三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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更新が遅れて済まない。
ターバンの餓鬼に脚を刺されてしまってな…



誤字報告、心より感謝申し上げます。
一通り修正しましたが、まだあるかもしれないので出来る範囲で頑張ります。


第六十五話 始まる戦い、終わる戦い

 未だに混濁する意識の中、ルドボーンは全身に圧し掛かる瓦礫を何とか退かし、外へと這い出す。

 軋みを上げる身体に鞭打ち、無理矢理顔を上げる。

 視線の先では先程まで自身と交戦していた侵入者達四人が、乱入者―――ヤミーと激戦を繰り広げていた。

 

 しかし戦況は明らかに此方側の不利。完全に調子を取り戻したらしいヤミーだが、手当たり次第に剛腕を振るい、虚閃や虚弾を撒き散らすという単純極まりない戦法を取り続けている為か、尽く無駄に終わっていた。

 初動を雨竜が矢を放つ事で崩し、ルキアが“捩花”の激流にて視界を潰しつつ動きを止め、その隙に恋次が“狒狒王蛇尾丸”の巨体を叩き付け、泰虎が駄目出しとばかりに“悪魔の左腕”を捻じ込む。

 彼等の巧みな連携プレーの前に、ヤミーは成す術が無い。ノイトラには及ばないにしても、その強靭な肉体には傷が目立つ様になっている。加えて帰刃を解放する暇も無いときた。

 

 

「おのれ…!!」

 

 

 ルドボーンは苛立った。戦場に突然現れたかと思いきや、味方である筈の自身を殴り付けて戦闘不能に追い遣った癖に、追い詰められているヤミーに。こうして戦場を眺めるしかない己の無力さに。

 当初、ルドボーンが四人と交戦を始めた時は比較的有利に戦況を運んでいた。

 事前に帰刃にて三百を超える程の軍勢を揃えた上で、容赦無い使い捨て戦法を用いて四人の足並みを崩し、そこで帰刃―――“髑髏樹(アルボラ)”を解放。大樹と化した自身の肉体より絶え間無く兵士を生み出し続ける事で、相手に態勢を立て直す暇を与えずに攻め立てた。

 ふとした拍子に一護を逃がしてしまったが、特に気にしてはいない。何せ彼の行く先にはウルキオラが居るのだから。

 

 後は残る四人を勢いのままに圧殺するだけ。如何なる猛者とて、圧倒的な数に攻められ続ければ限界が出てくる。

 しかしルドボーンのそんな思惑は、全てヤミーが台無しにした。

 今思えば、勝ち急ぐ余り周囲への警戒が疎かになっていたのだろう。

 

 

「こんな様では…あの方に合わせる顔が無いではないか…!!」

 

 

 思い浮かべるのは、突如として霊圧を消失したノイトラ。

 組織を運用する為に必要不可欠な存在とは言え、いつの時代も他者より忌避されるのが暗部の宿命。表立って肯定する者なぞ居ない。

 だがノイトラは違った。嬉々としてザエルアポロの命令に従い、ドルドーニとガンテンバインを手に掛けんとした事を許したばかりか、“葬送部隊”という存在自体を肯定したのだ。

 ルドボーンにとって、それがどれ程の救いだったか。

 

 そんなノイトラの思いに応えるべく、ザエルアポロに焚き付けられた野心を圧殺し、これまで以上に己の使命を全うせんと奮起した。

 だがそれも、この侵入者達が虚夜宮の奥へと進み続けた結果、立て続けに不測の事態が振り掛かる。これにはノイトラの消失も含まれている。

 故にルドボーンは憤った。貴様等が現れなければ、こんな事にはならなかったのに、と。

 

 

「しっかしイカした斬魄刀だなルキア! 前のはお役御免か!?」

 

「笑えぬ冗談はよせ恋次。今は訳あって使えぬというだけ…だ!!」

 

 

 余裕故か、恋次が軽口を叩き始める。

 それを軽く叱責しながら、ルキアはすっかり手に馴染んだ捩花を振るう。

 巻き起こる激流に、ヤミーの巨体は再び押し流され、近くの瓦礫へと叩き付けられる。

 

