ネカティブ思考の私としては、何時皆様がこの作品から離れて行ってしまうのか気が気でなりません(オイ
クオリティは上げても下げない。これを目標に頑張りたいと思いますので、お付き合い願います。
追記
今回は似非恋愛描写があるので、頭を空にした流し読みを御勧めします。
私自身も苦手だとは知りつつ、物語の流れ的に少し必要かと思って入れただけなんで。
今後も少し出てくるかもしれませんが、御了承下さい。
出来る限り私も改善出来る様に努力しますが…。
時間を掛け、ゆっくりとその重い瞼を徐々に開けてゆく。先程まで闇に支配されていた視界に眩いばかりの光が差し込んで―――等という事は無く、目覚めには丁度良い薄暗さの広い天井が目に入った。
身体中が何か柔らかい物に覆われている様な感覚がする。少し目を下に動かすと、其処にはベッドに横たわり、首から下をフワフワの羽毛布団に包まれた自身の身体が有った。
半覚醒状態の脳を必死に動かし、この状態へと至る前の記憶を辿る。
その日、チルッチは何時も通りにノイトラを追い駆け、第5十刃の拠点である宮の周辺まで足を運んでいた。
今の時間は鍛錬を終えて自室に戻る頃だとリサーチ済みだ。
だがその情報に反して、彼の姿は何処にも見当たら無い。
探査神経で探っても、居るのは彼の従属官一人。
―――相変わらず忙しなく動き回る男だ。
チルッチ・サンダーウィッチは中々捕まえられない意中の相手を想い、溜息を吐いた。
考えれば考える程、ノイトラ・ジルガというのは不思議な男だった。
十刃落ち風情が、と其処等の有象無象の破面達にすら蔑まれる存在である自分達と対等に接し、寧ろ先輩と扱って敬意を示すなど正気を疑う。
殺されても文句の言えない様な行動を取った自分。それを即座に許し、剰えその時に失った筈の力を取り戻す手伝いを行い、今では友人として付き合っている。
噂は所詮噂、という言葉を体現しているのは彼以外に居ないだろう。何が繋がれた鎖を自ら引き千切った飢えた獣だ、只の底抜けに御人好しな鍛錬馬鹿ではないか。
「はぁ、あたしってこんなチョロかったっけ…」
そうは言うが、あの笑顔から向けられた感情は本当に嬉しかった。
此処、治療室にて働く治療長とその補佐的存在の雑務係の破面の手によって治療が完了し、見事成功したと報告を受けた瞬間、ノイトラは言った。
―――そうか、ああ、安心した。これでもう大丈夫だな。
何でそんなに嬉しそうにするのだ。まるで自分の事の様に。
有り得ないだろう。こんな状況に陥ったのも全てが自業自得だ。なのに勝手に責任を持って、勝手に治療の算段を確立して、勝手に喜んで、一体彼に何の得が有ったと言うのか。
「…ってかそうじゃないでしょ。馬鹿かあたしは」
思考が惚気の方向へと脱線し始めたので、チルッチは軌道修正を行い、再度記憶辿りを再開する。
ノイトラの不在を確認した後、取り敢えず彼女はその場を離れる事にした。
第5十刃の拠点は虚夜宮の中央部寄りに位置している為、他の破面達と遭遇せずに辿り着くのが中々に大変だ。
なのでそれを繰り返している内に隠密能力が高くなったのは致し方無いと言える。
だがその日は妙に気を抜いていた。何を思ったのか、拠点を後にする時、迂闊にも探査神経を切ってしまっていたのだ。
そして運悪く、その道中で破面と遭遇してしまった。それも一番出会ってはいけない存在と。
グリムジョー・ジャガージャック。十刃の中で最も凶暴で、少しでも気に食わない存在は尽く蹴散らす暴君。
そして十刃落ちを負け犬にも劣るカスと最も蔑んでいる男でもある。
彼にとって敗者は死を意味する。とすれば十刃落ちの事は敗者で有りながら無様に生き延びている下等な存在にしか映っていないのだろう。
自身の失態を恥じると同時に、ノイトラへの謝罪の気持ちが溢れた。
さり気無く、それも複数回に亘って彼から言われていたではないか。
