三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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※久々の注意書きです。
今回はネタ話です。そしてキャラ崩壊要素(主にギャグ方面)が含まれています。

苦手な方は御注意下さい。


第十六話 三日月と御仕置と蔦嬢(男)と…

 治療室にて、ロカは自分が担当しているとある患者の最後の治療措置を行っていた

 とは言っても、患部に巻かれた包帯を解き、傷口を固定している大きなスキンステープラーの針を外すだけだが。

 

 

「おい、早くしろ。こっちは退屈でたまんねェんだよ」

 

「…申し訳御座いません」

 

「チッ! 役に立たねえゴミだぜ」

 

 

 その患者というのはヤミー・リヤルゴその人。

 治療しているのは現世の任務で一護に斬り落とされた右腕だ。

 

 断面が綺麗だった事と、ロカの能力運用の向上の御蔭か、接合処置は史実よりもスムーズに進んでいた。

 だがヤミーは彼女に対し、感謝の意など欠片も抱いていなかった。寧ろ治療時間が多い事に文句を垂れてばかり。

 意識の無い当人に代わって腕を持ち帰って来てくれたノイトラに対しては、此方に攻撃して意識を奪った事に対する殺意しか無い始末だ。

 最近ではそれが原因で常に苛立っており、彼の従属官である子犬の破面―――破面No.35(トレインタ・イ・シンコ)、クッカプーロが八つ当たりで物を投げられる等の被害を被っている。

 

 そして今回の様に治療を施してくれている筈のロカへの暴言は初めてでは無い。腕の治療を開始してから何度目になるかも不明だ。

 ヤミーの性格上、口より先に手が出そうなものだが、流石に腕を治すにはロカの存在が必要不可欠であると理解しているのだろう。暴言以上の真似をする様子は今のところ無かった。

 

 だがそれにしても彼女に怒りを向けるのは全く以て筋違いである。

 役立たず、ゴミ、ノロマ、屑、雑魚。他にも口にするのも憚れる単語が幾つも飛び出している。

 ―――聞くに堪えない。

 離れでそれを聞いていたセフィーロは遂に堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「文句言うくらいなら出てって下さいね筋肉ゴリラさ~ん。次からは漏れなく出禁にしますんで~」

 

「あァ!!? てめぇ今なんつったコラァ!!!」

 

 

 包帯を解いていた最中にも拘らず、ヤミーは立ち上がって声を荒げる。

 剰え霊圧まで放出し、見境無しに撒き散らし始めた。

 

 幸いにも、現在の治療室には他の雑務係の破面は居ない。事前に探査神経でヤミーが来る事を知っていたからだ。

 そして一番影響を受けそうだと思われたロカは顔色一つ変えておらず、至って普通だ。

 それもそうだ。以前ウルキオラの霊圧にアテられた教訓から、彼女が身に纏う装束はセフィーロとの共同の下、反膜の糸によって形成された特殊なものに替えられていた。

 外部からの霊的干渉も、霊圧も遮断する仕様となっており、その御蔭でロカは平然としていられた。

 

 余談だが、ウルキオラの霊圧の件は、後に彼が態と放出していた事が判明している。

 関係無い破面達を追い払う意味合いでやったらしいが、あれは何処からどう見ても明らかに強過ぎだった。

 ―――今度からは普通に口頭で伝えるか、目配り程度で済ませておけ。

 彼等も馬鹿では無い。それだけでも十分理解出来るのだからと、ノイトラはそう注意にも等しい助言をウルキオラにして置いたので、もう無いとは思われるが。

 

 

「大体初めっからうるせェんだよ!! 俺に指図して良い立場だと思ってんのかこの(アマ)―――」

 

「あれあれ~? では貴方は第5十刃の従属官である私に手を上げても良い立場なのですか~?」

 

「―――っ、ちいッ!!」

 

 

 ノイトラとの鍛錬の御蔭で幾分か戦闘能力が戻って来ているとはいえ、現状では依然として現十刃と渡り合える程では無いセフィーロは、切り札の一つを切った。

 

 

「治療が終わるまでそんなに時間は掛からないんですから、大人しくしていて下さいね~」

 

「クソッタレが…!!」

 

 

