三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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多分この話を境に一気に好き嫌いが分かれるやもしれません。感想での罵倒も来るかもしれません。
まあそれは覚悟してます。ですがこのキャラは物語の構成上重要なキーパーソンとなる予定なので、極力外す心算は有りません。
なので一応注意書きをば。

※この話には都合の良いオリキャラが登場します。後原作キャラの一人がチョロくなってます。(ちなみにハリベルにあらず)
気に入らない場合はブラウザバックを。ブラウザバックを。大事な事なのでry



第三話 三日月と鍛錬と…

 破面の中で武というものに通じている、またはそれに似通った戦闘スタイルを持つ破面は極めて少ない。

 十刃などが顕著だが、今迄踏んだ場数と経験、自分自身のスペックと勘を中心にした戦いをする者が殆どだ。

 ノイトラもそうだ。しかしだからといってそれを変えないままでいる気は毛頭無かった。

 

 正直な話、ノイトラは自身の鍛錬の質の向上及び戦闘方法の柔軟化を求めていた。

 現状においての鍛錬の内容はこうだ。場所は虚夜宮の外。入念なストレッチから始まり、慣らしの意味での響転を左右と前後の反復で各千回、遠中近全ての距離を想定しての素振り各二千回、霊圧のコントロール向上の為の霊圧解放から封印を大凡百往復、帰刃状態での響転五百回及び素振り各千回、これ全てを三セット行う。そして最後に脳内で仮想敵を眼前に置き、模擬戦を行って終了だ。

 時間と霊力に余裕がある日においては、最下級大虚以上の虚のみが使える霊圧の集中された破壊の閃光―――虚閃(セロ)。そして解放状態の十刃が放てる黒虚閃(セロ・オスキュラス)の練習や改善の考察も行っている。

 ちなみにもう一つ。通常状態の十刃が放てる最強の虚閃、王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)というものがあるのだが、こちらについては余り練習していない。何せ発動前に自らの血を媒介にするという余計な手間が必要となるロマン技なので、相手によってはそんな隙を作る余裕などある訳が無い。

 只普通より規模が大きい虚閃という違いだけで、普通の虚閃の質を向上させれば十分だった。

 

 傍から見ても十分過ぎる鍛錬内容。案の定、鍛錬後のノイトラは三十分から一時間の間は霊力と体力の回復に専念しなければ真面に動けない程だ。

 だが破面の身体というものは思った以上に丈夫な様で、過剰なトレーニングを積んだアスリートにありがちな肉離れや剥離骨折などは今迄も一切無い。

 しかもこの虚圏の大気には非常に濃い濃度で霊子が満ちており、時間を掛けて回復に専念すれば確実に元の鍛錬開始前の状態まで持って行ける。

 全てはこの恵まれた身体と環境の後押しがあってこその鍛錬だった。御蔭で今となっては、原作で護廷十三隊の隊長格に対して互角の戦いを繰り広げた従属官達程度なら、解放無し且つ片手で捻れる程度の実力は着いたという自負がある。

 

 だがノイトラはそれでも不十分だと断言した。

 確かに地力は付いた。しかし相手が同格かそれ以上ともなれば話が変わってくる。

 新たに別な鍛錬をするにしても、まず実質一人で行う事が前提であるし、基準となるものがノイトラ独自の戦闘スタイルのみときた。その時点で大体は察せるだろう。

 並大抵の攻撃を容易く弾き返す防御力を全面に出し、巨大な武器を圧倒的な膂力と速度で振るって相手を叩き潰す。例えるならば戦車が近いだろうか。

 だがこれだけでは速度、技術、戦略眼、そして天性の戦闘センスを兼ね備えた格上相手では直ぐに攻略されてしまう。

 如何に厳しい鍛錬を積もうが、中身が一方向のみを向いていては駄目だ。全てが無駄という訳では無いだろうが、その鍛錬はやがて体力作り以外は余り意味が無いものと化すだろう。

 

 戦いとは精神、技、身体―――所謂心技体に加え、機転というものが求められる。

 例えば目にも留まらない剣速が自慢の戦士が居たとする。得意技は縦一閃の振り降ろしのみで、それ以外はからっきしときた。

 其処に体力も剣速も無いが、技を只管磨き上げた武道家が現れ、戦士と相対。その武道家は戦士の剣速を追う事は叶わなかったが、その挙動の一から十までを見切る事が出来、戦士の得意技を完全に封殺可能だった。