 

「ぶはあッ!! てめえら調子に―――」

 

「“巨人の一撃”!!」

 

「乗ってんじゃねウオオオォォォッ!!?」

 

 

 散々痛め付けられている筈なのだが、ヤミーは持ち前のタフネスで難無く耐え抜く。そして直ぐ様立ち上がらんとするも、泰虎の追撃によって再び地面を転がる羽目になった。

 瓦礫と砂の山に埋もれ、姿を消したヤミーの姿を見た雨竜は、自身の得物を下げながら呟いた。

 

 

「…後は時間の問題だね」

 

 

 そして遠目で地面に這い蹲っているルドボーンを同情の目で眺める。

 正直言うと、彼の方がヤミーより手強かった。最下位とは言え十刃だけあって個の力量は上を行く後者と、数の有利性を前面に出した戦術を取る前者。どちらが相手が良いかと問われれば答えは決まっている。

 もしあのままルドボーンと戦っていれば、負けはしなくとも少なく無い消耗を強いられていただろう。そう考えるとヤミーが横槍を入れて来たのは幸運だっと言わざるを得ない。

 

 

「さて、済まないが僕は黒崎(むこう)の様子を見に行くよ」

 

 

 現状では一人抜けても、ヤミーの撃破はそう難しい事では無い。何せ自分達全員が彼の階級以上の十刃を相手にし、全て打倒してきたのだから。

 そう考えた雨竜は、先程から気掛かりだった―――終始膨大な霊圧が激しく変動を繰り返している方向を見遣った。言うまでも無く一護の居る方向である。

 

 ルドボーンと交戦する前に霊圧を探った限り、織姫の救出には成功したらしい。傍にはネルも居る。

 だが問題なのは、増援に向かった剣八と十刃らしき霊圧が激闘を繰り広げている事だ。

 熱くなり易く、そしてどこか抜けている性格の一護。状況によっては織姫の安全を疎かにした行動を取りかねない。出来る限り早急に合流した方が得策だろう。

 現に折角剣八が敵を引き付けているにも拘らず、その場から織姫とネルを連れて動こうともしていない。

 大方、剣八の事が気掛かりになっている。理由としてはそんなところだろう。

 当初の計画を忘れたのか、他人よりまず自分の状況を顧みろと、一言二言―――否、最低でも三言以上はぶつけてやらねば気が済まない。

 

 

「おう! 後は任せな!」

 

「井上を頼むぞ」

 

「む…」

 

 

 仲間達からの了承を得た雨竜は、“飛廉脚”にてその場から瞬時に移動を開始した。

 それを見送ると、残された三人は改めて構えを取ると、埋もれていた状態から息も絶え絶えに這い出てきたヤミーを見据える。

 

 

「さぁて…コッチもいい加減ケリつけるとすっか」

 

「覚悟せよ十刃。もはや解放する暇すら与えんぞ」

 

「…これで決める」

 

 

 其々に霊圧を放出し、止めの一撃を放たんとする。

 解放後の十刃がどれ程の脅威か、身を以て知っているが故か。全く以て容赦の欠片も無い。

 まあ間違ってはいないだろう。物語的な観点からしてみれば盛り上がりに欠けるかもしれないが。

 

 

「―――ッ、クソが…あァ!!?」

 

 

 これには流石に焦りを感じたヤミーは、痛む身体に鞭打ち、慌てて自身の斬魄刀の柄に触れようとする。

 だが悲しいかな、その肝心な斬魄刀は本来あるべき場所には無かった。度重なる追撃によって白装束がボロボロになり、その拍子に左腰より離れてしまっていたのだ。

 

 大量の冷や汗を流しながらヤミーが周囲を見渡すと、十メートル以上離れた場所に転がっているのを発見する。

 一瞬安堵したものの、ふと気付く。今からそれを拾いに行く暇など無いのでは、と。

 元より響転は得意では無いし、例え出来たとしても現状の負傷具合では結果は変わらないだろう。

 

