三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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今年中にあと二話は投稿したい…。



それとお気に入り登録に感想、そして評価を下さった方々に改めて感謝申し上げます。
コメントもしっかりチェックしてますんで、今後も作品の質の向上に努めていこうと思います。


第四十四話 刺青と眼鏡と、強欲と白雪と…

 頭上より振り下ろされる巨大な握り拳。雨竜はそれをサイドステップで躱すと、その拳の持ち主たる巨漢の破面の顔面へ矢を打ち込む。

 その狙いは絶妙。恐らく鋼皮の存在を考慮しているのだろう。放たれた矢は何の耐久力も持たない右目へ突き刺さり、続け様に脳を貫いて破面を一瞬で絶命させる。

 

 巨体が後方へと傾き、盛大な轟音を立てながら倒れる。

 それは周囲に無数に存在している他の破面達を巻き込み、陣形の一部を崩した。

 

 

「阿散井!!」

 

「おう!!」

 

 

 雨竜は少し離れた位置で縦横無尽に暴れ回っていた恋次へと声を掛けた。

 恋次はそれに返事を返すと、右手に握る刀身に無数の節がある蛇腹剣を思わせる斬魄刀―――始解である“蛇尾丸(ざびまる)”を振り回し、此方を取り囲む様に存在していた異形さが際立つ破面達を吹き飛ばす。

 

 

「まだまだ行くぜェ!!!」

 

 

 蛇の如く撓る刀身を更に伸ばし、身体毎回転させて豪快に薙ぎ払う。

 蛇尾丸はその特性上、一対多数を得意とする。卍解であれば更に攻撃範囲は広がり、殲滅力は更に上がる。

 それは同時に近くの味方を巻き込む危険性を孕んでおり、この場に於いての使用はあまり褒められたものでは無かった。

 

 だが其処は流石の雨竜。その程度の事を考慮せずに声を掛ける筈が無い。

 見れば彼は地面に伏せており、恋次が存分に蛇尾丸を振るっても被害を被らない様に構えていた。

 

 

「オラオラオラァ!! ぶっ飛べコラァ!!!」

 

 

 蛇尾丸の一つ一つの節、その刃先の一部は鋭利に尖っており、攻撃対象を一人に絞ってその斬撃を直撃させれば、鋸の如くその身を削られるという実に凶悪な仕様となっている。

 だが次々に宙を舞って行く破面達の負傷はそれ程酷く無い。尤も、十分に戦闘不能に陥るレベルではある。

 今回は敵が多く、より広範囲への攻撃を意識していた為、殺傷能力が幾分か落ちているのだ。

 

 

「全く…生き生きとしてるね本当に」

 

 

 一通り殲滅を終え、蛇尾丸を折り畳むのを確認した後、雨竜は立ち上がりながら呆れた様にそう零した。

 だがその言葉とは裏腹に、内心ではそんな恋次の姿に頼もしさを感じていたりする。

 

 合流を終えた後、打ち合せ通りに壁に穴を開けつつ先を進んでいた二人。

 順調に下手人の元へと近付いていると思われたその時、突如として大量の敵が眼前に現れた。

 即座に応戦する二人だったが、やはり物量というのは侮れないもの。

 特に不利を感じたのは雨竜。と言うのも、やはり喜助に指摘された火力不足がネックで、質で駄目なら量で―――と大量の矢を放つ等色々試してはみたが、効果は芳しく無い。

 一応雨竜はその欠点を補える武器を所持してはいる。だがこの場を監視して居るであろう下手人の事を考慮すると、使用は控えるべきだと判断した。

 

 だが其処をカバーしたのは逆に火力に優れた恋次。

 一角と同様、基本的に戦闘に関しては頭が回る彼だ。即座に状況を読み取ると、斬魄刀を解放。雨竜の攻撃によって僅かに隙が生じた敵達に対し、次々と追い討ちを掛け始めた。

 

 其処から始まった戦闘は、同じ作業の繰り返しとも言える内容。雨竜が敵を錯乱させ、恋次が叩き潰すという単純なパターン。

 幸いにも敵達の中には戦略を組む事が出来る者が居なかった様で、見事なまでに嵌り続けていた。

 

 

「しっかしまァ、キリが無えなこいつ等は!!」

 

「同感だね。やはりこれを率いている頭を潰さないと駄目、か…」

 

 

 恋次の意見に頷くと、雨竜は視線を未だに大量に残る敵達の中心部―――其処に佇む一人の異様な雰囲気を持った破面へと移した。

 手足の代わりに鉈の様な刃が三本ずつ生え、露出した上半身には禍々しい刺青が隅々まで刻まれた猫背の破面の男。

 生気を感じさせぬ白い肌に、顔の半分を覆う仮面の名残。そして先程から仲間である破面達が次々に薙ぎ倒されて行く中、眉一つたりとも動かしていない。

 正に無機質。そんな機械を思わせる態度が、その破面の不気味さを助長していた。

 

