三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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時間はあっても、執筆する余裕が無い時ってありますよね。
誰か脳汁をくれぬか?





とんぱ様、おとり先生様
誤字報告、誠に有難う御座いました。

超能力好き様
ちょっと量が量なので、余裕が出来てから修正を行いますので、もう少々お待ちください(汗


空座決戦篇
第五十九話 孤狼と金鮫と、黒幕と山爺と…


 ピカロとの壮絶な鬼ごっこを切り抜けた後に浮かべていた筈の疲労感は何処へやら。スタークは表情と恰好を何時も通りの形へと戻し、通路を進んでいた。

 だが外見とは裏腹に、その全身から溢れ出ているオーラは何処か荒々しい。

 

 そのせいか、隣を歩くリリネットは極めて居心地が悪そうだ。腕を組んだり放したり、寝癖も無いのに指先で自身の髪を弄ったりと、全身を忙しなく動かし続けている。

 一応この状況からの脱却は考えているのだろう。しかし声を掛け辛いのか、時折スタークの事を横目でチラチラと覗き見たりと、様子を窺うだけに留めていた。

 

 現在、二人が目指しているのは玉座の間。尸魂界陣営との最終決戦に参加するメンバーの待機場所として指定されているからだ。

 

 

「…ん?」

 

 

 曲がり角を曲がった瞬間、スタークの視界にとある人物が映った。

 通路の中央を陣取る様にして立つハリベルだった。その後ろには従属官四名が静かに佇んでいる。

 五人の視線は一斉にスタークへと向けられる。心做しか、ハリベルのそれが一番強い。

 

 半ばその理由を理解しながら、スタークは無言のまま彼女達の横を通り過ぎんとする。

 出来れば話し掛けないでくれと、内心で願いながら。

 

 

「待て、スターク」

 

 

 だが案の定、それは叶わなかった。

 五人の横を通り過ぎた直後、ハリベルがスタークを呼び止めたのだ。

 やはりこうなったかと、スタークは小さく溜息を吐きながら振り返る。

 

 

「…何か用かよ、ハリベル」

 

「言わねば解らんか?」

 

 

 無論、補足されずともスタークはその言葉の意味を理解していた。

 ハリベルが問い質したいのは、ノイトラの霊圧が消失した事以外に無い。

 

 一護とグリムジョーの戦場を眺めていたハリベルは、ノイトラの頼みを聞き入れ、従属官達を連れて素直にその場から立ち去った。故にあの後の状況を知らないのだ。

 探査神経は発動させていた為、序盤までは大凡把握している。

 ノイトラが一護を叩きのめした後、行方不明だった筈のネリエルが現れ、暫し間を置いた後に交戦。結果はノイトラの圧勝。これはハリベルも半ば予想していた。

 そして一護の始末より織姫の回収を優先したらしいノイトラへと近付くスタークとウルキオラ。

 

 異常はその直後に起こった。ノイトラの霊圧に激しい揺れが発生したのだ。

 やがてそれはネリエルとの戦闘中に見せたそれを上回るレベルまで爆発的に上昇し―――まるで初めから其処に居なかった様にして一瞬で消失。

 その霊圧の動きは、持ち主が死亡する直前のものとは明らかに異なっていた。首を落とされる等といった即死状態であったとしても、これ程まで早く霊圧が消失する事なぞ有り得ない。

 

 

「つい先程、ノイトラの霊圧が消えた。まるで初めから其処に居なかったかの様にな」

 

「………」

 

「貴様…奴に何をした?」

 

 

 ―――言い逃れは許さない。

 問い掛けたハリベルの視線はそう訴えている

 スタークは悩んだ。

 馬鹿正直に機密事項だと言うのは流石に拙い。聡明なハリベルの事だ。恐らくは藍染が命令したのだと即座に察するだろう。

 

 確かにハリベルは藍染へ対する忠誠心は高い方だが、ビエホやゾマリ程ではない。

 寧ろ状況によっては迷わず藍染を裏切る可能性も秘めている。

 決戦が間近に迫ったこの時に、足並みを乱す様な切欠を与えるのは流石に拙い。

 そう考えたスタークは、一先ず返答を拒否する事にした。

 

 

「悪ぃが、言えねぇ」

 

「…ほう?」

 

 

 次の瞬間、ハリベルの瞳が鋭利に輝く。

 ―――失敗したか。

 慌てたスタークは、弁明とはいかずとも、一先ずこの状況を落ち着かせるべくして口を開いた。

 

 

「言い方が悪かった。取り敢えず無事なのは確実だ。怪我だって一つも無ぇ」

 

「…それで?」

 

「済まねぇが、この程度で勘弁してくれ」

 

 

 内心では戦々恐々しつつ、自身も不本意ではあったのだと、誠意を以て説明する。

 その思いが伝わったのか、それ以上の追及が返って来る事は無かった。

 

 実際、ハリベルも大凡は見当が付いていた。

 十刃の中で最も仲間思いのスタークが、仲間を手に掛ける可能性は万が一にも無いだろうと。しかも好敵手認定されているとは言え、非常に親しい間柄でもあるノイトラをだ。

 もしそうせざるを得ない状況であったのだとすれば、理由は一つ―――藍染からの命令。

 

 あくまでそれは推測。しかも内容的に見て容易に判断は出来無い。

 だがこの瞬間を以て、ハリベルの中では藍染への忠誠心を僅かに上回る不信感が生まれたのは確かだった。

 即ちスタークの努力は無駄に終わったという訳である。

 

 

「ああ、そういや一つだけ言いそびれてた」

 

「…何だ」

 

「この先の戦いだけどよ…」

 

 

