三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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思った以上に誘拐編が長い…。
もう少し展開を早くしたいとは思っているんですがねぇ。

早くネリエルを出したいよぅ(´;д;`)



それと、総合評価1000突破しました。
評価して下さった方々、お気に入りして下さった方々に感謝致します。
今後も精進しますので宜しく。


第二十四話 蔦嬢と鉄燕と、三日月と黒猫と…その他諸々

 ルピは自身の聴覚を支配する耳鳴りにやや顔を顰めつつ、横目でノイトラと夜一の戦闘風景を観察する。

 ―――やはり何処から如何見ても詐欺だ。

 内心でそう零し、改めて認識した。

 

 夜一より超高速で繰り出される無数の打撃。それをノイトラは巨大な斬魄刀で全て捌きつつ、剰え反撃を返してみせる。

 如何見ても有り得ない。あんな速度の攻撃の嵐を、これまた重い得物を同等の速度で振るって対抗するなぞ考えられない。

 自分ならば帰刃形態であっても初撃から食らっている自信が有ると、ルピは素直に認めた。

 以前虚夜宮内の通路で遭遇し、調子に乗って挑発したあの時、戦闘まで発展しなくて本当に良かったと安堵しつつ。

 

 その激戦を繰り広げているノイトラ達とは反対方向に視線を移してみれば、其処にはつい先程まで喜助を圧倒していた筈のワンダーワイスが、何故か逆に追い詰められているという意味不明な事態に陥っていた。

 一体何の手品を行ったのか不明だが、何度も虚弾の直撃を食らっていた筈の喜助は、何時の間にか無傷の無事な状態へと元戻り。

 響転を連続使用し、超高速で動き回るワンダーワイスへと遅れる事無く追従し、これまた何時の間にか編み出したのか、虚弾を発射直前で相殺するという芸当をこなし、手玉に取っている。

 

 ―――強い。

 只の知恵遅れかと思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。

 傍から見れば子供が我武者羅に暴れ回っている様に見えるが、実際は異なる。

 喜助の得体の知れなさを本能で感じているのか、接近戦を徹底的に回避し、遠距離攻撃を中心にした戦法。しかも捕捉されぬ様、常に超高速で動き回るという対策も取っている。

 

 

「階級詐欺はノイトラだけで十分なのにさァ…」

 

 

 それを赤子の様に捻っているあの喜助という男も相当だが、下手すればワンダーワイスの実力は自分でも後れを取るレベルだと、ルピは内心で歯噛みした。

 藍染の言葉によると、ワンダーワイスは十刃になる事は無いと明言されてはいる。それでも自身の地位を脅かしかねない存在に対しては警戒もしたくなるのが、立場ある者としての性だった。

 

 常日頃から虚夜宮内での噂話を良く耳にしているルピだが、意外にも夜一と喜助については全く知らない。

 虚夜宮内での情報の共有は、ビエホの管轄下にてある程度はされているが、やはり格差はある。

 従属官では無い数字持ちを含めた一般的な遊撃要員の破面達には、各勢力の情勢程度。十刃にはそれを更に踏み込んだ内容から、要注意人物のプロフィールまでの詳細まで知る事が許されている。

 ルピは十刃へ昇格して間もなく、未だその情報を見ていない。

 その為、喜助や夜一が来ても名前すら判らなかったのだ。

 

 だが少なくとも、この二人の実力は相当高いと即座に認めていた。

 基本的に破面は死神や人間といった他種族を見下す傾向が強い。

 それはルピも例外では無かったが、流石にあの立ち回りを見てまでそう考え続けられる様な御目出度い頭はしていなかった。

 

 一先ず自分に出来る事は、今拘束している二人の死神を始末し、此方へ向かって来ているらしいチルッチと合流。

 後はそう時間も掛からない内にワンダーワイスを退けるであろう喜助の相手をする事だ。

 何処まで戦えるか判らないが、別に仕留める必要は無い。任務終了まで時間稼ぎに徹すれば問題は無いだろう。

 

 夜一については―――取り敢えずノイトラを信じるしかない。

 とは言っても、ルピは彼が負ける未来など微塵も想像していなかったが。

 それに考えてみれば、任務開始から三十分以上は経過している。

 ウルキオラの任務も間も無く済む頃だろうし、残り時間はそう多く無い筈だ。

 

 

「ま、しょーがない。それじゃこっちはこっちで続きしよっか?」

 

 

