三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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最近、思った以上に頭が回らず、段々と文章レベルが劣化していっている気がする作者です。
後、更新予定日を変更してばかりで済みません。





…ア~ッ…眼が乾くなあ~ッ…。中途半端な出来の文章を見続けると眼が乾くなあ~。


第四十七話 邪淫と、蛇と、三日月の想定外

 恋次と雨竜は今、戦場を第8十刃の拠点の宮へと移していた。

 戦況は不利。先程から交戦中の猫背の破面―――バスーラが突如として大量の虚達を影から生み出し、雪崩の如く物量を全面に出した戦法で二人を此処まで誘導。そしてその先で待ち構えていた―――第8十刃、ザエルアポロ・グランツが参戦する。

 

 

「ふざけんな…ッ!!」

 

 

 自称虚夜宮一の天才で研究者だと言う割に、その実力は極めて高かった。

 幾ら斬撃を加えても、傷一つ付けられない程の鋼皮を持っている上、それ以前に殆どの攻撃が全く通用しない。尽くが余裕綽々な動きで躱され、防がれる。

 

 

「これが研究者の動きかよ!!?」

 

 

 攻撃の手を緩めぬまま、恋次は叫んだ。

 ザエルアポロはその必死の表情を一瞥し、鼻で笑った。それはお前が弱いだけだと言わんばかりに。

 

 しかもである。交戦から間も無くして、恋次は切り札たる卍解が使用出来無くなっていた。

 以前グリムジョーに付き従って現世へ侵攻し、恋次と死闘を繰り広げたイールフォルト。ザエルアポロは兄である彼に対し、秘密裏に録霊蟲を仕込んでおり、自宮にて事前に恋次の情報を入手していたのである。

 それを元に解析を進め、見出した対策がこれ。卍解を解放する瞬間、外部信号を用いてその霊子構成を崩し、集束した霊圧を拡散させるというもの。

 この仕掛けは宮全体に施されており、宮から抜け出す以外に逃れる術は無かった。

 

 始解では話にならない。だからと言って卍解も使えない。如何考えても詰みである。

 本来なら其処で雨竜がすかさずフォローを入れる筈なのだが、生憎と今の彼にそんな余裕は無かった。

 それは先程まで恋次達と交戦しつつ、この宮まで誘導したバスーラのせいだ。

 依然として影から生み出される虚達は雑魚ばかりだが、この部屋へ移動した後は、その数が急激に倍増。物量を前面に出した戦法で、雨竜は瞬く間に恋次と分断されてしまったのだ。

 特に深く考えるまでも無い。ザエルアポロは二人の連携を阻止し、各個撃破して行く心算なのだろう。雨竜はそう結論付けた。

 

 厳密に言うと、ザエルアポロは恋次の事を卍解の使える貴重な研究材料としか考えていない。確実にそれを採取したいが為、邪魔の入らない状況を作りたかったのだ。

 史実であれば雨竜も恋次と同様、何時の間にか霊圧を解析され、“銀嶺弧雀”を出せなくなる筈である。

 だが現状は異なり、ザエルアポロは別件で宮を外出していた為、雨竜の霊圧を解析する余裕は無かった。

 ―――情報が集まるまで、初対面の相手とは直接対峙するのを避けるべき。

 二人を分断したのにはそういった考えもあった。

 

 此方が敗北するかもという考えは毛頭無い。だが自身が置かれた状況を鑑みるに、余り時間を掛ける訳にはいかないのもある。

 何時までもモタモタしていれば、セフィーロの身柄を確保している事をノイトラに勘付かれてしまうかもしれないからだ。

 如何に妨害装置で外部からの霊圧探知を誤魔化しているとは言え、直接治療室辺りに移動されてしまえば一巻の終わり。

 ―――出来る限り早急に事を運ばねば。

 そう内心で考えている辺り、今のザエルアポロは結構な勢いで焦燥に駆られていた。

 

 

「く、そ…!! 無事か阿散井!?」

 

「なんとか…なッ!!」

 

 

 雨竜は何匹目かも判らない虚の脳天を矢で貫いて仕留めると、未だ大量に残る虚達の向こう側へ向けて声を上げる。

 それに対して返答しつつ、恋次は始解状態の蛇尾丸を眼前の敵目掛けて薙ぎ払った。

 

 

「…ふん」

 

 

 ザエルアポロは至極退屈そうに左手を振るい―――その手に握る斬魄刀では無く、手の甲で蛇尾丸の刀身を打ち払う。

 恋次は舌打ちすると、弾き返された刀身を歩き戻し、元の形へと畳む。

 ―――やはり卍解しないと話にならないか。

 だが現状に於いて、それは不可能。

 先程もザエルアポロの隙を見て、何度か解放を試みているが、やはり途中で霊圧が拡散してしまう。

 

 正に八方塞。如何すればこの状況を切り抜けられるのか。

 生憎だが、自分の頭脳ではとても思い付かないだろう。そう考えた恋次は、それが出来るであろう人物に望みを託す事にした。

 構えを解かずに、その視線を横に移す。

 其処では相変わらず大量の虚達が溢れ、その中を素早い身の熟しで駆け回り、虚を一匹一匹着実に仕留めて行く雨竜の姿が。

 

 恋次の視線に気付いたのか、虚達の頭上を飛び回りながら、雨竜は顔を向ける。

 そして弓を持つ右手とは逆の空いた左手。その人差し指を自身へ、そして次に天井へと向けた後、何度か上下させる。

 恋次はそれの意味を何となく察した。雨竜が脳内に描いている目的等は不明だが、自身が取るべき行動は何なのかを。

 

 

「…飽きたね。もはやキミの斬魄刀の能力、攻撃のパターンは完全に把握した」

 

 

 ザエルアポロは肩を竦めながらそう零す。

 言葉通り、彼は先程から終始恋次の事を観察し続けていた。攻勢に出ず、只管待ちの構えで攻撃を受け続けて居たのはその為だ。

 パターンを完全に把握した方が、後々労力を掛けず楽に事を運べるとして。

 

 

「これ以上は無駄も無駄。観察する価値も無いよ」

 

 

