好奇、嗤笑、殺意、無関心。四方八方より感じる視線。様々なものが入り混じったそれに煩わしさを感じながら、ルピは戦場となる遊撃の間の中心部へと歩を進める。
前方からは同じ場所へ向かって来るのは―――彼が今回第6十刃の階級を賭けて激突するグリムジョー。
袴の側面に両腕を突っ込み、背筋がやや曲がったその姿は典型的な不良スタイル。加えてその口元は愉しげに吊上がっている。
今から殺し合いに赴くとは思えない、余裕と自信に満ち溢れた態度。
―――明らかに舐めている。
自分が敗れる可能性など欠片も考えていないのだろうと、ルピは悟った。
当然、それに苛立ちを覚えたが、それ程強くは無い。
ルピは思った。意外だと。自分自身の事にも拘らず、だ。
通常であれば此処で、怒りの感情と同時に激しい殺意を剥き出しにしているところだ。
それが如何だ。僅かな苛立ちがある事以外は至って普通であり、剰え現在進行形でグリムジョーの隙を探り続ける程の冷静さも見せている。
「…なんか、不思議な気分」
この戦いはルピにとって圧倒的に不利なのは明らかだ。
それは他の十刃達も大凡察している。
現在、この第6の遊撃の間には多数の破面達が集結している。勿論その目的は観戦である。
だが十刃は驚く程少ない。ハリベルとその従属官四人、ゾマリ、アーロニーロ。つまり三人のみ。
見るまでも無いと考えているのか、はたまた興味が無いのか。観戦していない者達の理由は様々。
スタークとしては、単純に見たくないだけ。余り他の破面と接点を持たない彼だが、仲間同士が争う光景を好き好んで見たがる訳が無い。死ぬ可能性もあるとなれば、尚の事忌避するに決まっている。
バラガンの場合、戦いの結果だけを知れれば良かった。その証拠に、この場には彼の従属官の内何名かが居た。
ウルキオラとノイトラは別件。内容は織姫の関係で少し用事がある、とだけ。
ザエルアポロは何時も通りに自身の拠点であり研究所でもある宮に引き籠って研究を続けて居る。しかし彼の事だ、何かしら特殊な手段でこの戦いの様子を窺っている可能性は否めない。
ヤミーは只単にサボりだ。階級争奪戦の観戦は強制では無いので、こうなるのは当然だろう。
逆に観戦している者達にも思惑があった。
ハリベルは個人的に興味があった為。それと自身の従属官達に十刃同士の戦いを見せてやりたいという、指導者的立場からの考えから来ている。
ゾマリは言わずもがな。この階級争奪戦を開催したのは藍染、そしてその当人は此処に居るとすれば―――動かない訳が無い。
アーロニーロについては不明だ。だが彼の能力の特性から考慮するに、グリムジョーとルピ、どちらか倒れた方を喰らう事が出来れば―――等と目論んでいる可能性が高い。
「ノイトラのおかげ…かな?」
新人とは言え十刃が、自身の悩みを他の十刃に相談する。
まず有り得ない行為だ。愚行とも言って良い。
しかも相手があのノイトラとくれば、言わずもがな。
極悪人を連想させる容姿に、虚夜宮内でもトップクラスの長身。相対する相手の尽くに威圧感を与える彼。
第一印象だけ見れば罷り間違っても相談相手では無い。寧ろ敵だと言われた方が納得だ。
真面な会話すら成り立つか如何か怪しいと、以前までのノイトラの性格を知る者ならそう思うだろう。
だが結果は見ての通り。ノイトラは励ますだけに終わらず、こうして精神の安定までも自分に齎してくれた。
別れ間際、つい自身の口から感謝の言葉が漏れたのをルピは覚えている。
少しだけ後悔した。あれは正面から言うべきだったと。
しかし今更だ。もう遅い。
もはや戦闘開始まで後僅か。一旦中断して抜ける訳にもいかない。
ならば理想としては、ノイトラに感謝の言葉を送るのはこの戦いに勝利した後。
―――きっと目を剥いて驚く事だろう。
ルピは想像を膨らませると、自然と表情に笑みが零れてくるのを感じた。
自分が勝利したという衝撃の事実も相俟って、ノイトラが見せてくれるリアクションは相当面白いものになる可能性が高い。
それこそ、此方が思わず噴き出してしまいそうになる程に。
「楽しみだなァ…」