 猫背の破面は徐に両腕を持ち上げ、振り下ろす。するとその先に生えた三本の鉈が伸び、地面へ突き刺さる。

 それを起点に、影の様なものが地面を這う様にして広がって行く。

 大凡半径十メートル程だろうか。其処で動きが止まると、影の所々が盛り上がった。

 

 

「…行け」

 

 

 盛り上がった影が姿を変え、無数の破面が生まれる。

 だがやはりその造形は皆歪で、不完全な進化を遂げた者達なのだろう。

 

 猫背の破面は静かに命令を下す。

 それを受けた者達からの返答は無かったが、命令には忠実に従っている様で、次々に恋次と雨竜へ襲い掛かって行った。

 

 

「…まだ出せるのかよ、クソッタレが」

 

「悪態を吐く暇があるなら、まず手を動かす事を御勧めするよ!!」

 

「わあーってるっての!!」

 

 

 恋次は蛇尾丸を肩に担ぐと、迫り来る破面達の軍勢を迎え撃った。

 

 激闘を繰り広げている二人。

 その後方では、震えながらその様子を眺め続けるペッシェとドンドチャッカが居た。

 

 

「ペ、ペッシェ~…」

 

「う、狼狽えるなドンドチャッカ! あまり動くと気付かれるぞ!!」

 

 

 涙を流しながら震え声を漏らすドンドチャッカに喝を入れるペッシェ。

 確かにあの二人は強い。それはあの破面達の群れを何度も蹴散らしている様子から、それは十分理解出来た。

 だがそれでも不安は拭えない。

 

 現在自分達が居る場所。ペッシェはそれに見当が付いていた。

 それは周囲に僅かに残っている霊圧の名残に起因する。

 忘れられる筈も無い。これはかつて自分達を陥れた下手人の一人のものと全く以て同一だったからだ。

 

 ザエルアポロ・グランツ。虚夜宮随一の頭脳を持つ狂気の科学者。

 この軍勢を率いている、あの得体の知れない猫背の破面も、恐らくはその部下の一人だろう。

 それか意図的に生み出された研究体である可能性が高い。本人の意思を感じさせないあの無機質さが何よりの証拠だ。

 元より改造虚を作り出す事が出来るザエルアポロだ。この他にも迎撃用として何体か用意していても何ら不自然では無い。

 

 そして彼ならほぼ確実に、この光景も何処かで観察している筈だ。

 その為、一時は二人の加勢に入ろうかと考えたペッシェだったが、止めた。

 確かにそうすればこの状況を切り抜けられるかもしれないが、それは同時にザエルアポロへ自分達の情報を漏らす事になってしまう。

 

 ―――此処は二人を信じて、その時が来るのを待つより他無い。

 ペッシェは拳を握り締めながら、戦況を見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地面に倒れ伏しながら、ルキアは己の実力不足に歯噛みした。

 今の彼女の身体に、傷の無い場所は殆ど無い。死覇装の黒に隠されてあまり目立ってはいないが、その内側は思わず目を背けたくなる程に悲惨な状態となっている事だろう。

 御蔭で特に痛々しく感じるのは、その右頬へ横一筋に刻まれた太刀傷。回道が無ければ、一生レベルで傷跡が残る程、その傷は深かった。

 

 

「…う…く……」

 

 

 満身創痍のルキアを見下ろすのは、何処か一護と似通った雰囲気を持つ、黒髪の男。

 その表情には笑みが浮かび、その苦しむ様をさも愉悦そうに眺める様は、正に狂人そのもの。

 男の右手に握られているのは、口金の付近に青の槍纓(そうえい)が付いた三又の槍―――“捩花(ねじばな)”。死神の持つ斬魄刀、その始解の姿だ。

 

 その男は、本来であれば生きている筈が無い存在。

 志波 海燕(しば かいえん)。十三番隊所属の、元副隊長。当時のルキアの心の支えとなってくれた恩人。

 そして―――嘗て同じ十三番隊第三席であり、妻である志波 都(しば みやこ)を殺した、藍染の生み出した改造虚であるメタスタシア。それに霊体融合という手段で以て肉体を支配された所を、ルキアが突き出した斬魄刀に胸を貫かれて殺された男。

 勿論、あの場はそうする事こそが最善。だがこの事実はルキアの心の奥底へ罪悪感として残り、苦痛を齎す闇となる結果となった。

 

