三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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書置き分を見直したところ、少し描写が足りていないと思い、この他にももう一話を追加したら俺tueee展開が遠のいてしまった…。
チート主人公の代名詞たるそれが少ないとはこれ如何に。


第十九話 三日月と任務と死神達と…

 黒腔の中を、霊子で固めた足場の上をゆったりとした速度で進む五人の破面。

 先頭を行くのはグリムジョー。その表情は至って普通に見えるが、周囲にはピリピリとした空気が漂っており、闘争心と殺意が入り混じっているのが丸判りだ。

 位置的に見れば当然、足場を形成しているのは彼の手によるものだが、その出来は実に御粗末と言って良い。

 まるで一護のそれと同等。自分が進めれば後は知らないと言わんばかりに作られた霊子の足場は、後に続く四人が足を乗せるには余りに脆すぎた。

 

 だが其処は流石のノイトラ。残る三人より前に出ると、足場の補強と同時に幅の拡張をしながら進んで行く。

 しかもこれが無意識の内の行動だというのだから恐れ入る。正に御人好しの鑑である。

 見方によってはグリムジョーが基礎と骨格を組み立て、その上にノイトラが仕上げから完成までを共同作業で行っているかの様だ。

 

 

「うわー…」

 

 

 大気中に偏在する霊子は基本的に何の属性も方向性を持っていない為、霊力を持つ者であれば自由に使用出来る。

 霊子を集束し、それに自身の霊力でコーティングして弓の形状を成した霊子兵装(れいしへいそう)を主な武器とする滅却師がその操作に最も秀でており、死神や虚がそれに次ぐ形だ。

 そしてやはり彼等の中でも個人差が有る。

 要となるのは明確な想像力だ。普段から試行錯誤を重ねているノイトラは、他の破面達のそれよりも遥か上を行っていると言って良い。

 

 案の定、その足場の出来の良さに声を漏らしたのは初見であるルピ。

 チルッチは想定の範囲内の出来事だったので、特に驚いた様子は無いが、その顔の一部がやや引き攣っている事から、多少なりとも引いているらしい。

 ワンダーワイスに至っては、足場の広さに託けて、左右に大きくフラフラと動き回りながら、何となくそれを楽しんでいる様に見えた。

 

 

「…何だよ」

 

「い、いや…だってコレさァ…」

 

 

 足場のモデルとなっているのは、憑依前に良く通勤時に通っていた橋だ。

 所謂田舎と呼ばれる地域ではあったが、町の中心部だけにそれなりの大きさを誇っていたそれ。

 毎日見ていた御蔭で記憶の中に深く根付いていた影響か、幅等の細かなデザインだけに限らず、本人は特に意識もしていないにも拘らず手摺すら完備している。

 その余りの徹底した作りに、ルピは兎も角として、付き合いが長い筈のチルッチが思わず引いたのも納得だ。

 

 

「ノイトラって一体何を目指してんのさ!? 建築家!? 最強じゃなかったの!? なんなのさこの完璧な足場は!! しかも一番は手摺(コレ)だよ!! 安全面までちゃんと考慮してまーすとでも言いたいワケ!?」

 

 

 指摘されて初めて気付いたのか、ノイトラは一瞬だけ固まる。

 だが以前、胃が痛む程過酷な状況下にて想定外な質問をされる経験をしていた御蔭か、そう間を置かずして理由を考え出す事に成功した。

 

 

「…落ちたら危ねぇだろ」

 

「あ…うん、確かにそうだよねー。周りは何処へ繋がってるかもわかんない異空間だしィ。お気遣い有難う」

 

 

 取って付けた言い分では有るが、どうやら通用したらしい。

 至極当然だろういった様子で説明するノイトラに対し、ルピはいきなり声のトーンを下げると、素直に御礼の言葉を返した。

 傍ではチルッチが、またか、と言わんばかりに溜息を吐いていた。

 

 

「―――じゃないって!! ボク達は子供かよ!!? んなドジ踏むワケ無いじゃん!!!」

 

 