 絶望一色に染まるヤミーの思考。

 だが次の瞬間―――奇跡が起きる。

 

 

「んなっ…!!?」

 

「何だ…この霊圧は…!!?」

 

「ぬ…ぐぅ…!!」

 

 

 虚夜宮の天蓋の上より、周囲一帯に背筋が凍る程に異質で膨大な霊圧が圧し掛かったのだ。

 恋次とルキアは思わず膝を着き、泰虎はバランスを崩した様にして全身をふら付かせる。

 ヤミーはその霊圧に心当りがあった。

 

 

「―――ラッキー(スエルテ)!! ありがとよウルキオラァ!!!」

 

 

 動きの止まった三人を見て、ヤミーは歓喜の叫び声を上げる。

 そして渾身の力を振り絞って飛び出し、見事斬魄刀を回収する事に成功した。

 

 

「んなッ…アイツいつの間に!!?」

 

「迂闊…!!」

 

「…これは、マズイな」

 

 

 先程までの余裕を失い、焦り始めた三人を視界に入れたヤミーは、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 

 

「オイ、さっきはよくもやってくれたなァ…?」

 

 

 柄を握り、僅かに抜刀しながら囁く様にして言う。

 同時にイメージする。眼前の三人を、最強たる自身の帰刃の誇る圧倒的な暴力で捻り潰す光景を。

 

 そんなヤミーの尋常ならざる雰囲気を察し、三人は身構える。

 中でも泰虎は一つの決断を下していた。実は彼、一護と合流する先の事を考慮し、新たに得た自身の能力をセーブしていたのだ。

 だがもはやそんな状況では断じて無い。迷わず全てを解放せねばならない窮地にあると、勘が最大音量で警報を鳴らしている。

 

 未だ漠然とした部分は残っているものの、感覚的にだが大部分は把握した。後は未体験の力を使うに足る覚悟だけ。

 ―――やってやるさ、じいちゃん(アブウェロ)

 能力の解放と同時に、泰虎の両腕の鎧が上半身を中心に広がり、口元まで覆う。

 

 

「お礼に…まとめてブッ潰してやるぜェ!!」

 

 

 右手の盾を上げる。

 粗暴な幼き頃、オスカーに誓った。自分の為に暴力を振るわないと。

 左手の矛を構える。

 不良に絡まれた時、助けてくれた一護と誓った。互いの為に拳を振るうと。

 

 

「“ブチ切れろ―――憤獣(イーラ)”!!!」

 

 

 ヤミーの巨体が、凄まじい速度で何倍にも巨大化してゆく。

 このままでは天蓋にも届くかと思われたが、数十メートル手前で止まる。

 頭部に四本、背中の肩甲骨が生え、全身の筋肉が異常なまでに膨張。臀部には四本角の鬼のような顔を持つ尾が生えていた。

 

 

「数字が…!!」

 

「0…だと…!?」

 

 

 十の数字が刻まれてたヤミーの左肩。その内の一の数字が消え失せている。それに気付いた恋次とルキアは思わず息を吞む。

 泰虎も同様のタイミングで気付いてはいた。だが覚悟を決めたが故か、一貫して平静を保ち続けていた。

 

 

「俺は力を溜めて完全解放することで数字の変わる、唯一の十刃」

 

 

 化物に近付いた風貌を更に凶悪化させる笑みを浮かべながら、ヤミーは右腕を振り被る。

 

 

第0十刃(セロ・エスパーダ)、ヤミー・リヤルゴだ!!」

 

 

 名乗り終えると同時に、それを振り下ろす。

 泰虎はそれに向かい、迷まず踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方に立つロリとメノリに対し、一護は警戒心を露にしつつ、ネルと織姫を庇う様にして前に立った。

 だがロリは一護の事なぞ眼中に無いかの様に歩を進め、距離を詰めて行く。

 

 

「っ、止まれ! それ以上近付けば―――」

 

「あんたに用は無いわ。そっちの女にちょっと話があるだけ」

 

「ロ…ロリぃ…」

 

 

