三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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最近露骨なネタ臭が薄い事に危惧している作者です。シリアル傾向はキープしていく心算ですが、やっぱり内容ネタだけじゃ物足りない気がします。

腕を上げる為に文章を真面目っぽく書いてるのが裏目に…。


第二十三話 豹王と主人公補正と、三日月と黒猫と

 地面に叩き付けられ、俯せの状態から何とか身体を持ち上げた一護。

 既に仮面は砕け、虚化は解けている。その隙に胸部横一筋に深々とした太刀傷を刻み込まれた上、虚化の影響で霊圧も体力もほぼ限界に等しい。

 そんな極限状況の中、彼は眼前に立つ、全身が血塗れ状態にも拘らず、勝者の浮かべる余裕の笑みを崩さないグリムジョーを睨み付けていた。

 

 悲鳴を上げる身体に鞭を入れ、右手を持ち上げて顔を覆い隠す様に構え、何とか再び虚化の象徴たる仮面を出そうと試みる。

 だが仮面が形成されんとする様子は見受けられるが、それだけ。

 本来であればほぼ一瞬で形となる筈のそれは、一向に姿を見せない。

 

 

「どうした!! なんも起きてねえぞ死神ィ!!」

 

「グアッ!!!」

 

 

 グリムジョーは隙だらけな一護の横っ腹に蹴りを叩き込む。

 十刃落ちとは言え、只の破面を凌駕する実力を持つ者が繰り出した手加減無しの攻撃だ。

 一護は何軒もの住宅を薙倒しながら、数百メートルもの距離を吹き飛ばされて行く。

 

 グリムジョーはすかさず響転で距離を詰めると、何とか立ち上がらんと足掻く一護を見下ろしながらその笑みを更に深めた。

 

 

「ハッ! どうやらさっきの仮面は、一度壊れたらもう出せねえらしいなァ!!」

 

「ゼェ…ゼェ…」

 

 

 その強さだけでなく、注目すべきは圧倒的なタフネス。

 あんな傷を負っていながら、何処からあんな力が出せるというのか。

 呼吸を乱しながらも、一護は何とか斬魄刀を握る手に力を入れる。

 だが出来る事といえば、こうして睨み付ける事程度。

 今更ながら後悔した。こうなると判っていれば、せめて仮面の軍勢の拠点を飛び出す際、鉢玄に回復を頼んだ方が良かったと。

 

 

「…いや、出す構えを取るってことはそういう訳でも無えのか…」

 

 

 口元を吊り上げながら、グリムジョーは悠々と一護の虚化に対する推測を述べ始める。

 此処にノイトラが居れば、この状況であれば特に何を語ろうが問題無いなと納得していただろう。

 余り喋り過ぎればフラグにもなるけどな、と最後に付け加えて。

 

 ―――頼むから動いてくれ。

 一護は内心で必死にそう訴えるが、その全身は鉛の様に重いままだ。

 辛うじて上体を持ち上げる程度しか叶わず、このままではグリムジョーより齎される死を待つしか無かった。

 

 

「だがダメージを受け過ぎたせいか、霊力を削られちまってるせいか、それとも回数制限か…」

 

 

 グリムジョーは完全に勝利を確信しているのだろう。構えも何も取らずに、満身創痍の一護へとゆったりとした足取りで近づいて行く。

 

 

「何が理由かは知らねえが、とにかくあの仮面は―――」

 

 

 やがてその距離が一メートルを切った時、所々刃先が欠けてボロボロとなった斬魄刀を逆手に持ち替えると、切っ先を下に向けた。

 それが辿り着くであろう先には、一護の右手首。丁度彼が斬魄刀を正眼に構えたまま硬直している為、その下には左手首が影に隠れている。

 グリムジョーはそれ目掛け、一気に振り下ろした。

 

 

「ッ!!」

 

「今はもう、出せねえ。そうだろ?」

 

 

 刀は容易に右手首の骨を、そしてその下の左手首をも同様に貫通し、地面に突き刺さった。

 これで一護は両手を完全に縫い付けられ、文字通り手も足も出ない状態となった。

 もはや彼はそれを抜き取ろうとする力すら残っていない。

 

 敗北寸前どころか、もはや詰みの状態だ。

 逆転など夢のまた夢。グリムジョーの性格上、生き残れる可能性も皆無だろう。

 一護は絶望に打ち拉がれた。

 今迄も何度か同様の状況に置かれた時は在った。そしてそれ等全てを自身の揺るぎ無い意志の元、乗り越えて来た。

 だが今回ばかりは違う。一切の希望も見えない、絶体絶命の窮地。自身の力では如何にもならない所まで来てしまっていた。

 

 グリムジョーは呆然と此方を見上げて来る一護の眼前に自身の右手を掲げる。

 その掌に青色の霊圧が集中して行く。

 

 

「心配すんな、この距離での虚閃だ。仮面を被る頭ごと消して―――ッ!!!」

 

 

 虚閃は発射地点からの距離が開けば開く程範囲が広がり、威力も下がる。

 だがその逆は、範囲が狭まる分、威力も必殺に等しいと言える程まで高まる。

 イメージとしてはノズルから霧状噴射する水か。霧と化したそれは只冷たいだけだが、根本の噴出部分へと触れれば冷気の他にも痛みを感じるそれと同じだ。

 例え死神としては並外れた頑丈さを持つ一護だろうと、これ程の至近距離では只では済まない。

 

 やがて霊圧がその集束を終え、放たれんとした瞬間―――突如としてその右手に加え、膝から下が大量の氷に覆われた。

 グリムジョーは目を見開きつつ、自身の右手を見遣った。

 集束していた筈の霊圧は、その繋がりが氷という異物によって断たれた事により、完全に拡散してしまっていた。

 

