三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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会社のレポートの書き過ぎで、小説の書き方を忘れてしもうた…(汗
やべぇよ…やべぇよ…





akiha様、九重言葉様
誤字報告、誠に有難う御座いました。


第六十一話 地味っ子と、主人公達と、虚無と剣鬼と…

 眼鏡を掛けた細身の男―――四番隊第三席兼、第一上級救護班班長である伊江村(いえむら) 八十千和(やそちか)は、自身の周囲で慌ただしく動き回る一般隊士達の様子を伺っていた。

 その表情は硬く、額には大量の冷や汗が浮かんでおり、只ならぬ様子が見て取れる。

 

 今彼が居る場所は瀞霊廷。死神が良く用いる“穿界門(せんかいもん)”とは別の、四つ存在する門の内の一つ。西に位置する“白道門(はくとうもん)”の傍だ。

 門は僅かに開いており、其処から多数の隊士達が絶え間無く行き来していた。

 主に中へと入って来るのは大部分が怪我人とそれを運ぶ者で占められている。それと入れ替わる様にして、後に控えて居たらしい無傷の隊士が覚悟を決めた面持ちで外へ出て行く。

 深く考えるまでも無い。門の外は他ならぬ戦場となっているのだ。

 

 

「伊江村三席!!」

 

「何だ」

 

 

 若い男の隊士が、大声で八十千和を呼ぶ。

 戦場に対する怯えか、それとも緊張か。理由は不明だが、その全身は震えていた。

 

 

「新たな負傷者です! 数は二十!!」

 

「…重傷者は?」

 

 

 ―――もうこれで何度目だ。

 致し方無い事だとは理解してはいたが、八十千和は内心で吐き捨てずにはいられなかった。

 

 だがそれを表に出す事はせず、平静を装いながら問い返す。

 伝え難い内容なのか、隊士は暫し間を置いた後、恐る恐るといった様子で答えた。

 

 

「…八名です。内二名は致命傷で、恐らく長くは持たないかと…」

 

「そう、か…」

 

 

 報告を耳にした八十千和は腕を組みながら、眼鏡の下で瞼を閉じ―――やがて盛大な舌打ちと共に悪態を吐いた。

 

 

「くそッ!! このままでは間も無く此処も限界に達するではないか!!」

 

 

 未だ嘗て見せた事も無い程、八十千和の表情が歪む。

 拳を握り締め、ぎりぎりと歯軋りする彼の苦悩に満ちた様子は、思わず見る者の同情を誘う。

 

 立場は相当離れているとはいえ、多少なりとも気持ちが理解出来るのだろう。

 報告をした隊士も、労わる様な視線を八十千和へと向けていた。

 

 

「まさかこのタイミングで、あれだけの戦力を率いて攻め込んで来るとは―――!!?」

 

 

 誰が予測した。そう言い切る直前に、突如として響いた轟音。

 敵による攻撃であると、八十千和は即座に察した。

 それは瀞霊廷全体を揺らす程で、相当な威力が窺える。

 周囲を見渡すと、東に位置する結界の一面に、禍々しい赤黒い光が広がっていた。

 

 

「これは…“青流門(しょうりゅうもん)”か!!」

 

 

 八十千和はこれが虚閃である事を理解していた。

 決戦の為に隊長格全員が出動し、他の死神達は勝利の二文字の報告が来るのを期待しながら待機していたところへ、突如として現れた老人と巨漢の破面の二人組。

 続け様に黒腔より現れた巨大な一つ目の虚。その口から吐き出された二十体程の下級大虚。

 戸惑う死神達に対し、老人の破面が口を開いた。

 ―――これより瀞霊廷への侵攻を開始致します故、御覚悟召されよ。

 

 死神達は慌てて迎撃に出たものの、自分達の戦力不足と敵の圧倒的物量が重なり、極めて劣勢であった。

 それでも持ち堪えられているのは、単に十一番隊の御蔭だ。

 日頃から蔑ろにされている八十千和含め、四番隊としては少々不本意ではあったが、この時ばかりは彼等に感謝の念を抱いていた。

 

 敵と自分達の戦力差を理解しているにも拘らず、戦意を失わず我先に敵へと立ち向かい、その身を以て戦況を押し留めている。

 仕舞いには多大な犠牲を払いながらも、敵の隙を強引に作り出し、それを上位席官クラスが突くという構図が出来上がっていた。

 正に身体のみならず、その魂が燃え尽きるまで壁として用いている状態だ。

 つい先程、偽物の空座町にて、重國が交戦と同時に隊長格全員に放った言葉の一部を体現していると言っても良いだろう。

 