 卍解を使える死神を直接見るのは始めて。その為、ザエルアポロは何とか研究素材の一つとして確保したかった。傷も極力少ない、綺麗な状態で。

 だが恋次の暴れ具合を見る限り、それは厳しいだろう。

 

 致し方無いと、ザエルアポロは空いた右手を懐まで伸ばした。

 其処に仕舞われているのは、研究素材確保の為に制作した麻酔薬の一つ。対象は中級大虚から下位十刃を想定しており、セフィーロを捕える際に使用した薬剤もこれだ。

 流石に下位十刃と言えど、帰刃されてしまえば通用しなくなるが、未解放の状態であれば確実に効くと断言出来る程の自信作であった。

 

 

「さて…そろそろこの下らない遊びを終わらせようか。これでも僕は多忙なん―――?」

 

 

 ふと、ザエルアポロは一旦言葉を切った。

 何を思ったのか、眼前の恋次が突如として蛇尾丸を持ち上げると、凄まじい勢いで振り回し始めたのだ。

 

 ―――この期に及んで、一体何を考えているのか。

 不審な表情を浮かべるザエルアポロ。

 そんな彼に対し、恋次はやがて先程までと同様、斬撃を繰り出し始めた。

 

 首を狙ったらしい横からの薙ぎ払いを、また斬魄刀を握る左手で受ける。

 直後、ザエルアポロは気付いた。左手から感じる衝撃から、僅かだが先程より威力が上がっている事に。

 

 

「オ、ラアアアァァァッ!!!」

 

 

 だがこの程度でも、ザエルアポロを押し返すには程遠い。

 にも拘わらず、恋次は攻撃の手を緩めない。

 その余りの猛攻故か、周囲に激しく砂塵が舞い、視界を遮り始める。半径二メートル前後の近場は大丈夫だが、それから先の遠方の様子を窺う事は出来無くなっていた。

 

 ザエルアポロは念の為に受ける部分を斬魄刀へ変更しながら、恋次の行動の意図を考察する。

 ―――もしかして自棄にでもなったか。

 下手な鉄砲も数を撃てばその内当たると言うが、現状がそれに当て嵌まる訳が無い。

 流石低脳は考える事が単純だ。そう見下しながら、斬撃の嵐を難無く弾いて行く。

 

 

「多少打ち込みを強くしたからといって、この僕に通用するとでも? 全く、理解に苦しむよ」

 

 

 攻撃を弾きながら、やがてザエルアポロは恋次に向って足を進め始める。

 恋次は大きく跳躍すると、大きく振り被った蛇尾丸を振り下ろした。

 

 

「だから無駄だと、何度言えば理解出来る―――」

 

 

 斬魄刀を自身の横に移動させ、防御態勢を取る。

 その時ふと気付いた。自身の視界に入った宮の天井一帯に、何か棘の様な物が刺さっている事に。

 

 

「これは…あの人間の―――まさかッ!!」

 

 

 今更ながらに気付く。この棘は雨竜の放った霊子の矢だと。

 自棄になった様に猛攻を仕掛けたのは、周囲に砂塵を巻き起こして自身の視界を遮る為。

 その隙に雨竜が天井へ無数の矢を打ち込んだのだ。

 

 

「―――今更気付いた所で、もう遅いよ」

 

 

 焦燥を浮かべるザエルアポロの耳に入る声。

 弾かれる様にしてその方向を振り向くが、其処ですかさず恋次の振るった斬撃が襲い掛かる。

 

 

「な、に…!?」

 

 

 咄嗟に斬魄刀を振るうが、何故かそれは空を斬る。

 見れば蛇尾丸の刀身は急激に方向転換。その名にある通り、蛇の如き動きでザエルアポロの周囲を取り囲んでいた。

 

 

「引っ掛かったな陰険ヤロウ!!」

 

 

 何をしようとしているのかは明白。

 このままザエルアポロを拘束し、自分達の目論見を阻止出来無くする為だ。

 

 

「低劣種が…舐めるな!!!」

 

 

 だが彼とて伊達に八の数字を背負ってはいない。

 全力で斬魄刀を下段より振り上げ、自身に巻き付かんとしていた蛇尾丸の刀身を上へと弾き返す。

 

 

「なッ…」

 

 

 驚愕の声を漏らす恋次。

 それを見たザエルアポロは得意顔を浮かべると、今度は別の方向へと顔を向け、叫んだ。

 

 

「お前もだ人間!!」

 

 

 其処には無数の虚達の上空に舞い上がり、その弓を構えて鏃を天井へと向けている雨竜。

 ザエルアポロは掌を彼に向けると、自身の霊圧をそれに集束させて行く。

 ―――虚閃か。

 一瞬そう考えた雨竜だったが、即座に改める。

 自分達の意図を読んだのだとすれば、この場で攻撃範囲の広い虚閃をザエルアポロが放つとは考えにくい。

 

 

「ぐあッ!!」

 

 

 雨竜の想像は正解。掌から放たれたのは虚弾であった。

 流石の彼も、あの体勢から虚閃の二十倍の速度を持つ不可視の弾丸を躱せる筈も無い。

 虚弾を真面に受けた雨竜は、全身に受けたその衝撃の強さに顔を歪める。

 そしてその細身の身体は、下に居る数匹の虚達を巻き込みながら吹き飛ばされて行った。

 

 

「石田!? くそが…!!」

 

 

 雨竜の事は気掛かりだったが、だからと言って眼前の敵から意識を逸らす訳には行かない。

 歯噛みしつつ、恋次はザエルアポロに向けて蛇尾丸を構えた。

 

 

「…成る程、僕の宮の天井を崩そうとしたのか。如何やら其処の人間の観察眼は中々に鋭いらしい」

 

 

 人差し指で眼鏡の位置を直しながら、ザエルアポロは嘲笑した。

 彼の言う通り、雨竜の目的は宮の天井を破壊する事。恋次の卍解を封じる装置の一部を崩し、全力を出せる状態に持ち込む為である。

 ザエルアポロの説明によれば、この宮全体が恋次の卍解を封じているらしい。

 其処で考えた。ならば宮の大部分の壁を破壊すれば、その機能を維持するのは難しくなるのではないかと。

 

