に後者になる。

 ある意味丁度良かったかもしれない。そう考えたノイトラは直ぐ様この残り一ヶ月の行動計画を脳内で立て始める。

 まず最優先にしたのは、つい最近習得した“アレ”の事。

 今ではもう普通に使いこなせる様になったとは言え、習得して未だ二ヶ月しか経過していない。

 正直言って、まだ完璧では無い。全力を出した時の霊圧の制御は未だ難しいと感じるし、力の無駄遣いも多い。念には念を入れて調整しておくに越した事は無い。

 

 

「…気合い入れねぇとな」

 

「あんた、それ以上入れてどうすんのよ…」

 

 

 ノイトラはその背後からの声に振り向くと、チルッチが呆れた様な顔で見ていた。

 彼女が言わんとしている事は理解出来る。

 つまるところ、それに付き合わされる身にもなってみろという意味だろう。

 別にノイトラはチルッチにも自分と同じ事を強制した事は一度も無い。他ならぬ彼女が自分の意志で行っているに過ぎない。

 ―――その御蔭でノイトラも心置き無く倒れるまでの鍛錬が出来ているのだが。

 

 一人で鍛錬に行くと伝えれば、分かったと言いつつ何故か付いて来るし、何か事あるごとに必ず付き合おうとする。

 恐らくではあるが、多分彼女はテスラの代役を務めようとしているのだろう。

 確かにテスラ・リンドクルツという存在はノイトラにとって得難い存在であった。

 どんなにぞんざいに扱われ、暴力を振るわれ様とも一貫して付き従い続ける彼にどれ程救われた事か。

 

 テスラの代わりになる者などこの世の何処にも存在しない。

 彼は彼にしか、チルッチはチルッチにしか出来無い事がある。比較する事は筋違いだと、ノイトラのこの意志を理解させる事が出来れば、彼女は行動を改めるかもしれない。

 だがその言葉は受取り方によっては今のチルッチ自身の努力を否定するものとなる可能性もある。

 

 

「…別にオマエまで付き合えとは言ってねぇよ」

 

 

 テスラの代わりでは無く、彼女は彼女らしくしてくれるだけで自分は満足だ。正直にそう言えたらどれ程楽だろうか。

 ノイトラは憑依前から不器用な自分にもどかしさを感じた。

 

 

「あんたがやるなら、あたしもやるわよ。何たって…っ!?」

 

 

 ―――あたしはあんたの従属官なんだから。

 チルッチがそう言い切る前に、室内の空気が変わった。

 ノイトラは視線を高台をへと戻す。

 

 玉座の奥側に霊圧の揺らぎが生じたのだ。

 黒腔とは虚圏と現世や尸魂界の境界に通す抜け穴。その境界に当たる謎の空間には霊子が充満しており、通行人は自ら足場を作って移動する形になる。

 世界と世界の境界に干渉するだけあってか、開閉する際、少なくともこうして霊圧の揺らぎが生じるのだ。

 

 そして次の瞬間、途方も無い量の霊圧が、凄まじい重圧となって室内を一気に支配する。

 それも時間が一秒二秒と進む度に更に増加してゆく。

 数字が5以上の十刃達は顔色一つ変えず、だが心無しか緊張した面持ちで霊圧の出所を見遣る。

 それ以下の十刃達は冷や汗を流すか身体の一部を震わせるかして、怯んでいる様な反応を示していた。

 十刃達ですらこれなのだ。当然、従属官達は皆共通して顔色を青褪めると畏怖の表情を浮かべ、酷い者は膝を着いて息を荒くしている者まで居た。

 

 

「相変わらず洒落にならねぇ霊圧しやがって…」

 

 

 ノイトラはそう毒づきながら、圧し掛かる重圧を軽く受け流し、難無く自然体をキープし続ける。

 左隣から感じる視線に気付かない振りをしつつ、彼は不意に一番右端へと視線を移す。

 其処には自身の身体を盾にする様にして、リリネットを背中に隠すスタークの姿が有った。

 

 ノイトラはそれを確認して安堵する。

 何せリリネットの霊力は他の従属官、それどころか並みの数字持ちにも劣る程に小さい。そんな彼女がこの霊圧を耐えられるのか心配に思ったからなのだが、どうやら案ずるまでもなかったらしい。

 

 この虚夜宮で過ごす為の生命線の一つ、癒し要員の無事を確認した後、最後にもう一度後ろを振り向く。

 其処にはノイトラが振り向くのを予見していたのだろう。腕を組んでドヤ顔を浮かべるチルッチの姿が有った。

 ―――右頬に一筋の汗を流しながら。

 