 解決したのかと思いきや、直後にルピは多少口調を崩しながらも見事な連続ツッコみを返す。

 先程の発言と繋げると、ノリ付きという高レベルなものまで使いこなしている事にもなる。

 流石はギンと会話が出来る数少ない破面と言うべきか。

 

 一通り叫んだルピは、肩で息をしながら疲れた表情を浮かべた。

 そんな彼の背中に、優しく諭す声が掛けられた。

 

 

「諦めなさい。こいつはこういう奴だから」

 

「…苦労してるんだねキミも」

 

 

 チルッチは悟りを開いたかの如く、万物を許容する女神の様な表情を浮かべながら、ルピの肩に手を置いた。

 余り相性が良いとは言えないこの二人だったが、この時ばかりは共通した原因の御蔭で通じ合えていた。

 

 ノイトラとしてはいきなり仲良くなった二人に首を傾げていたが、特に困る事でも無いとして流した。

 

 

「っと、もう直ぐか…」

 

 

 見れば先頭のグリムジョーが足を止めており、彼の眼前の空間が横一線に罅割れて今にも開きそうになっている。

 ノイトラは歩く速度を上げた。常人の倍近い歩幅で早歩きをしたとなれば、それはもう走っているのと同等。

 それに合わせようとしているのか、背後の二人は慌てて小走りで彼の背中を追従する。

 ワンダーワイスも何となく急がねばマズイと察したのか、相変わらずの譫言を漏らしながらも早足で駆け出し始めた。

 

 

「………」

 

 

 ノイトラはやがてグリムジョーの直ぐ傍に立ったが、予想に反して、彼から遅れた事に関しての文句等は無かった。

 それどころか視線は前を向いたまま微動だにしていない。

 

 恐らくグリムジョーの頭を占めている事は一つだけ。

 それは不本意ながら勝負を預ける形となった一護だ。

 今度こそ彼を完膚無きにまで叩きのめし、完全に息の根を止めんと意気込んでいるのだろう。

 

 木の茂みを狩場とし、狩りの成功率は二割に満たない世間一般的な豹とは別物。

 姿を見られ、逃げられ様とも関係無い。隠れる等といった真似は一切せず、真正面から蹂躙して獲物の命を刈り取る。その堂々とした在り方は正しく王に相応しい。

 

 

「ねえ、ノイトラ」

 

「ん?」

 

 

 一息遅れで到着したらしい、チルッチはノイトラの左隣に立つと、不意に声を掛けた。

 ノイトラは一先ずグリムジョーから視線を外すと、声の方向へと振り向く。

 ―――何を思ったのか途中で足を止め、手摺から飛び降りようとするワンダーワイスを必死に引っ張り上げ様と奮闘しているルピという、背後の光景を無視しながら。

 

 

「出発前に言った事…覚えてる?」

 

「…あれか」

 

 

 チルッチの問い掛けに対し、ノイトラはそう零した途端、眉間に皺を寄せる。

 実は任務同行を告げた際、彼はチルッチに対してある約束事をしていた。

 それはこの任務内で戦闘を行う際の条件である。

 原則として帰刃は無し。追い詰められた場合は別だが、極力未解放の状態で戦う事。

 例え相手が自分より格下だと判っても、油断しないどころか、寧ろ警戒レベルを上げる事。 増援が来た場合、僅かでも対処し切れないと判断した場合、素直に自分に助力を請う事。

 そして最後は、この内容全てを守れた場合、何でも言う事を聞くという約束だ。

 

 ノイトラとしてはチルッチに経験を積ませるという意図に加え、出来る限り生き残ってほしいと願うが故に条件を出した。

 だが形ある報酬も何も無しに、あれを遣れこれを遣れと指示ばかり出すのは上司として愚策。故に最後に報酬を出したのだ。

 上の命令を聞くのは当然―――という考えは決して間違いでは無いのだが、其処で勘違いしていけないのは、その指示を成すのも自分と同じ人だという事だ。

 考えてもみろ。失敗したら怒られる、だが成功しても何も無し。遂には次の指示が休み無く出されるという仕事環境を。

 せめて労いや感謝の言葉が有ればまた結果は違って来るのだが、何故かそれを出来無い上司が多かったのを、憑依前のノイトラは覚えている。

 