 そうとは知らぬ当人は内心で安堵しながら、この場を早急に立ち去ろうとする。

 だが何かを思い出したらしく、即座にその足を止め、ハリベルへと振り返った。

 

 

「お前達―――バラガン達も含めてだが、個人的に危ねぇと感じたら、遠慮無く手を出させてもらうぜ」

 

 

 ハリベルは瞠目する。見れば従属官達も同様らしく、その口を半開きにして硬直していた。

 内容もそうだが、何よりその言葉に籠められた気迫は尋常では無かった。彼は本当にスタークなのかと疑う程に。

 

 

「…貴様らしくもない」

 

「安心しろ。自覚はしてる」

 

 

 思わずそう零すと、スタークは後頭部を掻き毟りながら苦笑した。

 

 

「約束、しちまったからな…」

 

 

 彼は不意にそう呟くと、止めていた足を再び動かし始めた。

 誰にだ―――とハリベルが問い返す暇も与えない。気付けばその距離は、普通に話し掛けただけでは届かぬ程まで離れていた。

 その後をリリネットが慌てて追い掛けて行く。

 

 残された面々は、暫しの間その場に立ち尽くす。

 だがやがてアパッチの舌打ちを皮切りに、ミラ・ローズ、スンスンと続けて口を開き始める。

 

 

「ちっ、あの野郎…」

 

「言うだけ言って逃げたって感じだな、ホント」

 

「どうなさりますか? ハリベル様」

 

 

 スンスンの問い掛けに、ハリベルは顔を僅かに下に向け、何か考える素振りを見せる。

 するとやがて後方へと振り返ると、スンスンでは無く、先程から終始黙り込んでいるテスラへと視線を移した。

 

 元主であり親友である存在が忽然と消えたにしては、余りに落ち着き過ぎている。慌てた様子なぞ欠片も無い。

 寧ろそれが如何したと言わんばかりに、背筋を正して後ろに手を組んだ何時も通りの姿で堂々と佇んで居る。

 

 恐らくこれはノイトラに対する信頼。ハリベルには即座に理解出来た。

 彼がこの程度で終わる訳が無い。必ず無事に戻って来るに決まっている。そう信じているのだろうと。

 

 

「…何か?」

 

「いや、気にするな―――っ」

 

 

 直後、五人の頭の中に突如として声が響き始める。

 それは藍染のものだった。

 内容からして、主に虚夜宮へ侵入した者達へ向けたものらしい。

 

 

「…長居し過ぎたか。急ぐぞ、お前達」

 

『はっ』

 

 

 其々漠然としたものを抱えながらも、ハリベル達は集合場所へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東仙が発動させた、縛道の七十七―――“天挺空羅(てんていくうら)”。霊圧を網状に張り巡らせ、複数人の対象の位置を捜索、捕捉して伝信するそれに自身の声を乗せ、藍染は自身の策略を事細かに説明する。

 織姫を攫った本当の目的は、一護やその仲間達、そして援軍として送られて来る隊長格数名を虚圏へ閉じ込め、尸魂界陣営の戦力を半減させる為。

 そうして間も無く始まる決戦に於いて、自らの陣営を極めて優位な状況へと持ち込む事にあったのだと。

 

 

「そう…もはや全てが容易い」

 

 

 黒腔の中をゆったりした速度で進みながら、藍染は言い切った。

 

 

「残る護廷十三隊を()し去った後、空座町を使って“王鍵”を創生。そして尸魂界を攻め落とす」

 

 

 其処で一旦言葉を区切ると、口元に笑みを浮かべる。

 それは自身の敗北の可能性なぞ微塵も考えていない、勝利を確信した者のみが見せる表情であった。

 

 

「君達は…そうだね、全てが済んだ後に相手をするとしよう」

 

 

 その対象は一護を始めとして、その仲間達四名と、護廷十三隊からの援軍数名。

 尸魂界にとっては主力と言える戦力が集結している筈なのだが、藍染はそれをさらりと後回しにした。

 彼等を始末する程度、大した手間では無いと言わんばかりに。

 

 

「それまで留守は任せたよ、ウルキオラ」

 

 

 最後にそう言うと、藍染は東仙に目配りをし、“天挺空羅”を解除させた。

 やがて三人は黒腔を抜け、空座町に到着する。

 藍染は徐に周囲の街並みを一通り見渡し―――その表情に落胆の色を浮かばせた。

 

 

「…随分と甘く見られたものだ。この程度で私が騙せるとでも?」

 

「―――思っておらんよ」

 

 

 その問いに対して答える者が居た。

 藍染の正面に勢揃いしている、虚夜宮に閉じ込められた者達も含めて数名を除いた、護廷十三隊の隊長格の面々。

 

 隊長の羽織の上に女物の着物を羽織り、女物の長い帯を袴の帯として使った派手な格好している飄々とした印象を受ける男―――八番隊隊長、京楽(きょうらく) 春水(しゅんすい)

 彼の隣に立つのは、真央霊術院に通っていた頃からの親友である―――十三番隊隊長、浮竹(うきたけ) 十四郎(じゅうしろう)

 

 一見子供かと見紛う程に小柄ながら、隠密機動総司令官に相応しい、極めて冷徹な表情と鋭利な目付きを持つ女―――二番隊隊長、砕蜂(ソイフォン)

 隊長とは真逆に、全身に無駄な部分が多く、如何考えても動ける身体をしていない大男―――二番隊副隊長、大前田(おおまえだ) 希千代(まれちよ)

 

 狼の頭を持ち、その見た目通り人の範疇を超えた体格を持つ巨漢―――七番隊隊長、狛村(こまむら) 左陣(さじん)

