三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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なんか最近頭が回らなくなっているので、色々描写が足りない部分があるかと思いますが、御容赦を。
余裕が出来たらちゃんと見直ししますんで。


第三十七話 三日月と蛇と、店長と主人公と…

 市丸ギン。元護廷十三隊、三番隊隊長。

 百年以上、その長きに亘って藍染に付き従って来た副官であり、彼と共に暗躍していた共犯者。

 だがその真意は別。幼少期に幼馴染である乱菊の魂魄の一部を奪った藍染への復讐で占められており、その目的の為なら例え悪人と蔑まれ様が躊躇しない。

 死神を志したのも、乱菊が悲しまずに済む様、尸魂界を変える為。

 それ等の事情を踏まえると、ある意味ギンは東仙と同類に含まれると言っても良いかもしれない。

 

 常に薄ら笑いを浮かべ、常に飄々とした態度を取り続ける掴み所の無い性格の持ち主であり、例え人を見る目に優れた者でも真意を読み取る事は不可能だろう。

 大切な者の為に、世界を敵に回す。一種の英雄譚とも思えるその生き方は到底真似出来るものでは無い。

 仲間達の成長を促す為に憎まれ役を買って出るレベルとは一線を画す。

 

 それの行く末に自身の救いは皆無。その事を理解していながらも、最期まで貫き通すその覚悟は称賛に値する。

 かく言うノイトラも、一人の男としてそんな在り方に敬意を抱いていた。

 最近漸く覚悟を決めたが、それまで相当時間を要した自分とは大違いだと。

 

 

「いややなぁ、そない警戒せんといてな。ちょっとショックやでボク」

 

 

 そうは言いつつも、ギンは欠片も笑みを崩していない。

 相手の態度を軟化させ様としている訳では無いのは明白。

 

 

「自分の立場を思い返してから言えよ、アンタ」

 

 

 意図が掴めないその態度は、ノイトラの表情を更に引き締めさせた。

 断じてそのペースに流されてなるものかと。

 

 ギンはその本質こそ尊敬に値するが、逆にマイナス要素もある。

 誰が傷付き、倒れ様とも躊躇わない。そうやって周囲を利用するのはまだ理解出来る。だがその為に時折相手の心を弄び、貶したりする部分はいただけない。

 自分を徹底的に悪者に仕立て上げるという意図があるのだろうが、ノイトラは如何してもそれが気に食わなかった。

 

 瀞霊廷に囚われ、処刑寸前だったルキアに希望を持たせる様な事を囁き、彼女が期待を抱いた途端に嘘だと暴露。死を覚悟していた筈のその精神を酷く揺さ振った。

 所謂上げてから落とす。追い詰められている者に対しては最も酷な行為であろう。

 

 三番隊の副隊長であり、左目を絶えず前髪で隠した、基本真面目だが気弱で暗い性格の男―――“吉良(きら) イヅル”。

 今迄の積み重ねにより、絶対的な信頼を向けて来る様になった彼をギンは利用し、仲間同士で争わせる様に仕向けた。

 

 一切表情を崩さずに平然とそれ等を行う姿は、正に悪人中の悪人。憎悪を向けられる要素しか無い。

 幾ら何でも此処までの事をすれば、例え最終的にギンの真意が明らかになったとしても結果は見えている。

 確かにある程度は理解されるかもしれない。だがそれまでの過程から、乱菊を除けば殆ど同情はされないだろう。そして間違い無く歴代でも屈指の悪人として扱われる。

 だがギン本人は気にも留めない。

 それは―――何と哀しい姿か。

 

 

「ダイジョーブやて、今回はボク個人の用事で来ただけや。そないな気ぃ張らんと」

 

 

 無表情で視線を向けて来るノイトラに対し、大袈裟に両手を振ってアピールするギン。

 だが元から持ち合わせている、胡散臭い且つ不気味な雰囲気がそれの信用性を著しく殺いでいた。

 何も知らぬ他人であれば百人中全員が嘘だと断言する程に。

 

 

「じゃあ此処じゃ無く、後で俺ん所の宮に顔出せよ」

 

 