 さて、此処で問題だ。この現状で戦士はどうすれば武道家に勝てるのか。

 

 その答えこそが機転だ。

 戦士が余程の馬鹿でない限り、ある程度の時間が経てば別の戦法を思い付くだろう。だが戦場ではコンマ一秒の遅れが命取りとなる。一瞬で決着がつく事もザラなこの世界では尚更だ。

 この戦士が日頃から剣速を生かした戦法のみしか考慮しない鍛錬を積んでいたとすればどうなるのか。普通に考えれば、思考を止める事に慣れている戦士はほぼ確実に機転が遅れ、呆気無く武道家に敗れるだろう。

 だが真逆、得意分野を理解しながらもそれに頼り切らない柔軟性を追求した鍛錬を積んでいれば勝利する可能性が高まる。

 

 ノイトラ・ジルガは戦いの才が飛び抜けてある訳では無い。見た目に反した身体的ポテンシャルと鋭い勘、そして誰よりも貪欲で情け容赦無い姿勢が前面に出ているだけである。

 ―――迷いある刃は斬れるものも斬れなくする。

 つまりはそういう事だ。

 一度敵と認識すればその瞬間から呼吸一つまでが戦い。如何なる手段を用いて完膚無きにまで叩き潰す。場合によって相手が本当に自身が手を掛ける価値があるか否かは考慮したりするが、それ以外では基本的に情けを掛ける事は皆無。

 その一貫性も強さの一つなのだろうが、それにも限界がある。

 

 ノイトラは悩んだ。このままでは地力が付くばかりで肝心の戦闘能力自体が上がらないだけだと。

 行き詰ってテスラに鍛錬の相手を頼み、帰刃状態の彼を未開放のまま素手でボコボコに叩きのめしたりした事もあった。

 一番の理想は藍染からの最上級大虚の探索及び捕獲任務。その中で発生するであろう大虚以上の存在との戦闘経験を積む事だが、残念ながら最近はその任務の数が減ってきている。

 

 それは即ち、藍染が自分の配下の戦力の充実を図る必要が無くなっている事を示唆している。

 この事実はノイトラから余裕を奪うと同時に大きな焦燥感を与えた。

 考え付く案は全て考え、内容を吟味した。

 他の十刃に手合せを願うのは論外。何時敵となるか判らない者に好き好んで手の内を見せたがる奴が居るだろうか。素直にハイと返事してくれる訳が無い。

 破面に至る前と同じく他の中級大虚を捕食するのも不可能。破面となった今では実入りがあるかどうか不明だし、先に述べた通りその任務の機会が極めて少ないので、頭の隅に置いておく程度しか出来ない。

 

 というか前提条件が厳しいのだ。藍染からの監視は別として、他の十刃や破面達に不審に思われない、且つ目立たない範囲で強くなる方法など易々と思い付くものか。

 悩みに悩んだ末、テスラを叩きのめしながら閃いたのが十刃落ちと3ケタの巣の存在だった。

 彼等は元十刃とはいえ、その扱いは現十刃には及ぶべくも無い。情報の共有はされているが、藍染の思惑からはほぼ完全に弾かれている。そんな存在だ。

 それに施設内のほぼ全てが監視下に置かれている虚夜宮とは違い、3ケタの巣の監視は必要最低限といった範囲の狭さで済まされており、少し気を配るだけで幾らでも掻い潜れる環境下であった。

 例えるなら大手デパートに設置されている監視カメラ。それに移る映像を稀に藍染の副官二人が虚夜宮にある一室から覗く程度。中には追尾型のタイプもある様だが、数は少ないので何とでもなる。

 ―――ちなみにノイトラは様子見で3ケタの巣に初めて訪れた際、カメラの配置は全て把握している。

 

 これ等の条件から、3ケタの巣は鍛錬の為の拠点としては最適だった。それで且つ十刃落ち達に協力を仰げれば、最低でも今以上の強さは得られる筈だ。

 だが常識では測りきれない能力を持った藍染にとって、この行動程度は直接見ずとも読めているだろうと、ノイトラは確信にも等しい推測をしている。

 正直、それは既に諦めている。主人公の成長補正でも無い限り、どう足掻こうがあのチートの象徴たる存在に敵う筈が無いのだから。

 所詮は憑依系中身別人オリ主。如何に不完全で矛盾点があろうと、完成された料理(ものがたり)に追加された余分な異物(トッピング)に過ぎない。

 険しくも輝かしい道を歩むに相応しいのは主人公達のみ。異物は異物らしく邪魔にならない様隅っこで大人しくしていれば良いのだ。

 