 短髪でグラサンを掛け厳つい顔付きで、見た目は極道に所属していそうな風貌だが、その実は仁義に厚く極めて上司思いな男―――七番隊副隊長、射場(いば) 鉄左衛門(てつざえもん)

 

 前回の敗戦を悔い、同様の結果を繰り返さぬ様に気合を入れているせいで、全身から霊圧と共に闘気を滾らせている少年―――十番隊隊長、日番谷(ひつがや) 冬獅郎(とうしろう)

 あからさまにやる気満々の彼に内心で苦笑しながら、自分自身も結構躍起になっていたりする美女―――十番隊副隊長、松本(まつもと) 乱菊(らんぎく)

 

 その中心で杖を支えに立つ、禿頭から額に掛けて刻まれた十文字の傷と、膝まで垂れる長い髭を持つ老爺―――護廷十三隊総隊長であり一番隊隊長、山本(やまもと) 元柳斎(げんりゅうさい) 重國(しげくに)

 藍染の言葉に答えたのは彼だった。

 

 

「只…お主の野望は此処で潰える。覚悟せい、藍染惣右介よ」

 

 

 そう、実を言うとこの空座町は全て偽物(レプリカ)

 重國の指示により喜助が作った“転界結柱(てんかいけっちゅう)”。見た目は四本の巨大な柱そのものだが、中身は極めて特殊な効果を持つ装置だ。

 使用方法としては、転送場所を東西南北に囲む様に設置。その後に柱を結ぶと、半径一零里の穿界門となり、囲んだ場所を転送して別の空間と入れ換える事が出来る。

 それを使用し、藍染が現世に現れるよりも早く、尸魂界に建てた偽物と、本物の空座町とその住人達も含めて丸々入れ換えていたのだ。

 

 だが流石と言うべきか、藍染はそれを一目で見抜いた。

 重國もそれは予想していた。

 しかし空座町を入れ換えた一番の目的は、藍染を欺く事では無い。

 決戦の余波による空座町の破壊を防ぎ、“王鍵”の創生を少しでも遅らせる為である。

 

 とは言え、死神達にもリスクが無い訳では無い。偽物の空座町を破壊すると、度合に応じた賠償金を支払う必要があるのだ。

 所詮は作り物だと高を括り、派手に立ち回ってしまえば、決戦後はその隊全体の懐事情が非常に寂しいものとなる事間違い無し。

 だが世界の命運を賭けた戦いだ。そんな些細な事を気にする者は、今この場には殆ど居なかった。

 

 

「…まあ良い。君達が如何に策を講じようと、私の道を阻む障害には成り得ないのだから」

 

 

 瞼を閉じると、藍染は自らの配下達の名を呼んだ。

 

 

「スターク、バラガン、ハリベル。来るんだ」

 

 

 背後で三つの黒腔が開く。

 それより現れる、藍染の配下たる十刃―――その中でも特に選りすぐり精鋭達。

 第1十刃、コヨーテ・スターク。第2十刃、バラガン・ルイゼンバーン。第3十刃、ティア・ハリベル。

 各従属官も含め、計十四名の破面がこの場に現れた。

 同時に周囲へ圧し掛かる霊圧量が爆発的に上昇。脆弱な魂魄は瞬く間に潰れて死に至る世界と化した。

 

 剣八を差し置いて最強と謳われる死神だけあり、重國はその佇まいを一切崩していない。

 総隊長に情けない姿を晒すまいとしているのか、後方に立つ死神達は鋭い目付きで藍染達を睨み付けているものの、何人かが息を呑んだり身体を震わせたりしていた。

 後者は霊圧にアテられたというのもあるが、最たるものは別。ノイトラの存在だ。

 前回の現世侵攻時に於いて、第5十刃という中堅に位置する階級でありながら、未解放のまま隊長格数名を退けるという驚異的な実力を見せ付けた彼。

 御蔭で護廷十三隊の十刃に対する認識は一変。脅威レベルを何段階も跳ね上げる結果となった。

 

 無論、この決戦に臨むまでに出来る限りの事はして来た。

 日常のそれを超える鍛錬に始まり、現状で持ち得る限りの敵の情報の分析。例え付け焼刃であろうとも、勝つ為の手段を限界まで模索し続けた。

 

 故に護廷十三隊には自信があった。この戦いは必ず勝てると。

 自らが天に立つという身勝手な野望を掲げる藍染に対し、自分達は尸魂界を守るという重大な使命を背負っている自負も、それを後押ししていた。

 

 

「……ふむ…」

 

 

 一見落ち着いている様に見える重國だったが、内心では珍しく驚愕を露にしていた。

 その視線はとある人物―――気怠げな表情を浮かべながら、此方を静かに見据えているスタークへと向けられていた。

 

 重國は戦いが始まるより前に、一番の脅威である藍染と副官二名の動きを封じた後、その間に配下である十刃達を先に片付ける予定であった。

 だが出来無かった。支えとしている杖―――封印状態である斬魄刀を解放せんとした刹那、藍染の後方より放たれた殺気を感じたのだ。

 その張本人こそがスターク。殺気自体は既に治まってはいるものの、彼はそれ以降も絶えず視線を重國へ向け続けている。

 

 重國は悟る。自身が少しでも動きを見せれば、スタークは瞬く間に此方との間合いを詰めて来るであろうと。

 ―――敵ながら天晴。

 誰よりも早く此方の動きを先読みしただけで無く、視線のみで阻止してみせたその手腕。重國は称賛の意を示すと同時に、スタークの本質を読み取った。

 表面上は欠片の覇気も感じず、怠惰さが前面に出ている様にしか見えないが、秘められた実力は一級ならぬ特級。

 

