もっとほのぼのが書きたいよぉ~。
第6の遊撃の間へ到着する前、ノイトラには自身の中で激しく鬩ぎ合う二つの意志があった。
―――折角アドバイスもした上、本人もやる気を出したのだから、是非ともルピに勝利して貰いたい。
―――史実の通り、グリムジョーが第6十刃へと返り咲いてほしい。
そんな矛盾に満ちた、互いに相反するものを。
当然、割合で言えば後者の方が圧倒的に上だ。
ノイトラの目的達成の可能性を上げる為には、グリムジョーの勝利は必須。
間違ってもルピが勝利するなぞあってはならないのだ。
それにも拘らず、前者の意志は消える事無く、ノイトラの中へ居座り続けていた。
理由は簡単。捨てられなかったからだ。他ならぬその意志を持っている本人自身が。
―――取り敢えず、予想はしていた。
ノイトラはもはや戸惑う様子も、ツッコむ気力も失せていた。または開き直っているとも言う。
人の性格というのはそう易々と変えられないし、変わらない。
ならば今はそれにグダグダと文句を垂れ続けるのでは無く、上手く付き合って行く方が余程建設的だ。
そう考え、生まれた結論が―――今後は自身の御人好しの部分をある程度織り交ぜつつ、目的達成の為に動くという簡単なもの。
ノイトラとしては、以前グリムジョーからルピを無意識の内に助けたのは、今迄自分を抑え過ぎた反動なのではないかと考えていた。
普段は優しく大人しい人でも、ストレスを溜め過ぎれば何時かは爆発するのと同じだ。
ならば普段からある程度発散させて置けば問題無いとして。
無論、史実の流れに大きな変化を齎す様な真似は避ける心算だ。
余程の事で無い限りはそうそう変化は出ないとは思うが、油断は禁物。
「ホント…都合良過ぎる頭してんな」
この階級争奪戦に於いて、開き直った状態のノイトラにとっての一番の理想。
それはグリムジョーが勝利を収め、且つその上でルピが生き残る事である。
だがその可能性は極めて低い。寧ろほぼゼロに等しい。
それでもノイトラは願う事にした。
今迄悪い方向の可能性ばかりを考えていたのだ。この辺で少しぐらい良い方向に方向転換しても良いでは無いかと。
「…っ、何だ?」
次の瞬間、ノイトラは妙な胸騒ぎを感じた。
それは会場に近付くに比例して、段々と大きくなって行く。
ノイトラは逸る気持ちを抑えながらも、足に力を籠めた。
五本の青色の刃の直撃。やはり小柄なせいか、全てが命中する事は無かった様だが、ルピを絶命させるには十分だった。
その身は肩から上、胴体、下腹部から下。見るも無残な三つのパーツへと分断された彼を目の当たりにしたノイトラは、その場から動く事が出来無かった。
脳裏を過るのは、直前に見せたルピの表情と、口の動き。
―――あの心底安堵した様な顔は何だ。
―――こんな状況に持ち込んだ張本人である自分に対し、あろう事か御礼を述べるなど如何いう訳だ。
落下して行くルピだったものを視線で追い続けながら、ふとそんな疑問を抱いた。
だがそれに対する答えは、もはや何処からも得られない。
「…ク……」
やがてそれは嫌な音を立てて地面に落下する。
ノイトラと同じくそれを眺めていたグリムジョーの口元が歪んだ。
「ははははははははは!!!」
直後、彼は上体をやや後ろに仰け反らせると、盛大に笑い声を上げ始めた。
それは勝ち鬨を意味しているのか、それともルピの弱さに対する嘲笑か。
「わかったか!! こいつが俺の力だ!!!」
実際はどちらでも無い。
自身が完全に力を取り戻した事。それを証明出来た事による純粋な歓喜。
「そしてこの俺が
声高らかに宣言しながら、グリムジョーは徐に右手を下に向ける。
その先には、地面に転がるルピの亡骸が。