 とは言え、実のところ十一番隊側も、四番隊に対して同様に感謝していたりする。

 負傷者として運ばれて来た十一番隊の隊士達の大半が、最低限の処置を終えた時点で再び戦場へ向かわんとする無茶苦茶な者ばかり。中には治療を施している四番隊の隊士を力で押し退けて行こうとする者すら居た。

 だがそれに対し、四番隊の隊士は臆する事無く立ち塞がった。

 それは患者の命を預かる医者としての矜持に似ていた。幾ら他人の意志は尊重すべきとは言え、はいどうぞと怪我人を死地へ向かわせる筈があろうか。

 気弱な四番隊らしからぬ鬼気迫った説得に、十一番隊の隊士は折れた。四番隊は所詮戦場に出ない腰抜け集団という認識を、その内心で改めながら。

 

 

「あそこには嵬腕(かいわん)が居る筈だ。一体どうなっている!?」

 

「嵬腕様はつい先程、戦闘続行不可能な傷を負った為に一時退却致しました! その前線は沖牙三席が対応しております!」

 

「何だと!?」

 

 

 隊長格が不在の今、残された最高戦力は八十千和含めた上位席官クラスのみ。

 彼等は東西南北に存在する門の防衛と援護に回っている。

 

 その残存戦力の中ではトップクラスである――― 一番隊第三席、沖牙(おききば) 源志郎(げんじろう)は、北の黒稜門(こくりょうもん)を担当していた筈だ。

 即ちこの若い隊士の話が本当であれば、沖牙は一人で二ヶ所の門を担当している事になる。

 

 敵の物量からして、この戦いが長期戦になるのは自明の理。

 如何に沖牙が強かろうと、所詮は席官の範疇での話。良くて副隊長に匹敵するとしても、隊長には到底及ばない。幾ら何でも無茶が過ぎる。

 最下級大虚が単体であれば、隊長格の脅威には成り得ない。だが隊長以下の死神達にとっては十分過ぎる程に強敵だ。

 しかもそれが複数居るとすれば―――言うまでも無い。

 

 

「わ、我々は一体どうすれば―――」

 

「狼狽えるな!!」

 

 

 怯えた表情を浮かべる隊士を、八十千和は一喝する。

 その余りの気迫に、周囲で慌ただしく動き回っていた隊士達すら、驚愕の余り全身を硬直させていた。

 

 

「重傷者は至急、隊舎の総合救護詰所へ! 残りは後ろの仮設診療所へと搬送しろ!」

 

「りょ、了解しました!」

 

 

 不安なのはこの場に居る誰もが同様だ。

 にも拘らず、冷や汗一つ流さず指揮官として堂々たる振る舞いを見せる八十千和の姿に、周囲の隊士は尊敬の念を抱いていた。

 

 

「“裏廷隊(りていたい)”は居るか!!」

 

「―――はっ! 此処に!」

 

 

 直後、八十千和の前に現れたのは、顔の大半を覆う程大きな角張った帽子を被った男。

 死覇装も、他の隊士が身に纏うそれとは異なり、機動性を重視した作りとなっている。

 この男は隠密機動第五分隊に属し、通称“裏廷隊”と呼ばれる隊士間での情報伝達を行う部隊だ。

 戦闘能力は低いものの、瞬歩の使い手が多く、例え戦場の真っ只中であろうとも無傷で駆け回れる脚を誇る。

 

 

「伝令を頼む!! 白道門周辺の前線を担当している第五席以下の席官クラスは全員後方へ退却! 瀞霊廷内の防衛を優先しろと!!」

 

「は…!? しかし―――」

 

 

 その想定外な指示に対し、裏廷隊の男は混乱した。

 敵は多数の下級大虚。後方には階級不明の破面も控えている。

 正直、上位席官クラスが全員揃っていたとしても厳しい状況だ。そして中位以下の席官が束になっても、徒に犠牲者を増やすだけに終わるだろう。

 

 即ち現状に於いて、前線の戦力を削るのは自らの首を絞める様なもの。

 戸惑う様子を見せる裏廷隊の男だったが、八十千和は有無を言わさず勢いで畳み掛けた。

 

 

「全責任は私が取る!! 良いから行け!!」

 

「…承知致しました!!」

 

 