 ルピは思考を切り替え、再び視点を元に戻す。

 其処には喜助が触手を両断して窮地から救出してくれたにも拘らず、そう間を置かずに再び拘束されてしまった乱菊の姿が。

 折角始解した斬魄刀の柄を持つ腕も、身動き一つ取れない為に完全に無力化され、灰状の刀身は虚閃にて吹き飛ばされて以降、遠く離れた場所でフワフワと漂っているだけだった。

 弓親については相も変わらず触手の中でもがき続けており、体力を無駄に消耗するだけで何の進展も見られていない。

 

 

「ホント話んなんないよ。おねーさんはせっかくあのゲタ男に助けてもらってもスーグ捕まっちゃうし、そっちのイケメンはさっきかからずっと芋虫みたいに動くだけだし―――」

 

 

 肩を竦め、呆れた様子でルピは長々と言葉を繋ぎ始めた。

 主に機嫌が良かったり調子に乗っていたりする時に口数が増える彼だが、優勢とは言え戦闘中にまでそうなるのは欠点の一つだった。

 

 

「…あんたってさ、随分お喋りなのね」

 

「それに―――ん?」

 

 

 其処で突然、ルピの言葉を途中で切る様にして乱菊が口を開いた。

 案の定、話しを邪魔された事でやや不機嫌になるルピだったが、次の瞬間には更にそのレベルが跳ね上がった。

 

 

「あたしお喋りな男ってキライなのよね―――なんか気持ち悪くって」

 

 

 生殺与奪の権利を握られた状態にも拘らず、一切怯む事無くそう言い放った乱菊。

 ルピは見るからに眼を細めた。

 その身に纏う空気は冷え切り、殺意が溢れる。

 

 

「…言ってくれるじゃん。そっか、おねーさんてばそんな死にたいんだァー」

 

 

 その顔を加虐的な歪んだ笑みに変えると、ルピは決めた。

 ―――こんな奴、生かして置く価値は無い。

 

 拘束に使用している二本とは別の、フリーとなっている残りの触手全てに神経を集中させる。

 簡単に言えばその触手全てに棘を生やし、取り囲む様にして一斉に突き刺す魂胆だ。

 これなら例え邪魔が入ろうとも確実に仕留められる。入らなければ乱菊は見るも無残な骸と成り果てるだろう。

 

 

「…あれ?」

 

 

 盛大な血祭パーティを開催せんと、触手を動かした瞬間、ルピは気の抜けた声を漏らした。

 その六本の触手が何故か持ち上がらないのだ。

 

 其処でふと気付く。周囲の空気の温度が明らかに低い事に。

 先程から白い息を吐いている事が何よりの証明だ。

 触手を伸ばしていた方向を見遣れば、何と其処には地面から伸びた巨大な氷の柱に取り込まれた触手達の姿が在った。

 鈍いとは言え一応感覚は通っている筈なのだが、何時の間に。

 そしてそれを成したであろう張本人を、ルピは忌々しそうに睨み付けた。

 

 

「っ…お前…!!」

 

「残念だったな」

 

 

 冬獅郎は毅然とした態度で言い放った。

 ルピの触手によって完膚無きにまで砕かれた筈の氷の翼は元通り。

 それと同時に怪我の治療も行っていたのだろう、チルッチとの戦いの中で出来た複数の切傷も跡形も無く完治していた。

 

 

「生きてたのか…」

 

「あれしきの攻撃で俺が死んだと思ったか。そいつは舐め過ぎってもんだぜ」

 

 

 冬獅郎は徐に斬魄刀を持ち上げ、その切っ先をルピへと向けた。

 彼の背後には無数の氷柱が立ち並んでおり、それは統率された動きで周囲へ展開されて行く。

 気付けばそれ等全てはルピの周囲を取り囲んでいた。

 

 

「なっ!?」

 

「俺に時間を与え過ぎたな。もはやてめえに勝ち目は無え」

 

「くそっ…!!」

 

 

 危機感を覚えたルピは、即座に弓親と乱菊を放り投げると、その場から退去しようと試みる。

 だが地面に張り付けされた六本の触手がそれを阻害した。

 残された手段は、自らその触手を半ばで引き千切るな何かしてその拘束から逃れるしか無い。

 だが生憎、自身が追い詰められる事に慣れていなかったルピは、焦燥の余り其処まで頭が回っていなかった。

 

 

「終わりだ…“千年氷牢(せんねんひょうろう)”」

 

 

 周囲を取り囲んでいた氷柱が、一斉に中央へと集まり始めた。

 ―――逃げられない。

 ルピは即座にそう悟った。

 