その掌に青色の霊圧が収束している事から、何をしようとしているのかは明白。
完全に仕留めただけで済まさず、その亡骸すら跡形も無く消し飛ばそうとしているのだ。
正に無慈悲。血も涙も無い所業。
流石のハリベルも目に余ったらしく、その金色の眉を顰めた。
常に戦場へ身を置く戦士であれば、生き死にに関しては割り切るべきだとは彼女自身も考えている。
だが死体殴り、またはそれと大差無い行いは別だ。敵とは言え、その死体を傷付けるというのが如何なる意味を持つのかなぞ、ある程度の良識を持つ者であれば直ぐに理解出来るだろう。
グリムジョーの場合、放とうとしているのは十中八九虚閃だろう。
恐らく、その一撃でルピだったものは確実に全て消し飛ぶ。
その事を考慮するに、未だマシな方なのかもしれないが。
「ま、雑魚にしては結構楽しめたぜ」
グリムジョーは初め、ここまで無慈悲な真似をする気は無かった。
気が変わったのはつい先程。死に際にルピが向けた視線の先を辿った直後―――ノイトラの存在に気付いてからだ。
只単に自分の持つ力、完全勝利を収める様を見せ付けて愉悦に浸りたい訳では無い。
今のグリムジョーは、油断慢心の一切を捨てている。そんな小物的思考は欠片も存在していない。
「…見てやがれノイトラ」
これは自分と敵対した者が如何なる結末を迎えるのか、それの証明。そして宣戦布告だ。
―――いずれはお前もこうしてやる。
グリムジョーは言外にそう宣言しているのだ。
幾重もの感情が複雑に入り混じり、集中力に欠いた状態であるノイトラでも、それは十分に理解出来た。
グリムジョーの中でターゲットに認定されているのは、大まかに言えば三人。
まずは一護。次にノイトラ。そして最後に藍染だ。
今この場に於いて、それに該当する人物は二名。
グリムジョーとしては、特にノイトラに対してのアピールが主であり、藍染は含まれていなかった。
それはそうだ。彼とて馬鹿では無い。流石に現状のまま藍染に喧嘩を売る様な真似をする訳が無い。
一護との因縁にケリを付けた後、護廷十三隊の死神達を根絶やしにする。その後は自身の力を磨き上げ、ノイトラを降す。
そしてやがては―――藍染を玉座から引き摺り下ろす。
上位十刃は如何でも良い。向かって来るなら敵として対処し、来ないのなら無視を決め込むだけ。
何にせよ、グリムジョーにとって、己の道を阻みさえしなければ、それ等全ての存在は道端の石ころ程度の印象でしかないのだ。
霊圧の集束を終えたグリムジョーは、横目で観覧席を見遣る。
その方向にはノイトラ。彼はグリムジョーとほぼ同時のタイミングで、下に向けていた視線を上に向けた。
「黒崎の次は、てめえの番だってなァ…!!」
二人の視線が交差すると、グリムジョーの顔に凶暴な笑みが浮かぶ。
直後、掌から青色の閃光が放たれる。
未解放時とは一線を画す威力もつそれは、ルピの亡骸を一瞬で粉々にしただけで終わらず、戦場一帯に凄まじい衝撃波を巻き起こした。
「………」
ノイトラの表情は、到着直後に見せた驚愕から一転、無へと変化。
その眼前に広がる砂塵は、グリムジョーを完全に覆い隠している。
視界が晴れるのを待つのかと思いきや、何とノイトラは突如として踵を返した。
歩を進める足に迷いは見えず、そのまま彼の姿は消えて行った。
「ノイトラ…」
離れからその背中を眺めていたテスラは、小さい声で呟いた。
彼は気付いていた。
去り際、ノイトラのその両手が硬く握り締められていた事を。
テスラは虚夜宮の中で最もノイトラの事を知り、通じ合える存在だ。
主が変わった今でも、それは変わらない。寧ろ距離が離れた分、よりそのレベルは上がったとも言える。
そんなテスラでも、今のノイトラが抱いているであろう思いは判らなかった。