 流石のヤミーとて、解放前の状態でノイトラを相手取るのは分が悪い事は理解していたらしい。

 ドスンという音を響かせながら、不機嫌さを隠さぬ様子で腰を下ろした。

 

 ―――大凡二分程度が経過しただろうか。

 その間、ヤミーはセフィーロに言われた通り、大人しく治療を受けていた。

 バチン、バチン、とステープラーの針を外す音が連続して響く。

 

 

「…処置、終了致しました」

 

「ん?おォ…」

 

 

 やがてその音が止まると、同時にロカが口を開いた。

 ヤミーは首をゴキゴキと鳴らしながら立ち上がると、完全に繋がった右腕を持ち上げる。

 何度も握っては開いてを繰り返し、感覚を確認する。

 

 

「如何ですか? 動き、反応等は切断前と変わりありませんか?」

 

「…そうだな」

 

 

 ロカの問いに対してそう零すと、ヤミーは不意にセフィーロの方に視線を移す。

 だが何を言うまでも無く、出口方向へと身体を向けた。

 

 その妙な行動にセフィーロは思わず頭を傾げそうになるが、次の瞬間、背筋に悪寒が走った。

 ヤミーが振り返る直前、その口元が吊上がっている事に気付いたからだ。

 

 

「っ!!?」

 

 

 ―――まさかこのタイミングで来るとは。

 セフィーロは目を見開き、ロカも予想外の事態に身体を硬直させている。

 既にヤミーは拳を振り上げ、今にもロカ目掛けて振り下ろさんとしていた。

 

 

「本調子かどうかちょっと試させろ、よ!!」

 

 

 だが彼女は一歩も動かない。厳密に言えば必要が無いのだ。

 何せこの場にはもう一人、先程から霊圧を極限まで抑えて潜伏しているとある人物が居るのだから―――。

 

 

「―――大凡七割ってとこか。リハビリ無しでコレなら十分じゃねぇか?」

 

「お…おォ…?」

 

 

 ロカの眼前まで迫ったヤミーの拳を止めたのは、横から伸ばされた右手の人差し指。

 見た目からはどう考えても有り得ない現象。だがその者の霊圧が大きければ、如何なる巨体を誇る相手が放った攻撃でも容易く受け止められるこの世界では珍しい光景でも無かった。

 

 ノイトラは自身が受け止めた拳を眺めながら静かに語り掛けると、ヤミーは反射的に返事を返す。

 だが直後に現状を理解したのか、声を荒げた。

 

 

「って…あァ!? 何でてめえが此処に居んだよ!!?」

 

「何でってオマエ…初めから居たっての」

 

「はあ!? 聞いてねえぞそりゃあ!!?」

 

「当たり前だろ、言ってねぇし」

 

 

 次第に怒り口調へと変化し始めるヤミーに対し、ノイトラは冷静にツッコむ。

 何故彼が此処に潜んでいたかというと、事前にセフィーロより、ヤミーの治療が終わる日が今日であると聞いていたからだ。

 恐らくヤミーは間違い無く、治療が終わった瞬間にロカを殺すだろう。

 基本的に破面達は、一人の雑務係の破面が死んでも全く気にしない。するとすれば、それは同じ雑務係の同僚ぐらいだ。

 他は大抵が消耗品が一つ減った程度にしか取らない。

 

 だがノイトラやセフィーロはそうでは無い。

 ロカには今迄も世話になっているし、感情に乏しいとは言え、細かな部分で気を遣ったり、さり気無く世話を焼いてくれたりと、見返りを求めず他人に尽くすその在り方には好感を持てる。

 

 ノイトラ自身は知らないが、過去の彼女は現在とは比べ物にならない程人形染みており、ウルキオラを彷彿とさせる程だった。

 今のロカが在るのは、セフィーロの尽力の賜物に他ならない。

 事有るごとに共に行動し、気分転換と表して嫌々ながら藍染に許可を取り、現世にコッソリ赴いたり等、様々な事をした。

 結果、僅かながらも感情豊かになり、セフィーロ限定ではあるが時折笑顔を見せる様になった。

 

