三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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祝、原作完結!
これを機に二次も増えれば良いですね。



取り敢えず師匠、今迄お疲れ様です。
素敵な作品を有難う御座いました。


第五十六話 三日月と羚騎と解禁と…

 ノイトラは先程持ち上げた筈の顔を再び俯かせながら、今にも震え出しそうになる身体を必死に抑え込んでいた。歓喜に打ち震えるとは正にこの事かと。

 上限を超えた怒りに続き、初めて体験した二つ目の感覚。

 ネリエルから立つ様に言われているのだが、済まないがもう少しだけ待って欲しいと、内心で彼女へ謝罪する。

 

 

「剣だけじゃない。脚でも拳でも、あれから貴方が磨き上げてきた全てを…この私に見せて頂戴」

 

 

 互いに剣や拳を交えて語らう事を提案する。それはつまりネリエルがノイトラを自身と対等な戦士であると認めたという事に他ならない。

 それは他ならぬノイトラの願いの一つでもあった。

 

 

「それで―――もう十分。貴方の謝罪を受け入れるわ」

 

 

 ネリエルは知る由も無い。その言葉がどれ程を意味を持つのかを。

 明確な赦しをもらった訳ではない。だがそれでもノイトラには十分過ぎた。

 心の奥底に何年も居座っていた罪悪感という重石、それの半分以上が瞬く間に取り払われた。

 そして文字通り血反吐を吐きながら積み重ねて来た努力は、決して無駄では無く正しかったと証明された。

 

 あれだけの事を仕出かしたのだ。並大抵の者であれば、少なくとも赦すどころか謝罪すら受け入れない可能性の方が高い。

 だがネリエルは言った。力を証明してくれさえすれば、その結果に関係無く謝罪を受け入れると。

 ノイトラにとってそれがどれ程の救いだったか。そしてこの先に待ち構えている困難な目的、それの達成を目指す励みとなったのか。

 

 

「……ああ…」

 

 

 本当に今更ではあるが、元を辿れば憑依後のノイトラに罪は無い。

 しかし当時の彼の心はそれを否定した。

 本来あるべき存在を塗り潰したという事実を認識して生まれた罪悪感と、過去の記憶と経験を受け継いだ影響か。憑依直後に目の当りにした光景が余りに強烈だったのもあるかもしれないが、数多の業に見て見ぬ振りをする事は、この御人好しには出来無かったのだ。

 

 加えてネリエルや他の者達にとっては、憑依という事象を説明しない限り、悪いのは過去のノイトラであって自身は関係無いという理屈は通用しない。

 例え説明したとしても、その内容は余りに荒唐無稽。此方の頭が狂ったと思われるか、只の責任逃れの為に筋の通らない見苦しい言い訳をしている様に取られる可能性もある。

 そういった経緯もあり、ノイトラは不条理を感じながらも過去の罪を受け入れる事を決めた。そして年月を重ねる度、何時しか本当に自分自身のものとして考える様になっていった。

 

 ―――こんな晴れやかな気分は何時振りだろうか。

 未だ全てが終わった訳では無い現状に於いて、どんな理由であれ気を抜いてはいけない事ぐらい十二分に理解している。

 だがそれでも、ノイトラは感慨に浸らずにはいられなかった。

 

 

「…ノイトラ?」

 

「っ、済まねぇ」

 

 

 ネリエルの声に、感慨に耽っていたノイトラは呼び戻される。こんな事をしている場合では無いと。

 既に感情は大分落ち着いた。ならば後はネリエルの提案通り、剣を交えた会話で全てを伝えるべきだろう。

 自身が今迄何をして来たのか。どの様に変わったのか。

 そして―――どれ程強くなったのかを。

 

 

「手加減は無用だ。解ってるよな?」

 

「勿論」

 

 

 ゆっくりと立ち上がりながら、ノイトラは問い掛ける。

 ネリエルの返答は肯定だった。

 

 無論、命の遣り取りとまでは行かないし、させない。限度は致命傷の一歩手前程度。

 直接口に出さずとも、二人の間ではそんな暗黙の了解が交わされていた。

 

 

「…始めるか」

 

「ええ」

 

 

 ノイトラは徐に右手で背中の斬魄刀の柄に触れると、一気に抜き放つ。

 それと同時に、右腰からそれに繋がっていた鎖が、突如として柄尻に吸い込まれる様にして消え去った。

 元よりあの鎖は斬魄刀の一部だ。加えてノイトラは体内へ収納したりと、斬魄刀を独自に扱う手段を確立させている。

 つまり意図的に鎖の部分だけを消す事も可能であった。

 

 だが疑問も残る。確かにあの鎖は激しい動きをする際に邪魔と成り得る可能性があるが、それ以上に利点もあった。

 何かの拍子に斬魄刀がその手から離れたとしても、即座に手元へ引き戻せる。そして遠距離攻撃の他、敵の身体に絡ませて拘束するという搦め手にも利用出来る。

 にも拘らず、何故態々それを消したと言うのか。一連の流れを見ていたネリエルは、思わず内心で首を傾げた。

 

 そんな彼女を尻目に、ノイトラはゆったりとした動作で戦闘態勢へと移行してゆく。

 柄を両手で握り、刀身の向く先は相手の喉元。右足を一歩前に出し、左足は踵を僅かに浮かせ、重心はその両足の中心へ。

 それは愚直なまでに基本に忠実な、剣道の基本の構えであった。

 

 だがそれ故に完成されており、攻め入る隙はほぼ皆無。

 ノイトラと対峙しているネリエルは、その事を十分過ぎる程に感じていた。

 ―――何て大きい。

 身長や斬魄刀の事を指しているのでは無い。それはノイトラの全身から溢れ出る強者のオーラが、である。

 人格からして別人の様だと言ったが、まさか霊力だけでなく戦士としての実力にまでこれ程までの変化があったとは思いもしなかった。

 