自分を応援してくれる仲間が居るという事実が、これ程まで心強いとは思いもしていなかった。
群れるという行為は弱さの表れ。つい最近までルピもそう考えていた。
強者として、十刃として、そんな情けない真似は出来無いと。
だがそれは間違いだった。ルピは断言する。
無論、格下にノイトラと同様の事をされても何も感じないだろう。寧ろ舐められていると受け取り、激昂する可能性が高い。
プライドの関係もあってか、その辺りは変わっていない。
だがそれでも尚、ルピのこの変化は大きなものであると言えた。
「…両者共に、準備は整いましたかな」
グリムジョーとルピ。やがて二人の距離が十メートルを切る。
その直後、開始の合図を担当するビエホが二人に問い掛けた。
返答は無言。だがそれは肯定の意味であり、それを理解していたビエホは、第6の遊撃の間に存在している高台の観覧席へ振り返る。
そしてその中でも最も高い位置の椅子に腰掛ける藍染へ、その視線を向けた。
「良いよ、始めてくれ」
「御意に」
何時も通りの楽な姿勢を取りながら下を眺めながら、藍染は許可を下す。
ビエホはそれに膝を着いて了承の意を示すと、再び元の体勢へと戻る。
「これより階級争奪戦の開催を宣言する。両者、悔いの無き様…」
暫し間を置いて、ビエホは右腕を持ち上げる。
「―――始め!!」
その掛け声と同時に、腕が振り下ろされた。
先手を打ったのは、ルピだった。
開始と同時に右手を斬魄刀の柄へ添え、抜刀。響転にて間合いを詰め、刀身を横薙ぎに振るう。
大振りでは無い。だが全力ではある。
霊圧も惜しみ無く解放されており、始解状態の一護ですら傷付ける事すら叶わなかったグリムジョーの鋼皮を突破出来る程度の威力は持っていた。
だがそれは瞬間的に半歩後ろに下がられただけで躱される。
グリムジョーは余裕の笑みを崩していない。
明らかに本気では無い。それどころか両手は未だに袴の側面に入れたままで、斬魄刀を抜こうとする挙動など欠片も見られない。
「微温ィぞオラァッ!!」
振り抜いた体勢のまま固まるルピに対し、グリムジョーは右足を蹴り出した。
武術の武の字も無い、完全なるヤクザキック。
ドルドーニやその弟子であるノイトラが用いる脚技とは天と地の差があるそれ。
本人が遊んでいるのもあるのだろうが、何とも御粗末な代物だ。
観覧席でそれを見ていたテスラは、思わず眉を顰めた。
―――その程度、端から予測していた。
ルピは臆する事無く斜め前に踏み込み、蹴り出された右足と擦れ違う形でそれを躱そうと試みる。
攻めの姿勢に加え、小柄な体型が幸いしたのか、いとも容易く成功。同時に懐に潜り込む事に成功する。
「!?」
「そっちがね、グリムジョー!!」
想定外だったのか、瞠目するグリムジョー。
ルピはその隙を逃さぬべく、切っ先を顔面目掛けて突き出す。
見事な反撃。だが流石と言うべきか、グリムジョーは驚異的な反射神経で状態を後ろへ逸らす事で逃れる。
そしてすかさず後退し、ルピとの距離を取った。
気付けばグリムジョーのその両手は解き放たれていた。
「…調子に乗んなよ雑魚が!!」
怒りの形相のまま、グリムジョーは右手を突き出すと、霊圧の集束も無しに虚閃を放った。
それはルピが立っていたと思われる場所を通り越し、観覧席の土台に直撃する。
だがその割には、観覧席に居る破面達の表情には焦燥が全く見られない。
それもそうだ。此処の観覧席一帯には特殊な仕掛けが施されており、内部の攻撃が一切通らない仕様となっている。
下位十刃の虚閃程度、何発直撃しようが問題は無い。
只、例外もある。第4から1の上位十刃―――特にバラガンやスタークだ。
幾ら手を加えるにしても、限度がある。流石に“老い”という規格外の力や、千単位の虚閃の連発は対応し切れない。二人が本気で暴れ出そうものならば、虚夜宮自体がいとも容易く破壊されてしまう事だろう。
残るウルキオラにハリベルも同様。前者二人に及ばずとも、相当な力を持っている事実に変わりは無い。
天蓋の下での帰刃を禁じられているのは伊達では無いのだ。
その為、基本的に上位十刃クラスの階級争奪戦となれば、虚夜宮の外が会場となる。