 そんなロカが、同族殺しを何とも思わない最低最悪な性格とも言えるヤミーに理由も無く虐殺される等、許せる筈が無い。

 そう考えたノイトラは、まず霊圧を抑えて治療室の隅へと潜伏し、ヤミーが行動を起こした直前に行動するという、至って簡単な作戦を決行した。

 霊圧知覚が鈍いヤミーなら粗末な霊圧秘匿でも気付かれる事は無いだろうし、従属官であるセフィーロの相棒的な存在を助けても何の問題も無い。

 

 

「だからこの前探査神経鍛えろって言っただろ。俺だから良かったものの…死神達相手にそんな真似すりゃ死んでんぞ」

 

「う…うるせえ!! てめえこそコソコソと情けねえ真似しやがって!! それでも十刃かよ!!!」

 

「力の無い雑務係のロカ(コイツ)をサンドバッグにしようとするのは情けねぇとは言わねぇのか? 第10十刃サマ?」

 

「ぬぐぐぐ…!」

 

 

 正しく完全論破。思考能力が著しく低いヤミー相手では、この結果になるのは自明の理。 

 だが忘れてはいけないのが、彼はとことん馬鹿であり、此処で素直に反省を示す様な輩では無いという事。

 

 案の定、ヤミーは反論すら出来ず手詰まりとなった途端、逃げる様にそそくさと治療室を後にしようとする。

 ――――させると思うか。

 ノイトラは響転でその場から跳ぶと、ヤミーの眼前へと先回りした。

 

 

「んなっ!?」

 

「…そう急ぐなって」

 

 

 浮かべる笑みは何時ぞやの戦闘狂モードを彷彿とさせるものでは無く、加虐性極まる寒気を感じるもの。

 初めて見るノイトラのその表情に、ヤミーは冷や汗を滝の如く流し始める。

 

 

「ヤミーよぉ…」

 

「な…なんだよ…」

 

「その腕、本調子に戻してぇだろ?」

 

「お、おお…」

 

「俺が協力してやろうか?」

 

 

 歯を剥き出しにしてそう言うノイトラに、ヤミーは全身に鳥肌が立つ。

 同時に本能が警報を鳴らす。此処は危険だ、即座に退去せよと。

 

 

「い、いらねえよ!! その内戻んだろ!! 俺の事はほっといて其処を退けよ!!!」

 

「そんな水臭ぇ事言うなよ…な?」

 

「どあァッ!!?」

 

 

 だがヤミーは既に詰みの状況下であった。

 眼前からノイトラが消えたかと思うと、辮髪を背後から引っ張られて後ろへと倒される。

 突然の事に混乱していると、今度は襟を掴まれ、そのまま扉へと引き摺られて行く。

 

 

「は、放しやがれノイトラァ!!」

 

「さぁてと…楽しい楽しいリハビリの始まりだ…」

 

 

 そのまま二人は治療室から出ると、即座にノイトラが響転でその場を移動。

 セフィーロも彼等が何処へ行ったのかまでは知らない。

 只、この日を境に三日間、虚夜宮内にてヤミーの姿が見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚夜宮の外にてヤミーの教育(KYOUIKU)を終えたノイトラは、後から遅れて来たチルッチと共に、第5十刃の拠点の宮への帰路へ就いていた。

 別にフルボッコにしたとかそういう事では無い。十刃同士の戦闘は厳禁とされている中、感情に任せてそれを態々破る様な馬鹿な真似はしない。

 単にノイトラの鍛錬メニュー―――ヤミー専用改正版を強要しただけだ。とは言っても、当人は半分も成し得ていないのだが。

 基本的に食っちゃ寝という自堕落な生活を送るヤミーに、ノイトラの行う様な過酷な鍛錬が出来る訳が無い。

 

 

「いやぁ、スッキリした…」

 

「…あれには流石のあたしも同情したわ」

 

 

 達成感溢れる爽やかな表情を浮かべるノイトラに、チルッチはうんざりした様子でそう呟く。

 何せその光景はスパルタもスパルタ。少しでもサボろうとすれば斬魄刀を眼前スレスレに突き刺して脅したり、グリムジョーにした様に瞬間的に霊圧をぶつけたりという容赦の無さ。

 第5と第10、余りに力の差が開いている未解放の状態では断れず、かと言って藍染の許可無しに解放する訳にもいかないヤミーは従うという選択肢しか取らざるを得ず、激しい息切れと発汗に見舞われながらも必死にメニューをこなしていた。