 想定が甘かった程度では済まない。寧ろ過ぎた。

 一見すると普通に構えているだけだが、こうして正面に立って初めて理解出来るその尋常ならざる威圧感。

 ネリエルは今にも震え出しそうになる身体を抑えながら、過去の記憶を思い返していた。

 自身が気圧されるという感覚を覚えたのは何時振りだろうかと。

 今迄に最も恐怖を覚えたのは、藍染と初めて対面した瞬間か。次に虚園の神と謳われるバラガンのカリスマを真面に受けた時や、彼を押し退けて第1十刃へ着任したスタークの底知れなさに対する不気味さ。

 

 ネリエルは初め、元とは言え第3十刃であった自身の方が上である事実は揺らぎ無いと考えていた。

 一護との戦い、そして土下座している最中に確認した霊圧からして、ノイトラは相当に腕を上げたらしい。

 だが依然として彼は自分より格下であり、立場的に見て此方が胸を貸してやるべきだろうと。

 だが現実は如何だ。ノイトラがその身から放出している霊圧量は、先程とは比較にならない。

 恐らくあれは抑えられた状態でのものだったのだろう。もはやネリエルのそれは及びもしない。

 

 この状況に於いて、どちらが上かなぞ分かり切っている。

 可能であれば、ネリエルは過去に遡って自身の横顔を張り倒したい気分だった。

 

 

「―――っ…は…ぁ…」

 

 

 何時の間にか息が止まっていたらしい。ネリエルは悟られぬ様、静かに肺へ空気を取り込み、呼吸を整える。

 全身から流れ出た大量の冷や汗により、身に纏う布切れがそれを吸い、不快な感触と共に肌へと張り付く。

 そんなネリエルに対し、ノイトラの態度には全く変化が無い。構えを崩す事無く、その右目はじっと相手を見据えている。

 もし此処を第三者が、それも一定上の実力者が眺めていたなら間違い無くこう断言していただろう。構えを取った時点で既に勝負は付いていたと。

 

 現にネリエルは一向に攻勢へと移る事が出来ずに居た。

 隙を探り、戦略を練り、何とかして此方の勝機を見出さんと努める度、ノイトラとの間にある実力差を思い知らされた。

 ネリエルはその余りの変化に、正道とは真逆―――即ち邪道と呼べる手段で得た力なのではと一瞬だけ疑った。

 だが即座にその考えを捨てる。

 確かにノイトラの在り方が以前のままであったなら、その可能性は高かっただろう。

 しかしあの一切の雑念を感じぬ謝罪と、現在進行形で見せている構えが、その疑念を完全に否定している。

 前者は本心からのものであるのは間違い無いし、後者は一年や二年程度では到底済まない練磨の果てに辿り着いたのであろう重みが滲み出ている。

 

 このまま睨み合って居ても埒が明かないのは理解している。

 だが今のネリエルは完全にノイトラの醸し出すオーラに吞まれてしまっており、自ら動き出すのはもはや不可能であった。

 

 

「…行くぜ」

 

 

 それを読んだのか如何かは不明だが、先に動いたのはノイトラだった。

 小さな呟きの直後、ノイトラは既に斬魄刀を上段に振り被った体勢で、ネリエルとの間合いを完全に詰めていた。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 それは無拍子且つ無音、超高速という三拍子揃った恐るべき響転だった。

 加えて振り上げられた斬魄刀の全体を纏う霊圧の量と密度は、並みの破面が放つ虚閃が可愛らしく思える程の次元で練り込まれている。

 

 正に宣言通りの手加減無用である。

 だがそんなノイトラの常軌を逸した動きを目撃した御蔭か、ネリエルの硬直が解けた。

 

 

「くっ!!」

 

 

 受け止めるという選択肢は取れない。否、取れる筈が無い。

 ネリエルの思考の大半を埋め尽くしていたのは、回避と言う二文字のみ。

 持てる脚力を総動員し、全力でその場から真横へ跳ぶ。

 間一髪、ネリエルは振り下ろされた斬魄刀の軌道から逃れる事に成功する。

 

 だが完全に無事とまではいかなかった。

 目標を失った巨大な刀身は、そのまま地面へと叩き付けられる。だが同時に周囲へ凄まじい衝撃波を巻き起こし、回避直後のネリエルへ襲い掛かったのだ。

 

 

「ッ、冗談…でしょ…!?」

 

 

 結構な距離を取ったにも拘らず、全身へと響いて来るそれ。

 ネリエルの顔から血の気が引いた。

 元から彼女はノイトラが桁外れの膂力を持っている事は知っている。

 だが単純な力だけではこうはならない。これ程の威力を出す為には、自分自身の霊圧を研ぎ澄ませるのは勿論の事、確かな重心移動からなる踏み込みと、ブレの無い太刀筋による振り下ろしが必須。

 

 ネリエルは己の選択が正しかったと実感した。あの一振りを刀身で受けようものなら、瞬く間に押し切られ、この身は肉塊になっていた事だろうと。

 傍から見れば必殺の一撃。だがそれを繰り出したノイトラからは、欠片も殺意を感じない。

 それは即ち、彼はネリエルであれば凌げる筈だと信じた上で、斬魄刀を振り下ろしたという事に他ならない。

 

 

「…これを躱すか。流石だな」

 

 

 事実、そうであった。

 ノイトラが完全に仕留める気であったならば、先程の一撃だけでは終わらない。例え躱されたとしても、其処から即座に嵐の如き追撃を仕掛け、圧倒的な力で以て押し切っていた。