 まるで元教え子であり、今は隊長となった京楽と浮竹と同類にしか思えない。両者共に日常と戦場との立ち振舞いの落差が激しいが故に。

 真央霊術院時代では、前者は女に弱く軽薄な振舞いが目立ち、後者は病弱で余り外へ出歩けず。

 だがそんな普段の様子とは異なり、中身は正に別物。京楽は誰よりも思慮深く冷静で、真実を見通す力に長けていた。浮竹は自身の体質を憂う様子を一切見せず、明るく温和で義理堅い性格から、周囲広くから慕われていた。

 そして日常風景から一変―――戦場では同僚どころか先達にすら並ぶ者が居ない程、極めて高い実力を発揮する。

 

 

「実に良き強者(もののふ)よ…」

 

 

 恐らくあの破面こそが十刃の頂点。他の者も相当な実力を持っているのだろうが、やはり頭一つ抜けている。

 重國は決めた。スタークには実力の確かな隊長を向かわせ、自身が動くのは最悪の状況に陥った時のみだと。

 

 本来であれば一番隊副隊長であり、他の隊長と同等以上の実力を持つ自身の右腕に任せるところだが、生憎と今の彼には別の任務を与えている為に不在。故に選択肢から外さざるを得なかった。

 副隊長として不自然の無い様、常日頃から自身の力に制限を与えている彼だが、今回は任意でそれを解ける様に手配している。間違っても敗北して死ぬ様な事は無いだろうと、重國は信頼していた。

 

 ―――致し方無い。

 出来る事なら自ら相手しても良かったのだが、迂闊に藍染から目を離す訳にはいかない。

 そう判断した重國は、杖の先で霊子の足場を小さく叩いて音を鳴らすと、自身の近くに立つ京楽と浮竹に目配りする。

 それだけで大凡の意図を二人は理解したらしく、小さく頷きを返し、その意識をスタークへと向けた。

 

 

「…うむ」

 

 

 如何に藍染とて、自身が眼前に佇んで居ればそう易々と動けはしない筈。

 ならば自身は睨みを利かせてその動きを封じ、その間に十刃達を撃破させる。現状ではこれが最良の作戦だろう。

 だが重國のそんな思惑は、別の形で成立する事となる。

 

 

「安心したまえ死神諸君。私が動くのはあくまで最後だ」

 

 

 気付けば藍染は、何処から取り出したのか不明な、洋風な意匠の御洒落な椅子に腰掛けていた。

 重國はその言葉に対し、僅かに眉を顰めた。

 つまり藍染はこう言っているのだ。自身が動くのは、配下達が全て倒された後だと。

 

 

「まあ…その必要は無さそうだがね」

 

 

 藍染は最後に挑発染みた事を呟くと、ふっと鼻で笑った。

 直後、それを耳にしたらしい護廷十三隊の面々、中でも血気盛んな者達が殺気立つ。

 

 

「落ち着かんか小童共」

 

 

 だが当然と言うべきか、総隊長たる重國はこの程度で一々反応を示す様な器では無い。

 佇まいを崩さぬまま、今にも敵へ向かって行きそうな部下達を軽く一喝すると、藍染へ向けて口を開いた。

 

 

「…如何やら暫く見ぬ内に目を曇らせた様じゃな」

 

「私は事実を述べたまでだ、山本元柳斎重國」

 

 

 暫し間を置いた後、重國は叫んだ。

 

 

「…かかれ!!!」

 

 

 辺り一帯の空気を震わせる程の雷声。

 そしてそれに含まれる気迫は、藍染の後方の上位十刃達も一瞬気圧される程であった。

 

 

「全霊を賭してここで叩き潰せ! 肉裂かれようと骨の一片まで鉄壁とせよ!!」

 

 

 重國の言葉に、隊長格の面々は表情を引き締めると、斬魄刀の柄に手を添えた。

 

 

「奴等に尸魂界の土を一歩たりとも踏ませてはならぬ!!」

 

 

 彼等の考えている事は只一つ。

 ―――例え刺し違えてでも、藍染達は此処で必ず倒す。

 中には尸魂界にて己の帰りを待っている妹の事ばかりを考えている者も居たが、まあそれは御愛嬌という事で。

 

 重國が睨みを利かせている上、当人が完全に観戦の態勢に入っている為、藍染は早々動く事は無い。それは副官二名も同様だろう。

 ならばその間に、自分達は一人も欠ける事無く、配下たる十刃達を確実に殲滅。最後に全員で残る三人を相手取る。

 重國と同じ考えに至った死神達は、一斉に前方へと駆け出した。

 

 死神達の動きに合わせ、十刃達も迎撃へと移るべく散開。

 主君たる藍染の為。己が野望の為。友との約束を守る為。様々な思惑が錯綜しつつ、彼等は敵と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五の塔に到着するや否や、ウルキオラは抱えていた織姫を無造作にその場へと降ろす。

 明らかに扱いが雑だ。現世より虚夜宮に攫って来た際の面影は殆ど無い。

 だが織姫はそれに抗議する事はせず、静かに立ち上がると、此方へ背中を向けたまま僅かに俯いているウルキオラへと声を掛けた。

 

 

「…怒ってるんだね」

 

「……何だと…?」

 

 

 その発言内容が聞き捨てならなかったのか、ウルキオラは直ぐに反応を示した。

 相変わらず無機質で得体の知れぬ恐怖を感じる瞳が向けられるも、織姫は怯む事無く言葉を繋いだ。

 

 

「本当はやりたくなかったんだよね。ノイトラ君を幽閉するなんて」

 

「………」

 

 