 だが今の男は死神では無い。ましてや墓の中から這い出てきたゾンビでも無い。

 その正体は破面。それも第9十刃であるアーロニーロ・アルルエリ。

 彼の持つ帰刃―――“喰虚(グロトネリア)”。死して虚圏へ還って来たメタスタシアの霊体を喰らい、取り込んで発現したのが、この志波海燕としての姿と能力であった。

 

 始めはそれで此方の事を信用させたルキアを、不意討ちによって始末しようとしたが、既の所で躱されて失敗。

 正体を明かさぬまま、今度は彼女の手で一護達の首を持って来させる様に会話で誘導するも、その非道極まりない言動から偽物と悟られ、その後の戦いの中で完全に正体を看破された。

 

 

「実に無様だなァ!! あの頃より多少は腕を上げた様だが、それでもこのオレには及ばない!!」

 

 

 だがルキアの奮闘は其処までだった。

 開き直ったアーロニーロは、其処で解放。帰刃形態にてルキアを圧倒した。

 見ればその下半身は巨大な蛸の様な巨体に埋もれている。

 これこそアーロニーロが今迄喰らって来た虚の集合体。その数は三万と三千六百五十。

 つまり今のルキアはその数の虚を一斉に相手しているのと同等の状況なのだ。

 

 

「だがまあ…このままお前を殺すのも味気無い」

 

 

 アーロニーロは不意にそう零すと、突如としてその巨体を縮小し始めた。

 それはボコボコと音を立てながら彼の身体へと収納されて行き、やがて帰刃する前の姿へと戻る。

 

 

「折角だ。お前も志波海燕と運命を共にさせてやろう」

 

「なっ…!!」

 

 

 ルキアは瞠目した。

 何故なら海燕を模っていた筈のアーロニーロの顔が、見る見る内に変貌を遂げて行ったのだから。

 

 忘れるものか。その姿はあの時と同じ―――メタスタシアに融合された直後の海燕と瓜二つ。

 その両目は空洞となり、口からは無数の触手が覗く、正に化け物と呼ぶに相応しい在り様であった。

 

 

「覚えてるか? この姿を」

 

「ッ!!」

 

 

 この期に及んで尚、海燕の生き様を嘲笑うかの様な態度を見せるアーロニーロに、ルキアはこの上無い憤りを覚える。

 だが限界を超えて消耗しているその身体では何も出来無かった。

 

 

「そら、まずはこっちだ」

 

「なッ!? 止め―――!!」

 

 

 目があった筈のその空洞から、一本の触手が伸び、斬魄刀を握る右手に触れる。

 見覚えがあるそれに、ルキアは咄嗟に制止の声を上げるが、それが聞き入られる事は無かった。

 

 直後、その純白の刀身が周囲の霊子に溶け込む様にして消え去って行く。

 それはやがて柄にも及び―――袖白雪は完全に消滅した。

 呆然とその右手を眺め続けるルキアの表情が、やがて絶望の色へと染まる。

 

 これはメタスタシアの持つ能力。一日に一度、自身の触腕に触れた者の斬魄刀を消滅させるという、対死神戦に特化した技である。

 本来であれば仮面から生えている筈の触腕でそれを行うのだが、アーロニーロはそれを目の空洞から伸ばしたのだ。

 恐らく喰らいさえすれば、どの様な形でもその虚の能力を使用出来るのだろう。

 

 そしてルキアは、次に自分が何をされるのか悟った。

 アーロニーロの零した、海燕と同じ運命という言葉と、メタスタシアの能力の発現。

 それから導き出される答えは一つしか無い。

 

 

「まさか―――貴様…!!」

 

「おっと、今良いとこなんだ。逃げるなよ?」

 

「ぐあッ!!?」

 

 

 身動ぎしたルキアの右肩に、アーロニーロは捩花を突き立てる。

 刃先は肉を斬り裂き、骨を容易に貫通。そのまま地面に縫い止めた。

 

 

「さァてと…仕上げに移るか」

 

 

 埃等を払う様に両手を打ち合わせると、アーロニーロは口元を吊り上げた。

 ルキアは只それを睨み付ける事しか出来無い。

 

 ―――こんな所で、終わるのか。

 アーロニーロが次に行わんとしているのは、ほぼ確実に霊体融合だ。それで自分を徐々に内側から喰い殺す心算なのだろう。

 当然、悔しいに決まっている。叶うのなら、今直ぐにでもその額目掛けて切っ先を突き立てたい。

 だがその為の手段も先程失われてしまった。

 しかし永久にという訳では無い。それは確かだ。先程から己の内で必死に呼び掛けて来る、聞き慣れた袖白雪の悲鳴にも等しい声が、それを証明している。

 純白の着物を身に纏う雪女を思わせる風貌の彼女は、今頃見ている此方の方が逆に心配する面持ちをしている事だろう。

 