 精密機械というのは総じてデリケートで、弱点が多い。

 パソコンのハードディスクも、衝撃や熱に湿気、これ等の内一つでも外部から加えられれば、瞬く間にエラーや故障を引き起こす。

 開発者が真の天才であれば、対策も十分に考慮して製作するかもしれない。

 だがザエルアポロを見る限り、その可能性は低いと判断出来た。

 宮の中の通路を弄って遊んだ事から始まり、先程から恋次に対して見せている態度から、自身の策が破られる事なぞ無いという慢心がこれでもかと感じ取れる。

 もしもの時の保険はあるかもしれないが、念には念を込めて―――といった細かい部分まで用心する事はほぼ無いだろう。

 

 こういったタイプは、僅かでも足元を掬われる様な真似をされると揺らぎ易い。

 とは言え、現在雨竜はその周囲を無数の虚達に囲まれている。横の壁を狙って矢を放ったとしても、その肉壁に阻まれてしまう。

 ならば如何するか。周囲三百六十度が駄目なら―――残るは上しか無い。

 

 加えて天井を狙う利点は他にもある。それはこの部屋が宮の最上階にある事だ。

 これもザエルアポロの性格を考慮すれば大体想像が付く。

 彼の様に他者を見下す事が大好きな者は、行動にも表れる。

 敵を蹴散らした後、ザエルアポロは次に一体何の行動を取るか。

 倒れ伏す敵を高所に立って見下ろし、その無様な姿を悠々と観察するに決まっている。

 

 そして本来研究者であるザエルアポロが、戦場に赴いたただけで無く、直々に己の斬魄刀を抜いたのだ。

 勝利を確信していなければ、この様な行動に出る筈が無い。

 自己顕示欲の高い者が、己の勝利を飾るに相応しい場所として選ぶとすれば、やはり最上階以外に考えられない。

 

 もしそうなら、天井さえ崩せばこの宮から抜け出せる。

 そして相手に有利だった条件を対等へと戻した状態で戦える様になる。

 只でさえ実力に差があるのだ。少しでもそれを縮める努力をしなければ、一向に勝機が見えて来ない。

 雨竜は其処まで考えていた。

 

 

「この僕でなければ、その稚拙な策でも通じていただろう。残念だったね」

 

「チッ…!!」

 

 

 不敵な笑みを浮かべるザエルアポロに対し、恋次は苛立ちを隠さずに吐き捨てた。

 ―――嫌味な奴だ。

 此方は決死覚悟で臨んだというのにこの態度。

 卍解さえ使えれば、あの余裕だらけな顔を崩してやるものを。

 

 だが実際は雨竜の考察は当たっており、あのまま天井を破壊されていれば危うかったのはザエルアポロの方である。

 それを考慮すると、どちらかが優勢という事は決して無く、状況的には互角であると言えた。

 

 

「さて…余り戦闘を長引かせると素体の質も落ちるし、何より面倒だ」

 

「ッ!!」

 

 

 終始自然体で立って居た筈のザエルアポロだが、此処で初めて斬魄刀を構えた。

 その動きに思わず、恋次の全身に緊張が走る。

 

 

「出来ればこれ以上暴れないでくれるかい。大丈夫、痛くはしないから安心して―――?」

 

 

 其処で何を思ったのか、ザエルアポロは突如として言葉を切った。

 そして先程戦闘を再開した雨竜と虚達の戦場。その更に奥にある出入り口へと視線を移す。

 

 

「何だ…この霊圧は…?」

 

 

 それは始めて感じるタイプの霊圧だった。

 大部分は虚。だが仄かに雨竜と同じ人間のものも混じっている。

 如何あっても共存不可能な、相対する属性の組み合わせ。本来であれば前者が後者を浸食して塗り潰す筈だ。

 混乱するザエルアポロを余所に、その霊圧は次第に大きくなって行く。

 

 

「―――ッ、しまっ…!!」

 

 

 無意識の内に思考の渦に入り込んでいたザエルアポロが正気に戻ったのは、既にその霊圧が並みの中級大虚を上回った時だった。

 咄嗟に出入り口に仕掛けてある、逃走防止用の爆弾を起動させんとするが、最悪のタイミングで邪魔が入る。

 

 

「余所見してんじゃねえぞコラァ!!!」

 

 

 下手人は、その僅かな間ザエルアポロが意識を逸らしていた恋次。

 頭上より蛇尾丸を叩き付ける様にして振るわれたその斬撃は、先程までのものとは明らかに異なっていた。

 恋次の放つ気迫が乗り移ったとでも言うのか、刀身との距離が詰まる度、ビリビリとした衝撃が肌を刺激する。

 長きに亘る研究室籠りの影響で鈍っていた勘、排出した以外に僅かに残留していた戦士としての本能が警報を鳴らした。

 

 ザエルアポロは咄嗟に両手で斬魄刀の柄を握ると、横倒しにした刀身を頭上に持ち上げ、その斬撃を受け止める。

 同時に彼の表情が歪む。

 予想通りと言うべきか、柄へと伝わる重みは尋常では無い。何とか未解放の状態で耐えられる許容範囲といった所だ。

 

 

「うッ!?」

 

 

 ―――まさか手加減していたとでも言うのか。

 ザエルアポロは困惑すると同時に焦燥に駆られ、またしても肝心な部分から意識を逸らすという失態を遣らかした。

 

 

「避けろ阿散井!!!」

 

「おう!!」

 

 

 突如として響いた雨竜の掛け声に従い、恋次は蛇尾丸を引き戻すと、その場から真横へ跳躍した。

 此方を押し潰す勢いで圧し掛かって来ていた斬撃に対抗する為、力の限り逆方向へ足を踏み込んでいたザエルアポロは、案の定つんのめる。

 

 慌てて体勢を整えるも、僅かに生まれた隙は致命的であった。

 

 

「一体…何を―――ッ!?」

 

 

 顔を持ち上げ、恋次の姿を探さんと視線を周囲へと移した、その直後―――ザエルアポロの全身を謎の極大な光線が吞み込んだ。

 服の殆どが瞬時に消し飛び、徐々に鋼皮が焼かれ始める。しかもその力は相当で、少しでも気を抜けば足が地面から浮かんでしまう程。

 ザエルアポロは両腕を交差して顔を防御すると、足腰へ力を入れて一気に真横へと踏み込み、光線の中から何とか抜け出す。

 