 そんな訳があるかと、ウルキオラは否定しようとするも―――出来無かった。

 違うという一言を、何故口に出せない。自身が怒りを覚えているとは、やりたくなかったとは如何いう事だ。次から次へと疑問が浮かんで来る。

 

 ノイトラは裏切りを企てていたのだから、あの結末は当然。故に自身とスタークの行動は何ら間違ってはいない。

 それを何故―――この女は簡単に否定出来るのか。

 しかも此方の事を全て知っているとでも言わんばかりの態度で。

 色々と考えは浮かぶものの、結局ウルキオラは何も言い返せぬまま、織姫の発言を許してしまう。

 

 

「でもやらなきゃならなかった。命令だったから」

 

 

 ―――それ以上口を開くな。

 理由は不明だが、ウルキオラはそう願っている自分自身に気付いた。

 所詮は人間の小娘の戯言。本来であれば真面に聞く価値すら無い。

 

 にも拘らず―――何故聞き流す事が出来無いのか。何故織姫の言葉を聞く度に、胸の孔の辺りがざわつく様な不快な感覚を覚えるのか。

 

 

「そして貴方は後悔してる」

 

「……れ…」

 

「同時に…そんな命令に従うしか出来無い自分に苛立ってる」

 

「黙れ…っ」

 

 

 それはウルキオラ自身も信じられない程、今迄に出した事の無い強い声だった。

 驚愕と戸惑いで一瞬硬直するも、即座にウルキオラは何時も通りの口調で話し始める。

 

 

「随分と知った風な口を利くな…女」

 

 

 視線を合わせたまま、ゆったりとした足取りで織姫へと近付いて行く。

 

 

「この俺が己に怒りを覚えているだと? 何故そう断言出来る」

 

 

 互いの距離が一メートルを切った時、足が止まる。

 接近の間、織姫はその場から一歩も動かずにウルキオラを見詰め返していた。その瞳には欠片の恐怖すら浮かんでいない。

 ウルキオラはそんな気丈な彼女を見下ろしながら、静かに問い掛けた。

 

 

「まさかとは思うが―――この俺に心があるからだとでも言う気か?」

 

「そうだよ」

 

「………」

 

 

 まさかの即答に、ウルキオラは思わず押し黙った。

 半ば予想していたにも拘らずだ。

 

 ―――ノイトラにも言える事だが、この女には何が視えているというのか。

 自身の表情は一切変わっていない。ならばそれから読み取る事は困難。

 それ以外で変化がある可能性があるとすれば、自身が意識せぬ内に行動の中へ表れていたと見るべきだろう。

 

 だがやはり無意識だけあって、自分自身では一体どのタイミングでそれが出たのか判断出来無い。

 全てはそれ等の変化を全て読み取った上で、此方に心があると断言した織姫のみぞ知る。

 

 ウルキオラは悟る。このまま考え続けていても答えは出ないだろうと。

 ならば残された手段は一つしか無い。

 

 

「ならば教えろ。心とは何だ」

 

 

 ウルキオラは更に半歩前に踏み出すと、織姫に対してストレートに問い掛けた。

 余りに彼らしからぬ行動。本人も自覚してはいた。

 だがそれでも、一刻も早く知りたかった。ノイトラを幽閉した直後から、この身の内で荒れ狂っているものの正体を。

 

 人は大抵、自分自身の理解が及ばぬものは異物として認識する。

 ならばそんなものが身近に、または己の中にあったと知れば如何なるか。

 恐怖を抱かずにはいられない筈だ。そして瞬く間に排除に動く事だろう。

 

 ウルキオラの場合、これに当て嵌まるか如何かと言われれば微妙なところである。

 彼は情緒の部分に関してのみ、赤子に等しい。つまるところ、恐怖という感情すら理解していないのだ。

 只一つ言えるのは、自身の中にあるものを異物として認識しつつ、不安に思っているという事だ。

 故に焦燥に駆られ、それの解消の為に理解を優先した。

 

 

「俺の眼は全てを映す。捉えられぬものなぞ存在しない。だが心とやらは一度たりとも見た試しが無い」

 

 

 視認不可能な魂魄の一部なのか。通常の視界では捉え切れぬ程微細な臓器の一部なのか。

 様々な疑問を抱きつつ、ウルキオラは織姫の胸の中心部へ、右手の人差し指を突き付けた。

 そのまま刺突を繰り出すか、虚閃か虚弾を放つ等すれば、瞬く間に織姫の命は消し飛ぶだろう。

 だがやはり彼女は相変わらず怯えた様子も見せず、真っ直ぐにウルキオラを見据えている。

 

 

「貴様の胸の中を引き裂けば、頭蓋を砕けば、その奥に見えるのか?」

 

 

 そうは問いつつ、ウルキオラは確信していた。

 以前ノイトラが言っていた事を信じるのであれば、恐らく違うだろうと。

 

 心というものは物質では無い。ならば肉体的な部分では如何あっても認識する事は叶わない。

 つまりは精神論の様なもの。例えるなら宗教で言う神の存在といった、オカルトに類いする可能性が高いのではないかと、ウルキオラは踏んでいた。

 だが何れにせよ、全ては織姫の返答を聞いた後。判断を下すのはそれからでも良い。

 今は大人しく待つべきだろう。ウルキオラは織姫の反応を一瞬たりとも見逃すまいと、神経を研ぎ澄ました。

 

 

「―――心って、いうのはね…」

 

 

 やがて織姫は両目を閉じると、静かに語り始める。

 その表情は実に柔らかで、何か大切なものの事を思い浮かべている様に見えた。

 

 

「目に見えないけど、皆が持ってる」

 

 