 だがそれをする為にもまずは生き延びねばならなかった。

 ノイトラの目的はネリエルへの謝罪と贖罪が主だったが、つい最近はその後に転がっている特大の死亡フラグ―――十一番隊隊長、更木 剣八(ざらき けんぱち)から逃げ延びる事も追加されていた。

 彼は憑依前、ネットにてBLEACHは漫画だけでなく小説版も存在していると知り、少し情報を漁ってみた事があったのだが―――それで得た情報から、正直言って剣八への勝機が限り無く低いと悟った。

 更木剣八は本来であれば総隊長すら凌ぐ底知れぬ力を持っているのだが、戦いを楽しみたいが為に無意識の内に相手の強さに応じて自分の力を調整しているのだという。

 そのトンデモ設定を知った瞬間、敵に応じて強さを調整とか、一体お前は何処の真祖の姫君だとツッコんだのを覚えている。

 

 つまりノイトラが幾ら強くなろうが、結局はそれに比例して剣八も強くなるのである。

 普通に無理ゲーである。

 ノイトラは頭を抱えた。一応抜け道はあるにはあるのだが、それでは重要なキャラクターの一人である剣八を殺してしまう可能性が高くなる。

 知識としては藍染と主人公との決着から少し進んだ部分までしか無いが、良くも悪くも更木剣八の存在は今後のストーリー上に於ける重要なファクターになるのは間違い無いだろう。故に殺す事だけはどうしても避けたかった。

 

 だからこそノイトラは迷わず逃走を選択した。だがその為にはやはり効率的な鍛錬による戦闘能力向上が必要不可欠だった。

 自分が強くなる為、そして目的を達成する為の一つの足掛かりとして考察したこの穴だらけな計画だが、鼻っから成功するとは思っていない。

 主人公たる黒崎 一護(くろさき いちご)がこの虚圏までやってくるまでは未だ猶予がある。

 破面の中では珍しく義理人情に厚い性格で、男らしい男とも言えるドルドーニだ。下心無く誠実に、そして粘り強く説得を重ねていけばほぼ確実にこちらの意図を汲んでくれると、ノイトラは期待していた。

 

 ドルドーニに指導を頼んだ理由は単純。ノイトラの身長は二メートルと十五センチの細身で非常に足長だ。ならばそれを生かせる戦闘手段とすれば脚技、そして脚技といえば彼だろう、という簡単な連想からきている。

 一応本来のノイトラも、消耗した一護を甚振るのに蹴りを多用する事になるのは知っている。だがそれは所謂ヤクザキックの類いであり、無駄だらけで一切洗練されてなどいない技だった。

 その反面、ドルドーニの戦闘法は実に武術的でスタイリッシュな足技が主体である。

 3ケタの巣に侵入し、ドルドーニの馬鹿丸出しな振る舞いから侮った一護を容易く一蹴。防御の甘さに反応の鈍さを指摘した彼のあり方は正に武人。

 ノイトラがその足技を習得すれば間違い無く戦闘手段が広まる。これ程指導を仰ぐに適した人物は他には居なかった。

 

 

「準備は?」

 

「…何時でも」

 

 

 そのノイトラだが、現在彼は3ケタの巣の開けた場所にて一人の男と相対していた。

 特徴的なオレンジ色のアフロヘッドをした男の両手に握られているのは、グリップの両端に小さな刃がある鉤爪。

 

 

「じゃあ行くぜ、ノイトラ・ジルガ!」

 

「来い」

 

 

 ノイトラが重心を低くしたと同時に、男は響転でその場から消える。

 次に男が現れたのはノイトラの懐。そのまま拳を前方へと振り抜いた鋭い打撃が、がら空きの腹部目掛けて幾重にも襲い掛かる。

 

 だがノイトラの鋼皮の前には全てが無意味。

 込められた霊圧も、力も、速度も、その絶対的な防御力を崩すには及ばない。

 態々防ぐ必要性すら無い、それ程に男とノイトラには差があった。

 

