私の中ではこれなんです。
浦原商店地下の勉強部屋。其処には冬獅郎を始めとする護廷十三隊の現世援軍メンバー―――日番谷先遣隊の一同が集結していた。
その目的はつい数時間前の戦いの中で負った怪我の治療の為だ。
治療を担当するのは、筋骨隆々の長身で眼鏡を掛けた男―――握菱 鉄裁。
その傍では黒髪で気弱そうな少女―――
やはり元鬼道衆総だけあって、鬼道の手腕は見事なもの。回復速度と量が尋常では無い。
加えて喜助の発明した治療用具も用いていた為、ものの数十分で全員分の治療を終えると、仕上げとして主に重傷者であった者達の身体へ特殊な包帯を巻いて行く。
「ウルル殿、新しい包帯を」
「…はい」
未だに意識が戻らない一角への処置を終えると、鉄裁は雨に包帯の追加を頼んだ。
やはり大の男の胴回り全てに巻くとなると、相当な量が消費されてしまう。
―――
内心でそう呟きつつ、鉄裁は休まず手を動かして行く。
本来、掠り傷程度であれば、鬼道で治療を終えた後は何の処置も必要無い。
だが重傷の場合はやや異なる。特に肉体や内臓がの一部が欠損していた場合は顕著だ。
余程酷い状態で無い限り、一応表面上は完治まで持ち込める。
だがその治療部位には肝心な中身が―――その者の霊圧が全く流れておらず、スカスカな状態なのである。
鬼道の治療―――正式には回道というが、それは負傷者の霊圧を回復させ、本来持ち得る自然治癒能力を促進させるのが基本の形だ。
だが先程述べた欠損等がある場合、負傷者自身の治癒能力を超えてしまっている。超速再生でも持っていない限り、如何に自然治癒能力を手助けしようが、完治は不可能。
その場合は致し方無く、強引に体構造を外部から完治させる措置を取る。
だがこれがまたポイントだ。
例えばその負傷者は腹部を大きく抉り取られていたとする。
治療後は内臓から筋肉、皮膚組織まで綺麗に元通りになった。
だが実質それは足りない箇所に代用品を埋め込んで無理矢理身体に繋げただけの状態。言い方は悪いが、身体に異物が入っている様なものなのである。
当然、そんな事をすれば身体が拒否反応を起こすだろう。それか体構造として上手く機能せず、最終的には死に至る。
解決策としては、その部分に負傷者自身の霊圧を完全に馴染ませる事だ。
だがそれを成すにしても、結局は負傷者自身の手に掛かっている。
所詮回道による治療は医療の延長線上に過ぎず、限界があるのだ。
「むぅ…」
鉄裁は眉間に皺を寄せた。
今彼が巻いている包帯は喜助御手製の品。その治療部位と負傷者自身の霊圧を馴染み易くする他、傷に染み付いた死神以外の霊圧を吸い出して外に放出するという効果もある優れものだ。
稀にだが、負傷した際に敵の霊圧が傷に溶け込んだり、渦巻く様にしてその部分を覆い隠しているといった現象が起こる事がある。
するとそれは鬼道による干渉を阻害したりと、決して無視出来無い程の弊害を齎す。
その霊圧の持ち主が負傷者とは決して相容れ無い存在で、且つ高い霊力を保持していればいる程、その度合は大きくなる。
止血剤等の治療薬は普通に使用出来るのだが、致命傷だった場合は拙い。
やはり治療の要は鬼道なのだ。それが効かないとなれば命取りになる。
現状では其処まで酷い状態の者は居ないが、敵の霊圧が傷に溶け込んでいる者は居た。
それは一角と同じく意識が戻っていない冬獅郎だ。
彼はノイトラの放った無限虚弾に耐え切れずに直撃を受け、その結果肩や脇腹等、複数の箇所をやや抉られていた。
致命傷まで至っていないのは幸いとも言えるが、その怪我は決して軽いものでは無い。
早く治療するに越した事は無かった。
