何かこの方が凄く遣り易いので、暫くこれを基準にしようかな…。
藍染の自室へと続く通路に、三人分の足音が木霊する。
一人はノイトラ。そして残る二つは、左目周辺が仮面の名残で覆われたツインテールの女―――ロリ・アイヴァーン。彼女とは対照的に右目周辺が仮面の名残で覆われたショートカットの女―――メノリ・マリア。
ロリは終始一貫して眉間に皺を寄せており、非常に不機嫌なのが丸判りだ。視線のみを動かして隣のノイトラを見ては、舌打ちを繰り返している。
メノリはそんな彼女の態度を取る度、ソワソワと挙動不審な動きをしている。恐らくは注意したいのだろうが、中々言い出せぬままズルズルと引き延ばしにしていた。
ノイトラはそんな彼女達に両脇を固められながら、極めて面倒臭いと思いつつ、黙って目的地へと足を進める。
本来なら十刃としてロリの態度を窘めるべきだろうが、彼女自身の性格を知っているが故に、何も口出ししなかった。
何せ興奮すれば十刃たるヤミーやウルキオラに対して堂々と殺してやると宣言する様な身の程知らずだ。
そして妄想癖も有る様で、グリムジョーにした様に、自分に手を出せば藍染が黙っていないと喚き立てるに決まっている。
―――つくづく可哀相な女だ。
ノイトラは表情を変えぬまま、彼女を憐れんだ。
「…今から藍染様を御呼びするわ。精々大人しくしている事ね」
「ちょっと、ロリってば…」
「黙りなさいメノリ!」
やがて藍染の自室の前へと到着するや否や、ロリは失礼極まりない口調でノイトラに言う。
流石にこれは拙いと思ったのか、メノリは口を挟んだが、聞き入れられなかった。
しゅん、と見るからに落ち込むメノリ。
ロリはフンと鼻で嘲笑うと、そのまま彼女を放置して扉を叩いて中の藍染に声を掛けた。
「…別に気にしちゃいねぇよ。安心しろ」
「っ!? ノイ…トラ…様…」
其処で御人好しさが抜けないノイトラの悪い癖が出た。
彼は落ち込みながらもコソコソと此方の様子を探っているメノリを放って置けず、声を掛けた。
突然の事に、当然メノリは一瞬肩を跳ねさせる。
予想通りの反応にやや心を痛めながら、ノイトラは出来る限り優しく語り掛ける。
「アイツがそういった性格なのは端っから理解してる。そんなんに一々腹を立てる様な器は持ってねぇ」
「で…ですが…」
「只、な…」
戸惑いを見せるメノリに、ノイトラはこれが最初で最後の忠言だと視線で訴えながら、諭す。
「グリムジョーとかヤミーに対しては絶対ああいった態度を取らせるな。力づくでも何でも良い、じゃなけりゃ死ぬだけだ」
「は、はい…!」
「解りゃ良い、頑張んな」
そう言った直後、ノイトラはメノリの様子がおかしい事に気が付いた。
先程までの怯えた様子から一転、何か妙に輝いた目で此方を見詰めていたのだ。
―――この目はテスラと一緒だ。
別に自分を慕う存在が増えるのは構わない。だが現状を考えると良い傾向とは言えないのも事実。
仲間というものは強さの根源でもあるが、同時に弱みにも成り得る危うさが有る。その者に力が無ければ尚の事。
今回の呼び出しの件もそうだが、藍染が何を考えているのか全く判らない今、徒に仲間を増やすのは得策では無い。
先程のアドバイスは少々浅はかだったかと後悔した。
今迄恐怖の象徴だと思っていた上司的存在が、意外に優しく、そしてさり気に助言をしてくれたりすればどう思うだろう。
自分ならば普通にやる気が出る。しかもその態度の落差にやられ、その人の背中を支えて遣りたいと思う。ギャップというものはそれ程までに大きな要素となるのだ。
メノリから顔を逸らしながら、ノイトラはロリの後姿を眺める。
どうやら入室の許可が下りたらしい。