 ノイトラとしては正直、此処が特定されるとは余り考えていなかった。

 目星としている場所への移動だけに三十分以上掛かる上、其処から更に不特定の方向へと距離を取るのだ。

 響転込みでその移動時間だ。特定するどころか辿り着く事すら大変な労力を要する。

 

 だがそれには敢えて触れない。厳密には問い掛けても意味が無いというのが正しい。

 ギンの性格を考えれば、素直に答える訳が無いと容易に想像が付く。飄々とした態度や虚言を駆使してはぐらかすに決まっている。

 

 

「うーん、出来ればキミだけと話したいんやけどな。藍染隊長にもあんま聞かれとうない内容やし」

 

「…何?」

 

「それに―――キミの為でもあるんやで?」

 

 

 悩む様にして顎に手を当てながら、ギンは呟く。

 その口元は僅かに吊上がっていた。

 

 ノイトラは一瞬だけ眉を動かしたが、それ以上の反応は示さなかった。

 ―――内心ではザエルアポロと対峙した時以上に警戒心を上げていたが。

 

 

「…如何いう事だ」

 

「そやかて困るやろ? いくら個別の宮っちゅうても、虚夜宮の中で、キミが―――いやキミ達が、藍染隊長に反逆を企ててるのかどーかを問い詰めるんは」

 

「―――っ」

 

 

 此処で僅かに息を吞んだ事以外、殆ど反応を示さなかったノイトラは称賛に値すべきだろう。

 ―――反逆とは、一体如何いう事なのか。

 確かに秘密裏に色々と目論んではいる。だがその内容は、藍染への真っ向からの反逆とは言い難い内容だ。

 打合せもセフィーロの自室のみで、しかも細心の注意を払った上で行っている。

 藍染でもあるまいし、如何考えてもギンにバレる要素は無い筈だ。

 

 だが現にこうしてギンは知っている素振りを見せている。

 バレた原因は考えてみれば幾つかあるが、どれも決定的とは言い難い。

 

 其処でノイトラは普段は意図的に抑えている野性的勘を全力で働かせる。

 ギンは先程これは個人的な用件だと、そして藍染には聞かれたく無いと言った。それの真偽を確かめる為だ。

 もし彼の言葉が本当であれば―――十分に対処は可能。

 今迄伊達に考察を重ねてはいない。ギンや東仙にバレた場合の対策も確り考慮している。

 

 結果は直ぐに出た。何処までが真実かは不明だが、これはギンの言葉通りな可能性は高いと。

 実は既に藍染へ報告済みなのではないか、今も何処からか監視されているのではないか。

 最悪を想定すれば幾らでも可能性が浮上して来る。

 だが勘はそれを否定している。何時ぞや感じた様な違和感も無い。

 

 

「この間見たんよ。キミの従属官二人が、コソコソ話しとるのを」

 

「…で?」

 

「たしか…藍染隊長を止める言うてたなー」

 

 

 ギンの言葉を信じるならば、余りにも迂闊。

 だがノイトラは以前より仲間の事を信用する様になった為か、それを鵜呑みにする様な事はしなかった。

 加えてセフィーロとは、そういった話を行う場合は必ず自室で行う様、厳重な取り決めをしている。

 今後の命運を左右する内容だ。忘れていたとは考え難い。

 ―――寧ろ見られているのを知って居たのではないか。

 セフィーロに対して疑念を抱き始めている事に気付いたノイトラは、其処で一旦思考を打ち切った。

 

 考えてみると、ギンの発言内容も何処か引っ掛かる。

 見たとは言うが、どの様な状況で見たというのか。

 物影から覗いていたのは有り得ない。セフィーロの周囲には常にロカが反膜の糸を張り巡らせている。感知すれば直ぐに報告を受けている筈だ。

 ならば残された可能性は一つ。虚夜宮の壁に無数に存在する監視装置だ。

 だがそれは映像のみ。音声までは拾えない筈だ。

 