 

「ゲホッ、ゲホッ…!! 何なんだこれは!!? 何処から如何見ても―――!!」

 

 

 激しく咳き込みながら、ザエルアポロは苛立った様子で叫んだ。

 しかも直接我が身で受けた御蔭か、この光線の正体を即座に悟る。

 並みの破面では無い、十刃クラスに匹敵する程のそれを。

 ―――明らかに虚閃ではないか。

 だが最後にそう口に出す暇も、ザエルアポロには与えられなかった。

 

 

「“魔人の―――”」

 

「ッ!!?」

 

 

 ザエルアポロがその声に気付いた時には既に、その大きな影は自身の懐へと入り込んでいた。

 

 

「“一撃”!!!」

 

「ゴッ、ハアァアアアァァアァッ!!!」

 

 

 アッパーカットの要領で鳩尾へと捻じ込まれた白色の鎧を纏う拳は、直撃部周辺にある内臓を尽く潰し、骨も原型を留めぬ程に粉砕した。

 ザエルアポロの鼻や口から、ドス黒い血が大量に噴き出す。

 更にその身体は勢い良く打ち上げられ、そのまま天井を突き抜けて行った。

 

 

「悪いが…これで終わりだ」

 

 

 両腕に其々白と黒の異形の鎧を纏った影―――泰虎は、巨人の名を冠する右腕を引き絞った。

 狙うは勿論、未だに宙を舞っているザエルアポロ以外に無い。

 

 

「“巨人の一撃”!!!」

 

 

 腕全体を覆う霊圧が、硬く握り締められた拳へと集束し、極限まで凝縮されて行く。

 やがてそれは発光を始め、あわや爆発するかと思われた瞬間―――腕が振り抜かれる。

 拳が突き出されると同時に、集束された霊圧は先程のものを上回る大きさと威力を持つ光線となって放たれ、ザエルアポロの全身を吞み込んだ。

 

 雨竜の矢の御蔭で脆くなっていた天井は、その余波によって止めを刺された。

 ザエルアポロが突き抜け、光線が通った場所を中心に、次々と崩れ始める。

 頭上から落下して来る瓦礫。泰虎は右腕を盾にして凌ぎ、恋次と雨竜は軽快な体捌きで躱して行く。

 バスーラも同様、軽快な動きで瓦礫を回避する。一方、生み出された無数の虚達は大した反応も見せず、その殆どが瓦礫の下敷きとなって消えて行った。

 

 

「無事だったか…茶渡!!」

 

「茶渡君!!」

 

 

 やがて瓦礫が収まると、天井は完全に崩壊。上を見上げると、透き通る様な青空が此方を見下ろしていた。

 瓦礫の上に立つ泰虎の背中へ、恋次と雨竜は駆け寄りながら嬉々とした声を上げる。それに対し、泰虎は持ち上げていた右腕をゆっくり降ろすと、その親指を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管制室にて、虚夜宮へ侵入した一護達の進む通路の大部分を弄った張本人であるギンが、椅子に腰掛けて其々の映像を眺めていた。

 近くにはつい数十分前に此処へ訪れた、東仙とワンダーワイスが居た。

 

 

「…まさかこの様な結果になるとはな」

 

「いやー、これが賭け事やったらエラい大穴やね」

 

 

 僅かに眉間に皺を寄せながら、東仙は静かに呟く。

 それに対し、ギンは何時も通りの飄々とした様子で肩を竦めながら、軽い口調でそんな事を零した。

 

 二人の話題の中心となっているのは、先程まで繰り広げられていたルキアとアーロニーロの戦いだ。

 その硬い態度から丸判りが、此方側が敗北したという結果を見た東仙の心情は余り宜しく無い。

 一方、ギンの気分は極めて良好だった。

 

 ―――良かったな、ルキアちゃん。

 内心でそう呟きながら、口元へ作り物では無い天然の笑みが浮かびそうになるのを抑える。

 

 この時点で判るだろうが、実はギンが通路を弄ったのには理由がある。

 それはルキアへの贖罪だ。

 以前よりギンはさり気にその事を気にしていたのだ。

 自身という存在を完全に悪として認識させる為に必要な布石だったとは言え、処刑を前にして脆い状態となっていたルキアの心を弄び、貶し付けたその罪を。

 

 だからと言ってルキアの相手をアーロニーロにする事の何処が贖罪だというのか。

 下手すると更に追い詰める―――または敗北の上での死という酷く残酷な結果と成り兼ねない。普通ならそう考える筈だ。

 だが悪い方向ばかりでは無く、逆に良い方向に考えてみると、また変わってくる。

 言うなれば、これは賭けに等しい。

 確かに下位とは言え、いきなり十刃と戦うのは精神的にも実力的にも厳しいだろう。だがそれでも尚、ルキアが勝利出来たとすれば如何なるかと。

 

 きっと今まで以上に強くなる。

 それこそ―――あの才能の塊とも言える一護の隣に立って戦える程に。

 

 今のルキアは、傍から見ても明らかに実力不足だ。それは未だ使いこなせてはいないとは言え、卍解を習得した恋次にも劣る。

 そんな様では、この先に待つ激戦を耐えられるとは思えない。

 過去の出来事から、未だに心の奥底に闇を抱えるルキア。本当の意味で彼女が強くなるには、その闇と真正面から向き合い、乗り越えなければならない。

 だからこそ、ギンは敢えてルキアをこの過酷な道へと誘導した。

 彼女ならば必ず成し遂げられる筈だと。

 

 別に最終到達地点に第9十刃の拠点を設定したルートを作っても良いのでは、と思うかもしれない。

 だがそれでは駄目だ。今のルキアの実力では、連戦という形で十刃と当たるのは拙い。万全の状態で臨まねば、彼女が勝利出来る可能性は著しく低下する。

 そういった考えもあって、ギンはこの様な形で仕込みを行ったのだ。

 