 

「…くそっ」

 

 

 考えられるとすれば、今の袖白雪は斬魄刀という憑代を失い、ルキアの魂魄の中に精神だけが乗り移っている状態か。何にせよ、直ぐには戻れないだろう。

 もはや打つ手は皆無。万が一にもこの場を切り抜けられたとしても、この身一つで先へ進んたとしてもタカが知れている。

 

 ルキアが諦め掛けたその時―――袖白雪とは別の声が、彼女の内へ響き渡った。

 本当に諦めるのか、と。

 

 閉じかけた瞼をこれでもかと開くと、ルキアはその正体を探る為に頻りに動かす。

 声の主は男。だがアーロニーロでは無い。

 それに声が聞こえたのは外部からでは無く、己の内からである。

 まさかと思い、ルキアはその視線を自身の右肩―――それを貫く三又の槍へと移した。

 次の瞬間、何処か嬉々とした感情を感じる声が響く。正解だと。

 

 

「捩…花…?」

 

 

 有り得ないと、ルキアは思わず内心で否定した。

 今の捩花はアーロニーロが発現させた力の一部に過ぎない。それに意思が残っている等と、誰が予想出来るだろうか。

 だがその考えを読んだのだろう。自分は確かに此処に居る、という言葉が即座に返される。

 

 

「…急に大人しくなったな」

 

 

 動きが止まったルキアを不審に思うアーロニーロ。

 ―――まあ、別に良いか。

 だが今更如何こう出来る訳でも無し、と特に気に留める事は無かった。

 

 次第にアーロニーロの身体が内側から波打ち始める。

 これは準備。実はメタスタシアの霊体融合の能力を発現するには、少々手間が掛かるのだ。

 何せ自身の肉体を一度紐状に変換し、相手に溶け込ませる異質な技である。アーロニーロの場合、その霊力の高さ故に一筋縄とはいかないのだ。

 

 そんな彼を余所に、ルキアは捩花と対話を重ねて行く。

 斬魄刀の原型たる浅打(あさうち)の頃から始まった、海燕との長い付き合い。あの日メタスタシアによって消滅した直後。アーロニーロに取り込まれて以降の事。

 状況が状況だけに簡潔な内容に纏められてはいたが、大凡は脳内補完によって理解出来る程に解り易かった。

 

 

「今の私に…どうしろと言うのだ…」

 

 

 弱弱しい声で、ルキアは捩花に問い掛ける。

 鬼道を使用してこの窮地を抜け出すにしても、霊力は残り少ない。破道は威力も出ないだろうし、縛道も大した拘束力も無いだろう。

 例え態勢を整えたとしても、この自身の状態が変わらぬ限り、良い様に蹂躙されて終わりだ。

 

 

「な…に…!?」

 

 

 そんなルキアの考えに対し、捩花が提案したのは想像を超えるものだった。

 ―――ならば自分を使え。

 得物も無い、余力も無い。その程度の事は如何とでもなる。何故なら自分が力を貸すのだからと、捩花は自信満々に宣言する。

 

 担い手が居る斬魄刀を、他の者が使う。それは確かに前例はある。

 最たるものは、嘗て死神同士の下らぬ諍いの果てに亡くなった友人、その棺に共に入れられていた斬魄刀を手に取り、継承した東仙要。

 現在彼は普通に使用しているが、それに至るまでの経緯は決して容易だった訳では無い。本人の弛まぬ努力と、斬魄刀との度重なる対話によって心を通じ合わせた末に成し遂げた結果なのである。

 

 斬魄刀とは、無銘の浅打とその担い手が寝食を共にし、練磨を重ねることで魂の精髄を刀に写し取った末に完成するもの。

 つまり他人がそれを継承するには、元の担い手と同等の研鑽を積むのは勿論。それで且つ斬魄刀自身と全く繋がりの無い関係から、長い時を掛けて互いに魂レベルで心を通わせるまで絆を深める必要がある。

 

 それがどれ程困難な事か解るだろうか。元の担い手と親密な関係にある者でも極めて困難な道程である。

 如何に親しかろうと、互いに魂まで理解出来ている関係など、この世に存在する訳が無いのだから。

 

 

「私に、出来るのか?」

 

 

 ルキアは迷う。妻である都なら未だしも、多少触れ合う機会が多かった自分如きに、海燕の魂の一部とも言える捩花を継承出来るのかと。

 其処で間髪入れずに放たれたのは、肯定の意。

 息絶える寸前、海燕が自らの心を預けたのは何処の誰だ。妻の都か。同じ場に居た隊長である浮竹十四郎か。それとも瀞霊廷の隊舎にて帰りを待っていた三席の二人組か。どれも違う。