 

「“次の舞―――”」

 

 

 直後に耳に入った、この場には居合わせる筈の無い第三者の声。

 そしてその方角より感じられる霊圧の高まり。

 グリムジョーに続いて、一護もその方向を振り向いた。

 

 其処には刀で地面を順に四ヵ所突き、右顔前に逆さにした刀を構え、その切っ先をグリムジョーへ向けているルキアが居た。

 幕末期の実戦剣術に於いて有効な剣法として活用されていた“突き”。それに長けたその構えからは、言い様も無いプレッシャーを感じていたらしく、グリムジョーの顔には焦燥が浮かんでいた。

 

 

「“白漣(はくれん)”」

 

 

 先程突かれた地面の四ヵ所から、桜吹雪を連想させるかの様な白い冷気の花弁が舞い上がり始める。

 やがてそれはルキアの呟きの直後、一気に数を増すと同時に、身動きが取れないグリムジョー目掛けて一気に雪崩込んだ。

 

 彼はそのまま為す術も無く飲み込まれる―――等という事は無かった。

 咄嗟に迫り来る冷気に籠められた霊圧を読み取る。するとこの攻撃が自身の命を脅かす様なレベルでは無いと判明した。

 ならば別にこのまま直撃を食らっても問題は無い。直ぐ様氷をぶち破ってお礼を返せば良いだけなのだから。

 だがグリムジョーは気に入らなかった。

 自分は王だ。相手が強者なら未だしも、こんな雑魚に対して騙し討ちの様な情けない真似、出来る訳が無い。そんな様では何時まで経ってもノイトラに勝てないままだろうが、と。

 

 それに以前、治療室が機能していない時間帯にも拘らず、態々雑務係の破面にアポを取ってまで治療を受けさせてくれたという借りまで作ってしまっている。

 その時に向けられたノイトラの呆れた様な表情を思い出す。

 この戦場で無様な姿を晒しては、また同じものを向けられるかもしれない。それだけは御免だった。

 

 

「…舐めんじゃねえぞクソがァ!!!」

 

 

 刹那の思考の内にそう考えたグリムジョーの行動は早かった。

 まず右手の氷を砕き、自由にする。次に足と行きたい所だったが、生憎そんな余裕は無い。

 そう判断したグリムジョーは、迫り来る冷気の雪崩に向けて瞬時に虚閃を放った。

 ロクに霊圧を収束しなかった影響か、その色は白い。

 だが威力は十分で、瞬く間に冷気を吹き飛ばしただけに飽き足らず、そのまま直進。その先に佇んで居るルキアへ襲い掛かった

 その間、グリムジョーは既に足元の氷を砕いて拘束状態から脱していた。

 

 

「そんな…馬鹿な…ッ!!」

 

 

 予想外の反撃に、ルキアは思わず反応が遅れた。

 先程までの虚化した一護との戦闘時から、グリムジョーの咄嗟の反応速度は目を見張るものがあるとは理解していた。

 ―――躱し、切れない。

 だが予測が甘かった。そう悟ると同時に、内心で一護に謝罪した。

 助けに来た筈が、全くその役割を果たせぬまま退場してしまうとは何と無様な事か。そう歯噛みしつつ、ルキアは虚閃の中に飲み込まれた。

 

 

「ルキアッ!!!」

 

 

 一護は吹き飛ばされたルキアに対し、咄嗟に霊圧探知を行った。

 流石に死んだ訳では無い様だが、反応は弱弱しい。

 

 

「なるほどな…右腕だけじゃ足りなかったっつー訳か」

 

「ッ…止めろグリムジョー!!」

 

「少し待ってろ死神。てめえの相手は後回しだ」

 

 

 ルキアの居る方角へ歩き始めるグリムジョーに対し、一護は必死の表情で制止の声を上げる。

 だがそれは鼻で笑われるという形で一蹴され、何の効果も無かった。

 

 ―――また、なのか。

 仲間が危機に瀕しているのに、自分はまた何も出来ずに終わるのか。

 何処のどいつだ、両手に抱えられる程度では無く、山ほどの人を守りたいと豪語した奴は。

 自分の仲間すら満足に助けられず、しかも逆に助けられている様な奴が、その他大勢を助けられる訳が無い。

 

 動け。立ち上がれ。貫通している刀如き、それごと引き抜いてしまえ。

 護るんだろう黒崎一護。その為なら幾らでも己が身を削れ。命を原動力として燃やせ。

 

 

「だから―――!!!」

 

 

 ―――もっと、力をくれ。

 自分は如何なっても良い。仲間さえ守れればそれで十分だ。

 だからこの状況を打破出来る、圧倒的な力をと。

 心の奥底より一護は叫び、渇望した。

 

 次の瞬間、その叫びに応えるかの様に、彼の身体に変化が起こった。

 限界だった筈の霊圧と体力が回復し、全身に圧し掛かっていた重さも、傷の痛みも消え失せる。

 余りに突然過ぎる出来事に、一護は当然戸惑った。

 だが一先ず考えるのは後回しにした。今はこれを好機とし、即座に反撃に転じるべきだと。

 足全体に力を入れて立ち上がる。それと同時に、地面へ縫い付けられている両手首を、グリムジョーの斬魄刀ごと持ち上げた。

 

 

「…てめえッ!?」

 

 

 驚愕するグリムジョーを余所に、一護はまず先に左手首を引き抜いた。

 傷口から盛大に噴き出す鮮血。だがそれをものともせず、残る右手首を貫く刀身をその左手で鷲掴みにして引き抜く。

 その間、一護の顔は全くの無表情。まるで傷の痛みなど何も感じていない様にしか見えない。

 