 警告しながら斬魄刀を構える一護だが、案の定ロリは突っ撥ねる。

 その様子を、メノリは後方でオロオロしながら眺めていた。

 

 

「信用出来るかよ! そう言って油断させようったって無駄だ!!」

 

「…メンドクサイ奴ね」

 

 

 取りつく島も無い一護の様子に溜息を吐くと、ロリは徐に自身のスカートの下に手を潜らせ始める。

 元々極端に短いそれだ。ならば当然、僅かに捲れただけで下着が丸見えになる訳で―――。

 

 

「ぶふぁ!? いきなり何してやがんだ!!?」

 

「はい、これで良いでしょ」

 

 

 顔を真っ赤に染めて慌てふためく一護を尻目に、ロリはやがてスカートの中から手を抜くと、何かを地面へ投げ捨てた。

 カランとした音を立てながら転がったそれは、ダガーの形状をした斬魄刀。

 それを目の当たりにした一護は瞬時に正気へ戻ると、不審な表情を浮かべながら問い掛けた。

 

 

「…何の真似だ?」

 

「察しなさい」

 

 

 それ以上は語る必要も無いと言わんばかりに、ロリは腕を組んでその場に佇む。

 彼女の行動から察するに、此方に危害を加える意思は無いと示しているのだろう。

 だが如何せん、初対面だ。もしかするとこの様に相手を油断させ、隙を見せた瞬間に襲い掛かる算段を立てている可能性も考えられる。

 

 一護は想定外の事に困惑しつつ背後へ振り返り、織姫へ助けを求める様に視線を向けた。

 それに対し織姫は少々考える素振りを見せたものの、やがて意を決した様にして口を開く。

 

 

「…大丈夫。ちょっと怖いけど、頑張るよ」

 

「井上…」

 

 

 ごめんね、と両腕に抱えていたネルを地面へ降ろすと、緊張した面持ちでロリの眼前まで移動する。

 

 

「それで…話って何かな?」

 

「単刀直入に聞くわ」

 

 

 織姫を正面より見据えながら、ロリは切り出した。

 

 

「藍染様のこと…どう思ってるの」

 

「…ふぇっ?」

 

 

 気付けば織姫は素っ頓狂な声を漏らしていた。

 一体何を聞かれるのかと、戦々恐々していたところに―――この問いである。彼女の反応も致し方無いと言えた。

 

 

「ハッキリしなさいよ! 好きなのか嫌いなのかって聞いてんのよ!!」

 

「好きって…え、えぇぇぇ!?」

 

 

 口を半開きにしたまま硬直する織姫を、ロリは一喝して更に問い詰める。

 だが混乱の極みに陥っている為か、一向に返答は無い。

 痺れを切らしたのか、ロリは肺の容量限界まで息を吸い込むと、大声で言い放った。

 

 

「あたしは好き!! って言うか愛してる!!!」

 

「えっ、ええええええ!!?」

 

「あわわわわ…!?」

 

 

 想定外の事に狼狽える織姫。ロリの後方に立つメノリも同様の反応を示していた。

 

 

「この想いは誰にも負けないって、自信持って言えるわ!!!」

 

 

 実に天晴れ。賞賛に値する、堂々たる告白振りであった。

 もしこの場に意中の本人が居れば、もはや神よ照覧あれと言わんばかりの喝采を贈っても足りない。

 ―――とは言え、やはり少なからず羞恥心を抱いているのか、その頬は赤みを帯びていた様だが。

 

 

「さあ、答えなさい!!」

 

「…私、は―――」

 

 

 暫しの間を置いて、織姫は覚悟を決めた。圧巻とも言える告白を見せ付けたロリに対し、ここで引いては女が廃ると。

 

 徐に背後へと振り返り、一護を見遣る。

 其処には変わらず此方の身を案じ、何時でも踏み出せる様に構え続ける頼もしい姿があった。

 それに勇気を貰った織姫は、やがて視線をロリへと戻し、肺の容量の限界まで大きく息を吸った。

 

 

「私には好きな人がいます!!」

 

「…へぇ」

 