加えて会った場合の対処法も教えられていた。
まずは軽く会釈するか、先にあっちが噛み付いてきた場合は軽く相槌を打って、興味を無くすまで粘る事。挑発に対して反発したり、強い言動で返す様な真似は禁忌だと。
始めはその通りにした。案の定、十刃落ちのゴミカスが何で此処に、等といった挑発を仕掛けて来たので、冷静に対処した。
だがチルッチは元々気が長い方では無い。
グリムジョーは何とノイトラに対する侮辱を言い始めたのだ。それも思わず耳を塞ぎたくなる様な、胸糞悪い発言を。
想い人への侮辱を聞き流せる程、チルッチは達観してはいなかった。
―――ノイトラよりあんたの方が雑魚だろうが。あいつより階級が下の癖に粋がってんじゃねえ。
そう言い放った次の瞬間、チルッチは腹部に貫手を叩き込まれていた。
狙った箇所と、それに込められた速度と力から見て、明らかに殺意の籠った一撃であるのは明白。
咄嗟に引いた為にそのまま貫かれる様な形にはならなかったが、完全には威力を殺し切れず、盛大に吐血した。
思わずその場でふら付いた直後、今度は右頬に衝撃が走った。
今度は殴り飛ばされたのだと、地面を転がりながら、チルッチは悟った。
腹部への強いダメージは足にも響く上、最後の一撃が脳にも響いたのか、意識が朦朧とし始める。
そんな彼女が最後に見たのは―――。
「―――っ! そうよノイトラはっ!!」
その光景を思い出した途端、チルッチは起き上がる。
そうだ、自分はノイトラに助けられたのだ。
きっとあの後グリムジョーと相対したに違いない。あの荒れ具合からいって、何も無いで済むとは到底思えない。
そして気付いた。
自分が無事という事は、もしかしてノイトラはグリムジョーを下したのか、と。
想像した瞬間、彼女は顔を青褪めた。
虚夜宮内での私情による戦闘は厳禁だ。もしそれを破れば藍染より直々に処分が下される。
その戦闘による被害が酷ければ最悪処刑、それ以外であれば基本は降格。この二択だ。
ノイトラの従属官であり一番の理解者であるテスラいわく、あいつは身内が害されると過剰なまでの反応を示す、と。
今迄の例を挙げて聞かせてもらったが、どれもが熾烈というか強烈だった。
肉体と肉体の
だが十刃同士ともなればそんな悠長な真似は出来ないだろう。
しかも相手はグリムジョーだ。どう考えても大規模な戦闘が勃発するに決まっている。
施設内は当然破壊されるだろうし、下手すれば十刃の一つの席が空白になる。
そうなれば例え勝者がノイトラだったとしても確実に罰が下る。
「そんな…あたしのせいで…!」
「そうですね~、貴方のせいですねぇ」
「んなっ!!?」
チルッチの零した言葉を肯定する別の声が背後から聞こえてきた。
彼女は思わずベッドから飛び降りて構えながら、その声の主を視界で捉える。
「ってあんたかよ!!」
「そうですよ~、皆大好きセフィーロ・テレサさんですよ~。わ~パチパチ~…と言っても今此処には私達しか居ないんですけどね~」
「だあぁぁぁ! 一々間延びした声出すんじゃねえ!! 無性に腹が立つっての!!」
治療室に居る破面達のほぼ全てが戦闘力を持たない非力な存在だ。にも拘らず、一定以上の実力を持つ破面であるチルッチに対してこんな立ち振る舞いが出来るのは彼女一人しか居ない。
しかも最近ではノイトラすら従えられる一種の抑止力として、他の雑用係の破面達から非常に頼りにされいてたりする。
そしてチルッチにとっては現時点での最大のライバルであり、恩人の一人でもあった。
「体調も問題無さそうですね~」
「…御蔭様でね」
「ではノイトラさんにも伝えときますねぇ」
「あ、そうだノイトラよノイトラ! あいつはどうなったの!? 教えなさい!!」
「…ちょっと肩を揺するの止めてくれたら教えますよ~」