 出来る事なら、つい最近まで所属していた三番隊、その副隊長である吉良イヅル。色々と利用する形となった彼についても何らかの形で償いたいとは思っているが―――残念ながらそれは叶いそうに無い。

 内心で密かに謝罪しつつ、ギンは無数の映像を観察する。

 

 

「今んとこはアッチ側が優勢や…ね…?」

 

 

 そんな時、突如として自身の隣に気配を感じたギンは、言葉を区切ってその方向を振り向く。

 其処にはしゃがみ込んだ体勢で、今ある映像を順々に確認しているワンダーワイスの姿があった。

 

 

「アウ~…」

 

 

 その様子を見たギンは首を傾げた。何をしているのかと。

 組織の一員として、虚夜宮に侵入した敵達の動静を確認している訳では無いだろう。と言うか、ワンダーワイスにはそんな事を考える知能なぞ皆無。

 そんな彼が、熱心に映像を眺める理由は何故か。

 

 暫しの間考えた末―――気付いた。

 人を欺く事に長けるという事は、即ち人の本質を見抜く力が無ければ出来無い芸当であると言える。

 そんなギンだからこそ、ワンダーワイスの目的を察せた。

 

 

「…ああ、さよか」

 

「ウ?」

 

「…何?」

 

 

 ワンダーワイスのみならず、東仙までもその呟きに反応を示した。

 

 

「いや…さっきからこの子、ノイトラの事探してはんねん」

 

「…解せんな。何故奴の事を?」

 

 

 明らかに疑問を抱いている東仙に対し、ギンは簡単に説明する。

 だが納得がいかないのか、更に問い返す始末。

 しかも心成しか、機嫌が徐々に降下している気がする。

 

 

「知らんの? この子、ちょっと前からノイトラに懐いとんのや。最近はせつろしいんか、あんま相手にされとらんみたいやけど」

 

「…妙に落ち着きが無かったのはその為か」

 

 

 すると東仙はワンダーワイスに対し、何処か窘める様な視線を向け始めた。

 当人は別の事に夢中で気付いていないのか、映像へ釘付けになっている。

 

 確かに東仙からしてみれば気に食わないだろう。

 血沸き肉躍る戦いを何処までも求め、時に味方にすら刃を向ける事すら躊躇わない剣八を悪と認識している彼だ。依然としてそんな剣八と同類の印象を持つノイトラも、それに含まれていると考えられる。

 現在では大分改善されたと説明しても、十中八九無駄に終わる。

 組織の秩序を重んじるあの性格から判るだろうが、東仙は結構な頑固者だ。そんな不確かな噂なぞ信用ならないと、切って捨てる可能性が高い。

 

 横目に眺めていると、次第にギンは同情心が湧き出て来るのを感じた。

 表面上は正義を謳いながらも、その本質は復讐でしか無い東仙。

 現在進行形で藍染に良い様に利用されており、しかもその行き着く結果は見え切っていると来た。

 当人はそれに気付いていないのか、それとも振りをしているのか。定かでは無いが、傍から見ればその姿は道化でしか無い。

 

 人知れず暗躍し始めて以降、東仙は今迄に藍染の指示の元、様々な実験を行って来た。

 終いには自分自身を素体として提供し、虚化の実験を行ったりもした。

 結果は成功。剰え斬魄刀にも改造を施し、始解と卍解を犠牲に―――破面達と同様の刀剣解放を可能とした。

 

 その身を完全なる異形と化しながら、これでもう剣八如きに後れを取る事は無いと零していたのを、ギンは覚えている。

 だがそれだけでは無い筈だ。

 東仙の身体に手を加えたのはあの藍染である。素直に虚化関係の処置のみを施すとは考えにくい。

 ―――自身が如何に愚かな真似をしたか気付いているのだろうか。

 ギンは密かに東仙へ哀れみの視線を向けた。

 

 

「まあ、そないなピリピリせんと―――ん?」

 

 

 思考を切り替え、崩れかけた仮面を取り繕うと、ギンは一先ず東仙を宥めに掛かった。

 その直後だった。眼前の映像の一つに、とある変化を見付けたのは。

 

 それは3ケタの巣の周辺の、嘗ての宮の成れの果てが点在している場所を映していた。

 その地面の一部に、緊急避難用の地下シェルターへの入口を思わせる、明らかに強固な造りをしているであろう扉が、砂の中から顔を覗かせていた。

 

 

「これは…」

 

 

 一息遅れて気付いた東仙も、その映像を見るや否や、眉間に皺を寄せた。

 

 

「あっちゃ~、こないな時に…」

 

 

 それに見覚えのあったギンは、思わず自身の額に手を当てた。

 確かに東仙の立場からして考えると、“コレ”も悪に含まれるであろうと考えつつ。

 

 

「…今のボクには何も出来ひん」

 

 

 ―――申し訳無いが、如何にか切り抜けてくれ。

 此処に居ない“共犯者”へと向けて、ギンは内心で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識の無いガンテンバインを右肩に担ぎながら、ノイトラは治療室へと向かっていた。

 ドルドーニはその後を付いて行く。やはり怪我の影響は大きいのか、その額には幾らか汗が浮かんでいる。

 それを気遣ってか、ノイトラは此処に来るまでに一切響転を使っていない。

 現状としてはそれ程急ぐ必要性も無いからと。

 

 探査神経で探った結果、一護とネルは順調に先を進んでいる。

 本来であればこの後、ウルキオラと交戦。敗北して瀕死状態に陥るのだが、如何やらそうはならなそうだ。

 まず肝心のウルキオラが周辺に居ない。その代わりと言っては何だが、グリムジョーの霊圧も拠点の宮に無い。恐らくは織姫の宮へと向かっていると考えられる。

 

 この事から想定出来る未来は、一護とグリムジョーの激突が史実より早まるという事。

 だがこれについては余り問題は無い。

 一護は虚化の習得が少々早まっている様だし、道中で聞いたが、ドルドーニを卍解のみで打倒したのだと言う。少なくとも互角以上の戦いを繰り広げる筈だ。

 懸念事項としては、ウルキオラの存在である。

 もし一護がグリムジョーに勝利出来たとして、次は自分の番だと言わんばかりに登場されてしまえば拙い。確実に一護が仕留められてしまう。

 