だが如何しても溶け込んだ霊圧がそれを邪魔する。
鉄裁が渋い顔をするのも致し方無いだろう。
「隊長…」
その近くに立っている乱菊の内心は後悔で一杯だった。
敵の霊圧にアテられて全身を硬直させていたあの時。僅かでも自分から動けていれば、こんな事にはならなかった筈だと。
―――何てザマ。
隊長を補助する所か、敗ける要因を作っただけ。
これでは只の足手纏いだ。次席とは言え、隊長の肩書を持つ者として情けないにも程がある。
乱菊は改めて己の責務を果たせなかった事を恥じると、更に自分を責めた。
彼女は最後の最後まで冬獅郎に庇われていた為、怪我らしい怪我は無い。
冬獅郎が力尽きると同時に、頭部に一発の虚弾の衝撃を受けて意識が飛んだだけだ。
そうして意識の無い二人はそのまま射程範囲外である下へ落下していったのである。
視界を横に移せば、其処には治療を終えても尚眠り続ける一角が。
直ぐ傍には顔を俯かせながら座り込む弓親が居た。
彼のその拳は固く握り締められている。
それは心から信頼している仲間を傷付けられた事に対する怒りか。それとも己の失態を悔いているのか。
どちらにせよ、それは当人にしか解らない。だが乱菊にはその辛さが痛い程理解出来た。
「…ぐうの音も出ないってのはこの事ね」
乱菊は思い返す。この戦いは見事なまでに完敗だったと。
序盤、冬獅郎は特異な斬魄刀を用いる女の破面と互角の戦いを繰り広げていたが、乱菊と弓親はあの第6十刃であるルピという女男に良い様にあしらわれていた。
するとその直後、これまた十刃らしいノイトラという破面の方へ向かって行った筈の一角が何時の間にやら敗退。
考えてみると、流れが変わったのは其処からだった。
勢いに乗ったのか、続け様にルピが帰刃。それを阻止せんと急行していた冬獅郎も、その予想外な攻撃により一時退場。
不意討ちに近かったとは言え、隊長を退けた相手に残された二人が敵う筈も無く、あっと言う間に追い詰められた。
絶体絶命の危機に瀕したその時、援軍として喜助と夜一が到着。それから間も無くして冬獅郎も復活し、今度は逆にルピを後一歩の所まで追い詰めた。
完全に流れが此方に向いたかと思われたが―――即座に引っ繰り返された。
本気を出したらしい、ノイトラの手によって。
「反則でしょ…何よあれ…」
今迄感じた事の無い程強い霊圧に、虚弾という不可視の攻撃の嵐。
その時の光景を思い出すだけで、乱菊は全身が震え出すのを感じた。
―――勝てる訳が無い。
如何なる強大な敵にも臆する事無く、命を賭して尸魂界を守護するという使命を担う護廷十三隊の一員として失格だと理解してはいた。だがそれでも尚思わずにはいられなかった。
五人掛かりでも近付く事すら叶わなかった。何という理不尽な存在か。
しかも未解放の状態でその実力だ。帰刃すればどれ程の力を見せるのか、正直想像したくもない。
だが悪い事ばかりでは無いのも確かだ。
以前の現世侵攻の時、喜助からの情報によれば、あのノイトラこそが十刃のトップである可能性が濃厚との事。
つまり今回の戦いの中で、打倒すべき敵陣営の兵隊の持つ実力の上限が、大凡ではあるが見れたという訳だ。
そう考えれば今後、それを基準として何かしらの対策を立てたりも出来る。
少なくともノイトラ以上の実力者は、藍染やその部下の東仙とギンに限られる。
後者については元は此方側に属していた為、情報は多い。恐らく古参の隊長か総隊長辺りが対応する筈だ。
何も正面からぶつかり合うだけが戦いでは無い。手に入れた情報から策を講じるのも、一つの戦いなのだ。
「やれやれ…どうやら治療は一段落したみたいッスね」
噂をすれば喜助の登場だ。