 だがあのギンの事だ。確固たる証拠が無くとも、得意の話術で当事者に自供させる形に持ち込む程度はしそうだ。

 まるで悪辣な警察官による容疑者への尋問である。一度でも認めてしまえば、後はトントン拍子に事が運ばれ―――実際は冤罪であっても有罪にされてしまう。

 ギンの場合、確実にそれを自身の目的の為に利用する筈だ。

 反逆を企てていたとして、事前に阻止したと藍染に報告。彼からの信頼を得る形にしたいのか。はたまた弱味を握った事でノイトラを裏から従え、藍染を仕留める際の布石にでもするのか。

 どちらにせよ躊躇無く使い捨てるだろう。ギンはそういう男だ。

 

 だがノイトラの目的は、あくまで自分と仲間達の生存。そしてこの世界を史実の通りの展開にする事だ。

 藍染の打倒は完全に一護任せ。崩玉との融合後の完全覚醒を阻止するだとか、直接的に何かをする心算も一切無い。

 目的さえ果たせれば、後は我関せずなスタンスを貫く予定だ。

 

 

「…へぇ、それが本当なら大変だな」

 

「あら、あくまで恍けるつもりかいな」

 

「さあな」

 

 

 他人事の様に語りながら、ノイトラは悟った。

 ギンは恐らく嗅ぎ取ったのだ。自分と同じ、頑なにその真意を隠しつつ暗躍する者の匂いを。

 これでは幾らシラを切ろうが、彼の目は誤魔化し切れない。

 

 ―――出来れば実現してほしく無かったこの状況だが、致し方無い。

 ノイトラは腹を決めた。以前までの自分であれば、この場面を如何にか乗り切らんと必死に言い訳を考えていた事だろう。

 だがそれはもう終わりにする。

 遣れるか遣れないかを考えるのでは無く、遣るのだ。

 

 

「困ったなぁ、これは藍染隊長に報告せなあかん―――っ!?」

 

 

 肩を竦めて呟くギン。だが気付けば彼は次の瞬間、地面へ仰向けに倒されていた。

 直ぐ様立ち上がらんとするも、その額はノイトラの右手が押さえ込んでおり、ビクともしない。

 

 

「なんの…つもりや…?」

 

「まあ落ち着けって」

 

 

 ノイトラは優しい笑みを―――傍から見れば悪巧みしている極悪人でしか無いそれを浮かべながら、静かに語り掛ける。

 だがその口調とは裏腹に、彼の全身からは対峙した者が思わず黙り込んでしまう、強烈な威圧感が放たれていた。

 

 ギンの表情から一切の余裕が消える。

 そして威圧感と同時に感じた言い様も無い悪寒に、僅かに身体を震わせた。

 

 

「そういやアンタには謝らねぇといけねぇ事があったな」

 

「…なんやいきなり」

 

「こないだは悪かったな。アンタの大切な幼馴染を傷付けちまってよ」

 

「っ!!?」

 

 

 ノイトラが放ったその言葉に、ギンは思わずその細目を見開いた。

 ―――何処で、それを。

 自分の情報は一切外部に漏れてはいない筈。虚夜宮では特にそうだ。

 唯一詳細をしっているのは藍染のみ。彼が意図的に流した可能性も考えられるが、まず有り得ない。例えそうしたとしても一切得が無い。

 

 

「キミは…どこまで知って…」

 

 

 ギンの勘が囁く。眼前の破面は己の全てを知っていると。

 出来る事なら、今直ぐ此処で始末して口封じするのが最良の選択。

 だが状況的に見てそれは不可能。斬魄刀の柄にさえ手が届けば全て解決するのだが、ノイトラがそれを許すとは思えない。少しでも妙な動きを見せれば、即座に頭部を握り潰されるだろう。

 つまりは八方塞。相手の出方を窺うしか無いのが、ギンが置かれた現状だった。

 

 

「さぁて、ちょっくら“世間話”と洒落込もうや。なぁ―――同志」

 

 

 ノイトラは今迄に無い程、凶悪な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時もの起床時の様に、ゆっくりと瞼を開いて起きる一護。

 ―――此処は、自分の部屋か。

 見慣れたこの天井は間違い無い。

 一体どれ程眠っていたのだろうか。一護は寝起きで回転の鈍い頭でボンヤリと考える。

 暫しの間呆ける様にしていたが、やがてはっと正気に戻った。

 