 ―――それでは目的の一つが台無しになってしまう。

 故にノイトラは考えた。ならばそのウルキオラの前に自身を割り込ませれば良いと。

 その目的を果たす為の必要不可欠な要素の中に、ノイトラが一護と直接対峙せねばならないというものがある。これが出来無ければ全てが終わりだ。

 数字の順番的に、このタイミングでは自身が行く事が妥当だろうとか、屁理屈を捏ねれば如何にかなる筈。幸いにも、ウルキオラは結構此方の意見を聞き入れてくれる傾向にあるしと、ノイトラは考えていた。

 

 取り敢えず一護については、グリムジョーとの戦いが終わる直前までに現場に到着出来れば良いと、ノイトラは結論付ける。

 

 

「問題は、チャドだな…」

 

 

 ぼそりと、ノイトラは現状に於ける不確定要素を口に出す。

 ガンテンバインを降した泰虎だが、何と次に彼が向かったのは―――恋次と雨竜の居る方向。つまりザエルアポロの拠点の宮である。

 道中までは良かったのだが、それから先は探査神経でも霊圧を探れなくなった。恐らく拠点の主がその宮全体に、霊圧探知系統の能力を阻害する装置でも仕掛けているのだろう。

 

 実力的に考えると、ザエルアポロと対峙する三人の間に実力差は余り無い。

 卍解がある分、多少恋次が一歩先に出ている感じか。

 史実通りに護廷十三隊からの援軍が来てさえ居れば、結果は同じだろう。

 多少なりとも負傷するだろうが、死にはしない筈だ。

 

 其処まで考えた後、ノイトラは軽く頭を左右に振った。

 ―――余り考え過ぎても埒が明かない。

 今は成すべき事を成すだけ。一護達の事は信じる他無いと。

 そうして思考を切り替えた刹那―――ノイトラの足が止まった。

 

 

「如何かしたかね?」

 

「………」

 

 

 その様子を不審に思ったのか、ドルドーニが声を掛けて来るが、ノイトラはそれを後回しにする。

 探査神経を発動し、その精度を極限まで高める。

 移動途中に仄かに感じた、正体不明な霊圧の居場所を探り当てる。

 

 

「来たか…お義兄ちゃんよ」

 

 

 その発生源は、第9十刃の拠点の宮周辺。

 予想通りと言うべきか、あれからルキアはアーロニーロを降した後、そう間を置かずしてゾマリの奇襲を受けたらしい。

 その証拠に、現在のルキアの霊圧反応は極めて微弱となっている。

 だが危機感を抱く必要は無い。そんな彼女の傍には今、明らかに隊長クラスの膨大な霊圧が存在していたのだから。

 

 感情が激しく揺らいでいるのか、その霊圧の荒れ様は尋常では無い。周囲敵味方見境無く敵意を向ける様な、正に触れるもの皆傷付ける状態だ。

 その凄まじさは、かなり遠方である筈の此処にすらビリビリと響いて来そうな勢いを持っている。

 

 ―――随分と御怒りの様で。

 だがそんな霊圧も、良く良く確認すると広範囲へ拡散しない形で抑えられている。

 自身にとって何よりも大切な存在を害される、そんな常人であれば激情の余り我を忘れるであろう状況下。にも拘わらず、冷静に自身の感情を制御して敵と対峙するその姿勢。正に隊長の鑑である。

 ノイトラは内心で合掌した。流石に自分でも勘弁したい相手と戦う運命にあるゾマリに対して。

 感情の赴くまま喚き散らす者より、静かなる怒りを持つ者こそが最も恐ろしいのだから。

 

 

「…悪ぃ、行くか」

 

「むぅ? 何も無いなら、まあ良いのだが…」

 

 

 短く謝罪すると、ノイトラは再び駆け出した。

 腑に落ちないものを感じながら、ドルドーニはそれに追従する。

 

 そして数秒後―――またしてもノイトラの足が止まった。

 

 

「こ、今度は何だね!?」

 

「…少し黙ってろ」

 

 

 ノイトラは険しい表情を浮かべながら、背後のドルドーニに向けて左掌を向ける。

 足を止めた理由、それはまた別な霊圧を感じたからである。

 というか、これについては明らかに覚えがあった。

 忘れたいものばかりの過去の記憶―――その中に残っていたとある存在を。

 

 

「オイオイ…まさか…」

 

 

 ノイトラは思い出した。史実では一切出て来る事の無かったその存在を。

 その頬に一筋の冷や汗が流れる。

 

 だがこれまでの経緯を考えれば、確かに不自然では無い。

 本来“アレ”を完全に封じる役目を担っていた筈のルヌガンガはルキアに斃されているし、残るは閉じ込めている扉のみ。

 

 

「…コッチか」

 

 

 緊張した面持ちで、ノイトラはある一定の方向を向くと、途端に駆け出した。

 ドルドーニは慌ててその後を追った。

 

 

「一体何だと言うのだ!? 待ちたまえ!!」

 

 

 やがて追い付くと、ノイトラはある場所を見詰めて立って居た。

 その背中に声を掛けると、返ってきた返答は想定外のものだった。

 

 

「一つ聞かせろドルドーニ」

 

「別に構わんが…」

 

「今…どれ位戦える?」

 

 

 冗談で言っている訳では無いのは、その声質からして判った。

 ドルドー二は即座に自身の残存霊力と体力を確認し、大凡の予測を算出する。

 

 

「未解放なら十五から二十。帰刃であれば二・三分が限界、といったところか」

 

「そう、か…」

 

 

 返答を受け取ったノイトラは、暫しの間沈黙する。

 質問内容からして大凡の想像は付くとは思うが、この時、確かに彼はドルドーニを戦力としてカウントしようと考えていた。

 もし眼前から感じる霊圧の持ち主が、記憶にある通りの存在だとすれば、一人では対処し切れない可能性がある。故にガンテンバインを除き、遊撃要員兼補助としてドルドーニを頼ろうとしたのである。

 

 だがその考えは直後に捨てた。やはり危険だとして。

 自身が認めた相手に対しては、多少自己犠牲も厭わない部分があるが、ドルドーニは基本的に正直者だ。

 とすれば、確かに言った通りの時間は戦えるのだろう。

 だが相手が相手である。ノイトラ自身も、如何足掻こうが長期戦は避けられないと判断出来た。

 

