三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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お気に入り1000突破しました。
登録して下さった方々、有難う御座います。
今後も精進致します。





取り敢えず軽く見直しした程度で投稿しときます。
明日は休みなので、修正作業はその時に…。

遂に追加分を書き足せないまま書き置き分を一つ削ってしまった…。
だって忙しいんだもの(´;д;`)


第二十八話 三日月と髭と御披露目と…

 ウルキオラとの会話を終えたノイトラは、早足で治療室へと向かった。

 とは言っても幾分かの霊圧の消耗と腹部の痣以外、特に目立った異常は無い。

 その為、優先順位としては一番最後に回されており、先程やっと治療を開始したばかりだった。

 

 ちなみに四人の中で最も重傷かと思われるワンダーワイスだが、意外と軽い処置で済んだ。

 セフィーロの話によると、彼自身の自然治癒能力の高さ故か、治療を開始した頃には既に出血も大体収まり、傷も塞がってきていたらしい。

 ノイトラは気付いた。そういえばワンダーワイスの帰刃―――滅火皇子(エスティンギル)には流刃若火の能力を封じる他、超速再生にも等しい再生能力があったと。

 

 未解放の状態でもその名残があるとすれば、この結果にも納得だ。

 ノイトラはそんな事を考えつつ、視線を横に移す。

 其処には室内を物珍しそうに眺めながら忙しなく歩き回るワンダーワイスが。

 その全身には大量の包帯が巻かれていたが、激しく動くせいでそれも解け掛けており、床に垂れ下がっていた。

 

 

「アーウー? アー?」

 

「ちょっ、待てっつってんだろがクソガキ!! 包帯引き摺んじゃねえ!!」

 

 

 後方から怒声を上げつつ、それを追い駆け回しているのはチルッチ。

 彼女も帰刃の恩恵により目立った外傷は無い為、消費した霊圧を回復させる程度に収まった。

 そして何故かセフィーロの脅しによって仕事を手伝わされており、こうしてワンダーワイスの世話を焼いている訳だ。

 

 その理不尽な命令を下した張本人は、別の場所に設置された診察台の上に座るルピの治療に入っていた。

 別に彼は怪我らしい怪我も負っていない筈にも拘らずだ。

 

 

「はい消毒しますよぉ~、こっち向いて下さいね~」

 

「なにその子供を相手してるみたいな言い方…ってうきゃああああぁぁぁ!! 目が、目がァー!!!」

 

 

 セフィーロは自身の腰掛ける椅子を引いて移動し、ルピと正面から向かい合う。

 そして近くの台に置いてある霧吹きの様な物を手に取ると―――何故かその眼球目掛けて噴射したのだ。

 勿論中身は消毒液である。

 案の定、ルピはけたたましい悲鳴を上げると、診療台の上から落下。そのまま両目を手で覆いながら、床を転げ回った。

 

 

「あれれぇ~? 間違えて目に噴いちゃいましたぁ~」

 

「どんな間違えだ!! ってか初めからオカシイとは思ってたケドさ、ボクどこも怪我してないじゃん!! なんで治療受けることになってるワケ!?」

 

 

 テヘペロ、と自身の頭を軽く叩くセフィーロに、ルピは滝の様に大量の涙を流しながら指を突き付けた。

 確かに彼は帰刃形態の触手を損傷した程度で、身体には一切の外傷は無い。

 だがセフィーロは頑なに診察だけでも、と言って引かず、致し方無くルピが折れたのである。

 

 二人の居る場所より少し離れた位置には、ルピの斬魄刀を手に取って、反膜の糸で包み込んでいるロカの姿が。どうやら何らかの修復措置をしているらしい。

 彼女は帰刃形態にならずとも、規模は小さいが反膜の糸を使用出来る。

 普段はそれで破面達の治療措置を行っているのだ。

 

 破面の斬魄刀は本来持ち得る肉体と能力の核。つまりそれを回復出来れば、帰刃形態も元通りになる。

 嘗てチルッチがノイトラに捨て身で戦いを挑み、最終的に肉体の一部を捨てた形となったのを元通りにしたのもこの方法だ。

 未だに理由は不明だが、始めは冷ややかな態度であったロカに対し、ノイトラが土下座してまで懇願し、措置をしてもらったという経緯がある。

 

 

「何を言ってるんですか~? これは治療じゃありませんよぉ~?」

 

「じゃあなんなのさ!!」

 

「だから消毒ですってば~……汚物の…」

 

「ボク汚物扱いかよ!? もうなんなのこの治療長!! もしかしてこないだ尻軽とか言ったことの仕返し!?」

 

「ウルセェぞカマ野郎、去勢されてぇか?」

 

