三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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前話の後書きで書いた様に、とある原作キャラがかませと化しています。
今回に限ってなので、どうか御容赦の程を…。
気に入らない方はブラウザバry


それと場面の区切りの間を少し短くしてみました。


第五話 三日月と鉄燕と豹王と…

 遠目に見ても距離感が狂わされる程に巨大な建物である虚夜宮。中にはその巨大さに比例する様にして多数の部屋が混在している。

 その中でも特に広い面積を持った運動場の様な一室にて、現在一切の予断を許さない緊急事態が発生していた。

 

 室内には濃密な霊圧が立ち込め、肌を刺す様な一触即発の雰囲気を醸し出す。

 当事者は四名。その内でメインとなるのは二名。

 霊圧を発している元となるのは、右顎を象った仮面の名残を着けた、端正な顔立ちに水浅葱色のリーゼント風の髪をした不良風の男―――第6十刃、グリムジョー・ジャガージャック。

 彼の背後には従属官の一人である、左目から頭部にかけて横長の鎧のような仮面の名残を着けた辮髪で長身の男が付き従っている。

 その正面に立つのは第5十刃、ノイトラ・ジルガ。何時でも飛び掛かれる様にしているのか、腰を起点に重心を低く落とし、敵意を剥き出しにしているグリムジョーとは正反対に、無表情のまま斬魄刀も持たずに静かに佇んで居る。

 

 だがノイトラのその内心は混迷を極めていた。

 ―――どうしてこうなった。

 正にこの一言に尽きる。

 タイミングも状況も悪過ぎる。

 如何にしてこの場を切り抜けるか、最善の選択はどれか。

 ノイトラはグリムジョーに警戒を向けながら、最高速度で思考を回転させていた。

 

 その理由は現在ノイトラが背負っている女性の破面―――チルッチ・サンダーウィッチ。良く見れば彼女の意識は無く、右頬には痛々しい痣が刻まれ、口内を傷付けた程度では足りない量の血を吐き出していた。

 

 

「もう一度言うぜ、其処を退け」

 

「………」

 

「…チッ、ダンマリかよ。気に食わねぇ野郎だ。ここんとこ最近はずっとそうだ」

 

「………」

 

「何とか言えよ!! ノイトラ・ジルガぁ!!」

 

 

 獣が敵に対して威嚇する様に、グリムジョーは声を荒げる。

 先程から少なくない霊圧をぶつけているにも拘らず、傍から見ればサラリと流している様にしか見えないのが理由だろう。

 だがノイトラは一切動じる様子を見せない。

 暖簾に腕押し。それが余計にグリムジョーの怒りを煽った。

 

 生憎だが、現在藍染は不在。本来グリムジョーを窘めるべき存在が居ないのは致命的だった。

 彼から放たれる霊圧が更に増加したのを感じる。

 刻一刻と、ノイトラは決断を迫られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――時はほんの数分前に遡る。

 ノイトラは訳有って3ケタの巣での鍛錬を休止し、自主鍛錬を何時もより長めに行った後だった。

 その訳と言うのも、ノイトラは前日の鍛錬にて、ガンテンバインとドルドーニの両名を誤って必要以上に叩きのめしてしまい、大凡二日は動けない状態にしてしまったからである。

 

 切っ掛けは破面の持つ虚閃に次いでポピュラーな技である虚弾(バラ)。霊圧を放つという点は虚閃と共通だが、使用する霊圧を小さく絞って固める事によって連射を可能にし、速度も虚閃の二十倍にまで向上させた使い勝手の良い技であるソレの改良に成功した事で鍛錬に熱が入ってしまったのだ。

 イメージは頬に十字の傷跡を持つ元人切りの剣客が主人公の漫画。それに登場する破戒僧。

 我流で見出した一撃一撃が必殺に等しい打撃技を武器とするその破戒僧だが、拳のみならず肘、描写には無かったが頭突き等、身体全身何処からでも技を繰り出せるらしい。

 それをヒントに、ノイトラは考えたのだ。基本的に手から打ち出す虚弾だが、それだけに限らず別の部位からでも出せるのでは、と。

 

