三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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BLEACH最新話読んでテンション上がりまくりな私です。
やっぱ藍染様は最高だぜ!!





天兎 フウ様、黙阿弥様、秋の守護者様、おとり先生様、410様、ミックス様。
第五十三話の誤字報告、真に有難う御座いました。


第五十四話 三日月と主人公と、虚無と孤狼と…

 大の字に倒れたまま身動き一つ取らないグリムジョーを、一護は激しく肩で息をしながら見下ろしていた。

 仮面は左目の周辺のみを残しただけで、後は完全に砕け散っている。

 これで良く虚化が解けなかったものである。一護も安堵していた。

 先程までの“豹王の爪”の猛攻によって刻まれた傷口からは、止めど無く血が溢れ出し、足元の砂を赤く染めて行く。

 

 傍から見れば満足に動ける状態では無い。

 だが一護は構えを解かない。

 刀身を下段に置き、何時グリムジョーが襲い掛かって来ても対応可能な形を維持し続ける。

 

 だが正直言えば一護自身も、出来れば今直ぐにでも休息へと入りたい気分だった。

 限界とは行かないが、霊力も体力も通常の半分以下。

 例えこれでグリムジョーとの戦いが終わったのだとしても、まだ敵は沢山残っている。

 こんな状態を狙われでもすれば、もはや一巻の終わりである。

 

 余力を残して置くに越した事は無い。

 そう考えた一護は、右手で仮面に触れると、撫でる様にしてそれを消し、虚化を解く。

 ―――自分自身が肝心な存在を忘れている事に気付かぬまま。

 

 その直後、グリムジョーの身体がピクリと動いた。

 一護は即座に反応。重心を低く落とし、油断無くグリムジョーの動きを観察し続ける。

 

 

「…ま…だだ……ッ」

 

 

 如何やら意識を取り戻したらしい。

 今迄に無いレベルの致命傷を負っているにも拘らず、グリムジョーは己の内に再び戦意を宿らせる。

 

 脳裏に浮かぶのは、互いの最強の技がぶつかり合い、自身が敗けた光景。

 巨大な二つの力は拮抗する様子は一切無く、接触の直後から勝敗が決していた。

 全ての青色の刃をガラス板の如く砕きながら直進する漆黒の斬撃。

 それはやがてグリムジョーへと到達し、その身に大きな太刀傷を刻み込んだ。

 

 ―――何が足りなかった。

 満身創痍の身体を起こしながら、グリムジョーは考える。

 だが全く答えに辿り着けない。

“豹王の爪”を出した直後は明らかに此方の優勢だった。一護は防戦一方で、如何考えても逆転の要素は無かった筈だと。

 それでも最後の最後に全てが引っ繰り返された。

 こんな想定外な結末、誰が想像するというのか。

 

 

「が…あああああアアアァッ…!!!」

 

 

 上体が起き上がる度、傷口からブチブチと嫌な音が響く。

 同時に鮮血が勢い良く噴き出す。

 だがそれでも尚、グリムジョーは動きを止めない。

 

 ―――何て執念だ。

 一護は瞠目する。

 あれ程の怪我だ。普通なら身動き一つ取れる筈が無い。逆に傷口を広げ、己の死期を早める可能性が高い。

 剣八なら平然と動いて笑いながら斬り掛かって来そうではあるが、あれは例外中の例外である。

 

 

「…もう止せグリムジョー。それ以上動けば流石のお前でも―――」

 

「黙…れ…!!!」

 

 

 一護の言葉は怒声によって遮られる。

 それでも諦めずに続けようとするが、グリムジョーの向けて来た凄まじい殺気に、思わず口を噤んだ。

 

 

「てめえは、ずっとそうだ…!! 全然殺意を向けてこねえクセに……俺に勝つ気だけは持っていやがる…!!」

 

 

 グリムジョーにとっての戦いとは、殺し殺されの死と隣り合わせな世界。

 だが一護は違う。どんなに痛め付けられても、仲間を傷付けられても、その眼に憎しみと殺意を宿らせる事はしなかった。

 不屈の闘志と不殺の信念を以て、臆する事無く敵に立ち向かって来た。

 

 それがグリムジョーにとってどんな意味を持つのか。

 自身と同じ場所に立とうとしないにも拘らず、勝利を信じて疑わない。

 まるでそれはグリムジョーより格上だと、行動で示している様に見えた。

 それが如何し様も無く―――気に食わなかった。

 

 

「ナメんじゃ、ねえええええッ!!!」

 

 

 遂にグリムジョーは立ち上がる。

 両足は地面に着いているものの、終始ふら付いており不安定。少しでも気を抜けば瞬く間に倒れてしまいそうな印象を受ける。

 正に見た目は瀕死そのもの。

 

 しかしその眼は死んでいない。

 鋭利な眼光に含まれる強烈な意志に、一護は気圧された。

 だがそれも一瞬の内だけ。負けるものかと、直ぐ様己を奮い立たせ、切っ先を向ける。

 

 

「ッ!?」

 

 

 だが一護の行動は不要だった。

 何故なら次の瞬間、グリムジョーの帰刃形態が解け、解放前の姿へと逆戻りしたのだから。

 彼の右手には斬魄刀が握られている。だがそれの中身は明らかに内包する力が弱くなっており、現状のままでは再び帰刃出来るとは考え難かった。

 

 一護の脳裏に、以前卍解習得の為の修行に当たり、だが夜一から受けた講習内容の一部が浮かび上がる。

 持ち主の意志に反して卍解が消滅し、通常の斬魄刀へと戻る現象が起こった際、それは持ち主の死期が近い事を意味すると。

 そしてその斬魄刀自体も、持ち主の死と共に消滅するという運命共同体。

 