 ―――最近のそういった上司(アホ)共は他人を本当の意味で認識していないのだ。大方、人じゃなく物だとでも思ってるんだろう。

 憑依前に唯一尊敬していた恩師が零した言葉の一つが脳裏を過る。

 部下を持つ立場になった今、その意味を初めて理解した。

 

 ある意味で言えば、藍染と同じだろうか。

 彼は彼で表面上は任務を終えた破面に対してに感謝の言葉を述べたりするが、内心では何とも思っていない。

 自分に匹敵する存在はこの世に存在しておらず、全て道端の小石程度の価値しか無いのだと。

 その本性を知っても尚、忠誠を捧げようとしそうな者は居るが。

 

 

「ちゃんと覚えてるっての。安心しとけ」

 

「……言質は取ったわよぉ…!!」

 

 

 取り敢えずモチベーションというものは非常に大事だ。

 そう考えたノイトラは、約束を守る気が少しでも上がるのであれば、と安易にも承諾してしまった。

 その言葉を聞いたチルッチは密かに内心でガッツポーズを取りながら、任務への意欲を向上させた。

 実を言えば彼女以外にも約束している者が居るのだが―――それは言わぬが華だろう。

 

 

「ちょっとノイトラってば! 少しは手伝ってよ!! こいつのせいで無駄に体力を使っちゃったじゃんかァ!!」

 

「アウー?」

 

 

 ワンダーワイスを抱えながら、ルピはノイトラの前へと立って騒ぎ立てる。 

 何だかんだ言っているが、結構面倒見が良いらしい。

 只単にワンダーワイスの重要性を悟っていただけに取った行動なのかもしれないが。

 眼前で頬を膨らませる女男にトキメク等といった事は一切無く、ノイトラはそう思った。

 

 

「取り敢えず前向け。繋がんぞ」

 

「ちょっ!? 無視って……いや、案外こういう扱いも―――」

 

 

 またしても寒気がする様な事をぬかし始めたルピを徹底的に無視し、空間の裂け目から入り込んで来た霊圧を感じながら、ノイトラは緩んでいた自身の気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間も無く開かれんとする黒腔の接続先、空座町北部の森林地帯の上空。

 その下では、尸魂界からの援軍たる護廷十三隊の隊長、副隊長、第三席、第五席の各一名、合計四名が存在していた。

 彼等は其々に座禅かそれに近い形で足を組み、抜身の斬魄刀を近くに置き、静かに瞑想を行っている。

 これは刃禅(じんぜん)と呼ばれ、意思を持つ斬魄刀との対話の為、尸魂界の開闢より何千年と掛けて編み出された形。

 死神であれば誰もが行う修行の一つでもあり、これを長年繰り返して斬魄刀と心を通じ合わせた末に、初めて始解―――そしてやがては卍解へと至るのだ。

 

 

「イ゛あ゛~~~~~~~~~~~!!!」

 

 

 だか刃禅には多大な集中力と精神力に加え、その斬魄刀の持つ性格によっては独自に対処を変えなければならないという柔軟さが求められる。

 これが相当な難易度を誇っており、気が短い者は途中で投げ出す事が非常に多かった。

 

 

「くそっ!! くそっ、この野郎!! くそくそくそっ!!! 折れろ!! 折れちゃえ!!! ちくしょう!!!」

 

 

 黒のおかっぱで右の睫毛と眉毛に派手なエクステを付けた、整った容姿の男―――十一番隊第五席、綾瀬川 弓親(あやせがわ ゆみちか)は、刃禅の途中で大声を上げながら立ち上がる。

 その顔を怒りに歪めながら、斬魄刀の柄を握ると、そのまま近くの岩目掛けて叩き付け始めた。

 硬い物に斬り付けた場合、刃毀れやしなえが起こりそうなものだが、彼の様子を見る限り、寧ろそうなる事を望んでいる節が見られた。

 

 だが斬魄刀というものは普通の刀では無い。

 斬る対象が膨大な霊圧を持ち得る存在でも無い限り、その刀身には刃毀れどころか傷一つ付く事は無い。

 しかも罅が入ったり、折れたりしたとしても、多少時間を掛ければ修復可能。卍解状態で損傷した場合はより多くの時間を要するが、直る事に変わりは無い。

 故に刀同士、刃と刃を打ち合わせる様な真似をしても何の問題も無いのである。

 