 脳内を駆け巡る記憶の奔流。

 藍染の配下の破面達による、二度目の現世侵攻。

 虚化習得の為の修行の真っ最中であった一護は、消耗しているにも拘らず、周囲の制止を振り切って飛び出した。

 そんな彼の前に現れたのは―――グリムジョー・ジャガージャック。

 ルキアの腹部を貫手で貫いたばかりか、抵抗の意志を見せた彼女の右腕を捥ぎ取った下手人。

 そして卍解した一護を斬魄刀も抜かずに圧倒するなど、因縁のある破面だった。

 

 手加減は無用。寧ろしている余裕など皆無。それ程までに、グリムジョーの実力は極めて高い。

 そう判断した一護は躊躇う事無く卍解し―――虚化という切り札を切るや否や、先手必勝とばかりに斬り掛かった。

 想像を超えたその力に動揺したのか、後手に回るグリムジョー。その御蔭で初撃で多大なダメージを与える事に成功する。

 ある程度抵抗されたものの、戦況は此方が圧倒的に有利。このまま勝負が付くかと思われた。

 

 だがそうはならなかった。一護は虚化の持続時間を失念していたのだ。

 砕け散る仮面。糸が切れた様に脱力する身体。

 その隙だらけな一護目掛け、グリムジョーは胸部に横一閃の斬撃を叩き込んだ。

 

 戦況が引っ繰り返ったのはそれから。

 自らに酷使に酷使を重ねた一護は、反撃どころか満足に動く事すら叶わない。

 結果、好き放題に蹂躙され、絶体絶命の危機にまで追い込まれる。

 援護に来たらしいルキアが不意討ちを仕掛けるが失敗。逆に反射的に放たれた虚閃に飲み込まれて安否不明となった。

 

 

「何をやってんだ俺は…!!」

 

 

 一護は自責の念に駆られた。

 自身の無力さもあるが、一番の理由はその後の行動に対してだ。

 あの窮地を乗り切る力を渇望したのは覚えている。その直後、何処からともなく力が湧き出たかと思うと、再び虚化。逆にグリムジョーを蹂躙し返し始めた事も。

 態と殺さぬ様、致命傷にならない程度の斬撃を繰り返し、相手が苦しむ様を見て嘲笑うその姿。まるで悪魔の所業だ。

 

 絶対的優位に立ったが故―――と思えば理解出来無くも無いが、あくまでそれを行ったのは一護だ。

 調子に乗り易い若者なら未だしも、彼の性格上、その様な行動を取るのは有り得ない。

 ある程度の力を見せ付け、自分は如何あっても勝てない相手であると理解させた上で降伏を促すなど、極力戦いや殺し合いを避ける方向で動く筈である。

 真子が止めてくれなければ、確実にあのままグリムジョーを手に掛けていた事だろう。

 

 極限まで追い詰められた上、二度も同じ仲間を害されたのだ。通常であれば、怒りや焦燥等の感情が入り混じり、暴走しても何らおかしくは無い。

 だが一護はそうは思わなかった。

 ―――これも全ては自分が弱いせいだ。

 そう自己嫌悪しながら。

 

 

「くそっ…!!」

 

 

 拳を握り締め、自身の額にぶつける。

 明らかな八つ当たりだ。

 その手首はグリムジョーの斬魄刀に貫かれ、到底動かせるレベルでは無い重傷を負っているのも御構い無しに。

 

 だが一護はふと気付いた。

 その手首から一切の痛みを感じないのだ。

 寧ろ頗る調子が良い程である。極度の興奮によってアドレナリンが大量分泌されている訳でも無し、これは余りにも不自然だ。

 

 

「まさか…!?」

 

 

 一護は咄嗟に手首に巻かれた包帯を解くと、驚愕。

 何せ其処には傷どころか、汚れ一つも無かったのだから。

 

 

「―――この霊圧は…」

 

 

 手首を額に当て、その部分に微かに残った霊圧の痕跡を探る。

 此方を包み込む様に柔らかく、優しいそれ。間違い無い。

 ―――井上のだ。

 一護は確信した。この手首にあった筈の傷を癒したのは織姫だと。

 