 やや状況は異なるが、共通すると思わしき部分は幾つかある。

 まず十中八九、グリムジョーは自らの意志で帰刃を解いてはいない。瀕死の状態にも拘らず、あれだけの殺気と戦意を向けて来たのだ。態々戦闘能力を落とす真似などせず、例え無茶でもその状態を維持したまま戦闘を再開する筈。

 しかし実際は解けた。

 ひょっとすると、元々消耗が激しくなると解除される仕組みだったのかもしれない。

 だがもし、死神の卍解消滅と同様に、破面の帰刃消滅もそれに当て嵌まるとしたら―――。

 

 

「グリムジョー、お前は…―――」

 

 

 答えに至った一護は絶句した。

 そう、グリムジョー本人もそんな事は百も承知。その上で戦闘を続行しようとしているのだ。

 寿命を縮める事になろうが関係無い。結局は自身が死ぬよりも早く、敵を殺してしまえば良いだけの事だろうと。

 

 

「さっさと…構えろ黒崎…!! 俺はまだ戦え―――!!」

 

「いや無理だろ」

 

「る、ガッ!!?」

 

 

 未だにふら付いたままの足。その右足を前に出した刹那―――グリムジョーが背後から何かに襲われた。

 それは鞭の如く撓る―――長い右脚であった。

 グリムジョーの後方、その上部より斜め下に振り下ろされたそれは、寸分の狂いも無く彼の後頭部へと直撃。

 打撃による衝撃により脳が揺さ振られて脳震盪を起こすと、瞬く間にその意識は暗転した。

 

 

「取り敢えず今は寝てろ」

 

 

 糸の切れた人形の如く、グリムジョーは全身から前のめりに崩れ落ちる。

 だがそのまま地面へ倒れ伏す様な事にはならなかった。

 長い右脚の次は、これまた長い右腕が後方から伸ばされ、グリムジョーの白装束を掴んで止めていたのだ。

 

 

「…居るんだろ、チルッチ」

 

 

 その腕の持ち主―――ノイトラは小さく溜息を吐くと、意識の無いグリムジョーを持ち上げて自身の後方へと差し出しながら、自らの従属官の名を呼ぶ。

 すると彼の背後に一つの人影が音も無く降り立った。

 

 

「―――なに?」

 

「コイツを治療室まで頼む」

 

「…りょーかい。ほらあんた達、お仕事の時間よ」

 

 

 チルッチは了承の返事をすると、この場に居る者達以外の誰かへと呼び掛ける。

 次の瞬間、彼女の周囲へ複数の気配が瞬時に現れる。

 それはノイトラが十刃落ち二名を回収した直後に蹂躙し、最後の一人になったところで現れたチルッチへと預けたピカロであった。

 

 

「はーい!」「わかったー」「がってんしょーち!」「よいしょっと」「えいこらしょっ」「どっこいしょっ」「わっしょいわしょい!」「ワンワン!!」「わひゃあ!? ゆらさないで~!」「顔に血がかかった~!」「い、痛そう…」「ぐろてすく~」「これ食べていいの~?」「えぇ~、まずそー」「かたそう…」「ゆでればやわくなる~」「まめ知識?」「とりびあ~ん」

 

「真面目に運べや糞餓鬼共が! あとそいつ食べたら二度と飯やらねえぞコラァ!!」

 

 

 ピカロはチルッチの指示に従い、十人以上でグリムジョーの身体を持ち上げると、まるで祭りの神輿の如く運び始める。

 如何見ても重傷人の扱いをしていない彼等に対し、チルッチは怒鳴りながらもその後を追った。

 

 

「……俺は何も見て無ぇぞ…」

 

 

 口ではそう言いつつ、ノイトラは果てし無く疑問に思っていた。

 ―――何でピカロが生きてんだ。しかも増えた状態で。

 だが今考えるべき事では無いとして、思考を切り替える。

 それに理由は不明だが、何故かチルッチには従順になっている様だし、今の所は問題無いだろうと判断して。

 

 

「さァて、こうして直接会うのはあの時以来だな?」

 

「てめえは…!!!」

 

 

 ノイトラは背筋を伸ばすと、改めて一護と向き合う。

 こうして二人が対峙するのは、初の現世侵攻時を含めて二度目。

 ノイトラとしては相変わらず何か感慨深いものを感じていたりするのだが、一護は違う。警戒レベルを最大限に上げながらも、密かに恐怖心を抱いていた。

 眼前に立たれただけで伝わって来る、此方を容赦無く押し潰さんとする程の凶悪な霊圧は、今迄に感じた事が無い。

 正にグリムジョーとは別格。まさか階級一つの違いがこれ程の差を持つとは、と。

 

 

「改めて自己紹介といこうぜ。第5十刃、ノイトラ・ジルガだ」

 

「…黒崎一護だ」

 

 

 ―――既に十分知っているだろうに。

 平然と名乗り始めたノイトラに対し、一護は内心で吐き捨てた。

 

 

「オウ、宜しくな。つっても…短い間だけになるかもしれねぇけどな」

 

「―――ッ!!」

 

 

 その言葉の意味なぞ、説明されるまでも無く理解出来た。

 ―――今のお前を始末する程度、そう時間は掛からない。

 即ちノイトラはそう言っているのだ。

 一護は思わず歯噛みした。自身の状態を鑑みるに、このまま戦えば確実にそうなるであろうと。

 

 

「六番目の次は五番目。順当だろ?」

 

「く…!!」

 

「そんじゃ、始めるとすっかァ」

 

 

