三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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評価、お気に入り登録、感想を下さった方々、有難う御座います。
改めて感謝です。私のモチベもかなり上がりました。


…と言った矢先に申し訳無いのですが、今回の話は何処と無く微妙な感じになってしまいました。済みません。

さて、東野圭吾さんの作品でも読み返して文章力を鍛えるか…。


第六話 三日月と忠犬と金鮫

 流石は第3十刃と言うべきか。彼女の手で押さえられたその脚は万力に固定された様にビクともしない。

 初めは怒りの感情に流されたままハリベルを睨みつけていたノイトラも次第に落ち着きを取り戻し、霊圧を抑えると同時にゆっくりと脚を元に戻した。

 

 重圧から解放されたグリムジョーは思わず膝を着く。

 顔からは滝の様に汗を流し、息も絶え絶えな状態。にも拘らず、今も尚戦意を失わずにノイトラを睨み付けている。

 そんな彼に、先程まで状況の変化に付いて行けずに硬直していたシャウロンが駆け寄って行く。

 

 

「…悪ぃ」

 

「それはグリムジョーに言うべきではないのか?」

 

 

 無関係にも拘らず、暴走した自分を止めてくれた事に対する感謝の意図も含め、謝罪する。

 だがそれに対する返答に思わず反論したくなったが、顔を顰める程度に止めた。

 

 

「まあ、この状況を見れば大凡見当は付く。無理にしろとは言わん」

 

「…じゃあそうさせて貰うさ」

 

 

 ハリベルは背負われているチルッチに一瞬だけ視線を向けると、そう言った。

 その理解ある言葉に内心で感謝しながら、ノイトラは踵を返す。

 その方向にはハリベルの従属官である三人の女性の破面達と言い争いをするテスラの姿が有った。

 

 

「っ…てめえ!!」

 

「止せグリムジョー!」

 

「放せシャウロン!」

 

 

 弛緩した体に鞭を打ち、再び立ち上がったグリムジョーはそんなノイトラの背中に吼えた。

 だが現時点での状況の悪さを察してか、シャウロンは決死の覚悟で彼の身体を羽交い絞めにして抑え込む。

 

 

「今この場で暴れればあの女も動く! 抑えろ我が王よ!」

 

「……くそが…!」

 

 

 グリムジョーは相手が誰であろうと好戦的な姿勢は崩さないが、相手と自分の実力差を測る程度は出来る。

 ハリベルが第3十刃へ就いた時、その佇まいと全身から溢れ出す霊圧から彼女の実力は判っていた。故に彼女が相手となっては明らかに分が悪いと、その表情に悔しさを滲み出しながらも敵意を仕舞い込んだ。

 ノイトラに噛み付いたのは、彼が普段から徹底して実力を隠していた為にそれが叶わなかったからだ。

 だが今は別だ。不意討ちにも等しい状況ではあったが、身を以て実感した。

 まるで中級大虚時代に藍染と邂逅したあの時を彷彿とさせる。自分では絶対コイツに勝てない、そう本能で悟ったあの瞬間と同じ感覚を。

 

 例え正面から戦り合って同じ結果になるのは目に見えていた。

 その実力差が埋まらない限り、グリムジョーにはノイトラと正面切って衝突する気は皆無だった。

 ―――時折睨み付ける程度は続けるかもしれないが。

 

 

 ノイトラは先程からチルッチ越しに背中へ剣を突き立てられているかの様な錯覚を覚えながらも、徹底して無視を決め込んだ。

 これ以上関わると本当に面倒な事になる。ああいった輩は大抵無視するより構った方が余計騒ぎ立てるものと相場は決まっているのだから。

 

 背中の煩わしい感覚をそのままに、未だにギャーギャーと騒ぎ立てている四人の従属官達へと近付くと、その内の一人であるテスラに声を掛けた。

 

 

「行くぞ、テスラ」

 

「―――だから私は…ってノイトラ!! 大事無いか!?」

 

 

 相当焦っていたのか、テスラは言い争っていた三人から一気に距離を取り、ノイトラの前へと響転で移動した。

 畏まった口調も忘れ、全身を隈なく覗き込んで確認する姿は、まるで迷子の我が子を見付けた直後の親の反応である。

 ちなみにこれがもし視認では無く、触診による確認をしようものなら即座に殴り飛ばしていたところだ。

 テスラは自覚しないところで命拾いしていた。

 