 

 現在の時間は既に現世で言う午後四時付近を回った付近か。後二時間もすれば、何時も通りに仕事を終えたであろうセフィーロとロカが夕食の準備にやって来るだろう。

 セフィーロは従属官になったと言えども、住居は治療室に在る一室のままだ。

 ―――何なら其処で一緒に過ごしますか。

 そんな誘いを受けたが、丁重に御断りしておいた。

 

 ちなみに従属官でも無いロカが何故夕食時に混ざっているのかは不明だ。

 再構成した料理を他の雑務係に運ばせればそれで済むのに、だ。

 ノイトラとしては別に問題でも何でも無いので、余り気にも留めていなかったが。

 

 この二時間という余った時間。待つには長過ぎて、鍛錬するには短過ぎる。

 如何にして潰そうか、ノイトラは歩きながら考える。

 

 最近は何かと藍染主催の会合等の用事が多く、満足に鍛錬の時間が取れていない。

 一応この事を想定して、現世の任務の直前までは十二分に取っており、今も軽く流す程度の事はしているが、正直言って不安だ。

 身体を使う鍛錬は非常に時間が掛かる。短時間の場合、霊圧の細かな制御等、細かい部分を鍛える事も出来るが、やはり全力で力を振るわねば力の上限は上がらない。

 

 僅かな時間ではあったが、以前の任務の中で喜助や夜一と交戦した御蔭で、色々とイメージが湧いていた。

 ノイトラとしては是非ともそれを鍛錬の中で試したいと考えているのだが、中々思う通りにいかない現状に内心で歯噛みしていた。

 

 

「しっかし、やっぱ物足りねぇなぁ…」

 

「…今あんたが何考えてるのか判るわ。この鍛錬馬鹿!!」

 

 

 懲り懲りだと言わんばかりに、チルッチは叫んだ。

 ―――これ以上何か新しい事をしようと言うのか、この男は。

 もう十分であった。主にSAN値的な意味で。

 

 ちなみにSAN値とは、とあるクトゥルフ神話を題材にしたTRPGで使われるプレイヤーキャラクターのパラメーターの一つである正気度を示すものだ。

 主に衝撃的だったり極度の恐怖や狂気の場面に遭遇した場合に起こり得るそれ。

 例えば小さな少女が大型トラックをボール代わりにジャグリングしている光景を目の当りにした様なものだと思えば良い。

 絶対に自分の正気を疑うし、その光景が長く続こうものなら、間違い無く気がおかしくなる。

 

 ノイトラに関しては、その有り得ない光景と同時に放出される出鱈目な霊圧が有る為、余計に拍車を掛けている。

 彼に追い付く、または出来る限り近付く事を目標としているチルッチだ。差が縮まるどころか、倍速で広がる事が繰り返されてみろ。それは叫びたくもなるだろう。

 

 

「何言ってんだ。向上心無くして成長無しだぜ?」

 

「あんたのはあり過ぎだっての!! ドルドーニにガンテンバイン(あいつ等)もその内泣くわよ!!?」

 

 

 かつてノイトラが凄まじい速度で成長を遂げていた頃、日に日に実力と戦法が変化し続ける彼の鍛錬を相手していた二人の零していた愚痴が脳裏を過る。

 ―――如何足掻いても“絶望”。

 最近では稀に実戦形式の手合せをする程度だが、開幕と同時に勝敗が決まる光景以外を見た記憶が無い。

 

 そして最後の抵抗と言うべきなのか、ドルドーニは未だにノイトラに免許皆伝を与えてはいない。

 チルッチやガンテンバインには只の悪足掻きにしか見えなかったが、自分には考えが有るのだと言って本人は全く聞き入れない。

 確かに彼は時折何か思い詰めた様な表情を浮かべていたりするが、普段の行いの悪さ故に、皆は半信半疑だった。

 

 

「…そう言えば、昨日の会議の内容って―――やっぱグリムジョーの事?」

 

 

 何を言っても埒が明かないと諦めたチルッチは話題を切り替える事にした。

 このメリハリの良さを見る限り、少なくともノイトラの影響を受けている様だ。

 