 それを思い付いた直後、不気味な笑みを浮かべ始めたノイトラ。その時彼と相対していた十刃落ち三人は後にこう語る。

 ―――どう足掻こうが、正しく絶望。

 五指、肘、足、膝、頭、終いには背中等、ありとあらゆる体の部位から繰り出される大小含めた虚弾の弾幕。

 虚閃よりも威力は劣るとは言え、元から桁違いな霊圧を保有するノイトラが繰り出す虚弾は十分過ぎる威力を誇っていた。しかもその優れた速度と発射弾数が多さが加わり、三人の打てる手は限られるどころか皆無だった。

 一向に止まる様子の無い弾幕に対し、意地になったドルドーニとガンテンバインはあろう事か同じく虚弾の連射で対抗した。

 だがそれも最終的には構え無しで打ち出せる様になったノイトラによって全て叩き潰された。

 

 後に彼は二人にその虚弾の詳細を説明している。

 ―――身体の外側に張った霊圧の膜を砲身に仮定して、無差別に撃ち出す感じだ、と。

 当然二人は理解不能だったが、今度は虚閃の改良でもしようかと語り始めるノイトラに更なる恐怖を覚えていた。

 ちなみにチルッチに関しては鍛錬序盤で運良く虚弾の一つが下顎に命中してしまい、ボコボコにされる前に退場していたので特に目立った怪我などは無い。

 

 なので鍛錬をしようと思えば彼女を相手にマンツーマンという形ではあるが出来た。だが相手が一人だけとなると鍛錬内容は極端に絞られてしまう。故に休止という措置を取ったのだ。

 こうして暇を持て余したノイトラは一人で虚夜宮内をぶらついていた訳だが、道中で見知った霊圧を感じた。

 結構遠方ではあるが、其処は普段ノイトラが良く行き来する通路。

 この妙な刺々しさを含んだ霊圧は間違え様も無い、チルッチのものだ。

 また何時ものストーキングか、とノイトラは溜息を吐きながら探査神経を一旦切り、捕捉されない様に霊圧を極限まで抑えると、そのまま彼女とは正反対の方向へと歩き始めた。

 

 チルッチの探査神経の範囲は把握している。故に捕捉不可能であろう離れまで移動するのは容易であり、取り敢えず安全地帯まで到着すると一息つく。

 そして再び探査神経を用い、今度は意地悪な笑みを浮かべながらチルッチの動向観察に入った。

 はてさて、今回は何時までストーキング行為が続くかな、と。

 

 ノイトラはチルッチのこの行動が自分への好意によるものである事実は既に気付いている。

 だが何と言うか、色々と意識してしまう女の色気を見せて来るセフィーロと違い、チルッチにはどうしてもそういった感情を抱けない。

 例えるなら、手間の掛かる妹を見ている様な気分になるのだ。

 此方に近付きたいのに中々前に踏み出せずモジモジしている姿も、本人は誘惑している心算らしい遠回し過ぎて理解不能なアピールも、全ての行動に微笑ましい視線を向けてしまう。

 最近は少しでもそういった視線を向けると怒り出し、ワイヤーを通したチャクラムの様な形状の斬魄刀をぶん回して所構わず攻撃し始めるので、建物の被害を抑える為にこうしてチルッチの霊圧を感じる度に逃げる様になった訳である。

 ―――唯一文句が有るとすれば、調子付いた時に自分自身をちゃん付けで呼ぶ事と、メイクが多少濃い目な部分か。

 

 ノイトラはチルッチが地団駄を踏んで悔しがる光景を脳内に浮かべながら、彼女の霊圧を探る。

 再度捕捉してみると、どうやら今回は早い段階で諦めたらしい。彼女の霊圧はノイトラの拠点とは逆方向へとゆっくり移動し始めていた。

 この様子だと後十分もすれば3ケタの巣へと帰還するであろう。

 