 本来、時代劇等で出て来るチャンバラシーンの様に戦う者が要れば、それは只の未熟者か愚か者かの二択だ。

 だが実際、打ち合いの数が重なる度に刃毀れは増えるが、切れ味はそう易々とは落ち無い。問題なのはその状態によっては修復が困難となる事で、その刀は次から使い物にならなくなってしまうのだ。

 故に刀同士の戦いというものは、基本的に平地の部分で相手の斬撃を受けるか、いなす事が主流だった。

 

 

「あ~~~~~~~ムカつく~~~~~!!! ってあ痛っ!!?」

 

「うるさい!! あんたちょっとは黙って出来ないの!?」

 

 

 今度は空に向かって叫び、更に苛立ちを露にする弓親の後頭部目掛け、乱菊は近くに有った小石を投げ付ける。

 見事に直撃。パカン、と景気の良い音を響かせた。

 

 

「だって藤孔雀(ふじくじゃく)の奴ムカつくんだもん!! こいつ高飛車だしエラソーだし自分の事世界一美形だと思ってるしもーサイアクだよ!!! 僕ぜったいコイツのこと具象化できないと思うんだよね!!」

 

 

 むず痒い様なヒリヒリした痛みを発するその直撃部分を押さえながら、弓親は大声で自身の斬魄刀に対する愚痴を漏らし始めた。

 人と同様に、斬魄刀の性格も千差万別。持ち主と同じ物も在れば、正反対の物だって在る。

 弓親の場合は前者だったらしい。次々と文句を垂れ流している彼自身も、実はそれと似た様な性分である。

 生粋のナルシストであり、私生活でも戦いでも、常に美しさを追求。逆に自分より美しい者には露骨に嫉妬する。

 醜い者は存在すら受け入れられないとして、酷い時は目を瞑ってでも視界に入れまいとする徹底振り。

 詳細は違えど、客観的に見ればほぼ一緒である。

 

 

「て言うか頼まれてもしてやるもんか!!」

 

「何言ってんの、あんたにソックリじゃない。うちの灰猫(はいねこ)なんて我儘だしぐうたらだし気分屋だしバカだし―――」

 

 

 かく言う乱菊も、弓親と同類だった。

 何時もマイペースで気分屋な言動が目立ち、デスクワークもサボりがちで、その事で隊長である冬獅郎に怒られようが何処吹く風。

 相当な酒好きで、毎月の給料が酒代へと消える為、常に金欠という駄目っ振り。

 それが斬魄刀の性格にも反映されていれば―――容易に想像が付く。

 

 

「わーソックリ。乱菊さんて絶対写真に写った自分の顔見て、“あたしこんなカオじゃなーい”とか言うタイプだよね…ってうぎゃああああぁぁ!!!」

 

「あんたが言うなぁぁぁ!!!」

 

 

 白い目で乱菊を見つつ、弓親は肩を竦めてそう零す。

 そんな彼の態度が癪に触ったのか、乱菊は額に血管を浮き上がらせながら殴り掛かった。

 

 修行中にも拘らず、真面目にそれを行わないどころか喧嘩を始める二人。

 全く以て五十歩百歩である。

 離れで真面目に刃禅に取り組んでいた一角と冬獅郎だったが、後者はその余りの喧騒に、遂にキレた。

 

 

「うるせえぞお前ら!! 集中しろ!!」

 

 

 尸魂界へと帰らせるか―――本気でそんな算段を考え始める冬獅郎の近くの岩場の上で、一角はふと刃禅を一時中断した。

 ゆっくりと目を開き、空を見上げる。今日は低気圧の発達に伴う強風も何も無い天気の筈だったが、一つだけ違和感が有った。

 ―――雲が、()やい。

 今迄過酷な環境下や戦場で培って来た勘が、胸騒ぎを訴えていた。

 