 ―――朽木ルキア、お前以外に居ないだろう。

 

 捩花に続き、袖白雪からも激励の意思が伝わってくる。

 ―――貴女なら大丈夫。

 今迄ずっと近くで見守って来たからこそ、自信を持ってそう言えると。

 

 

 

「そう、か…」

 

 

 二人の言葉に勇気を貰ったルキアは、遂に覚悟を決めた。

 そして内心で海燕に謝罪する。

 心技体、何もかもが未熟なこの身で、貴方の斬魄刀の柄を握る事を、如何か許して欲しいと。

 

 

「ん?」

 

 

 準備を終えたらしいアーロニーロは再び視線を下に向けると、思わず眉を潜めた。

 死に掛けにも等しい筈のルキアが上体を僅かに起こし、左手で捩花の柄を握っていたのだ。

 その顔は俯いており、表情は読めない。

 

 この期に及んで何を企んでいるのか。引き抜かんと試みているにしても、そんな力がルキアに残っている筈が無い。

 若しくは自らの斬魄刀を失った代わりに、捩花を使おうとでも言うのか。

 

 アーロニーロは嘲笑した。所詮は無駄な足掻きだと。

 やがてその顔に加虐的な笑みが浮かぶ。

 ―――其処まで望むなら、更に苦しませてやろう。

 そう考えたアーロニーロは、捩花の石突よりやや下の柄へと右手を伸ばした。

 

 

「なッ…!!?」

 

 

 だがその手が柄を握る事は無かった。

 触れる直前、何か見えないものに弾き返されたのだ。

 その手は表面が焼け焦げており、まるで高圧電流に感電したかを思わせた。

 

 先程まで余裕綽々だったアーロニーロの表情に焦燥が浮かぶ。

 ―――如何いう事だ。

 まさか捩花が反旗を翻したとでも言うのか。

 だがそれは有り得ない事象である。

 

 今の捩花は紛れも無くアーロニーロの力の一部だ。

 以前メタスタシアを喰らった後、力の確認の為に何度か試験運用してみたが、意思を持ち合わせている様子は皆無。

 水を自由自在に操る流水系の能力はそのままに、只の道具と成り果てたのかと、そう思っていた。

 当時のアーロニーロとしては、鍛錬の中で捩花の意志を屈服させて卍解を習得出来れば、今の階級より更に上に登れるのでは―――と仄かに期待していた過去があったりする。

 

 

「ぐ…ああアアアアァァッ!!!」

 

 

 右肩から感じる激痛に叫びながら、ルキアは捩花の柄を握る左手に力を籠め――― 一気に引き抜いた。

 何処にそんな力が残っていたのかと、アーロニーロは瞠目する。

 

 周囲に血飛沫が舞う。思わず傷口を押さえたい衝動に駆られるが、ルキアは根性で耐えた。

 震える手で捩花を持ち上げ、矛先をアーロニーロに向ける。

 だがその姿は余りに不格好。真面に構えられてすらいない。

 

 想定外の事態に慌てたものの、それを見たアーロニーロは安堵の溜息を吐きそうになる。

 だがその直後、緩み掛けたその精神を咄嗟に引き締める。

 十刃となって以降、長らく眠っていた本能が飛び起き、囁いたのだ。

 ―――甘く見るな。

 これと似た様な感覚は、藍染と初めて出会った瞬間に感じて以来である。

 だがその時と比較すれば可愛いものだが、アーロニーロは如何しても不安が拭えなかった。

 

 

「―――もて…」

 

 

 眼前の小娘の姿を見てみろ。切っ先は先程から忙しなく揺れ、方向が定まっていない。

 口は小刻みに動いており、只単に震えている様にも見受けられる。恐怖故にそうなっているのか、それとも己を鼓舞する言葉を小声で呟いているのだろうか。 

 例え再びぶつかり合ったとしても、その力無き小柄な身体は紙切れの如くヒラヒラと宙を舞いそうな程に弱弱しい。

 

 にも拘らず―――背筋に感じるこの寒気は何だと言うのか。

 アーロニーロは虚を喰らう為の口であり斬魄刀でもある左手を持ち上げ、何時でも帰刃出来る様に備える。

 だがルキアの構えは一向に変わらず。

 対するアーロニーロは警戒するばかりで、互いに身動き一つ取らない。

 

 

「“―――縛道の六十一”」

 

「な…にッ!?」

 

「“六杖光牢”!!!」

 

 

 だがその均衡は遂に破られた。

 ルキアが両手を突出しながら叫ぶと、アーロニーロの胴に六つの帯状の光が突き刺さり、その動きを止める。

 