「ヒィッ!!!」

 

 

 唐突にキレた口調になるセフィーロ。

 しかも一瞬霊圧を解放し、集中的にぶつけたらしい。

 ルピは小さい悲鳴を漏らすと、充血した目に更に涙を浮かべた。

 

 実は全く以てその通り。セフィーロのしている事は只の嫌がらせという名の仕返しだ。

 あの時に行った遣り取りの内容だが、ノイトラは誰にも言っていない。チルッチにも他言無用だと言い含めてある。

 だがバレたのは何故か。

 只単に隠し事の下手なチルッチが、まずセフィーロとの世間話の中でつい漏らしてしまい、鬼気迫る態度でそれを追求されて已むを得ず説明。詳細を知られる結果となったのである。

 

 だがセフィーロが怒りを覚えたのは別にある。

 自分を尻軽扱いされた事より、チルッチを売女、ノイトラやテスラを色狂いの様に例えた事だ。

 セフィーロはノイトラと同様に、自分に対しての侮辱は流せる性格だ。だが仲間の、それも想い人を侮辱されるとなれば話は別だ。

 そんな暴挙をやらかしたルピが、脅されただけで大した制裁を加えられていないのも拍車を掛けたのだろう。

 こうしてまんまと仕返しの機会を与える結果となった訳である。

 

 

「テメェもキン〇マ付いてんだろうが!! ビクついてねぇで大人しく座ってろ!!」

 

「は、はいいいぃぃ!!」

 

 

 消毒の次は塗り薬を塗る気なのか。

 セフィーロは同じ台からチューブ型の容器を手に取ると、掌にそれを出して―――思い切りルピの鼻に押し付けた。

 

 

「ふぎゃああああぁぁぁ!!! こんどは鼻がぁああぁあぁぁ!!!」

 

「あ、ワサビでしたこれ。テヘッ」

 

 

 直後、ルピは先程と全く同じ形で、激しく床を転げ回り始めた。

 良く見ると、その容器から出てきた中身は薬らしからぬ緑色をしている。

 二人の周囲には少し青臭くてやや甘い、爽やかなで且つ何処か刺激的なツンとした香りが広がっていた。

 どうやらこの時の為に中身を入れ替えてまで用意していた様だ。

 

 

「もう嫌だああぁ!! いや、でもこういうのも案外……ケドやっぱいやだあああぁぁ!!!」

 

 

 流石のドМ体質でも、セフィーロのネチネチとした虐めは耐え切れなかったらしい。

 それはそうだ。何せルピの嗜好としては、圧倒的な力による強制的な屈服というか、支配されたい感じだ。

 相手が圧倒的優位に立って居るのは良いのだが、何かこう指先から順に針を刺して行く様な遣り方では合わないのだろう。

 

 そんなコントの様な遣り取りを遠目に眺めつつ、ノイトラは自分が置かれた状況を整理する。

 彼は今、上半身裸でベットに腰掛けている。

 別に放って置いたとしても余裕で完治可能な腹部の怪我。眼前ではその患部に一生懸命薬を塗る少女―――メノリが居た。

 

 

「んしょっと…こう、かな?」

 

「………」

 

「うぅ、上手くいかない…」

 

 

 患部を刺激しない様に気遣っているのか、その手付きは非常に覚束無い。

 だがそれでもメノリなりに一生懸命やっている結果なのだろう。

 邪魔するのは悪いとして、先程から口を噤んでいたノイトラだったが、もはや我慢の限界だった。

 

 

「…なぁメノリ」

 

「は、はい! 何ですかノイトラ様!!」

 

 

 呼び掛けると、全身を跳ねさせるかの様にして反応するメノリ。

 自分の名前を呼ばれた事が嬉しいのか、彼女の顔には嬉々とした表情しか見られない。

 以前ザエルアポロの情報を提供してくれた褒美として頭を撫でてやった時と同じ、その頭部には頻りに開閉する耳と、後ろでは激しく左右に揺れる尻尾が幻視出来る。

 

 

「何でオマエが此処に居る? ってかその恰好は…」

 

「え、ええと…」

 

 

 見れば今のメノリは何時もの白装束では無く、セフィーロやロカと御揃いの白衣を思わせる物を身に纏っている。

 まあノイトラとしては、胸元の露出度が高かった前の方よりも、現在の様な一切の露出が無い慎ましいデザインの服の方が好ましかったりするのだが。

 

 

「ああ~、それは私です~」

 

 

 ゾンビの如き声を漏らしながら俯せに倒れ伏すルピを足蹴にしながら、セフィーロが答えた。

 

 