 とは言え、この勘も外れる事は有る。確証も無い今、一概に信じる訳には行かないと、一角は一息置いた。

 最悪の事態を考えるならば、此処で破面達が襲撃して来る事だ。

 だがそれは幾ら何でも早過ぎる。まず有り得ないだろう。

 ちなみにこれは護廷十三隊の総意でも有る。

 完全な破面の成体を作り出せるのは、完全覚醒した崩玉だけだ。

 以前の現世侵攻の時の様に、中には十刃という成功例も有る様だが、数はそう多く無い。

 

 喜助の計算によると、藍染の持つ崩玉の現時点での覚醒状態は大凡五割。完全覚醒するのは未だ先だ。

 つまり藍染が戦力を充実させるまでには猶予が有る。ならばその間に出来る限り此方の戦力の底上げを行わなければ―――というのは大凡の見解だ。

 

 如何に追放された身の上とは言え、尸魂界随一の天才の言葉を疑う様な愚者は、一部を除いて居なかった。

 その愚者というのは、中央四十六室(ちゅうおうしじゅうろくしつ)。尸魂界全土から集められた四十人の賢者と六人の裁判官で構成される尸魂界の最高司法機関。

 主に死神の犯した罪咎は全てここで裁かれ、その絶対的な決定権故に総隊長ですら異を唱える事が許されない。

 だが賢者というのは名ばかりで、中身は現世の汚職政治家とほぼ相違無い。

 私利私欲の為に技術開発局に秘密裏の研究をさせていたり、同種の斬魄刀の存在を認めず、持ち主である二人に殺し合いを強要したりと、本当にロクでも無い連中の集まりなのである。

 確かに賢者ならぬ愚者である。とは言え、全てが全てそうでは無いのも事実だが。

 でなければ今頃護廷十三隊どころか、瀞霊廷全体が成り立っていなかっただろう。

 

 過去に起きた事件にて、喜助が藍染の策略によって濡れ衣を着せられた時も、この機関は踏み込んだ調査もせずに判決を下した。

 当時、鬼道に秀でた死神によって構成される特殊部隊である鬼道衆、その総帥と副鬼道長二名。喜助を除いて隊長四人、副隊長三人という、死神の中でも上位の錚々たる面々が関連していた事件だったにも拘らずだ。

 藍染の鏡花水月の後押しも有ったのだろうが、司法機関としての手法としては余りに御粗末極まりなかった。

 当然、それを不服として、喜助は夜一の協力の元に逃亡を図り、現世へと身を潜めた。

 事件の被害者となった者達の治療法を研究しながら。

 

 藍染の野望が公になった今、その事件についての詳細もほぼ明らかとなっている。喜助は冤罪であった事も同時にだ。

 現在の中央四十六室はその事に対する復讐をされるのではないかと戦々恐々しているのだ。

 故にこの藍染側の勢力に対する見解も、自分達を騙しているのではないかと、そういった考えが機関内には浸透している。

 当時のメンバー全員は殺害されている為に、判決を下した下手人はもはや何処にも存在して居ないのだが、思考回路の殆どが以前までの愚者と同列な後任達はそう捉えなかった。

 

 喜助としては、ある意味で言えば組織に縛られずに自由に研究を進められる今の立場の方が気に入っており、中央四十六室の事はもはや頭の片隅に追い遣っている状態だったりする。

 恐らく彼は今後一切、護廷十三隊に協力はしても組織自体に戻る事は無いだろう。

 

 

「ん?何か言ったか斑目」

 

 

 一角の空気の変化に気付いたのか、冬獅郎が問い掛ける。

 言うべきかと一瞬悩んだが、一角は先程の胸騒ぎを気にし過ぎただけだと判断し、無難に返そうとする。

 

 

「…イヤ…―――っ!!!?」

 

 

 何でも無い。その一言を言い掛けた直前―――周囲一帯を膨大な霊圧が支配した。

 同時に上空より聞こえて来る、何かに罅が入るかの様な音。

 四人は一斉に弾かれる様にして、その音の発生地点を見上げた。

 

 自称、護廷十三隊の中で最もツイてる男、斑目一角。

 残念ながら、今回ばかりはそうもいかなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒腔の開いた先から覗く青空。見る者の心を洗い流すかの様なその光景は、藍染の主な監視下の一部である虚夜宮の天蓋の下に描かれたそれとは一線を画す。