 霊圧もさることながら、此処まで跡形も無く綺麗に治療を施せるのは彼女以外には居ない。

 後で御礼を言わねばならない。一護がそう考えた直後だった。

 

 

「間違いなく井上サンのものッス」

 

「っ…浦原さん!?」

 

 

 突如として聞こえて来た声。一護は弾かれる様にして振り向く。

 其処には何時の間に居たのか、部屋の入口近辺に直立する喜助が居た。

 

 彼のその身に纏う雰囲気に、一護は違和感を覚えた。

 何時もの様に此方をからかいに掛かってくる様子も無いし、掴み所の無い飄々としたものは一切感じられない。

 帽子の影から覗く眼からは、真剣と言うよりも何処か険しいものが見て取れる。

 思わず一護はそれを問い掛けようとしたが、それよりも早く喜助が口を開いた。

 

 

「二日」

 

「?」

 

「破面達がこの町に侵攻してきた日から経過した日数ッス」

 

「なっ…!!」

 

 

 一護は絶句した。

 自分がグリムジョーとの戦いから二日間も眠り続けていた事に。

 ―――幾ら何でも遣り過ぎだ。

 意識を飛ばした張本人である真子に対し、一護は内心で文句を零した。

 彼自身が相当に消耗していた可能性も考えられるのだが、この大事の時に二日も無駄にしてしまった事で焦燥に駆られていた彼は、てっきり真子が犯人だと思い込んでいた。

 

 

「ちなみに平子サンは関係ないんで、彼に怒るのは見当違いッスよ」

 

「っ!?」

 

 

 喜助から突如として飛び出した予想外の発言。一護はその考えを取り消されると同時に、暫しの間思考が硬直した。

 ―――もしかしなくとも、知り合いなのだろうか。

 一護は思わず真子との関係を問い質そうとした。

 だがそれは喜助から向けられる鋭利な眼光によって止められる。

 

 

「…色々聞きたいことはあると思いますが、今は勘弁して下さい」

 

「……わかったよ…」

 

 

 喜助は普段より、己の事について殆ど語らない。

 只単に秘密主義だからという訳では無いのは知っている。

 尸魂界から帰還した時、崩玉の存在等についての詳細を殆ど説明しなかった事について頭を下げられた事から、只ならぬ事情があるのだろう。一護は理解していた。

 

 浦原喜助という男は、一護にとっては色々と大きな存在だ。

 死神の力を取り戻す手助けをしてくれた協力者であり、斬魄刀の名を聞き出す切っ掛けを作ってくれた恩人であり、死神としての戦い方を教えてくれた師匠。

 そして多少胡散臭い部分はあるが―――大切な仲間の一人だ。

 仲間というのは護るものであり、信じるものでもある。

 そう考えた一護は、食い下がる事も無く大人しく引き下がった。

 ―――ちなみにこの時、喜助の見せた眼力の凄まじさに、思わず男の象徴が竦み上がっていたのは内緒だ。

 

 

「…それじゃ本題に入ります」

 

 

 そう言うと、喜助は一護に視線を合わせた。

 態々自分の所へ訪れてまで話したい事とは一体何なのだろう。

 緊張した面持ちで、一護は次の言葉を待つ。

 

 

「井上サンが誘拐されました」

 

「!!!」

 

「下手人は左頭部に仮面を被った、白色の肌を持つ破面ッス」

 

 

 ―――あいつか。

 初めて空座町へ現れた三人の破面。その内一人の特徴と一致する。

 

 

「どうやら二日前の侵攻の真の目的は、こちらの目を逸らす為の陽動。まんまと嵌められてしまいましたよ」

 

「何で…」

 

「恐らく井上サンの能力が目的でしょう」

 

 

 何故織姫が攫われなければならないのか。

 一護は疑問を抱く。

 それを読んでいたのか、喜助は言葉を繋いだ。

 