 今思えば確かに彼等の事を舐めていた。

 探査神経で相手が死んだか否かを判断する事もせず、勝手に死んだと思い込み、余裕をかましてダラダラと話していてこの結果だ。

 如何考えても自業自得以外の何物でも無い。

 ルピは後悔する共に絶望の表情を浮かべた。

 

 

「…え?」

 

 

 だがその死の壁はルピまで到達する事は無かった。

 ルピが背を向けている方向から突然大きな霊圧が発生したかと思うと、無数の巨大な刃が飛来。その全ての氷柱をバラバラに切り刻んだのだ。

 

 

「なん……だと…!?」

 

 

 勝利を確信していた冬獅郎は息を吞んだ。

 するとその内一枚の刃が急激に方向転換。今度は彼を標的に定め、更に加速しながら向かって行った。

 

 咄嗟に背中に生えた左側の氷の翼で防御する冬獅郎。

 だがその刃の斬れ味は想像以上で、直撃と同時に翼の半分以上の深さに食い込んだ。

 それで止まる事無く、一秒二秒と経過する内、更に奥深くへと沈んで行く。

 

 ―――刃が高速振動している。

 その事実に気付いた冬獅郎は危機感を覚えた。

 受け止めている翼の内側に、もう片側の翼を重ねると、更にその内側には斬魄刀を潜り込ませ、三段階の防御を形成した。

 

 振動剣の原理としては、刀身を高速振動させて物体を切削する、または振動によって発生した熱により溶断する事だ。

 つまりそれは斬り付けた瞬間よりも鍔迫り合いの様に受け止めた状態の方が最も効果を発揮する。

 博識な冬獅郎はそれを理解しており、防御を厚くしたとは言えこれ以上は危険だと判断し、迷わず後方へと跳んだ。

 

 

「ちっ…!!」

 

 

 始めからそれを目的としていたのだろう。冬獅郎が引くと同時に、その刃は食い込んでいた氷の翼から抜け出すと、そのまま元の場所へと戻って行った。

 向かう先はルピの居る方向よりやや上。

 其処には何時の間にか、先程氷柱を切り刻んだ無数の刃を羽として持つ巨鳥が居た。

 

 

「まったく、舐めて掛かるからそうなんのよ」

 

「チルッチ…」

 

 

 冬獅郎を追い払った一枚の刃が、本来あるべき場所である翼へと帰属する。

 帰刃形態である車輪鉄燕の姿となったチルッチは、呆然と此方を見上げて来るルピを見下ろしながら溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬閧どころか、全く予想だに出来無い行動を取り、ノイトラを完全に欺いてみせた夜一。

 彼女は自身の姿形をした義骸を両手で押し潰した後、したり顔でその豊満な胸を張った。

 

 

「ふむ、喜助は使いどころが難しいなどと言っておったが…コツを掴めばこんなものか」

 

「………」

 

 

 距離を保ったまま、ノイトラは夜一を睨み付けた。

 何か仕掛けていそうだとは考えていたが、まさか喜助が用いる筈だった道具を戦略の中に組み込むとは予想外だった。

 特製手甲は手足を完全に覆い隠すギプスの様な形状となっている為、装着中は物を掴んだりという事は一切出来無い。

 まるで初めから手甲が砕かれる事も想定していたとしか思えない。

 

 この調子だと他にも何か仕込んでいる可能性が高い。

 流石に相手に直接干渉したりダメージを与える様な物は無いと信じたいが、発明者がアレだ。警戒は必要だろう。

 

 見た所怪我一つ無い上、特製手甲は左脚のみにしか装着されていない。

 その事から、夜一が携帯用義骸と入れ替わったのは、ノイトラが本気の一振りで薙ぎ払った後から、虚弾・多重奏が放たれるまでの僅かな時間であると判断出来る。

 あの追い詰められた状況から抜け出すという、刹那の内の判断力と機敏性には脱帽だ。

 単純な戦闘能力の高さだけでは猛者とは言えない。如何なる状況下に於いても冷静な思考を失う事無く、戦況を見極め、自身の取るべき手段と経緯を明確にイメージして行動する。それが出来てこそ初めてそう呼ばれるのだ。 

 

 

「しかし、おぬしも恐ろしい男じゃのう。完成品では無いとは言え、対鋼皮用に作られたこれを打ち砕くとは…」

 

「…謝る気は無ぇぞ」

 

 

 腕を組んだ夜一は、徐に左膝を眼前まで持ち上げる。

 そのまま何かを考える様にして顎に手を当てると、脚甲をまじまじと観察し始めた。

 一体どれ程の力を加えれば壊れるのか、等といった考察でもしているのかもしれない。

 