 

「甘ぇよ」

 

「っ!!」

 

「ぶっ飛べ」

 

 

 にも拘らず、ノイトラは瞬時に一歩後退すると、男の打撃を敢えて蹴りで全て弾き返した。

 それも御丁寧に繰り出された打撃と同じ回数で。

 その数は百。まさか真正面から、しかも打撃に合わせて無効化されるとは思っていなかったのだろう。男は驚愕を隠せていない。

 

 ノイトラは最後の一打を弾くと、勢いを殺さず、慣性に従って身体ごと回転。再び元の方向へと体勢を戻すまでの間、威力と速度を上乗せした回し蹴りをお見舞いする。

 

 

「クソッ…龍拳(ドラグラ)!!」

 

 

 最後に体勢を崩された男はその蹴りを躱し切れないと悟る。

 だからといってその蹴りを喰らえば瞬く間に戦闘不能へ陥ってしまうのは必至。

 その事を十二分に理解していた男は直前に己の持てる力を解放し、全力で迎え撃つ選択をする。

 

 

「グ…ゥゥゥアアアア!!!」

 

 

 一瞬のみ発生した光の中から現れた男の姿はまるでアルマジロを連想させる、両腕と背中に膨らむ様にして覆う鎧を纏っていた。

 男は蹴りの着弾点である胸部をその両腕の鎧で防御し、受け止めんとする。

 だがその脚は無慈悲にもその鎧を砕き、受けた腕ごと押し込んで、男の胸部に直接ダメージを叩き込んだ。

 それでも尚残る破壊力に踏ん張りきれず、男は後方へ軽々と吹き飛ばされる。

 

 

「…硬さ×力×速度×霊圧、イコール破壊力ってやつだ」

 

「そ、そんな公式あって堪るかよ…」

 

 

 やがて男は壁に身体を減り込ませて破壊して停止すると、絞り出す様にして呟く。

 もはや立つ気力すら残っていないらしく、弱弱しく両手を上に持ち上げて降参の意を示すと、次の瞬間には全身から脱力して意識を失った。

 

 

龍哮拳(リュヒル・デル・ドラゴン)。別に撃たせても良かったんだが…悪ぃ、建物が壊れるんでな」

 

 

 ノイトラは聞こえていないと理解しつつも、男に謝罪する。

 そして礼に始まり礼に終わる武の精神に従い、その場で姿勢を整え、一礼した。

 

 一連の光景を眺めていた二人のギャラリーは男が意識を失ってから数秒後、ハッとした表情で正気に戻る。

 内一人であるドルドーニは顔色を真っ青に染めながら慌てふためくと、これまた数秒後に声を荒げた。

 

 

「そ、それまで!!」

 

「…ってか遅過ぎよ馬鹿髭!! あいつ死んだわよ絶対!!」

 

 

 ドルドーニに追従するかの様に声を上げたのは、もう一人のギャラリー。

 妖精の様な一対の羽の付いたゴスロリの様な衣装に身を包み、左頭部には小型の飾りのような形をした仮面の名残がある女性―――チルッチ・サンダーウィッチ。

 

 

「なにおう!? 御嬢さん(セニョリータ)こそ呆けていたろうに!!」

 

「あんたは審判でしょうが! あたしはただの観客!」

 

「断じて否! それは詭弁と言うものだ! 黙っていたのなら同罪である!」

 

「それこそ詭弁でしょうがぁぁぁ!!!」

 

 

 怪我人そっちのけでギャーギャーと言い合いを始める二人。

 ノイトラはそんな二人に溜息を吐きながら、壁から男を引き摺り出すと、肩に担いで静かに立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラは先程自分が打倒した男を背負いながら、破面達が共有している治療室へと足を運ぶ。

 勿論、他の破面が居ない事は確認済みだ。

 現十刃が十刃落ちの破面と仲良くしている場面など見られようものなら、間違い無く他の身の程知らずの馬鹿な破面達がちょっかいを掛けて来る。

 

 虚夜宮において十刃は畏怖の対象だ。だがそれも理解出来ない阿呆も居る。

 そういった輩は大抵その十刃の従属官達によって知らぬ間に断罪及び処刑されているものなのだが、従属官がテスラ一人のみであるノイトラの場合はそうはいかない。

 一応テスラも敵が多いノイトラの為に頑張って対応しているのだが、やはり一人では限界があった。その証拠に、片手で数える程度ではあるが、ノイトラは何度か見慣れない破面に絡まれている。