 確かに盾舜六花の能力は特殊だ。攻撃力や防御力はそれ程でも無いが、治療については並の回道すら容易に上回る。

 だが貴重な戦力を削られる様なリスクを負ってまで入手しようとするのは考えにくい。

 一護は如何にも理解が及ばなかった。

 

 

「あれからアタシなりに調べてみたんスけど、盾舜六花の持つ能力の本質は、単純に攻撃を行ったり、防いだり、怪我を治すものでは無い事でが判りました」

 

「なんだって…?」

 

 

 喜助の口から語られる信じ難い内容。

 “事象の拒絶”という、織姫の能力の在り方。

 熱くなり易い為に判り難いが、基本的に頭は良い方である一護は即座にその異常性に気付いた。

 ルキアの右腕の例がある様に、本来ならば完治不可能な規模の怪我ですら治療出来たのも納得だと。

 ―――そして藍染がその能力を求める理由も。

 

 

「井上サンの能力は対象を選ばない。人のみならず、無機物にも効果はある」

 

「まさか…」

 

「ええ…下手すれば崩玉もその範囲内かと」

 

 

 開発者本人の喜助ですら破壊不可能だった崩玉。

 それを考えると、損傷部分を直すといった理由では無いだろう。

 恐らくはその中身。

 何体居るかも不明な破面に、少数精鋭である十刃。これだけの戦力を揃えたのだ。恐らく相当崩玉を酷使したのだろう。

 

 藍染は衰弱した崩玉を、織姫に回復させようとしている。

 現状で一番可能性が高いのはそれだろう。

 または今後―――崩玉に負担が掛かる様な何かをしようとしていると見るべきか。

 もしそうだとすれば、最悪の事態が考えられる。

 多大なリスクを負ってまで敵勢力の一員である織姫を確保する程だ。一体何を成そうとしているのか想像も付かない。

 もしかすれば十刃を超える秘密兵器でも作り出そうとしているのではないか。

 一護は拳を握りしめる。

 どちらにせよ、一刻でも早く織姫を救出せねば拙いと。

 

 

「例え目的が崩玉の回復ではないとしても、彼女は治療要員として極めて優秀です。なにせ肉体が欠損しても元通りにできるんスから」

 

 

 ―――本人の前であんな事を言った手前ではあるが。

 喜助は己の過去の行いを悔いた。

 以前より織姫の能力の異常性、そして藍染がそれに注目しているであろう事実に気付いていた喜助。

 そんな織姫に正面から態と厳しい言葉をぶつけ、短期間のみでも戦場から遠ざけんと画策した。

 勿論、その内容の殆どが嘘。戦力として全く期待出来無いのはその通りだが、その能力の有用性については疑うまでもなかった。

 

 だが今となっては全てが無意味と化した。

 言い訳はしない。断界の移動時を狙われるという可能性を考慮しなかったのは失態以外の何物でもない。

 ―――この様で天才などと、笑わせる。

 技術開発局局長の後任として活躍しているであろう、元部下の姿が思い浮かぶ。

 自分と言う枷が無い今、恐らく今の自分にも匹敵し得る技術を身に付けている事だろう。喜助は思った。

 

 

「さて、どうしますか黒崎サン」

 

「―――決まってる」

 

 

 何処か試している様にも見受けられる、喜助の問い掛け。

 一護は少し間を置いた後、答えた。

 

 

「井上を助けるんだよ!!」

 

「どうやって?」

 

藍染達(あいつら)の拠点に直接乗り込んでだ!!」

 

「その拠点―――虚圏まで行く為の手段は?」

 

 

 喜助の最後の問いに、一護は思わず言葉を詰まらせた。

 確かにそうだ。織姫を助けたいという気持ちは本物だが、それに至る経緯に障害があり過ぎる。

 

 

「山本総隊長からは待機を命令されてます。尸魂界の援助は期待出来ません」

 

「…だからルキア達が居ねえのか」

 

 

 半ば確信しながら、一護は静かに呟いた。

 話しの最中、密かに霊圧探知を働かせていた彼は、現在の空座町の何処にもルキア達の霊圧が存在していない事に気付いていた。

 