 最後の部分には目を瞑るとして、それにしてもこの霊圧の中で立っていられるとは大した成長振りだ。初めて3ケタの巣を訪れた時とは比べ物にならない。

 チルッチは従属官となって初めに要求してきた事がある。それは以前ノイトラがテスラに課した鍛錬メニューの開示だ。

 ノイトラとしては別に問題無いと判断した。何せそのメニューはテスラの身体的スペックと霊力を考慮して組み立てたもの。流石と元十刃と言うべきか、全てにおいて彼の能力を上回っているチルッチにこなせない訳が無いのだから。

 

 鍛錬内容を紙に書いて渡すと、礼を言ってそのまま自分の部屋へと引き籠った彼女。

 ノイトラはその様子を気にはなったが、きっと何か思うところがあるのだろうと、その日は一人にしてやる事にした。

 すると後日、何時も通り自主鍛錬に行こうとすると、突如としてチルッチは自分も行くと言い出したのだ。

 別に困る事でも無いので、好きにしろと言ってそれを許したノイトラ。

 そのまま何時も通り虚夜宮の外で鍛錬を始め、無事何事も無く終わらせた。

 そしてチルッチと集合して帰ろうと思い、後方に視線を移すと―――其処には止めどなく滴る汗で顔のメイクが流れ出し、ゾンビの如く覚束無い足取りでふら付く、オバケ屋敷の住人と化した彼女の姿が有った。

 

 取り敢えず見えたものでは無かったので、即座に彼女を抱えて拠点へと戻り、シャワーを浴びさせた。

 その後にどうしてああなったのか話を聞くと、テスラの鍛錬メニューは身に合わなかったので、帰刃形態の維持時間の向上の為の鍛錬をしていたらしい。

 具体的に何をしたのか追及すると、気まずそうに顔を逸らしながら、只単純に帰刃してそのままの状態を維持し続けていたのだと言う。

 

 半鍛錬マニアと化していたノイトラはキレた。オマエ鍛錬っての舐めてんだろと。

 彼は怒りの形相をそのままに、チルッチの行った鍛錬とも言えない粗末な行動の間違いを指摘した。

 鍛錬とは基本、筋力トレーニングと同じだ。身体全体を余す事無く動かせる様にメニューを組み、必ずセットを三回以上を重ねて行う。それによって筋肉の筋の一つ一つ全てを使い切る事(オールアウト)が起こり、効果が上がる。

 無理して百回を一セット行う事と、程良く五十回を三セット行う事は全く違う。

 チルッチがやっていたのは一度に身体に掛かる疲労度も高く、効果も薄い前者だ。折角テスラの鍛錬メニューという良い例を教えたというのに、この有様である。

 

 致し方無く、ノイトラはチルッチに対し、やるんだったらこうしろと、一から基本を教え込む事にした。

 ―――彼のその余りに鬼気迫った雰囲気に、チルッチが終始怯えていたのは言うまでも無い。

 結果、その出来上がったメニューは二人が組む事が前提のものだった。

 それはチルッチの斬魄刀の形状がノイトラよりも特異で、軽量であるが為に素振りも出来ず、だからと言って帰刃形態では霊圧の燃費が悪いという様々な理由からそうせざるを得なかったのだ。

 

 そのメニュー内容を簡単に言い表すと、ノイトラの鍛錬の合間合間にチルッチが横から混ざる、といった感じだ。

 まずノイトラが響転反復のアップを終えた後、的の代わりになって通常状態のチルッチが振るう斬魄刀を受け続け、攻撃力の向上を狙う。その中で的である彼も時折動きを入れる事で命中精度を鍛える。

 次にノイトラは素振りに入るのだが、その間チルッチは個人で響転の反復運動を行い、響転の質と体力を鍛える事に専念。

 最後に帰刃形態となったノイトラに合わせて彼女も帰刃し、通常状態のと同じ事の繰り返しだ。尚、これは燃費等の理由から短時間に収めるが。

 

 始めの内はこれを二セット目に入っただけでチルッチは限界だった。

 だが継続は力也。現在では余裕で三セットをこなし、自身の鍛錬を終えて消耗したノイトラと限り無く本番に近い手合せを行うまでになっている。

 その結果、実力もかなり向上しており、今では残る十刃落ち二人組を同時に相手取って引き分けに持ち込める程だ。

 

 以前チルッチは言っていた。目標は打倒グリムジョーだと。

 ノイトラは正直言えば未だ彼女は彼には及ばないと思っている。

 だが良い線までは行くだろう。通常状態ならば確実に勝利可能で、帰刃まで追い込む位なら余裕。問題は其処からだ。

 まあそんな機会などもう二度と来ないだろうし、起こさせる心算も毛頭無いのだが。

 

 

「ど…どうよ? あたしも大分腕を上げたんじゃない?」

 

「…そうだな。判ったから取り敢えず上を見ろ。来るぜ」

 

 