そして観戦する破面達も必然的に上位陣に絞られる。中には興味本位で参加する無謀な者も居るが、大概は戦いの余波に巻き込まれて死に至る。
破面達の間で上位十刃の情報が少ないのはそういった関係もあった。
「っ!!」
他の破面の中にも、反撃として素早く虚閃を放つ者は居る。
だがグリムジョーの様に完全に無拍子の形はほぼ無い。
ルピは驚愕の余り一瞬硬直したが、既に突きの体勢から重心を戻していた為、対応が間に合った。
響転でその場を跳んで回避に回ると、直ぐ様反転。
向かう先はグリムジョーの上空。
彼の表情は勝ち誇っている様に見える。
恐らく自身の放った虚閃が直撃したとでも思っているのだろう。
―――何時までそのふざけた顔が出来るか見ものだ。
そんな事を考えつつ、ルピは斬魄刀を振り上げながら落下。
一切の躊躇いも無く、その頭蓋を真っ二つに叩き割らんと迫る。
「なっ…!!」
自身の頭部に影が覆い被さった瞬間、其処で初めてルピの反撃に気付いたグリムジョーは驚愕の声を漏らした。
普段のグリムジョーであれば、この様な不覚は取らなかっただろう。
だが今の彼は全てに於いて手を抜き過ぎていた。
それはルピに対する認識が大きな要因となっている。
不意討ちに多少反応出来る程度の力量はある様だが、それだけ。所詮は力を取り戻した自分の敵では無く、斬魄刀を抜くまでも無い雑魚だと、そう考えていた。
だが今の状況は如何いう訳なのか。
初撃は対した事無かった。それは予想の範疇。
問題はそれ以降だ。此方の攻撃の躱し方から始まり、隙を突くタイミング、反応速度。どれも非常に優秀。
と言うか、戦い方からしてまるで別人だ。相手を見下し、小馬鹿にした様な、つい最近までの態度は何処へやら。
格下だと思っていた相手の想定外な動きに、グリムジョーは戸惑うばかりで思考が追い付かない。
「はあああああァッ!!!」
「チィッ!!」
未だ嘗て無い程の気迫を籠めた咆哮を上げながら、斬魄刀を振り下ろすルピ。
グリムジョーは咄嗟に両腕を持ち上げて防ごうと試みるが、止める。
流石のグリムジョーも、それの威力が自身の鋼皮で防ぎ切れるレベルを超えている事を悟ったのだ。
次の瞬間、室内全体に凄まじいまでの金属音が響き渡る。
発生源を見てみると、其処にはルピの振り下ろした斬魄刀を、右手に握った自身の斬魄刀で受け止めているグリムジョーの姿が。
「…なーんだ、けっきょく
「てめえッ…!!!」
受け止められて尚、霊子の足場を踏み締めて斬魄刀を押し込み続けるルピ。
だが本来の十八番である挑発も忘れてはいない。
案の定、グリムジョーの眉間に皺が寄った。
「粋がってんじゃ―――」
「っ!?」
「ねえッ!!!」
グリムジョーは柄を握る手に力を籠めた。
声を荒げると同時に強引に腕を振るい、力づくでルピを斬魄刀ごと弾き飛ばす。
身長は百六十センチ。体重は四十五キロ。
女性とほぼ遜色無い小柄で非常に軽量なルピはいとも簡単に宙を舞う。
―――やはり力では敵わないか。
体勢を整えつつ、ルピは内心で吐き捨てた。
直後、ルピは自らの背後に気配を感じ、振り返る。
斬魄刀を左脇に振り被った、攻撃準備万端のグリムジョーだ。
その鋭利な眼光には、尋常ならざる怒りと殺意が含まれている。
「う…グゥ…!!!」
御蔭で直ぐ様反応出来たルピだったが、結果は先程の繰り返し。
振り返りながら刀身の平地で斬撃を受け止めるが、一秒も持たずに押し負け、宙を舞う。
その威力は先程の倍。その衝撃で腕のみならず身体全体が痺れていたルピは、体勢を整える余裕すら無く、そのまま受け身も無しに地面に落下した。
だが落下によるダメージは殆ど無い。これが特別仕様の観覧席側の壁であったならば話は別だろうが、地面については何の保護もされていない通常のもの。
十刃クラスの鋼皮となれば、只の壁や岩盤等に叩き付けられる程度ではビクともしない。その事を考慮すると、ルピの状態も納得だった。
口内に僅かに入った瓦礫の破片を吐き出しながら、立ち上がるルピ。
視線を前に向けながら構えを取った瞬間、腹部に衝撃が走った。