 だがあくまでこれは手合せの範疇。謂わば実戦に近い試合の様なものだ。

 その中で行われるのは、互いに今迄磨き上げてきた技と技との競い合い。間違っても命の取り合いでは無いのである。

 

 ―――そんなに買い被らないでほしい。

 ノイトラの口から出た賞賛の言葉に、ネリエルは自身の頬が引き攣るのを感じた。

 初撃を躱せたのは偶然に等しい。同じ事をもう一度やれと言われれば、間違い無くこう即答するだろう。無理だと。

 だが先程のノイトラの反応からして、その事実を察している様子は無い。

 寧ろ更に戦意を滾らせ、激しい攻撃を繰り出してくる筈だ。

 

 

「じゃあ次だ」

 

 

 そう言って斬魄刀を構え直すノイトラを視界に捉えながら、ネリエルは必死に思考を巡らせる。

 攻撃を受け止めたり、回避する事は困難。ならば他の手段で以て凌がなければならない。

 響転の予備動作は読めない。だが幸いにも、攻撃については僅かに見えた。

 ならば自身に残されているのは、その刀身の描くであろう軌道を何とかして逸らし、直撃を避ける事以外に無い。

 

 

「本当、夢なら醒めてほしいわ…!!」

 

 

 ネリエルは崩れた体勢を整え、斬魄刀を構えた。

 状況的に見て、今彼女が攻めの姿勢を取るのは拙い。何せ一瞬でも早くノイトラの動作を察知する事が出来ねば終わるのだから。

 長らく使用していなかった筈の戦士としての勘。それが殆ど鈍っていなかった事に安堵しつつ、ネリエルは精神を極限まで集中させる。

 

 

「なっ…!!?」

 

 

 だが次の瞬間、ノイトラが見せた動きは予想と大きく異なるものだった。

 単純に此方との間合いを詰めて攻撃を繰り出すのでは無い。

 両手で構えていた筈の斬魄刀を、逆手にした右手へ持ち替え、肩の上まで持ち上げる。

 左足を大きく前に出し、右足を引いた形で大きく開くと、その斬魄刀を限界まで後方へと引き絞ったのだ。

 

 それはまるで槍の投擲の様な構え。この時点で、ノイトラが何をしようとしているのかは明確。

 ネリエルは理解した。鎖を消したのはこの為かと。

 彼女は今迄に、ノイトラとは幾度と無く決闘を行い、勝利を収めて来た。同時にその中で、あの特異な斬魄刀への対処法も見出している。

 刀身の巨大さ故に生じる隙や死角を突いたり、柄尻に繋がる鎖を逆に利用して反撃に転じる程度はお手の物。

 

 恐らくノイトラはそれを全て読んでいたのだろう。

 ―――彼はどれだけ此方の想像を上回れば気が済むのか。

 ネリエルは想定外の事に内心で慌てながらも、何とか対処すべく待ち構える。

 

 

「オ、ラァッ!!!」

 

 

 気迫の籠った咆哮と共に巨大な得物が、それこそ限界まで引き絞られた弓に番えられた矢の如く放たれた。

 予備動作から軌道までを辛うじて読めたネリエルは、回避の為に動こうとしたが、ふと脳裏を過った疑問からそれを止める。

 そう言えば、何故ノイトラは態々自身の得物を手放す様な戦法を選んだのかと。

 

 一時的ではあるものの、それは明らかに愚策。この攻撃が成功するしないに拘らず、結果的に離れに転がる事になるであろう斬魄刀を回収しに行かなくてはならないし、その為に用いる時間は余りに大きな隙となる。

 だが例えばだ、そんな事なぞ端から覚悟の上で、または理解しながらも敢えて行ったのだとすれば―――考えられるのは只一つ。

 ノイトラはこれを皮切りに、ドルドーニの脚技を始めとする徒手空拳による攻撃へと戦法を切り替えた形で攻めてくるという事に他ならない。

 

 

「なら―――!!」

 

 

 ネリエルは身体を横にした上で数歩だけ移動するという最低限の動きで、此方へ凄まじい勢いで迫り来る巨大な得物を擦れ擦れの状態で躱す。

 そして視界をノイトラから外さぬまま探る。回避行動を取った際に生じた自身の隙を。

 

 そうして幾つかを把握した刹那、ノイトラの姿が視界より消える。

 ネリエルはその複数の隙の中から、最も判り易く且つ大きなものを選定。それのカバーへと移った。

 

 初動が読めない響転については端から捨て、今迄培った戦士の勘のみを信じ、ノイトラの攻撃を逸らす為に動く。

 単に斬魄刀の平地で受け流したり、横から斬り付けるだけでは恐らく通用しない。何せ単純な振り下ろしだけであの威力だ。幾ら攻撃を逸らすだけが目的だとしても、生半可な方法では確実に押し切られてしまう。

 

 故にネリエルは選択した。それは自身が出せる限りの全力の斬撃を左右どちらかより当て、ノイトラの攻撃を逸らすというもの。

 恐らく移動先は自身の背後。其処から繰り出されるのは、一護との戦いの内容から察するに、彼が最も得意としているのだろうドルドーニの脚技。

 そして使用される脚は十中八九、ノイトラの利き足である右。

 

 

「ハァッ!!!」

 

 

 先を予測したネリエルは、右足を自身の後方へ回す様にして踏み込む。全身を捩じる様に回転させて斬撃へと勢いを乗せると、柄を両手で握った状態の斬魄刀を斜め右上へと全力で振り上げる。

 

 

「!!」

 

 

 ネリエルの予測はほぼ完璧に当たっていた。

 見ればノイトラは現に彼女の背後へと回り込んでおり、その右脚を大きく振り上げていた。

 

