三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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大変長らくお待たせしました。
とりあえず最新話の投稿だけを先にしときます。

いかんせん急いで仕上げたものですから、誤字や誤表現が多いかもです。
なので文章全体の見直しは、御報告いただいていた誤字も含めて週末に行います。



気付いたらお気に入り4000、総合評価9000。
皆様には心から感謝申し上げます。





追記

おとり先生様、とんぱ様、akiha様、超能力好き様。
誤字報告、誠に有難う御座いました。


第六十話 其々の戦場と、剣鬼と虚無と…

 砕蜂と大前田は、バラガンとその従属官達の前に立ち塞がっていた。

 数だけ見ても明らかに前者が不利。だが砕蜂は臆した様子も無く、傲岸不遜という言葉を体現するかの様にその場に佇んで居る。

 基本小心者の大前田は言うまでも無く、咋に全身を震わせて怯えを露にしていた。

 

 その二人を、バラガンは興味無さげに眺めている。それはまるで道端に転がっている小石を見る様に似ていた。

 事実、その通りだった。神を自負する彼にとって、己以外の全ての存在には等しく価値が無い。

 何気無く歩を進めるだけで、容易く踏み潰せてしまう蟻の如く。

 

 

「どうした破面? 別に全員で掛かって来ても構わんぞ?」

 

「た、隊長!?」

 

 

 そんな事などいざ知らず、砕蜂は不敵な笑みを浮かべながら、斬魄刀の切っ先を突き付けてバラガン達を挑発する。

 恐怖や不安が入り混じって落ち着かないのだろう。先の発言に対し、大前田は素っ頓狂な声を漏らした。

 

 だがバラガンは反応を示さない。それどころか従属官達も眉一つ動かさずにその場に佇んで居る。

 前者はまだ理解出来る。砕蜂の存在自体を無価値として一切意識を向けていないが故に、その発言を聞き流しているのだろう。

 しかし後者は違う。自分達が絶対崇拝する神が貶されたとして騒ぎ立てていても何ら不自然では無い筈だ。

 

 これは如何いう事か。

 理由は簡単だ。全てはバラガンと同じ価値観を共有し、心酔しているが故。

 我らが神が無価値と評しているのだ。ならばそれに従わずして何とすると。

 他の十刃の従属官であれば、主が無反応だったとしても間違い無く反応を示していただろう。その辺りが、第2十刃メンバーの一味も二味も違う在り方を示していた。

 

 

「所詮は蟻共の考える事か…下らん」

 

 

 そう零しながら、バラガンは偽物の空座町を一瞥した。

 本当に眼前の敵の事なぞ眼中に無い振る舞いだ。

 砕蜂は眉を顰めると同時に、このクソジジイと内心で呟きつつ、咋に殺意を剥き出しにする。

 

 

「ボスは死神等を始末した後、態々尸魂界に出向く気らしいが…儂はそんな手間を掛ける必要なぞ無いと考えとる」

 

 

 砕蜂は直後に気付く。そして背筋に走る悪寒。

 ―――まさかこの短時間で気付いたというのか。

 バラガンの発言内容を良く考えてみれば解る。彼はこの偽物の空座町の仕組みを既に把握しているのだ。

 ならば次に如何なる行動を取るかは想像に難くない。“転界結柱”の破壊だ。

 

 恐るべき洞察能力の高さ。虚圏の神を自負し、他者とは隔絶した精神と思考を持つバラガンならではと言える。

 この辺りは絶対者たる藍染と似通ったものがある。

 故に砕蜂が一瞬戦慄めいた反応を示すのも致し方無かった。

 

 

「ジオ、ニルゲ」

 

『はっ!』

 

 

 バラガンは六人居る従属官の内、比較的近くに立っている二人に声を掛けた。

 ジオ・ヴェガと、ヘルメットの様な仮面の名残を被った、両目に隈取に似た仮面紋がある下顎の牙が突出した太めの大男―――破面No.27(ベインティシエテ)、ニルゲ・パルドゥックだ。

 

 

「貴様等はこの二匹の蟻を相手せい」

 

「はっ!!」

 

「…必ずや、勝利を」

 

 

 二人は片膝を突いて礼をすると、ジオは砕蜂へ、ニルゲは大前田へ視線を移した。

 

 

「ポウ、クールホーン、アビラマ、フィンドール。貴様等は町の外周へ向かえ」

 

 

 バラガンは続け様に残る従属官達へ命令を下す。

 顎に仮面の名残を残した、両頬に薄緑色で頂点を内側とした三角形の仮面紋と、虚ろな表情を浮かべた、ヤミーをも超える体格を誇る巨漢―――破面No.25(ベインティシンコ)、チーノン・ポウ。

 カチューシャ状の仮面の残骸を装着し、紫色のエキゾチックな髪をした厳つい容姿を持つ大男―――破面No.20(ベインテ)、シャルロッテ・クールホーン。

 鳥の頭蓋骨を模した仮面の名残を被った、ポウと同様に顔面に赤色で隈取のような仮面紋がある、何処ぞの部族の様な風貌を持つ男―――破面No.22(ベインティドス)、アビラマ・レッダー。

 顔の殆どを仮面の名残で覆った、長髪で細見の男―――破面No.24(ベインティクアトロ)、フィンドール・キャリアス。

 

 

「場所は東西南北の四方。何かしら仕掛けがある筈じゃ。それを壊せ」

 

「んなっ!!?」

 

 

 その指示内容に驚愕の声を漏らしたのは大前田だった。

 彼はバラガンが偽物の空座町の仕組みを既に把握していた事に今更気付くと、同時に慌て始める。

 装置を壊されてしまえば、折角転移させた本物の空座町が元通りになり、そのまま戦場となってしまうではないかと。

 

 砕蜂には悪いが、この場は彼女に任せ、自身はこの四人の行動を阻止に動くべきだろう。

 他に手が空いている者が居れば、協力を要請するなり出来たのだが、生憎と手一杯。もはや頼れるのは自分自身のみ。

 ―――兄様は頑張るぞ、希代(まれよ)