 ノイトラは思わず、感銘の溜息を吐いた。

 以前訪れた際には落ち着いて眺めている暇は無かったが、やはりこうして見ると実物は違うと思い知らされる。

 出来る事なら小一時間程、野原に寝転がって無心で眺めていたいのが本音だったが、先程から感じている霊圧の持ち主達は許してくれないだろう。

 

 

「…何かいきなり大きい霊圧が有るんだけど。現世(こっち)ってこんなに霊圧持ってる奴と遭遇し易い場所な訳?」

 

 

 左隣のチルッチは下を見下ろしながら、そう呟く。

 視線の先には少年一人、男二人、女一人の合計四人の人影が在った。

 

 

「何言ってんの。アレ死神だよ? 多分前に6番さんが言ってた“尸魂界からの援軍”じゃないの? ねェ、グリムジョー?」

 

 

 ルピはそう言うと、グリムジョーの方を見遣った。

 その眼は何時ぞやのノイトラにした様に半目で、明らかに小馬鹿にする様な色をしていた。

 

 

「ア、ごめーん。“元”6番だったっけ?」

 

 

 一部分を強調した上で、ルピは演技掛かった大袈裟な口調で謝罪する。

 言うまでも無く、明らかに挑発だ。任務中にも拘らず、露骨にグリムジョーの神経を逆撫でに掛かっている。

 ノイトラはもう一度話し合い(HANASHIAI)が必要かと考えたが、ルピの変態的な性癖を思い出し、断念した。

 ―――重ねて言うが、これは自業自得である。

 

 

「あの中には居ねえよ。俺が殺してえヤローはな」

 

 

 だがグリムジョーは珍しく目立った反応を示さず、吐き捨てる様にしてそう返した。

 彼が考えているのは只一人、黒崎一護の事だけなのだろう。

 黒腔を出た瞬間から一人別方向を向いていたと思ったら、探査神経で御目当ての霊圧を探っていたらしい。

 今のところは仕留め損ねた獲物の一つという認識なのだろうが、好敵手へと昇華するのにそう時間は掛からなそうだ。

 

 ノイトラは探査神経で辺り一帯の霊圧を探る。

 実際に対峙して完全に記憶した喜助と夜一の霊圧の周辺には、もう二つの霊圧反応。恐らく泰虎、そして阿散井恋次だろう。

 そして其処から晴れた位置にもう一つ、微かだが一護の霊圧の名残が残っていた。

 

 

「なっ!? あいつ散開するなって言われてんのに!!」

 

「ほっときなよ。所詮十刃落ちさ」

 

 

 次の瞬間、グリムジョーはその場を跳んで後者の方向へと駆けて行った。

 白装束を風に靡かせながら、その姿を小さくして行く。

 外部に晒された右腰背面には、本来刻まれていた筈の6の数字は無かった。

 

 

「何もできやしないよ」

 

 

 そう零すルピの眼は先程とは異なり、憐みに近い何かを感じさせた。

 チルッチはそんな彼の様子とグリムジョーの方向を何回か往復して見ると、やがて口を閉じた。

 

 任務中に独断行動を取ると言う事は、作戦から外れると言っているのと同義だ。

 今回はあくまで陽動。戦況も此方側の有利に進めれば良いだけで、敵の殺害や殲滅も出来るならの範疇でしかない。

 敵勢力全体の注目を逸らす事が出来れば、もはや作戦成功まで秒読み段階に入る。 

 そうなれば、後は油断でもしない限りは生き残れる。グリムジョーを除いてだが。

 

 ノイトラとしては、グリムジョーを任務に同行させた時点で、彼の独断行動も藍染には予測済みだったのだろうと考える。

 恐らくそれは一護の成長具合。そして願わくば、仮面の軍勢のメンバーの姿も確認して置きたいのだ。

 藍染にとっては息をするかの如く容易に計画されているであろうこの任務に、ノイトラは驚愕どころか、もはやそれを通り越して呆れしか感じなかった。

 

 

「…ん?」

 

 