「何かノイトラさんに用事があったみたいでして~、帰りを待つついでに少し御手伝いしてもらってたんですよぉ~」

 

「…良いのかそれ」

 

「許可はもらってますので大丈夫ですよぉ~」

 

 

 恐らくその許可を出したのはビエホだろう。

 彼は設備や情報の他にも、雑務係の破面達全体の人材管理も請け負っているからだ。

 

 

「め、迷惑でしたか…?」

 

 

 メノリはやや不安そうな表情で、ノイトラを下から見上げた。

 美女や美少女が行う上目使いというのは、男に対して尋常ならざるダメージを与える必殺技だ。

 だがノイトラの場合、主にセフィーロのせいで異性に対する耐性が付いていた御蔭か、余り効果は無かった。

 とは言え、自分の為に何かしてくれている者に対して冷たい対応を取れる筈も無く、無難な返事を返した。

 

 

「…んな事は無ぇ、安心しろ」

 

「そ、そうですか!!」

 

 

 ―――やっぱり犬だ。

 見るからに安堵しているメノリを見たノイトラは改めて思った。

 

 そしてふと気付く。

 最近やたらと良く会うメノリだが、その反面で本来の相方であるロリが放置状態となっているのではないかと。

 メノリは寂しがり屋だ。史実では殴られる等の粗雑な扱いを受けても尚、ロリから離れようとしなかった事から、相当なレベルでの。

 だが今こうして此処に居るという事は、その寂しさを払拭してくれる存在がロリ以外にも出来たからなのだろう。

 

 案の定、ノイトラはここでまたもや御人好しを発動。御節介な事を考え始めた。

 ―――メノリは良いとしても、ロリは大丈夫なのか。

 何せあの性格だ。元から他者と馴れ合う様な事はしないだろうし、同僚の破面達の中でも確実に孤立している筈。

 つまりロリは唯一の友人であるメノリが離れれば、必然的にボッチと化す訳だ。

 

 考えれば考える程心配になってくる。

 ロリはそのきつい性格の他にも、妄想癖やヒステリーな傾向を持つ。

 それがボッチになった結果―――主に藍染への想いが暴走する余り、織姫へ史実以上の暴挙を遣らかしたりと、何か悪影響を齎す可能性がある。

 

 だが現状で幾ら考えても栓無き事。

 所詮は推測に過ぎない上、直接ロリの様子を確認しない限りは何も判断出来無い。

 問題らしい問題は織姫の身の安全だけだ。藍染への好意は幾ら拗らせようが構わない。

 それに織姫の面倒を見るのはウルキオラだ。後で少しロリの件を伝えて置けば、それなりの対応はしてくれる筈だ。

 そう結論付けたノイトラは、メノリにその用事とやらについて問い掛けた。

 

 

「で、その用事ってのは?」

 

「それはですね……ドルドーニ様が“あの場所”に来てほしいとのことで…」

 

 

 それは恐らく、ノイトラが一人で黄昏れたい時や、全力で鍛錬する時に良く行く、虚夜宮から結構な距離がある場所だ。

 3ケタの巣とは異なり、完全に藍染の監視が及ばないであろう安全地帯である為、非常に重宝していた。

 とは言え、油断は禁物だ。故に念には念を込めて、その位置を起点として更に距離を取る事で、何時も場所を固定しない様に心掛けている。

 

 

「そうか…」

 

 

 所要であれば、3ケタの巣にある何時もの広場―――虚夜宮内には複数存在する侵入者迎撃用の部屋、“遊撃の間”にて済ませる筈だ。

 だが其処では無いとなると、何やら只ならぬ用件らしい。

 ―――彼らしくない。

 ノイトラは疑問に思いながらも、治療が終わるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 治療室を出たノイトラは軽く体を動かした後、約束の場所へと響転で移動し始めた。

 その背中には念の為に斬魄刀を背負っている。

 

 

「変な事じゃ無けりゃ良いけどな…」

 

 

 ノイトラは小さく呟いた。

 指定された時刻まで未だ余裕はある。だが約束事等に関しては非常に義理堅いドルドーニの事だ。恐らく既に現場で待機しているだろう。

 

 ちなみに後で知った事だが、グリムジョーは一足先に虚夜宮へ帰還しており、チルッチ達が治療室へ入る前には既に治療を終えて立ち去っていたらしい。

 その怪我の内容は、表面上ではあるが上体の前後広範囲の皮膚を抉られ、腹部を中心に複数の太刀傷が目立つ相当な重傷だったそうだ。

 当然、ノイトラは違和感を覚えた。

 虚化を習得したばかりの一護を相手取ったにしては、余りにも負傷が多過ぎやしないかと。

 