 

「馬鹿野郎、俺がそんな軟な鍛え方してる訳無い事位知ってんだろ? ほら行くぞ」

 

「フゴッ!? ま、待てノイトラ!」

 

 

 ノイトラはテスラの頭を小突くと、治療室へ向けて歩き始める。

 その遣り取りに呆気に取られたのか、ハリベルの従属官達は唖然とした表情で二人の背中を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラがグリムジョーと相対する十数分前、テスラは鍛錬を終えて拠点へ戻ったところだった。

 あの日を境に性格が変わり、自分を極限まで追い込む様な鍛錬を始めたノイトラ。その姿に釣られ、テスラは自分からも鍛錬を始めた。

 

 というか、ある理由から鍛えねばマズイのだ。下手すれば死ねる。

 ノイトラは自分の鍛錬を初めて半年程経過した頃から、稀にテスラに手合せを要求する様になった。

 結果は当然瞬殺。時折受け身に徹し、テスラが疲れ切るまで攻撃を受け続けた後に勝負を決める時もあるが、恐らくは鋼皮の耐久性の確認なのだろう。

 過酷な鍛錬の御蔭か、以前とは違って凄まじい勢いで力を付けているノイトラを相手取るには自分の実力は余りに掛け離れている。テスラは手合せを終える度に実感した。

 ―――彼の従属官、そして友として、このままでいて良い訳が無い。

 そう考えたテスラは手始めに、ノイトラの鍛錬に参加する事にした。

 だが即座に断念せざるを得なかった。

 何せその鍛錬内容はノイトラのスペックを基準として考えられたものだ。

 力も、速度も、体力も、耐久性も、全てに劣るテスラはその鍛錬について行けず、案の定途中で力尽きた。

 

 それを見かねたのか、後にノイトラは彼に合った鍛錬内容を態々考え、伝えてきたのだ。

 テスラはその時の言葉が今も脳裏に焼き付いている。

 ―――トレーニングとか鍛錬の基本はセットを重ねる事だ。

 そうぶっきらぼうに言い捨て、自分の鍛錬に戻るノイトラ。

 その背中を呆然と眺めながら、テスラは理解した。その言葉に含まれた気遣いと優しさを。

 今迄そういった感情を向けられた事など皆無だったテスラは感動に打ちひしがれた。

 

 其処で疑問だ。今迄も酷い扱いを受けていた筈なのに、何故彼は頑なにノイトラに付き従い、忠誠を誓っているのか。

 実は思いの外単純。只単にノイトラの事を放って置けなかったのだ。

 他者との馴れ合いを拒絶し、常に孤独で居ながら、愚直なまでにその歪んだ生き方を選択し続けるその在り方。

 ―――俺が十刃最強だ。

 今ではもう一言も言わなくなったが、かつて口癖に近かったそれは、テスラにはまるで弱い自分に必死に言い聞かせて鼓舞している様に見え、長身の筈の彼のその背中は妙に小さく、そして儚く映った。

 

 切っ掛けは情けの一種だったのかもしれない。情けを掛けられる事を何よりも嫌っていたあの頃のノイトラにとって、それが非常に屈辱的だったのは間違い無い。

 だとすればあの扱いも納得だった。

 だがそれでもテスラはノイトラに付き従う事を望んだ。

 もう関わってしまったのだ。もはやこの意志は曲げる訳にはいかない、と。

 

 テスラは義理堅かった。それも正気を疑う程に。

 以前からそんな彼を見込んでか、ぜひ自らの従属官へと勧誘する十刃は複数居た。それも第8十刃だったノイトラよりも更に階級が上の者から。

 だがそれも全て断った。自分にはもう決めた者が居る、と。

 野心を持たない数字持ちにとって、十刃の従属官へ着任する事は名誉だった。その十刃の数字が小さければ尚の事。

 そんな彼等にとってテスラの行動がどれ程異常に映った事か想像に難くない。

 

 だが当人は後悔など一切無かった。

 自分自身で選択した道だ。幾ら罵られ様が、殴られ様が、只管に忠誠を捧げよう。彼を独りになどさせるものか、と。

 