前回に引き続き、二度対峙している分、現状では最も破面に関する情報を持っている者の一人。
ちなみに彼と同様に情報を持っている夜一だが、今は勉強部屋自体に居ない。
戦いが終わった直後、何か肌を刺す様な近寄り難い空気を醸し出しながら店の奥に入って行ったっきりだ。
「…ねぇ」
「はい?」
「あの十刃のトップについてだけど…こっちに勝算はあるの?」
喜助と夜一についての大まかな情報は、重國から直接護廷十三隊の隊長格全員に伝えられている。
過去は隊長であった事。そして中央四十六室は未だに認めていないが、背負った罪状が全て藍染の仕組んだ冤罪である事も。
だが尸魂界より姿を消してから百年余り。この二人が一体何をしていたのかまでは明らかになっておらず、その事に関して少なからず不審に思う者達は居た。
―――得体が知れない。
乱菊もそう考えた一人ではあったが、今はそんな事など気にしていられない程に切羽詰まっていた。
その為なのか。彼女は言葉使いを改める事もせぬまま、喜助に問い掛けた。
「そいつは俺も聞きたかった。どうなんだ浦原さん」
横合いから口を挟んだのは恋次だ。
その顔は一見冷静に見えたが、全身に纏うピリピリとした雰囲気から、どうやらそうではないらしい。
何せ恩人であり尊敬すべき先輩でもある一角がやられたのだ。何の感情も抱かない訳が無い。
案の定、願わくば自分がその仇討ちをせんと、内心意気込んでいたりする。
故に恋次はその仇敵たるノイトラについての情報が少しでも欲しかった。
「………」
喜助は返答に困った。此処で教えて良いものかと。
前回護廷十三隊に伝えた、ノイトラを含めた破面三名に関しての情報。それが誤りであり、その中でトップだと思っていた破面は、実は中堅である第5十刃だったと。
隊長格を含めて五人掛かりでも仕留め切れなかった相手より、更に強い者が四人も控えて居るという事実が発覚すれば、まず確実に士気が下がるだろう。
しかし結局の所は皆に伝わる事になる情報だ。遅いか早いかのどちらかを選ぶとすれば、後者の方が良いに決まっている。
取り敢えずこの場面では、得意の演技を用いて上手く流れを変えるべきか。
確かに驚くべき事実ではあったが、特に支障は無い。対抗策は十分に講じてあると。
そう考えた喜助は何時もの飄々とした態度で返答した。
「いやー、実はその情報は間違いだったみたいでして」
「は?」
「…なんだと?」
気拙そうに後頭部を掻き毟る喜助が零した台詞に、二人は思わず眉を潜めた。
一体何が間違いだったのだろうと。
まさか十刃とは別の肩書を持った、破面の中でもより特別な存在だったとでも言うのか。
ノイトラの実力の片鱗を身を以て理解していた乱菊としては、寧ろその方が納得出来た。
「本人から聞いたんスけど、あのノイトラ・ジルガという破面は十刃のトップではなく、中堅―――第5十刃だったみたいなんスよー。いやはや、ホント参っちゃいますよねー」
案の定、それを聞いた乱菊と恋次は揃って全身を硬直させた。
後数十秒も経てば、その表情が絶望に染まる事は想像に難くないだろう。
そうなる前に、喜助は先手を打った。
「ま、特に問題はないッス。これでも一応天才名乗ってるんで、あの程度なら何とかしてみせますよ」
―――未解放の状態については、の話だが。
そう後に続く筈だった台詞を飲み込む。
ノイトラの件を除いても、現在の藍染側の陣営についての情報は少ない。故に策を講じるにしても非常に厳しいのが現実。
正に御先真っ暗だ。藍染のみを見据えて準備を進めていた喜助だったが、非常に気掛かりだった。
目先の事を考えても、余り芳しく無い。