「!!? ガハッ!!!」
突然過ぎる出来事故に踏ん張りが利かず、ルピは凄まじい勢いで地面を転がって行く。
直前まで彼が居た場所には、右脚を振り抜いた体勢のグリムジョーが。
どうやら先程のリベンジを決行した様だ。
相変わらず凶暴性を帯びた表情を浮かべてはいるが、良く見ると多少は収まっている。
序盤までの仕返しが出来た事と、戦況を有利な形に引っ繰り返せた事で溜飲が下がりでもしたのだろう。
「…チッ」
口元から僅かに血を滲ませながら、ゆっくり立ち上がるルピ。
その姿を遠目に見ながら、グリムジョーは舌打ちする。
先程の蹴りは、完全に仕留める心算で放った。
だが手応えが無い。
理由は単純。直撃の刹那、ルピが僅かに後方へ引いたのだ。
結果、その蹴りはある程度のダメージを加えると共に、ルピを吹き飛ばすだけに留まった。
―――気に入らない。
幾分か落ち着いていた筈のその精神に、今度は苛立ちが芽生え始めているのを、グリムジョーは感じていた。
理由は解っている。ルピの見せるその―――何処か既視感を感じる目だ。
遊ぶのを止めた時点で、グリムジョーは自分の予測が合っていた事を実感した。
やはり自分の方が強いと。
それはルピも十分理解しているだろう。
にも拘らず、彼は積極的に攻勢に出るわ、何度倒れても立ち上がるわ、一向に戦意を失う様子も見せない。
「あァ…そうか」
連想するのは、つい最近対峙したばかりで、中々決着が付かぬままズルズルと因縁が続いている相手―――黒崎一護。
彼と同じなのだ。
初戦では、実力差を理解していながら無謀にも立ち向かい続け、自分の胸元に傷を付けて見せた。
次戦では序盤、あの謎の仮面の力らしきものに後れを取ったが、終盤にそれが割れてからは一気に逆転。
だが幾ら追い詰めても尚、その目は光を灯し続けていた。
「決めたぜ、てめえは必ず殺す…!!」
自分を舐めた目で見る奴は、誰一人として許しはしない。
相手が如何なる思いを抱いていようが、知った事か。
今迄もずっとそうして来た。それはこれからも変わらない。
王という存在は、全ての頂点であり、畏怖の象徴であり、誰もが跪くべきもの。
だが今はそれを阻む大きな壁がある。藍染だ。
ある日忽然と現れ、瞬く間に虚圏全土を統べた規格外。
その圧倒的な実力差と、新たに力を得られるという事で、グリムジョーは止むを得ず傘下へと下った。
だが所詮それは一時的なものに過ぎない。
グリムジョーは改めて誓う。
何れ自分はその藍染をも越え、真の王として君臨してやると。
―――己の道を阻む者は、一切合財壊し尽くしてやる。
そう内心で語るグリムジョーの司る死の形は“破壊”。
藍染から齎されたそれだが、彼という存在を表すには最も適しており、それについては本人も納得していた。
「さっさと来やがれ…」
此方を睨み続けるルピへ向け、グリムジョーは挑発する様に手招きをする。
だがルピは斬魄刀を構えたまま、一向にその場から動こうとしない。
彼の表情には挑発に対する怒りが隠し切れていないが、抑え込もうと必死になっている様に見える。
先程までの戦いを見るに、冷静に思考しつつ戦う事を心掛けているのだろう。
グリムジョーは内心で何度目かも判らない苛立ちを覚えた。
極めて自分勝手だが、彼は挑発が流されたり等、自分の思い通りに行かない事態を特に嫌う。
それこそ、殺気や霊圧を飛ばそうが睨み付け様が、毎回涼しい顔でのらりくらりと流すノイトラや、上位十刃などはその筆頭だった。
だがそれは自分より格上の強者であるからこそ出来る反応であり、持てる余裕に過ぎない。グリムジョーもそれは理解している。
明らかに格下であるルピが、強者と同じ事を成そうとしている。
それが如何しても癪に障った。
「いつまでもビクビク縮こまってんじゃねえよ雑魚が!!」
遂に痺れを切らしたグリムジョーは、その手招きしていた右手を止め―――中指を立てた。
そのサインは相手を最も侮辱する意味を持つ動作。場合によっては、それだけで殺傷事件に発展しても何ら不自然では無い。
無論、それを理解していたルピの表情が歪む。