元十刃の身体的スペックで両肩を掴まれ、凄まじい勢いでガクガクと揺すられているにも拘らず、態度を全く変えないセフィーロはそう言った。
チルッチは逸る気持ちを抑え、彼女を解放して言葉の続きを待つ。
「結果だけ言えばどちらも怪我無く終わりましたねぇ。特に藍染様からの罰も無い様ですし~」
「そう…良かった…」
けど、とセフィーロは不意に間を置くと、先程までの柔らかな雰囲気が豹変した。
突如として放出された膨大な量の霊圧が、チルッチのみに降り掛かる。
そのセフィーロの有り得ない行動と変化に、全身が硬直した。
まるで蛇に睨まれたカエルの気分だ。
セフィーロの全身から放たれている霊圧の量は尋常では無い。明らかに鍛錬時の手加減モードのノイトラに匹敵しているし、少なくとも現十刃の中堅レベルだ。
本人は戦闘力が皆無などと言っていたが、絶対嘘だ。所持している能力が戦闘向きでは無いの間違いでは無いのか。
チルッチはそんな事を思いつつも口に出せなかった。
「今回のせいでノイトラさんは掛け替えの無い存在を手放す羽目になりました。テスラ・リンドクルツという唯一無二の理解者を」
「…え?」
建前としてはこうだ。
事が起こる前、テスラは既にノイトラの従属官を辞しており、新たにハリベルの従属官として着任する事が決まっていた。
そしてその後釜にチルッチ・サンダーウィッチが入る形になっていたのだが、藍染が不在だった為に申請が出来ず、待機状態だった。
そんな時にグリムジョーが彼女と遭遇。従属官云々の事情を知らない彼は一方的に彼女を攻撃、それを止めるべくして主たるノイトラが動いた。
大規模な戦闘まで発展しそうになった瞬間、ハリベルが介入し、一先ず最悪の事態は回避した。そういうシナリオだ。
何とも無理矢理感が否めない流れである。しかしこれ以外に丸く収める方法は無かったのも事実。
事情を聴いたチルッチは思わず全身を震わせた。
滝の様に冷や汗を流し、譫言の様な声を漏らし始める。
単に顔色を青褪めたとか、そういった次元を超えた反応だった。
「…う…そ……あ…あたしはそんなつもりじゃ……」
「―――しゃきっとせんかこの糞雌が!!」
「ひいっ!?」
寒さに耐えるかの様に自身の身体を抱き締め、床に両膝を着くチルッチ。
そんな彼女に痺れを切らしたのか、次の瞬間、治療室全体にセフィーロの怒声が放たれた。
我に返った彼女は顔を上げ、背景に般若を浮かび上がらせたセフィーロを見遣る。
「事情はどう有れ、あの人は選択した! そしてテメェは…私が望んで已まなかった居場所を手に入れた!!」
「でも、あたしは…」
「でももだっても無ぇんだよ!!」
チルッチは目を見開いた。
泣いていたのだ。何時も飄々と振る舞い、何事にも揺るがない気丈な態度を崩さなかったセフィーロが。
―――そうだ、彼女もノイトラの事を自分より前から。
チルッチは悟った。
態度はアレでも、何時も傷だらけだったノイトラを只管癒し続けたセフィーロ。彼女は恋情を抱き始めた以降もその行動は基本的に変えず、誘惑はしても自身からはそれ以上踏み込まないスタンスで接し続けた。
誰よりも彼の傍に居る事を望んでいた彼女が、ぽっと出の存在にそれを先に奪われたのだ。
それはどれ程の悔しさだっただろう。自分がどれ程疎ましく、憎たらしかった事だろう。
破面とはいえ、チルッチは同じ女だからこそ理解出来た。
別に心を奪った訳では無い。だが長きに亘って想い続けたにも拘らず、一歩リードされたのだ。それも他ならぬ自分の失態という切っ掛けで。
「後悔も、罪悪感もあるだろう! でもあの人の傍に立ったからには、せめてそれに相応しい存在になってみせろ!! チルッチ・サンダーウィッチ!!」
その悲鳴にも等しい叫び声に、胸が締め付けられた。
チルッチがノイトラの従属官に決定した今となっては、セフィーロの立場では幾ら足掻こうがどうしようも無い。