 ノイトラは次の瞬間、凄まじい速度で自分へ一直線に近付いて来る霊圧を感じた。

 その正体を知ると同時に納得する。

 今立って居る位置は、史実でのヤミーと同じ場所。ならばそんな彼に代わって存在している自分に対し、同じく彼が相手する筈であった者が来るのは当然。

 

 だがノイトラは構え一つ取らない。

 と言うか、取る必要性が無い。

 何せ左隣には迫り来る霊圧を察知し、既に斬魄刀を構え終えている従属官が居るのだから。

 

 

「ちっ!」

 

「…何よ、どんなのが来るかと思ったら餓鬼じゃない」

 

 

 ノイトラに向けて上段より振り下ろされた斬魄刀の刀身を、チルッチは何時の間にやらワイヤーを巻き付けており、両手で左右に張ってそれ以上の動きを完全に制止していた。

 受け止めると同時に飛び散る氷の破片。そして急激に下がって行く空気の温度。

 瞬く間に行われた見事な手腕だ。それより抜け出そうと力を籠めるも、ビクともしない己の斬魄刀―――氷輪丸(ひょうりんまる)に、冬獅郎は舌打ちした。

 そして餓鬼呼ばわりされた事に内心で憤慨しつつも、何とか名乗りを上げる。

 

 

「…十番隊隊長、日番谷冬獅郎だ!」

 

「ふーん、護廷十三隊ってのは随分と人手不足なのね…こんな餓鬼が隊長だなんて…」

 

「っ!! …てめえも名乗ったらどうだ? 破面」

 

 

 子供扱いだけに飽き足らず、まるで致し方無く隊長へ就任したかの様な言い草。

 取り方によっては冬獅郎自身に実力が無いという意味にも取れる。

 

 発言したチルッチとしては、特に深い考えも無い素直な意見だったりする。

 見た目に反した実力の持ち主というのは、破面の間でも幾つか例もあるし、珍しいものでも無い。其処は認める。

 だが上に立って組織を回す能力については別だ。戦闘以外に能が無い、経験が浅い、精神的に未熟といった、実力はあっても上に立つ資格が無い者は幾らでも存在するのだから。

 

 

「面倒くさ……破面No.105(シエント・シンコ)、チルッチ・サンダーウィッチよ」

 

「No.105…だと…? 十刃ってやつじゃねえのか」

 

 

 眉間に皺を寄せながら、冬獅郎が問う。

 だがチルッチはそれに答える事無く、ふと左手に握ったワイヤーを手放した。

 

 以前として大部分が刀身に巻き付いたままだが、突然の事に反応した冬獅郎は思わず後退した。

 実は伸縮自在であるワイヤーもそれに連れられて伸ばされて行く。

 

 

「なっ!?」

 

「その疑問に答える必要は…」

 

 

 移動した距離だけ伸び続けるワイヤー。だがそれはチルッチの呟きと共に、突如停止した。

 その反動で冬獅郎の身体が一瞬前方へと引っ張られるが、何とか踏み止まる。

 刀身を回す等して何とかワイヤーを解こうと試みるが、一向に緩まる気配が無い。

 

 

「無いのよ、ねっ!!」

 

「!!?」

 

 

 チルッチは斬魄刀の柄を持つ右手を振り上げる。

 するとワイヤー全体が意思を持つ様にしてその方向へと持ち上がった。

 そうなれば当然、氷輪丸も引っ張られる。

 己の唯一無二の武器を手放す訳にも行かず、冬獅郎自身も一気に上空へと持ち上げられた。

 

 

「せーのっと!!」

 

「くッ!!」

 

 

 それを確認した後、チルッチは柄を振り下ろすと同時に、刀身に巻き付いている部分のワイヤーを解いた。

 始めは地面に叩き付けられるのかと予測した冬獅郎だったが、突然の拘束からの解放に驚愕に目を見開くと、遥か後方へと吹き飛ばされて行く。

 

 辛うじて見える場所で体勢を立て直し、再び此方へと向かって来る姿を確認しながら、チルッチはノイトラへと問い掛ける。

 

 

「あの餓鬼はあたしがやるわ。良い?」

 