 八十千和は馬鹿では無い。何か考えがあっての事なのだろう。

 そう悟った裏廷隊の男は任務を果たすべく、即座に移動を開始した。

 

 その背中を見送ると、八十千和は近くの隊士へ声を掛けた。

 

 

「君、済まないが此処の指揮を任せる」

 

「…へ?」

 

 

 声を掛けられた隊士は、四番隊六席。

 それ以上か同等の席官クラスは、各所に存在する仮設診療所の指揮に回っている。

 

 

「ど、どちらへ!?」

 

「決まっている」

 

 

 戸惑う隊士を余所に、八十千和は斬魄刀の柄に右手を添えながら答えた。

 

 

「私とて伊達に三席の階級を背負っている訳では無い」

 

「まさか―――!!」

 

「そうだ。前線へ向かう」

 

 

 隊士は絶句した。

 返答内容が予想外だった事もあるが、最たるものは八十千和の表情と雰囲気だ。

 普段は一切見せた事の無い、歴戦の勇士を連想させるそれに。

 

 

「…どうかご無事で!!」

 

「ああ、後を頼む」

 

 

 隊士の本音とすれば、八十千和が居なくなるのは非常に困る。

 確かに自身は席官であり、指揮官としての経験も少なからずある。

 だが今は緊急事態。この様に誰もが切羽詰まった状態で、的確な指示を出せる自身も無いし、皆もそれに素直に従うか如何かは甚だ疑問だ。

 

 とは言え、最終的に前線が崩れてしまえば、結果は変わらない。

 負傷者も治療者も関係無い。瀞霊廷全てが破壊し尽くされてしまうだろう。

 ならば優先すべきは、この戦い自体に勝利する事以外に無い。

 四番隊とは言え、残存戦力の中でも上位に位置する八十千和が加勢に向かうのは正しいと言えた。

 

 

「―――待て。それは不要だ」

 

「っ、あ…貴方は―――!!」

 

 

 いざ戦場へ向かって駆け出さんとした八十千和だったが、突如投げ掛けられた制止の声に、思わず弾かれるようにして振り向いた。

 そしてその姿を視界に捉えた瞬間、息を呑んだ。

 

 其処に立って居たのは、銀髪で横に細長い髭を生やした、西洋人を思わせる風貌を持つ男――― 一番隊副隊長、雀部(ささきべ) 長次郎(ちょうじろう) 忠息(ただおき)

 隊に配属される事自体が名誉である一番隊に於いて、表舞台には殆ど出て来ない故に、その顔を知る者が極めて少ない存在であった。

 

 

「貴殿は引き続き、此処の指揮を全うせよ」

 

「しょ、承知致しました!!」

 

 

 副隊長にも拘らず、戦場に立つ事はほぼ皆無。故に陰では“戦いに参加せぬ副隊長”と蔑まれてもいる長次郎。

 中には“副隊長地味っ子トリオ”という、不名誉極まりない称号すら与えられている始末。

 だが当人はさして気に留める素振りも見せず、終始一貫して重國の右腕として彼の後ろに付き従い続けていた。

 

 常日頃より他の隊士より地味扱いされ、時折あらぬ噂を流されては苦労している八十千和だが、実は密かに長次郎へ尊敬の念を抱いていたりする。

 自身より遥かに過酷な環境下にて、これまた長い年月を過ごしているだろうに。それでも尚折れずに責務を全うし続ける、その揺るぎ無き心。称えずに何とする。

 

 

「しかし…」

 

 

 長次郎の指示に対し、八十千和は即座に頭を下げて了承の返事をするも、ふと抱いた疑問を口に出した。

 

 

「確か雀部副隊長殿は、空座町の結界の守護を担当していた筈では…?」

 

「沖牙に引き継がせた」

 

「な…!?」

 

 

 八十千和は瞠目した。長次郎の言葉が真実であれば、流石に拙いではないかと。

 一人で前線を支えていた沖牙の存在が欠けるという事は、二つの門が手薄になってしまうのだから。

 

 

「案ずるな。既に北と東の敵は殲滅してある」

 

「…は?」

 

「沖牙自身も、私の回道にて傷は癒した。残るはこの西と南の残党を片付けるのみ」

 

 

 暫しの間硬直していた八十千和であったが、やがて長次郎の言葉を理解した途端、一気に安堵した。

 ―――何と頼もしい男か。

 この短時間で敵を五割近く殲滅するという驚異的な戦果を残していながら、未だに余裕に満ち溢れている。

 もはやこの戦いの結果は決まったも同然。そう思える程に、長次郎の齎した安心感は大きかった。

 