 会議内容については、多分明日辺りに虚夜宮全体に詳細が伝わると思うが、ノイトラは折角なので教えて置く事にした。

 

 

「ああ」

 

「…“落ちた”の?」

 

 

 チルッチにはグリムジョーの治療の面倒を見ていた事を伝えてある。

 負傷内容、そしてそれに至った経緯の詳細についてもだ。

 

 

「片腕無くしてんだ。流石に継続は無理だろ」

 

「そう…」

 

 

 ノイトラは最後の呟きに、落胆の感情が含まれている事に気付いた。

 思えばチルッチはあの時を切っ掛けに、グリムジョーの事をある意味好敵手の一種として見ていた。

 これが他の破面であったならば彼の降格に喜びそうなものだが、戦士の心構えを持つ彼女にとっては違うらしい。

 高い壁というものは真っ向勝負で乗り越えてこそ意味が有る。それが外的要因で勝手に崩れ落ちて、瓦礫と化したそれを軽々と踏み越えて行く様な形になって喜べる訳が無い。

 ノイトラとしてもそれは同感だった。

 

 

「で、後釜はどんな奴だったの?」

 

「それは―――」

 

 

 ―――多分お前が嫌いなタイプだ。

 そう口に出す前に、その声を遮る者が前方より現れた。

 

 

「あ、ノイトラじゃーん! やっほー! あいかわらずデカくておっかない顔してるねェ!!」

 

「……こんな奴…」

 

「…マジで?」

 

 

 正しく話題に上がっていた張本人―――ルピ・アンテノールの登場だった。

 楽しげな笑顔を浮かべながら、長い袖を頭上で振り回している。

 

 ノイトラは酷く面倒臭そうな表情でそう零し、チルッチは固まった。

 前任者との余りの落差、そしてその容姿に。

 ルピはそんな二人を見て首を傾げた。

 

 

「あれ?ノイトラってばなんでいきなり疲れた顔してんの? ってか随分となつかしい顔が居るねー。あの噂はホントだったんだ!」

 

「………」

 

「いやいや、でも昔とは大違いだねー。霊圧もすごく上がってるし、油断すればボクでも危ないかもォ。これはもう売女とか気軽に呼べないや、ざんねーん。ちなみにあくまで“油断すれば”だけどねー。大事なとこだよこれ!」

 

「……ウゼェ…」

 

「…同感。これはキツいわ…」

 

 

 一向に止む様子が無いマシンガントーク。放って置いても三十分は軽く話し続けて居そうだ。

 ノイトラとしては元々ルピが御喋りだとは知っていたのだが、実際に体験してみると想像以上のものだった。

 さり気に侮辱されていたチルッチだが、話し声を聞き流す事で精一杯で、特に気にしていなかった。

 

 

「ちょっとー、少しは反応してよォ。話してるコッチはつまんないじゃーん。折角会ったんだから少しは交流を深めようとは思わないの? そんなんじゃコミュ症になっちゃうよ?」

 

「…せめて台詞が三十字以内であれば考慮する」

 

「それは無理だねー。だってその程度じゃボクの話したい事とか全然伝えられないしー。やっぱり言葉を尽くすってのは最高の礼儀だと思うんだけど、そこらへんどう思うノイトラ?」

 

「…要点を簡潔に伝える事も時には必要だろが」

 

「おおっと、それはボクも盲点だった。スゴイね、見た目に反して普通に冷静なツッコみも出来るんだ! てっきり噂通りなただのゲスなチンピラだと思ってたよ!」

 

 

 一言返せば倍以上になって返って来る言葉の嵐。しかも節々に挑発が混じっているときた。

 だがノイトラは怒りよりもうんざりな気分が勝っていた。

 それはチルッチも同様らしく、聞き流しに徹していた彼女の眉間に徐々に皺が増えて行ったかと思うと、とうとう痺れを切らした。

 

 

「…ちょっと、もう行くわよノイトラ。これ以上は流石に相手してられないわ」

 

「お、おう…」

 

 

 強引にノイトラの腕を掴むと、そのまま引っ張って行く。

 突然の行動にキョトンとするルピの横を通り抜けると、二人は再び帰路を進み始めた。

 だが彼がそれを大人しく見送る様な性格をしている筈も無く―――。

 