 涙目で自身の無事を願っているであろう妹の姿を思い浮かべながら、大前田は珍しく覚悟を決めた。

 

 

「何だその間抜け面は。“転界結柱”には斑目、綾瀬川、吉良、檜佐木の四人が配置されている事を忘れたか?」

 

「…へ?」

 

 

 だがそれは杞憂に終わる。

 砕蜂より放たれた衝撃の事実によって。

 

 

「言ったぞ私は」

 

 

 ―――なにそれ聞いてない。

 大前田は思わず口から出そうになったその言葉を吞み込んだ。

 てっきり彼は、砕蜂の言う四名はこの決戦には参加させられなかった留守番組であると認識していた。そしてさり気に自身の方が頼りにされているのだと優越感に浸っていたりする。

 

 しかし現実は如何だ。単純に敵と戦うだけの大前田に対し、四人は“転界結柱”を守るという重要な任務を任せられている。

 それに伏兵として用いられるという事は、重要な戦力の一つとしてカウントされているという証明に他ならない。

 つまりこの四人は大前田よりも頼りにされているというのが事実であった。

 

 

「大方貴様が油煎餅でも齧っていて、私の言葉を聞き漏らしたのだろう」

 

 

 唖然とする大前田に対し、砕蜂は冷ややかに言い放った。

 ―――本当は伝えていなかったかもしれないが。

 内心ではそんな自身の不手際に見て見ぬ振りをしつつ。

 

 この時、砕蜂は気付いていなかった。

 バラガンは伏兵の可能性も視野に入れた上で、自らの従属官達を向わせた事に。

 全員が副隊長クラスであっても、この精鋭達であれば十分撃破可能だとして。

 即ち安心出来る要素は何処にも無いのである。

 正直、これに気付けと言うのも酷な話かもしれないが。

 

 

「さて…そろそろ始まるぞ大前田。精々私の邪魔をしない様に努めろ」

 

「りょ、了解っす!!」

 

 

 二人は何時でも仕掛けられる様、重心を落としつつ構える。

 

 

「行け。儂を落胆させるなよ…貴様等」

 

 

 全身より有無を言わせぬ圧力を滲ませながら、バラガンは従属官達に呟いた。

 

 

「敵の血で染まっておらん道など、この儂に歩かせるな」

 

 

 そして直後に叫ぶ。

 先程の重國の一喝に対抗するかの様に。

 

 

「言え! 貴様等は誰の部下だ!!」

 

『はい!!』

 

 

 従属官達は心酔する主であり神を失望させる訳にはいかないと、間髪入れずに答える。

 其々が斬魄刀を抜き、バラガンを隙間無く守護するかの様な陣営を組みながら。

 

 

「我々は“大帝”バラガン・ルイゼンバーン陛下の従属官!!」

 

「あらゆる敵を―――」

 

「華麗に!!」

 

「…粉砕し!」

 

「必ずこの戦場を―――」

 

「美しく!!」

 

「…奴等の血肉で染め上げて御覧に入れます!」

 

 

 途中で茶々を入れている者が居た様だが、他の者がすかさずフォローしており、幸いにもバラガンの怒りを買う事は無かった。

 

 やがて周囲より響き始めた戦闘音を皮切りに、バラガンを除いた全員が動いた。

 指示を受けていた四人の従属官は、響転で移動。

 ジオと砕蜂、そしてニルゲと大前田は、互いの刃を交差させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二番隊とは別方向へと向かった冬獅郎と乱菊は現在、ハリベルとその従属官四名と対峙していた。

 既に抜刀している前者とは裏腹に、後者は自然体で佇むばかり。明らかに余裕に満ち溢れている。

 

 

「十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ」

 

「同じく副隊長、松本乱菊よ」

 

 

 恐らくは挑発の一種なのだろう。冬獅郎は自身の感情を律しつつ予測した。

 ―――この程度で熱くなるものか。

 平静を保ちながら、名乗りを上げる。乱菊もそれに続く。

 史上最年少の隊長でありながら、この精神力。戦士としては文句無しに及第点だ。

 死と隣り合わせな戦場にて、これと同じ真似が出来る者はそうは居ない。

 

 同時に内心では相当に警戒していた。

 数だけを見ても明らかに不利。そして何より、向こう側は間違い無く、乱菊を含めた自身の情報を持っているだろうと。

 

 本当に今更だが、前回の現世侵攻に於いて、冬獅郎は余りに手の内を晒し過ぎた。原因は言わずもがな。

 一応切り札は残っているものの、制御し切れているとは言い難く、発動にも多大な時間を要する。

 ―――それでも勝機は必ずある筈だ。

 今一度、冬獅郎は気を引き締めた。

 確かに状況は厳しいものの、上手いタイミングで切り札を発動出来れば、自身の勝利は揺るがない。

 

 冬獅郎はイメージする。自身が眼前の敵を倒すまでの流れを。

 まず従属官達の相手は乱菊に任せ、時間稼ぎに徹してもらう。その間に自身は確実に十刃を打倒し、速やかに乱菊の援護に入る。

 あくまで理想ではあるが、現状ではこれがベスト。

 非常に厳しい状況下での立ち回りを要求される乱菊に内心で謝罪しつつ、冬獅郎は勝敗の鍵を握っている自身に喝を入れた。

 此処で躓いている様では、この刃は永久に藍染に届かないぞと。

 

 

「…どーする?」

 

「あたしに聞くなよ」

 

 

 冬獅郎と乱菊の名乗りから暫し間を置いた後、不意にアパッチとミラ・ローズが小声で話し始めた。

 二人の表情には困惑が浮かんでいた。

 

 

「一応こっちも返したほうが…」

 

「やっぱそうか?」

 

 

 内容は冬獅郎と乱菊の名乗りに関してだ。

 彼女達もある程度の武人としての矜持がある。元は違ったのだが、ハリベルの影響が大きい。

 こうして堂々と名乗られたのだから、礼儀として素直に此方も名乗り返すべきかと相談していたのである。

 だが案の定、そんな二人に横槍を入れる者が現れた。

 