 ―――またイレギュラーか。

 ほんの僅かな変化が、巡り巡って大きな変化となる。正しくバタフライエフェクト。

 だが良く考えてみれば、この結果はある意味必然だったのだろう。

 何せ自分自身も含め、本来であれば死ぬ筈の存在を生き残らせようと計画し、色々下準備やら仕込みをしているノイトラだ。

 本来有り得ない要素が増えている時点で、否が応にも変化が起こるに決まっている。

 

 やがてノイトラの視界に映ったのは、その場所の目印となる一際大きな石英の樹。

 其処からやや離れた位置にて、両目を閉じて腕を組み、堂々とした態度で仁王立ちするドルドーニの姿が。

 ノイトラは彼の眼前へ音を立てずに降り立つと、声を掛けた。

 

 

「師匠」

 

「ふむ…良くぞ来てくれたな、我が弟子よ」

 

 

 ―――些か早い気もするがね。

 瞼を開いたドルドーニはそう最後に付け足した。

 

 

「それで何の用だ」

 

「む? 随分と急かすのだな。何か予定でも押しているのかね?」

 

「まぁ…そんなとこだ」

 

 

 ノイトラは即答する。

 この後―――正確に言えば四時間後だが、玉座の間にて今回の任務参加者全員に召集が掛かっている。

 恐らくはこの任務の本来の目的の説明、そしてウルキオラが連れて来る手筈となっている織姫の紹介だろう。

 そして何の変化も無ければ、そのままグリムジョーが力を取戻し、ルピを殺して再び第6十刃へと返り咲く、あの場面へと移行する。

 

 だが以前の例がある様に、全てがスムーズに進むか如何かは不明だ。

 主に藍染や藍染や藍染の御蔭で。

 故にノイトラとしては残り時間を出来る限り休息に回し、心身共に万全の状態へと落ち着かせた上で、そのイベントに挑みたかったのだ。

 

 

「…あいわかった。では早急に済ますとしよう」

 

 

 ドルドーニは組んでいた腕を解きながらそう言うと、突然霊圧を全開放した。

 その突拍子も無い行動に、ノイトラは一瞬硬直する。

 

 

「吾輩と立ち合いたまえ。無論、本気でな」

 

「は? 何言って―――ッ!!」

 

 

 問い掛けようとするノイトラだったが、ドルドーニはそんな事など御構い無しに動いた。

 響転で瞬時にノイトラの頭上まで移動。右足を大きく振り上げ、迷い無くその踵を振り下ろしたのだ。

 

 

「コノ、ヤロッ…!!」

 

 

 完璧なタイミングでの不意討ちだった。

 だがノイトラは驚異的な反応速度で後方へと跳び、それを躱す。

 

 

「ハッ!!」

 

 

 右踵は空を切ると、そのまま地面へと衝突し、大量の砂塵を巻き上げる。

 だがドルドーニは初めからそれを予測していたらしい。流れる様な動作で体勢を立て直して前方へと踏み込むと、間髪入れずに廻し蹴りを繰り出した。

 

 胴を薙ぐ様にして迫る右脚を、ノイトラは男爵蹴脚術にて受け止めると同時に押し返す。

 通常、歴代最高硬度の鋼皮に徒手空拳にて真っ向からぶつかり合えば、夜一の様に逆に攻撃を仕掛けた方の骨が砕けるかしてダメージを受ける。同じく鋼皮を持つ破面であっても、硬度に差があれば同様の結果となる。

 だが今のノイトラは普段通り霊圧を極限まで制限しており、鋼皮の強化は一切していない素の状態。それに加えてドルドーニは両足に霊圧を込めて鋼皮を強化していた為、打ち負ける事は無かったのだ。

 

 

「…ふむ、完璧だ。よくぞここまで我が技を習得した」

 

「………」

 

「しかも以前より反応速度が上がっている。良き経験を積んだ様だな」

 

 

 ドルドーニは押し返された慣性に従い、大きく宙に舞い上がった後に地面に降り立つと、何処か誇らしげにそう呟いた。

 そんな彼を正面に見据えながら、ノイトラは疑問に思った。

 

 先程の踵落としにと廻し蹴りだが、何時もの鍛錬時のそれとは明らかに別物。

 速度、重さ、鋭さのどれもが増している。真面に直撃すれば、並みの破面であれば確実に瞬殺出来るレベルだ。

 そして特筆すべきは、一切の躊躇いが無い明確な殺意が込められていたという点だ。

 ―――どういう事だこれは。

 今迄模擬戦で散々ボコボコにした報復か。それとも何時も通りのパターンで、自分の周囲に女が多い事に対しての妬みか。

 だがドルドーニの表情からして、そんなふざけた理由では無いのは確実だ。

 負の感情も一切感じられない。

 ならばその意図は一体何なのか。

 そんなノイトラの心情を察したのか、ドルドーニは諭す様にして語り始める。

 