 

「おやおや、そんなに密着しちゃって。もしかしてボクがノイトラを独占してたから嫉妬しちゃったのかな? ヒューヒュー、熱々だねェ! ノイトラも隅に置けないなー!」

 

「………」

 

「そういえばチルッチ以外にも女の従属官が居るんだよね? いよっ、この女こまし! 一体どんな方法で手籠めにしたのか、ボク詳しく聞きたいなー?」

 

 

 ルピは歩を進め始めた二人の後ろに追従し、更に捲し立てる。

 拠点の宮が近い為に致し方無いとは言え、このしつこさは少々目に余った。

 喧騒を傍から眺める分には構わないが、自分がその中心となるのを嫌うスタークが拒否反応を示した理由も解る。

 

 二人は終いに響転でも使おうかと思い始めた瞬間、ルピの口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。

 

 

「…やっぱりノイトラはノイトラなんだねー? 前の男の従属官を捨てて、新しく女の方を選ぶなんて。いやー、流石ケダモノはやる事が違うね」

 

「なっ!! てめえ何言って…!!」

 

「しかもその従属官だってハリベルっていうボンキュッボンの方を選んだみたいだしー、全く以て似た者同士だねェ。言い換えれば好色主従かな?」

 

 

 無視されている事が気に食わなかったのか、ルピは話の内容を変えた。

 それもノイトラにとって禁忌とも言える話題へと。

 ルピとしては他者を馬鹿にする事が好きという趣味の範囲内でも有り、話題作りの為の挑発の意味合いでしか無いのだろう。

 

 

「…何だと?」

 

 

 案の定、彼は歩みを止めると、ゆっくりと振り返った。

 ―――拙い、これはキレる寸前だ。

 この場の空気がノイトラを中心に変化した事に、チルッチは焦り始める。

 霊圧を抑えているとは言え、その佇まいから実力差を測れないのかこの女男は、と内心で毒づく。

 

 

「ア、ごめーん…もしかして図星だった? でも仕方ないよねー…そう見えちゃうんだもん」

 

「………」

 

 

 振り向いたノイトラに対し、ルピはワザとらしく謝罪する。

 その表情は明らかに反省の色等が一切無く、口元から舌を覗かせ、小馬鹿にした様に半目でノイトラを見詰めていた。

 

 

「でも考えるとそれに引っ掛かる女も大概だよね。そこの女は未だしも、そのもう一人だってもしかすれば結構な尻軽なのかも―――」

 

「おい!てめえそれ以上口を開くな!!」

 

 

 第6十刃は揃いも揃って地雷を踏み抜くのが恒例なのだろうか。

 チルッチはそう思いつつ、状況の泥沼化を防ぐ為に声を荒げてルピの発言を制止せんとする。

 

 

「少し黙れや、糞餓鬼が」

 

「え…?」

 

 

 だが全て手遅れであった。

 気付けばノイトラはルピの真正面、それも半歩動けばぶつかる程度の距離に立って居た。

 油断していたルピは目を見開いて全身を硬直させた。

 そしてその一瞬の間に、魂が押し潰されるがの如き霊圧が彼を襲う。

 

 

「か…ハッ!!!」

 

「御喋りも度が過ぎると痛い目を見る事になるぜ。こんな風にな…」

 

「ヒッ…!!」

 

 

 緩み切っていた表情を一転、恐怖一色に染め上げたかと思うと、後ろにへたり込んだ。

 それは到底男とは言えない、実に女々しく、そして情けない姿だった。

 

 ノイトラはそんなルピに近付くと、頭部を右手で鷲掴みにして自身の視点まで持ち上げた。

 全身が弛緩しているルピは成すがままにされるしか選択肢は無く、言葉にならぬ声を漏らしながら、虚ろな目でノイトラを見た。

 

 

「…その舌を引っこ抜けば少しは静かになんのか?」

 

「っ!! や…止め…!!」

 

「誰が喋って良いって言った、オイ?」

 

「ギッ…アアアァッ…!!!」

 

 

 ノイトラは頭部を掴む手に力を込めた。

 同時にメキメキという嫌な音が響き始める。

 ルピは悲痛な叫び声を上げ、両目からは涙腺より涙が漏れ出す。

 