 その言葉を聞いた直後、ウルキオラの脳裏に何時ぞやのノイトラから語られた言葉が過ぎる。

 心とは見て触れるものでは無く、感じるものなのだと。

 

 

「そして―――とても温かいもの」

 

 

 織姫は自身の胸部の中心に突き付けられているウルキオラの右手を、自身の両手で優しく包み込んだ。

 ウルキオラはそれを強がりの一種かと勘繰ったが、震えや手汗といった一切を全く感じなかった為、即座に否定した。

 

 

「貴方のこの掌の中にだって、それはあるんだよ。私には分かる」

 

「………」

 

 

 普通なら迷わず振り払っていた。

 だが如何いった理由か、今のウルキオラにはそうするという選択肢が浮かばなかった。

 

 

「…あったところで何が変わる。逆に邪魔にしかならんだろう」

 

 

 それは単純な疑問。

 事ある毎に様々な感情を抱き、思い悩んだりしている様では、必ず弊害が出て来る筈だ。

 外側よりも内側に意識が集中すれば、隙が生じる可能性が上がる。感情が激しく乱れれば思考回路も鈍るし、動きも単調になる。

 

 無論、個人差だってあるだろう。人によっては強靭な精神力で抑え込む等して、特に何も問題は無いというパターンも考えられなくは無い。

 だがそれも完璧とは言い難い。何事にも万が一というものがある。

 ならばいっその事、初めから心が無い方が良いのではないだろうか。ウルキオラは合理的にそう考えていた。

 

 

「ならないよ」

 

 

 だが織姫は否定した。

 そしてその後に語られるのは、彼女自身を取り巻いている状況から、一護を始めとした仲間達の事。

 自身が攫われ、それを助ける為に追って来た一護達。

 嬉しいと思う反面、それ以上の悲しみを抱いた。

 皆を護る為に、自身は大人しく虚夜宮へと連れられて行った。なのに何故、危険を冒してまでこんな場所に来てしまったのかと。

 

 だが其処で気付いた。皆もそれと同じ思いを抱いていた事に。

 もしあの中の誰かが消えたり、攫われたりすれば、きっと自身も同じ行動を取る。

 傍から見れば極めて危険で愚かしい行動なのは重々承知だ。しかし何もせずに仲間の帰りを只々待っているというのは、戦場で酷い怪我を負う事よりずっと辛い。

 

 

「心があって、皆それが繋がっているからこそ頑張れる。私も希望を失わずに、ここに立っていられる」

 

 

 所詮は精神論。そう斬り捨てるのは容易い。

 だが侮れない。皆の心を一つにする事は、時に驚異的な力を発揮したり、他者が予想も出来無かった奇跡を起こす大きな切っ掛けとなる。

 

 皆が一丸となって道を突き進む―――所謂チームワークも似た様なものだ。

 如何に個々の力が優れていても、連携も無く勝手に動き回れば互いの足を引っ張り、無駄が増えて十分にその力を発揮出来無くなる。

 逆に力が及ばず、弱点も多い場合は如何なるか。

 確かにそのままでは勝てないだろう。しかし皆が互いに信頼し合い、協調して足りない部分を補えば、平均以上の力を発揮する。その証拠に、“番狂わせ(ジャイアント・キリング)”というのはこの条件が成立した場合に起こり易い。

 

 

「貴方もそうやって悩みながら、少しづつ変わってきてる。それは絶対良い事で、間違ってないと思うの」

 

「………」

 

 

 無言で織姫の言葉を聞きながら、ウルキオラは思案する。

 もしもの話だが、自身とノイトラとの立場が逆だったなら如何なっていただろうかと。階級では無く、藍染より命令が出された側を入れ替えてという意味でだ。

 恐らくは丸きり同じ結果になる事は無いだろう。それはあのノイトラの性格を考慮すれば自ずと答えに辿り着く。

 

 確かに藍染への忠誠心は高いが、同等かそれ以上に仲間を大事にしている彼だ。スタークに事の詳細を聞き、協力を要請されたとしても、簡単には首を縦に振らない筈。

 藍染の意思に背く真似はしないとは思うが、何とかしてそれを回避する為に動くだろう。それか命令を中断する様に直談判する可能性も有り得る。

 

 未だノイトラへの疑いは消えていない。 

 だがそれでも、彼が自身の為に必死になって動き回る様が、何故か容易く想像出来た。

 ウルキオラにはそれが―――存外悪く無いと感じられた。

 表面上は不要だと、無駄だと考えながらも。

 

 

「…俺、は―――っ」

 

 

 刹那、二人よりそう遠く無い位置の床を破壊しながら、何かが飛び出して来た。

 その正体はネルを左腕に抱えた一護だった。

 

 

「…う、そ……なんで黒崎君が…?」

 

 

 織姫は困惑していた。

 実を言うと、二人が第五の塔に到着する寸前に、一護は治療を終えていた。

 だが織姫は“双天帰盾”を解いていない。何故なら依然として予断を許さぬ状況だからだ。

 要素の一つであるスタークは離れたとは言え、ウルキオラは自身の傍に居る。

 術を解けば間違い無く一護は此方へ向かうだろう。それでは彼を護る為に閉じ込めていた意味が無い。

 

 つい先程、頭の中に響いた藍染の言葉を信じるのであれば、自身の存在は既に不要となっている。

 ならばウルキオラは何時までも此方を監視している意味は無いだろうし、もしかするとその内離れていくかもしれない。術を解くならそのタイミングがベストかと、織姫は踏んでいた。

 下手するとそれより前に、自身が処分される可能性も無きにしも非ずだが。

 

 

『ごめん、織姫さん』

 