 

「そう身構えるな。ただ頃合いだと思ったまでよ」

 

「何?」

 

「いわゆる卒業試験という事だ、我が弟子よ」

 

 

 その言葉に、ノイトラは思わず瞬きを繰り返した。

 つまるところ、この師弟関係が今回の立ち合いを以て終わるという事か。

 確かに、何時かは来るとは思っていた。

 ノイトラは納得した。

 

 同時に寂しさが溢れて来た。

 ドルドーニとの鍛錬は、実に有意義で楽しいものだった。

 今思えば、元から互いに大きなスペック差があった為、指導が開始した当初から色々と問題点が多かった。

 当時は力加減をするのが苦手で、最初の一合にてドルドーニを吹き飛ばし、気絶させてしまったり。完璧かと思いきや、技の形だけ真似ているだけで、その中身は過剰に力が込められていたり。

 鍛錬開始から二ヶ月程はその辺りの調整に苦労したものだ。

 

 だがドルドーニは投げ出す素振りも全く見せず、根気強い指導を続けた。

 ノイトラ自身が真面目に取り組んでいた部分もあるのだろうが、この事に関しては感謝してもしきれない。

 

 

「…解ったよ、師匠」

 

「理解ある弟子で助かった。…では行くぞ!!」

 

 

 了承の返事を聞くや否や、ドルドーニは再び前方へと踏み込んだ。

 ノイトラもそれに続く。

 

 直後、互いに蹴り出された脚が交差する。

 やはり力負けしたのはドルドーニ。

 弾き返された脚に引っ張られ、その身体も浮き上がる。

 だが逆にその方向に従って身体を捩じって、体勢が崩れる事を防ぐ。

 すると即座に空中に形成した霊子の足場を蹴り、一度は離れかけた間合いを再び詰める。

 

 

「まだ終わらんよ!!」

 

 

 ドルドーニの繰り出す、一振り一振りがまるで刃を思わせる蹴撃の嵐。

 流石に数と速度はガンテンバインの百拳には及ばないが、その威力は此方の方が上だ。

 加えてそれに籠められた殺意が相手に尋常ならざるプレッシャーを放っており、その動きを鈍らせるという効果も持っていた。

 

 

「オオオオオォォッ!!」

 

 

 だが今のノイトラには不十分であった。

 その嵐を尽く、右脚一本のみで受け、弾き、いなし、凌いでみせる。

 ―――遅い、軽い、少ない。

 脚を振るいながらノイトラが考えていたのは、夜一の事だ。

 やはり彼女との戦いの影響か、ドルドーニの攻撃を見る度に物足りないと、如何してもそう感じてしまうのだ。

 

 夜一とドルドーニなら、確実に前者の方が上だ。

 技量、速度、機転。その全てが群を抜いて高く、唯一劣っているであろう殺傷力も、特製手甲や瞬閧の存在を考慮すれば、完全に全ての要素で勝る。

 そんな存在と真正面から戦って一日も経たぬ内に、今の状況だ。

 御蔭でノイトラは余計にその落差を感じていた。

 

 

「想像以上だぞ我が弟子よ!! よもやここまで腕を上げていたとはな!!!」

 

「御蔭様で、なッ!!」

 

 

 激しく打ち合う二人の顔には、先程から笑みが浮かんでいる。

 半ば殺し合いにも等しい状況なのだが、全くそれを感じさせない程に楽しげだ。

 

 

「ならば…ここからは全力だ!!」

 

 

 ドルドーニは一旦蹴撃の嵐を打ち切ると、大きく上空へ跳び上がる。

 次の瞬間、彼を包み込む巨大な竜巻と膨大な霊圧。

 両脚部に竜巻を模った鎧と、両肩には猛獣の角を連想させる角。

 前者にある煙突状の突起より風が噴き出し、可視化した竜巻がドルドーニの左右両側へと立ち並ぶ。

 

 帰刃だ。それも解号の無い無拍子の。

 ガンテンバインが出来るのだ。彼と同格でもあるドルドーニが出来無い道理も無い。

 

 

「凌いでみせよ!!“単鳥嘴脚(エル・ウノ・ピコテアル)”!!」

 

 