 ―――それでこそ俺が憧れた(ひと)だ。

 自身の奇襲が読まれていた事に瞠目しながら、ノイトラは内心で納得していた。

 そして再び信じる。彼女であれば、この攻撃も凌いで見せる筈だろうと。

 鞭の如く撓りながら、大太刀を幻視する程の鋭さを持つ右脚を、斜め上から本気で振り下ろす。

 

 

「う、ぐッ…!!」

 

 

 攻撃が繰り出される位置とタイミングを読んだまでは良かった。

 問題はその斬撃と右脚の角度である。これでは逸らす事が出来無い。

 已むを得ないと、ネリエルは咄嗟に己の斬魄刀へと更に霊圧を籠めた。

 

 やがて刀身と脚が激突する。

 ノイトラの膂力は言わずもがなだが、ネリエルも負けてはいない。

 足りない力は今迄培った技術を総動員した動きで補い、見事その右脚を受け止める事に成功した。

 ノイトラは確かに本気で脚を振るったが、相手を殺さぬ様に無意識の内に威力を抑えていた事も、その要因であった。

 

 柄を通じて両手へ、そして最終的に全身へと伝わる尋常ならざる重みに、ネリエルは思わずその口から呻き声を漏らす。

 だが彼女が最も驚愕したのはそれでは無く、常軌を逸した脚の硬度だった。

 

 ―――幾ら何でも硬過ぎる。

 手応えからして、明らかに普通の鋼皮では無い。寧ろ未知の金属であると言われた方がしっくり来る。

 だが一護は僅かではあるものの、この鋼皮を傷付ける事に成功した。

 一体如何やったというのか。ネリエルは果てし無く疑問に思った。

 

 

「ッ、あああぁああぁぁぁ!!!」

 

 

 鋼皮の硬度に加え、その蹴撃の威力だ。それと対抗している刀身は見る見る内に押し込まれて行く。

 ネリエルは己を鼓舞するかの様に大声を上げると、先の事なぞ考慮に入れず、この場で全てを出し切る勢いでそれを押し返しに掛かった。

 

 

「マジかよ…」

 

 

 次第に持ち上がって行く自身の右脚を目の当りにしたノイトラは、驚愕の余りそう零していた。

 だがそれだけだ。その心情は戦闘開始直後よりも更に熱くなっていた。

 

 嘗てより憧れて已まなかった存在と互角以上に戦えているという現実。そして極めて脆弱な破面の少女として何年も過ごしていたブランクを一切感じさせぬ、ネリエルの奮闘。

 以上の二つが着火剤となり、ノイトラの闘争心という名の炎を激しく燃え上がらせたのだ。

 実際は事実と異なる部分が見られる彼の認識なのだが―――まあネリエルへ同情する以外は特に気にしなくても良いだろう。

 

 それと同時に、普段は自身の奥底へと眠っていた筈の戦闘狂としての精神が、密かにノイトラの強靭な理性の壁を乗り越え始める。

 未だ主導権は移っていないものの、それは次第に表層へと表れ始めていた。

 他に全神経を集中させているネリエルは気付かなかった。

 本人は無意識の内だが、ノイトラの口元はこれ以上に無い程に吊上がり、凶悪極まりない笑みが浮かんでいた。

 

 ネリエルは渾身の力を振り絞ると、斬魄刀を一気に横へと薙ぎ払い、その右脚を上へと弾く様にして押し返す事に成功する。

 ノイトラの体勢が崩れ、今迄欠片も見られなかった隙が生じる。

 ―――チャンスは今しか無い。

 これを逃すと反撃の機会は永久に訪れない。そう判断したネリエルは、右脚を押し返した勢いをそのままに、ノイトラの懐へと踏み込んだ。

 

 

「ハァアアアァァッ!!!」

 

 

 生半可な攻撃では、あの鋼皮は破れない。故にネリエルは先程のそれを上回る勢いで霊圧を使用し、極限まで研ぎ澄ました上で、斬魄刀を右斜め上段に振り被った。

 この一太刀で勝負を決めてやると。

 狙いはがら空きの胸部周辺。踏み込みの深さから考慮するに、この一撃はノイトラへ致命傷を与えてしまう可能性が高い。

 だが彼は以前より相当な耐久度を持っている。寧ろこれぐらいのダメージを与えねば、戦いを止めないだろう。

 そう信じつつ、ネリエルは刀身を振り下ろした。

 

 ノイトラは自身へ迫り来る銀色に煌く刃を眺めながら考える。

 主人公補正ならぬ火事場の馬鹿力というやつか。一目見ただけで、それの持つ威力の凄まじさは察せた。

 とは言え、一護の時と同様に全力で防御を固めさえすれば、そのまま受け止める事は可能だ。

 ―――だがそれで本当に良いのか。

 答えは否。そんなものは技でも何でも無い。只のゴリ押しだ。正に試合に勝って勝負に負けるを体現してしまう。

 そんな形で得た勝利に何の価値があるというのか。何より本気でこの勝負に臨んでいるネリエルに対しても失礼だ。

 

 ならばと、ノイトラは自身の身体的スペックの事を頭の中から捨て去り、全く別の手段で以てネリエルの反撃へ対応すべく動いた。

 押し返された右脚へ引っ張られる形で崩れた体勢。ノイトラはそれを立て直す事をしないどころか、あろう事か唯一身体を支えていた筈の左脚から力を抜き、ガクンとその膝を折ったのだ。

 当然、支柱を失った身体は背中から地面へ向かって一気に倒れ始める。

 だがその代わりに斬撃の範囲から逃れる事に成功。その刃先は空を斬った。

 

 

「う…そ…!?」

 

 