 ―――それにしても余裕過ぎる。

 ノイトラはそう不審に思いつつ、再び斬魄刀の柄を両手で持ち、やや正眼に構える。

 やや、というのは多少斜めを向いているという意味である。

 普通の刀の様に構えると、柄尻に繋がった鎖が右脚に当たる為、踏み込みの邪魔になるのだ。

 最悪、踏み込んだ直後に脚の何処かへ引っ掛かりでもすれば一巻の終わりだ。

 鎖を外せば何も問題無いのだが、それはそれで今度はデメリットも出て来る。

 ならば多少構え辛くとも、扱いに慣れた今の形を保つ方がマシだった。

 

 ノイトラの取る構えの基本は、剣道の構えを参考にしたのものである。

 憑依前、彼は高校入学の直後までは地元の剣道団体に所属していた。

 実力は決して高いとは言えなかったが、基本には忠実で、試合に勝つ事よりも剣筋を磨く事を意識して稽古を重ねていたのを覚えている。

 故に基本は十二分に押さえており、鍛錬時の素振りの際には特に困らなかった。

 

 実際は長物には長物の扱いというものがあるので、誤った使用方法なのだろうが、学べる環境が無かったので致し方無いだろう。

 ノイトラの斬魄刀は刀とは到底言えない形状に重量を持っており、柄の握る感覚も全てが異なる。

 だが武という観点から見れば、その扱いに関する根幹は皆共通している。

 そして出来上がったのが、刃先の部分で相手を斬るのでは無く、刀身の外周部分で叩き潰す剣だった。

 一応刃の部分を用いた斬撃も練習しているが、どれも分類としては突き技が中心であり、躱された時の隙が大き過ぎる為、実戦ではほぼ出番は無いと言って良いだろう。

 

 

「尋常な立ち合いの中でそうなったのじゃ。べつに構わん」

 

 

 さて、と夜一は一息置くと、持ち上げていた左膝を下ろした。

 両足を肩幅まで開いた後に重心を落とすと、小さく呟く。

 

 

「ちと本気を出すか」

 

 

 急激に高まる夜一の霊圧。

 それと同時にノイトラの背筋に感じる悪寒、本能からの警報。

 ―――簡単に終わってくれるな。

 そう語る夜一の鋭い視線を受け止めながら、ノイトラは覚悟を決めて待ち構えた。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 訪れる沈黙。

 極限まで張り詰めた緊張感がそうさせているのだ。

 加えて互いの体感時間にも狂いが生じる。

 それこそ、一秒が何倍にも長く感じられる程に。

 

 やがてその極限まで張り詰めた糸は―――とある切っ掛けが元であっさりと切れた。

 空座町北部上空一帯に、突如膨大な霊圧が圧し掛かったのだ。

 ノイトラは即座に気付いた。その正体はチルッチだと。

 霊圧の大きさからして、どうやら帰刃を選択したらしい。

 彼女の傍にはルピ。少し離れた位置には弓親に乱菊、そして復活したらしい、先程よりも大きい霊圧を纏った冬獅郎が居た。

 

 だがそれを詳しく確認している余裕はノイトラには無い。

 何せ僅かに気を逸らした一瞬の間に、前方に居た筈の夜一の姿が掻き消えていたのだがら。

 やはり特製手甲が四分の一となった分、身体が軽くなったのだろう。瞬歩の速度が先程までとは一線を画している。

 当然、霊圧遮断のマントを身に纏っている為に、探査神経等の手段は意味を成さない。

 

 だがノイトラの勘はそれの向かう先が何処なのか、ハッキリと感じ取っていた。本人が集中していたのもあるのか、正しく手に取る様にして。

 手首を左回りに九十度返し、斬魄刀の刀身を横向きにする。

 同時進行で身体の軸ごと右回転しながら、自身の周囲を豪快に薙ぎ払った。

 

 直後、確固たる手応えが柄を通して手元に感じた。

 それは決して慣れる事の無い―――肉が潰れ、骨が砕ける不快な感触だ。

 かつて最上級大虚探索の任務内にて、何度も何度も叩き潰して来た中級以下の大虚達を思い出させる。

 

 視線を移せば、其処には八の字の刀身の外周部分が腹部に直撃し、身体をくの字に折り曲げ、口元からどす黒い血を吐き出す夜一。

 ―――引っ掛かると思ったか。

 明らかに勝負は付いている。だがノイトラは勢いを緩める事無く角度を変えながら更に回転。一周した後、もう一度背後へ、今度は斜め左上から右下に振り下ろした。

 案の定、其処には無傷な姿で左脚を振り抜く夜一の姿が。

 見ればノイトラの斬魄刀の刀身部分には黒いマントが覆い被さっているだけであった。

 