 アーロニーロは其処で初めて気付いた。

 先程動いていた口は恐怖に震えていた訳でも、ましてや己を鼓舞する言葉を発していた訳でも無い。

 此方に聞き取れぬ程に小さな声で、言霊の詠唱をしていたのだと。

 

 

「ッ、今更俺の動きを止めたところで何になる!! こんなもの直ぐに―――」

 

 

 消耗故か、その拘束力は戦闘開始時に用いられたものに劣る。

 とは言え六十番台の中級縛道。流石のアーロニーロとて、破るには十秒程の時間が必要だった。

 

 

「…行くぞ」

 

 

 だがルキアにとってはそれで十分だった。

 左手に握る捩花へと視線を移すと、静かに頷く。

 

 直後、捩花が光に包まれる。

 そしてそれが晴れた時、その姿は只の解放前の斬魄刀へと戻っていた。

 

 

「―――ッ、くそ!!」

 

 

 ゾクリ、と背筋に走る凄まじい悪寒。

 額に冷や汗を滲ませながら、アーロニーロは六杖光牢を破らんともがき始める。

 

 だがルキアにとって、既に時間稼ぎは十分だった。

 縛道の詠唱を唱える前、彼女は捩花に指示を受けていた。

 先程は何とか拒絶したものの、自分は未だアーロニーロの力の一部である事に変わりは無い。今再び彼の元に戻されてしまえば、もはや逃れる事は不可能。

 その繋がりを完全に断つには、解号と共に名を唱え、解放に合わせて継承の儀を済ませる必要があると。

 

 しかもそれは只単に台詞を真似て喋れば出来るという訳では無い。

 斬魄刀の解号と名は、己の担い手として認められた上で、授けられた者が唱えなければ何の変化も意味も持たないのだ。

 全ては尸魂界の開闢以来、全死神の斬魄刀の原型となる浅打の全てを創っている―――零番隊所属の“刀神(とうしん)”という異名を持つ男がそう定めたが故。

 でなければ今頃、誰も彼もがありとあらゆる斬魄刀を扱えてしまう。他の死神を殺して奪ったり等の争いも勃発し、深刻な問題となっている筈だ。

 

 

「不肖の身ながら…貴方の相棒をお借りします」

 

 

 既にこの世には居ない海燕に対し、静かに語り掛ける。

 勿論、返答は無い。

 だがルキアは如何しても言わずには居られなかった。

 

 

「“水天逆巻(すいてんさかま)け―――捩花”!!!」

 

 

 捩花の声に合わせ、その名を口にする。

 直後、霊圧の増幅と共に大量の水の奔流が巻き起こる。

 

 それと全く同時のタイミングで拘束から抜け出していたアーロニーロは、その水に流されまいと足腰に力を籠めて踏み止まる。

 

 

「莫迦、な…!!」

 

 

 ―――こんな事が有り得るのか。

 水流に耐えながら、アーロニーロは只々驚愕する。

 捩花は海燕の能力を発現すると同時に付属して生まれる、只の得物だった。ならば必然的に担い手である自分しか使えない筈なのだ。

 

 だが現実は如何だ。ルキアは一度捩花を解放前の姿へ戻した後、再び解放した。

 残り僅かだった筈の彼女の霊力は回復しただけで無く、序盤の倍とも思える程に増幅。

 特筆すべきは―――その解放した捩花の放つ霊圧だ。

 アーロニーロが捩花を解放した時、ルキア程の水量が舞う事は無かった。

 それが示す意味は明らか。これこそ捩花が本来の力を発揮しているという証拠なのだと。

 

 

「覚悟せよ、十刃」

 

 

 ルキアは捩花を左手から右手に持ち替えると、後方へと引き絞り、口金の辺りに左手を添えた―――まるで投擲を思わせる構えを取る。

 その動きは極めてスムーズ。それこそ、右肩の傷など初めから無かったかの様に。

 

 霊圧の上昇は、その者の負った傷の痛みの軽減や止血作用、肉体の強化といった恩恵を齎す。

 それを考えると、ルキアの今の状態も納得出来た。

 

 

「海燕殿の誇りを穢した罪の重さ…その身を以て知るが良い!!!」

 

 

 ルキアの全身から溢れ出した霊圧が、刀の切っ先の如き鋭さを持ち、対峙する者へ降り掛かる。

 それを真面に受けたア-ロニーロの口から、小さい悲鳴が漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚夜宮には、正に影と呼ぶべき部隊が存在する。

 侵入者討伐及び敗者の始末、または情報収集。所謂汚れ役といった任務を負う部隊、それが“葬討部隊(エクセキアス)”。

 