 自身の攻撃が外れた事に一息遅れで気付いたネリエルの口から驚愕の声が漏れ出す。

 ノイトラは背中よりも先に右手を伸ばして地面へと着け、全身を支える。

 間を置かずにそれを軸として真横へ回転。その勢いのまま、足払いの要領でネリエルの足元目掛けて蹴撃を放った。

 

 

「ッ!!?」

 

 

 次の瞬間、ネリエルの身体が横倒しになりながら宙へと浮いた。

 反応と理解が追い付いていないのか、彼女は瞠目するばかりで体勢を立て直す為の身動きが取れない。

 

 それを確認したノイトラは回転を止め、両足を地面に着地させる。

 極めて低いその姿勢から、まるで陸上の短距離選手のクラウチングスタートを思わせる動きで、隙だらけなネリエルへと迫る。

 その際に左手を引き絞っており、彼女との間合いを詰めた瞬間、その左掌を腹部へと叩き付けた。

 握り拳では無い理由は勿論、殺傷能力を少しでも落とす為である。

 

 

「ご、フッ…!!」

 

 

 しかし真面な防御も取れなかった影響か、ネリエルは直撃部分周辺の内臓に重大なダメージを負う事となった。

 辛うじて骨折は免れた様だが、どちらにせよ重傷な事に変わりは無い。

 ネリエルは勢い良く吹き飛ばされると、後方に存在していた宮の残骸へと激突。瞬く間に瓦礫の山の生き埋めとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この反膜の檻の中に囚われてどれ程の時間が経過しただろうか。

 卯ノ花は軽く溜息を吐きながら、如何したものかと思考を巡らせていた。

 

 あれから何度も脱出を試みたものの、全てが無駄に終わった。

 斬魄刀で斬り付けても、此方に影響のない程度の威力で鬼道をぶつけてみても、檻には全く変化が無い。

 

 卯ノ花自身としては駄目元で試していた為、動揺はしていない。

 だが次第にその内心では焦燥が生まれ始めていた。

 ―――何時までもこうしている訳にはいかないというのに。

 外では今も戦いは続いている。その結果、中には重傷を負った者も何人か居る筈だ。

 一刻も早く自身の目的である治療を施し、織姫の救出を手助けする。そして藍染との最終決戦が始まる前に、尸魂界への帰還を急がねばならない。

 

 だが反膜については未だ解明されていない部分が多い。

 此処にマユリが居ない事が悔やまれる。

 もはや八方塞かと思われた時、卯ノ花の背後で変化が起こった。

 

 

「……あァ…?」

 

「ッ、剣ちゃん!!」 

 

 

 意識を失い、仰向けに倒れていた剣八が突如として目を覚ましたのだ。

 それを見たやちるは、その懐へと飛び込んで喜びを露にする。

 

 

「大丈夫ですか、更木隊長」

 

 

 未だ完全に覚醒していないのか、右手を額に当てながら頭を左右に振る剣八へ、卯ノ花が問い掛けた。

 無論、彼女とて何もしていなかった訳では無い。

 剣八の意識を回復させんと、回道を含めて色々試したものの、効果は見られず。致し方無く、脱出の方を優先したのだ。

 

 

「…問題無ぇ」

 

「それは重畳です。では早速ですが、此処から抜け出す為にご協力願えますか?」

 

 

 卯ノ花の頼みを聞いた剣八は、ふと自分達を取り囲む反膜の檻を見渡した。

 自身の渾身の斬撃を弾き返した、忌まわしい白色の光を放つ反膜。

 思わず舌打ちを漏らすと、やちるを抱えたまま静かに立ち上がった。

 

 

「退いてろ、やちる」

 

「…? う、うん…」

 

 

 剣八は苛立った様子で、やちるを下に降ろす。

 やちるは少々戸惑いながらも、素直にその指示に従い、卯ノ花の傍へと退避する。

 

 

「…何をする心算です?」

 

「ちょっくら試してぇ事があんだよ」

 

 

 剣八はそう返すと、徐に右手を自身の顔の位置まで持ち上げる。

 親指から中指を使い、左目に掛かっている眼帯を掴むと――― そのまま一気に取り外した。

 

 直後、剣八の全身から膨大な霊圧が溢れ出す。

 この眼帯は彼自身の希望―――自らにハンデを課し、戦闘を楽しみたいという理由から、技術開発局に開発させた物だ。

 効果は着用者の霊力を無尽蔵に削減する事で、削減量は並みの霊力の持ち主であれば命が危うくなる程。

 だが剣八は普段からそれを着用して平然としており、強敵との戦闘すら余裕で熟す。

 それでも尚、敵が脆すぎて戦いを楽しむ暇が無いとして、常に加減して斬る癖を付けているというのだから、如何に彼が規格外なのかを物語っていた。

 

 つまりその眼帯を外した剣八は、文字通り何の縛りも無い全力の状態となる。

 その常軌を逸した霊圧は、もはや一種の無差別攻撃に等しい。

 無論、過去にそれを真正面から受けている上に交戦経験もある卯ノ花は余裕で耐えられる。そしてやちるは剣八が死神になるより前からの付き合い故、慣れている。

 問題は反膜の檻の外に居る勇音と花太郎だ。

 だが内と外の世界が隔絶されている影響か、如何やら剣八の放つ霊圧も遮断していたらしい。二人は変わらず閉じ込められた卯ノ花達を心配そうな面持ちで眺めており、特に変化は無い。

 

 

「…フッ!!!」

 

 

 剣八は斬魄刀を抜き放つと、間を置かずに反膜の檻の一部へと斬り掛かった。

 だが案の定、その全力の斬撃すら弾き返され、気絶する前の二の舞となってしまった。

 

 

「…チッ、やっぱりか」

 