「…戦況が有利になっても慢心すんなよ。見た目がアレでも隊長だ」

 

「了解っ!!」

 

 

 チルッチはノイトラの言葉に即座に了承の返事を返すと響転でその場から掻き消える。

 ノイトラは視線を右にずらす。すると其処には何時の間にやら、冬獅郎と同じく義骸から本来の死神の姿へと戻った二人の男とルピが相対していた。

 

 ノイトラは周囲を警戒しながら、この後の事を考える。

 この局面に於いて、彼は積極的に戦う気は無い。

 物語の道筋に不用意にイレギュラーを起こしたくないというのが主だが、一番は藍染が後で見る事になるであろう戦闘記録に自身の情報を流したくないのだ。

 如何あっても戦わねばならない事態に陥ったならば諦めるが、流石に帰刃まではしない心算だ。というかウルキオラに大事が無い限り、その機会が訪れる事は無いだろう。

 

 懸念が有るとすれば、自分が戦闘狂モードに入らないか否かのみだったが、恐らくそれは大丈夫だろうと踏んでいる。

 抑々、そのスイッチが入るには切欠が有る。それこそが喜助や夜一といった上位クラスの敵と遭遇した場合だ。

 今回の任務では来ても喜助一人だろうし、脚の負傷が史実よりも酷いであろう夜一は確実に来ない筈だ。

 

 

「一先ずは安心…ってか」

 

「ウ?」

 

 

 ノイトラはそう呟くと、直ぐ傍で四つん這いになり、眼前を飛び回る蜻蛉を捕まえようと奮闘していたワンダーワイスの頭へ右手を置く。

 強制的に興味対象から視線を逸らされた彼は、何処と無く不思議そうな顔をしながら、自身の頭へ乗っている手の持ち主を見上げた。

 

 

「…そんなモン食っても腹の足しになんねぇだろ。そら」

 

「…??」

 

「飴だ。これでも舐めて大人しくしてろ」

 

 

 ノイトラは懐からロカお手製の飴玉を取り出すと、そのままワンダーワイスの口へと突っ込んだ。ちなみにメロン味である。

 ワンダーワイスは始めは戸惑っているというか意味が解らないといった風だったが、やがて今迄味わった事が無い“甘さ”という心地良い味覚を感じたのか、突然全身をピンと張りつめて固まったかと思うと、慌ただしく口の中で飴玉を転がし始めた。

 

 歯の噛み合う音と飴玉が転がる音が順番に鳴り続ける。どうやら普通の食事の様に噛み砕いて食べ様としているらしい。

 ―――まあ、別に構わないか。

 別に予備は後十個以上も有る。此処で噛み砕いたとしても御代りをやれば良い。

 ノイトラはそう考えると、口の中で暴れ回る飴玉相手に奮闘しているワンダーワイスの頭を、これまた無意識の内に優しく撫で始めたのだった。

 

 

「…こいつ等……斬ってもいいのかしら…」

 

 

 此処が戦場であるという事も忘れ、仄々とした雰囲気を作り出している二人の破面。

 斬魄刀を構え、刃先を彼等へと向けた体勢のまま、乱菊は呟いた。

 

 

 




やっぱ無双よりもほのぼのが一番やでぇ…。
別に戦闘描写が苦手だとか、そういう事じゃないんですよー(棒





捏造設定纏め
①斬魄刀は基本的に刃毀れしない云々。
・刃同士で打ち合うのは刀を消耗品として考えている奴か、只単に後先考えてない馬鹿だとか、他にも色々と剣道の先生に教わった事の有る作者の背景からくる捏造。
・戦場であれば他の武将等から盗むとか、何かしら調達して使い捨てといった形で使うので、その限りではないそうですが。
・取り敢えず斬魄刀については何となくこんな感じかと設定。異論は認めます。
②卍解修復可能。
・ハゲさんとか刺青さんに救いを!!という思いから完全捏造。これぞ二次創作の特権やでぇ…。
・特に前者なんて斬って斬られて強くなる卍解なのに、幾ら何でも可哀相過ぎる。その内粉になるんじゃ……本人はそれでも戦いそうですがね。



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