 その覚悟が今こうして実を結んだのだと、現在のノイトラとの関係に、正直そう思った。

 自分の扱いに対する変化だけでは無い。ノイトラが自分の事を気遣う、それは即ち彼が自分と言う他者の存在を受け入れた証拠に他ならない。

 孤独を捨てたのだ。あれ程までに拒絶反応を示していたノイトラ・ジルガが、自らの手で。

 

 

「…待っていろ、ノイトラ」

 

 

 ノイトラは自分の手を取った。そして次は彼自身が立つ高みへの道標を示してくれてまでいる。

 ならばその期待に応えない訳にはいかない。

 ―――何時の日か必ず、お前の立つ場所へと辿り着いてみせる。

 そう心に誓い、テスラは今日も腕を磨く。

 

 汗だくの身体をシャワーで流し終えると、新品の白装束へと着替える。

 置いていた斬魄刀を腰に差し、拠点を後にする。

 目指す先は当然ノイトラの下だが、その道中でこっそり寄る場所が有った。

 

 言わずもがな、第3十刃でありテスラの意中の相手、ティア・ハリベルだ。

 ノイトラに正面から指摘されてから今日で数日が経過しているが、もはや開き直っていた。

 ―――ああそうだ、自分は彼女が気になって仕方が無い。

 もうどうにでもなれ。テスラは正にそんな態度でノイトラにそう言い放った。

 

 だが聞いた本人は何時もの様に笑いながら弄る真似はしなかった。

 返って来た返事は―――がんばれ。その一言だけだ。

 使い古された応援の台詞だったが、テスラにとっては十分だった。

 

 とは言え、未だに話し掛けるまでに至っていないのが現状。

 稀に擦れ違い様に会釈する程度だ。

 だがハリベルの従属官達は主人に対する他者の感情に機敏なのか、テスラの姿が見える度、毎回必ず睨み付けていたりする。

 まるで自分の大好きなご主人を取られる事を恐れるが余り、近付く他人全てに吠え立てる寂しがり屋な飼い犬である。

 基本的にハリベル以外は特に興味は無いテスラはそんな印象を受けていた。

 

 何時もは言い争いばかりの三人だが、稀にハリベルの話題でキャピキャピと仲良く楽しげに話し合っていたりする事もある。

 その時の三人の浮かべる笑顔が、実は結構目の保養となっているとか、微笑ましいとか和むとか、そういった事を思っている訳では決して無いのである。

 

 

「…済まない、どうやら俺はその“ヘタレ”とやらと同等らしい」

 

 

 自分には未だに話し掛ける勇気が無い。以前そう零した瞬間に放たれたノイトラの冷ややかな声が脳裏に浮かぶ。

 テスラは折角の友の応援に応えられない情けない自分を悔いる。

 だがこればかりは一筋縄ではいかない上、時間が必要な問題だった。

 立場上の問題もあるし、何よりテスラ自身が本人を前にしてしまうと緊張の余り硬直してしまうのだ。論外である。

 

 ―――前に踏み出せるのは何時になる事やら。

 そんな彼の状態を理解しているノイトラは、建物の影から遠目でハリベルを眺め続けるテスラの姿を見る度に溜息を零していた。

 

 今の時間であれば、ハリベルは何時もの場所で従属官達の鍛錬の監督を務めているところだろう。

 テスラは何時も通りに遠目から軽く覗く程度で済ませようと歩を進めた―――その時だった。

 

 

「この霊圧はあの女…とグリムジョーだと!? マズイ!!」

 

 

 以前のノイトラと同じ空気を持つ、現十刃の中で最も好戦的な思考を持つ男、グリムジョー・ジャガージャック。

 普段の立ち振る舞いは鬱陶しいが、その実誰よりも大きな戦士の矜持を持ち、同時に負けん気も強い女、チルッチ・サンダーウィッチ。

 S極とS極とも言えるこの二人が邂逅すればどうなるか。想像したテスラの行動は早かった。

 

 今の虚夜宮には藍染を含め、副官二人も不在。

 確実にグリムジョーを抑えられる者が居ないのは不運としか言い様が無い。

 ならば残された手段は一つ。

 この場所から最も近い場所に居る者―――それもグリムジョーの持つ6よりも小さい数字を持つ十刃に助力を請う事だ。

 