 

ノ字(えいじ)さ―――元柳斎殿の右腕として、奴等にこの瀞霊廷の地を決して踏ませはせぬ」

 

 

 それだけ言い残すと、長次郎はその場から姿を消した。始めに何かを言い掛けた様だが、それに気付いた者はいなかった。

 瞬歩であるのは言うまでも無い。だがその速度たるや、とうに副隊長の域を超えており、寧ろ隊長であると言われた方が違和感が無い。

 四番隊故に他の隊より低い地位として扱われているものの、三席に相応しい実力を持つ八十千和ですら、初動を捉え切れなかった。

 

 

『…誰?』

 

「お…お前達ぃぃぃ!! 失礼だろうがぁぁぁ!!!」

 

 

 長次郎が去った後、残された八十千和を除く隊士達が声を揃えてそう呟く。

 それから間も無くして、八十千和の怒声が周囲へ響き渡ったのは言うまでも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として真上へ移動し始めたウルキオラ。それを追い駆けて行った剣八。

 現在その二人が居る場所へと顔を向けながら、一護は右頬に一筋の冷や汗を流していた。

 

 

「この霊圧…まさか解放したってのか!?」

 

 

 二人が消えて間も無くして、この周囲一帯へ圧し掛かった巨大な霊圧。

 死神のそれとは真逆の、触れた者全てを病魔に侵さんとする様な禍々しさ。

 一護は気付いた。現状がグリムジョーが解放した時と似ている事に。

 即ちこれは剣八では無く―――ウルキオラのものであると理解出来る。

 

 だが思いの外、衝撃は少ない。

 焦燥に駆られる自身の精神を抑えつつ、一護は分析する。

 

 恐らくこれはノイトラが原因だろう。

 ネリエルとの戦闘で見せた帰刃形態、そして“永反膜の匪”によって幽閉される直前に見せた霊圧の全力放出だ。

 ウルキオラも相当ではあるが、ノイトラのそれと比較すると、量だけは確実に後者の方が上回っている。

 だがやはり階級が一つ上なだけはあると言うべきか、前者の霊圧には何処か底知れぬ異質なものを感じ取れた。

 

 ―――自身がこれと対峙したとして、果たして勝てるだろうか。

 張り詰める一護の精神。それに比例するかの様に、柄を握る右手にも力が籠る。

 

 

「あぅぅ…」

 

「大丈夫?ネルちゃん」

 

「な、なんとかぁ…」

 

 

 一護の傍では、織姫が“双天帰盾”を展開して、自身とネルを包み込んでいる。

 この凶悪極まりない霊圧からか弱い自分達を守る為だ。

 

 その無事な姿に安堵した一護だったが、直後に気付いた。

 ―――流石の剣八でも、解放後のウルキオラが相手では危ないのではないか。

 理由は不明だが、確かに以前対峙した時とは別人の様に実力が上がっている。とは言え、ノイトラに続き、ウルキオラも未だ嘗て経験した事の無い強敵だ。

 

 だが加勢に向かおうにも、織姫達を放って置けないのが現状。例え連れて行ったとしても、剣八とウルキオラの戦いに巻き込まれる危険性がある。

 そこで一護は思った。正直、少しだけ様子を見る程度でも良いのではないかと。

 

 寧ろそうした方が賢明である。強敵を前にした剣八が如何いった状況に陥るかなぞ、想像に難く無い。

 確実に加勢は拒む。例え敵が複数存在していようとも、彼は一人で戦う事を望むだろう。加えて周囲を気にした戦い方は絶対にしない。

 史実に於いて、マユリが戦場に立ち入った剣八の事を“生肉を放られた獣”と評した様に、確実に眼前の御馳走のみにしか意識を向けず、下手に近寄れば敵諸共喰われる。

 

 一護は迷う。

 危険性は重々承知している。だが今の剣八の調子であれば、自身が虚化した状態で加勢すれば、ウルキオラと互角以上の戦いが出来るのではと。

 それにウルキオラが帰刃したという事実は、彼はこれ以上強くはならないという証明でもある。

 初っ端から全力で畳み掛ければ、短時間で勝負を決められる可能性もある。

 一通り考えが纏った一護は、織姫達の意見を聞こうかと口を開いた。

 

 

「悪い井上。少し話が―――」

 

「駄目だよ」

 

「ッ!!?」

 

 