次の瞬間、グリムジョーの視界からルピの姿が消えた。
寧ろ此処まで良く耐えたと褒めるべきだろう。
グリムジョーと同様に、ルピは元から気の長い方では無いのだから。
だが案の定、グリムジョーにとっては期待通りの展開だった。
感情的になった分、ルピの思惑の全てが手に取る様に解る。
動きの挙動に方向―――そして彼のその狙いも。
「オラァ!!!」
「―――っ!!?」
気配を感じた背後目掛け、振り返り様に右手の斬魄刀を薙ぎ払う。
加減の一切無い、全力の斬撃。技術もへったくれも無い力任せなそれは、攻撃と同時にグリムジョーの周囲へ凄まじい衝撃波を巻き起こした。
―――完全に入った。
グリムジョーは確信すると同時に口元を吊り上げた
刃先が何かに阻まれた気もするが、一瞬だけ。そしてその直後に感じる、肉を斬り裂いた感触。
視界の先では、地面を盛大に抉りながら吹き飛んでいくルピが。
直接視認してはいない。だが右手に残る手応えは訴えている。間違い無く致命傷へ至る傷を与えたと。
恐らく直前に攻撃を阻んだのは、ルピが咄嗟に斬魄刀を攻撃から防御へ回したからだろう。だが殆ど意味を成していないのは明白。
ルピの飛ばされた先には砂塵が巻き上がり、その姿は確認出来無い。
手前に視線を移すと、如何やら宮の基礎ごと抉り取ったらしい。其処には虚圏特有の砂漠の砂が一直線に覗いていた。
「……チッ…」
グリムジョーはゆったりとした速度で歩を進める。
砂を踏み締めながらルピの手前まで移動し、其処で足を止める。
今も尚舞い続ける砂塵。
耳を澄ましても、身動き一つ取った様子も無い。
「終わりかよ、呆気ねぇ」
グリムジョーは盛大な舌打ちと同時にそう呟く。
正直言えば物足りない。正しく不完全燃焼だ。
さっさと殺してやると意気込んでいたものの、それ以上に取り戻した力を存分に振いたかったのだ。
ルピが思いの外善戦出来た事で調子付き、勝機を見出したところで帰刃。その圧倒的な力で以て蹂躙し、完膚無きにまで捻じ伏せる。理想としてはそれがしたかった。
それがまさか、未解放時に本気を出しただけでこうなるとは思いもしなかった。
帰刃を出すまでも無く終わらせてしまった己の実力の高さを誇ると同時に、ルピの余りの実力の無さを内心で罵倒する。
不機嫌極まりない表情を浮かべながら、グリムジョーはその場から踵を返した。
斬魄刀も左腰の鞘へと納刀し、完全に戦闘態勢を解きながら。
―――此処で霊圧探知を研ぎ澄ませるか、探査神経を発動させていれば、また未来は変わっていただろう。
やはり本気を出したとは言え、何処かで気を抜いていたのだろう。
「なん……だとォ…!!?」
次の瞬間、グリムジョーは驚愕の声を漏らしていた。
見れば彼の下半身には巨大な触手が巻き付いており、凄まじい力で締め付けに来ていた。
グリムジョーの表情に焦燥が浮かぶ。
何せ此方の隙を完璧に突く不意討ちのタイミングだ。そしてその末に自分が置かれた状況も、見逃す事が出来無い程悪い。
正確に言えば、触手に囚われたのは下半身のみでは無い。納刀した斬魄刀に加え、左肘から先の上腕も巻き込まれている。
自由なのは右腕のみ。ほぼ完全に動きを封じられたに等しい。
―――これは、アイツの帰刃か。
そう悟ったグリムジョーは慌てて左腕を引き抜こうとするが、ビクともしない。
右手で触手を引き千切りに掛かっても、優秀な伸縮性を兼ね備えたそれは極めて弾力に富んでおり、全力で握ろうが引っ掻こうが傷一つ付かない。
逆に刀剣の類には滅法弱いだろうが、生憎と今は触手の中にある為、使えない。
グリムジョーは抵抗する術と同時に、帰刃するという手段すら封じられてしまっていた。
そうこうしている間にも、彼の身体は段々と地面に引き摺りこまれて行く。
「て…めえ…!!!」
悔しげな声を上げるグリムジョー。だが幾ら口を動かしても状況は変わらない。
如何に彼でも、未解放の状態で帰刃形態の十刃を相手取るのは分が悪かった。
背後を振り向けば、其処には帰刃形態となったルピ。
白装束の腹部の辺りが破け、大量の血痕が染みついている様子から、確かに先程の斬撃は直撃していたらしい。