「けどそれは藍染さんじゃないです!! 嘘じゃありません!!!」

 

 

 言い切った爽快感と、同時に湧き出るそれ以上の羞恥心。

 正しく穴が有ったら入りたい状態だ。

 

 織姫は改めてロリの事を尊敬した。これを平然とやるなんて、と。

 しかも意中の相手の名前を出した上である。とは言え、織姫の場合は直ぐ後ろに当人が居るので、それ程ロリとの差があるとは言い切れないが。

 御蔭で暫くは顔を見れそうにない。そう思った直後であった。

 

 

「井上って、好きな奴がいたのか…」

 

「…あっ」

 

 

 その一護の呟きに、織姫ははっとなる。

 先程の発言は、下手すると誤解を生む様なものではなかったかと。

 

 

「ち、違うの黒崎君!! いや…違うわけじゃないんだけど…っ!!」

 

「は? だって今―――」

 

「だ、だから…やっぱり違うのぉ!!」

 

「どっちだよ!?」

 

 

 焦燥の余り羞恥心も忘れ、一護の前で両手を振り回しながら支離滅裂な事を騒ぎ始める。

 その傍ではネルが、半目で一護の事を睨んでいた。今は幼い状態とは言え女だ。織姫の想い人が誰かを直感で察したのだろう。流石に察せとまでは言わないが、少しはデリカシーを持てと、その視線に込めながら。

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ続ける二人を余所に、ロリは大きく溜息を吐いた。

 ―――何だか馬鹿らしい。

 その心中はこれに尽きた。

 少し冷静に考えれば解った事だ。藍染が求めていたのは織姫の力のみ。他ならぬ織姫自身も、そんな相手に好意を抱く要素は皆無。

 もし本気で藍染が織姫の全てを求めていたとすれば、現世より攫って来た日よりそう間を置かずに全て事を済ませていただろう。超越者たる彼にとって、人間の一人を心身共に支配し尽くす程度は造作も無い。

 

 恐らくは織姫の力を求めたのも、藍染にとっては戯れの一つだったのだろう。

 虚夜宮へと連れて来て直ぐ、隔離するかの様に離宮へと移し、管理をノイトラとウルキオラに一任したのが証拠だ。

 

 

「アホくさ…」

 

 

 全てを悟ったロリは、やがて吐き捨てる様にしてそう呟いた。

 未だに喧騒の渦中にある織姫達を無視して、その場から踵を返す。先程投げ捨てた斬魄刀を拾い、元の場所へと仕舞い込むと、そのまま出口へと向かって歩を進め始めた。

 

 

「行くわよ、メノリ」

 

「えっ…もういいの?」

 

「聞きたい事も聞けたし、ここにもう用は無いわ」

 

 

 やがて去って行く二人に今更ながら気付いたのか、一護と織姫が声を発するが、ロリはそれを聞き流した。

 メノリを引き連れ、遊撃の間の外に出た途端、腕を持ち上げて大きく体を伸ばしながら言った。

 

 

「さて、今から藍染様のお部屋の掃除に行くわよ」

 

「えぇ!? 何で今から!?」

 

 

 その有り得ない提案に、メノリは思わず叫んだ。

 侵入者を放置して織姫と多少話した後にこれである。付き合いの長い彼女も、流石にロリの意図を理解出来無かった。

 

 

「なに言ってんのよ。あたし達本来の役割はそれでしょ?」

 

「それはそうだけど…」

 

 

 遊撃の間の方角をチラチラと眺めるメノリの言わんとしている事を察したのか、ロリは小さな溜息の後に説明し始めた。

 

 

「どのみち、あいつ等は終わりよ」

 

 

 虚夜宮の天蓋の上から感じる霊圧、あれは紛れも無くウルキオラのものだ。

 上位十刃たる彼の戦闘能力は文字通り次元が違う。それこそ帰刃を解き放てば、自分達の様な有象無象の破面なぞ一撫でするだけで終わる程に。

 ここまで戦い抜いた一護の実力は確かに驚異的ではある。だが所詮はそれだけだ。グリムジョーに辛勝する程度では、ウルキオラを相手にしても結果は目に見えている。

 