 

「…はぁ、別にそんな義務は無いでしょうに。これだから頭でっかちの脳筋は…」

 

「てめえスンスン、喧嘩売ってのか!!?」

 

「コッチは真面目な話してんだ! 邪魔すんじゃねえ!!」

 

 

 態とらしく溜息を吐いくスンスンに、アパッチとミラ・ローズは歯を剥き出しにして怒り始めた。

 僅かな殺意と共に、その怒気をスンスンへと向ける。すると彼女は次なる火種を投下した。

 

 

「きゃあー、助けて下さいテスラさーん。脳筋二人が苛めてきますわー」

 

「おわっ!?」

 

『あ゛あ゛ッ!! テスラてめえ何イチャついてやがる!!!』

 

「何で俺が!!?」

 

 

 次の瞬間、スンスンは棒読みの悲鳴を漏らしながら、隣のテスラに抱き着いて助けを乞いたのだ。

 テスラは突然の事に一瞬全身を硬直させるも、優しく受け止める。

 どんな状況でも女性には紳士的に対応すべしという、ノイトラの教えを守っている為だ。

 

 だがその行為はアパッチとミラ・ローズを刺激するだけで、今度はその怒りの矛先がテスラへと向けられる事となる。

 理不尽な、と嘆く彼の腕の中では、スンスンが勝ち誇った笑みを浮かべていたりするのだが、それを知る者は当人以外に居なかった。

 

 ―――コントを見に来た訳ではないのだが。

 従属官四人の遣り取りを見ていた冬獅郎と乱菊の心情はこれだった。

 

 

「お前達は…本当に…」

 

 

 主であるハリベルも、右手の指先を額に当てながら呆れを示していた。

 全く以て緊張感が無い。逆にし過ぎるのも駄目ではあるのだが、やはり一定量は無ければ気が緩む。

 こんな調子で大丈夫なのだろうか。ハリベルは溜息を吐いた。

 

 

「…気は引けるが、勝手に始めさせてもらうとするか」

 

「そうですね」

 

 

 暫し迷った末、冬獅郎は此方から仕掛ける事に決める。このままで埒が明かないとして。

 乱菊も冬獅郎の意見に同意する。

 全ては戦場で隙を見せた者こそが悪いのだ。

 

 

「松本はあの四人を頼む。出来るな?」

 

「勿論。隊長もお気を付けて」

 

「ああ」

 

 

 冬獅郎は乱菊に指示を出した後、狙いをハリベルへと定め、間合いを詰めるべく駆け出した。

 そう、冬獅郎は初めからハリベルが十刃である事を見抜いていたのである。

 軽く確認しただけで判る膨大な霊圧。そして敵を前にしても一切動じぬ余裕溢れる佇まい。寧ろ間違える方がおかしい。

 先程の従属官達によるコントも、それを確信させる要因だった。

 

 

「なっ…!!」

 

「―――相手が違うんじゃないか? 隊長さん」

 

 

 だが先手を取る筈だった冬獅郎の動きは、直後に止められる事となる。

 何時の間に現れたのか。眼前にて後ろで腕を組んだ体勢で佇むテスラによって。

 密かに終始敵を警戒し続けていた彼は、冬獅郎が動くと同時に、自身に抱き着いているスンスンを引き剥がして響転で移動。瞬時に冬獅郎の前へと立ち塞がったのだ。

 

 

「まずボスの前に立ち塞がるのは下っ端―――定石だろう?」

 

「ちっ…!」

 

「この先に行きたければ…この俺を倒してからにしてもらおう」

 

 

 テスラはサーベル状の斬魄刀を引き抜くと、切っ先を冬獅郎へと突き付ける。

 全身からは綺麗に研ぎ澄まされた霊圧と、静かなる怒気が放たれていた。

 

 ―――隙が見当たらない。

 立ち塞がるテスラに対し、冬獅郎は舌打ちを返しつつ、背中に冷や汗を滲ませた。

 これが下っ端とは何の冗談だ。護廷十三隊の席官にも及ばぬ末端の一般隊士こそ、そう言うべきだろうと。

 解放の事を考慮すれば、この破面は最低でも副隊長クラスに匹敵する。

 流石に上位クラスの十刃ともなれば、率いる部下のレベルも比例して上がると見るべきか。

 冬獅郎は改めた。限定解除の状態であれば、十刃以下の破面なぞ警戒に値しない相手であるという認識を。

 

 

「待て、テスラ」

 

「…ハリベル様?」

 

 

 睨み合う二人の戦意が遂に限界点へと達するかと思われた刹那、突如としてハリベルが口を開いた。

 冬獅郎を牽制したまま、テスラは顔のみを後方へと振り返らせた。

 

 

「此奴は私が相手をする。お前は副隊長の方をやれ」

 

「それ、は…―――」

 

 

 想定外なハリベルの命令に対し、テスラは思わず口籠った。

 自身の前に居るのは隊長だ。しかも死兵。敗北は万が一にも無いとは思うが、傷の一つや二つは負う可能性はある。

 主の手を煩わせるのは、従属官として失格だというのが表向き。その本音は―――自身が恋い焦がれて已まない女性が血を流す姿を見たくは無いという我儘。

 

 テスラは迷った。現状ではどの選択肢が最良なのかを。

 そんな彼の心情が手に取る様に理解出来たハリベルは、思わず苦笑を浮かべた。

 

 

「そう渋ってくれるな」

 

「しかし…」

 

 

 テスラが力を付けようと決意したのは、何時も孤独に戦い続けていたノイトラへと近付く為だ。

 あの他者を寄せ付けぬ圧倒的な力に憧れ、そんな彼の背中を任せられる様な存在になりたい。そう心より願いながら、日々の過酷な鍛練に打ち込んで来た。

 