 だがそれは突如として眼前へと現れたやちるによって遮られる。

 表情は何時も通りの明るい笑みが浮かんでいるが、一護を正面から見詰めるその瞳は少女が持ち得る筈が無いドス黒い感情が渦巻いていた。

 

 

「いくらいっちーでも、剣ちゃんの邪魔したら許さないから」

 

「っ、今はそんな事言ってる場合じゃねえだろ!!」

 

 

 帰刃したウルキオラと、本気を出した剣八。この二人の力の差は明らかに前者が圧倒している。

 過去に死闘を繰り広げた間柄とは言え、今の一護にとって剣八は大事な仲間の一人だ。こんな状況下に於いて、放置なぞ出来る筈が無い。

 

 

「大丈夫、剣ちゃんは負けないよ」

 

 

 そんな一護の心情を余所に、やちるはいとも容易く断言した。

 剣八の居る方向へと視線を移しながら、どこか懐かしむ様な表情を浮かべている。

 

 

「だって―――あんなに楽しんでるの、“あの時”以来だもん」

 

 

 一護は困惑していた。

 まあ当然だろう。剣八の過去を知らぬ彼に、その言葉の意味が理解出来る筈が無いのだから。

 

 

「…じゃ! あたしは剣ちゃんの応援に行ってくるから!」

 

「お、おい待てよ!!」

 

 

 ―――幾ら何でも危険過ぎる。

 制止に動こうとする一護を余所に、既にやちるは瞬歩で移動していた。

 

 

「くそッ! 頼むから無事に帰って来いよ…!」

 

 

 やちるの御蔭で更に身動き一つ取れない状況へと陥った、一護は歯噛みした。

 今の彼に出来るのは、剣八とやちるの無事を願う事だけだった。

 

 

「―――みつけた」

 

「!!?」

 

 

 ふと耳に入ったのは、聞き覚えの無い女の声。

 ―――こんな時に新手か。

 声が響いてきた後方へと振り向きながら、一護は思わず身構える。

 

 其処には肩口と腹部を大きく露出した白装束を身に纏った女の破面―――ロリが、鋭い視線で一護達を睨んでいた。

 そんな彼女の後方には、あわあわと困惑した表情を浮かべながら、ロリと一護の方向を交互に見るを繰り返しているメノリが。

 

 

「ちょっと顔貸しなさい、あんたじゃなくてそっちの女」

 

 

 ほぼ互角だったとは言え、帰刃したグリムジョーを下した一護に、雑務係の破面如きが敵う筈も無い。

 だがロリはそんな相手を前にしながら、一切臆さず堂々と言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺り一面の空を雲の如く覆い隠した漆黒の霊圧が、やがて黒い雨となって地上へと降り注ぐ。

 剣八は右手を自身の顔の上へと持ち上げ、傘代わりにする。

 

 やがて雨が晴れると、再び三日月の光が周囲を照らす。

 それは虚夜宮の天蓋を突き抜ける様にして聳え立つ複数の巨大な柱の内一つ。それの頂上に立つ―――帰刃形態となったウルキオラの姿を露にした。

 

 まず目を見張るのは、蝙蝠の様な巨大な漆黒の翼。

 左頭部の仮面の名残は、四本の角を持つ兜の様な形へと進化を遂げ、顔の仮面紋も大きくなっている。

 白装束の下部も伸び、まるでスカートを連想させる物へと変わっていた。

 

 

「…正直、帰刃(これ)を使うのは黒崎一護を相手にした時だろうと考えていた」

 

 

 姿形のみならず、先程までとはまるで比較にならぬ霊圧を全身より放ちながら、ウルキオラは静かに語り始める。

 つい先程まで獰猛な笑みを浮かべていた筈の剣八は、茫然とそれを見上げていた。

 

 

「認めてやる、更木剣八。貴様は俺が倒すべき敵だ」

 

 

 流石に怖気づいたのだろう。

 ウルキオラは黙り込んだ剣八を見てそう思った。

 だが何処までも予想を上回るのが、更木剣八という男であった。

 

 

「―――いい霊圧だ」

 

「!!」

 

 

 やがて剣八が浮かべたのは―――凄絶な笑み。

 恐怖なぞ欠片も無い。これでもかと歯を剥き出しにした、只管に血沸き肉躍る殺し合いへの渇望を増幅させたそれを。

 

 

「久しぶりだぜ。霊圧で刃が研がれてくみてえな…こういう感覚はよ」

 

「…そうか」

 

 