 テスラの斬魄刀、牙鎧士(ベルーガ)の帰刃の能力は単純明快。解放と同時に身体が猪の巨人の姿になり、見た目通りの筋肉質の屈強な肉体と怪力のみで敵を捻じ伏せるだけだ。

 搦め手が得意、または特殊能力を持つ破面が相手だったりするとそれなりに不利になってしまう。

 

 だからこそノイトラは無駄に争いの要因を作らない様、常日頃から気を配っていた。

 そして剣八の放った一太刀の元に両断されるという呆気無い死を迎えさせない為、定期的にテスラの鍛錬(フルボッコ)を行いながら。

 

 

「セフィーロは居るか」

 

「はい、少々お待ち下さい…」

 

 

 ノイトラは治療室の分厚い扉を開き、中にに入って直ぐの場所に居た女性の破面に声を掛ける。

 顔の右半分を髑髏の仮面で覆った彼女の名はロカ・パラミア。虚夜宮内での雑務係を任されている破面達の内の一人であり、この治療室も兼任している多忙な存在。それと血塗れのノイトラを見ても一切動じなかった猛者の一人でもある。

 というか初見では人形の様に無表情で、しかも初対面の筈なのに何故か彼女の向けて来る視線に何か冷めたものを感じたのをノイトラは覚えている。

 疑問には思ったが、それも時が経つに連れて薄れて行き、今では普通に会話出来る程度になっているので、今では心の隅に置いておく程度になっている。

 

 ロカの姿が見えなくなると、不意にノイトラは周囲を見渡した。

 相変わらず薄暗く、入口の巨大な扉も相俟って閉鎖的なイメージを感じる治療室だ。離れた場所ではロカと同じく雑用係である破面達が黙々と作業をしている。

 

 だがノイトラは知っている。その破面達は元から今の場所に居た訳では無いのだと。

 虚夜宮に居る破面達なら誰もが習得している探査回路(ペスキス)。その能力によって相手の霊力の強さや所在を測り、自分が来るのを悟って距離を取ったのだ。

 ノイトラが過去に初めて此処を訪れた際、あの破面達は彼を見るや否や一気に顔色を青褪め、逃げるようにして小走りで立ち去って行ったという実績がある。それが数回続いた後、現在の様な状況に落ち着いたのだから、証拠としては十分だろう。

 

 もはや見慣れた反応ではあるが、精神的な弱さ故に何も感じないという訳にもいかなかった。

 ノイトラは表面上は平静を保ちながら、近くのベッドに男を寝かせると、その傍らにしゃがみ込んで治療担当が来るまで待機する事にした。

 

 

「はぁ…」

 

「幸せが逃げるぞ」

 

「っ!?」

 

 

 ノイトラは弾かれる様にして背後のベッドに振り返った。

 憂鬱な気分を溜息に乗せて吐き出した瞬間、何時の間にか起きていたらしい男―――ガンテンバイン・モスケーダが声を掛けてきたのだ。

 しまったと、弱っている様子を見られた事にノイトラは舌打ちする。

 ガンテンバインは特に気にした様子も無く、胸部を擦りながら言葉を繋ぐ。

 

 

「本当に変わったな、ノイトラ・ジルガ」

 

「…何がだ」

 

「手加減しただろう? 吹き飛ぶ瞬間、脚を引くのがわかった」

 

 

 その慈悲深さに主も御喜びになっているだろうと、クリスチャンらしく十字を切りながら何故か誇らしげに語る。

 対してノイトラは中身が違うんだから当たり前だろ、とは言い返す事も出来ず、顔を背ける反応で返す。

 

 その様子を照れ隠しの意味合いで取ったのか、ガンテンバインは鼻で笑った。

 

 

「…一つ聞いて良いか?」

 

「おう、何だ」

 

 

 先程とは一転、ガンテンバインは一息間を置いて表情を引き締めると、背を向けたままのノイトラに問い掛けた。

 その真剣な雰囲気に思わずノイトラも気を引き締める。だが次の瞬間投げ掛けられた質問に、思わず全身を強張らせた。

 