 驚愕から全身を硬直させているグリムジョーの足元目掛けて、その引き抜いた斬魄刀を投げ捨てる。

 彼がそれを拾う姿を確認しつつ、気付けば一護は無意識の内に自身の顔を右手で覆い隠していた。

 

 ―――ホントにしょうがねえ(やつ)だな、まったく。

 一護の顔に再び仮面が形成された瞬間、何処からかそんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喜助が到着したのと、ワンダーワイスの姿が掻き消えたのはほぼ同時だった。

 だがそうなる事を始めから予測していたノイトラに、特に驚きは無かった。

 先程から感じる胸騒ぎを気に留めつつ、現時点での行動方針を決める。

 取り敢えず一人で突っ走ったワンダーワイスを回収した後、代わりに喜助の相手をするのが理想か。

 

 だが見る限り、ワンダーワイスは明らかに正気とは思えない表情をしている。

 まるで新しい玩具を得た子供の様でありながら、何処と無く狂気を孕んだ凶暴性を感じさせるそれ。

 恐らく藍染が何か仕込んでいたのだろう。ワンダーワイスの試験運用か、喜助の能力の調査か、どちらにせよ普通に声を掛けても意味が無いだろう。

 ならば拳骨なり何なり、ショック療法にて正気に戻すだけだ。

 そう考えたノイトラは響転で移動しようとした―――直前、ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 

 

「先に謝っとく、悪ぃ」

 

「へ? …ってきゃあああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ノイトラは直感に従って、咄嗟にチルッチの服の襟を掴むと、適当な方向へと放り投げる。

 やや手加減を誤った為、結構な勢いで吹き飛んで行っているであろうチルッチに内心で謝罪しつつ、周囲を警戒する。

 即座に思考を戦闘モードへと切り替え、何時どのタイミングに仕掛けられても対応出来る様、その場で腰を低くして構える。

 勿論探査神経は発動してある。だがそれによると周囲には一角を除いた死神三人と喜助以外の敵の霊圧は全く存在していない。 

 だがノイトラは確信していた。此処には必ず彼等以外にも誰かが居ると。

 

 霊圧を消す手段など幾らでも有る。何故かそれを戦闘に使用する者は少ないが、兎に角今は霊圧探知以外での対処を取らねばならない。

 ―――探査神経が駄目なら、直接気配を探れば良い。

 ノイトラは目を閉じ、聴覚と一緒に第六感の感度を最大まで引き上げた。

 

 

「!!」

 

 

 ノイトラがその存在を察知すると同じタイミングで、彼の頭部に影が覆い被さった。

 ―――近過ぎる。

 何と言う隠密能力か。探査神経に引っ掛からない程に霊圧を消し、この距離になるまで気配を全く悟らせないとなると、該当する人物は一人しか居ない。

 ノイトラは閉じていた目を開くと、即座に響転でその場から退避する。

 

 直前に何かが空を切る音を耳にしながら、五十メートル程離れ、元の位置に視線を移す。

 だが其処には何者も存在しておらず、大きな黒い布が二枚、その周囲を舞っているだけだった。

 

 ―――アレは、確か。

 ノイトラはそれに心当たりがあった。

 良く見ると元は一つであった物が真っ二つに両断された様に見受けられる。

 イメージの中でそれを元通りに組み合わせると、人の頭部から下までをスッポリと覆い隠すマントの形となった。

 記憶を辿る限り、それを身に纏っていたのはかつて護廷十三隊に所属していた頃の喜助。

 そしてそのマントの持つ効果は―――霊圧の遮断。

 

 其処まで考えた直後、ノイトラは反射的に右手で斬魄刀の柄を掴み、背中より抜き放つ。

 8の字の刃を下に向け、その腹の内側に左手を添えて盾代わりにし、左真横から迫り来る何かから頭部を防御する。

 

 響き渡る轟音。まるで硬質な金属同士が凄まじい勢いで衝突したかの様だ。

 発生した衝撃が周囲一帯の空気を震わせ、下の森林地帯の木々を軋ませる。

 ノイトラの両手から腕に掛かった圧力は、未だ嘗て経験した事が無い程に大きい。

 虚圏と比較すれば遥かに少ない現世の霊子を掻き集め、足場を更に強化して踏ん張る。

 

 

「オ、ラァッ!!」

 

 

 勢いが弱まるのを見計ったノイトラは、両腕に力を籠めると、それを一気に弾き返した。

 手の内に僅かに残る痺れを感じながら、軽やかに眼前へと降り立った人物目掛けて口を開く。

 

 

「…不意討ちとか、随分とらしくねぇ真似すんのな」

 

「勘違いしてもらっては困るのう。儂は元来これを主にしておる。どこも不自然ではあるまいて」

 

 

 その人物―――四楓院夜一は不敵な笑みを浮かべながらその挑発を軽く流した。

 今の彼女の恰好は、初心な男であれば思わず凝視していしまいそうになる、極めて露出度が高い特別製の刑戦装束。

 そして特筆すべきは―――喜助の発明品である、藍染との決戦時に用いられる筈の対鋼皮用の特製手甲を両手足に装着している事。

 

 ―――御披露目には幾ら何でも早過ぎる。

 それの持つ威力を知っているノイトラは、自身の頬が引き攣るのを感じた。

 崩玉と完全融合を果たす途中の藍染の外皮すら破壊するその装備に、瞬閧を出すという前提条件を加えれば、その脅威の度合は前回よりも数倍は上。

 明らかに本気で潰しに掛かって来ている。

 