 震える声でそう言うチルッチだが、ノイトラはそれを軽く流すだけだった。

 褒めて欲しいのかもしれないが、生憎と今はそんな状況では無い。

 後でフォローしようとは思いつつ、ノイトラは注意を促すと、自身も高台を見上げた。

 

 コツ、コツ、とこの重圧の中でも妙に響き渡る足音が玉座の奥から響き渡る。

 その数は三。一つは藍染惣右介、そして残るは副官の東仙要と市丸ギンのものだろう。

 この霊圧の出所もその三人だ。とは言っても殆どの割合を藍染が占めているのだが。

 

 暗がりの奥から、やがてその姿が露になる。

 護廷十三隊五番隊隊長を示す羽織と黒い死覇装は変わらず。だが彼が常日頃から浮かべている筈の柔和な笑みは何処にも無く、底知れぬ何かを感じさせる薄笑いへと変貌していた。

 眼鏡も外し、茶髪を逆立てたその変わり様は凄まじい。

 その身に纏う雰囲気も、正に魔王と言っても差支えない程の強大さを感じさせる。

 

 

「やあ皆、済まないね。少々遅れてしまったよ」

 

 

 藍染はそう言うと、ゆったりと玉座に腰掛けた。

 そんな彼の左側にはコーンロウと褐色の肌、ドレッドヘアが特徴的な男、東仙要が盲目である事を全く悟らせない歩みで其処に立つ。

 

 

「謝罪の必要は有りません。如何なる理由だろうと、それに従うのが部下である彼等の役目なのですから」

 

 

 逆方向には、胡散臭い笑みを浮かべた細目で狐の様な飄々とした雰囲気を持つ男、市丸ギンが立ち、堅苦しい東仙の台詞をからかう様にして言う。

 

 

「そりゃあかんよ、要。あんま上司が我儘()ーたら、その内部下は愛想尽かして出て行ってまうで~?」

 

 

 内容は至って普通の事を言ってはいるのだが、その飄々とした関西弁口調からは何処か軽い印象を受ける。

 東仙はそんなギンにゆっくりと顔を向けた。

 盲目の筈なのだが、周囲からはその目がギンを睨み付けている様に映った。

 

 その遣り取りを楽しんでいるのかどうかは不明だが、藍染は二人を窘める様な事はせず、悠然と下を見渡した。

 虚夜宮の持てる主力メンバー全てが一同に並び立つその光景は圧巻。

 しかもその一人一人が護廷十三隊の隊長格に並び立つ戦力を有しているという事実。

 藍染は何を思ってか、人知れず口の端を僅かに吊り上げた。

 

 

「さて、今この時より我々の掲げる計画が遂に始動した。敵は恐らく護廷十三隊の主要戦力―――隊長格全員になるだろう」

 

 

 静かに語り始めると同時に、先程まで室内を支配していた重圧が取り除かれる。

 その変化に、終始ずっとこの重圧の中で過ごさねばならないのかと思っていた者達は内心で安堵した。

 

 

「だが何も焦る必要は無い。君達ならば必ず勝利出来ると私は信じているよ」

 

 

 まるで演劇の登場人物の様に、態々右手を持ち上げて自身の感情を表現する藍染。

 ―――そんな事微塵も思っていない癖に、良く言う。

 破面達の殆どがその雰囲気に吞まれている中、ノイトラは内心で毒づいた。

 

 護廷十三隊の隊長格程度、この男ならば一人でも撃破可能なのだ。

 藍染の持つ斬魄刀、鏡花水月(きょうかすいげつ)。他の死神の斬魄刀には殆どある、能力解放に伴う形状の変化が無いその刀だが、解放の瞬間を一度でも見た相手の五感や霊感等を全て支配し、対象を誤認させることが出来る“完全催眠”という能力を持つ。

 しかも誤認させる内容も担い手の思いのままとくれば、もはや反則的。

 これだけ有れば、例え一歩も動かずとも相手を戦闘不能まで追い込める。

 

 正にボスに相応しい強大過ぎる力。だが藍染の真価はそれでは無い。

 恐らく彼は自身の死神としての魂魄の限界まで能力を強化している。

 それは霊圧であり、力であり、技術であり、速さであり、全てに当て嵌まる。

 

 虚と死神の魂魄の境界線を破る事で、その魂魄の持つ限界を超えた強化を可能とした破面。そしてその頂点に立つ十刃。

 だが藍染の基本的な能力は何とそんな彼等すら容易に上回るのだ。更に彼は後に崩玉と融合し、その状態よりも更に数倍にまでパワーアップする。

 だからこそ、ノイトラは自分では絶対に勝てない相手なのだと諦めていた。

 勝てるのは主人公たる黒崎一護のみ。それ以外はどう足掻こうが足元にも及ばない。

 