 

 ―――これは今の自分では斬れない。

 本音を言えば認めたくは無いが、剣八はそう思わずにはいられなかった。

 彼自身、これ程までに歯が立たないのは初めての経験だった。

 今迄に戦って来た敵の中にも、何らかの手段で自身の斬撃を防いだりした例は幾つかある。だが最終的に目玉や喉が斬れなかった者は誰一人として居なかった。

 

 しかしこの反膜はそれ等の例のどれにも当て嵌まらない。

 剣八は感覚で理解した。これは刀で斬る物では無いのだと。

 とは言え、何時もであれば斬れるまで何度でも試すところだが、生憎と自身の周囲にはやちると卯ノ花が居る。下手すると斬撃の余波に巻き込んでしまう可能性が高い。

 ならば残された手段は一つだけ。

 

 

「っ、一体何を―――!!」

 

「簡単なこった!!」

 

 

 卯ノ花が声を荒げた。

 斬魄刀を鞘に納めた剣八が、何と素手で反膜の檻に掴み掛ったのだ。

 

 先程と同じく弾き返さんとする力が掌へと伝わるが、構わず全力でそれを押し返す。

 次第に反膜に触れている両手から大量の血飛沫が舞い始めた。

 如何やら決して軽くは無い傷を負ったらしい。このままでは両手が使い物にならなくなる可能性が極めて高い。

 

 

「どうあっても斬れねぇなら…力づくで退かせば良いだけだってなァ!!!」

 

 

 それでも剣八は反膜の檻を掴んだまま、全力で左右に開き始める。

 肉が裂ける不快な音が響き、大量の鮮血が周囲へ飛び散る。

 だが剣八はその程度構うものかと言わんばかりに、止めようとしない。

 寧ろその顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 剣八は考えていた。そういえばこの反膜の檻を出した下手人も、ノイトラと同様に相当な実力者ではないかと。

 しかもだ。彼は肉体面のみならず、精神面でも相当な耐久力を誇っている。並の精神干渉の能力を食らっても平然としていられる程度には。

 にも拘らず、その意識はいとも容易く刈り取られた。

 ―――此処から出たら覚えておけ。

 どちらが先になるかは不明だが、必ず相手をしてもらう。

 ノイトラの他にももう一つ楽しみが出来たと、剣八は内心でほくそ笑んだ。

 

 その戦意に比例しているのか如何かは定かでは無いが、全身から溢れ出す霊圧量が凄まじい勢いで上昇し始める。

 同時に反膜の檻にも変化が現れ始めた。

 剣八が掴んでいる部分が、次第に曲がり始めていたのだ。

 

 

「……有り…得ない…」

 

「ウオオオオオォォォオオォォッ!!!」

 

 

 反膜を力のみで変形させるという前代未聞な行動に、卯ノ花は絶句した。

 だが内心は別。歓喜というより狂喜と言い表す方が正しい。

 

 

「ですが―――やはり貴方は素晴らしい…」

 

 

 自身の奥底へと封印した初代剣八としての本性が、その僅かに俯かせた顔へと現れる。

 それは見る者の背筋が凍える程の寒気を感じる薄笑いだった。

 ―――流石は自身を唯一悦ばせた男。

 相変わらず無意識の内に抑え込んでいるものの、やはり過去に見せた別次元の強さは健在なのだろう。

 それを悟るや否や、卯ノ花の中で期待が膨らむ。

 もしかすれば、あの至高の一時をまた味わえるかもしれないと。

 

 一切の乱れ無く綺麗に整えられていた霊圧が、次第に肌を刺す様な殺伐としたものへと変化し始める。

 そんな卯ノ花の身に纏う雰囲気の変化に気付いたのか、やちるが下から彼女の顔を覗き込んだ。

 

 

「…なんか言った?」

 

「いいえ、何も…」

 

 

 やちるが問い掛ける直前には、卯ノ花は既にその霊圧と表情を何時も通りの姿へと戻していた。

 可愛らしい仕草でその首を傾げながらも、結局やちるはそれ以上追及をする事は無かった。

 

 

「先に出ろ」

 

 

 それから数秒後、剣八の手によって反膜の檻は完全に抉じ開けられていた。

 未だ反膜の力は残っており、少しでも気を抜けば再び元通りになるだろう。その事を理解していた剣八は、先に卯ノ花とやちるへ先に出る様に指示を出した。

 

 二人の背中を見送った後、自身も檻の中から脱出せんと足を踏み出した刹那―――死神のものでは無い、禍々しく強大な霊圧が周囲へ圧し掛かった。

 

 

「あ…」

 

「…な…に…これ…!?」

 

 

 花太郎は即座に意識を失い、糸の切れた人形の如く崩れ落ちる。

 勇音は何とか踏み止まったものの、腰を抜かしたらしく、その場にへたり込んだ。

 

 

「わー、でっかい!!」

 

「この霊圧は…まさか―――」

 

 

 勇音と同じ副隊長にも拘らず、やちるは全く堪えた様子も見せず、逆に嬉々とした表情を浮かべる。この霊圧は剣八が喜びそうな相手だと。

 そして卯ノ花はと言うと、つい最近回覧させてもらったばかりの敵の霊圧データの一部、破面が帰刃した場合に見せる霊圧の波長と酷似している事に気付いていた。

 

 

「…てめえかノイトラァッ!!!」

 

 

 口元を盛大に吊り上げながら、剣八は叫んだ。

 そう判断した根拠は無い。卯ノ花の様に情報を確認した訳でも無い。

 全ては勘。だが侮るなかれ。剣八のそれは限定条件下に於いては、極めて高い正確性を持つ様になるのだ。

 言うまでも無いとは思うが、それは戦闘に関わる場合である。

 