 襲撃者の正体については直前に悟っていたが、特製手甲の事は想定外だった。

 ノイトラは柄を握る右手から余計な力を抜き、精神を落ち着かせる。

 

 

「ん? なんじゃおぬし、そんなに左脚と特製手甲(コレ)が気になるか?」

 

 

 夜一は徐に左脚を持ち上げると、ノイトラを煽る様にしてブラブラと揺らし始めた。

 自分はお前の知らない事を知っているのだぞとでも言いたげな、優越感溢れる視線を向けながら。

 

 

「…主に脚の方だけどな」

 

 

 抱いた疑問については大凡だが想像は付いている。

 後者については所謂試作品というやつだろう。記憶の中にあるそれと眼前のそれを比較すれば、明らかに形状が無骨で大きい事が判る。

 見た目通り重量もそれなりに有る様で、夜一の身体の筋肉の強張り方を見るに、四肢の末端に掛かる重量に抗っている様に見受けられた。

 現在持ち上げられている左脚も、揺れる度に彼女の上体がやや前後している。

 やはり試作品は試作品らしく、破壊力等の効果は十分だが実用性まで考慮した調整は成されていないのだろう。

 

 作成者が普通の感性を持っていれば、ほぼ確実に使用許可は出さないであろう代物だ。

 実際、喜助が実戦で用いる研究品は大抵がほぼ完成していると言っても過言では無い。

 携帯用義骸等が良い例だ。今は未だ未登場ではあるが、利便性が高い分扱いが困難の為、喜助以外には使用不可能であるそれは、実験と検証も兼ねていた為に使用されたのだろう。

 夜一の装着している特製手甲についても、喜助自身が使用可能な範囲まで開発を進められればその限りでは無いのだろうが。

 

 

「あれしきの怪我なぞ、唾でもつけておけば直ぐに治る。儂の身体は特別なのでの」

 

「…そうかよ」

 

 

 ―――流石にこの場面で正直に答えてくれる訳は無いか。

 一番知りたかったのはその事だったのだが。ノイトラは内心で舌打ちした。

 如何にこの世界の住人が敵の疑問に対しても律儀に答えてくれる性分であるとは言っても、限界は有るという事だ。

 

 自身の失態による負傷を秘匿したいであろう夜一の性格上、他者に治療を頼んだとは考えにくい。

 一番有り得ないのは織姫だ。他の者に対しては素っ気無い態度を取る夜一だが、意外と彼女の事は気に掛けている。怪我の存在を知れば余計に気を遣うであろうと想定し、何も言わない筈だ。

 だからと言って喜助の薬を処方したというのも、イマイチ説得力に欠ける。

 

 ならばやはり可能性として高いのは、夜一自身の持つ高い自然治癒力の結果だろう。

 日常的に戦いや過酷なトレーニングの中で自身の身体を痛め付け、鍛えている格闘家やプロレスラーの自然治癒能力は一般人を凌駕するのと原理は同じ。

 彼等の中には軽い骨折程度の怪我をたった数日程度で治してしまった例もあると聞いた事があったノイトラは、多分夜一もそうなのだろうと当たりを付けた。

 史実でもものの一日で私生活には支障が無い程度に回復した彼女の事だ。例え骨が砕け様とも、多少の措置を施しただけで知らぬ間に回復していそうだ。

 

 

「気遣いは無用じゃぞ? ほれほれ、遠慮なく掛かってくると良い」

 

「………」

 

 

 手招きの代わりのなのか、夜一は一定のリズムで両手の手甲を打ち合せ始める。

 ノイトラは無言のまま巨大な斬魄刀を右肩に担ぐと、重心を低くして静かに戦闘態勢を取った。

 

 想定外の事態ではあるが、実を言えばそれ程緊迫している訳でも無い。

 だが咄嗟にチルッチをこの場から離脱させたのは正解だった。

 先程の一撃を受け止めて解ったが、試作品と言えども、あの特製手甲は並の破面は疎か下位十刃の鋼皮ですら破壊せしめる威力を持っている。

 加えて夜一の技量と瞬閧の事を考慮すれば、少なくとも帰刃形態の上位十刃が相手でなくては話にならないだろう。

 

 ノイトラは構えを解かぬまま、先程から激しい戦闘音を発生させている喜助とワンダーワイスの居る方角に視線のみを向けた。

 表面上は喜助の劣勢だ。下手すれば並みの十刃を上回るであろう実力を持つワンダーワイスは、響転を多用した目まぐるしい動きで相手を翻弄し、ピンク色の虚弾を連射している。

 背中に背負ったクレイモアを思わせる斬魄刀を使用する様子は一切無い。

 藍染の事だ。ワンダーワイスが山本総隊長への切り札である事を悟らせない為、些細な情報も与えたく無いのだろう。

 それが更に得体の知れなさを助長させ、喜助の意識を完全に織姫から逸らす事にも繋がると予想して。

 

 その当人は現在、らしくも無く余裕の無い切羽詰まった様子で、瞬歩を多用しながら回避行動を取っていた。

 頬から滝の様に冷や汗を流し、全身の至る所から血を流している。

 どうやら何発か虚弾の直撃を受けているらしい。

 ―――まあ、フェイクだろう。

 ノイトラは確信していた。

 あからさまに浮かべている焦燥感も出血も全てが大嘘。出血については何か仕込んでいるに違いない。

 それ以前に、頭脳云々を除いても相当な実力者である喜助が、易々とこんな無様な姿を晒す筈が無い。

 

 

「美女が誘っておるというのに余所見とは…連れない奴じゃのう!!」

 

 