ノイトラの帰刃が一体何の能力を持っているのか。そして彼の上に立つ残る四人の十刃が、一体どれ程の実力を持っているのか。
―――卍解の使用を本格的に考えなければいけないかもしれない。
そう考えるだけで喜助は気が重くなるのを感じたが、その表情に笑顔という仮面を貼り付かせ、内心を悟らせない様に努めるのだった。
虚夜宮に帰還したノイトラは、壮途の間にて一先ず安堵の溜息を吐いた。
これ程精神的に疲弊したのは久し振りだった。
肉体的には如何と言う事は無い。霊力も同様だ。
生憎と力だけはあるのだ。その中身に不相応な程に、だが。
「何とか乗り切ったか…」
失敗した事も多いが、得られた事も多い。
今回は実に学ぶ事が多かった任務だった。
それと同時に―――やはり今のノイトラには精神面での安定性が足りないという事が判明した。
大抵の事には十分対処出来るだけのスペックを持ち得ている筈なのだが、その欠点のせいで上手く運用し切れていないのである。
夜一の突然の瞬閧発動など、想定外の出来事に遭遇した時はより顕著に表れていた。
折角ドルドーニに師事を受けて身に付けた脚技も、後半では全く使用していなかったのも良い例だ。
状況が状況だったとは言え、少なからず中にはそれが生かせる場面はあった筈。戦闘者としては三流も良いところだ。
もし彼にこの事が露見すれば、まず間違い無く叱責される。
―――同時に刑罰と評して襲い掛かられ、それを返り討ちにするという何時もの展開になるのだろうが。
だが憑依前のノイトラも、根拠も無しにこの程度なら問題無いと悠長に構えては手痛い反撃を受け、それに驚愕して対応が遅れるという部分が多かった事から、別に中身が凡人だからという理由だけではないのかもしれない。
完全解決は無理だろうが、何かしらの対策は取らねばならないだろう。
ノイトラは回転の悪い頭を必死に回し始める。
この任務の後、一護は織姫を救う為に仲間二人を引き連れて虚夜宮へ侵入して来る。
正確な日数は不明だが、そう長くは無い筈だ。
ならばその限られた期間内に出来る限りの事をすべきだろう。
幸いにも、今のノイトラには主人公補正は無いが、鍛錬補正は付いている。
それこそこの短期間の中で、今迄に無い程の極限状態まで自分を追い込めば、些細な事でも何かしら得られるものがあるかもしれない。
例えぶっ倒れても、セフィーロが居る限りは回復に困らない。またネチネチと怒られはするだろうが、甘んじて受けよう。
気分としては、テスト直前に全科目一夜漬けで乗り切らんと奮起する学生か。
普段使わないだけで元は頭が良い者、いざと言う時は凄まじい集中力を発揮する者等でなければ普通に無理だろう。
だがあくまでその意図としては他にもある。
それは迫り来る激戦の前に己の精神を引き締め、安定させる為だ。
―――寧ろ此方の方がメインだったりする。
昔から言うだろう。身体を動かせば気分も晴れると。
精神状態が悪ければ、それに比例して身体の動きや反応も鈍くなってしまう。
例え得られるものが無かったとしても、気分が晴れれば大分違って来るものだ。
「最後の仕上げは……何にするか…」
今更だが、ノイトラの鍛錬に対する思い入れは非常に強い。
するなら徹底的に、それこそ剣を振るう以外は何も考えられなく成る程集中し、己を徹底的に追い込む。それこそが鍛錬だと。
見様見真似で無駄だらけな鍛錬を始めたチルッチに対して盛大にキレたのがその証拠だ。
憑依から現在に掛けて死ぬ気で打ち込み続けた結果、“あの力”を含めて確固たる成果を得ているが故に出来た考えなのだろう。
流石に憑依前は半ばサバイバルに等しいストイックな生活をしていただけはある。厳しい環境下に適応する速度は半端では無かった。