 自身が狙い定めていた好敵手の出現に、剣八は両手の負傷の治療すら忘れ、我先にその場から駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラは響転を用いて、離れに転がっている自身の斬魄刀を回収。

 そして更にネリエルへの追撃に入らんと、重心を落とした直後―――周囲へと響いた二人の声が耳に入った。

 

 

「ネル!!?」

 

「ネルちゃん!!」

 

 

 声を上げたのは一護と織姫。

 やや顔色を青褪めながら、瓦礫の中に埋もれたネリエルの方向へと視線を向けていた。

 

 其処で初めて、ノイトラは自身の状態に気付いた。加えて何時の間にやら凶悪な笑みを浮かべていた事にも。

 ―――危なかった。

 精神が高揚する余り、理性の壁が脆くなっていたらしい。

 このまま戦闘狂の精神が前面に出ていれば如何なっていた事やら。内心で安堵しつつ、自身を正気に戻してくれた二人に対して感謝の念を抱いた。

 

 

「すぅ…はぁ…」

 

 

 深呼吸で自身の精神を落ち着かせながら、ノイトラは一先ず様子見の態勢へ入る。

 すると間も無くして、瓦礫の山を押し退けながら、ネリエルがその姿を現した。

 

 

「…ゴホッ…ゲホッ……!!」

 

 

 激しく咳き込む彼女の口からは大量の血が零れ、全身の露出した肌の表面には玉の様な汗が余す事無く浮き出ている。

 誰が見ても普通の状態では無いのが丸判りだ。

 対してノイトラは無傷な上、呼吸も一切乱れていない。

 もはや勝負は付いたとしか思えぬ状況だった。

 

 無論、完全に劣勢となったネリエル自身も、その事は十分に理解していた。

 ノイトラとの明確な実力差も勿論―――その振るわれた剣に脚、そして拳に宿った確かな意志と重みを。

 

 ネリエルはふと思い返していた。過去にとある破面から擦れ違い様に囁かれた忠告の言葉を。

 ―――そうやって自分の地位を鼻に掛ける様な態度は止めた方が良い。

 策略を仕掛けられたのは、それから間も無くしてだった。

 

 今更ながらに理解した。自身は気付かぬ内にノイトラを見下していたのだと。

 恐らくあの言葉を投げ掛けて来た当人はそれを言いたかったのだ。

 何時も相手側が気の抜ける様な口調で話す掴み所が無い人物で、且つ誰に対しても一貫して無関心だった筈の“彼女”が、殆ど接点の無い自身に対して忠告した理由。

 恐らく同僚であり同室に住む存在である、当時ザエルアポロの干渉を避ける様に手回ししていたロカの為だろう。

 彼女曰く、自身に対しては非常に親身に接してくれるとの事だったので、それしか考えられない。

 

 ―――何故あの時気付けなかったのか。

 しかし後悔するのは今では無いと、ネリエルは頭を切り換える。

 それにだ。もしかするとあの策略を仕掛ける事が無ければ、今のノイトラは居なかったかもしれない。

 そう考えると良かったのか悪かったのか、明確な答えは出せなかった。

 

 

「あの頃とは…立場が逆転しちゃったわね……っ」

 

 

 ネリエルは何処か自嘲する様にして呟いた。

 此方の勝機は限り無く薄い。現状で取れる手段も余力も無い。

 ―――最後にもう一足掻きさせてもらおう。

 ノイトラの思いは十分に伝わった。ならば今度は此方がそれに応える番だ。

 そして彼との因縁も、これで全てを清算する。

 

 

「この姿に戻って直ぐはキツそうだけど…しょうがないわね…」

 

 

 実を言えば、ネリエルには他にも思惑があった。

 まずノイトラの全力を見たいのも一つ。未解放でこれだけの強さである。帰刃形態であればどれ程の域に達するのか興味は絶えない。

 

 そして何より―――そんな彼に対して自身の力が何処まで通じるかを試してみたかった。

 所謂それは一介の戦士ならば誰もが行き着く思考。

 圧倒的に格上たる実力者を前にして、何もしないなどという選択肢を取れる筈が無い。自身が磨き上げた全てを以て、挑ませてもらうべきだろう。

 長らく忘れていた初心。それを取り戻したネリエルに迷いは無かった。

 

 

「“(うた)え―――”」

 

 

 斬魄刀を前方へと突き出すと、刀身を倒して地面と平行に構える。

 左手を棟へ添えると、自身の全力である帰刃形態を解き放つべく、その解号を唱える。

 

 

「“羚騎士(ガミューサ)”!!!」

 

 

 解放と同時に、周囲へ拡散した霊圧の余波が砂塵を巻き起こし、ネリエルの姿を覆い隠す。

 それを確認したノイトラは即座に片膝を折ると、右手の人差し指を地面へと突き刺した。

 指先から霊圧を電流の様に流し込み、ネリエルの居る場所へと繋げる。

 “捜指法(インディセ・ラダール)”。相手の霊力を測る為のノイトラの固有技だ。範囲を極端に狭める代わりに、その精度を極限まで高めた“探査神経”の様なものだと思えば良い。

 

 ―――まあ、妥当と言える線か。

 ネリエルの力量を測ったノイトラは納得しつつ、少々残念に思った。

 恐らく彼女の本来の実力はこんなものでは無い。元の姿に戻ってから二日程度間を置けば、現状とは比較にならないレベルまで回復していただろうにと。

 

 実際は買い被り以外の何ものでも無いのだが、本人は全く気付いていなかった。

 相手が憧れて已まない存在であったが故に、それが一種の補正となって発動していた事が大きな要因だろう。

 