 無情にもそう言い放つと、ノイトラはゆったりとした速度で歩を進め始める。

 明らかに不利なこの状況下に於いて、待ちに入るのは愚策。しかしそんな思考とは裏腹に、一護の足は全く動かず、ノイトラが近付いて来るのを只々眺め続けるしか出来無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリムジョーと一護の戦いに決着が付いた頃、その現場から徒歩二分程度の位置にある通路を進んでいる者が居た。

 織姫が連れ出された事を知り、グリムジョーを追って宮を出たウルキオラだ。

 しかしその割には急いでいる様には見えない。響転も使わず、しかも走るどころか余裕を持って歩いている。

 

 つい数分前、通路を移動しながら探査神経を発動させていたウルキオラは、一護と交戦していたグリムジョーの霊圧が急激に小さくなってゆくのを感じた。

 その反面、消耗故か序盤に比べて相当弱まってはいるものの、未だ消失せずに残っている一護の霊圧。

 ―――グリムジョーが敗れたか。

 直接見てはいないが、ウルキオラは大凡を察した。

 

 更にそれから間も無くして、その中心部目指して凄まじい速度で近付くノイトラの霊圧。

 この時点で一護の運命は決まった様なもの。

 それ等の理由から、ウルキオラは特に急ぐ必要も無いとして、移動速度を一気に緩めたのだ。

 

 

「…奴の命運も此処までか。呆気無いものだ」

 

 

 何処か失望した様にして呟くと、今度は悩み始める。

 極めて微弱となったグリムジョーの霊圧反応だが、如何やら治療室へ運ばれているらしい。チルッチと、虚夜宮の一角に閉じ込められていた筈のピカロによって。

 そして残されたノイトラと一護は、今正にその距離を詰め始め、交戦状態に入ろうとしている。

 

 ―――どちらに向かうべきか。

 ウルキオラとしては後者の現場を選びたいところだが、組織の一員としての優先順位を考えれば前者も捨てる訳にはいかない。

 考えながら通路を進んでいると、少し先に他から伸びた通路の合流地点が視界に入った。

 するとその内一つから、とある人物が現れる。

 

 

「…ウルキオラ?」

 

「…お前か、スターク」

 

 

 それはリリネットに留守番を頼み、自身の宮から出ていたスタークであった。

 探査神経を始め、霊圧探知系の殆どを切って歩いていた為か、彼は何処か驚いた様子でその場に立ち止まる。

 ウルキオラもそんなスタークの近くまで進むと、その足を止めて向き合った。

 

 

「珍しいな。まさかお前が外を出歩いているとは…」

 

「…どっかの誰かさんにも言われたな、それ」

 

 

 ウルキオラの言葉を聞いたスタークは、バツが悪そうに後頭部を掻く。

 

 

「現世侵攻の予定時間までそう間も無いだろう。良いのか?」

 

「……あ~…」

 

 

 ウルキオラは問い掛ける。

 それに対し、スタークは視線を斜め上へと逸らして考え始める。

 自身の用件を言うべきか言わざるべきかと。

 

 スタークが宮を出て移動していた理由は、藍染からの密命を実行する為だ。

 そのタイミングの全ても、事細かに聞き及んでいる。それが色々とゴタついている今なのである。

 それを逃すと非常に面倒な事態に陥る可能性が高い上、難易度が跳ね上がるとして。

 

 一分が経過した辺りか。ウルキオラから催促の視線が向けられる。

 ―――そんなに急くなよ。

 意外と気が短いウルキオラに、スタークは困惑を隠せない。状況が状況なだけなのかもしれないが。

 しかし藍染から出来る限り内密に頼むと言われているし、如何考えても此処は黙っている方が間違いは無い。

 だがふと思い出す。そう言えば藍染は最後にこう付け加えていた。

 信用出来る相手であれば、広めない事を条件に話すなり協力を仰ぐなりしても構わないと。

 

 嘘偽り無く正直に藍染絡みだと言えば、ウルキオラなら忠実に熟そうとするだろう。

 恐らくは、それが例え仲の良い同僚に手を掛ける内容であってもだ。

 それほどまでにウルキオラの忠誠心は高いのだ。

 

 

「実はよ…お前が出て行った後の事なんだが―――」

 

 

 悩みに悩み抜いた末、スタークは意を決して口を開いた。

 リリネットにした様に、あの時ウルキオラが退室した後に、藍染から与えられた指示の内容を説明する。

 

 

「――― 一体何の冗談だ、それは」

 

「…は?」

 

 

 だが説明を終えた直後、ウルキオラが見せた反応は予想外なものだった。

 何とその指示の内容の真偽を疑って掛かったのだ。

 

 これには流石のスタークも茫然とするしかなかった。

 

 

「奴が何時、そんな下らん事を企んでいる素振りを見せた。そもそも何の得に―――っ」

 

 

 其処まで言い掛けた瞬間、ウルキオラは途端に口を閉ざした。

 ―――自分は何をムキになっているのか。

 スタークの言った内容が真実であるのならば、それを信用しないという事は即ち藍染を信用していないという事になる。

 何と愚かしい真似をしているのか。ウルキオラは内心で自身を戒める。

 

 藍染が言えば、例えそれが白であっても黒になる。

 当然だろう。彼の僕である自分達は、その骨の髄まで主の為に尽くす事こそが存在意義だ。

 その在り方に疑問を挟む余地など皆無。

 

 ウルキオラはそう自身を納得させんとするも―――完全には出来無かった。

 それは織姫の宮周辺にて息絶えたファエナ。その生き様を見届けた際に抱いたものと似ている。

 その身の内側に生まれた何かは、既の所で藍染の言葉を受け入れる事を拒み続けていた。

 

 