 だが今は違う。厳密に言うと目的が変わったのだ。

 正式に第3十刃の従属官へと異動する事が決まった時、ノイトラに言われた言葉が切っ掛けである。

 ―――その今迄培った力を、今度は惚れた女の為に使え。

 俺は俺でやっていけるから安心しろと背中を押す彼に、テスラは自身の目頭が熱くなったのを覚えている。

 そんなノイトラの応援に応えたいという思いもあって、テスラは簡単に首を縦に振る事が出来ずにいた。

 

 

「お前の気持ちは有難く思う。だが流石に私も、実戦から離れてばかりでは腕が鈍る」

 

「…承知しました」

 

 

 流石にここまで言われれば、テスラも引き下がらずにはいられない。

 彼は即座に思考を切り替えると、斬魄刀を腰の鞘に納め、その場から踵を返した。

 

 

「御武運を」

 

「ふっ、お前もな」

 

 

 最後まで此方を気遣う仕草を見せるテスラに、ハリベルは柔らかな笑みを浮かべながらその背中を見送った。

 

 

「待たせたな」

 

「構わねえ。どっちにしろ勝つのは俺だからな」

 

 

 謝意を示しつつ、ハリベルは視線を前方へと向ける。

 そんな彼女に対し、冬獅郎は不敵な笑みを返した。

 

 

第3十刃(トレス・エスパーダ)、ティア・ハリベルだ」

 

「…3番目か」

 

 

 挑発をさらりと流しながら、ハリベルは名乗る。

 その階級を耳にした冬獅郎は小さく呟いた。

 だがハリベルはその呟きに含まれた僅かな安堵を見逃さなかった。

 

 

「安心したか? 思ったより序列が低い事に」

 

「…そんな事はねえ」

 

 

 ハリベルが問い掛けると、少々遅れて冬獅郎は否定を返す。

 正直言うと嘘だ。確かに冬獅郎は安堵していた。

 

 この決戦の場に現れた十刃は三名。霊圧の大きさで判断した結果だが、強ち間違いでは無い筈だと、尸魂界陣営は考えている。

 藍染が決戦の場に連れて来た連中だ。状況的に見て、間違い無く序列は上位――― 一番から三番に絞られる。

 

 ハリベルが第3十刃であれば、他の二名の何れかが第2十刃と第1十刃。

 客観的に見れば、冬獅郎の相手はこの場では最も低い階級である。

 この程度なら、意外と早く倒して藍染に向かえるかもしれない。隊長とは言え、未だ未熟の域を出ない冬獅郎が不意にそう考えてしまうのも致し方無いだろう。

 

 

「…青い、な」

 

「なんだと…?」

 

 

 争いを好まず、極力避ける生き方をして来たハリベルとて、数々の死線を潜り抜けて来た強者だ。冬獅郎の考えを見抜けぬ筈が無かった。

 この若さで隊長になったという事は、やはり天才なのだろう。

 だがふとした拍子にこうして自身の考えを表に出す時点で、まだまだ甘い。

 容易くテスラに足止めを食らった時点で、実力面でも発展途上なのは言うまでも無い。

 

 ―――対峙するのが後十年遅ければ、また結果は違っていたかもしれないが。

 基本辛辣ではあったが、ハリベルは冬獅郎の事をそれなりに評価していた。

 

 

「まあ良い」

 

 

 ハリベルは背中に携えた斬魄刀、その鍔の一部にある輪に右手の人差し指を通し、一気に引き抜く。

 露になったのは、中心が空洞になっている巨大な段平のような形状を持つ刀身。

 抜刀の勢いのまま宙で何度か回転させ、やがて柄を握る。

 

 

「先達として胸を貸してやろう。来い、少年」

 

「っ、上等だぜ…!!」

 

 

 余裕溢れた態度と口調で言うと、ハリベルはそれの切っ先を向ける。

 格下どころか、少年呼ばわりされた冬獅郎は、ほんの一瞬だけ眉を顰める。

 だが直ぐに平静を取り戻すと、戦意を滾らせながらハリベルへと向かって駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バラガンやハリベル達とは一際離れた位置に移動したスタークは、一息遅れで自身の前に現れた二人の死神―――京楽と浮竹へと視線を移した。

 

 

「…あんた等が俺の相手かい」

 

「そういう事になるねえ…」

 

「卑怯と罵ってくれても構わない」

 

 

 スタークの問いに、京楽は肩を竦めながら答えた。

 それに続けて、浮竹は表情を引き締めつつも何処か申し訳無さ気に言う。

 

 何せ相手は十刃一人と、明らかに力の弱い少女の破面一人。それに対し、此方は護廷十三隊でも上位の実力を持つ二人。

 如何見ても不利なのはスターク側である。

 幾ら敗北が許されない状況とは言え、性根が優し過ぎる浮竹は気にせずにはいられなかった。戦いに妥協しない京楽であれば気にしないだろうが。

 

 

「言わねぇよ。戦いに卑怯もクソも無ぇだろ」

 

「そう、か…」

 

「…理解してくれて嬉しいよ」

 

 

 だがスタークは何でも無いとでも言わんばかりの態度で返す。

 浮竹の事を気遣ってか、それとも余裕の表れか。

 今迄培った観察眼を総動員しても全く読めないスタークに対し、京楽は底知れぬ不気味さを感じていた。

 

 

「リリネット」

 

「…な、なにさ」

 

「離れてろ」

 

「―――っ」

 

 

 気怠げな表情をかえぬまま、スタークは自身の傍に立つリリネットを呼ぶと、抑揚の無い声で指示を出した。

 リリネットは思わず口を噤む。

 確かにスタークは正しい。何せ自身は下級大虚にも劣る弱小破面。手助けするどころか、足を引っ張る以外の何ものでも無いのが現状だった。

 

 とは言え、戦いたい気持ちも少なからずある。

 だがその結果は容易に思い浮かぶ。

 眼前の二人は身に纏う霊圧量からして明らかに隊長クラス。

 一太刀の元に斬り伏せられるか、態々相手する価値も無いとして軽く流されて終わるだろう。

 リリネットは己の余りの不甲斐無さに、その小さな両手を握り締めて悔しさを滲ませた。

 