彼女の今抱いている感情は想像を絶する。にも拘らず、彼の為になるならば、とライバルにまで助言を与えるその姿に、チルッチは心打たれた。
「……言われずとも…!!」
彼女は覚悟を決めた。他ならぬ想い人の為、そして断腸の思いで身を引いたセフィーロに認められる様に。
「あたしを誰だと思ってやがる! これでも元第5十刃! グリムジョー程度捻り潰せる様になってやるに決まってんだろ!!」
「ハッ! グリムジョーとは大きく出たな!! あの人は一撃で、それも寸止めで沈ませ掛けたぞ!!」
「だったらあたしは一睨みで沈めてやる! 指を咥えて見てろアバズレ!!」
「吠えたな糞雌! 精々今回みたく情けない姿で此処に運ばれて来ない事だな!!」
両者共に肩で息をしながら、互いを睨み合う。
―――どれ程の間そうしていただろう。
やがて自身の涙を白衣の袖で拭い、何時もの柔らかな笑顔に戻ったセフィーロはその場から踵を返した。
「…さっき探査神経で確認しましたけど~、今ノイトラさんは第5十刃の宮に居ますねぇ。今日のところはもう動かないと思いますよ~」
治療室の中にある自室の扉の前まで移動すると、何時もの口調でそう言い残し、そのまま自室へと消えて行った。
残されたチルッチはベッドの傍に立て掛けてあった自身の斬魄刀を握ると、治療室を後にした。
「…お節介な奴」
その顔は憑き物が取れたかの様に晴れやかで、憑依後に覚悟を決めたノイトラと同じ目をしていた。
自室へと入った後、セフィーロは盛大に溜息を吐いた。
その表情には、先程まで浮かんでいた筈の悲しげなものは一切感じられない。
あるのは只の疲労感のみ。
「はぁ~…本当に面倒な子」
何時もの間延びした口調は何処へやら。
涙で濡れた目元を、袖で至極気怠げな動きで拭いながら、そう呟く。
この態度からして丸判りだが、先程までチルッチに対して見せた態度は全てが大嘘。
俳優を目指しても良い程の迫真の演技であった。
「けど―――これであの子も此方の手中」
―――実にチョロイ。
セフィーロはそう内心でほくそ笑んだ。
仮面の名残で隠れている為に確認出来ないが、その口元は確実に吊り上っている事だろう。
目付きで直ぐに判った。
そんな彼女に、横合いから何かが差し出された。
それは白く細い綺麗な手に乗せられた濡れタオル。しかも微温湯に浸けたのか、ほんのり温かい。
手の持ち主は、数年前から同じ部屋で同居している雑務係の破面―――ロカ・パラミア。
「…これで拭かれた方が、目に優しいです」
「ん、有難うロカちゃん」
セフィーロは御礼を言いながら微笑むと、顔を上に向け、受け取ったタオルを目元に乗せた。
あ”あ”~、と何処か温泉に入った直後のオッサンの如き声を出し始める彼女に、ロカは不意に問い掛ける。
「…何故、チルッチ様に対してあの様な事を?」
「んん~? さあ、何ででしょうかね~」
恍けた声でそう言うセフィーロは、乗せていたタオルを取る。
視界に入ったのは、“今の状態”になる前から好きだった水玉模様の壁紙が一面に張られた天井。
セフィーロは不意に、想い人の事と自分自身の過去を思い返す。
何時からだっただろう。気が付いた時には既に、この想いは心の奥底の部分まで根を張っていた。
今思い返しても具体的な時期は不明のままだ。
ノイトラ・ジルガと関わりを持ち始めた切っ掛けは、ある時突然彼が瀕死の状態で従属官のテスラに支えられて治療室の扉から現れた時だ。
何故か傷は全て塞がっていたが、既に血を大量に流していたのだろう。その顔色は青白く、目は虚ろで視界が定まっていないといった、出血過剰による貧血症状を見せていた。
それに加えて極限まで消耗した体力と霊圧から、一刻を争う危険な状態であるとセフィーロは即座に察した。
テスラの話によれば、ここのところ最近の無茶な鍛錬が祟り、先程の任務内で少なく無い怪我を負ったそうだ。