だがそれは帰刃の恩恵により、全くの無意味と化していた。
「油断しているうちが勝負どころ…か。確かにそうだったよ、ノイトラ」
―――これで勝負ありだ。
ルピは静かにそう零しながら、勝利の笑みを浮かべた。
実はこれこそがルピの真の狙い。
本当は戦闘開始直後から、鍔迫り合いに持ち込んだ直後に帰刃し、一瞬で勝負を付ける作戦を立てていたりする。
だがそれはグリムジョーの驚異的な反応速度を見た途端、断念せざるを得なかった。
確かに隙だらけではあったが、やはり戦闘態勢に入っている為か、ある程度の警戒心は抱いているらしい。
獣の本能というのは侮れない。
加えてグリムジョーは戦いのセンスがすば抜けている。
例え全てに於いて後手に回ろうが、常識では考えられない動きをしても何ら可笑しくは無い。
そして直後に浮かんだもう一つの可能性。
上手く隙を突いたとしても、仕留め切れずに下手に負傷させる真似をしてしまえば、取り返しが付かなくなるかもしれないと。
虎は平常時よりも手負いの状態の方が最も恐ろしい。つまりはそういう事だ。
其処でルピは思考した。完全に油断する瞬間とは如何なるタイミングなのかと。
御喋りな者というのは皆総じて頭の回転は良い。何せ口に出す言葉が次から次へと浮かんで来るのだから。
やがて導き出した結論は―――相手が勝利を確信した瞬間にこそ、勝機があると。
判断したルピの行動は早かった。
まずは初っ端から全力を出して斬り掛かり、ある程度グリムジョーを焦らせる事で判断力を鈍らせる。
結果、ほぼ確実にムキになって反撃して来る事だろう。
そうなれば流れは完全に此方の思うが儘。
余り気乗りしないが、それに合わせてグリムジョーの攻撃を態と受ける。すると如何なるか。
まず格下に先手を取られていた状況を引っ繰り返せた事で安堵するだろう。
その上で勝利を確信したとなれば―――ほぼ完全に気が抜ける筈だ。
その隙を帰刃形態で突けば決まりだ。
且つノイトラからのアドバイスで得た―――密かに触手を地面に潜らせて置き、不意を突くという運用法を加えれば、もはや自分の勝利は確定事項となる。
「終わりだよ、グリムジョー…!!」
「…くそがァァァ!!!」
咆哮を上げるグリムジョーを見遣りながら、ルピは残る七本の触手全てを持ち上げる。
この構えは現世で冬獅郎を一時退場させたものと同様。
対象目掛けて触手を突進させ、攻撃する“
本来なら八本全てを使用する為、やや攻撃力が落ちている。
だがこの場に於いては少々異なっていた。
持ち上げられた触手の先端全てに棘―――“鉄の処女”が発動されていたのだ。
これはルピの持つ手の内の中でも一番のとっておきであり奥の手。
凄まじい殺傷力を持つがその反面、一点に攻撃を集中させるが故に、触手自体も傷付けてしまう―――最悪長い期間再起不能まで陥ってしまう程の損傷を与えてしまうデメリットも持っている。
正に一度きりの必殺技であり、諸刃の剣でもあった。
「穴だらけになっちゃえ―――“
次の瞬間、七本の触手がグリムジョーを檻の様に囲いながら、一斉に襲い掛かる。
柔らかいものを突き刺す不快な音が連続して響き渡り、大量の鮮血が舞った。
蔦嬢さん「やったか!?」
捏造設定及び超展開纏め
①上位以下の十刃の戦いの会場は虚夜宮内でもおk。
・ 完 全 捏 造 。
・王虚の閃光が禁止という事以外特に制限が無いという事は、多分中位~下位十刃程度なら対処可能なレベルなのだと判断。
・対処可能なら、耐え切れる程度の建物ぐらいありそう。
②蔦嬢無双。
・少なくとも、本来なら最速(笑)さんより強いのだと仮定したらこんな結果に。
・多分“愛”の能力は十刃には相性悪いのかと私は考えてます。鋼皮が邪魔するとかしないとか、これまた頭が悪い事を…。
③蔦嬢さんの奥の手。
・以前書いた、ドン・パニーニさんの蛇と似た様な発想。
・他にも生やせるでしょう…多分。
ちなみに蔦嬢さんVS豹王さんの話ですが、本来なら三話構成でした。
流石に長過ぎると思って短縮に短縮を重ねた結果、何故か今回一万字を切る事態に。
何故…?