それはそうだろう。何せ普通に考えても、ルピとノイトラの接点は皆無としか思えない。
普段から付き合いがあり、他愛の無い馬鹿話等を交わす間柄だったのであれば、あの態度も納得なのだが。
互いの性格を考慮しても、決して相性は良いとは言い難い。
―――ノイトラの手による無自覚のルピの隠された性癖開発。そして階級争奪戦開催の前夜に二人が交わした遣り取りを知っていれば、またその結論は変わっていたかもしれない。
テスラは思考を重ねる度、余計に混乱した。
確かにノイトラは変わった。表面上は今迄通りだが、中身はこの虚夜宮内の雰囲気に似つかわしく無い、御人好しと言える性格へと。
だが幾ら仲間とは言え、流石に接点の少ない破面が死んだ程度で反応を示す程では無い。
その証拠に、今迄明確に敵意を向けた上で襲い掛かって来た破面に対し、ノイトラは只一つの例外無く叩き潰すという手段を取っている。
実力では敵わないからと、陰口を囁いたり、根も葉もない黒い噂を流したりしていた陰湿な破面に対しても同様。尚これについては少し異なる部分があり、下手人が逆上でもしない限り、殺さずに肉体言語の“話し合い”で全てを済ますという寛容さをみせてはいるが。
「行かないのか」
「っ、ハリベル様…」
ノイトラが消えても尚、出入り口を眺め続けるテスラに対し、横合いからハリベルが声を掛けた。
そんな彼女の金色の瞳からは、心成しか優しげな感情が見て取れた。
「気になるのだろう?」
「…いえ」
その問いに対し、テスラは反射的に否定した。
確かにハリベルの言う通り、気になって仕方が無い。
だが今の自分の立場は第3十刃の従属官だ。
徒に私情で余所の十刃に関わるのは御法度。
そう考えたテスラは自身の感情を押し殺そうとした。
「今日は鍛錬以外、特に予定も無い。後は自由にしろ」
「―――っ、感謝致します!!」
次の瞬間、テスラはその場から駆け出した。
その背中を眺めながら、ハリベルは静かに笑った。
「ちょっ…ハリベル様!?」
「アイツ今日はあたしと勝負する約束だったのに…!!」
あっさりと許可を出した事に戸惑ったのか、アパッチは抗議の声を上げた。
それに続く様にして、ミラ・ローズはあっと言う間に姿が見えなくなったテスラに対して文句を零す。
「あら? まさか嫉妬ですの? これだから喪女は…」
『ああ!? なに寝言言って―――』
「フフ、ムキになるところが益々怪しいこと」
『てめえスンスンぶち殺すぞ!!!』
アパッチとミラ・ローズ、相変わらずのハモりっぷりである。
まるで事前に打ち合わせでもしているのでは、と疑う程だ。
―――だが今回に限っては、少々流れが異なっていた。
「じゃあてめえはどうなんだ!?」
「へ?」
通常であれば、この辺りのタンミングでハリベルが注意を入れるのだが、それよりも早くアパッチが口を開いた。
彼女は怒りに任せて喚き散らすのでは無く、突如としてスンスンへ話の矛先を変更したのだ。
その内容が想定外だったのか、スンスンは素っ頓狂な声を漏らす。
「そうだ!! こないだの鍛錬の時なんて、妙にアイツにベタベタ引っ付きながら顔を丁寧に拭いてやってたじゃねえか!!」
「っ!!!」
続け様に放たれたミラ・ローズの指摘に対し、スンスンは右袖で顔の鼻から下を隠しながら後退りする。
その目は大きく見開かれ、次の瞬間には忙しなく左右に揺れ動き始める。
まるで自分の罪状が明らかになった犯人の如き反応だった。
現世での任務の様子を記録した映像を見た後、ハリベル達は日課である鍛錬を行った。
尚、この時のテスラの気合の入り様は尋常では無かった。
恐らくは映像の中のノイトラ達の奮闘振りに影響されたのだろう。彼の全身から立ち昇る鬼気迫る雰囲気は、直接立ち会っていた訳でも無いアパッチ達も思わずたじろぐ程。