藍染と話せた事に気分を良くしたのか、やや頬を赤く染めながら、先程よりも棘が抜けた口調で話し掛けて来る。
「入って良いわ」
「…お前達は?」
「藍染様は貴方一人で来るのを御所望よ。た、だ、し! くれぐれも失礼な態度を取らない様に!」
「…はいよ」
言われずともその程度は弁えている。
これでも憑依前は職業柄、様々な人を相手にしてきた。
御偉方の対応程度、慣れたものだ。
―――胃の痛みはさて置いて。
「失礼致します」
背中に妙な
娯楽用具等が一切無い、シンプルな室内が目に入る。
そしてその中心には、リラックスした様子で椅子に腰掛けた藍染の姿が有った。
「良く来たねノイトラ。楽にしたまえ」
ノイトラはその言葉に従い、腕を後ろに組んだ楽な姿勢へ変える。
だがその内心は緊張と警戒で満ちており、出来る限り相手のペースに吞まれない様に身構えていた。
「さて、呼び出した手前で申し訳無いんだが、実は褒美の内容が何も思い付かなくてね」
「はぁ…」
「だからノイトラ、他でも無い君自身の意見を聞きたい。何が良いかな?出来る限り要望には応えよう」
―――やはりそう来たか。
予想通りの展開に、ノイトラは内心で溜息を吐いた。
実を言えば、これといった望みは無い。憑依前に寝泊まりしていたボロアパートに比べて、現在の拠点の設備は充実してるし、特に困っている事は殆ど無い。
日々の食事関係にしてもそうだ。
基本的に破面達の主食は虚同様人間の魂魄だが、現世の果物や、食用霊蟲で十分事足りている。
ちなみにこの食用霊蟲とは、一々虚夜宮の外から魂魄や虚を調達する手間を省く為、藍染が独自に研究開発した家畜の様なものだ。
支給された直後は既に調理済で、現世で言う携帯食料と同等なのだが、その味は御世辞にも余り良いとは言えない為、殆どの破面達は果物の方を中心的に摂取している。
だが今のノイトラはそんな事をせずとも、憑依前と変わらない―――それどころかもっと良い食生活を送れていたりする。
ノイトラはその象徴たる日本食を常日頃から存分に味わっているのだ。
それは主にロカの働きによる恩恵である。
彼女の帰刃の持つ能力―――
反膜というのは大虚が同族の虚を助ける時に放つ光の事で、対象が光に包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶されるという、撤退に用いるにはこれ以上無い程適したもの。
ロカのそれは多少異なり、反膜の特性を保ちながらそれは極細の糸状になっており、あらゆる物質と接続して霊力や情報の共有を行う事が可能。
以前セフィーロと共に訪れた事の有る現世にて、その能力で日本の食材や料理の情報を収集。そしてこの虚夜宮に帰還後、大気中の豊富な霊子を使って再構成し、密かに自分達の食生活を充実させているのだ。
それまでは他の破面達と変わらない食事を摂っていたノイトラだったが、セフィーロが従属官となってからというもの、彼女達と同じになった。
ついでと言っては何だが、その恩恵は稀に十刃落ちグループにも齎されていたりする。
だが最近では何時も決まって、再構成されたワインを飲んで酔っ払ったドルドーニがノイトラに嫉妬から来る殺意を以て襲い掛かるパターンが多い。
その度に次回の食事提供抜きという罰がセフィーロより下されるので、連帯責任というとばっちりを受けたガンテンバインが怒りを露にし、二人が喧嘩している光景が良く見られる。
普段より質素で修行僧の様な生活を送っていたガンテンバインも、元々娯楽の少なかった虚夜宮で手に入った唯一と言っても過言では無い―――食という娯楽は何よりも代え難い楽しみとなっていた様だ。
良い鍛錬にもなるだろうと、ノイトラは特に二人の喧嘩を止める気は無かった。