 その部隊で隊長の階級を持つ、牛を思わせる動物の頭蓋骨を模った仮面を頭部全体に被った―――ルドボーン・チェルート。

 彼は今、とある事情から3ケタの巣へと急行していた。

 追従するのは、その部下であり兵士達。見た目は髑髏そのものの仮面で、ルドボーンと同様に頭部を覆い隠した破面が大凡三十人程揃って居た。

 

 

「…間も無く現場へ到着する。気を引き締めろ」

 

『ハッ!!!』

 

 

 ルドボーンは部下達にそう言い聞かせる。

 部下達は即答。その姿は正に忠実な兵士であった。

 

 葬討部隊が請け負った任務。それは3ケタの巣に侵入した一護達の追撃、そして敗北した十刃落ち二名を生死問わず持ち帰る事。

 前者については時間的に幾分か猶予がある。問題なのは後者だ。

 腐っても元十刃。並みの数字持ちを相手にするのとは次元が違う。例え消耗していたとしても、その実力は侮れない。

 

 とは言え、ルドボーンも一部隊の隊長に任命されるだけあり、相当な実力を持っている。

 そんな彼でも、事前に情報へと目を通した限り、決して気を抜けるものでは無いと判断した。先程の部下達への指示はその為だ。

 ある日から突然、今迄以上に鍛錬へと力を入れる様になった十刃落ちの二名。

 霊力はそれ程上昇してはいない様だが、格上を相手にしているだけあって、技量は大幅に上昇している。

 彼等と対峙した場合、一切の油断無く臨むべきだろう。そうルドボーンは判断する。

 

 ―――必ず成功させてみせる。

 “あの方”が約束して下さった、この任務を完遂した暁に齎される報酬。それを思い浮かべた途端、無意識の内に笑みが浮かんで来るのを、ルドボーンは感じた。

 

 自身の帰刃―――“髑髏樹(アルボラ)”。主なデメリットも無しに、無限に兵士達を生み出し続ける創造主の如き強力な能力を誇るそれ。

 兵士一人一人の戦闘能力は並の数字持ちにも劣るが、その数は圧倒的。時間さえあれば、周囲一帯を埋め尽くす程の軍勢を作り出す事も可能だった。

 

 そんな力を持っていても尚、ルドボーンは届かなかった。十刃という破面達の頂点に。

 本人も悔しくはあったが、それ以上に十刃達に対して畏敬の念を抱いた。

 遠目でも判る、あの圧倒的なまでの霊圧とカリスマ。成る程、確かに自分如きでは到底辿り着けない領域だと。

 

 だがそんな立場も、この任務の結果で変わるかもしれなかった。

 報酬の内容は、新たな力を外部からルドボーンの魂魄に植え付けるというもの。その効果は軽く見積もって、霊力の倍加と、帰刃形態の能力の進化。

 それ等がもし本当なら、今迄手が届かなかった場所に手が届く様になる―――つまりルドボーンは十刃達と肩を並べる事が出来る可能性があったのだ。

 

 大人しくしていられる筈が無い。奮起しない筈が無い。

 だが今回の任務、下手すると越権行為に値する内容である。

 しかし幸運な事に、今回は指示を受けた形で動いている為、全責任がルドボーンにある訳では無かった。

 処罰を受けるとしても、運が良ければ短期間の謹慎。最悪を考慮すると、恐らく葬討部隊の解散程度で済む筈だ。

 

 どちらであっても構わない。虚夜宮からの追放さえされなければ、ルドボーンとしては如何でも良かった。

 それに“あの方”は報酬の他にも言っていた。

 ―――近い内に十刃の席を一つ空ける。

 補足されずとも、ルドボーンには理解出来た。

 即ちそれは報酬に加え、自分が十刃に入り込む余地を与えてやると言う意味なのだと。

 

 

「この絶好の機会、逃してなるものか…!!」

 

 

 気持ちが逸ったのか、気付けばルドボーンは既に抜刀していた。

 背後の部下達も慌ててそれに続く。

 

 やがて視界の中に、3ケタの巣への入口が映る。

 事前に発動させていた探査神経によると、一番近くに存在している霊圧はドルドーニのもの。

 “あの方”の情報通り、侵入者と交戦した末、敗北を喫したのだろう。その霊圧反応は弱弱しい。

 近くにはこの虚夜宮に相応しく無い人間と死神が入り混じった妙な霊圧が。これも情報通り、侵入者である黒崎一護の霊圧の特徴と合致する。

 

 ルドボーンは入口の手前に降り立ち、耳で一足遅れで部下全員が到着するのを確認。

 背後を振り向くと、命令を下した。

 

 

「まず始めの採取対象は、破面No.103、ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ。続けて侵入者の追撃だ。遅れるな!!」

 

『御意!!』

 

 