「…驚いたな」

 

 

 己の内で起こった謎の現象に戸惑い続けているウルキオラの様子を眺めながら、スタークはそう零した。

 普段から出不精なせいだろう。交流が殆ど無かった為、ウルキオラについては時折聞こえて来る風の噂程度でしか知らない。

 感情の抜け落ちた人形、藍染の命令にのみ従う機械。稀にある召集で顔を合わせた時も、正に虚無という、その司る死に相応しい存在だという印象しか抱かなかった。

 

 それが如何だ。恐らくは未だにそれが理解出来ていないのだろう。眼前で自身の口元に手を当て、何かを考え続けている様子を見るに、噂通りでは無いのが明白。

 ウルキオラのこの変化の原因は一体何なのか。まあスタークには大凡の見当が付いていたのだが―――。

 

 

「まぁ、信じる信じねぇは自由だぜ。どっちにしろ俺のする事は決まってるんだけどな…」

 

 

 スタークは一旦言葉を区切ると、ウルキオラに背を向けた。

 そうして十歩程進んだ時、突如としてその足を止め、顔を僅かに振り返らせながら言った。

 

 

「それと…相手が相手だ。お前も手伝ってくれりゃあ心強いぜ」

 

 

 心成しか、その表情には影が差している様に見えたが、別の事に意識を向けていたウルキオラは気付かなかった。

 返答を待たぬ内に、スタークは再び歩き始める。

 ウルキオラはその背中が視界から消えるまで、その場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 状況はこれ以上無い程に最悪だった。

 あれだけの激戦の後だ。そんな状態で再びグリムジョークラスの敵と交戦しても勝利出来る可能性は著しく低い。

 その為、一護はグリムジョーを下した後、織姫とネルを連れ、これ以上の接敵を避けながら退却する予定であった。

 しかし現実は余りに非情。今対峙しているのは更にグリムジョーよりも階級が上の十刃であるノイトラ。加えてその戦績を見る限り、例え一護が全快の状態であっても極めて厳しいだろう。寧ろ真面な戦いになるのか如何かすら怪しい。

 

 

「…どーしたよ。来ねぇならコッチから行くぜ?」

 

 

 此方を睨み付けるばかりで動く様子が全く無い事に痺れを切らしたのか、先手を打ったのはノイトラだった。

 袴の両脇に手を突っ込んだ自然体のまま、瞬時に間合いを詰めると、その長い右脚を真横に振り被る。

 

 ―――速過ぎる。

 一護は驚愕した。視界では捉えていたものの、ノイトラが見せた動きに全く反応出来無かった事に。

 しかもこれは響転では無い。只の純粋な踏込みでこの速度を出しているのだと。

 

 一護は咄嗟に後退しようとするが、直後に左足へと走った激痛がそれを阻む。それはグリムジョーとの戦いの中で見せた無茶な動き、その際に使用した部分であった。

 已むを得ず、繰り出された蹴撃の軌道を予測し、自身の左側面へと刀身を移動。裏側には左腕も添え、反撃も何も無い完全な防御態勢を取る。

 夜一の打撃に耐えるどころか逆に負傷させ、手加減抜きで放たれた喜助の“剃刀紅姫”を容易く破壊したノイトラの脚だ。

 即ちこの一撃には尋常ならざる威力が秘められている筈だとして、一護は全力でそれを受け止めに掛かる。

 

 

「ッ…ガ…!!?」

 

 

 ノイトラの脚と刀身が接触した瞬間だった。

 気付けば一護の身体は宙を舞っていた。

 目まぐるしい速度で切り替わる視界へ移る光景。感覚の無い両腕に、全身へと襲い掛かる凄まじい衝撃。

 そんな状態で真面な着地体勢を取れる筈も無く、一護はやがて転がる様にして地面へと落下した。

 

 ―――何が起こったのか。

 余りに急な展開に、一護は倒れ伏しながら混乱していた。

 次第に感覚が戻り始めた両腕に力を入れ、身体を持ち上げる。

 視界の先には、右脚を振り抜いた状態で止めたまま、何処か落胆した様な表情で此方を眺めているノイトラだった。

 

 

「冗談……だろ…!?」

 

 

 一護は今更ながらに理解する。

 自身はあの蹴撃を受け止め切れずに吹き飛ばされたのだと。

 そして身体に残るダメージは、その際に刀身を伝わって来たもの。

 

 血の気が引いた。蹴りだけであれ程の威力が出せるのかと。

 確かに此方は消耗している。しかしそれでも大抵の攻撃には耐えられる自信があった。

 だがこの結果である。一護の全力の防御は、一秒も持たずに崩された。

 つまりノイトラは徒手空拳に於いても自身の想定を超える常識外れな能力を持っているという事に他ならない。

 

 

「…こんなモンか?」

 

「ッ!!」

 

 

 その呟きを耳にした一護は、両足に力を込めて一気に立ち上がる。

 透かさず刀を構え直し、切っ先を向ける。

 

 次に深く息を吸い込み、ゆっくり吐く。そうして呼吸を整えると同時に、精神も落ち着かせる事に尽力する。

 やがて戻る冷静な思考回路。その中で、一護は如何にしてこの圧倒的不利な現状を打開するかを考える。

 

 普通に戦うだけでは駄目だ。それでは傷一つ付ける事すら叶わない。

 グリムジョーですら、卍解状態且つ極限まで集中した上でやっと鋼皮を切り裂けたのだ。最低でも常時その刀身に月牙を纏わせた形で斬撃を繰り出さねば、ノイトラには通用しないだろう。