 そう考えたノイトラは探査神経を切ろうとし―――瞬時に響転でその場から消え失せた。

 普段は鍛錬以外滅多に使用しない、正真正銘全力の響転だ。鍛え上げられたその速度は傍から見れば消えた様にしか映らない。

 ノイトラ自身の視界もまるでDVDを最速でコマ送りしているかの様に次々と置き去りにされて行く。

 行き先はチルッチの現在地。何故かと言うと、探査神経を切る直前、彼女へと近付く別の破面の霊圧を新たに二つ捕捉したからだ。

 

 響転の速度的に見て、数秒後には到着する。にも拘らず、ノイトラの顔には珍しく焦りが浮かんでいた。

 やがて現場に到着した時、彼のその懸念は現実のものとなっていた。

 

 

「チルッチ…」

 

 

 其処には右拳を振り抜いた状態で固まるグリムジョーと、その後ろに佇む従属官の男。そして彼等の前方で呻き声を上げながら倒れ伏すチルッチの姿が在った。

 見れば彼女は口内を切っただけでは足りない程の夥しい量の血を吐き出しており、痣の有る右頬だけで無く、内臓辺りにも相当なダメージを負っている事を証明していた。

 

 

「ノイトラ・ジルガ!? 何時の間に…!」

 

 

 従属官の男―――シャウロン・クーファンは気配を全く感じさせずに現れたノイトラの姿に気付くや否や、驚愕の声を上げる。

 その声につられたのか、グリムジョーもノイトラの立つ方向を振り向くと、目を剥いた。

 

 

「っ…てめえ、何時から其処に居やがった?」

 

「……ノイ…トラ…?」

 

 

 ノイトラは思った以上に冷静に思考出来ている事に驚愕する。

 彼は本来親しい相手、そして自分自身の感情は兎も角として好意を持ってくれている者を害されて何も感じない様な冷血では無い。

 寧ろ逆だ。憑依前も一度そういった事態に遭遇し、一気に激情を爆発させて下手人を叩きのめした事が有る。

 その時は視界の全てが赤く染まり、時間の経過がスローになった様に感じたのを覚えている。

 

 だが今の状態はそれとは微妙に異なっている。視界はこの上無い程鮮明だし、時間の経過は通常通りの速度だ。

 怒りを覚えていないのかと問われれば、それも違った。

 思考は冷静だが、その中身の殆どがグリムジョーを如何にして潰すかどうかの考察で占められ、ほんの一部がチルッチを連れての逃走手段を考えている程度だ。

 

 ―――成る程、これが冷静に怒っているという事か。

 憑依した瞬間と同じく、また一つ新しい経験をした事に感動を覚えるという妙な余裕を見せながら、ノイトラはそう思った。

 

 

「な…!?」

 

「っ!?」

 

 

 色々混乱し始める思考の事を気に留めながらも、ノイトラはまずチルッチを先に回収する事にした。

 直前で気付かれて邪魔されるなどといった事が無い様、無拍子且つ最速でチルッチの元へ移動し、彼女を優しく横抱きして元の位置へと戻る。

 その時に用いた響転は十刃最速を誇る第7十刃の響転すら超えかねないもの。厳密に言えば技量では及ばないだろうが、速度はソレに匹敵―――否、それ以上であった。

 

 それはスタークが見せる、一護や剣八がまるで消えたと錯覚する程に速い響転を彷彿とさせた。

 案の定、グリムジョー達は倒れ伏すチルッチが一瞬でノイトラの背に転移した様にしか見えていなかった様だ。

 第5十刃には有るまじき動きに、二人は思わず驚愕の声を漏らしていた。

 

 ノイトラは一先ず彼等の事を放置し、背中で傷の痛みに呻き続けるチルッチの容体を確認する。

 恐らく不意打ちに近い状態で攻撃を受けたのだろう。でなければ日頃の鍛錬の影響で本来より実力の上がっている彼女が、グリムジョーが相手だったとしても簡単に敗れるとは考えにくい。