 織姫の誘拐を聞けば、ルキアと恋次辺りは確実に動こうとする筈だ。

 同じ仲間としては極めて共感出来るが、立場ある者が人間一人の為に動くとなれば、組織の一員としては失格。確実に止められるだろう。

 恐らくは、織姫の救出を進言したが受け入れられず、今度は自分達が試みようとして止められた挙句、強制的に送還されたと考えられる。

 一護は殆ど正解にも等しい想像をした。

 

 

「そうッス。なので今動けば、尸魂界の意向から背く事を意味します。下手すればその瞬間を以て、協力関係を切られる可能性だって考えられる」

 

 

 とは言う者の、喜助としてはその可能性は極めて低いと考えている。

 いまいち安定性に欠ける部分もあるが、一護の持つ戦闘能力は並みの隊長格を上回ると言っても差し支えない。

 藍染との決戦は互いの勢力同士の総力戦。

 その中に一護の存在が加わっているかいないかでは、大きな差になる。

 

 

「…上等じゃねえか」

 

「!!」

 

「井上は俺の仲間だ。尸魂界がどうだろうが関係無え!!」

 

 

 ―――井上の救出ついでに、藍染も倒して来てやる。

 視線でそう豪語する一護の姿に、喜助は瞠目した。

 一見すると、只単に感情の高ぶりに任せての言葉に見える。今迄も何度かあった事だ。

 

 一護の取ろうとしている選択は無謀に尽きる。

 だが喜助は必ずしもそうだと断言出来無かった。

 何故なら今迄の実績が、それを只の蛮勇では無いと証明しているのだ。

 ルキアを救出に尸魂界へ乗り込んだ時などは特にそうだ。

 あの時の一護は副隊長以下三席未満の実力しか持っておらず、如何考えても無事に目的を達成出来るとは到底思えなかった。

 他の仲間達についても同様の事が言えた。

 

 だが―――成し遂げた。

 一護などは三席一名、副隊長四名、隊長二名を撃破するという戦績を残している。

 凡百の死神が百年努力しても辿り着けない領域に居る存在を、十数年生きただけの人間が―――死神の力を手に入れて一年もしない者が超えた。

 何という奇跡か。護廷十三隊の中でも天才と謳われる冬獅郎でもこうはいかない。

 

 

「だから…協力してくれ、浦原さん」

 

「………」

 

 

 一護は深々と頭を下げた。

 その姿からは尋常ならざる覚悟が伝わってくる。

 

 しかしだからと言って、喜助としては容易に了承の返事を返せないのが現状だった。

 最たるものが、敵勢力の規模。藍染が率いる主戦力である十刃についてだ。

 No.5という中堅クラスであるあのノイトラでさえ、解放も無しに自身や夜一を含めた実力者数人を圧倒する程。

 少なくとも、残された上位の四人はそれ以上の実力を持つ事は間違い無い。

 

 そんな者達の相手を、果たして今の一護が出来るだろうか。

 客観的に見ればほぼ不可能。

 一護は確かに強くなった。恐らく、現十三隊の隊長クラスの上位には確実に食い込める。

 一年所か半年にも満たない、この短期間で。有象無象の虚に苦戦していた頃が嘘の様だ。

 

 だが所詮はそれだけ。喜助の見積りでは、現在の一護が相手取れるであろうレベルの上限は、今迄に二度対峙しているグリムジョー。

 まかり間違ってもノイトラには敵わない。

 ―――せめて半年か、最悪一月でも準備期間があれば。

 喜助は思った。それだけあれば、まず確実に一護は十分過ぎる程の実力を付けていた事だろうと。

 

 だが幾らもしもの話を考えても意味は無い。今は現実に目を向けるべきだろう。

 喜助は思考を切り替える。

 合理的に考えれば、此処は一護を引き留める事が正解だ。

 現状のまま虚圏へ向かっても、犬死にしかならない。

 

 だがそれでも確かに可能性はある。らしく無いとは思いつつも、喜助は思った。

 頭脳はさておき、戦闘面では今迄に類を見ない才能を持つ一護。

 その驚異的な成長速度は、もはや天才を通り越して異常である。

 逆境を経験すれば、人は否応なしに成長する。それは皆共通認識だろう。

 その場合、通常の成長率を二・三倍と見ると、一護はそれ以上―――十倍も二十倍も上がる。

 