 幾ら彼が逆鱗に触れる様な真似をしたからと言っても、これ以上ルピに危害を加える事が有れば流石に藍染の定めた法に触れる事になる。

 そう考えたチルッチは咄嗟にノイトラの腕を掴んだ。

 

 

「ノイトラっ!!」

 

「…解ってる」

 

 

 幸いにも未だ言うまで怒りを覚えてはいなかったのか、ノイトラは直ぐにルピを放した。

 グリムジョーとは異なり、手よりも口が出る方が早かったのが原因だろう。

 再び元の体勢へと戻ったルピに、絶対零度の視線を向ける。

 

 ノイトラが一番気に食わなかったのは、テスラに関しての発言だ。

 彼が何を思い、如何なる覚悟を以て行動したのか知らぬ癖に、知ろうともしていない癖にあの発言だ。

 ―――この身の程知らずが。

 殺意は無いが、根拠も無しに勝手な想像で軽々しく語るあの女男の口から声帯までを抉り取って遣りたいと、そう思った。

 結果的に見れば殺意が有るのと同等なのだが、ノイトラの中では認識が異なる様らしい。

 

 ルピが十刃でなければ、何時もの肉体言語の話し合い(HANASHIAI)を行っていただろう。それも一番容赦の無い内容を、延々と。

 今迄も何度か他の破面達に身内の誰かを侮辱され、それに対する報復を行って来ているが、そのどれもが殺すまでに至っていない。

 だが今回の場合は状況が違う。他ならぬノイトラと一番付き合いが長い、互いに理解し合える親友と言える間柄であるテスラの覚悟を侮辱されたのだ。

 精神状態を一からリセットされてもおかしく無い。

 

 ノイトラとしては、寧ろ殺されない事に感謝しろとまで思っていたりする。

 余りに日本人らしくない物騒過ぎる考えだ。憑依後の環境がそういった変化を齎したのかもしれないが、それにしても変わり過ぎだ。

 それ程までにテスラ・リンドクルツという存在は大きく、あの荒んでいた頃のノイトラの心に、一番最初に救いを与えてくれた唯一の存在でも有った。

 

 現在では話す機会も減ったとは言え、その絆は健在だ。稀に視線を交差させるだけで十分通じ合えている。

 ―――今日は随分と賑やかじゃねぇか。

 ―――馬鹿言え、振り回されているだけだ。

 ―――ま、頑張んな、ムッツリ野郎。

 ―――そっちもな、女コマシ野郎。

 アパッチ達に弄繰り回されながら通路を進むテスラと擦れ違った際、一瞬のアイコンタクトで行われた意思疎通の内容だ。

 もはや超能力の域なのだが、親しくなればこの程度は普通だと二人は思っていた。

 

 

「命拾いしたな」

 

「…あ…うっ!!」

 

 

 ノイトラは右手から力を抜く。そうなれば当然、ルピはその手の間を摺り抜けて床へと落下した。

 糸の切れたマリオネットの如く崩れ落ちると、前のめりに倒れそうになるが、其処は流石に十刃に選ばれただけ有るのか、咄嗟に両手を着いて身体を支えた。

 

 

「…ッ…ハァ…ハァ…!!」

 

 

 ルピは荒い息を吐きながら、俯き加減だった顔をゆっくりと持ち上げ、ノイトラの様子を窺う。

 その表情には先程までの余裕は皆無。前任者と同じく力の差を理解したのだろう、怯え混じりに観察している節が見られた。

 

 ―――第三者が見れば誤解しそうな光景だ。

 涙を浮かべながら怯えた表情をした美少年が、眼帯を付けた人相の悪い長身の男の前で両手両膝を床に着いている。

 場合によっては如何様にでも解釈出来る光景を展開している事に気付き、早々にこの場を終息させた方が良いと考えたノイトラは、ルピに更なる制裁を加えたい自身の衝動を抑えながら口を開く。

 

 

「コレに懲りたら、二度とテスラ(アイツ)の事を語るんじゃねぇ。行くぞチルッチ」

 

「え?…う…うん…」

 

 