 色々調べた結果、確かに重傷では有るが、致命傷とは程遠いものだというのが、ノイトラの診た結果だった。

 腐っても元十刃。魂魄の生命力が霊力に比例するこの世界に於いて、彼女程の存在ならばそう易々と死にはしないだろう。

 安堵の溜息を吐きながら、彼女を運び易い様に背中に背負い直した。

 

 

「ゴブッ…なん…で…」

 

「あんま喋んな。直ぐに治療室に連れて行ってやる」

 

「…ご…めん」

 

 

 そして―――冒頭へ至る。

 安心したのはチルッチも同じなのか、彼女は普段の強気な態度とは真逆の弱弱しい声で謝罪すると、そのまま意識を落とした。

 只、ノイトラとしては首に回された手からもう少し力を抜いてくれると有難かったのだが―――まあチルッチの体格自体が小柄で、体重も五十を下回る程度に軽いので、動くにしても攻撃以外に限定すれば特に問題は無かった。

 

 

「てめえ…一体何の真似だ、ノイトラ」

 

「…そりゃコッチの台詞だ、グリムジョー」

 

「あ゛あ゛!?」

 

 

 グリムジョーはノイトラの冷静な返しに対して苛立った様で、ドスの効いた声で反発する。

 相変わらずの沸点の低さである。ノイトラは内心で何度目かも分からない溜息を吐いた。

 

 十刃にはそれぞれが司る死の形が有り、それらが各々の能力や思想、存在理由となっている。

 スタークは“孤独”、バラガンは“老い”といった感じだ。

 グリムジョーの場合は“破壊”。道を阻む者は手当たり次第に破壊しようとする彼の性格にこれ以上適したものは無いだろう。

 現に数字が一つしか違わないとは言え、格上であるノイトラに噛み付いている様子から、そのレベルが相当な事が窺える。

 こんな猛獣を一睨みで黙らせる事が出来る藍染は一体何なのか。ノイトラはあの男の規格外さを憂うばかりだった。

 

 

「…何でコイツを襲った?」

 

「あ? 頭湧いてんのかてめえ」

 

 

 ノイトラは一息置いて冷静に問い掛けるが、それに対する返答は罵倒だった。

 反射的に虚弾を打ち出しそうになったが、取り敢えずテスラもこちらに向かって来ている様なので、何とか堪える。

 

 

「十刃落ち風情が平然と虚夜宮(ここ)の床を踏んでいる。それがどれ程愚かな事であるか、流石に解るのではないか?」

 

「………」

 

 

 グリムジョーの意図を代弁したのはシャウロン。口調からして判る様に、一介の数字持ちに過ぎない筈の彼も主に似て大概態度が悪い。

 まあそれも致し方無い事だ。シャウロンは中級大虚だった時代から忠誠を捧げていたのはグリムジョー只一人。初対面から彼の強さを見込み、自らを率いるに相応しい王として定め、今も尚貫き通しているその在り方は正に忠臣。

 それ故にノイトラはシャウロンの事は余り嫌いではなかった。他の十刃に対しての不敬な物言いも自分の主への忠誠心の表れであろうと納得していたので、特に気にもしていなかった。

 

 

「其処でゴミ掃除をしようとしたところ…邪魔が入った」

 

「………」

 

 

 とは言え、チルッチをゴミ扱いするのはいただけなかった。十刃落ちの彼女でも実力的にはシャウロンより確実に上の筈なのだが。

 基本的に彼はグリムジョーよりも下だと思う者に対しては何時にも増して粗末な対応を取るので、つまりはそういう事だろう。

 

 

「その女…腹をぶち抜くつもりでやったんだが、何でか直前で反応して身体を引きやがった。雑魚の分際で気に入らねぇ真似しやがって…!」

 

 