 この期に及んでも変わらぬ態度を見せる剣八に対し、ウルキオラはある意味感心していた。

 寧ろ良くぞここまで突き抜けられたものだと。

 恐らく他の十刃、挙句の果てには藍染と対峙したとしても、嬉々として斬り掛かって行く事は間違い無いだろう。

 そして時間が経てば経つ程、相手の想像を遥かに上回る速度で力を増し続け―――最終的に手の付けられないレベルの怪物と化し、全ての敵を喰らい尽くす。

 

 

「ならばその研がれた刃とやらで、この俺を斬ってみろ」

 

 

 成程、確かにこれは紛れも無く脅威だ。ウルキオラは藍染の意図を理解した。

 一護も相当な成長率の高さを誇るが、やはり剣八のそれは突出している。

 ならばこの場に於いて、藍染にとって最大の障害と成り得る存在は後者のみ。

 

 だが生憎と、その可能性は此処で潰える。何故ならこいつは今此処で死ぬ運命にあるのだから。

 そう確信しながら、ウルキオラは己の内に静かなる殺意を漲らせる。

 

 彼は見抜いていた。傍から見れば規格外としか言い様の無い剣八の持つ、決定的な弱点を。

 加えて他ならぬ自分自身が、剣八を確実に打倒し得る天敵となる要素を持っている事も。

 

 

「く、ハッ…!!」

 

 

 そうとは知らぬ剣八は、自身の口から飛び出さんとする笑い声を必死に抑えながら、ウルキオラへと襲い掛かった。一瞬で間合いを詰め、迷い無く斬り掛かる。

 だが嬉々として輝いていたその表情は直後に凍り付く。

 見れば渾身の力で振り下ろされた刀身は、一枚の漆黒の翼によって軽々と受け止められていた。

 

 

「―――これが全力か?」

 

 

 瞠目する剣八を一瞥すると、ウルキオラは小さく呟いた。

 その瞳には心做しか、落胆の色が見て取れた。

 

 ウルキオラは徐に左腕を下段に振り被る。その左手には霊圧で形成された光の槍―――“フルゴール”が握られていた。

 動きを封じられた訳では無い。だが剣八は自身の渾身の一撃をあっさり受け止められた事に対する衝撃で、全身が一時的に硬直しており、もはや回避不能の状態へと陥っていた。

 

 

「終わりだ」

 

 

 先に刻み込まれた太刀傷を更に上書きするかの様に、振り上げられた光の槍は剣八の身体を斜めに大きく斬り裂いた。

 鮮血を撒き散らしながら、剣八は柱の頂上より落下して行く。

 受け身も取れぬまま、その身体は天蓋の上へと叩き付けられる。

 立ち上がる素振りは皆無。恐らくは意識を失っているのだろう。または傷の深さを見るに、即死状態にあると言われても何ら不自然では無い。

 

 

「…黒崎一護と同様、お前は紛れも無く脅威だ。藍染様にすら危害が及ぶ可能性がある程にな」

 

 

 大の字で横たわる剣八を中心に、血溜まりが広がって行く。

 見た目は死体そのものだが、霊圧反応が消えていない。即ち未だ息があるのだと判断出来る。

 

 その様を見下ろしながら、ウルキオラは言葉を繋ぐ。

 尤も、等の本人は聞こえてはいないだろうと思いつつ。

 

 

「だからこそ、その芽を今此処で摘ませてもらう」

 

 

 だがウルキオラは無情にも、そんな剣八に対して無慈悲な宣告を下した。

 右手を持ち上げ、その掌へ黒い霊圧が集束させてゆく。

 “黒虚閃”で剣八へと止めを、それこそ肉片一つ残さず消し飛ばす事で、再起の可能性を完全に無くす為に。

 

 

「…剣ちゃん?」

 

「………」

 

 

 不意に耳に入る、この場に不釣り合いな幼い少女の声。

 ウルキオラは顔だけを振り向かせ、天蓋に空いた穴の近くに立つやちるを視界に捉える。

 見るからに幼子。だがその身に纏う死覇装と、左腕に装着された副官章から、その正体を察した。

 

 

「…面倒な」

 

 

 小さく呟くと、剣八に向けていた右手を、今度はやちるへと向けた。

 ウルキオラは剣八より先に彼女を始末する事にしたのだ。

 副隊長クラスであれば、少なくとも此方の動きを阻止するまで行かずとも、邪魔する程度は出来る筈。

 加えてその能力も未知数だ。下手すれば一瞬の隙に剣八を救出する手段を隠し持っている可能性もあるとして。

 