 その竜巻の一部が伸びたかと思うと、やがて鳥の嘴を持った蛇の様なものが模られ始め、其々の竜巻につき一匹ずつ生み出される。

 蛇はその嘴を攻撃対象たるノイトラへと向けると、そのまま一直線に突進を始めた。

 それに対し、ノイトラはその場で全身を軸ごと右回転。その勢いに乗せながら振り返り様に右脚を振り上げた背面廻し蹴りにて、それ等を一気に破壊した。

 

 頭部が完全に破壊された二匹の風の蛇は、発生源である竜巻に全身を溶け込ませる様にして消え失せた。

 だがそれだけで終わる筈が無い。

 案の定、今度は竜巻全体が無数に枝分かれすると、先程の倍以上の数の蛇が形成される。

 “双鳥脚(アベ・メジーソス)”。単鳥嘴脚を無数に発生させる技だ。

 だが良く見ると、その蛇の数は左右合わせて大凡二十。史実にて3ケタの巣に侵入した一護に対して展開した本来のそれを超えていた。

 

 

「オ、ラアアアアアアァァァッ!!!」

 

 

 ノイトラは背中の斬魄刀を用いず、敢えて両脚のみで対抗する。

 バラバラのタイミングで襲い掛かる無数の鋭利な嘴を、未解放の状態で出せる限界―――文字通り全力の蹴撃で以て。

 無論、未だに技量はドルドーニには及ばない。流石に彼の様に、建物の柱を断面に鏡面が覗く程綺麗に両断する事は出来無い。

 だがそれに次ぐ程度は可能。加えて速度や威力は倍以上であり、全力で繰り出せば更に増加する。

 

 霊圧を脚の表面上に刃をイメージして固め、且つ脚そのものを強化した上で振るう。

 その一振りの齎す破壊力は圧巻。一度に三匹以上の蛇を両断し、更にその余波は追撃を掛けんとしていた他の蛇の勢いを削ぐ程。

 蹴撃の回数が二桁も行かぬ内に、ドルドーニが繰り出した蛇は全て跡形も無く消え失せていた。

 

 

「―――見事だ。もはや教える事は何も無い」

 

 

 ノイトラが最後の蛇を両断したのを確認すると、ドルドーニは両側の竜巻を消した後、地面に降り立った。

 

 

「師匠…」

 

「その呼び名は止めたまえ。今を以て貴殿は吾輩の弟子を卒業したのだから」

 

 

 ドルドーニは清々しい笑みを浮かべながら、ノイトラの呼称を訂正させる。

 だがその構えは一向に解かれてはいない。

 これで終わりかと思われたのだが、どうやらそうでは無いらしい。

 ―――これ以上何をしたいというのか。

 ノイトラは内心で戸惑いを隠せなかった。

 

 

「…ここからは吾輩の我儘だ」

 

「あ?」

 

「帰刃してくれ、ノイトラ・ジルガよ」

 

「!?」

 

 

 ―――何を馬鹿な事を。

 ノイトラは即座にツッコみ掛けたが、直後に向けられた鋭い視線に思わずたじろいだ。

 

 

「…何を考えてやがる」

 

「ふむ、断るかね? それはそれで別に構わんのだが―――」

 

 

 ドルドーニは自身の顎に手を当てると、その視線を今度は挑発的なものへと変える。

 その動作だけで、ノイトラは全てを察した。

 これは自分が断れないと確信した上で、この態度を取っているのだと。

 

 ノイトラがドルドーニの要求を断れない理由。それは至極単純な内容。

 ―――今迄の借りだ。

 この二人の師弟関係は、言わばドルドーニのボランティアに等しい。

 見返り等は一切無い。鍛錬の恩恵で力が増しているとは言え、それは本人の努力の賜物でもあるので、また別の話だ。

 

 当然、ノイトラとしてはそれが申し訳無いと思う余り、以前宴会の中でそれを話した事がある。

 ―――ならばそれは借りとして、然るべき時まで取って置いてほしい。

 そう返され、ノイトラ自身もそれを承諾して話は終わっていた。

 

 

「きったねぇ…」

 

「なんとでも言うが良い」

 

 

 今こそがその然るべき時なのだと、ドルドーニはその態度で語っているのだ。

 しかも生半可な覚悟では無い。それこそ、自身の命が失われる事となろうが構わないとでも言いたげだ。

 ―――己が決めた道。故に如何なる結果だろうが、全てを受け入れる。

 そう堂々と構えるその姿は正しく漢そのもの。

 天変地異や地殻変動が起ころうが、もはや揺らぐ事は決して無いだろう。

 ここまでされては、流石のノイトラも覚悟を決めざるを得なかった。

 

 

「して、返答は?」

 

 

 顔を俯かせて黙り込んだノイトラに、ドルドーニが問い掛ける。

 

 

「“祈れ―――”」

 