鍛錬時とは異なり、自身の感情に任せてぶつかり合うのはある意味良い経験にもなる。
当然というべきか、感情豊かなドルドーニよりも先に、自身の精神を律する術に長けたガンテンバインが落ち着きを取戻し、隙を突いて叩き伏せるという結末が六割を超えている。
だが最近ではドルドーニも学習したのか、幾分か巻き返す事も増えて来ているので、見ている方にとっては良い余興だ。
只、皆が賑やかに食事する光景を見る度にノイトラは思っていた。
過去に己が従属官であったテスラにも少しは振舞ってやりたいと。
だが現在では互いの立場上、余り容易に干渉出来る間柄では無い。故に致し方無いと断念していた。
今度こっそりクッキー程度は送り届けてやろうかと考えているが。
「…でしたら」
ノイトラは不自然さが無い様、少し考える素振りを見せた後に口を開いた。
例えば此処で藍染に新たな力を要求したとしよう。
さて、彼が素直に力のみを与えてくれると、本当に思えるか。
当人の持つ素養にも左右されるだろうが、恐らく力を与える事自体は可能だろう。
ノイトラの破面化は藍染の崩玉によるものだが、厳密に言えばそれは未完成の状態で行われたものであった。
喜助の持つ崩玉を奪い、自身のそれと融合させて完成状態となった現在の崩玉ではない。
未完成の崩玉の齎す破面化は、大凡六割の確率で失敗し、成功とも失敗とも言えないのが三割、成功例が一割だ。
帰刃形態を見れば判るが、完全に破面化した十刃達は共通してほぼ人型だ。ノイトラの様に腕が倍以上に増加する等、明らかに人を外れた姿にはならない。
―――バラガンは骸骨だが、一応形状は人のそれなので、その括りにしておこう。
後、成功例の全ては最上級大虚だ。
ノイトラは自身の記憶を見る限り、現十刃の上位三人は最上級大虚。ウルキオラはある日突然藍染からの紹介で初めてその存在が露呈したので、正確には判らない。
だが彼特有の帰刃形態のあの凄まじい戦闘能力を見る限り、恐らくはその三人と同様だろう。
つまりノイトラは中途半端に破面化した状態とも言える。
中級大虚出身の為、今の状態が限界点だという可能性も有るが、憑依後の成長度合を見る限りは低そうだと彼自身は踏んでいた。
だが完成した崩玉による完全な破面化―――強化が可能だとしても、それを施す者が藍染では全く信用ならない。
ザエルアポロが兄のイールフォルトにした様に、怪我の治療と表して情報収集の為の
それとは別に、藍染の意思一つで起爆可能な爆弾の様なものである可能性だって有る。東仙の最期の姿が良い例だ。
つまり藍染に要求出来る褒美の内容と言えば、自身の身体に直接干渉される様なものではなく、自身を取り巻く周囲の環境に関したものに限られる。
ノイトラは予め考えて置いた要望を口に出す事にした。
「ザエルアポロの監視を止めさせて貰いたい。自分と…従属官達の周囲も含め」
「…ふむ、確かに彼は一通りの宮を個人的に監視している様だね」
それが齎す結果は果たして好転か、それとも暗転か。
可能性としては五分五分だが、直接ザエルアポロと対峙する事になったとしても、此方に負けは無い。
藍染は顎に手を当てると、何か考え込む様な仕草を見せる。
だが依然としてその表情は薄笑いを浮かべたままだ。
「だが…それだけかい? 最強を目指す君ならば、更なる力を求める事も予想していたのだが…」
―――冗談言うな。
ノイトラは内心で毒づく。
「十分です。以前からアイツは目障りだったので」
「…良いだろう。彼には私が直接伝えて置こう」
「有難う御座います」
藍染が納得した事を察し、安堵するノイトラ。
恐らくこれでザエルアポロの監視は確実に止まるだろう。“彼だけ”は。