 

「安心しろ」

 

「え…?」

 

 

 彼女が顔を俯かせ掛けた瞬間、スタークが突如として声を掛けた。

 依然として表情は変わらぬものの、その声には何処か相手を気遣う様な優しさが見て取れた。

 

 

「多分、直ぐに帰刃(あれ)が必要になる。それまで大人しく待ってろ、な?」

 

 

 その言葉に、リリネットは思わず瞠目した。

 他者を傷付ける事を好まない性分が故に、スタークは本気を出そうとしないのが常だ。例えそれが敵であろうとも変わらない。否応無しも殺傷能力が跳ね上がる帰刃など以ての外。

 

 だが先程の発言を振り返ってみるに、スタークはそれまでの考えを一転させんとしている。

 それ程まで眼前の二人が強いのかとも考えたが、リリネットは即座に否定した。

 全てはノイトラとの約束を守る為。これに尽きる。

 藍染の密命から実行までの事の顛末は、スタークから聞いていた。消える直前にノイトラが叫んだ言葉と、それに込められた真意についても。

 自身は必ず戻る。だからスタークのみならず、仲間達全員で無事に生きて返って来いと。

 

 

「…わかった。でもそれまで絶対負けちゃ駄目だかんな!」

 

「ああ」

 

 

 リリネットは人差し指を突き付けながらそう言うと、その場から離れて行った。

 彼女を見送った後、スタークは視線を京楽と浮竹へと戻した。

 

 

「…おやおや、あの娘を一人にして良かったのかな?」

 

 

 暫し間を置いた後、不意に京楽は口を開く。

 その顔に何処か挑発的で暗い笑みを浮かべながら。

 

 

「もしかすると僕らの誰かが―――」

 

「らしく無ぇコト言うなよ」

 

 

 後に続く筈だった言葉を、スタークは強制的に切った。

 彼は京楽の言わんとしている事を既に理解していた。加えてそれは此方に精神的な揺さ振りを掛ける意図が含まれているのだとも。

 

 スタークは京楽を一目見た時、てっきり自身と同じ性分を持つ者だと思い込んでいた。

 だが時間の経過と共に、その考えは一変。

 自身と京楽とは、根本の部分で決定的な違いがあると。

 穏やかな表情を浮かべつつも、欠片も隙を見せない佇まい。そして先程の態度と言葉が、京楽の隠された本質を示す決定的な証拠となった。

 

 

「見た感じ…あんたとあの爺さん辺りは、勝つ為なら大抵の事は出来るタイプみたいだが―――外道までは堕ちてねぇだろ」

 

 

 上に立つ者というのは、部下に信頼される要素は勿論の事、清濁併せ呑む度量が必要となる。

 それに京楽が本当の外道であれば、浮竹に自身の注意を逸らす為に何かしらの指示を出した後、真っ先にリリネットの確保へと向かっていた筈だ。

 総隊長である重國より真っ先に目配りで指示を受けていた事も考慮すると、京楽は隊長の中でも限り無く上位に位置する者であると推測出来る。

 

 それに対し、隣に立つ浮竹はまた違うタイプだ。

 京楽のリリネットを引き合いに出す様な物言いに対し、顔を僅かに顰めていたのを、スタークは見逃していなかった。

 

 

「違うか?」

 

「……これは参ったねえ…」

 

 

 スタークは最後に問う。

 京楽は肩を竦めると、それ以上口を開く事が出来無かった。図星を指されて動揺したのもあるが、スタークのその観察眼の鋭さに驚愕する余り。

 隣では浮竹も瞠目し、驚愕を露にしていた。

 

 

「だから…頼むぜ隊長さん方」

 

「…何をだい?」

 

 

 訝しむ京楽を尻目に、スタークは斬魄刀の柄を右手で握る。

 同時に怠惰さが目立つ表情が一転して引き締まると、その瞳が鋭利な輝きを放った。

 

 

「極力殺しはしたかねぇんだが…生憎と、今の俺はあんま手加減出来無ぇんだ」

 

 

 厳密に言えば手心を加える訳にはいかないのだ。

 確実に敵を打倒し、自身が最後まで生き残る為には。

 全てはライバルであり大切な仲間であるノイトラとの約束の為に。

 

 

「精一杯足掻いて、生き残ってくれ」

 

 

 刹那―――スタークの姿がその場から忽然と消えた。

 それは予備動作も、剰え残像すら残さぬ、超高速で移動したというのが信じられない程の動きだった。

 寧ろ初めから其処に居なかったと言われた方が納得出来る。ファンタジー風に時間操作系統の魔法を使用された、というのもありだ。

 

 

「ッ、許せ浮竹!!!」

 

「うわっ!!?」

 

 

 京楽が動いたのは完全に無意識の内だった。

 反射的に片手で浮竹を真横に弾き飛ばすと、間髪入れずに京楽は瞬歩で回避行動を取っていた。自らの竹帽子の止め紐が外れ、宙を舞うのもお構い無しに。

 それが僅かに遅かった事に気付いたのは、自身の胸元に浅く刻まれた横一筋の太刀傷より発せられた痛み。そして其処から宙に舞った鮮血が、視界へと映った瞬間だった。

 

 

「…悪ぃ。そういや肝心な事を忘れてたぜ」

 

 

 斬魄刀を真横に振り抜いた体勢のまま、スタークは口を開いた。

 余りに斬撃が鋭く、速過ぎたのだろう。その刀身には一滴の血も付着していなかった。

 

 

第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)、コヨーテ・スタークだ。以後お見知り置きを…ってか?」

 

 

 名乗ると同時に、スタークの全身から放出された膨大な霊圧と、圧倒的猛者の貫禄。

 京楽と浮竹は全身から冷や汗を流しつつ、己の中に久しく芽生えた恐怖心を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 迫り来る斬撃を尽く躱し、時にいなしながら、ウルキオラは剣八の戦闘能力を観察し続ける。