 グリムジョーは食い縛った歯を剥き出しにして苛立ちを露にする。

 だが今のノイトラに対してその対応は御法度。シャウロンのゴミ発言に続いてグリムジョーがチルッチへの侮辱の言葉を繋ぐ度、彼の理性のタガが段々と外れて行った。

 抑えられていた霊圧が感情の揺れに比例して凄まじい勢いで渦巻き始める。

 

 ―――早く来いテスラ、いい加減間に合わなくなるぞ。

 そう強く念じながら、ノイトラは残った理性を総動員し、怒りから来る破壊衝動を必死に抑え込む。

 猛スピードでこちらに移動している己の従属官の霊圧と、それに連なる様にして新たにやって来ている霊圧四つを確認しながら。

 

 

「それに解せねぇ…何でてめえがその女を庇う?」

 

「…おいグリムジョー。それ以上は―――」

 

「黙ってろシャウロン!!」

 

 

 十刃同士の公式外での戦闘は虚夜宮内では禁則事項として固く禁じられている。

 それを破る事のリスクを承知しているのだろう、シャウロンはグリムジョーの発言を止めようとするが、当人は全く聞く耳を持たない。

 

 ノイトラはもはや限界が近かった。グリムジョーの次の発言内容によっては、即刻開戦の引き金になる事は間違い無い。

 彼は憑依した影響で沸点がやや下がった事に加え、怒りの起点が移り変わっていた。自分に関しての部分が、仲間に関しての部分へ、といった感じにだ。

 自分自身を罵倒されても有る程度は耐えられるし流せる。だがそれが仲間だった場合はその限りでは無い。

 

 そしてノイトラがこうまでして必死に耐えているのには理由が有る。

 それはグリムジョーが今後、一護が成長するに当たってある意味最も重要なファクターとなるキャラだからだ。

 

 一護は現世にてまず第10十刃のヤミーと戦闘し、初めて破面との戦いを経験する事となる。

 後にその戦いを記録した映像を見てその存在を知ったグリムジョーは、後日独断で従属官達を引き連れて現世に侵攻し、其処で初めて一護と真正面からぶつかり合い、結果的には引き分けで終わる。

 その後にもう一度再戦してまた引き分け、最後に虚圏で壮絶な最終対決を行って敗北。一護に大幅な成長を齎す要因となる。

 

 他にも一護と複数回戦う破面は居るのだが、その中でもグリムジョーは合計三度という最多の回数を戦うのだ。

 つまりグリムジョーは一護と一番関わりが深くなる破面であり、一種のライバルキャラとも言える。これを重要と言わずして何とする。

 

 例えばこの場でノイトラがグリムジョーを叩きのめしたとしよう。すると彼は今後どう行動するのか。

 まず敗戦の悔しさから間違い無く今以上に強さを求める様になる。その結果、グリムジョーは従来よりも強い状態で一護と対峙する事となり、最悪そのまま初戦辺りで主人公を殺してしまう可能性が浮上してくる。

 ―――とはいえ、一護には主人公補正というものが有るので、一概にそうなるとは言えないのだが、万が一という可能性も有った。

 

 もう一つの懸念は、グリムジョーがノイトラへの対抗心を燃やし過ぎた結果、一護に対して抱く筈だった興味が失せてしまう事である。

 自意識過剰な考えかもしれないが、グリムジョーの性格上有り得なくは無い。

 この場合、一護は貴重な成長の機会を失うと同時に、その影響で本来辿り着く筈だったところまで行き着く事無く、志半ばで力尽きてしまう可能性だって有る。

 

 結局のところ、一護が正規の形で成長してくれなければ、どちらに転んでもノイトラの目的の障害になるのだ。

 その為、余りグリムジョーに変化を齎す訳にはいかないのである。

 

 実を言えば既にノイトラは十刃落ちメンバーのパワーアップ等、結構な影響を齎しているのだが、基本的に自分の事で手一杯なノイトラはそれを失念していたりする。

 後に虚夜宮へ侵入する一護を含めた主人公勢三人が初めに戦うのが彼等だ。

 つまり初戦から彼等を躓かせる可能性を自らの手で生み出しているのである。

 ―――この事実に本人が気付いたのは既に事が起こった直後だった。

 