 余談だが、ロリの中では一つだけ気掛かりな事があった。一向に姿の見えないノイトラの事である。

 今の彼がこの非常事態に動かないというのは有り得ない。何か想定外の事態の対処に追われているか、または身動きの取れない状態にあるのだろう。

 だがロリは直ぐに断言した。あいつの事だ、特に問題無いだろうと。

 

 ヒステリックに喚くロリの事を真っ直ぐ見据えつつ、多少意図があったとは言え、ノイトラが嘘偽り無い本心から肯定の言葉を贈った出来事より数日後。そんなノイトラに対し、ロリの中でとある感情が芽生えていた。

 それは頑なに他者を拒み続けてきた彼女が初めて抱いた―――信頼。

 ロリ自身は非常に癪だと思っていたが、あの出来事の御蔭で自信が持てる様になり、精神的に大きな余裕が出来たのは覆し様も無い事実。

 だからと言って正直に感謝の念を示すのも、自身が手玉に取られている様で何処か気に食わない。

 

 故にロリは決意した。

 成程、そこまで言うなら徹底的に見せてやろう。虚夜宮の破面の中で最も優れた女は誰なのかを。

 織姫との遣り取りも、全てはこの為の布石であり、始まりを告げる狼煙。

 

 

「ならあたし達は、いつも通り自分の仕事をするだけよ」

 

 

 嘗ての様な酷く醜い姿は、二度と見せない。

 想い人の近くに女の姿があっても決して狼狽えず、如何なる時も感情に支配されぬ屈強な精神。例え危機に瀕しても、臆さず前に踏み出せる度胸。十刃までとは至らぬまでも、並みの“数字持ち”を捩じ伏せられる実力。この三つを持てば、最早恐るるに足らずだ。

 

 正直言えば、藍染の隣に立つ事は叶わないのかもしれない。共に並び立てる者すら皆無な現状、恋仲になるなぞ夢のまた夢。

 だが―――それでも良い。ならばせめて傍に立つに相応しい女と認められるまで、己を磨き続けるだけだ。

 

 

「なんか今のロリ…凄くカッコイイ!」

 

「…はっ、違うでしょバーカ」

 

 

 目を輝かせながら言うメノリを、ロリは軽く笑い飛ばした。

 相手を見下すのでは無く、まるで素頓狂な勘違いを指摘するかの様にして。

 

 

「こういう時は―――凄くいい女って言うのよ!!」

 

 

 そう言い切ったロリの顔には、今迄見せた事も無い程に晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界に写るのは、辺りに鮮血を撒き散らせながら宙を舞う両腕。

 そして直後に感じる、斬撃が直撃した部分を中心にして広がる灼熱の如き激痛。

 

 

「ぐ…フ…」

 

 

 ―――防御毎、断ち切られた。

 ウルキオラは迷わずその場を跳び退いて距離を取ると同時に、盛大に吐血した。

 

 

「へェ…まだ生きてんのか」

 

 

 振り下ろしの体勢より、斬魄刀を肩に担いだ自然体へと戻った剣八は、感心した様にして呟いた。

 手応えは十分。大抵なら真っ二つどころか肉片と化すであろう必殺の一撃。その直撃を受けながら息があるというのは、彼にとって初めての経験であった。

 

 

「ひょろひょろしてる癖にタフだな、大したモンだぜ」

 

「………」

 

 

 ウルキオラは無言のまま、受けた傷の再生を済ませる。

 両腕に関しては問題無い。だが左肩口より真下へと刻まれた部分については例外だった。

 あわや両断されるかというレベルだったあの斬撃は、ウルキオラの左肺は勿論、その他複数の内臓を致命的にまで破壊していたのだ。

 

 再生を終えた今、表面上は無傷だが、その実は満身創痍。戦闘どころか満足に動ける状態ですら無く、立っているだけで精一杯だった。

 そんなウルキオラの状態を見抜いたのか、剣八はコキコキと首を鳴らすと、その場から踵を返した。

 

 