セフィーロは困惑した。彼女が事前に持ち得ていた“知識”とは大きく掛け離れた行動を取るノイトラに。
―――何だ、無茶な鍛錬とは。
そこまでして己の身を削ってまで強さを求める程、彼は努力家だったか。
断じて違う。鍛錬で地道に力を付けるより、他者を蹴落とす事で自分が強くなったという状況を無理矢理作り出す様な最低な男だった筈だ。
唖然とするセフィーロに対し、どんな手を使ってでも彼を治療して欲しいと懇願するテスラ。
だがその日は運悪く物資の補給の前日であり、現時点での治療室の設備と道具では満足に治療が出来ない可能性が有った。
治療長という立場上断る訳にもいかず、止むを得ず彼女はロカに人払いを頼み、自室で秘匿していた自身の能力を使っての治療を行う事にした。
そこで彼女は自身の失態を悟る。何とノイトラは致命傷レベルの怪我を負いながら、確固たる意識を残していたのだ。
瞬く間に怪我を完治させた能力を見て驚愕の表情を浮かべる彼の傍で、セフィーロは内心で恐怖を感じていた。
もしもこの能力を周囲にばらされでもすれば、そしてそれを脅迫の材料に何を要求されるのかと。
―――いっその事、何かをされる前に消すか。
セフィーロは不意にそんな考えを抱いた。
デメリットはあるが、丁度その手段は持ち合わせているのだから。
だがその心配は無用だった。何とノイトラは特に追及する様子も無く、普通に頭を下げて礼を述べたのだ。
セフィーロはこれにも驚愕した。彼女の中ではノイトラ・ジルガという存在は誠意ある行動を取る様な人物では無いからだ。
固まったまま動かない彼女を放置し、完全回復したノイトラはベッドから立ち上がると、そのまま大人しく治療室を出て行った。
次も宜しく頼むと言い残し。
以降も彼は最後に言い残した言葉を体現するかの様に、定期的に治療室を訪れた。毎回少なく無い怪我を負いながら。
狙っているのかと疑う程、そのタイミングは何時も補給前日か道具が不足している時で、済し崩し的にセフィーロが自身の能力で治療するのが通例となっていた。
他の破面はノイトラを怖がって近寄りもしないし、唯一彼を恐れないロカを助手にしてもそれは変わらず。
最終的に―――彼女は諦めた。自分以外にはこの人を治療出来無いのだと。
やがて普通に世間話が出来るまでにコミュニケーションを重ねたセフィーロは、不意にノイトラへと質問してみた。
何故第5十刃である貴方が此処までして自分を追い込むのか、と。
思えばその時の返答が、彼の事を気にし始めた切っ掛けだったのかもしれない。
―――自分には謝らなければならない者が居る。
その為には強さが必要不可欠なのだと、ノイトラは静かに、そして悔いる様にして語った。
セフィーロは戸惑った。
“知識”の中でのノイトラは、更なる戦いを引き寄せる為に強さを求めていた。なのにこの在り方は何だ。全くの真逆ではないか。
やがてセフィーロは認識を改めた。彼は別人だと。
そしてそう零した彼の横顔が、“今の状態”より前の記憶にある“彼”と重なった。
顔も、身体も、種族も、世界も違う。だが彼はどうしようも無い程に、似ていた。
その日を境に、セフィーロはノイトラに対する態度を改めていった。
やがて付き合いを重ねる度、気付けばその感情が恋情へと、そして愛情へと変化していた事に、セフィーロはこれ以上無い程に遅れながら自覚したのだ。
同時にロカも、とある理由からノイトラに悪印象しか抱いていなかったのだが、徐々に認識を改めていった。
「んふふ~」
「セフィーロ様?」
向かうところ敵無しだった、一介の大虚だった頃の時代。セフィーロはある日突然自分の前に現れた藍染に勧誘され、彼の傘下に入った。
そしていざ崩玉を用いて破面化してみると―――想定外も良い結果になった。