 どうやら空蝉を使用したらしい。

 事前にその歩法の情報を持っていなければ間違い無く騙されていただろう。

 

 

「!!」

 

 

 此処まで完璧に読まれるとは思っていなかったのだろう。

 夜一の目は驚愕に見開かれている。

 

 

「オオオォォ!!!」

 

 

 雄叫びを上げつつ、ノイトラは斬魄刀を本気で振り下ろす。

 これが直撃すれば、その脚甲は間違い無く砕け散る。

 先程夜一が両手右脚の三つ掛かりで防御した事を考慮すると、脚甲の破壊と同時に左脚も使い物にならなくなる筈だ。

 下手すれば重度の粉砕骨折か、最悪はバラバラに弾け飛んだり引き千切れる可能性も有るが―――其処は喜助の技術力辺りに期待するしか無い。

 あの喜助の事だ。もし夜一が藍染との決戦に参加出来無いとなれば、何か別なギミックも用意する筈である。

 

 今のノイトラに相手を気遣っていられる様な余裕は無いのだ。というか、そんな隙を見せれば一気に形成を逆転されてしまう。

 ―――申し訳無いが、此方も引けないのだ。

 そんな内心を誤魔化す様に、ノイトラは斬魄刀へ更に勢いを乗せる。

 

 思い付きの言い訳だったとは言え、全十刃の存在する場で堂々と最強を謳ったからには、それなりの結果を残さねばならない。

 でなければノイトラを待っているのは嘲笑の嵐。そして所詮は口先だけの輩という肩書が刻まれるだろう。そうして侮られてしまえばオシマイだ。

 未解放のまま戦い続ける事に拘っているのはそういった理由に加え、他にもある。

 帰刃すれば耐えられる、捌ける、勝てる。この帰刃すれば云々、というのは言い訳に過ぎないのでは、というのがノイトラの考えだ。

 それは即ちそうしなければ自分は負けてしまうという事実の証明。最強を名乗るのであれば、未解放で大抵の者には勝てる位のスタンスで居なければ説得力も何も無い。

 そしてノイトラが常に仮想敵として見据えているのは藍染だ。少し劣勢になった程度で逐一帰刃している様では、彼には到底敵う筈が無いだろうと考えからも来ている。

 

 確かに帰刃は素晴らしく気分が良い。あの際限無く湧き出る力の奔流と全能感は麻薬にも等しい。

 破面達が他種族を見下すのも頷ける。

 

 だがやはりノイトラの感性としては、帰刃は余り好ましいものではなかった。

 その感覚に慣れ、または溺れてしまうのもあるが、何より大きいのは普段眠っている筈の戦闘狂的感覚が暴走しそうになるからだ。

 普段の鍛錬では極限まで集中力を高めた状態で、且つ暴走する暇が無い程に消耗した後に帰刃する上、相手も偶像の藍染以外は居ないので余り問題は無い。

 だが今は拙い。最悪、前回の様に暴走すれば、自分を止められる者は此処には居ないのだから。

 頼みの綱であるウルキオラはグリムジョーの方へと向かうだろうし、そうなれば一秒でも早く反膜による回収が始まらねば何が起こるのか不明だ。

 

 

「んなっ…!!」

 

 

 だがそんなノイトラの思いとは裏腹に、彼が有利で進んでいた筈の戦況は急変する。

 斬魄刀と左脚が激突する瞬間―――夜一の霊圧が爆発的に膨れ上がり、前者が押し負けるという結果に終わったのだ。

 

 

「まさかソイツは…!!!」

 

「惜しかったのう、破面よ!!」

 

 

 斬魄刀を弾かれた勢いで、その体勢を大きく崩したノイトラ。

 露出した両肩と背に高濃度の霊圧を纏った夜一は、左脚を振り抜いた体勢から、霊子の足場を踏み台に瞬歩を発動。瞬時にその懐へと入り込んだ。

 脚は使えない。構えも取らず下手に蹴撃を繰り出せば特製手甲の重さで体幹が崩れてしまう上、何より間合いが近過ぎるからだ。

 だが両手ならば問題無い。

 そう判断した夜一は、ノイトラのがら空きな腹部目掛け、左掌を叩き付けた。

 高圧電流が弾けた様な音が響き渡ると同時に、ノイトラは凄まじい勢いで地面目掛けて吹き飛ばされて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはルキアにとって信じられない光景だった。

 何処から如何見ても詰みの状態だった一護。

 それが―――今は如何だ。顔には虚の仮面を被り、全身から禍々しい霊圧を纏いながら相手を圧倒しているではないか。

 