 そう言って一睨みした直後、踵を返すノイトラ。

 チルッチはその行動の切り替えの早さに一瞬固まるも、慌てて追従し始めた。

 

 ルピはそんな二人の背中を只々見送るしか出来無かった。

 やがて二人の通路の曲がり角へと消えて二・三分後、弛緩していた全身に感覚が戻ると、ヨロヨロとふら付きながら立ち上がる。

 

 

「あれが…5番目だって…!? どう考えても詐欺じゃないか…!!」

 

 

 顔を顰めながら、ルピは先程までとは異なった口調でそう吐き捨てる。

 彼はノイトラを舐めていた。所詮は鋼皮と膂力が自慢なだけの、頭の悪い獣だと。自分でも完全に隙を突けば殺せる程度に実力が均衡していると、そう思い込んでいた。

 噂通りであれば、少しばかりの挑発に反応するだろうし、感情に任せて襲い掛かってきたところを、先に述べた通りに隙を突く事で返り討ちに出来る。

 そうして自分が第5十刃へ昇格する。先程の挑発はその為のシミュレーションの一種だった。

 

 この考えから判る通り、ルピは新人且つ成り上がりに近い男だった。

 今迄十刃とは離れた位置に居たが故に、最新の情報にはやや疎く、風に聞いた噂程度の情報しか主に持ち得ていなかった。

 ノイトラが大人しくなった事、任務報告の場に於いて衝撃発言をした程度の事は知っているが、それだけだ。その場に居合わせた破面達が彼に何を感じたのか、どう認識したのかまでは認知していない。

 

 だがルピは実際にノイトラと相対してみて理解した。あれは次元が違う、と。

 何が頭の悪い獣だ。あれ程見事に研ぎ澄まされた霊圧は、戦士であっても持つ者は然う然う居ない。

 何が鋼皮と膂力だけの愚物だ。序盤に一瞬で間合いを詰めて来たあの響転の速度を見た上で言っているのか。噂を流した馬鹿な破面は。

 

 たったの一睨み。それだけで勝敗は決していた。

 ルピは必死に考察するも、一向に自分が勝てるビジョンが全く浮かばなかった。

 

 

「なのに…なんで…」

 

 

 顔を俯かせながら、絞り出す様にしてそう零す。

 これ程までに一方的な展開をされた経験は無かった。

 第6十刃就任前の、只の遊撃要員の破面だった頃も、何時も周囲の主導権は自分が握っているのが常だった。

 こんな時、何時もの自分であれば間違い無く激昂している。そして本気で仕返しの算段を組み始める筈だったのだが―――。

 

 

「こんなに―――」

 

 

 ―――胸がすく様な感じがするんだろう。

 自身の胸を両手で押さえながら、呟かれた言葉は、周囲の空気に溶け込む様にして消えた。

 

 一睨みされただけで、自分の全てを屈服させられた時に感じた恐怖。

 身動き一つ取れず、為す術も無い、僅かな抵抗すら許されない絶望。

 最終的にゴミを見る様な目で見下ろされた挙句に見逃され、去って行くその背中を只々眺めるしか出来無かった無力感。

 

 だがそれ等全てが、何故か、如何してか―――悪く無いと思えた。

 もう一度感じてみたいと、そう思えた。

 

 今この瞬間、ルピ・アンテノールは被虐嗜好―――所謂ドMという新世界を己の中に開拓した。

 同時に遠くでとある眼帯の男が背筋に悪寒を感じたとか何とか。

 

 

 




御気付きかと思いますが、ゴリラがロカをペッチャンコした後、直ぐに十刃達は藍染様に招集されていった筈なのですが、本作ではロカの能力がパワーアップしている為、治療期間が一日早まった形になっています。

ってかルピの口調がイマイチ掴めない事に悩んでます。
時々言葉の間が間延びしたり、語尾を多少伸ばしたりとか、色々不規則過ぎる…。
「ア、ごめーん」っていう口癖が有る事しか知らんです。

…ま、良いか。所詮は居ても居なくても良いキャラだし(オイ





ところで気になったんですが、SAN値とかいう単語は二次創作の中で使用しても問題無いのでしょうかね。
調べても特に二次転用禁止等の制約とか見付からず、問題無いと踏んでネタ話であるこれに使用した心算ですが…。

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