 響転でハリベル達の鍛錬場所から残り二百メートルを切る付近まで近付いた時、テスラの足が止まった。

 確かにハリベルは他の十刃達の中ではまともな性格をしている。だが同時に戦士としての冷酷さも持ち合わせている。

 果たして願いを聞き届けてくれるだろうか。それ以前に一介の数字持ち風情が話し掛ける事すら許されるのか。

 直前で生じた迷いに、全身が硬直する。

 

 チルッチは元十刃で、尚且つノイトラと鍛錬を重ねて来ている為、並みの破面よりは遥かに強い。

 だがそれでもグリムジョーと渡り合える程とは言えない。もし二人が戦闘に入れば間違い無くグリムジョーに軍配が上がる。

 加えて彼は敵に対して情けなど欠片も持たない男だ。戦いの結果は勝者(生きる)敗者(死ぬ)の二択のみ。実際、今迄彼に敗れて生き残った者は一人も居ない。

 

 もしもチルッチが殺される様な事になれば、ノイトラは躊躇無く確実にグリムジョーを殺しに掛かるだろう。

 他人の事情には一切関与しない姿勢を貫くノイトラだが、今迄の反動なのか、一度受け入れた者には只管甘くなる傾向がある。

 つい最近も十刃落ちメンバーを貶める様な発言をしていた破面と出くわした時が有ったが、その時の彼の対応は熾烈を極めた。

 一瞬消えたかと思うと、次の瞬間にはキョトンとしたセフィーロを抱えて戻り、その破面をタコ殴りにしては治療させ、また殴っては治療を繰り返し、徹底的に反省させたのだ。

 本人いわく―――言葉の要らない肉体と肉体の話し合い(HANASHIAI)との事。

 

 話し合いとは謳いつつ、相手の破面は最後の辺りしか喋っていない事にテスラは気付いていた。

 返り血に塗れた状態で口元を歪めながら、それか(SHITSUKE)とも言うなぁ、と零すノイトラに何か薄ら寒いものを感じ、ツッコむのを止めた。

 

 

「クッ、どうすれば…!」

 

 

 ―――此処で死ぬのならその程度の者だったというだけだ。

 人格者とは言え、冷徹さも持ち合わせているハリベルなら言いかねない台詞を想像しながら、テスラは歯軋りした。

 

 ぶっちゃけ言えばそんなドライな部分も魅力的だが―――不意にそんな事を考え始めた自分に喝を入れ、思考を元に戻す。

 こうなれば一か八か、誠心誠意頭を下げて頼み込むしか無い。

 自分に出来る事が有れば何でもすると、己が身を犠牲にしてでもだ。

 でなければ如何に人格者と言えど、現十刃を動かせる訳が無い。

 

 いざ再び前にへ踏み込む―――その前に一先ず深呼吸をして精神を落ち着かせる事にした。

 しかし状況は更に悪化の一途を辿る。

 二人の元へ近付く、更に大きな霊圧を探査神経に捉えたからだ。

 

 

「なっ!! まさか、この霊圧はノイトラ!?」

 

 

 同時に驚愕した。ノイトラは普段、こんなあからさまに霊圧を垂れ流す真似はしないからだ。

 ―――能ある鷹は爪を隠すって言うだろ。それにあんま目立ちたくねぇんだよ。

 これに更に付け加え、こうも言っていた。

 ―――もしもそれを止める時があるとすれば、緊急事態だと判断しろ。

 

 全身から血の気が引いた。これは迷いを覚えるとか、そういった次元をとうに超えている。

 テスラはもはや形振り構っていられなくなった事を悟る。

 ノイトラがこの状況をグリムジョーを殺すなどして切り抜けたとしよう。だがその場合、藍染の決めた法を破った事に他ならず、最悪は危険分子としてノイトラ自身を始末する命令を、他の十刃達に通達されるかもしれない。

 テスラは覚悟を決めた。その最悪の事態を避ける為に。

 

 

「無礼を承知で申し上げますティア・ハリベル様!」

 

 

 気付けばテスラはハリベルの眼前で両手両膝を着いていた。

 普段からクールな態度を崩さない彼女もその姿を見て思わず目を見開き、驚愕を露にしている。

 

 

「現在第5十刃の宮周辺にて、十刃落ち一名と十刃二名が衝突寸前!! どうか助力を御願いしたく!!」

 