 

「そこまでして気に病む事か?」

 

「何?」

 

「ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの事だ」

 

「っ!?」

 

 

 破面達の中で、例のネリエルの件は失踪扱いとなっている。

 だが十刃や破面の上位クラスとなると別だ。本人たちも確固たる証拠は無いのだが、ノイトラが何かしら行動したのだろうと密かに察せられている。

 それでも何のアクションも無いのは、破面達の共通認識からくる。

 自分達破面にとって藍染の意志に従うのは当たり前、だがそれ以外では互いに警戒し合う相手でしかない。

 つまり極一部を除き、破面達は互いを仲間だと認識しては無いのだ。

 結局彼等は他の破面が何人死のうが失踪しようが、自分達に影響が無ければ特に問題無いのである。

 

 とはいえ、ノイトラはその殺伐とし過ぎた考えが気に食わなかった。

 切っ掛けは藍染惣右介という神にも等しい存在に心酔し、彼に認められた自身の立場に固執するが故に産まれた考えなのだろう。

 だがノイトラにはそんな心算は毛頭無い。同じ十刃や他の破面にも、純粋に良き友人として付き合いたいと思える者は居る。テスラが良い例だ。

 

 だが今ノイトラが一番友人に―――互いに理解し合える関係になりたいと思っている者はネリエルだった。

 些細な事では動じない冷静沈着さ、厳しさの中に併せ持つ優しさ、如何なる時も戦士たらんとする気高さを持つ尊敬すべき存在。

 そして何より屑野郎と言っても過言では無い過去のノイトラに何時も付き添い、命令違反を窘めたりと面倒を見てくれた恩人。

 過去の記憶を辿っていた時に思い浮かんだその姿に、正直言って憧れた。

 

 だが過去のノイトラはネリエルを陥れた。身勝手な感情を抱いた末に暴走して、消える事無い傷跡を刻んで。

 それを罪と言わずしてなんとする。

 

 

「俺達破面は弱肉強食の世界で生きてる。騙し討ちだろうが何だろうが、敗れた者が悪い」

 

「テメェ…!!」

 

「確かに、相手に敬意の欠片も払わない昔のお前はキライだ。軽蔑もしていた」

 

 

 元のノイトラの意識を塗り潰して憑依した以上、もはや自分はノイトラ・ジルガという存在そのもの。この事実からは逃れられない。

 状況的に見れば、彼はこのシナリオを描いた神によって濡れ衣を着せられた様なもの。しかしそんな事情を知らない周囲がそれを考慮してくれる筈も無かった。

 日々溜まるストレスの御蔭で何度胃を痛めた事か、何度癇癪を起して暴れ回った事か、正直覚えていない。

 文字通り魂が摩耗する程の戦闘と鍛錬を積み、極限状態の中で只管自問自答を繰り返した末に、彼はやっとの思いでそれ等の葛藤を割り切れた。

 ―――こうなれば元のノイトラの面影が無くなろうが何だろうが関係無い。自分は自分らしく生き足掻いてやると。

 

 という訳で現在まで色々してきた訳だが、歴史の根本的な流れに干渉する程の事はしていない。ならば今後の展開は本来の通りに進むのは必然と言えた。

 いずれこの虚夜宮を訪れるであろう主人公とネリエルの仮初の姿であるネル・トゥとの遭遇。そして戦闘へと移行、蹂躙される一護を目の当りにし、彼を守らんと再び元の姿へと偶然覚醒するネリエル。

 己の感情を押し殺し、かつてのノイトラの様に振舞えば、この流れまでは普通に再現出来る。

 ―――尤も、彼自身の様なイレギュラーな事態が無ければの話だが。

 

 そしてノイトラは其処で態度を元に戻し、一護を甚振る事を止めた後、彼女へと誠心誠意謝罪するのが計画だ。

 結果、許しを得る事が出来ずとも和解程度は達成出来た暁には―――今迄の恩を返し、いがみ合う事無く気軽に話せる友人となりたい。そう願った。

 

 

「だが―――今のお前は尊敬に値する男だ。俺はそう思うぜ」

 

 