 

「…そろそろ明確な説明を求めたいのだが?」

 

 

 それを知らないドルドーニは、詳細を問うべく口を開く。

 だがそんな彼の前に、ノイトラは無言のまま、担いでいたガンテンバインを差し出した。

 

 

「コイツを頼んだ」

 

「ぬぅ…質問の答えが未だ―――」

 

 

 直後、ノイトラが眺めて居た位置にある地面が爆発した。

 その余波で舞い上がったのか、一際大きな瓦礫らしきものが、ノイトラ達の背後へと落下する。

 

 

「ぬおッ!!? これは…?」

 

 

 恐る恐る後ろを振り向いたドルドーニは瞠目した。

 落下した瓦礫の正体は、一面が真っ平らで凹凸が無い、正に閉じたら二度と開けられないと思わしき扉の一部分だった。

 扉と断言出来たのは、嘗て罪を重ねた同胞が一時的に勾留されていた宮に似た様な物があったのを、ドルドーニが覚えていたからだ。

 または織姫の部屋と同様、特殊な鍵が必要なだけであり、普通に開閉動作するのかもしれないが。

 

 ―――まさか、この霊圧は。

 再び視線を爆発地点に戻したドルドーニは、その付近から湧き上がる霊圧の正体に気付く。

 そしてノイトラの態度に納得した。

 

 

「此処は俺に任せて、早く治療室に行け。セフィーロとロカ、序にチルッチも待機してる筈だ」

 

「…援軍は?」

 

 

 ドルドーニは静かに問う。

 否、想像が正しければ何の問題も無い。実力的に見ても、ノイトラが負ける要素は万が一にも存在していない。

 だがあの数に能力は厄介だ。現十刃でも、完全に仕留め切るまでに大分梃子摺るのではないだろうか。

 

 

「そんなモン要らねぇよ―――と言いてぇ所だが、頼む。討ち漏らしが出れば目も当てられ無ぇしな…」

 

「…承知した」

 

 

 同様の事を考えていたノイトラは、苦笑しつつも素直にその提案を受けた。

 実力的に負ける要素は皆無だが、用心するに越した事は無いのだから。

 

 

幸運を祈る(ブエナ・スエルテ)!! 暫し待っていたまえ!!」

 

 

 ガンテンバインを受け取ると、ドルドーニは全速力で駆け出した。

 ノイトラはそれを横目で見送ると、視線を元の位置に戻す。

 

 未だに砂塵の舞った名残のある光景。次の瞬間、その地面から次々と小さな影が飛び出し、ノイトラの眼前へと降り立って行く。

 

 

「ぷはー、やっと出れたー!」「わーい!」「やったー!」「まぶしいよー」「クゥーン…」「お腹すいたー」「はらがへっては~」「食事もできぬ~」「オレサマオマエマルカジリ」「グルルル…」「ひゃわー! 頭かじらないで~!」「あーノイトラだー!」「ふえええ~恐いよ~!」「い…いじめないで…」「きゃははは! 吊り目ー!」「おっきいー」「背中のそれってメガネー?」「ドーナツー?」「その眼帯ちょーだい?」「なんか感じ変わったー?」「えーわかんないよー」「それより食べていいー?」

 

 

 それは無数の少年少女、動物の幼体、小型の異形の破面で構成された集団だった。

 其々が思い思いに発言し、瞬く間に喧騒を巻き起こす。

 

 彼等の正体はと言うと、ドルドーニやガンテンバインと同等の存在。

 嘗てバラガンが退屈凌ぎで配下に加えて放置し、彼が藍染の配下となって以降は一時的に十刃に加えられたが、組織の一員として機能しない事を理由に十刃落ちとなった、今迄に類を見ない“群にして個”の破面―――破面No.102(シエント・ドス)、ピカロ。

 その本質は完全に子供であり、叱りもせずに放置していれば好き勝手に行動してしまう。なまじ実力がある為に、目を付けられた者は死ぬまで遊び倒される。

 ―――“悪戯小僧(ピカロ)”とは良く言ったものだ。

 背中の斬魄刀の柄に右手を掛けながら、ノイトラは思った。

 

 

「何か、ルピのヤツが複数居るみてぇだな…」

 

 

 そんな事を呟きながら、ノイトラはピカロの持つ特性を思い返す。

 単体では大した事は無い。護廷十三隊の席官クラスなら十二分に相手取れる程だ。

 だがやはりその数がネックだった。何事も塵も積もれば山となる、そういう事だ。

 

 そしてピカロの持つ最も厄介な点が―――“命の共有”という能力。幾ら傷付こうが、他の個体が特殊な音波に乗せて霊圧を少しずつ分け与え、回復させる事が出来るというもの。

 明らかに即死級の傷であっても関係無い。一体でも生き残って居れば、其処から徐々に復活が可能なのだ。

 その不死性故か、ピカロを始末するには労力が掛かると判断したのか。真実は本人のみぞ知るが、藍染は水以外には無敵という特性を持ったルヌガンガに対し、ピカロの封印を命じた。

 

 

「しっかし…運が悪かったなテメェ等も」

 

 

 その幼さから来る残酷さ故か、ピカロという存在は、力の無い者達にとって日常を終わりを告げる悪夢の集団に過ぎない。

 だがその根幹は子供なのだ。上位十刃の様に、若しもの時は力尽くでピカロを制圧出来る程の実力さえあれば、確りと手綱を握る位は出来る。躾ける事だって可能かもしれない。

 条件だけで考えると、ノイトラにはその適性があった。

 だが現状に於いて、彼にそんな事をしている時間は皆無。

 そうなると、ピカロの存在は正に悪戯に状況を引っ掻き回すだけの悪い材料でしかない。

 

 それにノイトラは先程から感じていた。

 何物にも染まらぬ、無垢な在り方の中に潜んだ―――口元から涎を垂らし、血走った眼球を頻りに動かして獲物を探す、その飢えた獣の気配を。

 