 これは必然だ。だがノイトラは諦めると同時に覚悟もしていた。

 彼は力を付けてゆく度、初めに掲げた目的の他にもつい欲が出た。

 それは自分の親しい者達の救済だった。

 

 護廷十三隊との決戦で、決着が付く時には既に殆どが死に絶える事が決まっている破面達。

 あろう事か、ノイトラはそんな彼等を助けたいと、愚かにもそう思ってしまったのだ。

 

 うろ覚えだが、確かに生き残る可能性の高い者は存在する。

 まず第3十刃チーム。藍染に斬り伏せられたハリベルについては五分五分だが、確実なのは従属官三人だ。何せ彼女達を撃破した護廷十三隊総隊長である山本 元柳斎 重國(やまもと げんりゅうさい しげくに)本人が、命までは取らない発言をしていたのだ。堅物な彼ならば自分の言った事は守るだろう。

 次にグリムジョー。一護との決戦の後、満身創痍になっているところをノイトラがトドメと言わんばかりに不意討ちするのだが、その後もしっかり受け答えが出来ている事から、恐らくは生き残れる筈だ。

 ―――その後の物語の中で生きている様子が全く描かれていない為、以降の彼の所在が不明なのがネックだが。

 残るは虚夜宮内の破面達数人、そして十刃落ちの中ではガンテンバインだけだ。

 

 改めて数えてみると非常に少ない。そして他は残念ながら確実に死んでしまう運命にある。

 スタークはあの怪我の規模を見ても、精々数分しか持たないだろう。

 バラガンとその従属官達はその死に際までしっかり描かれているので説明は不要。

 ウルキオラは塵となって消えてしまうし、数字が6以上の十刃達も序盤で退場する。

 ヤミーについては―――可哀相だが、描写も省かれた上でしっかりやられている。

 

 ノイトラの中では既に選定は済んでいる。基準はこの先生き残ったとしても仲間としてやっていけるかどうかに尽きる。

 まずスターク。手段については後々考える予定だが、仲間意識が強い彼ならば助けても何の問題は無いだろう。

 次にハリベル。彼女が人格者であるのは既に身を以て知っているので、選択するのに迷いは無い。

 そして十刃落ち全員。チルッチについては従属官として常に傍に居るのでどうとでもなる。ドルドーニとガンテンバインについては、主人公勢との決着が付いたと同時に、迅速に動く予定だ。

 セフィーロやロカを含めた雑務係の破面達については言うまでも無い。既に手回しはしている。

 

 明確な判断が出来無いのはウルキオラとグリムジョーだ。

 ウルキオラについては、初めの内は余りに冷徹で無感情の為に論外。最終的に起こった彼の心情の変化が何を齎すのか想像も付かないので、未だ保留状態。

 グリムジョーについても同様で、一護に敗れた直後は怪我と消耗のせいで非常に大人しくなっているが、回復すればどうなるか不明なので保留している。

 

 確実に除外しているのが彼等を除いたメンバーだ。

 バラガンは身も心も全てが王として完成されているので、ノイトラの理想とは決して相容れ無い。例え生まれ変わってもその在り方は変わらないだろう。従属官達も彼に心酔しているので同様の事が言える。

 第7以下の十刃達、ゾマリ、ザエルアポロ、アーロニーロ、ヤミー。この四人は論外だ。

 ゾマリ自身、藍染を裏切る様な真似をする者と馴れ合うなぞ御免だろう。

 アーロニーロについては―――ノイトラは身内に悪食すら可愛らしく見える様な存在を置く気は無い、とだけ。

 ザエルアポロはこの世の天地が引っ繰り返っても選ぶ訳が無い。寧ろ直々に止めを刺しに行っても良い。

 ヤミーについても、粗野で粗暴で、自身の気まぐれで同族を殺す様な輩など願い下げだ。

 

 救うべき命を選定するという行為。傍から見れば何様だと思う者も居るだろう。

 だがこれしか無いのだ。如何にノイトラが強くなったとしても限界がある。

 例え先程除外したメンバーも救ったとしても、後で改心させる余裕など何処にも無い。

 全てを救うなど、それこそ神の所業だ。

 そんな悠長な真似をしていたら救える者も救えなくなってしまう。下手すればそれを成そうとしているノイトラ自身が死ぬ可能性だってある。

 

 

「故に―――今一度、ここで宣言しよう」

 

 

 藍染は余裕さをアピールするかの様に、右肘を玉座の肘掛に置き、背凭れに自身の体重を掛けた。

 そしてもう一度下の破面達を見回すと、言った。

 

 

「開幕だ」

 

 

 ノイトラは背中一面に嫌な汗を流しながら気付いていた。

 最後に破面達全員を俯瞰した筈の藍染の視線が、一瞬だけ、ノイトラの付近で止まった事を―――。

 

 

 




多分今回は誤字脱字の宝庫。
後で修正します…(泣




▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。