 

「安心しろ。お前もこの男と共に、同じ場所へ逝かせてやる」

 

 

 だがこれは誤った選択。

 例え瀕死状態だったとしても、剣八から意識を逸らす真似をすべきでは無かったのだ。

 

 

「―――うしろ」

 

「…何?」

 

 

 絶体絶命の状況にも拘らず、やちるは表情を変えぬまま、不意にウルキオラの後方を指差した。

 ウルキオラは思わず問い返す。

 攻撃の隙を生む為のハッタリかとも考えたが、可能性は低い。現にやちるからは全く戦意を感じない。

 

 幼いとは言え、副隊長まで上り詰める程だ。此方との戦力差は十分理解出来ている筈。

 なのにこの余裕振り。不気味過ぎる。

 ウルキオラは霊圧の集束を中断し、次に続くであろう言葉を待った。

 

 

「見たほうがいいよ」

 

 

 その言葉の意味が理解出来たのは、背後にて急激に上昇した霊圧、そして半ばより切断された自身の翼が宙を舞う光景を目の当たりにした直後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無限の広さを持つ異次元世界。言うなれば宇宙空間の様なもの。

 これが眼前に広がる光景を視界に捉えたノイトラの抱いた第一印象だった。

 

 上下左右、ありとあらゆる全方位の感覚に加え、距離感が全く計れない。

 一応その場に立ってはいるものの、それはあくまでこの世界に漂う霊子を固めて足場にしただけ。

 実際は重力に従って直立しているのかもしれない。だが極限まで感覚が狂い切った状態故に、その実感は完全に失われていた。

 

 とは言え、自身の両足は確りと地面を踏んでいる為、最低限の安心感は得られているのが唯一の救いか。

 ―――咄嗟に行動していなければ如何なっていた事やら。

 現状ですらこの上無い気持ち悪さを感じているのだ。下手すると嘔吐していたかもしれない。

 

 

「……参ったぜ…」

 

 

 全身を覆っていた謎の光による拘束は既に解けている。

 閉次元へと放り込まれた直後、自身の役目は終えたと言わんばかりに、瞬く間に消え去ったのだ。

 

 

「やっぱ、どー考えても変だよなァ…」

 

 

 ノイトラは右手で後頭部を掻き毟りながら、そう零した。

 幽閉から数分後。彼は自身の置かれた状況を静かに考察していた。

 “反膜の匪”は、本来であれば十刃以外の破面用。そして幽閉された側の脱出方法は無い。

 だがこれは違う。色や拘束時の力から判断すると、特別製なのは明白。

 ならば史実に於いて、ウルキオラが空間を割って抜け出した様に、対象の霊圧が強大であればある程、幽閉時間が短くなる特徴を持つ可能性も低くなる。

 

 しかしそれ以外に脱出手段が無いのも事実。閉次元の中から藍染に必死に叫んで懇願しようが、例え本人が聞いていたとしても確実に無視されるだろう。

 そう結論付けたまでは良い。問題はこれ以降だ。

 悩みに悩んだ末、ノイトラは駄目元で、帰刃形態での霊圧の全力解放を試みたのである。

 

 二回目までは殆ど変化は無かったが、丁度三回目となった時、それは響いた。

 方向は不明だが、何かが盛大に軋み、罅割れてゆく様な謎の音を。

 即ちこれはノイトラの霊圧に耐え切れなかった閉次元全体が、崩壊へ近付いた証明。紛れも無く脱出のチャンスである。

 

 だが生憎、ノイトラはそれに喜びを感じられる程の能天気ではなかった。

 確証は無いのだが、自身の幽閉を指示したのは藍染で間違い無い。

 彼が本気で封じに掛かったのであれば、こうも簡単に脱出の糸口が見える様な形にするだろうか。

 答えは否。ノイトラはそう断言出来た。

 

 喜助には劣るものの、彼より先に“崩玉”を開発するという、決して引けを取らぬ程の頭脳。自身の望む未来を実現させる為、他人どころか尸魂界全体を自らの掌の上で転がしてみせる、常軌を逸した策略を見出す思考回路と視野の広さ。

 それに次元の違う戦闘能力を足した者が、藍染惣右介という男である。

 凡人の思考や行動如きで対処可能な次元では無いのだ。

 