 そして真正面から打ち合う事は如何あっても避けなければならない。確実に打ち負ける。

 刀身を通じて感じたのは、蹴撃の威力だけでは無い。それに含まれた速度と鋭さ、正確さに練度、そしてグリムジョーを遥かに超える膂力。

 背中の巨大な得物は飾りでは無いのだろう。しかしあの細見の身体の何処からそんな力が出て来ているのか甚だ疑問だ。

 

 常軌を逸した力の前では、如何なる小細工も通用しない。

 一護にとって、正にノイトラはそれの体現者だった。

 

 互いの力の差は歴然。勝機という希望の光は遥か先にある。

 だがそれが何だと、一護は己を奮い立たせる。

 決して諦めるものか。最後の最後まで、文字通り死力を尽くして戦い、勝利を捥ぎ取ってやると。

 

 自身の顔を覆い隠す様にして、一護は徐に右手を持ち上げる。

 それが一体何の動作なのかは言うまでも無い。

 

 

「おおおおおオオオッ!!!」

 

 

 咆哮と共に、一護の周囲が漆黒の霊圧に覆われる。

 其処から間髪入れずに何かが飛び出すと、残像を残す程の速度でノイトラへと接近する。

 

 無論、それは虚化した一護だった。

 刀を真横に振り被り、眼前の敵を胴薙ぎにせんと迫る。

 その刀身には既に月牙が纏われていた。

 

 

「…へェ」

 

 

 ノイトラは感心していた。

 あれだけの激戦の直後で相当疲弊しているだろうに。そんな中で更に消耗の激しい虚化を迷わず使うとは、何とも思い切った事をする。

 十中八九、一護は短期決戦を仕掛ける気なのだろう。

 敵は此方を舐めている。ならば本気を出す前に仕留めてやるとでも考えてそうだ。

 薙ぎ払われた刀身を、後方へと軽くステップを踏んで躱しながら、ノイトラは思った。

 

 一方、初撃は躱されてしまったものの、一護は動じずに更なる追撃を仕掛ける。

 怯む事無く次々に前へと踏み込み、的の大きいノイトラの胴体を中心に狙いを定め、縦横無尽に刀を振るう。

 実はこの月牙を纏った斬撃。その威力もさる事ながら、実は結構凶悪な仕様だったりする。

 それは刀身のみならず、全体を漂う月牙自体も相当な殺傷能力を持っており、並みの鋼皮では少し触れただけで容易く負傷する。

 即ち攻撃範囲が不規則なのである。この斬撃を完全に回避するには、只単にその切っ先が届くであろう範囲から逃れるだけでは足りない。その形を定めずに刀身の周囲を漂う月牙にも意識を向けねばならないのだ。

 

 だがノイトラは涼しい表情で、繰り出される無数の斬撃を難なく躱し続ける。

 その身に纏う白装束には傷一つ付いておらず、掠りすらしていない事を証明していた。

 何故これ程までに完璧に躱し続けられるのか。それはノイトラ自身が極限まで神経を集中させているのもあるが、大半は一護の攻撃の殆どが直線的であった為だ。

 如何に速く強力な斬撃でも、初動さえ見極めてしまえば回避は容易い。そしてある程度の余裕を持って躱せば、刀身に漂う月牙に対応する事も出来る。

 これはノイトラの今迄の鍛錬、そして夜一との戦闘経験が活きた結果であった。

 

 自身の斬撃が尽く当たらない事に内心で舌を巻きながらも、一護は考える。

 しかしこうまで徹底して躱し続けているという事が何の意味を持つのかを。

 言うまでも無い。直撃による負傷を避ける為だ。

 つまり一護の斬撃は、ノイトラの鋼皮を切り裂くに足る十分な威力を持っているという事。

 もし耐えられる程度の攻撃なのであれば、一々躱す必要など無いのだから。

 

 だが気に掛かる点もある。先程から一向に、背中の斬魄刀らしき巨大な得物を手に取る様子が無い事だ。

 一護はふと思い至った。それが此方を侮っているが故の態度であれば、これはチャンスかもしれないと。

 確かに観察されていた分、此方の手の内は大半が把握されているかもしれない。

 斬魄刀を抜かないのも、この程度であれば使う必要は無いと判断したからだろう。

 

 ―――その余裕が命取りだ。

 ノイトラが油断している隙に全力を以て畳み掛け、帰刃しない内に仕留める。言うなればこれが理想形か。

 考えを纏めた一護は、即座に行動へと移す。

 攻撃を一旦中断すると、上空へと跳躍。そしてすかさず月牙天衝を放つ。

 ノイトラも即座に反応。先程までより大きな動きで、攻撃範囲から逃れんとする。

 

 だがこれはフェイク。躱されるのは織り込み済み。本命はその後にある。

 その証拠に、回避姿勢のノイトラの背後には、何時の間にか刀を振り被った一護の姿があった。

 

 無理をして瞬歩を使用した甲斐があったと言うべきか。左足に激痛を感じながらも、一護は即興で立てた戦法が通用した事に安堵していた。

 事実、この時彼が叩き出したその速度は過去最高。虚化の影響も相俟って、それは夜一が全力で使用した瞬歩に匹敵する程だった。

 

 此方に振り向く素振りを見せていない事から、ノイトラはまだ此方に気付いてはいない。

 例え気付けていたとしても、今更どんな反応をしても手遅れ。

 ―――これで決まりだ。

 己の勝利を確信しながら、一護はノイトラの背中目掛けて刀身を振り下ろした。

 

 

「な…!!?」

 

 

 だがその想定はまたしても覆される。

 振り下ろした刀身がその背中に触れるかと思われた刹那、ノイトラは一瞬で上体を前方へと曲げる。それに合わせて右脚を後方へと振り上げ、間近へ迫った刀身を真下から踵で弾き返したのだ。