 型は無い。只管に敵を殺す事のみを追求した、正に邪道の剣。

 だからと言って正道の剣に劣っている訳では無い。寧ろ実戦に於いては前者の方が優れている。

 恐らくは純然たる鍛錬では無く、幾多の実戦の中で腕を磨いたのだろう。その泥臭さはグリムジョーに通ずるものがある。

 

 ウルキオラとてこの様な相手は今迄に何度か経験している。故に大凡の対策も既に確立している。

 剣八についても、間も無く能力の把握が終わるところだ。

 もはや臆する要素は皆無と言えた。

 

 ―――雑魚と断ずるのはやや尚早か。

 だがウルキオラは判断を一先ず先送りする事にした。

 

 腐っても隊長というべきか、斬撃自体は相当な重みを持っている上、心做しか時間の経過と共にその威力が増して来ている。

 加えて型に囚われない戦闘スタイルなだけに、攻撃を先読みする際の難易度が非常に高い。

 戦いという観点に於いては、実に理に適っている。これ程やりにくい相手は中々居ないだろう。

 そして野性的な勘や反応速度にも秀でているらしく、此方のフェイントを織り交ぜた回避行動を看破して斬り掛かるという芸当も何度か見せている。

 

 交戦直後と比較すれば、もはや別人と言っても良い領域まで、今の剣八は至っている。

 戦いの中で成長し続ける程の潜在能力の高さがそれを助長しているのか、または全力を出すまでに時間が掛かるのか。

 確証は無いが、勝負を逸る余り藪をつついて蛇を出す様な愚行を犯す訳にはいかない。

 

 

「はっ、ハァッ!!!」

 

 

 それを知らぬ剣八は、相変わらず凶悪極まりない笑みを浮かべながら右手に握った斬魄刀を振るい続ける。

 ウルキオラは態とその斬撃を、何度か自身の身体に掠めて威力を検証してみたが、現状では鋼皮を傷付けるまでには及ばないという結果に終わった。

 故に余り危険視はしてはいなかったものの、慢心も過ぎれば足元を掬われる可能性が上がるとして、時折反撃を返しながら回避を続けていた。

 

 傍から見れば押しているのは剣八。ウルキオラは終始待ちへと回っているので当たり前だろう。

 しかし良く見ると、前者の全身には少なく無い数の太刀傷が刻まれている。

 刃先が皮膚へ食い込む直前に、驚異的な反応速度でその部分を引く事によって被害を薄皮一枚程度に留めてはいる。

 とは言え、この場で最も血を流しているのは剣八。常人であれば少なからず焦りを覚える状況だ。

 

 これがグリムジョーであれば十中八九、此方の攻撃は当たらず一方的に自身が傷付けられるという状況に更に怒り狂う余り、攻めが単調になっていた事だろう。

 そして敵側に付け入る隙を与え―――最終的に敗北を喫する。

 だが剣八にはそれが無い。

 その程度が如何したと言わんばかりに、攻めの姿勢を一向に崩さず。寧ろ傷が増え、血を流す度、その戦意はより激しく燃え上がっていると来た。

 

 

「…面倒な」

 

 

 時間の経過と共に、ウルキオラは僅かに焦燥を覚えていた。

 何せ剣八の後には一護も控えている。自身の敗北の可能性は限り無く低いとは思うが、万が一の可能性も考慮して、この場での消耗は極力押さえたいのが本音だった。

 

 ―――このままでは埒が明かないか。

 先程までの慎重姿勢から一転してそう判断すると、ウルキオラは攻勢に出る事を決めた。

 後方へと下がり続けていた足を止め、反転。斬撃の嵐の中を潜り抜けながら、前方へと踏み込む。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 ウルキオラの突然の行動に、剣八は思わず瞠目した。

 だが直後にその表情に喜色を浮かべると、攻撃の手を更に激しくする。

 

 それ等を全て躱し、ウルキオラは剣八の懐に入り込むと、刀身を下段より斜め上に振り上げた。

 剣八は回避の為、反射的に後方へと半歩引く。

 だが僅かに足りなかった。次の瞬間、剣八はその右下腹部から左肩まで一筋の太刀傷を負ってしまう。

 

 更に追撃を仕掛けんとしたウルキオラだったが、突如として眼前に蹴りを放たれた為、中断せざるを得なかった。

 空いた左手を顔の前に持ち上げ、迫り来る右足を受け止める。

 案の定、これも只の蹴りとは思えぬ威力だったが、鋼皮でも十分に耐えられる範囲だ。

 

 ところがこれは攻撃では無かったらしい。

 剣八はウルキオラを踏み台にする様にして、大きくその場から跳躍。

 二人は互いに距離を取る形となった。

 

 

「強ェな、てめえ…!!」

 

「………」

 

 

 自身に刻まれた傷を一瞥すると、剣八が口を開いた。

 決して浅くは無い筈なのだが、痛みに顔を顰める様子は一切無い。寧ろ興奮冷めやらぬといった感じだ。

 

 

「…これで理解出来た筈だ。貴様では俺に勝てん」

 

 

 だがこの反応は、ウルキオラの中では予想の範囲内だった。

 刀身に付着した血を払いながら、冷ややかに言い放つ。

 

 

「ましてやその程度の攻撃では、俺の鋼皮を斬り裂く事すら叶わん」

 

「………」

 

「無駄な抵抗は止せ。そうすれば一瞬で終わらせてやる」

 

 

 ウルキオラの言葉に、剣八は顔を俯かせながら黙り込む。

 これ程の差を見せ付けたのだ。戦闘狂であっても流石に理解した筈。

 そう考えたウルキオラだったが、直後に覆された。

 

 

「…そいつは無理な相談ってやつだぜ」

 

「何…?」

 

 

 不意に放たれた呟きに、内心で首を傾げる。

 剣八は依然として顔を俯かせてはいる。だが良く見ると、その空いた左手は右目を覆っていた眼帯を鷲掴みにしていた。

 

 

「折角盛り上がってきたのによォ…」

 