 正直なところ、ノイトラは自身の実力をそれ程高いとは考えていない。

 長年に亘って重ねて来た血の滲む様な鍛錬。そして最近の戦闘実績を考慮すれば、少しぐらいは自信を持っても良いのではないかと、普通は思うだろう。

 だがノイトラは如何しても―――憑依前に既に深々と根付いていた、藍染のあの圧倒的強者としての強烈なイメージが、それの邪魔をした。

 日頃の鍛錬の中でも、その影響は顕著に表れている。

 

 切り札を使ったとしても、精々が全力のスタークと同等程度であり、罷り間違っても藍染の相手が出来る領域に至ってはいない。

 単純な戦闘能力もそうだが、何より“鏡花水月”の能力が凶悪過ぎる。

 いくらノイトラ自身が解放状態を見ていないとは言えど、藍染にとっては誤差の範囲内でしかない。交戦中に解放し、気付いた時には既に催眠状態へ陥っていた―――というのも十分有り得る。

 

 

「上等だぜ、藍染サマよォ…」

 

 

 ―――此処で迷ってばかりいても仕方が無い。

 どちらにせよ、今の自身に残された選択肢は、脱出の二文字以外に何も無いのだから。

 

 

「例え既にアンタの掌の上に乗せられていたとしても―――そう簡単には転がってやんねぇぞ…!!」

 

 

 ノイトラは腹を決めた。

 この先に如何なる展開が待ち受けていたとしても、決して揺るがぬと。自らが掲げた理想の未来(ハッピーエンド)を実現させるべく、全身全霊を注ぐ事を。

 ノイトラは六本の大鎌を上へと掲げ、交差させながら叫んだ。

 

 

「“覚醒しろ(おきろ)―――聖哭螳蜋”ァァァッ!!!」

 

 

 全身から漆黒に染まった膨大な霊圧が爆発的に噴き出す。

 それは瞬く間に閉次元全体へと広がり続け―――元より綻びが生じていたそれを更に広げ、崩壊一歩手前へと追い詰めた。

 

 間髪入れずに、ノイトラは畳み掛ける。

 真の帰刃形態へと姿を変えた彼は、惜しみ無く自身の持てる全力で以て、確実にこの世界を破壊する為に。

 

 

「ブッ壊れろ…!!」

 

 

 三日月状の両刃の大鎌二本を、ネリエルとの戦いで見せた“六刃斬層”の様に、両腕を交差させながら左右へ振り被る。

 鎌全体を纏うのは、黄色では無く黒色の霊圧。

 その様はまるで、一護の唯一無二の必殺技たる“月牙天衝”が放たれる直前の姿と酷似していた。

 

 

「“死神の鎌(ラ・オス・デ・ラ・パルカ)”」

 

 

 




頑張る地味ーズ。
お姫ちんVS毒娼さん勃発の兆し!?
まだまだ終わらぬ虚無さんVS剣ちゃん戦(オサレェ
主人公、意外と早く再登場。





捏造設定及び超展開纏め
①瀞霊廷、さり気にピンチ。
・手薄となった敵の拠点を突くのは戦法としては正しいかと。
・数字持ちクラスが五名以上侵攻してれば、多分高確率で瀞霊廷が敗北しそう。
・けどマユえもんが何か備えてそうな気も。
・原作で隊長達と真っ向から対峙した藍染様は、やはりオサレシステムを良く理解していらっしゃる(笑
②唐突に出番が増えた地味ーズ。
・誰得?俺得です。
・普段目立たない所で頑張ってる人が、いざという時に活躍してスゲーってなる展開が好きなんで。
③ピエールさんtueee!!
・彼は積極的には戦わないですが、多分山じいから命令されれば動く筈。
・そしてこのぐらいは猛者オーラ出してても良いと思う。過去の背景的な意味で。
・コラそこ、後付け設定って言っちゃ駄目!
③突然の登場、毒娼さん。
・毒娼さん「ちょっと胸貸しなさい(ペターン」お姫ちん「えっ(タプーン」
・上は嘘ですが、ベリたんが居る事に加え、彼女は原作より精神的に大分落ち着いてるので、血生臭い展開にはなりませんとだけ。
④剣ちゃんダウン!!だが直後に虚無さんの身に何かが!?
・オサレ展開的に言えば、大凡中盤辺りです。
・まだ戦いは続くんじゃよ。
・そして二人の戦いに溢れ出るデジャヴ感(笑
⑤遂に主人公再登場。
・けどこの後直ぐに戦場に戻るとは言ってない。
・つまり出番が無いのは継続するという事だ…(無情





下地作り回はこれで終了です。

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