「んなっ!? イキナリ出てきて何言ってんだこの優男…!」

 

「何卒!!」

 

 

 テスラに対して声を荒げたのは従属官三人の内の一人。

 額の部分のみが角の様に突出し、後頭部付近まで伸びた直線状の細めの仮面を着けたオッドアイの女性、エミルー・アパッチ。

 

 

「無視してんじゃねぇ!!」

 

「ガハッ!!」

 

 

 身長は百五十半ばという小柄でありながら、土下座しているテスラの脇腹目掛けて横合いから蹴りを繰り出し、大きく吹き飛ばしてみせる。

 テスラは油断していた事も相俟ってモロに食らい、肺から空気を吐き出しながらもんどり打って転がる。

 

 

「おいアパッチ!幾ら何でもそれは…」

 

「はぁ、相変わらず短絡的な猪な事で…」

 

 

 そんなアパッチの先走った行動にツッコみを入れるのは、筋肉質で長身、頭部と首元に仮面の名残がある、主人に負けず劣らずの露出度の高さを誇る女性、フランチェスカ・ミラ・ローズ。

 最後に毒を吐いたのは、挑発で長い袖が特徴の、仮面の名残を首飾りの様に首に下げた女性、シィアン・スンスン。

 

 

「って、え? ええ!?」

 

「御返答は如何に!!」

 

 

 戸惑いの声を漏らしたのはスンスン。だがそれも致し方無いと言えた。

 何せ不意討ちで吹き飛ばされた筈の男が特に怪我も無く、次の瞬間には再度ハリベルの前へと同じ体勢で現れていたのだから。

 

 テスラは確かに防御も出来ずアパッチに蹴り飛ばされた。

 だが転がっている最中、無理矢理身体を捩じり、方向転換した後に受け身を取り、直ぐ様響転でハリベルの元へ戻ったのだ。

 それに加えて怪我が無いのも、全ては日頃の鍛錬の成果だった。

 テスラとしてはこう言うだろう。

 ―――ノイトラのそれに比べれば屁でも無い、と。

 

 

「てめぇ性懲りも無く…!!」

 

 

 手加減など一切した覚えは無い。

 にも拘らず全く堪えた様子も無い上、自分は相手にすらされていない。

 

 そんなテスラの態度に腹が立ったアパッチは今度は斬魄刀の柄に手を掛けた。

 流石にそれは拙いと悟ったのか、ミラ・ローズとスンスンは互いにアイコンタクトを取り、二人掛かりで彼女を止める事にした。

 だがそんな二人よりも先に動いた存在が有った。

 

 

「止めろアパッチ」

 

「は、ハリベル様!?」

 

「二度は言わん」

 

「う…」

 

 

 ハリベルは組んでいた腕を解き、アパッチの腕に自らの手を添えていた。

 眼前の男は気に食わないが、他ならぬ敬愛する主人の命令ならば致し方無い。

 アパッチは渋々といった感じで抜刀途中の斬魄刀を鞘に納めた。

 

 

「テスラ・リンドクルツ」

 

「はっ!」

 

「もしその頼みを引き受けたとして、貴様はその対価として何を捧げる?」

 

 

 テスラは即座に悟った。

 十刃を一介の破面が対価も無しに動かした。ハリベルとしてはそんな事実を作る訳にはいかないのだろう。

 

 何事も前例があるというのは厄介だ。国と国との外交等、政治的観点から見れば禁忌にも等しい。

 アイツにはやったのに、あの時はやったのに、何故こちらには出来ないのかと、まず追及される。

 そりゃあ乞食の如き連中に同じ事をするわけないだろう、等と返してしまえば即抗議の嵐が巻き起こる上、最悪は戦争だ。

 基本的にそういった要求をする連中はまともな頭の作りをしていない。故に何をしでかすか想像も付かないのが非常に厄介だ。

 

 十刃としては力尽くで黙らせる事は容易だろう。だが面倒事になるのは目に見えている。

 ハリベルは唯一の女性の十刃というだけあり、普段から色々と大変な部分もあるのだろう。

 ならば他の者が尻込みする程の対価を、誠意を見せる必要があった。

 テスラは真正面からハリベルの目を見詰め、言った。

 

 

「私の全てを」

 

 