 この事実が、基本合理的な思考で以て行動する喜助に変化を齎した。

 もしかすると、一護なら如何にかしてしまうのでは、と希望を抱く程に。

 今迄に無いレベルの死線を潜り抜けた末―――グリムジョーを含めた十刃達を蹴散らし、やがては藍染を打倒せしめるまでに至る、通常であれば有り得ない未来を。

 

 喜助は暫し間を置いた後、観念した様に溜息を吐いた。

 ―――全てを一護に任せる訳には行かない。

 自分も出来る範囲で手助けすべきだろうと。

 喜助は現在解析を進めている黒腔。それも含め諸々を、本日中に片付ける事を決めた。

 

 

「…はぁ、わかりました」

 

「!!」

 

「ただ、今直ぐにとはいきません。少し作戦を立てましょう」

 

 

 喜助は振り返ると、自身の背後の空間に杖の先端を付け、大きな円を描く様にしてなぞり始めた。

 するとその杖が辿った後に切れ目が入って行く。

 

 完全に円を描き切らぬ内に止め、杖を下ろす。

 そしてその切れ目の一部に手を掛けた。

 

 

「入って良いですよ」

 

「なっ……お前等…!!」

 

 

 まるで本のページの様に、切り目が入った内側の空間が手前へ捲られる。

 一護は思わず声を漏らしていた。

 何せ捲られた空間の穴に、見知った人物が立って居たからだ。

 

 其処を通り、一護の寝室へと入って来たのは二名。

 片方は自身の親友であり相棒である茶渡泰虎。

 その姿はスポーツタイプの黒い長袖シャツに、伸縮性のありそうな白いズボンといった、動き易さを重視した格好をしている。

 

 残るはもう一人は―――同じ高校のクラスメイトであり、嘗て死神に滅ぼされた筈の滅却師の生き残り。

 初めは敵として対峙し、和解して以降は口喧嘩ばかりだが腐れ縁といった感じで付き合いが続く。

 ルキア救出の際にも協力し、そしてその際に滅却師の力を全て失い、戦線からは完全に退いた筈の男―――石田 雨竜(いしだ うりゅう)

 

 

「チャド!! 石田…!!」

 

 

 アニメキャラのコスプレと言っても差支えないデザインの白装束を身に纏った彼は、馬鹿にする様な薄い笑みを浮かべながら、言った。

 

 

「―――何だその目は。もしかしてまだ寝惚けているのか、黒崎」

 

 

 ―――この大変な時に呑気に眠りこけているぐらいだ、しょうがないか。

 はっ、と最後に鼻で笑った雨竜に対し、一護は額に血管を浮かび上がらせた。

 

 

 




ベリたん起床。
んでもってさり気に初登場のメガネ君。





超展開及び捏造設定纏め
①主人公、蛇さん巻き込んでの悪巧み開始。
・これも最終章で全部明らかにする予定。
・人によっては少し考え無しな行動に見えるかもしれませんが、出来ればプラス方向に取っていただければ…。例えこの先何が起ころうが、ドンと来いやと腹決めて構えてる漢的な。
・でも全ては藍染様の掌の上。それには何人たりとも逃れられないのだよ(悟り顔
・余談だけど、笑顔のゲスプーンさんの顔を直視するなんて、想像しただけでも恐ろしいですわ(笑
②ベリたん、実は頭良い。
・髪の色とかの関係で余り教師に目を付けられない為、さり気に努力して成績上位をキープしたり、結構周囲に気を配ってるきらいが見られるので、本来はそれなりに優秀なのかと推測。
・でもちと優秀過ぎたかなと、少し反省。
③店長、実は相当ベリたんに期待してる。
・今迄の行動からして、多分そうなんじゃないかと推測。
・でなければ自ら動いて色々仕込みそうなもんですし、彼。
・んでもって相変わらずの上位十刃への警戒心の高さ。全部主人公が悪い(確信



感想返信とか、まだ残ってる細かな修正部分とかは明日します。
今から突発系の仕事があるので…

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