 

 次第に剣八の口元が吊り上って行く。

 ――― 一体何をする心算だ。

 ウルキオラは警戒心を露に、斬魄刀を構える。

 

 

「これで終わりは勿体無ェだろ!!? もっと楽しもうぜウルキオラァ!!!」

 

 

 剣八は顔を上げてそう叫ぶと、左手を一気に引き、留め具を引き千切りながら眼帯を強引に取り外した。

 直後、剣八の全身から膨大且つ暴力的な霊圧が溢れ出す。

 それはこの第五の塔全体が震え、所々が軋みを上げる程。場所によっては罅すら入っている。

 

 

「…有り得ん。何だその霊圧は」

 

 

 ウルキオラは珍しく困惑していた。事前に得ていた情報とは明らかに違うではないかと。

 本当にこれと一護は始解の状態で相討ったというのか。

 冗談も休み休み言え。霊力だけで判断しても、こんなレベルの敵を相手取るには、最低でも帰刃状態の下位十刃を引っ張り出さなければならない。

 

 

「なんだよ…あれ…!?」

 

 

 離れではネルと織姫の傍に立って居る一護が、驚愕の声を漏らすと同時に、その思考回路を盛大に混乱させていた。

 

 

「剣八って、こんなに強かったか…!?」

 

 

 不意討ちの虚閃が直撃しても無傷だった事に加え、あのウルキオラと真面に斬り合えているというのも信じ難い。

 そして何より注目すべきは、現在進行形でその身から溢れ出している霊圧だ。

 

 装着者の霊圧を無限に喰らい続ける眼帯を外せば縛りが無くなり、剣八は全力の状態となるのは直接戦った一護も知っている。

 だが上昇具合が尋常では無い。下手すると自身が戦ったあの時の数倍に及ぶのではないだろうか。

 一護は剣八の底知れない実力に対して、僅かな恐怖心と同時に期待を抱いた。もしや今の彼ならウルキオラに勝利出来るのではないだろうかと。

 

 

「…何をした」

 

「封だよ」

 

 

 構えを解かぬまま、ウルキオラは問い掛ける。

 左手に持った眼帯を地面へ投げ捨てると、剣八は律儀に説明を始めた。

 

 

「俺は普段から、この眼帯に自分の霊圧を喰わせる事で、力を抑えて戦ってんだ」

 

 

 ウルキオラは疑問に思った。

 何故そうまでして、自らを窮地に追い込む様な真似をするのかと。

 だがそれは即座に解消する。

 

 

「そうでもしねえと―――敵が脆すぎて戦いを楽しむ暇が無くなっちまうからなァ!!!」

 

「ッ!!」

 

 

 説明を終えると同時に、剣八は一瞬でウルキオラとの間合いを詰めると、斬魄刀を上段から振り下ろした。

 瞬歩では無い。全ては増大した霊力の影響で上昇した身体能力で以て、単純に前方へと踏み込んだのだ。

 

 ウルキオラは咄嗟に響転で回避行動を取る。

 空を斬った剣八の斬撃は勢いをそのままに床へと叩き付けられ―――盛大な破壊音と共に大穴を開けるという結果を齎した。

 

 

「これは…―――!!」

 

 

 その威力を目の当たりにしたウルキオラは気付く。

 今の剣八は間違い無く、自身の鋼皮を斬り裂く事が可能な領域にまで至っていると。

 

 ―――様子見は失策だったか。

 序盤までの自身の行動を後悔しつつも、悟った。

 剣八は全力を出すまでに時間を要するのでは無い。戦いが長引けば長引く程、その力を増して行くのだ。

 その上限は留まる事を知らず、故に常日頃から力に封をしている。

 

 もはや選択の余地は無い。ウルキオラは思考を切り替えた。

 これ以上戦闘を長引かせては、更に厄介な状況に陥る事になる。

 

 ウルキオラは響転を連続使用して剣八の背後へと回り込み、隙だらけな背中目掛けて斬魄刀を握る右手を振り下ろす。

 無論、現状で出せる限りの本気でだ。

 

 

「な…に…!?」

 

 

 だが封を解いた剣八の力は、此方の予想を遥かに超えていた。

 完全に隙を突いたにも拘らず、剣八はそれを既の所で反応。振り向き様に空いた左手で振り下ろされた刀身を鷲掴みにして止めたのだ。

 相当な力が籠められていた為か、刃先が掌を切り裂き、結構な量の血が滴り落ちる。

 だが案の定、剣八は動じない。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 ウルキオラの斬魄刀を万力の如く固定したまま、右手の斬魄刀を真横に振り抜く。

 その狙いは首。口では戦いを愉しみたいとは言いつつ、行動には殺意しか感じ取れない。

 敵を殺す為の剣が身体に染み付いているが故か。それともこの程度では終わらないだろうと信じているのか。真実は定かでは無い。

 

 現状で持てる全能力を総動員し、ウルキオラはその必殺の一撃を避ける為に動いた。

 一旦柄から手を放し、床へと着地。その直後、彼の頭部の上を剣八が振るった刀身が通過した。

 それを見計らい、ウルキオラは自身の斬魄刀を掴んでいる剣八の左手首へ蹴撃を放つ。

 並みの相手なら瞬く間に肉片と化す、そんな蹴りの域を優に超える凄まじい威力には耐えられなかったのだろう。剣八の左手は直ぐに刀身を放し、自由の身となった斬魄刀が宙を舞う。

 ウルキオラは即座にそれを回収しに向かい、その柄を握った刹那―――背後より追撃を仕掛けて来た剣八目掛けて斬撃を放った。

 

 

「…ちっ」

 

 

 互いの刀身が真正面から激突する。それと同時に周囲へ響き渡る尋常ならざる衝撃。

 不意にウルキオラの口から舌打ちが零れた。

 そう、何と打ち負けたのは彼の方であった。

 

 

「はははははハハハハハハハッ!!」

 

 