 

「ああ、成る程なぁ」

 

 

 グリムジョーがそう零しながら浮かべる不敵な笑みが、ノイトラの感情を更に揺さ振った。

 続きを聞く前に、早急にこの場を立ち去れば問題は無い。

 その筈なのに―――足が言う事を聞いてくれない。

 まるでノイトラとは別の意志を持っているかの様に前へ進もうとする。気を抜けば直ぐにでも理性の制止を振り切って襲い掛かりそうだ。

 

 今迄グリムジョーは何時も絡む時はノイトラ個人にのみ限定していた。だからこそノイトラも対応出来ていたのだ。

 だが仲間に対する侮辱の言葉を、それも危害を加えた上に度を越える程されては流石に抑えられる自信は無い。

 憑依前からそういった場面に対して過剰なまでの反応を示していたのだ。今のノイトラへ憑依した状態で同じ状況下へ陥った場合、何をするのか想像も付かない。

 

 だからこそ、この時ばかりは奇跡に縋った。

 どうかグリムジョーの発言を止めてくれ、偶然でも良いからこの場を誤魔化せる展開を起こしてくれ、と。

 

 

「所詮は売女ってか。ハッ! その程度で動くたぁ、てめえも大概だな!!」

 

「っ、グリムジョー!!」

 

「…そうかよ」

 

 

 しかし神がその願いに応える事は無かった。

 次の瞬間、ノイトラの視界が瞬時に真っ赤に染まると、それに次いで思考全てが殺意に塗り潰された。

 

 グリムジョーとしては軽い挑発以外の意図は何も無かったのだ。

 だがまさかそれがノイトラの逆鱗に触れる発言だったとは思いも寄らなかっただろう。

 

 

「遺言はそれだけか」

 

「なっ!!」

 

 

 グリムジョーは突然背後から聞こえた声に振り返ると、其処には既に彼の頭部目掛けて右脚を振り上げているノイトラの姿があった。

 只の蹴りでは無い。ドルドーニ直伝の、脚全体に霊圧を込めて強化する事で斬魄刀と相違無い切れ味を持った、歴とした技。

 ノイトラのスペックから繰り出されるソレは本来必殺とも言って良い威力を誇る。例えグリムジョーでも解放無しの状態で直撃すれば即死も必至だった。

 

 とは言え、完全に隙を突いたノイトラであったが、ほんの僅かに残った理性が最後の足掻きを見せた。

 本人も無意識の内に、右脚全体へ鋭利に固められた霊圧を僅かに崩し、切れ味を除去。加えて振り抜く速度をかなり落としていたのだ。

 その一方で、グリムジョー側からして見れば殺す気満々の一撃にしか見えていないのだが―――。

 

 

「ウソ…だろ…!」

 

 

 ―――有り得ない。

 そう驚愕すると同時に、グリムジョーの体感時間が急激にスローモーションになる。

 だが身体は微動だにせず、徐々に迫り来る脚を視界が捉えているばかり。

 

 グリムジョーは正直言って油断していた。

 実際に今迄ノイトラが戦う姿を見た事も無いし、見たいと思う程勤勉でも無い。

 だが彼は自分の力に絶対的な自信が有った。流石に藍染に及ぶまでとは思っていないが、ノイトラとはたかが数字一つ違うだけで、実力差など大して開いていないと、そう思い込んでいた。

 

 だが現実は厳しいものだった。

 解放状態で無いとは言え、先程の響転の動きが全く読めず、目で追う事も叶わなかった。

 そして今、こうして為す術も無く叩き潰されんとしている事実が、自分が判断を誤ったのだと証明している。

 しかもそのノイトラの振るう脚には見ただけでも判る、筆舌に尽くし難い重みが有った。気の赴くままに暴れ回って鍛えた程度で宿る重みでは決して無い。

 グリムジョーとて一応鍛錬に等しい事はしているという自負が有る。積極的に藍染から定期的に出される任務内で発生する、最下級大虚以上の虚を相手にした戦闘で場数を踏み。また自らの従属官達全員を一斉に相手にした、限り無く実戦に近い稽古を定期的に重ねる日々。