「…ね、ねえチルッチ。ノイトラってばどうかしたの? なんかすごく恐いカオしてんだけど」
「ウウー…」
「…知らないわよ」
そんなノイトラの背後では、やや怯えた表情を見せるルピとワンダーワイス、そして呆れた表情を浮かべるチルッチの姿があった。
口ではそう言っているが、実はチルッチは十二分に理解していた。
―――どうせ鍛錬の事だろう。
あの死神達を蹴散らした虚弾・狂葬曲の時もそうだったが、ノイトラは何か新たな技を編み出そうと意気込んでいる時や調子が良い時など、何時にも増して恐い顔付きへと変わる。
困った事にそれは無意識の内の変化らしく、本人は全く自覚していないときた。
取り敢えずチルッチはツッコみを入れる事にした。
付き合いが長い分、自分は理解しているから良いものの、他人が見れば恐ろしい事この上無いだろう。
「ほら、帰ってきて早々なんて顔してんのよ。 さっさと治療室行くわよ」
「…ん?」
自身の背中に投げ掛けられた声に、ノイトラは反応して振り向く。
呆れ顔のチルッチの後ろで身体を縮込ませる様にしている二人の姿を見て、其処で初めて己の所業に気が付いた。
「あー…悪ぃ」
バツが悪そうな顔で謝罪しつつ、ノイトラはその気拙い状況から逃げる様にして、壮途の間から一番に出て行く。
チルッチもその後に追従し、残る二人もその背中を追った。
移動中、暫く無言が続く。空気も心なしか重い。
先程の件が響いているのかと、ノイトラは申し訳無い気持ちになった。
此処は責任を取って、何か会話の切っ掛けになる様な事でも話すべきか。
そう考えて口を開き掛けたその時、正面から静かな足音が聞こえて来た。
「…来たか」
ウルキオラだ。
負傷云々以前に、その白装束には染みも皺も何一つ無い。
ノイトラ達と比べると、その差は歴然だった。
ウルキオラはその場で足を止めると、その無機質な眼でノイトラ達を一通り見回した。
するとやがてそれは一人のみに固定される。
「先に行ってろ」
「…わかった」
ノイトラはその意味に気付くと、背後の三人へ先に治療室へ行く様指示を出した。
それに対し、チルッチは一瞬躊躇った様子だったが、直ぐに残る二人を引き連れてその場から立ち去って行った。
遠ざかる三人の足音がほぼ聞こえなくなる。
するとウルキオラは一瞬だけ視線をノイトラの剥き出しとなった腹部へ移した後、口を開いた。
「随分と苦戦した様だな」
何に―――等と問い返すまでも無い。
そうだな、とノイトラは返答し掛けたが、咄嗟にその台詞を飲み込んだ。
最強宣言をした立場としては、その返答は相応しく無い。
寧ろ此処は強気に、余裕綽々の表情で宣言すべきだ。これ如き、想定の範囲内だと。
「そう見えたか?」
ワザと不敵な笑みを浮かべながら、ノイトラは逆に問い返す。
精神的にも余裕が出来た御蔭か、その演技は不自然さが全く感じられない見事な出来だった。
「…いや、違ったな。済まん」
―――あれは本来普通に戦えば余裕で勝てるものだったが、敢えてそうしなかっただけだ。
そう語るノイトラの態度に、ウルキオラは先程の発言を撤回すると同時に謝罪した。
確かにその通りだ。
寧ろあれだけ己に制限を課した上で、あの立ち回りを見せたのだ。
逆に感心すべき内容だろう。
ウルキオラが内心でそんな事を考えている一方、ノイトラはとある真実に気付いていた。
―――さては戦場を観察していたな。
事前に伝えられた任務の内容と、本来の内容との食い違い。
ウルキオラは自分達が陽動中に織姫の身柄の確保を行うと言っていた。だが本来であれば、彼女を連れて来るのは後になる筈だ。