 

「どうしたよグリムジョー! 随分と動きが悪いじゃねえか!!」

 

「ガ…ハァッ!!!」

 

 

 防御に回された斬魄刀を押し切り、その胴を横薙ぎに斬り裂く。

 グリムジョーは鮮血を撒き散らせながら、後方の数軒の住宅を破壊しながら吹き飛ばされて行く。

 

 先程から同じ様な事の繰り返しだった。

 死角からの攻撃を仕掛けても、振り向きもせずに素手で刀身を掴んで止められ、放り投げられる。

 防御に回ってもそれは何の意味も持たず、力尽くで押し切られて終わる。

 正にグリムジョーにとっては打つ手無しな状況であった。

 

 

「一護…!!」

 

 

 瓦礫の中から何とか這い出したルキアは、ほぼ半死に等しい相手を何の躊躇いも無く蹂躙する一護の姿に絶句した。

 何処から如何見ても暴走状態なのは明白。何時ぞやの恋次との初戦を彷彿とさせる。

 

 以前から一護が何か新たな力を得ようと悩み、秘密裏に行動していたのは知っていた。

 それがまさかあの様な―――虚の力を取り込むらしきものであるとは思いもしなかった。

 

 死神が正であれば、虚は負。正しく対を成す存在同士だ。

 ルキアは嫌な感覚が拭えなかった。

 それを混ぜ合わせるというのは、即ち虚が死神の力を得た形である破面と同類なのでは無いかと。

 

 

「止めろ一護!! 今己が何をしているのか気付いているのか!?」

 

 

 ルキアは必死に呼び掛ける。だが距離が遠いのか、はたまた一護自身に聞く気が無いのかは定かでは無いが、状況は変わらない。

 あんな者は一護では無い。只の化け物だ。

 敵対した相手の命を奪う事すら躊躇する程に甘い彼が、こんな真似をする訳が無い。

 余計な事にまで気を遣っては無駄に落ち込み、自分を責める精神の不安定さも持つが―――誰よりも優しい。

 

 認められるものか。もしこのまま放って置けば、一護は間違い無く一護では無くなってしまう。

 ルキアは直感からそう感じた。

 

 

「ぐ…っ!!」

 

 

 何とかして止めねばと身体を持ち上げるが、直ぐに倒れ伏す。

 至近距離での虚閃の直撃を受けたのだ。重傷では無いにしても、満足に戦える状態では無かった。

 何せ虚閃を放ったのはグリムジョーだ。塵にならなかっただけマシと思うべきかもしれない。

 

 ルキアが一人奮闘している間も、状況は更に悪化の一途を辿っていた。

 地面に膝を着き、息も絶え絶えのグリムジョーを、一護は先程の仕返しだと言わんばかりに横合いから蹴り飛ばした。

 通常なら未だしも、虚化した状態で放たれた蹴りだ。

 グリムジョーは地面を抉りながら吹き飛ばされ、やがて先程一護が蹲っていた場所まで辿り着いた。

 

 恐らく狙って遣ったのだろう。その事実を悟り、屈辱に顔を顰めるグリムジョーの

近くに、一護は瞬歩で降り立った。

 その肩は小刻みに震えており、如何にも笑いを堪えている様だった。

 

 

「さっきとは真逆の展開だな?」

 

「て…めえ…!!」

 

 

 此処までされては、グリムジョーも我慢の限界だった。

 残り少ない力を振り絞り、全身に霊圧を籠めて、帰刃の準備を整える。

 

 

「“(きし)れ―――”ゴフッ!!」

 

「させねえよ」

 

 

 グリムジョーは斬魄刀を掲げて解号を唱えんとした瞬間、一護はその右手を蹴り飛ばした。

 その手から離れ、地面を転がって行く斬魄刀。

 そして流れる様にして、今度は地面に叩き付ける形で、上から頭部を踏み付けた。

 

 苦しそうに呻くグリムジョーを見下ろす一護。仮面に隠れてその表情は見えないが、加虐的な笑みが浮かんでいるのは間違い無いだろう。

 まるで完全なる悪役だ。如何考えても主人公の姿ではない。

 帰刃という最後の抵抗の術すら失ったグリムジョーに対し、一護は更なる追い討ちを掛ける。

 

 

「そら、さっきのお返しだ」

 

「ギッ…ガアアアアァァァ!!!」

 

 