 緻密に練られた内容では無いが、手を抜いた心算は一切無かった。

 

 今の自分ではどう足掻こうがノイトラに遠く及ばないと、今更ながらに悟る。

 恐らく数年前に急激に大人しくなったあの時が転機だったのだ。

 同族嫌悪と言うべきか、グリムジョーは以前からノイトラの事が気に食わなかった。共に獣の如き性質と凶暴性を兼ね備えた者同士だ、ソリが合うはずが無い。

 そんな彼が突然悟りを開いたかの様に落ち着き始めてからというもの、それは顕著だった。

 出会い頭に挑発しても、そうか、等と澄まし顔で流される。霊圧を解放して威圧する様にして背中にぶつけてみても、一切振り向く事などせずに無反応。

 お前の事など眼中に無いと言わんばかりの反応を返される度、グリムジョーは怒りを募らせて行った。

 

 遅かれ早かれ、何時かはこうなっていただろう。限界を迎えたのはノイトラだけで無く、グリムジョーも同じだったのだ。

 チルッチを攻撃したのも、何時も以上にしつこく挑発したのも、その憂さ晴らしの一環と言って相違無い。

 ―――まさかそれでノイトラがマジギレするとは本人も想定外だったろうが。

 

 それにしても一体何故、どうやってそれ程の強さを身に付けたというのか。

 グリムジョーの中で驚愕と疑問ばかりが浮かんでは消える。

 

 

「…クソが…!」

 

 

 命を刈り取る死神の鎌が、遂に眼前から数センチの付近まで迫る。

 長らく嗅いでいなかった死の香りが、グリムジョーの中で眠っていた恐怖という感情を刺激した。

 ―――だが彼は屈しない。

 この身は王、誰よりも高い場所に立つべき存在。恐怖など下らない感情は持たない。

 今は藍染惣右介という男に従っている形ではあるが、あくまで一時的な事。

 何時の日か自分は彼すら踏み台にして頂点に立つのだ。こんなところで死んで堪るものか。

 

 王としての矜持と大いなる野望。それ等を胸に抱きながら、豹王は迫り来る死神の鎌を必死に睨み付ける。

 絶対的な死の運命にすら最期まで足掻く、何物にも屈しようとしないその姿は確かに一つの王のソレであった。

 

 ―――やがてその屈強な意志は奇跡を呼び寄せる事となる。

 

 

「…それ位にしておけ、ノイトラ」

 

「―――っ!!」

 

「お前もだ、グリムジョー」

 

「なっ!?」

 

 

 気付けばノイトラの脚はグリムジョーの鼻先で止まっていた。

 

 良く見ると脛の部分に褐色の肌をした手が置かれ、振り抜かれた方向とは逆に引かれているのが判る。

 その手の元を辿って行くと、緑がかった瞳に金色の睫毛、そして同じく金で光り輝く髪が目に入った。

 

 

「…ハリベルか」

 

 

 ノイトラは殺意が篭った瞳をそちらに向ける。

 現十刃の紅一点、第3十刃、ティア・ハリベルが其処に居た。

 

 

 

 

 

 

 

 




グリムジョーファンの方、御免なさい…。
ですが御安心を、彼は確かに強いです。只作者の勝手でチート化した主人公が強過ぎるだけです。
それでも藍染様には勝てないですから、御安心?下さい。

しかし、原作を改めて読み返してみて思ったのですが、スタークってちらほらチートっぽい行動を見せていますよね。なのにあの結末………師匠、あんたって人は~!
そしてゾマリさん、十刃最速ぇ…



後、書き終わって思った事。
何でチルッチ押しやねん。自分このキャラ好きでも何でもないやろ。
ホントどうしてこうなった。

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