 ノイトラの意識が此方を向いていないと気付いた夜一は、その瞬神の二つ名に恥じぬ速度の瞬歩でその場を跳び、ノイトラの背後上空へと移動していた。

 その時既に両手を振り上げた体勢であり、移動と同時に無防備な後頭部目掛けてハンマーの如く振り下ろしていた。

 

 

「…そいつは悪かった、な!!」

 

 

 敵と対峙していながら余所見をするという態度とは裏腹に、一切警戒を怠っていなかったノイトラはその奇襲に早くから気付いており、その場から左回りで振り返りつつ、右肩に担いでいた斬魄刀を大きく下から上へ掬い上げる様にして振るう。

 同時に身体の軸も同方向に回転させ、元から重量の有る刀身に更に遠心力を上乗せした上で、夜一の振り下ろしに真っ向から対抗する。

 

 再び発生した轟音。先程とは異なり、互いの攻撃がぶつかり合った為か、その生じた音量と衝撃の大きさは尋常では無い。

 その余りの余波に、其々に戦闘を行っていた者達は一瞬身体を硬直させ、その方向を振り向いた程だ。

 

 ノイトラと夜一は互いに弾かれる様にして距離を取ると、そう間を置かずして同時に踏み込んだ。

 先手を取ったのは、純然たる速度では軍配が上がる夜一。

 挙動を悟られぬ様、無拍子の動作で右脚を振り上げ、ハイキックの要領で頭蓋の左側頭部を粉砕しに掛かる。

 完全に後手に回ったノイトラだったが、鋭い獣の勘は既にそれを察知していた。

 予め右後方へ引き絞っていた斬魄刀を斜め左上へ薙ぎ払うと、それは脚甲を弾くばかりか、彼女の身体ごと軽々と吹き飛ばして退けた。

 

 ―――何という膂力か。

 夜一は宙を舞いながら驚愕した。

 身の丈を超える得物を只の棒切れの様に扱っている時点で何となく察してはいたが、まさか試作品とは言え、喜助の手掛けた特製手甲を用いても押し切れないとは予想外だった。

 それをおくびにも出さず、空中で体勢を整えると同時に霊子で形成した足場踏み台に瞬歩を発動。再び接近戦を仕掛ける。

 

 

「なんじゃ、何時ぞやの様に脚は使わぬのか!!」

 

 

 瞬時に間合いを詰めると、手足入り乱れた打撃を目にも留まらぬ速度で連続して繰り出す。

 そのどれもが必中であり、威力も十分。一撃でも食らって怯む様な事があれば、瞬く間に畳み掛けられるであろう結果は目に見えていた。

 

 ―――馬鹿な事を抜かすな。

 マシンガンを連想させる程の打撃の嵐を捌き、そして稀に反撃を加えつつ、ノイトラは内心で毒づいた。

 そんな隙を与える気など毛頭無い癖に良く言ったものである。

 挑発も搦め手も御手の物である彼女の事だ。寧ろ戦闘スタイルを切り替えた途端、その一瞬の隙を突いて来る可能性が高い。

 

 正直言えば、現時点に於ける徒手空拳での打ち合いは可能だ。

 流石にそのままとはいかないが、霊圧で鋼皮を更に強化した状態であれば、硬度で劣る事はまず無い。

 だが瞬閧の存在を忘れてはならない。

 もしそれと特製手甲が組み合わさった全開状態の夜一の前では、例え歴代十刃最高硬度の鋼皮でも耐え切れないだろう。流石に帰刃を選択せねば危うい。

 試作品だけに完成品との多少の差は有るだろうが、やはり最悪のパターンを想定して動くに越した事は無いのだから。

 

 

「ジョーダン、そんな硬ぇモンに打ち込んだらコッチが怪我しちまうぜ!!」

 

「そう遠慮するな! 存分にその脚を振うが良い!! 粉々に打ち砕いてやろう!!」

 

「アンタ只単に仕返ししてぇだけだろオイ!!?」

 

 

 戦況は依然として激しい打ち合いが続いており、今の所はほぼ互角。

 その反面、会話内容はシリアスとは程遠い。

 それだけを聞いていれば、実力者同士がじゃれ合っている様にしか思わないだろう。

 だが現実は真逆。紛れも無く命懸けの激戦だ。

 

 ―――もう少しマシな造りに出来なかったものか。

 夜一は予想以上に扱い辛い特製手甲に対し、内心で文句を垂れていた。

 出撃前、これはあくまで試作段階の品であって実用性は後回しになっているから危ないと、喜助が念入りに忠告していた事実も忘れてだ。

 完全に無茶振りである。

 

 とは言え、夜一は武に関しては天性の感覚を持っている、所謂天才に類する存在だった。

 今ではそれの扱いに慣れ、枷になる筈の重量すら上手く利用した運用法すら見出しており、それ程問題では無かった。

 だがノイトラは後手に回りつつも、現在進行形で見事に捌き続けている。

 ―――本来の得物を握っただけでこれだけ違うか。

 夜一は表面上は平静を保っていたが、内心驚愕していた。

 

 主に刀身の部分で受け、弾き、時に柄の部分で受け流す。

 重量に振り回されている自分とは異なり、その巨大な得物をまるで自らの手足の一部の如く滑らかに、且つ高い精度で扱うその技量は凄まじい。

 剣筋を見る限り、間違っても天才では無い。素養は有るが、それだけだった。

 だが長きに亘って地道に剣を振り続け、貪欲に自らを高め続けたのだろう。見るからに感じ取れる、やや無骨ながら真っ直ぐな剣筋はその事実を物語っている。

 