見るに見かねたハリベルが止めに入らなければ、それこそ倒れるまで動き回っていた事だろう。
キリが無いとして、四人に休憩に入る様言い渡したハリベル。
問題はこれ以降だ。
直後、激しく息を切らして大の字で倒れるアパッチにミラ・ローズ。
この二人が疲れ果てるのは非常に珍しい。と言うか、普段であればこうなる事はほぼ無い。
理由は単純。テスラに対抗して無茶な動きをしただけだ。
自身の限界を知っているスンスンは自重した為、それ程消耗していはいない。だが残るアパッチにミラ・ローズは彼に対して対抗意識を持っており、こうなるのも致し方無いだろう。
だがやはり、そんな彼女達以上にテスラは消耗が激しかった。
彼は顔中に滝の様な汗を流しながら、宮の残骸の壁に背中を預けて座り込む。
そんな状態で周囲へ気を配る余裕がある訳が無い。
目を閉じて深呼吸を繰り返す彼に、ゆっくりと近付く影があった。
その正体こそがスンスン。
彼女の手にはタオル。無論、それはテスラが鍛錬前に雑務係の破面から手配して貰ったものである。
スンスンは徐にテスラの直ぐ正面にしゃがみ込むと、そのタオルで彼の顔を拭い始めたのだ。
当然、タオルが顔に触れた瞬間、初めて気付いたテスラは瞠目したまま動けなかった。
今迄他者を弄るか煽るかしてばかりだった者が、自分とて消耗しているにも拘らず、いきなり献身的な態度を取ったのだ。驚かない訳が無い。
全身を硬直させ続けるテスラを余所に、微笑みながら手を動かし続けるスンスン。時折互いの距離を更に詰めながら。
彼女が何を思った上で行動したのか、それは本人にしか解らない。
だが傍から見れば―――まるで恥ずかしがり屋な年下の彼氏の世話を焼く、年上の彼女の光景が其処には広がっていた、とだけ。
「の、覗き見は嫌われますわよ?」
「…怪しい」
「…ずげえ怪しい」
顔を隠したまま、身体を背けるスンスン。
その頬は赤く染まっていた。
「お、お花を摘みに行ってきますわ!!!」
『てめえ逃げんなコラァ!!!』
「…ハァ」
出入り口へ向かって駆け出す三人に、ハリベルは溜息を吐いた。
場所も場所の上、許可を出したのはテスラのみだった筈なのだが、と。
だが幸いと言うべきか、ハリベル達が居る場所は藍染の位置の正反対。ある程度騒いでも殆ど耳に入らないだろう。
「しかし…」
ハリベルは考える。その内容はノイトラについてである。
何も彼を気に掛けているのはテスラだけでは無いのだ。
―――ちなみに桃色方向では無く、興味という意味で。
弱者を虐げ、見下すのが性分であるルピだ。今も昔も、ノイトラとの相性は最悪の筈だ。
だが映像を見る限り、余りそうとは思えないというのが、ハリベルの素直な印象だった。
予め指示を出していたのか、ルピが窮地に陥った瞬間に助けに入ったチルッチ。
自身の攻撃に巻き込まない様、敵の拘束から強引に解放し、退却させる。
これ等の行動を鑑みれば、思ったより関係は悪くは無さそうだ。
「情でも湧いたというのか…?」
ノイトラは自身の部下や気を許した仲間に対しては非常に寛容だ。
その反面、敵に対して容赦は無い。だが武人には武人として戦わんと、敬意を払うきらいも見て取れる。
それについてはハリベルも非常に好感が持てた。
だが先に零した言葉通り、もしも情に振り回されている部分があるとすれば、戦士としては少々危うい。
ハリベルはそれだけが気掛かりだった。
「以前より弱くなった―――いや」
かつてのノイトラを例えるならば、抜身の刃というより制御を失って暴れ回る凶器。
そして何より―――死に急いでいた。
テスラから聞き及んではいるが、当時のノイトラは良くこう零していたと。