「!!」

 

「“聖哭蟷螂”」

 

 

 次の瞬間、ノイトラの姿を巻き上がった大量の砂塵が覆い隠し、同時に重厚な霊圧が放出される。

 帰刃。それが彼の返答だった。

 

 正面からその霊圧を受けたドルドーニは、思わず膝を着きそうになった。

 だが寸前で踏み止まる。

 ノイトラが己の意思を曲げてまで帰刃を選択してくれたのだ。耐えずして如何するのだと。

 

 師弟関係となって数年。共に数え切れぬ程の鍛錬を重ねて来たが、その中でノイトラは一度たりとも帰刃していない。

 頼まれたとしても頑なに拒み続けた。

 後にドルドーニは悟った。それは自分達を誤って殺めてしまわぬ様に、という気遣いだと。

 

 初めて邂逅した時から、その圧倒的な差は既に感じていた。

 武人という観点から言えばドルドーニの方が上だ。

 だがそれ以外―――身体的スペックや霊力といった地力の部分は別次元。

 時の経過と共に、その差は更に開いて行った。

 目を見張る程の成長振りに、ドルドーニは笑うしかなかった。

 自分との鍛錬の他にも自主鍛錬を重ねているというのだから、それも当然と言えるのかもしれない。

 

 ノイトラには武人としての天性の才能は無い。素質はあるが、それだけだ。

 故にドルドーニとしては、ある程度の形までは出来ても、完全習得までは不可能だろうと踏んでいた。

 だがノイトラは弛まぬ努力と、何が何でも取り込んでやるという貪欲な意志を以て、その非才の壁を踏破した。

 見たか、先程の立ち回りを。

 自身の帰刃形態からの猛攻を、伝授された脚技のみで凌いだのだ。

 弟子が師を超える瞬間。それがこれ程感動するものだとは思いもしなかった。

 頬に一筋の汗を流しながら、ドルドーニは笑みを深めた。

 

 

「…そうだ、その姿の貴殿と戦いたかったのだよ」

 

 

 月光により作り出された三日月の影。それを映していた砂塵が晴れると、其処には“死神”が立って居た。

 尸魂界に存在しているそれとは概念が異なる―――正しく相対した者の尽くに死を齎す神の姿だ。

 

 三日月を思わせる左右非対称の角。首から下の上半身が硬質な装甲に覆われ、腕は六本まで増加。その手には人一人は軽く両断可能な程の大鎌が其々に握られている。

 眼帯によって隠されていた左目の部分にある虚の孔、それを囲う様にして存在していた仮面の名残は、まるで開き掛けの顎を思わせる意匠へと変化。それを中心に右頬まで伸びる黄色の仮面紋。

 

 何より特筆すべきは、その全身から溢れ出る霊圧だ。

 ノイトラは何もしていないにも拘らず、彼の正面に立って居るだけで身体どころか魂魄全体が悲鳴を上げている。

 鋼皮の御蔭だろう、現状は何とか耐えられてはいる。だが一瞬でも気を抜けば押し潰されるのではないかという錯覚すら覚える程に、それは強大過ぎた。

 もしノイトラと対峙しているのが鋼皮を持たない破面以外の種族、且つ並みの実力者如きであったなら、その霊圧だけで勝敗が決していた事だろう。

 

 正直言って、解放直後は更に大きかった。

 だが今はそれ程でも無い。つまりこれは制限されている状態での霊圧なのだと判断出来る。

 ―――抑えていて尚これ程とは。

 ドルドーニは盛大に笑い声を上げた。

 

 

「フハハハハ!! なんと素晴らしい霊圧か!! やはり吾輩の目に狂いは無かった!!!」

 

「…ドルドーニ」

 

「だが―――」

 

 

 これ程までに絶望的な戦力差は久しく感じた事は無かった。言うなれば藍染と邂逅した時以来か。

 ドルドーニは震え出しそうになる身体を必死に抑えながら、好戦的な笑みを消す事無くノイトラに問い掛けた。

 

 

「まだ上があるだろう?」

 

「ッ―――何の話だ?」

 

「誤魔化さずとも良い」

 

 

 予想外なその問いにノイトラは一瞬だけ動揺したが、次の瞬間には何事も無かったかの様に平然と問い返した。

 だがドルドーニはその僅かな反応を見逃さなかった。

 

 

「言ったであろう、全力で立ち合えと。さあ、早くそれを見せたまえ」

 

 