 それだけに限らず、時間の経過と共に段々と戦法が変化。守勢にも拘らず強引な反撃を捻じ込むという荒業も見せ始めている。

 そのタイミングに狙いは絶妙。その時ばかりは思わず攻撃を中断して回避行動を取らねば危うい程だ。

 だがその剣には必殺や必中の意志が殆ど込められておらず、本人も余り意図していない範囲での行動だというのが判る。

 恐らくこれ等全ては勘に従ってのもの。時折防御の中にも見て取れた、野性的で鋭いそれだ。

 

 ―――敵とは言え、中々に面白い男である。

 何度も打ち合っている内、夜一はノイトラに対して僅かに感心を覚えていた。左脚の借りを返す事だけを考えていた筈なのだが、まさかこうも心踊らされる戦いになるとは、と。

 一番身近に世紀の天才が存在している影響か、余計にその異質さが際立って見えた。

 下手すればそれだけで通用しそうな程に鋭い勘を持ちながら、それに頼り切ろうとはせずに態々堅実さを追求した戦い。

 まるで純然たる力のみで生態系の頂点に君臨してきた野獣が、人の扱う武術という別世界の強さを取り込まんと試行錯誤している様だ。

 相反する二つを兼ね備えた不自然な戦闘スタイルは新しく、見ていて飽きない。

 何時の間にか夜一の口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

「やりおるのう!! お主等破面というのは皆そうなのか?」

 

「さて、な!!」

 

 

 激しい攻撃を更に激化させる夜一に対し、ノイトラは次第に焦燥を感じ始めていた。

 やはり特製手甲の重量がネックらしく、動き自体には前回の様な素早さや機敏さは見られないが、其処は流石達人級。動作の一つ一つの技量が半端では無い。

 意図的にそう仕向けているのだろう。挙動が悟りにくい上、その動きを眼で捉えられたとしても、普通の対応では追い付かないのだ。

 

 憑依前、古武術を嗜んでいた恩師にからかい半分で間合いまで踏み込まれた経験があるが、正にその時と同じ。

 眼前で動いたのは見えていた筈なのだが、認識が追い付いていないのか一切の反応すら出来ず、容易に懐へと潜り込まれたのを覚えている。

 それを近くで目撃していた同僚の話によると、自分が間抜けにも只棒立ちしているところ、普通にスッと近付かれただけに見えたそうだ。

 

 本来の武とは、漫画世界の戦闘の様な華やかさとは程遠い。

 傍から見ればぎこちなく、無駄だらけに見えたりする。

 だがその中身は全く以て異なる。

 ―――動きは見えていた。けど気付けば既に打ち込まれていた。

 学生時代、体育の授業で行った剣道にて、有段者である担当教師に秒殺された者が零していた言葉が脳裏を過る。

 他の武道でも、一度経験してみれば素人は皆同じような感覚に陥るだろう。

 

 夜一の場合はそれに加え、所々にフェイントが組込まれているときた。

 繰り出された攻撃の軌道を素直に辿る様な真似を続ければ、あっという間に罠に嵌り、次の瞬間には別方向から怒涛の追撃を受けているだろう。

 

 この様に技量で圧倒的に劣っているノイトラが安定して攻撃を捌き続けていられているのは、夜一の考察の通り勘の御蔭だ。

 迫り来る攻撃を視認するだけで、それがフェイントか本命かを全て感じ取ってくれるのだ。

 時折返している反撃だってそうだ。何時どのタイミングで、何処へ狙いを定めれば良いのか、その道標を明確に示してくれる。

 後はそれに沿って自身が磨き上げた剣を確実に振るえば良い。

 だがその勘に頼り切りにならぬ様、出来る限り自身の感覚で攻撃を読み取る努力をしながら。

 

 ノイトラの純粋な武人としての格は、護廷十三隊の隊長格よりも下だ。

 先程一角に出し抜かれ掛けている事から、少なくとも副隊長以下、上位席官レベルに収まるだろう。

 現実的には軽いゴリ押しでも如何にか出来てしまう程のポテンシャルを持っているので、本来なら余り気にする必要は無いのかもしれない。

 だが今はその一角を遥かに上回る技量を持つ夜一が相手である。しかも本気でだ。

 前回は警戒心が前面に出ていた為、互いに様子見が中心だっただけに過ぎない。

 特製手甲の御蔭で鋼皮を気にする必要も無くなり、序盤に先手を取る事に成功したとくれば、夜一が積極的に攻勢に出るのは容易に想像出来た。

 それと真正面からぶつかり合えば、ゴリ押しでは決して通用しないとも。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

 夜一の右腕より放たれた打撃を先読みして弾くと、後方に跳んで距離を取る。

 そして勘に従い、両手で柄を握った状態から最大速度の響転で間合いを詰め、胴抜きの要領で斬魄刀を本気で薙ぎ払った。

 憑依直後から現在までに積んで来た鍛錬の中で、気が遠くなる程に振るい続けた末の集大成。

 それが持つ速度、鋭さ、威力。どれも先程までのものとは一線を画した、正しく一級品と言っても相違無い必殺の一振り。

 ―――確かに、剣というのは片手で振るより両手で振った方が強い。これは真理だ。

 ノイトラは夜一の反応を見ながら、剣八の放った迷言とも取れる名言を内心で呟いた。

 

 

「ぬッ!!?」

 

 

 これが特製手甲を持たない状態で、且つ隙を突かれただけだったならば対処は容易だった。

 只、その攻撃が予測を超えたもので無ければ、という条件も付いた上でだが。

 

 ―――やはり加減していたか。

 やってくれる。先程までのそれは何だったのかとツッコみたくなる程、その一振りは別格だった。

 狙いは腹部。刃先が向けられていないとは言え、直撃を食らえば間違い無く終わりだ。これが霊力の少ない耐久力の低い者であれば只の肉片となって弾け飛んでいるであろう。

 直撃までに残された刹那の時間。夜一は両手に加え、右膝を持ち上げ、四つの内三つの特製手甲を防御に回す事で、ノイトラの薙ぎ払いに対抗せんとする。

 