実際、探査神経を発動してみても、虚夜宮内の何処にもそれらしい霊圧は感じられない。
つまりは任務開始直前か後か、ウルキオラはその辺りに藍染から任務内容変更を言い渡されていたと考えられる。
そして先程の発言だ。
ウルキオラの性格上、憶測でものを言う事は絶対にしない。解らなければ直接問い掛けて確認する筈である。
だがそれをしないのは、つまりノイトラが苦戦したという確証を得ているという証拠。
手段については大凡検討は付く。大方任務終了後に虚夜宮へ帰還し、藍染と共に現世の状況を観察していたのだろう。
―――終わっていたのなら、さっさと反膜で撤退させてくれれば良いものを。
そう内心で文句を垂れたノイトラだったが、直ぐ様撤回する。
良く考えてみれば、これは致し方無いと言える。
悪いのは藍染だ。
恐らく此方があたふたしている様子を、玉座に腰掛けて観察しながら愉悦していたに決まっている。
そしてコッソリ自分の実力を計ろうと画策していたのだろう。
つまりあの勘は正しかったのだ。
手の内の一つを晒してしまったのは痛手だが、まだその程度で済んで良かった。
もし帰刃していれば、此方の実力を大凡だが把握され、それを前提に何かしら仕込みを開始していた可能性が高い。
「…だがこれだけは聞かせろ」
「何だ」
「何故奴等に手心を加えた」
その質問の直後、ノイトラは暫し考える仕草を見せた。
ウルキオラが言っているのは、何故手加減したのかというより、何故殺さなかったのだという意味だろう。
言われてみると確かにそうだ。己を高める為に相手の土俵で戦う事を選択したり、最後まで帰刃しなかったのはまだしも、一角等に追い討ちを掛けなかったのは不自然だ。
傍から見れば手加減しているだけでなく、端から殺す気が無かった様に取られても仕方が無い。
「お前であれば仕留められた筈だ。帰刃すれば確実に、な」
―――なのに何故だ。
嘘偽り無く正直に答えろと、その無機質な目が訴える。
何故と言われても、彼等が死んで戦力が欠けてしまえば、空座町決戦時に尸魂界陣営が不利になってしまうではないか。
それに例え一護の主人公補正が都合良く発動して勝利出来たとしても、最終的に藍染を封じる
―――という本音は勿論言える訳が無い。
ノイトラは面倒な気分になりながら、何時ぞやの様に虚勢を張る事にした。
「―――最強ってのは、よ」
「…?」
静かに語り始めたノイトラ。だがその声には僅かに苛立ちが含まれている。
それに気付いたウルキオラはやや首を傾げた。
「どんな不利な状況下に置かれても、それを尽く跳ね除けられる様な奴じゃないといけねぇってのが、俺の持論だ」
「何?」
「それに“帰刃すれば勝てる”ってのは言い訳だ。つまりソイツは“帰刃しなきゃ勝てない”っつー意味なんだよ」
「………」
「それの何処が最強だ? あ?」
帰刃というのは破面の本来の姿なのだから、別にそれで勝利しても特に問題無いのではないだろうか。
ウルキオラはそう思って口を開こうとするが、それよりも早くノイトラが続けた。
「それにまだ本格的な戦いが始まってもいねぇのに、おいそれと俺達の情報をひけらかす訳にはいかねぇだろ」
その意見に、ウルキオラは納得した。
何せ敵側には喜助の他、それに次ぐ天才と謳われる存在も護廷十三隊には存在するらしい。
そんな相手に事前情報を与えてしまえば、一体如何なる手段で帰刃を封じに掛かりに来るか全く読めない。
それに加え、此方側が最も警戒すべき戦力である護廷十三隊の総隊長を含め、決して侮れない者もチラホラ居る。
藍染が気に掛ける程の実力者であれば、一度見ただけでその帰刃に対して有効な戦法を練る程度の事はやってのけるだろう。