 覚悟などとうに決めている。

 この身全ては我が主の為。

 地位、誇り、命、尽くを失う羽目になろうが躊躇しない。

 

 

「知識でも、力でも、命でも。文字通り全てを貴女様に捧げます。役に立たなければ道具として使い捨てても構いません」

 

「…貴様の仕える主の事は良いのか」

 

「我が主の為になるのであれば、この身が朽ち果てる事も厭いません」

 

「そう…か」

 

 

 ハリベルは腕を組んで目を閉じ、暫し考える素振りを見せると、自身の従属官三人の方を向いた。

 

 

「アパッチ、ミラ・ローズ、スンスン」

 

『っは!』

 

 

 その呼び掛けに、三人は一斉に片膝を着いて応じる。

 ハリベルの持つカリスマが成せる、その見事な統率性は圧巻の一言だ。

 恐怖政治にも等しい形で統率を取っている第2十刃とはまた別のそれは見ていて気分が良い。

 

 

「鍛錬は中止だ。現場に向かうぞ」

 

『…承知しました!!』

 

 

 多少間が空いたが、三人は了承の返事を返した。

 ある意味彼女達と同類とも言えるテスラは何となくその理由は理解出来た。

 

 

「貴様の覚悟、見せて貰った」

 

「はい…」

 

「後悔は?」

 

「無論」

 

「―――ならばその命、私が預かろう。案内しろ」

 

「…はっ!! 感謝致します!!」

 

 

 ―――この日、テスラ・リンドクルツは全てを失った。

 だが同時に憧れの存在に一歩近付いた瞬間でもあり、新たなスタートでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実に面倒な事態ではあったが大事も無く終え、その大した苦労でない対価として吊り合わない程良い拾い物をした。

 未だに頭を押さえながら、嘗ての主が治療室から出てきた瞬間に駆け寄って行くテスラの後ろ姿を見ながら、ハリベルはそう思う。

 

 全てを捧げると、そう言った時に見せたあの目。実に素晴しい。あれぞ忠義に生きる戦士の鑑だ。

 実力も申し分無い。直前まで接近を悟らせずに移動してみせた響転。アパッチの不意討ちを食らっても一切動じないタフさ、そしてあの反応速度。

 現状に満足する事無く、常に練磨を絶やさなかったのだろう。今の従属官三人よりは明らかに格上だ。下手すれば十刃最下位のヤミー辺りと互角に渡り合えるのでは、と思える程に。

 

 

「ノイトラ、あの女の容体は…?」

 

セフィーロ(あいつ)に頼んだからな。治療は直ぐに済んだし、後は目が覚めるのを待つだけだ」

 

「そうか…」

 

 

 何時もよりも自分にやたら構うテスラの様子に、ノイトラは不審な顔をする。

 だが近くのハリベル達を見た瞬間、悟った。

 

 

「オマエ、もしかして…」

 

「…やはり分かるか。フッ、お前にはつくづく敵わない―――」

 

「ナンパ成功したのか」

 

「ブッフォッ!! 何でそうなる!?」

 

 

 嘘である。だが敢えてその発言をしたのだ。

 ノイトラはシリアスもセンチメンタルも苦手だった。

 友との別れも、泣くより笑って済ませたい。そんな心情から来たもの。

 

 

「コイツはこの顔で実はムッツリだからな。精々気を付けるこった」

 

「ち、違…」

 

「やっぱりてめえ下心でハリベル様に近付いたのか!!」

 

「ハッ! 所詮男ってのは下半身に脳味噌があるんだな!」

 

「お止めなさい二人とも。脳筋が何を喚いても決して頭が良くなる訳では無くってよ」

 

『てめえスンスン! どっちの味方だ!?』

 

 

 ノイトラはニヤつきながら従属官三人に告げ口する。

 案の定、真に受けたアパッチとミラ・ローズの二人は一斉にテスラ目掛けて敵意を剥き出しにして騒ぎ始める。

 だが言い争いの中でテスラのキャラを悟ったのか、二人は段々と彼の扱いを敵意から弄りへと変化させていった。

 

 ノイトラはそんな彼女達の遣り取りを眺めながら、今迄自分がテスラにしてきた弄りがもはや出来なくなるのかと内心で寂しさを覚えていた。

 やがてそのテスラ弄りに傍観していた筈のスンスンが混ざり始め、四人の意識がこちらから逸れたのを皮切りに表情を元に戻すと、深く溜息を吐く。

 