―――元より自分達破面に救いなど存在しない。
故に他者を拒絶、常に戦いを渇望し、その中で壮絶に散る事を求めていたと。
形振り構わぬその姿勢は、ある意味強みでもあり脆さであると、ハリベルは思った。
それが、今は如何だ。
常に自身を律し、無暗矢鱈に暴れる事を良しとせず、十刃として責任を持った行動を心掛け、堅実に腕を磨く。
自身の周囲に対し、心を開いて受け入れ、ルピの様に交流が少なくとも同じ破面としてであれば情が湧く。
「以前とは別の形で…強くなったと見るべき、か…」
大虚時代、他の大虚を喰らう犠牲を強いて自身が強化することを望まなかったハリベル。
彼女はその時既に最上級大虚にまで至ってはいたが、捕食を極力抑えていたのが原因となり、常に本来の実力を出せない状態になっていた。
もしも他の最上級大虚と遭遇すれば、不利なのは此方。中級大虚の群れを相手取ったとしても同様の事が言えた。
そんな最中、支えとなったのがアパッチ達の存在だ。
彼女達の存在がどれ程助けになったか、強く在れた事か。
そしてそれは現在も続いている。
最近では新たにテスラという部下が参入。常に真面目で気配りも上手く、何事にも本気で取り組み、時折向けて来る曇り無い真っ直ぐな好意を含んだ視線が心地良かった。
―――仲間の事を思い遣り、頼れるのも、強さの一つ。
ハリベルはそう断言する。
「―――成る程、貴様も奴の影響を受けていたのか…」
実力もそうだが、何よりノイトラの変化は、周囲にも様々な影響を齎した。
それも殆どがプラスの方向に。
恐らくルピもその内の一人なのだろう。
何せ本来であれば、彼はあの様な戦い方をする訳が無いのだから。
先日見た映像から、ハリベルはルピの戦法を大凡把握していた。
―――あれは弱者を蹂躙する事を目的とした動きだ。
只の遊撃要員から一気に十刃まで昇格した事で増長したのか、普段見せる態度からも十分に読み取れた。
格上が相手であれば大人しいが、それ以外には終始徹底して舐め切った態度を取る。
処世術―――と言えば聞こえは良いが、見ていて気持ちの良いものでは無い印象を抱いたのを、ハリベルは覚えている。
そんな小物に分類される存在であったルピだが、先程までの姿はまるで別人。
相手を蹂躙し、自身の加虐嗜好を満たそうとするのでは無く、只管に勝ちに行っていた。
グリムジョーとの実力差を察していたのか、帰刃を出される前に勝負を決めんと、休み無く猛攻を仕掛ける攻めの姿勢。敢えて攻撃を受けて油断を誘う等、ハイリスクハイリターンな策を迷い無く実行に移す勇気。
終いには、もはや敗北は決定的と思われた瞬間、最後まで足掻き続ける意志の強さも見せた。
ハリベルは俯き加減だった顔を持ち上げる。
同時に戦場の中心に広がっていた砂塵が晴れる。
その上空では、グリムジョーが先程と同様の笑い声を再び上げていた。
ハリベルはそんな彼から視線を外し、その真下へ移す。ルピの亡骸があった筈のその場所へと。
「…認めよう、ルピ・アンテノール」
―――その生き様は、紛れも無く勇敢な戦士であったと。
ハリベルは呟くと、徐に両目を閉じる。
その姿はまるで死者への黙祷を捧げている様に見えた。
第5十刃の拠点の宮の近くに差し掛かった時、ノイトラは其処でやっと足を止めた。
そのまま通路の壁に移動すると、背中を預けた。
「…初めから判り切ってただろうが」
―――この馬鹿野郎。
ノイトラは自分自身を罵倒した。
後悔先に立たず。今更何を思おうが、過ぎた事。
ルピとはそれ程仲が良かったとは言えないが、その理由は単に交流が少ないだけ。
昨晩話をした限りでは、親しくなれる要素は十分にあった。