 士気も十分に、葬討部隊は3ケタの巣へと踏み込んだ。

 そしてドルドーニの元へと真っ直ぐ向かう。

 

 だが次の瞬間―――その足は強制的に止められる事となる。

 

 

「…よォ」

 

 

 葬討部隊の進行方向に立つ、異質で巨大な得物を担いだ、長身で眼帯の男。

 見覚えしかないその姿を目の当りにした途端、ルドボーンの全身が恐怖で竦み上がる。

 

 

「グ…ォォォ…ッ!!?」

 

 

 間髪入れずに叩き付けられる膨大な霊圧に、ルドボーンは思わず膝を着く。

 見れば背後の部下達も同様。手に持った刀を地面に落としたり、酷い者は意識を失って地面に倒れ伏す者すら居た。

 

 

「ば…莫迦な…!! 何故貴方様が此処に…ッ!!」

 

「そんな急いで何処に行こうってんだ?」

 

 

 自分達の行く手を阻んでいる存在は、“あの方”の情報の中には無かった。

 先程まで高揚していた気分は一転、地の底まで急落。

 ルドボーンは悟った。

 この状況は完全にイレギュラーなのだと。

 

 

「…第5十刃……ノイトラ・ジルガ様…!!!」

 

「さっさと答えろって。なァ…ルドボーン?」

 

 

 ルドボーンにそう問い掛けながら、ノイトラは口元を吊り上げた。

 

 

 




刺青眉毛さんとメガネ君、謎の敵との遭遇。
スーパールキアタイム。
主人公「悪い子はいねがー?」牛髑髏「」

的な話でした。





捏造設定及び超展開纏め。(今回は多め)
①刺青眉毛さんとメガネ君の相性はGood。
・火力系と頭脳系が合わさり最強に見える状態。
・二人とも互いに一対一から一対多数の両方に問題無く対応出来る上、協調性も高いので、良い感じかと。
・ぶっちゃけメガネ君は誰とでも連携出来ると思います。
②謎の猫背の破面…一体何者なんだ…。
・何となく出した。後悔はしてない。
・牛髑髏さんと同じく、多数の駒を生み出す敵って演出に使い易くて便利ですよね。
③強欲さんはメタスタシアの能力を使える。
・多分普通に出来ると思う。
・三万以上の虚を喰ってるんだし、もっとやらしい系の能力とか持ってそう。
・思えば彼も色々勿体無いキャラでしたね。
・某作品に影響されてか、初めは強欲さんをかなりチート化させて書いていたのは秘密。そして修正したら何か凄く悪い奴になった。何故に?
④メタスタシアの能力で消滅させられた斬魄刀は、その意思までは消えずに残る。
・多分一時的なものかと推測してます。そんで意思さえ残ってれば、斬魄刀自体は復活出来るのだと仮定。
・マユえもんは柄さえあればまた創れるとか言ってましたけど、その辺は曖昧なんですよね…。
・取り敢えず上記の形にしとかないと、強欲さんが捩花使用出来てる理由が解らない。
・もし全部消えてる様なら刀神さんカチギレしてる。
⑤斬魄刀の継承は可能だが、凄く大変。
・東仙の過去の回想見ると、既に完成されてるっぽい斬魄刀を手に取った感じなので、浅打からじゃなくても継承自体は可能なのだと推測。
・他人の魂が宿った武器を継承するには、それに相応しい実力を付ける事に加え、その武器自身に認められねばならない的なパターンは良くある。
⑥もうルキアが主人公で良いんじゃないかな?
・作品名は響きを似せて『白雪は舞う』でどうだろう(笑
・彼女はもっと輝いててもバチは当たらないと思う。千年血戦篇では卍解も出たし、凄く嬉しい。
・それに捩花というかなりオサレな斬魄刀の出番をこんなところで終わらせるなんてとんでもない!!という勝手極まりない考えもあって書きました。
・ぶっちゃけこの作品を書くにあたって、絶対に入れたい内容の中の一つでした。書けて凄く満足です。
・けどまだまだ書きたい内容は残ってるんじゃよ。
⑦牛髑髏さんが動く理由。
・命令だとしても、あの行動は本人にも結構デメリットあると思うので、それ以上に魅力的なメリットって何だろうと考えたらこんな感じに。
・しかし彼が言う“あの方”とは…一体何アポロ・グランツなんだ…。
⑧最近作中の主人公の影薄くね?
・何時からこの作品のメインが主人公だと錯覚していた?(オイ
・それに主人公より他のキャラの活躍を描いていた方が楽しいし(笑
・彼の齎した影響は大きい的な描写はしてるし、今のところは十分十分。



最近色々と落ち着いてきたので、感想返信は二日以内に行います。
活動報告も近い内に。

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