大虚だった時に所持していた戦闘能力の一切が失われたのだ。最下級大虚なら片手で投げ捨てられる程だった身体的スペックも、息をする様に放てていた射程範囲内の尽くを灰燼に帰した虚閃も、自身の半径五百メートル以内の範囲の事象ならば即座に察知出来た第六感も、全てだ。
その時の落胆した表情の藍染。恐らく自身の不完全な崩玉が原因とでも考えていたのだろう。
あのチートの象徴とも言える男を欺いたという事実に、今も思い出しただけで笑みが零れる。
セフィーロ自身、主な戦闘能力を失った理由は理解していた。
と言うか、彼女は力を失ったのでは無く、破面化と同時に意図して別の場所へ全て移動したのだ。
残した能力は、全て補助系統に特化したものばかり。だがそれは戦闘に関する適性が極端に低くなっただけで、別に戦えない訳では無いのだ。
現に今の状態でも霊圧に物を言わせた遣り方をすれば、十分な威力の虚閃や虚弾を放てるし、鍛錬を積めば響転だって再度習得可能だろう。
「何でも無いですよ~。大丈夫大丈夫~、私達の不利益にはならないから~」
「はあ…」
口調を戻したセフィーロは、ロカにそう返す。
ロカは表情を変えぬものの、その意図が理解出来無いのか、首を傾げていた。
「さてさて~、ちょっとスッキリサッパリしてきましょうかね~」
やがてセフィーロは浴室へと向かって歩き始めた。
ロカは視線でその後を追う。
「……ノイトラさんの為に、これから頑張って頂戴ね…チルッチちゃん?」
セフィーロが何かを囁く様にして呟いたまでは判ったが、中身までは良く聞き取れなかった。
だが彼女のその後ろ姿に、ロカは何とも言い難い妙な寒気を感じていた。
気付けばノイトラはベッドから跳ね起きていた。
呼吸は乱れ、前に突き出されていた手は汗ばんでいる。
「…何だってんだ」
理由は只夢見が悪かった、それだけに尽きる。
まあ致し方無いと言える。何せその内容はノイトラ・ジルガに憑依する前の■■■■だった頃の記憶。
それも人生が大きく狂った切っ掛けとなる、あの出来事とくれば言わずもがな。
今更だ。もう関係無いのだ、その頃の記憶など。
あの時自分が取った行動に後悔は無い。でなければ“彼女”の人生が終わっていたのだから。
自身を犠牲に誰かを救う。それを成した結果、自分は身体一つで社会の荒波の中に放り投げられる形になったが、その心は晴れやかだった。
小説の中で稀に自己犠牲に酔う、と表現されているのを見た事があるが、納得だ。成る程、確かに甘美なものである、この極めて身勝手な達成感は。
それに高校を退学になったのは悪い事ばかりでは無いと思っていた。
退学時に嘘を鵜呑みにして散々罵倒して来た同年代の連中よりも、一足先に大人の道へと近付けたのだから。
大人になる。随分漠然とした言い方だが、その時の彼としてはこう考えていた。
自分の行動に責任を持ち、結果として生まれた過ち等を認められる様になる事だ。
きっと自分を陥れたアイツは今頃社会に出て苦労しているだろう。例え始めは上手く行ったとしても、後々痛い竹箆返しを食らう事になるのは確実だ。
社会とはアイツの様な能天気な脳味噌を持つ人間が考える程甘いものではない。
そう想像しただけで、そのアイツに対して抱いていた恨みも大分薄れていったと―――そう思っていた。
にも拘らず、これだ。
過去の光景を振り返り見せられたせいで、その憎しみが再びぶり返したのだ。
それは消えた様に錯覚していただけで、心の奥底では未だに残留していたという事に他ならない。
―――その程度で大人に近付いたと思い込んでいたとは、笑止千万。
ノイトラは過去の自分を卑下した。
「ホント、俺もまだまだ餓鬼だな…」
「そんな事…無いわよ」
「っ!?」
独り言の筈が、まさか外部から反応が返ってくると予想外だった。
ノイトラは弾かれる様にして声の方向―――自室の入口を向いた。
「オマエ…」
「聞いたわよ、テスラの件」
「っ…そうか」