以前の行いを反省したのか、此方の話は素直に聞いていたし、自分とグリムジョーの実力差を真面目に考察するという、冷静な思考も出来るまでになっていた。
だが折角改心したルピも、つい先程死んでしまった。
体をバラバラにされただけでなく、その死体すら跡形も無く消し飛ばされて。
その原因を作ったのは他ならぬノイトラ自身。その事実が、彼の心に重く圧し掛かる。
終いにはルピが死に際に見せた表情と、最期に零した言葉が、何時までも頭の中から消えない。
そしてノイトラは気付いていた。
己の罪を悔いつつ―――グリムジョーが史実通りに第6十刃へと返り咲いた結果に、何処か安堵している自分が居る事に。
道徳的に見れば如何かと思えるだろうが、ノイトラの目的を考慮すれば、そう感じても何らおかしくは無い。
寧ろその御蔭で当初の予定通りに事を運べる可能性がグンと上がったのだから。
だが当人としてはそう簡単に割り切れるものでは無かった。
「っ、落ち着け俺」
思考回路が完全にネガティブ方向へ向かい始めた時、ノイトラは自身の額を殴り付ける事によって叱責する。
血も涙も無い様にも思えるが、今はこうしている場合では無い。
一日後か二日後か、どちらにせよ間も無く一護が虚夜宮へ侵入して来る。それと同時進行にて、色々と忙し無く動き回る事となる。
それの結果によって、今後の運命が全て決まるのだ。後ろ向きどころか、生半可な精神状態で臨む訳には行かない。
この件に関して、やがてノイトラは結論付けた。
―――全て、背負おう。
ルピを悲惨な死に追いやったその罪を。そして彼の分も含めて、後悔しない様に生き抜く事を。
「…許せとは言わねぇ」
ノイトラは殴りっ放しとなっていた自身の右拳を額から離す。
顔を真上に持ち上げると、目を閉じる。
数十秒後、再び開かれたその目には、尋常ならざる覚悟が見て取れた。
「何時かは俺も
破面や死神の様な魂魄という存在に、
だがそんな事は如何でも良い。贖罪云々全て含め、自分は只行動で示すだけだと、ノイトラは意気込んだ。
「文句はその時聞くさ……だから待っててくれ」
そうと決まれば話は早い。気分の切り替えも含め、早速行動するべきだろう。
ノイトラの頭にまず真っ先に浮かんだのは―――取り敢えず何時も通り、鍛錬だった。
もはや完全に脳筋思考である。
自らの拠点の宮に向かっていた筈の足を、反転。
外へと向かうルートへ変更した。
そうして一歩前に踏み出した時、正面から何者かが走って来るのが見えた。
「―――ノイトラ!!」
「…テスラ?」
嘗ての部下であり、同時に自分自身の一番の理解者で親友。
そんなテスラの突然の登場に、ノイトラは思わず瞠目した。
「っと―――大丈夫、みたいだな」
「…何の話だ?」
要領を得ないテスラの言葉に対し、そう反射的に答えたものの、内心では盛大にビクついていた。
ルピの死に動揺していた姿を見られたのか、それとも察したのか。
どちらにせよ、そんな情けない姿を晒してしまったのは不覚としか言い様が無い。
「いや、何でもない」
「…そうか」
その苦し紛れの問い掛けに対し、テスラは柔らかな笑みを浮かべるだけで、明確な答えを返さなかった。
追及されなくて助かったと、ノイトラは安堵する。
―――十中八九察してるだろうが。
そう内心では思いつつ。
長年の付き合いだ。憑依後なぞ、何時も一緒に行動していた分、性格や考えも殆ど知られている。
そんなテスラが、今の自分の内情を悟れぬ訳が無い。ノイトラは理解していた。
だからこそ言葉を切ったのだ。
これはノイトラ自身、話したい内容では無いだろうと。
例え十割を悟られていようと、口に出すと出さないとでは当人の気分も大分違う。
―――相も変わらず、優しい奴だ。
テスラはそう思いながら、ノイトラに優しげな視線を送り続ける。