 この体勢から何とか抜け出そうと地面を掻いてもがいていた右手に、自身の斬魄刀を突き立てたのだ。

 漆黒の刀身はグリムジョーの鋼皮を斬り裂いて貫通し、地面に縫い付ける。

 あろう事か、一護は自身が遣られた事をそっくりそのまま返したのである。

 

 

「止めろ…!! それ以上は…!!」

 

 

 如何考えても今の一護は正気では無い。

 もしも織姫がその姿を見たら、何を思い、何を言うだろう。

 このまま一護を放って置けば確実に勝利で終わるだろうが、同時に彼はそれと引き換えに大切な何かを失ってしまう。

 そうなればもはや取り返しの付かない事になると、ルキアは悟っていた。

 

 

「頼む…誰でも良い! 一護を止めてくれ…!!」

 

 

 遠目から見ていたルキアは必死に懇願するが、それを嘲笑うかの様に、一護は止めの一手を打たんとする。

 

 

「そろそろ終わりにするぜ…」

 

 

 斬魄刀の柄を握っていた右手を放すと、徐にその掌をグリムジョーへと向けた。

 するとそれに禍々しい霊圧が集束して行く。

 一体それが何の意味を持つのか、グリムジョーには理解出来た。

 

 

「虚閃…だと…!?」

 

「さっきてめえが言い掛けた台詞だ……頭ごと消してやるよ」

 

 

 集束する霊圧量は、先程のグリムジョーのそれの比では無い。

 あながち一護の言っている事に間違いは無い。

 だがこのまま虚閃が放たれれば、確実に周囲一帯に尋常では無いレベルでの被害が及ぶだろう。

 それだけでは無い。もしこの後一護が正気に戻り、暴走したとは言え自分が満身創痍のグリムジョーを散々甚振った末、跡形も無く消し飛ばして勝利したと知った場合、何を思うのか。

 

 自分自身が忌み嫌う、敵であろうとも相手を踏み躙るという行為を犯したのだ。

 誰よりも優しく、責任感が強い一護の事だ。只管に自分を責め、こんな奴が仲間と共に居る資格は無いと判断し、一人孤独で戦う道を選択してしまいかねない。

 そしてやがては自分を犠牲にしつつ、他者を救うために手段を選ばない存在―――所謂ダークヒーローとしての道を歩むのだろう。

 一護を知る者達は悲しむだろうが、そんな事は御構い無し。

 自分には救いなぞ必要無い。最後まで孤独のまま誰かの為に戦い、人知れず野垂れ死ぬのが御似合いだと。

 

 

「じゃあなグリムジョー」

 

「クソがァァァ!!!」

 

 

 必死の形相で叫ぶグリムジョーを鼻で笑いながら、一護は虚閃を放った―――と思われた。

 

 

「な…!?」

 

 

 放たれる直前、その掌に集束していた筈の霊圧が拡散したのだ。

 見れば一護の右腕には何者かの手が添えられていた。

 

 

「…勘弁せえや。なんでワイが首ツッコまなアカンねん」

 

 

 一護は弾かれる様にして右側に振り向く。

 其処には至極面倒臭そうな表情を浮かべた真子が居た。

 

 

「平子…!!」

 

「もう止めんか一護。こないな形で勝っても嬉しかないやろ」

 

 

 殺気立った様子で睨み付ける一護に対し、真子は静かに語り掛ける。

 力に吞まれて暴走している者に対して、その程度では意味は無いと理解していながら。

 

 真子は初め、必要以上に一護達の戦いに介入する予定は無かった。

 彼の目的はあくまでこの町周辺への被害の軽減と、一護の死の回避だ。

 そうでなければ終始傍観していようと考えていた。

 

 だが状況は思った以上に悪化した。

 序盤は圧倒していたにも拘らず、途中で虚化が解けた一護が逆に追い込まれたのは良い。想定の範囲内だ。

 援護に入ったルキアが手痛い反撃を受けて早期に退場した事についても同様だ。

 

 ―――冗談きついで、ホンマ。

 まさか其処で再び虚化が発動し、半ば理性を失って暴走し始めるとは思いもしなかった。

 幸いだったのは、それが精神世界にて完全に屈服させた筈の内なる虚の人格が復活し、表に出てきた訳では無いという部分か。

 こうして近くで話しをしてみれば判る。影響は受けている様だが、大部分は一護のままだ。

 実際、完全に内なる虚に支配された状態になれば、言葉を持たない化け物と化す。

 そうすれば戦闘を長引かせる様な面倒な真似はしない。力の一切を隠さず、敵が死ぬまで終始徹底して容赦無い戦法を取る筈だ。

 