 一護は瞠目した。月牙天衝に負けず劣らずの必殺の一撃が弾かれた事もあるが、何より繰り出されたその脚技に見覚えがあったからだ。

 

 

「フッ!!!」

 

 

 ノイトラは振り上げた右脚をそのままに、全身を横倒しにしたまま回転。コンマ数秒の間に三回程繰り返した後、攻撃を弾かれた状態から脱せていない隙だらけな一護の左脇腹へ、勢いを乗せた左脚を叩き付けた。

 

 

「ぎ、ぐあああああぁぁぁ!!!」

 

 

 直撃部分にある骨が軋みを上げる。

 寧ろ折れなかったのは幸いと言うべきかもしれない。

 一護は宙で盛大に回転しながら吹き飛ばされ、ノイトラから相当離れた位置に聳え立つ宮の残骸へと衝突。瓦礫と共に地面へと落下した。

 

 

「どういう、事だよ…!!?」

 

 

 ―――何故ドルドーニの技をノイトラが使っているのか。

 刀を支えに立ち上がりながら、一護は疑問の声を上げた。

 だがそれに対する返答は無い。

 即座に背筋を走る悪寒に、警報を鳴らす本能。

 一護は反射的に身体を伏せた。するとつい先程まで頭があった場所を、長く鞭の様に撓らせた左脚が通り過ぎていた。

 

 

「―――残念」

 

 

 完全なる不意討ち。しかも振るわれた脚の速度と鋭さは、まるで刃そのもの。

 虚化していなければ対処し切れなかったであろう。

 ―――もし直撃を受けていれば如何なっていた事か。

 額から流れた一滴の汗が、一護の頬を伝う。

 

 

「俺の脚技は基本的に二段構えだ」

 

「ゴ、ァッ!!!」

 

 

 だがそれも束の間、左脚と入れ替わる様にして今度は右脚が振るわれ、一護へと直撃する。

 しかも狙っているのか、先程と同様に左脇腹へと。

 その衝撃により、グリムジョーとの戦いの中で負った傷口が広がり、少なく無い量の鮮血が舞った。

 

 凄まじい勢いで地面を転がりながら吹き飛んで行く一護。

 それを眺めるノイトラの口元は吊上がっており、明らかに弱者を甚振る事に快感かそれに等しいものを覚えているのが丸判りだ。

 無論、実際は完全な演技である。だが長きに亘って鍛え上げられたノイトラの演技力は、並大抵の者では見破れぬ凄まじいものへと昇華していた。

 

 

「…い…ちごぉ…!」

 

「ノイトラ君!! やめてぇ!!!」

 

 

 地面へ転がったまま、右手で直撃部分を押さえて激しく咳き込む一護へ、ノイトラはゆっくりとした足取りで近づいて行く。

 離れの宮にて、遂に激痛を発する様になった頭を抱えながら、ネルは一護の名を呼ぶ。

 彼女の傍に立つ織姫はと言うと、何とノイトラへと声を掛けた。

 

 

「貴方はそんな事する人じゃない!! だって私の知るノイトラ君は―――不器用でぶっきらぼうだけど、すごく優しかった!!!」

 

「………」

 

「だから…お願い!!」

 

 

 織姫は必死に呼び掛ける。

 戦うなとは言わない。だがせめて、一護を回復させるぐらいは許してほしいと、内心で願いながら。

 

 だが悲しい事に、ノイトラは全く反応を示さない。

 一歩、また一歩と、一護との距離を詰めて行く。

 

 

「ノイトラ君!!!」

 

 

 明らかに無視されている。

 しかし織姫は諦める事無く、再度ノイトラの名を呼ぶ。

 当人が何かしらの反応を示すまでは何度でも繰り返す勢いだ。

 

 

「…怪我させねぇ程度にソイツを黙らせろ!!!」

 

 

 それが功を奏したのか、遂にノイトラが反応した。

 苛立ちを隠さずに声を荒げたかと思うと、それは命令。誰かに向かって放たれたものであった。

 

 

「―――ホント、人使いが荒いわねっ!」

 

「あぐっ…!!?」

 

「うああぁっ!!?」

 

 

 次の瞬間、織姫の身体が地面へと倒れる。

 見れば彼女の全身にはワイヤーの様な物が巻き付いており、動きを完全に封じていた。

 織姫の足元周辺に居たネルはと言うと、チルッチがその服の襟を掴んで持ち上げ、離れたところへと投げ飛ばしていた。

 

 

「チルッチ…ちゃん…?」

 

「黙りなさい。じゃないとその舌を引っこ抜くわよ」

 

 

 織姫を拘束したのは、グリムジョーを治療室まで運搬するピカロと共にこの場から離れた筈のチルッチであった。

 その際に使用されたワイヤーの様な物の正体は、その特異な形状をした斬魄刀。

 戸惑いを隠せない織姫を、チルッチは冷ややかな視線で見下ろしていた。

 

 

「井上!!?」

 

 

 異変に気付いたらしい一護は、咄嗟に上体を持ち上げると、織姫達の居る宮の方向へと顔を向ける。

 その直ぐ間近にノイトラが迫っていたにも拘らず。

 

 

「…余所見してんじゃねぇよ」

 

「ガハァッ!!!」

 

 

 意識を他に向けているとは言え、未だに倒れたままの一護を、ノイトラは容赦無く蹴り飛ばした。

 その際に生じた、ボキボキという何かが折れる嫌な音。

 直撃部分がまたしても左脇腹な時点で、何が起こったのかは大体想像が付く。

 