チルッチはノイトラの自室の扉を閉めると、そのまま凭れ掛かる。
顔を俯かせ、暗い声で語り掛けた。
「…あんたは、それで良いの?」
「当たり前だ」
「っ!」
「アイツが選んだ道だ。俺の事とか全部ひっくるめて考えた結果の…な。今更どうこう言う気は欠片も無ぇよ」
迷い無き即答。それだけで、ノイトラとテスラの間の絆の深さが手に取る様に分かった。
チルッチは後ろに組んだ手が震えるのを感じた。
解っていた筈である。だがやはりそのショックは大きい。
距離は関係無くとも、互いを理解し合えるその繋がりに羨望した。
そしてその余りにも遠い目標に、心が折れそうになる。
セフィーロにあれだけ言って置きながら、何と情けない姿か。
彼女は自分の代わりまで涙を流してくれた。なのに自分ときたら先程から視界がぼやけて仕方が無い。
「だから―――今度は俺達の番だ」
「え?」
今彼はと言ったか。チルッチは自身の耳を疑う。
俺だけなら解る。だが達、とはどういう訳か。
この馬鹿な自分の事を含めて言っているのか、と。
口を半開きにしながら、チルッチは次の言葉を待った。
「今迄色々とおんぶに抱っこだったからな。アイツが安心してハリベルのとこで働ける様、自立しなきゃならねぇ」
「そ…そう」
「だからよ、これから宜しく頼むぜ…チルッチ」
「―――!!」
その一言に、チルッチの心情は先程とは一転。罪悪感も葛藤も、何もかも全てが払拭された。
―――そうだ、彼は何時も前を向いていたではないか。
時折儚げに何かを考える仕草は見せても、次の瞬間には何時ものしかめっ面へ戻る。その切り替えの早さのせいで、以前までは一体何を背負っているのか全く読む事が出来無かった。
辛うじて解ったのは、十刃落ちの三人との稽古の他、恐らくは見えないところでもより過酷な鍛錬を自分に課している事ぐらいか。
本当に自分とは目指しているものが違う。
こちらが山頂を目指して歩んでいる内に、彼は既に空へと舞い上がっているのではないか。そう思える程に。
「う…うん、うん! そこまで言われちゃ黙ってられないわ!! このチルッチちゃんにまっかせなさ~い!!」
頼られている。信頼を寄せられている。他でも無い、想い人に。
そう理解した瞬間、チルッチは顔に熱が集中するのが判った。
―――きっと今、自分の顔は他人に見せられる様な代物じゃない。
チルッチは勝手に動く表情筋からそう推測する。
間違い無く真っ赤に染まり、ニヤけているに違いない。
彼女は顔を横に逸らし、ワザと大きな声で尊大な態度を取る事で自身の照れを隠した。
普段通りのノイトラであれば、彼女の尊厳を気遣って見て見ぬフリをしつつ、軽く相槌を打って終わっていただろう。
だが運悪く、今は夢見の悪さの影響で、やや精神的余裕を欠いていた。
故にこの時の彼が着目したのは照れ隠しの様子では無く、斜め上な方向のものだった。
「…オマエ結構餓鬼くせぇ反応すんのな」
「って…ああ? いまなんつったコラ?」
「だからオマエ結構餓鬼くせぇ―――っておいぃぃぃ!? 何斬魄刀抜いてんのオマエ!!?」
「はじめにフォローしてやったのにその言い草かよ!! 掻っ斬れ“
「ばっ…! 此処で解放なんてしたら―――」
「知るかよこの鈍感野郎! そのまま死ね! 絶対死ね! 死んで更に死ねぇぇぇ!!」
「意味解んねぇぇぇ!!?」
この日、第5十刃の拠点の宮の三分の一が瓦礫の山へと化した。
修復に掛かった時間は大凡一週間。その間、其処の住人は治療室に匿ってもらったらしい。
風の噂によると、この後日、とある十刃の一人が従属官である小柄な女性の首根っこを掴んで引き摺り回し、虚夜宮内の雑務係の破面達に謝罪して回ったとかそうでないとか。
少し中身を修正しました。前より多少はマシになってると思いたい(汗
苦手なものは苦手なりに工夫しないと駄目ですね。
次からは気を付けます。