「ッ、何処へ行く…?」

 

「決まってんだろ、次の相手を探しに行くんだよ」

 

 

 ウルキオラが問い掛けると、剣八は何を当たり前の事を聞いているのかと言わんばかりに返した。

 元より剣八は戦いを楽しめさえすれば、他の事は如何でも良いと考えている。

 死神としての義務も、隊長としての責務も、そんなものは糞食らえだ。

 この通り、完全なる破綻者ではあるが、外道畜生では無い。無意識の中ではあるものの、多少の倫理観だって持ち合わせている。

 相手が一般的な虚の様に、理性を持たぬ獣であれば容赦無く斬り捨てるが。

 

 今のウルキオラへの対応を見れば分かる通り、剣八は自身との戦いで負傷する等し、戦闘続行が不可能になった者は命を奪わずに見逃してきた。同隊の第三席である一角もそうだった。

 この状態で戦っても気が乗らない上に楽しめない。それに生かしておけば、今後その者が更に強くなり、何時の日か再戦出来るかも、と期待しているのも理由だ。

 

 

「俺は戦えなくなったヤツを斬る趣味は無え。てめえはもう終わりだ」

 

「…ちっ」

 

 

 剣八の指摘は図星。ウルキオラは舌打ちした。

 確かに今のままでは不可能だ。無茶を承知で動けば多少なりとも戦えるかもしれないが、到底勝てはしないだろう。

 

 しかし―――決して手が無い訳では無い。

 十刃の中でウルキオラのみが持つ“奥の手”を使えば、間違い無くこの状況を覆せる。

 だが一度それを使用してしまえば、この虚夜宮が廃墟同然と化してしまう可能性が高い。

 如何なる理由が有るとしても、藍染が築き上げた神聖なる場所を破壊するのは憚られた。

 

 

「次は…そうだな、ノイトラのヤツと戦いてえなァ…!」

 

 

 だがそんなウルキオラの迷いは、放たれた剣八の言葉で全て吹き飛んだ。

 

 

「てめえよりかは弱えと思うが、退屈はしねえだろ」

 

 

 剣八は舌舐めずりしつつ、そう溢す。

 以前の戦いの映像を見るからして察するに、ノイトラは手の内が豊富だが、基本的に戦闘スタイルは近接専用だ。しかも細身な見た目に反して桁外れなパワーを誇りながら、確かな鍛練からくる技量に加え、野性的な反射神経等も持つ相当な実力者。

 直接斬り合う戦いを好む剣八としては、実に理想的な相手と言える。

 超高機動戦闘を主体としたウルキオラとはまた違った戦いを味わえる事だろう。

 

 

「…そうか」

 

 

 ―――気に食わない。

 そんな内心に呼応する様にして、ウルキオラの口から出た声は何時にも増して冷ややかなものだった。

 

 ノイトラが自身より弱いと、何を根拠にそう言える。

 直接顔を合わせた訳でも無し、交戦どころか言葉を交わした事も無いだろうに。

 お前はノイトラの事を何も知らない。その癖に軽々とそう断言するか。

 

 次第にウルキオラの中で沸々と沸き上がるナニか。

 平時の彼であれば、これの正体が何なのかを冷静に思考していただろう。

 だが今はそれが出来無い。と言うかウルキオラ自身、する気も全く起きなかった。

 やがてそのナニかは、徐々に剣八への殺意へと変換されてゆく。

 

 

「ならば知ると良い」

 

「…あァ?」

 

 

 最早躊躇いは無い。ウルキオラは自身の全てを以て、剣八を仕留める事を決意した。

 

 

「貴様がノイトラと戦うのは、叶わぬ望みなのだと」

 

 

 何故なら―――と、ウルキオラは一旦言葉を切る。

 次の瞬間、彼の霊圧が尋常ならざる勢いで膨れ上がり始めた。

 

 剣八は困惑した。その瀕死の身体の何処に余力を残していたのか。

 そして気付く。この霊圧の動きは―――まるで帰刃の時と全く同じであると。

 

 

「おいおい…」

 

 