 やがて両者は激突。その一合に勝利したのは―――ノイトラだった。

 夜一はバランスが完全に崩れた体勢で激しく回転しながら吹き飛んで行く。

 見れば防御に使用した三つの特製手甲はバラバラに砕け散っていた。

 

 

「…くッ!!!」

 

 

 装備は壊れたが、咄嗟に引いた御蔭か、幸いにも中身の手足は無事だった。

 衝撃によって激しい痺れが襲っている為に反撃には転じられないが、動かせない事は無い。

 まだ左脚に一つ―――そして瞬閧が残っている。

 攻撃手段としては十分。そう考えた夜一は体勢を建て直すと、視線をノイトラの居た場所へと向ける。

 

 

「な…に…?」

 

 

 だが其処には居る筈の存在が居なかった。

 疑問の声を漏らす夜一だったが、次の瞬間、上空より自身に掛かる影を感じた。

 

 

「しまっ―――!!」

 

「終わりだ」

 

 

 ノイトラは平坦な声でそう宣告した。

 斬魄刀は右手に握られたまま下に降ろされている。使う気は無いのだろう。

 その変わりに左腕が持ち上げられており、その掌は夜一の方を向いていた。

 

 

「“虚弾・多重奏(ジュビア・デ・バラス)”」

 

 

 言うなれば構えを取った体勢から虚弾を連射する技だ。

 掌でも指先でも何処でも良い。発射地点に指定した部分に、極限まで薄く圧縮して固めた霊圧の層を重ね、間髪入れずに連続発射。最後に霊圧をやや増した止めの一発で、相手を完全に沈黙させる。

 前回の任務でヤミーを犬○家状態にしたのはこの簡易版だ。

 ちなみに技名を考えたのはセフィーロ。厨二的ネーミングなら御任せを、等と妙に張り切っていたのがノイトラには印象的だった。

 

 現時点での連射回数の限界は大凡二十から三十。多大な集中力が必要となる意外と難易度が高い技の為、状況によって回数が変動してしまうのだ。

 今回は十八。余裕が無かった分、やや調子が悪いらしい。

 だが正規な構えより放たれるその虚弾の一つ一つは、たったの三発であのヤミーを撃沈させたものと余り差は無い。

 五発以上直撃すれば流石の夜一と言えど確実に戦闘不能にまで追い込めるだろう。

 しかも彼女自身、虚弾は初見だ。威力は及ばないが、虚閃の二十倍もの速度を持つという事も何も知らない。

 

 

「―――ッ!!!」

 

 

 声にならぬ悲鳴を漏らしながら、夜一は呆気無くその虚弾の弾幕の直撃を受けた。

 その様子に違和感を覚えながらも、ノイトラは攻撃の手を緩めない。

 十七発までの発射が完了し、やがて最後の一発を残すのみとなった時、夜一は既に変わり果てた姿となっていた。

 直撃した虚弾のは計七発。大半が外れていたが、それでも彼女が負ったダメージは十分だった。

 刑戦装束は襤褸切れと同等の代物へと降格し、防御に使ったらしい手足は左脚を除いてあらぬ方向へと拉げ、露出している肌や頭部からは激しく出血している。

 見た所は完全に満身創痍だ。戦闘続行はどう考えても不可能だった。

 

 止めの一発を放つまでも無く、夜一はそのまま全身を力無く脱力しながら、重力に従って落下して行った。

 その様子を静かに眺めていたノイトラだったが、如何にも違和感が拭えなかった。

 隙を突かれたとは言え、あの夜一がこうも簡単に敗れるだろうかと。

 

 

「やっぱ有り得ねぇよなぁ…」

 

 

 ノイトラには初めから夜一を殺す気なぞ毛頭無かった。

 何せ彼女の存在も、本来の歴史を形成する為に必要不可欠な要素の一つだ。間違っても欠かす訳にはいかない。

 故に先程の虚弾・多重奏には手心を加えていた。直撃した数が少なかったのはその為だ。

 

 多少想定外な事態もあったが、恐らく今回の件はそれ程大きな影響を及ぼす結果にはならないだろう。

 例えば今回破壊した特製手甲については、寧ろもっと強化が施される可能性が浮上しただけだ。

 そうなれば藍染との決戦時、結果は変わらないにしても、幾分か戦闘時間が延びる程度で済むだろう。

 

 ―――出来ればこれで終わってくれてれば有難いのだが。

 これが本当に夜一を打倒した状況だとすれば、瞬閧が出ない内にこの状況まで持ち込めたのは幸いと言える。

 この後は初めに考えた通り、ワンダーワイスを拾って適当に喜助の注目を逸らしつつ、任務完了時間まで乗り切られれば万々歳だ。

 

 最悪のパターンを考えるとすれば、夜一がこの後復活するか、初めから無傷で戦線復帰した場合だ。

 まず瞬閧を使用する可能性が高い事が一番の懸念事項だろう。

 特製手甲は殆ど破壊してあるが、左足の一つが残っている。それだけでも十分過ぎる程に脅威だ。

 加えて夜一が喜助に零した台詞から考慮するに、瞬閧を発動した状態であれば素手でも十分破面の鋼皮を破る事が可能であると推測出来る。

 