 一般男性平均よりやや小柄な身体が、室内の柱を何本も破壊しながら吹き飛んで行く。

 剣八は大声で笑いながら、それを追い駆ける。

 

 飛散する大量の粉塵と瓦礫の中より、ウルキオラが飛び出して来る。

 待っていましたと言わんばかりに、剣八は隙だらけな彼へ容赦無く襲い掛かった。

 

 ウルキオラは咄嗟に左手の人差し指より虚閃を放つ。

 効果は端から期待していない。目的は剣八の視界を一時的に潰し、追撃のタイミングを少しでも遅らせる為だ。

 

 

「―――!!」

 

 

 回避不可能なタイミングで放たれた薄緑色の光線は、瞬く間に剣八を吞み込む。

 その刹那、ウルキオラの背筋にこれ以上無い程の悪寒が走った。

 巻き上がった煙が晴れぬ内に、ウルキオラは反射的に斬魄刀を自身の胸の前に持ち上げ、防御体勢を取っていた。

 

 

「これにも反応するか!! 最高だぜウルキオラァッ!!!」

 

 

 その判断は正しかった。

 あろう事か剣八はウルキオラの虚閃を、まるでそよ風の中を突っ切る様にして直進して来たのだ。

 

 次の瞬間に広がった光景は、先程の繰り返し。

 ウルキオラは剣八の斬撃を受け止め切れず、盛大に吹き飛ばされるという結果に終わった。

 

 ―――何という規格外。

 空中で体勢を整えつつ、ウルキオラは思った。

 此奴に常識は通用しない。正に化け物と言うに相応しい存在。

 藍染が幽閉対象に含めたのも納得だ。

 

 

「頼むから簡単に終わってくれんじゃねえぞ!! こっからもっと愉しくなるんだからよォ!!!」

 

 

 斬魄刀を構えながら、剣八は全身から更に霊圧を放出する。

 もはやその量と密度は、交戦直後の数倍にも及んでいた。

 

 

「…致し方無い、か」

 

 

 ウルキオラは静かに呟くと、突如としてその場から真上へ跳躍した。

 天井を突き破ってもそれは止まらず、虚夜宮の天蓋目掛けて上昇を続ける。

 

 

「っ、逃がすかよ!!」

 

 

 予想外な展開に一瞬呆けた様な表情を浮かべた剣八だったが、即座に正気を取り戻すと、慌てて追跡に動いた。丁度近くに聳え立つ、天蓋の外まで続く支柱を蹴り登りながら。

 

 霊子の足場を構築するか、瞬歩を使えば簡単ではないか、と思うだろう。

 だが剣八は普段よりこの二つの技を余り使用したがらない。

 得意では無いというのもあるが、何より面倒だからだ。

 

 実際、剣八はその生まれ持った驚異的な身体能力を駆使するだけで、大抵の事は出来た。

 霊子の足場が無くとも、単に跳躍するだけで高所に居る敵へ一気に接近。思い切り踏み込むだけで、瞬歩並みの速度で移動可能。

 正に非常識の塊。例え隊長格であっても、その光景を目の当りにしようものなら、確実に自身の正気を疑う事だろう。

 

 

「あの野郎、なに考えてやがる…?」

 

 

 追跡を続けながら、剣八は疑問を抱いた。

 ウルキオラの向かう先は間も無く虚夜宮の天蓋。だが彼は移動速度を全く緩める様子も見せない。

 外に出ようとしているのは確実。だがその理由が解らない。

 ―――別にあのまま戦っていても問題無いだろうに。

 そう考える剣八を余所に、やがてウルキオラは天蓋を突き破ると、支柱の頂上へと降り立った。

 

 

「…第4以上の十刃は―――」

 

 

 自身が作り出した穴より飛び出してきた剣八を見下ろしながら、ウルキオラは口を開く。

 

 

「“天蓋の下での解放”を禁じられている」

 

「あァ…?」

 

 

 ―――そういう事か。

 一瞬呆けた様な声を漏らした剣八だったが、即座にウルキオラの言葉の意味を察した。

 同時に剣八の顔に喜色が浮かぶ。

 此方は本気を出し、戦況を有利に持ち込んだ。ならば相手も本気を出さない筈も無いと。

 

 更なる高次元の戦いの予感に、剣八は期待で胸を膨らませる。

 その高揚する感情に比例するかの様に、彼の霊力がさらに上昇。

 全身から溢れる霊圧も、その密度と量を増していった。

 

 

「“(とざ)せ―――黒翼大魔(ムルシエラゴ)”」

 

 

 やがてウルキオラが解号を唱えた。

 次の瞬間、彼を起点として急激に立ち昇る漆黒の霊圧。

 他の破面と比較しても何処か異質さを感じるそれは、数秒が経過しても収まる事を知らず―――やがて雲の如く、周囲一帯の空を覆い隠した。

 

 

 




剣ちゃん「ヒャッハー!!」
虚無さん「こいつやべぇ…」





捏造設定及び超展開纏め
①大帝さんは思考回路も“ネ申”。
・このぐらいやっても違和感無いかなと。
・あと補足して置きますと、藍染様が完全観戦モードなので、大帝さんはそれを自由に動いて構わんのだと解釈してる感じです。
②この従属官の中に自己主張の激しい奴が居る!
・一体何ロッテ・何ホーンなんだ…。
③お笑い芸人状態な従属官四人と、猛者オーラ全開な下乳さん。
・前者は貴重なギャグ要員なんで。
・原作とは異なる下乳さんを相手に、果たしてシロちゃんは氷雪系最強出来るのか!? こう御期待!!
・俺も胸貸されてぇ、って思った人はいねが~?
④ガチモード孤狼さん、脅威の観察眼。
・手加減状態でも、少し見ただけで双魚理の性質を理解するぐらいだし、ガチモードなら人格見抜く程度は余裕かと。
・とりあえず孤狼さんtueee。
⑤剣ちゃんVS虚無さん。
・盛り上がって参りました。
・ここから更にオサレな展開にしたい。
・どうか最後まで荒れない事を願うばかりである(震え声



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