 これには流石の剣八も危機感を―――覚える訳が無かった。

 即座に表情を喜色満面へと変えると、ウルキオラに向き合い、斬魄刀を構え直す。

 満身創痍な身体なぞ何のその。これから始まるであろう死闘の第三幕に心膨らませながら、その時を待った。

 

 やがてウルキオラの全身が変化してゆく。

 上半身は剥き出しに、両腕と下半身が黒い体毛に覆われ、四肢の爪が鋭利な物へと変わり、頭部に長い二本角が。眼球は黒みがかった深緑、瞳は黄色となり、その周囲には複雑化した仮面紋。喉元の孔は大きく広がり、胸へと移動。

 更なる変貌を遂げたウルキオラ。その姿を総称するならば―――悪魔。

 彼の放出する霊圧は激増しており、異質さや重さもそれに比例して変化していた。

 

 

「“刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)”」

 

 

 笑みを深める剣八を前に、ウルキオラは静かに語り始める。

 

 

「十刃の中で俺だけが、この二段階目の解放を可能にした」

 

「……ほォ…」

 

「そしてこの姿は藍染様にもお見せしていない」

 

 

 直後、剣八は駆け出していた。

 言うなれば飢えた猛獣。飼育者の命令も聞かず、極上の肉に喰らい付かんとするそれ。

 

 

「はっ、ハァッ!!!」

 

 

 両手で斬魄刀を持った状態で、上段より振り下ろす。

 剣八自身、これで終わるとは微塵も考えていない。

 受け止めるか、躱すか。どちらでも良い。

 今はただ、心行くまで楽しみたかった。願わくば“あの時”の様な、至高の闘争を。

 

 

「―――愚かだな」

 

 

 だがその希望は呆気無く打ち砕かれる。

 右手で易々と止められた斬撃が、それを表していた。

 

 

「ガ、フ…」

 

 

 同時に剣八の口より大量の血が溢れた。

 見れば彼の胸部の中心より、いつの間にやら背後に回ったウルキオラの左手が突き出ていた。

 

 

「所詮はこの程度だ。ましてや―――」

 

 

 左手を引き抜きながら、ウルキオラは絶対零度の視線を剣八へ向ける。

 

 

「今の俺に刃が届かぬ時点で、貴様ではノイトラに到底及ばん」

 

 

 風穴が開いた胸元から鮮血を吹き出しながら、剣八の身体は糸の切れた人形の如く崩れ落ちる。

 その目には先程まで見せていたギラついた光は消え失せていた。

 

 

「身の程を弁えろ」

 

 

 血溜まりに沈む剣八を見下ろしながら、ウルキオラはそう言い放った。

 

 

 




チャド活躍フラグ。
毒婦さん覚醒。
虚無さん「(#`・3・´)」



捏造設定及び超展開纏め
①牛髑髏さん、奮闘するもゴリラに潰される。
・やっぱり戦いは数だよ兄貴ィ!!
・ぶっちゃけ一部を除けば、使い方次第で番狂わせ出来る可能性は持ってると思う。
②スーパーゴリラタイム。
・フルボッコにされてたせいで、余計に怒りが溜まってた結果こうなりました。
・頑張って十刃最強()らしく描写したいと思います。
③おや、チャドの様子が…?
・もう少しくらい活躍させてもええじゃろ。
④スーパーロリタイム。
・あれだけ手回しすれば流石に変わるかと。
・肝っ玉据わった凄い女ですよこれは。
⑤ラブコメお姫ちん。
・将来的にくっ付くならもっとラブコメしろよオラァン!!
・そしてどんな作品の主人公も鈍感がデフォ。
⑥剣ちゃんVS虚無さん、遂に決着。
・第二階層時、傷が治るのは捏造。治らなかったら普通に虚無さんが敗けるか相討ちになる可能性大。
・虚無さんが初っ端から第二階層使っていた場合は剣ちゃんが勝つかと。
・剣ちゃんが陛下(偽)に瞬殺されてたのは気にしないで下さい(白目
・この結果が絶対だとは思ってませんのであしからず。異論は認めます。



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