 恐らく一護がこの行動を取ったのは、彼本来の意志と虚の意志が鬩ぎ合った結果なのだろう。

 例え敵であろうとも、極力殺したくない。敵は敵、容赦する必要は無い。

 相反するこの二つが中途半端に混ざり合った結果、グリムジョーを殺す事無く長時間甚振り続けるという行動に繋がったのだ。

 

 

「嬉しいとか嬉しくないとか関係無え!! 邪魔すんな!!」

 

「ほんなら別に無抵抗の奴を嬲り殺しにする必要あらへんやろが」

 

「黙れよ!! それにこいつを放って置いたら…また―――!!」

 

「…やっぱそうかい」

 

 

 その声に焦燥が含まれているのを感じた真子は確信した。

 現状に至るまでの経緯や行動はアレだったが、やはり本質はそのままだったのだと。

 

 今一護が抱いているのは―――危機感。

 彼は破面の手によって、今迄に二度、仲間を酷く害されている。それも自身の目の前でだ。

 仲間をこれ以上傷付けられたくない、その為には力が必要だと、そう渇望したのだろう。

 そして―――吞まれた。

 これでもう大丈夫だ。仲間を傷付けられない位に自分は強くなった。それを必死に証明するかの様に、相手を蹂躙する事で。

 

 真子は溜息を吐きながら、一護の右腕を放した。

 だがそれは先程の行動を容認した訳では無い。

 その証拠に、真子の右手は腰に差した斬魄刀の柄に添えられていた。

 

 

「平子…まさかてめえ…!!」

 

 

 グリムジョーの腕を貫いていた斬魄刀を、一護は咄嗟に引き抜いて構えた。

 だが真子はそれを見ても慌てる事無く、淡々と語り続ける。

 

 

「済まんなァ、一護。仮面の軍勢(ワイ等)にとって、オマエは必要なんや」

 

 

 如何なる状況下に置かれ様とも、一護は全ての元凶たる藍染を止める事を選択するだろう。

 だが精神が不安定な状態では拙い。

 虚言や洗脳といった、相手の心を揺さぶる様な言動は藍染の十八番だ。

 そんな彼に一護が対峙すれば―――いとも容易く掌の上で弄ばれるに決まっている。

 最悪は仲間に引き込まれる可能性だって有る。それだけは回避せねばならない。

 

 真子は空いた左手を眼前まで持ち上げる。

 すると次の瞬間、その顔をツタンカーメンを連想させる様な仮面が覆っていた。

 

 

「せやから…いまは眠っとけ」

 

「なん…!!?」

 

 

 直後、一護は何か甘い臭いを感じたかと思いきや、視界が黒く塗り潰された。

 意識を失う直前の彼の視界に映った光景は、眼前にて逆様に立つ真子が自身の眼前へと斬魄刀を突き出した姿だった。

 

 

 




書いてて感じた、こんな展開ねぇよ感。
うむうむ、良い感じにシリアル感が出てきたぞ(ニッコリ

後スマンね豹王さん。この誘拐編では軋らせる心算は無いんだ。





捏造設定及び超展開纏め
①滅火さんの実力。
・誰にも気付かれる事無く浮竹さんを背後からぶち抜く。
・一撃で白をノックアウト。
・多分帰刃形態で卍解した69さんを倒してる。
・効いてる効いてないは別にしても、山じいに何度か攻撃加えてる。
・これだけの実績があれば、多分第5十刃以上は固いのでは?という推測。
②虚夜宮内での情報共有の実態。
・話し好きなのに喜助の事知らない蔦嬢。
・ベリたん侵入時、ただの餓鬼じゃないか発言した大帝さんとか、態々説明し始めた藍染様とか。
・以上の点より……テキトーに設定しました済みません。
・多分結構な部分が規制されているのか、積極的に知ろうとしないとわからない形になっているのかと推測し、後者を選択しました。
③特殊手甲の性能。
・瞬閧発動状態では白長藍染様に罅を入れる程に強力だけど、ふと気を抜いた瞬間に破壊されたので、本来の耐久性はそれ程でもないのかと。
・作中に出て来る試作品は、完成品に重量を増した程度と考えてもらえれば。
④悪堕ちベリたん。
・主人公の悪堕ちというか、ダークヒーロー化とか大好物です。
・仲間想いで、責任感強くて、優しくて、そんな主人公がボロボロになりながら一人で戦って、最後に救われる展開とか胸熱やでぇ…。
・取り敢えず今回のは物語のズレに対応すべく発動した主人公補正による強化回ですので御安心を。



後いい加減本気で手直しを始めようと思います。まずは今週中に五話まではやりたいなぁ。

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