「階級とかの肩書だけならまだしも、帰刃は論外だ。違うか?」
「………」
―――やはり其処まで考えていたか。
一種の理想論ではあった。だがそれを貫き通せる破面が、この虚夜宮には何人居るだろう。
しかも相手が相手だ。大半は追い詰められた末に帰刃を選択するに決まっている。
だがノイトラには力があった。そして最強を追い求めている確固たる意志の強さも。
組織人としても実に模範的な存在である。改めてウルキオラは感心した。
一方、良く考えれば穴だらけな意見を堂々とかましたノイトラは、内心で少し焦っていた。
何せ話を聞かせた相手はウルキオラだ。
如何なる状況下でも只管冷静で居られる彼の思考回路なら、この意見の欠陥に直ぐ気が付くだろうと。
そうならない為、ノイトラは直ぐ様会話内容を変えるべくして、休み無く言葉を繋いだ。
「何だオマエ。もしかしてこの俺がワザと手ぇ抜いてたと思ってたのか?」
「…いや」
「それだと俺が藍染サマに対して反逆してるみてぇじゃねぇか。ジョーダンきついぜオイ」
「………」
ノイトラは溜息を吐くと、バツが悪そうな表情で自身の後頭部を掻き毟った。
そんな彼を尻目に、ウルキオラは考え込む。
もしもだ、ノイトラが裏切った場合、自分では止め切れるのかと。
あの時本能で感じた彼の力は決して間違いでは無い。それに加えてあの虚弾の派生技の他、此方が想像も出来ない様な攻撃手段を幾つか持ち合わせている筈だ。
やはり如何考えても厳しかった。
基本的に破面は未解放状態でも強い者は、帰刃形態の強さも比例して大きくなる。
例えば未解放で二の力を持ち、帰刃すれば大凡六から七まで上がる破面が居たとする。
今度は未解放で六の力を持つ破面の場合、帰刃すれば大凡二十近くまで上がる―――といった感じだ。
かく言うウルキオラ自身も未解放の時点で相当だ。中堅以下の下位十刃クラスであれば、帰刃形態であっても十分相手取れる上、下手すれば撃破可能な程に。
実際、純粋な戦闘能力を見れば、ウルキオラは現状の第4より上の階級でも何らおかしくは無い。
虚化状態の一護が反応出来無い程の速度。月牙天衝を容易く防ぐ防御力。黒虚閃を初めとする凄まじい攻撃力。これ等の要素を持つ帰刃形態に加え、奥の手とも言えるその更に上―――十刃で唯一彼のみが可能としている二段階目の解放、
極大な攻撃範囲による圧倒的な殲滅力を持つハリベル。攻守共に絶大的な能力を持つバラガン。無尽蔵の霊力を誇り、実力の底が全く見えないスターク。
上位十刃の錚々たる顔触れだが、この中でも確実にハリベルは上回る。バラガンはその能力の攻略法か隙を見出すか、その力を上回る程の攻撃を繰り出さない限りは敗北は無くとも勝利は不可能。スタークはその実力が不明瞭な為にハッキリとは言えないが、もしノイトラの考察が正しければ、本気を出されると極めて困難だろう。
つまり上手く行けば第2十刃までは上り詰める事が可能という事だ。それはウルキオラ自身も自覚している。
それでも尚今の階級に留まっているのは、只単に藍染が出来ればそのままで居て欲しいと指示しているだけだ。本人に上がる意志が無いというのも大きいが。
その意図は不明だが、やはり自分如きには及びもつかない考えがあっての判断なのだろう。
ウルキオラはそう納得していた。
「オーイ、何か言えって。無反応は困るっての」
「………」
完全に思考の渦中へと入り込んでいるウルキオラは、外からの音すら完全にシャットアウトしていた。
御蔭でノイトラは内心で地味に焦り始めていたりする。
―――もしかして本気で裏切りという意味合いに取られていたのか。