『ごめん…なさい…』

 

「…舜桜? あやめ?」

 

 

 混乱する織姫の傍に、術を展開していた舜桜とあやめが戻って来る。

 そしてその口から語られるのは、一護が此処に来た理由。

 簡単に言うと、治療を終えた彼が自分達へ必死に頼み込んだらしい。何とか術を解いて、織姫の元へと行かせてほしいと。

 

 本来であれば担い手である織姫本人が許可せねば、基本的に術は解けない筈である。

 だが抜け道が一つだけ方法あった。外部から許容量を超えるダメージを与えて強制的に壊す事だ。

 

 とは言え、“双天帰盾”の強度は一護も身を以て理解している。これを打ち破るのは容易では無いだろうとも。

 理想は術を行使する織姫自身の意志が弱まった瞬間を見計らい、月牙を纏った斬撃を叩き込む事だろうと、一護達は静かにその時を待っていた。

 まあ結局のところ―――横で話を聞いていたらしい剣八が、まどろっこしいとぼやきながら突如として蹴りを放ち、術を叩き割るという形に終わったのだが。

 

 自由の身になった一護は即座に移動を開始した。

 当然、途中で敵の新手による妨害は入った。“葬討部隊(エクセキアス)”隊長と名乗った、牛の髑髏の様な仮面を被ったルドボーンという破面と、百を優に超える数の大量の配下達である。

 何故か妙に苛立っていた様子だったが、考えていても仕方が無いとして、一護は逸る気持ちを抑えながらも戦闘態勢に入った。

 

 だがそれは突如として現れた、ルキアを始めとする仲間達が助太刀に入ってくれた事で全て解決した。

 皆がルドボーン達を引き付けてくれた御蔭で、一護はこうして織姫の元に辿り着けたという訳である。

 

 

「ッ、井上から離れろ!!」

 

 

 一護はウルキオラを睨み付けながら言った。

 その表情にはやや焦燥が浮かんでいる。

 

 今のウルキオラと織姫の状態を見れば自ずと理解出来る。

 傍から見れば手を下そうとしている前者と、その手を掴んで抵抗する後者の光景である。

 一護がこの反応を示すのも致し方無いだろう。

 

 

「…元よりその心算だ。俺が藍染様に任されたのは虚夜宮の警護。女を殺せとまでは言われていない」

 

 

 ウルキオラは織姫へと突き付けていた右手を戻すと、一護へと向き合った。

 

 

「黒崎一護」

 

「っ…何だ」

 

 

 見ればウルキオラは右手を斬魄刀の柄へと添えていた。

 

 

「構えろ。今此処で貴様との決着を付ける」

 

 

 虚夜宮の警備を任された身としては当然の行動。

 だがウルキオラの真意は別にあった。

 自身がこうして悩んでいる事も、全ては一護と邂逅した時から始まっている。

 ならば全ての元凶である彼との戦いを通じて、己の中にある心かもしれないそれを見極めてやると。

 

 

「…言われるまでもねえ!!」

 

 

 ウルキオラより放たれる謎の威圧感に驚愕しつつも、一護は天鎖斬月を構えた。

 ―――今こいつを倒せば、織姫を助けられる。

 ノイトラを封じたもう一人の下手人は此処に居ない。恐らく藍染に追従し、護廷十三隊との決戦の地に赴く予定なのだろう。

 

 ならばこれはチャンスだと、一護は奮起する。

 織姫を救出した後、何とかして虚圏を抜け出し、仲間達の援軍に向かう。

 そして藍染達を倒して大団円だ。

 

 

「ネル。井上と一緒に離れてろ」

 

「…りょ、了解っス!!」

 

 

 指示を受けたネルは、一護に負けるなと視線で応援しつつ、織姫の元へと駆け寄って行く。

 部屋の壁へと二人が移動するのを確認すると、遂にウルキオラは刀を抜いた。

 

 ―――こいつは間違い無く強い。

 切っ先を向けられた一護は、その隙の無さに思わず息を吞んだ。

 ノイトラも相当だったが、ウルキオラも引けを取らない。身長は別として、同じ細身の体型ながら、基本的に武骨で荒々しい印象を受ける前者に対し、後者は歪み無く綺麗に研ぎ澄まされた刃を思わせる。

 

 以上の点より、一護はウルキオラの戦闘スタイルを想像する。

 結論として浮かんだのはこれ。火力はそれ程では無いが、死角や急所を突く等して、不足している部分を補って余りあるダメージを相手に与える事が可能な―――技量へ特化したタイプ。

 

 どちらかと言えば苦手な部類ではある。これに搦め手や特殊能力が付属すれば尚更だ。

 一護は内心で舌打ちした。

 自身は頭の回転が良い方ではない。恐らく前半は高確率で後手に回るだろう。

 

 だがそれさえ乗り切れれば、希望は見えて来る。

 根拠は始解と卍解、其々の習得の為に行った修行の中で一護が経験したもの。幾度と無く刃を交える度に精神が研ぎ澄まされ、動きも洗練されていった、あの不思議な感覚。

 全ては直感に過ぎない。だが一護は確信していた。

 今の自分なら、再びあの領域に至れると。

 

 

「さあ、行く―――ぜぇッ!!?」

 

 

 腹を決めた一護は、いざ攻め込まんと足に力を入れ―――気付けば宙を舞っていた。

 何者かが突如として彼の襟を後ろから掴み、そのまま後方へと放り投げたのだ。

 

 

「てめっ…なにしやがる剣八!!?」

 

「うるせえ!!」

 

 