 正直言えば、確信は無かった。

 技を伝授するにあたり、常日頃からノイトラの動きをチェックしていたドルドーニだからこそ、その切っ掛けを見付けられた。

 ノイトラの帰刃形態については、治療長を含めた世間話の中で大凡は聞き及んでいる。

 そして納得した。確かに言われてみれば鍛錬開始直後のノイトラの動きは、上体を主体とした攻撃を想定したもの。

 その反面、下半身は激しく動き回るより、踏み込みや踏ん張りを重視している様に見受けられた。

 

 鍛錬の進行に伴って次第に変化してはいったが、それよりも劇的な変化が現れ始めたのは最近だ。

 ある日を境に、ノイトラの動きの中へ、更に別な何かが混ざり始めたのだ。

 まるで全身を回転させつつ、常に激しく動き回る超高速戦闘を想定していると思わしきものが。

 

 そしてその疑問は、ノイトラが先程見せた反応によって確信へと変わった。

 ―――言い逃れは許さない。

 ドルドーニは視線でプレッシャーを掛ける。

 

 

「…加減出来無ぇぞ」

 

 

 誤魔化し切れないと悟ったのか、ノイトラは小さくそう零した。

 その様子に申し訳無いとは思いつつ、ドルドーニは即座に返事を返した。

 

 

「承知の上だ」

 

「…下手すりゃ死ぬぞ」

 

「その程度で吾輩が臆するとでも?」

 

 

 静かに警告し続けるノイトラの表情が、次第に険しくなって行く。

 だがドルドーニは一切引かない。

 

 

「本当に―――」

 

「くどい!! 言った筈だ!!」

 

 

 そのノイトラのはっきりしない態度に、遂に我慢の限界を迎えたらしい。

 ドルドーニは叫んだ。

 

 脚部の鎧の突起部分より再び竜巻を発生させると、其処から風の蛇をこれでもかと言わんばかりに生やす。

 数は先程の双鳥脚の大凡二倍。その余りの多さに、ノイトラは瞠目した。

 

 

「例え此処で死す事になろうとも、もはや悔いは無い!! 故に全身全霊を以て掛かってくるが良い!!」

 

「…ッ」

 

「我が屍を超えて行け!! ノイトラ・ジルガよ!!!」

 

 

 ドルドーニは最後にそう叫ぶと、上空へと跳び上がる。

 すると同時に全ての蛇が、その頭部をノイトラへと向けると、全方位から取り囲む様にして襲い掛かった。

 

 にも拘らず、ノイトラはその場を動こうとする気配が全く無い。

 だがドルドーニは攻撃の手を緩める真似はしなかった。

 

 直撃まで残り一メートルを切る。

 その直後だった。

 ノイトラがその三対の腕を持ち上げ、六本の大鎌を其々交差する様にして天に掲げたのは。

 

 

「“覚醒しろ(おきろ)―――聖哭蟷螂”」

 

 

 その呟きの刹那、周囲から音の一切が消え失せる。

 同時に天高く立ち昇る漆黒の霊圧。

 ノイトラを取り囲んでいた筈の無数の蛇は、その膨大な霊圧の激流に押し潰されたのか、何処にも存在していなかった。

 

 意識を失う直前、ドルドーニは“ソレ”を見た。

 右目周辺を除いた全てを覆う、黄色のラインが部分部分に走った紋様を持つ漆黒の装甲。

 その両手に握られるのは、未解放時の物とはまた異なり、より鋭利さを強調した三日月状の両刃の刀身を持つ二振りの大鎌。

 

 絶望の化身の、その姿を―――。

 

 

 




通常の帰刃の更に上……いったい何ターパなんだ…(棒

あと、ドン・パニーニさんの行動がおかしいんじゃね?と思われるかもしれませんが、ちゃんと理由は考えてますので、最終章まで気長に見て下されば有難いです。





捏造設定及び超展開纏め
①滅火くんは地味に再生能力が優秀。
・兵器っぽさを出そうと思ったらこんな感じに。
・帰刃は破面の本来の姿。それで再生能力を持っているのであれば、未解放状態でも少しはありそう。
・大帝さんが良い例。
②ロリ(誤字に非ず)ボッチ説。
・どー考えてもあの性格じゃあ友達出来へんて。
・ボッチな件をツッコまれれば、「私には藍染様が居ればそれで良いのよ!」とか言いそう。
・仮面の名残を見るに、メノリとの関係性とか色々考えられる部分が多いキャラなんですが…その辺は無視しました。
③ドン・パニーニさんの嘴は増える。
・技の構成を見るに、多分増やせる類いでは?と思って捏造。
・少しぐらい強くしたって…良いよね?ベリたん涙目だけど…。
・あと作中のパニーニさんは死んでないのであしからず。


強いキャラ程、配色が黒くなるのはBLEACHの法則。
決して厨二病とかでは無い。

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