 度重なる攻撃に、その部分にある骨が遂に耐え切れなくなったのだ。

 一護は蹴りの衝撃で数メートル転がり、やがて止まる。

 だが一向に立ち上がる素振りを見せない。否、正確には出来無いというべきか。

 事実、一護はその仮面の内側で表情を苦痛に歪めながら、左手で負傷箇所を押さえていた。

 

 

「そんなにあの御姫サマが心配か? この俺を無視する程によォ…」

 

「て、めえ…!!」

 

 

 せめてもの抵抗なのか、一護はノイトラを睨み付ける。

 しかし残念ながら、その程度で動じる様な相手では無い。

 

 

「甘ェな、まるでチョコラテだ」

 

「ッ!!?」

 

 

 不意に呟かれたノイトラの言葉に、一護は硬直した。

 それと同じものを聞いたのはつい最近。しかも一度だけだが、あの独特な言い回しは忘れられる筈が無い。

 

 虚夜宮へと侵入した直後まで、過去の記憶を辿り―――其処で全てが繋がった。

 同じ脚技と言い回し。つまりドルドーニとノイトラは親しい間柄か、それに等しい関係にあるのだと。

 更に突き詰めれば師弟か友人。一護としては後者の考えがしっくり来たのだが、あれ程までに洗練された脚技は見様見真似で身に付くレベルでは無い事を考慮すると、前者も捨て難かった。

 

 

「バカが。それで俺に敗けて死んじまえば本末転倒だろ」

 

「…くっ!!」

 

 

 御尤もな言い分ではある。

 一護が死んでしまえば、織姫を助けるも何も無い。

 この場に於いて最善の選択は、ノイトラと戦って勝利する事以外に無い。

 

 一護は悔しさを滲ませると、ノイトラは笑みを深める。

 その姿はまるで―――人が苦しむ様を眺めて愉悦に浸る悪魔を幻視させた。

 

 

「それに忘れちゃあいねぇか。あの御姫サマの運命は…この俺が握ってるんだぜ?」

 

 

 一護は瞠目した。

 そう、織姫を拘束しているチルッチは従属官。つまりノイトラの指示一つで、織姫を生かすも殺すも自由なのである。

 

 ―――ならお前は如何するべきか、理解出来ただろう。

 相変わらず悪魔染みた雰囲気漂う笑みを浮かべたままだが、その眼帯に隠されている方とは逆の右目は違った。

 真っ直ぐ此方を見据える、冷たくも何処か期待の籠った眼差しに、一護はノイトラが何を言わんとしているのかを悟った。

 

 織姫に手を出されたくなかったら、無駄な抵抗を止めて大人しく殺されろという訳では無い。

 お前に残された選択肢は戦う事のみ。例え満身創痍の身体であろうと、文字通り死力を尽くして自身を打ち破り、見事織姫を救ってみせろと。

 

 

「うおぉぉぉおおおおおオオオォッ!!!」

 

 

 霊力は勿論、肉体的にも精神的にも限界が近い。

 左足の負傷もあり、真面な攻撃は出来無いだろう。体力的に見ても、長時間の斬り合いは厳しい。

 ならば―――自身に残された全てを賭けた一撃で、この戦いの雌雄を決するのみ。

 痛みに疲労、恐怖や不安。それ等全てを払拭する様に叫びながら、一護は立ち上がる。

 

 構えを取るや否や、一護は決死の覚悟で踏み込んだ。

 その刀身には既に月牙が纏われているが、その質は先程までとは別次元。

 一護の見せた決死の覚悟に応えたとでも言うのか。漆黒の刀身全体を包み込み、荒々しく渦を巻くそれが直撃すれば、一体どれ程の威力になるだろう。

 

 当然、ノイトラはそれの脅威を十分に感じ取っていた。

 だが動かない。自然体を崩さず、依然として余裕綽々な様子で佇むばかり。

 それに一護は疑問を抱かない。否、抱ける程の余裕が無いと言うべきか。

 今の彼の思考は一つ。文字通り自身の全てを注ぎ込んだこの一撃を以て、必ずノイトラを打倒してやるという意志しか無いのだから。

 

 やがて一護は上段に刀を振り被り、間合いに入った瞬間、それを一気に振り下ろした。

 尋常ならざる殺傷能力を持つ漆黒の霊圧が、斬撃の直撃と同時にノイトラを包み込む。

 

 次の瞬間、一護の顔の仮面が一気に砕け散った。

 虚化が自動的に解けたのだ。

 同時に全身へと圧し掛かる、想像を絶する疲労感と激痛。

 今直ぐにでも地面へ横になりたいという願望が一護の中で湧き上がるが、必死に耐える。休息を取るのはノイトラを倒した事を確認してからだと。

 

 

「―――やれば出来んじゃねぇか」

 

「…え……?」

 

 

 やがて漆黒の霊圧が晴れる。

 同時に眼前へと広がった光景に、一護は絶句した。

 

 一護が振り下ろした刀身は、顔の高さまで持ち上げられたノイトラの右腕に、その刃先を僅かに食い込ませた状態で止まっていた。

 

 

「頑張った御褒美だ。一つ良い事を教えてやる」

 

「あ…あぁ…!?」

 

「俺の鋼皮は―――歴代十刃最高硬度だ」

 

 

 あれだけの速度と攻撃力、そして多彩な戦法を持ちながら、その上更に十刃トップの防御力を持つとは何の冗談なのか。

 その衝撃的な事実を知った一護の表情が、やがて絶望の色へと染まって行く。

 

 それを眺めながら、ノイトラは内心で胸を撫で下ろしていた。

 正直言うと、一護の斬撃を受け止めたのはそれ程余裕だった訳では決して無い。寧ろかなりギリギリである。

 