 そんなノイトラの肩に、不意に手が置かれた。

 

 

「案ずるな」

 

「ハリベル…」

 

「奴の事は責任を持って面倒を見る」

 

 

 寂しさの他に、自分の手元を離れて本当に大丈夫か、といった心配をしていた心情を読んだのか、ハリベルはノイトラに優しく語り掛ける。

 随分アイツを買ってんだな、と零しながら、ノイトラは肩から力を抜いた。

 

 

「別に奴に限った話では無い、私としてはお前の事も買っているのだぞ?」

 

「…冗談も過ぎれば皮肉にしか聞こえねぇよ」

 

「手加減したであろうあの一撃でも私の手が痺れたのだ。謙虚なのは美徳だが、過ぎれば侮辱にしかならん。素直に称賛を受け取って置け」

 

「…Gracias(アリガトよ)

 

De nada(どういたしまして)

 

 

 この私がそう思ったのだ。お前もそういう事にしておけ。

 つまりはそういう意味だろう。意外とハリベルは強情で、負けず嫌いなのかもしれない。

 

 ―――どうして自分の周りの女はこんな強かな連中ばかりなんだ。

 ノイトラはそう思いながら、頭を掻いた。

 

 余り交流の無かった二人だが、こうしてみるとスタークと同じく相性は悪くない様だ。

 気付けば二人の周囲では和やかで柔らかな空気が漂っている。

 偶にはこういうのも悪くない、そう互いに思える程に。

 

 

「これから大変になるぞ」

 

「…分かってるさ」

 

 

 テスラは従属官として非常に優秀だった。それは十二分に理解している。

 今後は彼が引き受けていたもの全てを、他ならぬノイトラ自身が背負わねばならない。

 ちょっかいを掛けて来る破面達の対応も、藍染からの通達を受け取るのも、その他雑務も、全てだ。

 

 只でさえ一日の大半を鍛錬に充てているのだ。それに加えるとなれば―――考えただけでも大変だ。

 新たに従属官を入れたくとも、恐らく不可能だろう。数字持ち達はあの忠犬テスラが離れたのを見てどういった解釈をするのか、まあ想像に難くない。

 遂に愛想を尽かしたのか、あのテスラが辞めるとかどんだけ酷い事をしたんだ、等と今にも噂話が聞こえてきそうだ。

 

 誰かそんな自分の従属官をしてくれる物好きが居ないものか。

 ノイトラはセフィーロの事を除外しながら、そう思った。

 

 

「良いものを貰った礼だ。困った時は出来る限り協力はしてやる」

 

「…Te agradezco de todo corazón.(心よりお礼申し上げます)

 

「ククッ、何だ畏まって」

 

 

 憂鬱な気分を誤魔化す様に、ドルドーニの影響で勉強して覚えたスペイン語で返すノイトラだった。

 

 ―――この世界は未だ静か。

 だがそれもある時を境に瞬く間に崩壊する事を、彼は理解していた。

 一人のイレギュラーの御蔭で微妙に狂い始めた本来の史実。その余波を受ける事になろうとは、この時の本人は思ってもいなかった。

 

 

 

 

 




第六話を要約すると、忠犬テスラ回。
ですが残念ながら、今回を以て彼は暫くの間出番が無くなります。
またねテスラ。最終章付近で会おう。
テスラ「(´・ω・`)」



捏造設定纏め
①テスラの忠誠心が厚い訳。
・稀に居る、性格が全く以て駄目駄目なキャラなのに、凄く良い奴が従って居るとかいう展開。という訳で彼は心底良い奴に決定しました。異論は認める。
②数字持ちが十刃を動かす為の条件。
・下乳さんは人格者なので、これ位の覚悟を見せれば多分動くかという想定。他は多分殆どが無理かと。
・同条件且つ頼んだ本人がそれなりの実力者であれば、大帝様は可能性有り。孤狼さんは多分面倒臭がりながらも仲裁しそう。取り敢えず上位十刃三人は協力してくれる可能性は有るかと思います。



次回はチルッチ押し回になるかと思います。ついでにセフィーロ。
…だから何でやねん。

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