 やがて砂塵が晴れ、ネリエルの帰刃形態が露になる。

 肩口と肘、手首付近には鎧が。右手に握られているのは巨大なランス状の武器が。

 そして特筆すべくは下半身。まるで羚羊の様な、半人半獣のケンタウロスを連想させる容姿へと変化していた。

 無論、先程ノイトラに負わされた傷は全て回復していた。

 

 

「…さあ、ここからが本番よ」

 

「…そうだな」

 

 

 その言葉を聞いたノイトラは即座に動いた。

 右手に握る斬魄刀を、天へ掲げる様にして持ち上げる。

 過去とは決別した今の自分を見てくれと、内心で願いながら。

 

 

「“祈れ―――”」

 

 

 無論、流石に藍染の監視下の真っ只中で、段階を飛ばして“あの力”を見せる気は無い。

 あれはいざと言う時の切り札であり最終手段。

 もし使用するとしても、藍染が尸魂界陣営との決戦の舞台へと赴き、この虚夜宮を留守にした後だ。

 正直それでも不安は拭えないが、現状よりはマシだろう。

 

 本来であれば通常の帰刃だけでも避けたいところでもある。事実、このまま戦闘を続行したとしても、ノイトラが勝利出来る要素は十分にあった。

 だが彼はそれでも帰刃を選択した。それ程までに、ネリエルへの思いが強かったのだ。

 ―――此処で解放せずして何時するのか。

 多少のリスクなぞ端から承知している。だがその程度が如何したと。

 当然だろう。ノイトラは生半可な覚悟でこの場に立って居る訳では無いのだから。

 

 そして何より、ネリエルと会うチャンスはこの一度きり。

 しかも彼女は何時少女の姿へと逆戻りするかも分からない状態にある。行動するなら出来る限り早い方が良いのは明白だった。

 

 それにノイトラ本人は意識していないが、この場で解放を選択したのは決して悪い事では無かったりする。

 任務中に幾度となく窮地へ陥ろうとも、頑なに帰刃を拒み続けた理由。それに説明が付くのだから。

 全ては―――ネリエルと再会した時の為であり、力を見せるのは自身の認めた相手に対してだけなのだと。

 当人は知らず知らずの内に、この場を監視している者達へそう訴えていた。

 

 

「“聖哭蟷螂(サンタテレサ)”!!!」

 

 

 周囲へ無用な警戒心を抱かせぬ程度で本気を出す事を意識しながら、ノイトラは解号を唱えた。

 次の瞬間、8の字の刀身の中心部へ霊圧が集束する。

 未だ嘗て見た事が無い程の規模まで膨れ上がったそれに、誰もが息を呑んだ。

 

 するとその直後―――戦場を圧倒的な霊圧が支配した。

 ネリエル、そして一護と織姫の三人は、その余りの規格外さに恐怖を抱いた。

 本当にこれが中堅の十刃が持つ力なのかと。

 

 

「あ…ぅ…」

 

「ッ、井上!!?」

 

 

 案の定、織姫は耐え切れなかったらしく、全身を弛緩させながらその場にへたり込む。

 だがそれでも彼女は一護の治療の手を緩めない。その精神力の強さは賞賛に値する。

 

 

「それが…今の貴方なのね…」

 

 

 ネリエルは静かにそう呟いた。

 やがて巻き上がった砂塵の中から、ゆったりとした足取りで、それは現れる。

 立ちはだかる者の尽くを問答無用で捻じ伏せ、一切の希望すら打ち砕く―――正に“絶望”と呼ぶに相応しい存在が、其処には居た。

 

 

 




主人公「流石やでぇ…(お目目キラキラ」
羚騎さん「やめろください(震え声」

剣ちゃん(死亡フラグ)復活。





超展開及び捏造設定纏め。
①ビビる羚騎さん。
・元のイメージが強い分、余計にそうなってる感じ。
・解放後のゴリラさんが両手で刀握って構えている姿をイメージしてみて下さい。私はビビる。
・そういえば彼女、原作でも本調子じゃないのにゲスプーンさんの鋼皮を普通に斬り裂けるぐらい強いんですよね。
・千年血戦篇で戦うシーンが見たかったなぁ…。
②何でそんなに剣道に拘るのさ。つーか絶対隙あるだろ。
・だって剣ちゃんも使ったら強くなったから…(笑
・冗談はさておき、剣道は見た目は華やかじゃないですけど、理に適ってるんですよね。
・経験者なら解ると思いますが、腹を決めた状態でしっかり構えているだけでも、相手に付け入る隙を与えない優秀な構えなんですよね。例外はありますが。
・錬士六段の人と稽古した時は今でもトラウマ(汗
③あの鎖は消せる。
・本文にもある通り、斬魄刀自体も自由に出し入れ可能な設定にしてるんで。
・鎖同士の継手を見てみると、外すのは難しそうですし。
④憧れ補正により主人公盲目に。
・羚騎さん涙目。
⑤復活剣ちゃん。
・主人公の死亡フラグが再起動しました。
・尚、また一人で突っ走ってる模様。
⑥力づくで反膜を退かす剣ちゃん。
・剣ちゃんなら斬ったり壊したりとはいかずとも、その程度は出来るかと思って…。
・まあ通常の反膜じゃないから、という事で一つ御容赦を。
・初代剣八さんは内心で舌舐めずりしてます。
⑦遂に解放する主人公。
・主人公の性格的に考えれば自ずとこうなるかと。そのままじゃあ舐めプになってしまいますし(笑
・寧ろこの大事な局面で解放しないで隠し通そうとする方が逆に不自然かと。
・一応補足的な内容は先の話の中に入れてますので。
・まあ結局のところ、誰一人として藍染様の掌の上からは逃れられないのだ…(悟り顔





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