 下手人は遅れてこの場に現れた剣八だった。此処へ来る前に付け直したのか、右目には再び眼帯が装着されている。

 体勢を立て直し、何とか着地した一護は即座に抗議するが、当人は知った事かと撥ね退ける。

 

 

「俺はここに来てから一回も戦ってねえんだ! 今は譲れ!!」

 

「はあっ!!?」

 

 

 その余りに身勝手な動機に、一護は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 相手は十刃。それもノイトラと同格かそれ以上のウルキオラだ。

 言っては悪い気もするが、始解状態の自身に敗れた剣八程度の実力では、如何考えても勝ち目は無い。

 

 

「そんな事言ってる場合じゃ―――ッ!!?」

 

 

 一護は何とか説得を試みんとする。

 だが次の瞬間、眼前にて剣八が浅翠色の光線へと飲み込まれた。

 先程同じ光景を見たばかりだ。忘れる筈が無い。ウルキオラの虚閃である。

 

 

「…これで邪魔者は消えた。さあ、始めるぞ黒崎一護」

 

 

 虚閃を放つ為に使用した左手を降ろすと、ウルキオラは再び意識を一護へと戻した。

 だが直後に瞠目する。

 衝撃によって巻き上がった煙。それが晴れるや否や、視界の端に余りに想定外なものが映ったからだ。

 

 

「―――いきなり随分なご挨拶じゃねえか、破面」

 

「…莫迦な」

 

 

 煙の中より姿を現したのは、凶悪極まりない笑みを浮かべた剣八だった。

 無防備な状態で虚閃の直撃を受けたにも拘らず、全くの無傷。

 その有り得ない姿を目の当たりにしたウルキオラは、思わずそう零していた。

 

 一応彼も剣八についての情報は持っていた。

 護廷十三隊でも最強と呼ばれる十一番隊。その隊長であり、最強の死神を証明する“剣八”の名を、前隊長を殺す事で引き継いだ男。

 だがその中身は御世辞にも優れているとは言い難い。

 卍解どころか始解すら習得しておらず、鬼道も使えぬ三流死神。戦績もそれ程良い訳でも無く、過去に始解状態の一護に相討ちに終わっているらしい。

 ならば間違っても先程の虚閃に耐えられる筈が無い。

 

 だが現実は如何だ。無傷に加えて、その全身から溢れ出している霊圧は、不意討ちを食らう直前とは比較にならない程増幅している。

 ―――まさか実力を隠していたとでもいうのか。

 ウルキオラは困惑を隠し切れなかった。

 

 だが途中で考えるのを止める。

 眼前の男の実力が如何であれ、流石に自身の帰刃形態―――そして“切り札”には及ばない。

 長引く様であれば早急に解放して片付け、一護の相手をすれば良いと。

 

 

「ならこっちも挨拶を返さなきゃなんねえよなァ…」

 

 

 不意討ちに憤った様子も無く、逆に舌なめずりしながら、剣八は名乗りを上げた。

 

 

「十一番隊隊長、更木剣八だ」

 

「…第4十刃(クワトロ・エスパーダ)、ウルキオラ・シファーだ」

 

「ッ、4番目……だって…!?」

 

 

 ウルキオラの名乗りに、一護は思わず絶句した。

 数字だけで判断すれば、ウルキオラはあのノイトラを上回っている事になる。

 ドルドーニの忠告の件もあって、完全には判断出来無い。だが少なくともグリムジョーより強いのは確実だろう。

 

 

「待て剣ぱ―――」

 

 

 ―――幾ら何でも相手が悪過ぎる。

 一護は咄嗟に制止の声を上げんとするが、もはや全てが手遅れだった。

 

 

「そんじゃあ早速…存分に()り合うとしようぜえええぇぇぇッ!!!」

 

 

 剣八は刃毀れだらけの長刀を鞘から抜くと同時に、その笑みを深めながらウルキオラへと突貫して行った。




ここから長くなります。色んな意味で。
まあBLEACH二次小説で伏線張れば自ずとこうなるよね(悟り顔





捏造設定及び超展開纏め
①下乳さん、ちょい怒。
・親しい仲間が消息不明になれば、こんな反応ぐらいはするかと。
・ネルに関しては気付いてますが、律儀に主人公との約束守ってるので、気にしない様にしてる感じ。
・そしてさり気に藍染様へ不信感が上昇。
②孤狼さん、山じいの動きを止めたばかりか、思わず唸らせる。
・寧ろこうならん方がおかしい(真顔
・それだけの実力はある筈。
③相変わらず肝心な部分で楽観的な死神達。
・何でこれで勝てると思った!?という事をするのが死神クオリティです。
・店長「死なない為に死ぬほど準備することなんて、みんなやってる事でしょう?」
・死神達「…い…一応期限ギリギリまで努力はしてたし…(目逸らし」
・店長とマユえもんは、さり気に自分の眼球取り出して細工するとかして、鏡花水月の対策してそうな雰囲気。
④藍染様、優雅に観戦。
・紅茶も用意させようかと悩んだ挙句、止めました。慢心も過ぎればオサレ値下がりますからね。
・大帝さん「……儂も座りたい…」
⑤ヒロインパワー全開お姫ちん。揺れ動く虚無さん。
・オサレな会話にしたかったんですが、私には無理でした(泣
・それと虚無さんもヒロインで良いんじゃないかな(ハナホジ
⑤剣ちゃんVS虚無さんのドリームマッチ。
・不完全燃焼な剣ちゃんが居れば、まずこうなるかなと。
・…強さ議論とかで荒れないと良いなぁ(震え声
⑥主人公の存在が…消えた…?
・主人公が居なくても、物語は進む。つまりはそういう事です。
・地の文には名前出てるんだし、それで十分(薄情

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