 ピカロは本来、百を超える群体から構成されている筈だ。

 だが実際に数えてみると、その数は五十にも満たない。

 恐らく食事すら与えられぬ環境下で、何年も封じられていた影響か、極端に衰弱しているのだろう。故に生命維持の為、態とその数を減らしていったと考えられる。

 

 それがたった今解き放たれた。

 ならば今後、ピカロが如何いった行動を取るかなど、容易に想像が付く。飢えを満たす以外に無い。

 一応彼等の帰刃の能力にも、一種の食事にも等しい技があった筈だが、あの様子を見る限り、そんな悠長な遣り方で腹を満たそうとする可能性は低い。

 至ってシンプルに、本能の赴くまま他の虚や破面を直接喰らうという方法を選択する筈だ。

 

 

「生憎と、今の俺にゃあ余裕が無ぇんだ」

 

 

 下手すると目に付いた者から見境無しに喰らわんとする可能性が高い。最悪、一護達の中の誰かに狙いを定める事だって有り得る。それだけは阻止しなければならない。

 それ故に―――ノイトラはピカロをこの場で始末する事を決めた。

 右手で斬魄刀の柄を握ると、背中からその巨大な刀身を引き抜いた。

 そして渾身の力で真横へ振り下ろし、地面に叩き付ける。その際に発生した轟音と衝撃で以て、ピカロ達の喧騒を一時的に止めた。

 

 

「恨むなら…存分に恨みやがれ」

 

 

 子供の姿をした者を手に掛ける。当然抵抗もあるし、罪悪感も湧く。実行すれば間違い無く己の中で大事な何かが崩れ去る。

 だがそう言っていられる状況では無い。一時の情に流され、計画を台無しにしてしまっては本末転倒。

 

 今一度、ドルドーニの言葉を内心で復唱する。

 そして腹を決める。今から自分は、一切の情を捨てて動くと。

 

 第三者が今のノイトラを見れば、何と言うであろう。

 ―――大人気無い、最低最悪、屑、外道、畜生。好きに呼べば良い。

 これより自身が行わんとしている行動の意味なぞ、十二分に自覚している。

 だがそれでも尚、覚悟を決めたノイトラに迷いは無かった。

 

 

「…行くぜ」

 

 

 ノイトラは自身を縛る鎖を解き放ち、溢れ出した霊圧を、容赦無く前方へと放出する。

 

 

『―――ッ!!!?』

 

 

 それを真面に受けたピカロ達の表情が一様に凍り付く。嘗て上司であったバラガンに叱られた時ですら、全体の四割程度は笑って流していたにも拘らず。

 それは理屈では決して答えの出ない、命ある者のみが感じる事の出来る―――本能からの恐怖であった。

 

 

 




チャド「( `・ω・´)b」





捏造設定及び超展開纏め。
①邪淫さん、多少焦ってはいるけど、もはや慢心レベルMAX。
・彼にとって、そよ風さん確保成功とか、卍解封じ成功とか、今の所全部が思い通りに進んでるので、こんなものかと。
・慢心せずして何がアポロか!
②蛇尾丸の刀身は結構変幻自在。
・今迄の戦闘シーンを確認すると、先端の刀身のみを自由自在に操れるのかなと推測。
・ルキア救出篇で、蛇尾丸の突進を斬月の平地で受け止めたベリたんをそのまま押し返したり、邪淫さんと一緒に包ったり。
・卍解でも先端に当たる蛇の頭の動きの自由度が高いので、多分扱いに苦慮してるのはそれ以外の刃節かと。
③邪淫さんの装置の弱点。
・テキトーです(笑
・彼の宮の部屋を見る限り、明らかに密室状態だったので、多分全方位を囲ってないと機能しないのかなと。
・実際宮を壊された後、再度発動する様子も無かったし。単に邪淫さんがする気無かっただけかもしれませんが。
④チャド強過ぎね?って言うか霊圧消えるのマダー?
・何時から彼の役割が、霊圧の消えるオチ担当だけだと錯覚していた…?
・未解放で且つ隙だらけな邪淫さんに向けて全力でぶち込めば、この程度は可能かなと。それに多少強化してるし、アフロさんとの戦いでも成長したので。
・それに解放したとしても、白蟻さんの刀♂で太刀傷を入れられる程度の耐久力ですし。
・刺青眉毛さんは、卍解治らない設定な原作の場合、かなり蛇尾丸の攻撃力が落ちてる為にあの様な結果になったのかと。
・尚、この作中の刺青眉毛さんは後の事を考えて温存を優先し、攻撃の威力を抑えているだけです。決して弱い訳では無い(真顔
⑤ホントは良い奴、市丸ギン。
・“大切な者の為なら世界を敵に回しても構わないし自身の救いは求めない系男子”な彼ですが、多分他者に対する優しさも少しは残っていそうだと思って捏造。
・それに通路弄った理由が解らなかったので、良い方向へと考えてみました。
・悲しいのは苦手だと言う彼の言い分は、多分本心混ざってるのかなと。
⑥さり気に到着、済まぬさん。
・何故彼だけなのかは、後の話の中で出て来ます。
・何故激オコ状態なのかも後々…。
⑦何故このタイミングで悪戯小僧。
・ノリで(笑
・普通に考えてみると、ルヌガンガが死んだ時点で、何時出て来てもおかしくない様な気もします。
・閉じ込められていた環境についても捏造。
・小説版でのはっちゃけ具合を見るに、単純に閉じ込めるだけでは直ぐ逃げられるのでは?と思い、かなり厳しいものとしました。
⑧子供にすら手を掛ける情け無用の修羅と化す主人公。この外道がァー!!
・皆さんからの好感度下げタイムです(笑
・実は後にも追加でもう一つあったり。
・盛大に罵って良いんじゃよ?(ゲス顔





感想を下さっている皆様に申し訳ありませんが、返信は暫く自粛しようと思います。
前からそうですが、今の私、何か余計な事を書き込みそうな感じがしてならないので…。

ですがそれ以外は何時も通り、頂いた感想は全てに目を通して狂喜乱舞する予定なので、どうか御容赦の程を。



最後に一言。

前回の話の中でさり気無く入れていたヨン様ネタ。
気付いてくれて嬉しかったです(小並感

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