 ガンテンバインは僅かな間を置いた後、そう言った。

 本来、現十刃と十刃落ちの関係は基本的に悪い。まあ元の立場を乗っ取った者と乗っ取られた者同士で仲良くしろという方がおかしい。

 ガンテンバインも最初はそうだった。だがそれも今ではこの通り、現第5十刃であるノイトラに友愛と信頼を寄せている。

 実は彼は十刃落ちとなった経緯も経緯なので、それ程現十刃達に対する負の感情は持っていなかった事も関係していたりする。

 

 虚夜宮では藍染によって密かに定められた法がある。それは十刃へと手っ取り早く登り詰められる、野心溢れる破面達にとって魅力的な法だ。

 ―――現十刃の誰かに正式な決闘を申込み、打ち破る、または殺す事でその十刃の数字を受け継ぐ事が出来る。

 誰が何処からどう見ても、この法は十刃へと至るのに最も短距離な道だと悟るだろう。

 だが近道とは言えど、その十刃という壁が果てしなく高い事に変わりは無いのだが、その道を選択する破面達は絶えなかった。

 法が定められて数年。その間で幾百、幾千もの破面達の死体が積み上げられた。それ程までに十刃達とぽっと出の破面達の実力には差があったのだ。

 

 だが時代は移ろうもの。やがて若手でありながら隔絶した実力を持つ破面達が現れ始めると同時に、第一期十刃は徐々にその中身を入れ替えていった。

 ドルドーニ、ガンテンバイン、チルッチもその第一期十刃の一員だ。

 だが疑問も残る。周囲の十刃達が命を散らしていく中、何故彼等だけが十刃落ちとして生き残る事が出来たのか。

 

 その理由は藍染惣右介にある。何の意図かは不明だが、彼は一部を除き、残り少ない第一期十刃達にある日突然十刃落ちへの降格を言い渡したのだ。決闘も何も介さず、済し崩し的に。

 彼等は当然の如く反発しようとした。だが新たに自分達の後釜として登場した破面達の霊圧から実力差を感じ取った三人は、無念の表情を浮かべながらも止むを得ずその命令に従った。

 中には直接行動に移した者も居た。お前を殺してどちらが十刃に相応しいのか決めてやる、と。

 ―――その者はほんの数秒でミンチとなったが。

 

 そんな経緯からか、現在3ケタの巣に住んでいる十刃落ちは片手で数える程度しか居ない。しかもとある一名はその厄介な特性から、虚夜宮の一角へ厳重に閉じ込められている。

 だが十刃落ちになったとは言っても、その実力は並みの破面達を凌駕している事に変わりは無い。

 新たに十刃へ至った者から従属官への勧誘もあったが、彼等は拒み、後に与えられた3ケタの巣へと住居を移した。

 何時の日か必ず、再びあの場所へと返り咲いてみせる。そんな思いを胸に秘めながら。

 

 そしてそんな密かに腕を磨きながら機会を窺っていた彼等の前に突如現れたノイトラ・ジルガ。

 ガンテンバインが警戒するのは当然と言えた。だが特に顕著だったのはチルッチだ。

 何せ今の彼女の持つ数字は105(シエント・シンコ)。つまり前第5十刃だったのである。

 元の立場を奪っただけでは飽き足らず、その悪名を轟かせていたノイトラに対し、敵わないとは悟りつつも敵意を剥き出しにし、ガンテンバインも警戒心を露にしていた。

 そんな二人を尻目に、何をトチ狂ったのか彼を快く受け入れ、剰え教鞭を取って共に鍛錬を始めるドルドーニ。

 残る二名は言い様も無いモヤモヤとした感情が募る日々を送る事となった。

 

 そんな状況が二ヶ月程続いたある日―――遂にチルッチが痺れを切らした。

 アイツの真意を確かめてやると言いながらも、その実様々な思いが複雑に絡み合った状態でノイトラに戦いを挑んだのだ。

 初めは茫然としていたノイトラだったが、チルッチの本気を察したのか、その申し出を受けた。

 

 ―――結果は言うまでも無く、ノイトラの圧勝。

 チルッチ自身、油断や慢心は無かった。決闘開始と同時に帰刃し、幾重にも重なった刃の羽根を持つ巨鳥へと姿を変え、全力で挑んだ。

 だが現実は余りに無情。常に霊子を高速振動させる事で殺傷能力の上がったその刃も、苦し紛れに放った諸刃の剣とも言える技も、帰刃すらしていないノイトラの鋼皮に全て弾かれた。