ウルキオラがそう考えているという事は、勿論藍染も同様だという事に他ならない。
ノイトラの背中に冷や汗が流れ始める。
そんなあらぬ誤解を受けているとは知らぬまま、ウルキオラは更に思考を巡らせる。
自分でも勝てるかも判らない実力を持つノイトラだ。彼を完全に止められるとすれば、それこそ藍染か、東仙とギンの副官二名。それか遣る気を出したスタークか、バラガンの能力が何処まで及ぶのかに掛かっているだろう。
其処でウルキオラは気付いた。想像が付かないと。
ノイトラが自分達を裏切り、その強大な力の矛先を此方に向ける、その光景が。
嘗ての姿はアレだが、今の彼は自身の持つ義務に対して忠実だ。
他者を無条件に見下したり、挑発する態度が激減。寧ろその身を案じる様な言葉を投げ掛けたりと、虚夜宮内でも随一の気遣いをする者へと変貌。最近知った事だが、それは特に雑務係の破面達に対しては顕著らしい。
そして藍染との会話では必ず敬語を使う様になり、任務内でも暴れ回りたい衝動を抑えつつ、命令を忠実にこなそうと努めていた。
大した改善振りだ。または変貌とも言って良いかもしれない。
捻くれた見方をすれば、何かの伏線ではないかと思える部分はあるが、まず有り得ないだろう。
言っては何だが、ノイトラはそれ程頭が回る者でも無い。
所謂嘘が付けない正直者という事だ。今迄の会話内容を振り返るだけで大凡察せる。
そういった存在は勘繰るだけ無駄に終わるものだ。
やがてウルキオラは思考を止めた。
本人もそう言っているのだし、裏切る要素などほぼゼロに等しいだろうと。
「…何でも無い」
「溜めに溜めてそれかよコラ」
―――この天然野郎め。
無駄に焦らせる様な態度を取った末に返された、全く答えになっていない返答。
ノイトラは右頬の一部をヒクつかせた。
今更気付きました。
ベリたんが虚夜宮に来るのは織姫誘拐から翌日の夜やんけ、と。
でももう三日分ぐらいの期間の話を書いちゃってる。
今更修正するのもキツイ…。
師匠リスペクトで後付け設定して誤魔化そうかなぁ…(笑
捏造設定及び超展開纏め
①回道の治療の範囲やデメリットなど。
・何で回道っていう便利なものがあるのに、完治させずに包帯とか巻いてるのかなぁ…という疑問から捏造。(術を行使した人が得意じゃなかったりするのもあるのかもしれませんが)
・ベリたんを治し切れなかったハッチの術の件も参考にしてます。
・どれも鬼道という分類だと思うので、共通部分は多そう。
②浦えもん。
・マユえもんに負けるな浦えもん!
③意外と楽観的な乱菊。
・彼女のみならず、護廷十三隊全体が藍染様に対して結構楽観的かと。
・藍染様無双開始時のギンのツッコみに思わず賛同したのは記憶に新しいです。
④虚無さんの強さのランク。
・ファンの間でも結構議論された内容かと思いますが、この作中では大体2番目くらいかという形にしました。キャラ設定でも2~3番に匹敵するってあったので。
・私の中で孤狼さん最強説は不動なのでそのまま。0番?なにそれ食べられる芋虫?
・しかし師匠、あの部分の描写に力入れ過ぎ。あれじゃまんまラスボス級やで?
⑤虚無さんは情報通。
・完 全 捏 造。私の勝手なイメージです。
・虚無さんは有能。そして有能な奴は情報収集も欠かせない。つまりはそういう事。
・でも虚夜宮内での情報の取り扱い状況が謎過ぎんよぉー!
⑥チョロい虚無さん。
・「君がそこまで言うんだ。そうに決まってるさ。だろう?(ニッコリ」とか言いそうな物語の主人公を支えるマブダチ的な存在をイメージして下さい。
・まあ仲良くなれば基本そんなもんじゃないでしょうか。
・こんなの虚無さんじゃないやい!!って人は御免なさい。