 刀身が振り下ろされる直前、ノイトラの中で本能が盛大に警報を鳴らした。

 当初はある程度の負傷も覚悟の上で、鋼皮の強度に任せて受け止める心算だったのだが、急遽それを変更。現状に於いて可能な限り、右腕全体を霊圧で全力強化。万全の態勢で迎え撃ったのである。

 

 ―――これだけボロボロな状態で、あれ程の一撃を繰り出すとは。

 主人公補正恐るべし。一護が全開の状態であれば如何なっていた事やら。

 全力で強化を施していなければ、恐らく高確率で右腕を斬り落とされていたであろう。

 表情とは裏腹に、ノイトラは背中に冷や汗を滲ませていた。

 

 

「さて…」

 

 

 右腕に僅かに食い込んだままの刀身を、ノイトラは左手で鷲掴みにする。

 掌が切れる様子は無い。如何やら本当に一護は限界らしい。

 

 刀身を右腕から抜き取ると、そのまま持ち上げる。柄を握り続けていた一護も、それに引っ張られる様に身体が浮かび上がる。

 如何やら身体が動かないらしい。殆ど無抵抗だ。

 

 ―――そろそろの筈だ。

 ノイトラは一瞬だけ視線をネルへと移し、直ぐに逸らす。

 眼前まで一護を持ち上げて二・三秒程眺めた後、やがて興味を失った様に左手を放した。

 

 

「グ…ァッ…!」

 

「終わりだな、黒崎」

 

 

 受け身も足れぬまま、一護は力無く地面へと倒れ伏す。

 ノイトラはそれを見下ろすと、徐に右手を持ち上げ、背中の斬魄刀の柄を掴んだ。

 

 

「折角だ。せめて最後は斬魄刀(コイツ)で引導を渡してやるよ」

 

「…う……」

 

 

 此処に来て初めて、遂にノイトラは背中の斬魄刀を抜き放つ。

 巨大な刀身によって出来た影が、一護へと覆い被さった。

 

 身体を起き上がらせる事すら困難な状態で、防御態勢を取る事なぞ出来る筈が無い。

 一護は視線のみをノイトラへ向け、解き放たれたその8の字の巨大な刀身を只々眺め続けていた。

 

 

「やめてぇぇぇ!!!」

 

「なっ…こいつ…!!」

 

 

 織姫は悲痛な叫び声を上げた。即座にチルッチに押さえ付けられるが、構わず激しく抵抗する。

 だが無情にも、ノイトラの斬魄刀は瀕死の一護を叩き潰さんと、天高く振り上げられる。

 

 霞んだ意識の中で、一護は思った。こんなところで終わるのかと。

 此方の攻撃は通じない。全てを注ぎ込んだ決死の一撃も、鋼皮を浅く切る事しか出来無かった。

 織姫も拘束され、回復手段も断たれた。

 他に希望を見出せるとすれば、同じく虚夜宮へ共に突入した仲間達か。

 しかしノイトラの圧倒的実力を考慮するに、多少の時間稼ぎ程度にしかならないだろう。

 

 困難な状況であれば、今迄に幾度と無くぶつかった。だが決して諦めず、心折れる事無く、自身と仲間達を信じて戦い、乗り越えて来た。

 しかしこれは違う。

 何をしても、誰に頼っても無駄であり無力。一筋の希望の光すら差さぬ、全く以て初めての感覚。

 ―――これが、真の絶望というやつか。

 当事者にも拘らず、一護はまるで他人事の様にそう感じていた。

 

 

「…出来る事なら、全快の状態のテメェと戦り合いたかったぜ」

 

 

 もはや戦意どころか生気すら感じなくなった一護を確認したノイトラは、不意にその表情を一変。至極残念そうな表情を浮かべた。

 先程まで見せていた、弱者を甚振る事に快感を得る様な雰囲気は全く無い。

 

 これこそがノイトラの本心。

 彼は思っていた。自身の置かれた厄介な状況、そして憑依したのが破面と言う種族でさえ無ければ、一護とは純粋に手合せをしてみたかったと。

 例え種族的に相容れぬ敵であっても、対等な条件下で立ち会う事は当然。そんな武人としての精神を、ノイトラが度重なる鍛錬の中で育んでいたのも、その願望を抱く要因となっていた。

 

 

「あばよ」

 

 

 やがてその巨大な刀身が振り下ろされる。

 声無き悲鳴を上げる織姫とそれを抑えるチルッチの近くで、とある霊圧が爆発的に膨れ上がったのはそれとほぼ同時であった。

 

 




コソコソ孤狼さん。
モヤモヤ虚無さん。
ベリたん苛め。





捏造設定及び超展開纏め
①破面の帰刃は、瀕死状態に陥ると勝手に戻る。
・もしかすると生命維持の為に、残った霊圧を使おうと体が勝手に活動しているのかも。
②増殖悪戯小僧。
・飯食って霊圧回復したので。
③コソコソする弧狼さんと、モヤる虚無さん。
・みんな藍染様が悪い。
④ボロボロベリたん。
・寧ろ何時も通りな気が(笑
・しかしこれ程までにボロボロになったり苛められたりするのが似合う主人公が他に居るだろうか?
⑤ベリたん弱過ぎね?
・豹王さんも奮闘した結果なんで、大体こんなもんかと。それと相手が悪過ぎる。
・本来より二・三割程度まで力が落ちてる感じ。
・でも主人公補正は健在。それで勝てるとは言ってませんがね(笑
⑥弱い者苛めする主人公。
・好感度下げタイムその2。
・内心ではずっと済まぬ済まぬ言ってる。

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