正に副官や部下としての鑑の様な気遣いが出来る、実に優秀な男であった。
会話が途切れる。
こうして二人が面と向かい合うのは久々である。
その為、何を話そうか互いに迷っているのだ。
「…なあ」
「どうした?」
「俺は今から鍛錬に行く予定なんだが……オマエも行くか?」
「!!」
―――言葉で話せないなら、互いの剣で語らうか。
そう考えたノイトラは、テスラにそう提案した。
だがその直後、これは失言だったかと後悔した。
何せ今のテスラは第3十刃の従属官。
幾ら仲が良いとしても、第5十刃が思い付きで行動を共にするのは宜しく無い。
ノイトラはその提案を撤回せんと、口を開き掛けた瞬間、テスラがそれを遮った。
「悪ぃ、やっぱ今の無―――」
「ああ、わかった!! 今直ぐ準備する!!」
「…は?」
「まずはハリベル様に許可をもらってくる!!」
一切の迷いが無い、即答。
唖然とするノイトラを尻目に、輝かんばかりの嬉々とした表情を浮かべたテスラは、一気にその場から駆け出した。
「直ぐに済ませるから待っててくれ!! 一人で勝手に行くなよ!!」
通路の曲がり角の途中で振り返ると、念を押す様にして言う。
その様子に毒気を抜かれたノイトラは、思わず苦笑を浮かべた。
「…そいつぁ振りか?」
「だあああぁぁ!!! 何でそうなる!!?」
幾分か気分が晴れたノイトラは、何時もの調子で弄りを開始する。
突然のそれに対し、テスラはずっこけた。
「これは振りでも何でもない!! いいな絶対だぞ!?」
「わぁーったよ」
「フッ、今の俺の強さをみて驚くがいいさ!!」
まるで水を得た魚の様にはしゃぐテスラ。
彼は得意気な顔でそう言い残すと、瞬時に其処から消えた。
―――移動に響転を使うとは、これは相当だな。
内心でそう思いつつも、ノイトラは静かに笑った。
「さぁて、俺も準備すっか」
嘗てとは異なり、今は鍛錬時の環境も整っている。
主にセフィーロとロカの尽力である。
結果、ノイトラの部屋には、常にタオルや飲み物が充実する様になった。
今回の鍛錬は軽く流す程度に留める予定だ。
持参する物は少なくて良いだろう。
そう考えたノイトラは最低限の必需品を持ち出すべく、自身の拠点の宮へ足を進めた―――その直後だった。
「―――おや、随分と久しぶりだね?」
「っ!!?」
進行方向にて、見覚えのあるピンク色の頭髪が視界に入った。
ノイトラは反射的に立ち止まると、それの持ち主である男を睨み付けた。
「テメェ…!!」
「折角の機会だ、少し世間話でもしないかい?」
指先で眼鏡を直しながら、男―――第8十刃、ザエルアポロ・グランツは胡散臭い笑みを浮かべた。
次回“ピンクマッドの鼻塩塩”
お楽しみに!!
捏造設定及び超展開纏め
①豹王さん無慈悲過ぎんじゃね?
・原作で蔦嬢さんは腹ぶち抜かれた時点で十分に致命傷なのに、更に虚閃で追い討ちを掛けた時点で御察し。
・色々吹っ切れれば、こんな感じになるかなと。
・豹王さん「敵破壊すべし。慈悲は無い」
②豹王さんのターゲット。
・色々理由付けしていて何ですが、選定条件とかはぶっちゃけ適当です。
・虚無さんについては、ベリたんに手を出した結果そうなるので、今のところは含まれていない。
③…おや!?テスラのようすが…!
・おめでとう!テスラは“忠犬”から“ギャルゲ主人公”に進化した!
・属性はハーレムです(笑
・尚、この進化はキャンセルが利きません。
④忠犬テスラてめぇ、何時の間にフラグ立てた。
・フラグってのは、気付いたら立っているものなのさ(悟り顔
・別に良い思いさせたいとか、嬉しい悲鳴を上げさせたいとか、私の願望が先走った訳じゃ無いんですよー(棒
・下乳さん?まだLikeだよ。