 一矢報いる位の覚悟はしていたのだろう。だがそれも欠片も残らず粉砕され、絶望に打ちひしがれるチルッチ。そんな彼女の後頭部を、ノイトラは悲しげな表情で手刀で打ち据える事でその勝負は決した。

 

 だが一つだけ予想外だった出来事もある。それはチルッチとノイトラとの関係だ。

 チルッチはこの決闘で、最後に放った技の反動で力の大部分を永久に失った。

 彼女自身は仕方が無いと諦めていた。そして普段の態度からは想像も付かない程、元とは言え十刃という兵士達の頭領としての矜持を持つ彼女は、もはや兵士として使い物にならなくなった自らの命を不要だと切り捨てようとした。

 それを止めたのはドルドーニでもガンテンバインでも無く―――ノイトラだった。

 力を失った原因は自分にある、だから責任を取らせろと豪語し、チルッチの治療の為に毎日駆け回り始めた。

 やっとの思いで見事完治まで漕ぎ着けた瞬間、ノイトラは普段のしかめっ面を何処かに忘れ、澄み渡った笑みを浮かべた。

 

 一切の雑念無く、本当に良かったと、心底喜んでいるその少年の様な表情に―――何とチルッチは陥落したのである。

 ―――その笑顔の裏には当人しか知らない苦悩から来るものがあったのだが、それは後で語る事としよう。

 

 以降、毎日を忙しなく行動しているノイトラをチルッチが影ながら追い回すという構図が出来上がった。酷い時は3ケタの巣を抜けてまで追跡するのだから、追われる側としては溜まったものでは無い。

 ガンテンバインは丁度その頃からノイトラとドルドーニとの鍛錬に混じり始め、徐々に親しくなって行った訳である。

 

 

「…違う……俺はそんな男じゃねぇ…!」

 

 

 ノイトラはガンテンバインの言葉に全身を震わせ、微風にすら掻き消される程度の声で呟いた。

 違う。ガンテンバインは何も知らないからそう言えるのだ。あのドルドーニもきっと真実を知れば間違い無く蔑如する筈だ。

 自分は極めて勝手な理由で彼等を利用しているに過ぎない最低野郎。

 それの何処が尊敬に値するというのか。

 

 だが―――言い出せない。

 極めて不本意なのは一先ず置いて、悪いのは全て自分なのだと。ネリエルは何も悪くないと。

 これ程までに寄せられた信頼を、仲間を失うのが恐ろしいが故に。

 ノイトラはそんな弱い自分が許せなかった。

 歯を食い縛り、あらん限りの力で握られた拳からは血が滴り落ちる。

 心に痛みを感じ始めた時、それは起きた。

 

 

「ムグッ!?」

 

 

 ノイトラの顔面が突然、何か柔らかい感触に包まれたのだ。

 マシュマロの様にフワフワで、春先の太陽の様な温もり。加えて何か良い香りがする。

 

 混乱しながらも、ノイトラは状況を把握せんと状況把握に努めた。

 この感触に香りは彼自身、嫌になる程良く知っている者。そしてチルッチの治療の対価として理性をガリガリ削られる事となった元凶でもある。

 

 

「ムゴムゴッ!!?」

 

「んん~、ようこそいらっしゃいましたノイトラさ~ん」

 

 

 その正体は、口元をマスク状の仮面で覆った女性の破面だった。

 彼女は依然としてノイトラの頭部を正面から抱き締め、羞恥心を抱くどころか寧ろ率先して胸をグニグニと押し付けている。

 

 予想外の出来事に、ガンテンバインも呆然とその様子を眺めていた。

 

 

「…セフィーロ」

 

「フフフ~、また会えて嬉しいですよ~」

 

 

 他の治療員の破面とは異なり、医者を思わせるデザインの白装束を身に纏った彼女はノイトラを解放すると、彼の頬を両手で包み込んだ。

 そのまま後数センチでキス寸前といった位置まで自身の顔を近付けると、聖母の如き柔らかな笑みを浮かべた。

 

 セフィーロ・テレサ。先程ロカに呼んでもらった治療室のトップであり、そして憑依後に治療室の常連と化したノイトラを唯一率先して治療をしていた破面でもあった。

 

 

 

 




さあ、此処からが本当の地獄(読者の皆様の反応的な意味で)だ…

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