 そうなればノイトラの選択肢は限られる。

 未解放の通常状態であれば、出し惜しみ無く持てる全ての手の内と力を総動員する事。初見の技であれば相手の意表を突けるし、任務終了までの時間稼ぎは出来るだろう。

 それよりも確実性を求めるならば―――やはり帰刃を選択する事だ。

 より硬度を増した鋼皮を持つ帰刃形態で耐久戦へと持ち込み、後は先に述べた案と同様に時間稼ぎに徹すれば良い。

 

 どちらにせよ、掌に残った最後の一発である虚弾を食らわせれば如何なるのか。それを確認せねば始まらない。

 ノイトラは夜一の落下方向へと最後の虚弾を発射しようと構え―――直前に気付いた。

 そういえば彼女には相手に自身を倒したと思い込ませるほどの残像を見せる、彼女特有の瞬歩が在ったではないかと。

 

 元隠密機動の癖なのか、夜一は常に溢れ出す霊圧を抑えている為、探知しにくい。

 交戦を始めた為に無意識の内に切っていた探査神経を再び発動し、落下地点を探る。

 すると案の定、その場所には何の霊圧も存在していなかった。

 

 

「確か隠密機動の歩法に―――!!」

 

 

 隠密歩法“四楓”の参、空蝉(うつせみ)

 それは護廷十三隊の隊長レベルを軽く欺く程のものだ。

 初見であれば、例え上位十刃であろうとも見抜く事は困難だろう。

 

 もしそうだとすれば、夜一は未だ健在。

 ノイトラは掌に固めた霊圧の層を拡散させると、即座に響転で距離を取った。

 

 

「歩法か。ふむ、観点は悪くないが…ハズレじゃの」

 

 

 案の定、ノイトラが元居た場所には、初めに真っ二つになったものと同じ黒いマントを身に纏い、悪戯が成功したとでも言わんばかりの良い笑顔を浮かべている夜一の姿が在った。

 

 

「テメェ…」

 

「さて、ここで答え合わせといこうかの」

 

「…黒い…玉?」

 

 

 夜一が懐より取り出したのは、ヤミーに対して喜助が見せたものと同様。

 ―――まさかそれは。

 瞠目しながら硬直するノイトラの前で、夜一はその玉を口に当てると、風船の様に膨らませてゆく。

 するとある一定の大きさまで膨らんだ瞬間、風船は瞬時に巨大化すると盛大に破裂。

 その中からは刑戦装束に身を包んだもう一人の夜一が現れた。

 

 

「義骸の一種よ。喜助が開発したものじゃ」

 

「…マジかよ」

 

 

 それは喜助以外には使用不可能な筈の、携帯用義骸であった。

 何故夜一が使いこなせているのか。何故霊圧遮断の黒マントがもう一枚有るのか。

 疑問は他にも多々あるが、今のノイトラには素直にそれを問い掛けられる様な精神的余裕は無かった。

 

 

「どうじゃ? 何時入れ替わったのか…お主に解るかの?」

 

 

 そのもう一人の自分の顔を上下左右へ引っ張りつつ、まるで悪戯が成功したと言わんばかりに満足気な笑みを浮かべる夜一。

 普通に見れば美しい筈なのだが、何故か寒気を感じるその表情。

 ノイトラは右頬に一筋の冷や汗が流れるのを感じた。

 

 

 




俺tueee終了。そして黒猫さん無双開始な話でした。
ちょっと作中の主人公がマヌケっぽくなってますが、所詮凡人の思考なんてこんなもんです。やろうと思っていても、いざとなれば実行出来ないとかザラですし。
それに敵側に回ったからには、“なん……だと…”的な展開からは逃れられないのだよ。

そして無意味に15000字。どうしてこうなった。
絶対余計な文章あるし、中身がグッダグダやぞ!!(泣
次から気を付けます…。
それと修正は後でします。明日は出張レポート書かなきゃならんので英気を養う必要ががが…。





捏造設定及び無茶苦茶展開纏め
①豹王さん強過ぎね?
・本来彼は野生の本能とか強くて、咄嗟に虚閃を溜め無しで放つとかも出来るので、多少慢心を取り除けばこれぐらいの強さじゃないかと。
・そしてルキア御免。嫌いじゃないんだよ、本当に。ほら、好きな子程虐めたくなる思考的な。
・でもやっぱり作者にはリョナ属性は無い。
②ベリたん覚醒早過ぎね?
・主人公補正というのは、自分に続いて仲間が危機的状況に陥った上で、且つ時間があればほぼ確実に発動するものだと思ってます。
・流石にあの虚無さんとの戦いの状況では無理なのでしょうけど。
・作中の主人公については、逆補正ならあります。
③黒猫さんの怪我の事情。
・自分に厳しそうな彼女なら、態と自然治癒で直していそう。
・原作では織姫を呼びに行った時には普通にしていたので、その頃には既に完治していたという推測。
・多分骨に罅ぐらいなら一週間も要らないかと。
④黒猫さん強過ぎね?
・白長藍染様との戦いとかを見て、彼女は所謂速度とテクニックに極振り的なキャラかと。装備で攻撃力上げれば防御無視のクリティカルでウッハウッハ的な。
・雀蜂さんとの戦い?きっと元上司として花を持たせてあげたんだよ…。
・実は結構あやふやなんですがね(笑
⑤主人公弱くね?
・何時から彼が全力を出していると錯覚していた…?(本気ではあるけど、全力では無い理論)
・自身の腕を上げたいが為に、敵と同じ土俵で戦う事に拘った事による弊害。空を飛ぶ鳥が、態々地上で戦う事を選んだ的な。
・自分より格上だと悟った虚無さんについては、直感で感じたという事で一つ。
・後、頑なに帰刃しようとしない本当の理由は二話先にあります。その間にも建前として色々出てきますが、本命はそれなので御注意下さい。


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