依然として藍染の監視は続くのは承知の上だ。
だがノイトラには自信が有った。如何に彼とて、崩玉との融合を果たさない限り、セフィーロの自室までは監視不可能だろうと。
その理由も、ロカの能力に繋がっている。
実はセフィーロの自室の壁や扉には、反膜の糸が大量に張り巡らされているのだ。
ちなみに水玉模様の壁紙もそれ仕様であり、所謂厳重な二重構造となっている。
反膜というもの自体は、言うなれば織姫の持つ事象の拒絶と同等で、世界の理に匹敵する能力だ。
とは言え、ロカのそれは糸状だけあり、元の反膜としての性質は弱い。だが度重なる工夫と、セフィーロの能力との組み合わせにより、それも解決している。
―――二人は未だにその詳細を話してくれてはいないが、時期的に考えても、判明する時は近いだろう。
現世と尸魂界の間には、
断界には虚等の外敵を防ぐ為に
後者は世界の理の側の存在であり、死神には到底太刀打ち出来無い存在なのだが、崩玉と融合した藍染はいとも容易く破壊して退けた。
その域まで至れば、彼にとって反膜如き羽虫を払う程度のレベルの障害にしかならないだろう。
だがノイトラには藍染が自分達に対し、それこそ最終決戦の後半までに何か行動するとは思えなかった。
良くも悪くも、藍染惣右介という在り方は大物だ。自分と同等のレベルの者でも有るまいし、周囲で怪しい動きをする輩に一々反応して対処する様な器の小ささは持っていないだろう。
寧ろ戯れと称し、平然とその者の足掻く様を観察した後、何時も通りの笑みを浮かべながら真正面から蹂躙してみせる可能性の方が高い。
自分を欺こうとしたザエルアポロにした様に、さも当然と言った風にその内容を語り掛ける真似はしそうだが。
―――ところで、私に対抗出来る程の力は付いたかい、ノイトラ。
最悪、そんな問い掛けをされる事も考慮して此処に訪れたのだが、正直助かった。
実際にされた場合、動揺を顔に出さずに冷静で居られる自信が無い。
崩玉と融合した後、藍染がまず優先するのは尸魂界の制圧と、王鍵の創生だろう。
そして霊王が存在する空間たる
想定としてはそうだが、世の中はそうそう何事も上手く行くものでは無い。一応最悪の想定も含めてセフィーロとは打ち合わせているが、どちらにせよ死の先延ばしにしかならない。
結局のところ、一護に勝利して貰わない限りは御先真っ暗なのである。
「では以上で宜しいでしょうか」
「…ん、ああ。時間を取らせて済まないね」
藍染に確認を取り、ノイトラは一刻も早く退室すべく、そそくさと踵を返す。
背筋に何か嫌な汗を掻き始めたのを感じながら、扉まで残り後一歩まで迫った。
「―――そうだ、ノイトラ」
「っ!?」
不意に放たれた呼び掛けに、ノイトラは思わず其処で立ち止まる。
―――ほら来た。
元から呼び出しされた時点で、用件が褒美の件だけで済むとは思っていなかった。
もしかすればそれだけで終わるかも―――とは心の片隅で思っていたが、やはり甘くは無い。
恐らく、藍染としてはこれが本題なのだろう。
褒美を与えるというのは建前に過ぎない。
一体何を問われるのか戦々恐々しているノイトラの背中に、藍染は変わらぬ口調で問い掛けた。
「黒崎一護の仲間である二人の人間だが……彼等を見逃した本当の理由は何だい?」
「………」
ノイトラは思考が一瞬硬直した。
てっきり自分自身抱える事情に対する確信を突くかの様な内容を問われるかと思っており、実際はその予想に反していたからだ。
一護ならまだ判る。だが藍染が言っているのは泰虎と織姫について。
報告の際に問われたグリムジョーの疑問への回答として放った言葉。それは確かに真意では無いし、それを読まれていても何らおかしくは無い。
だがまさかこのタイミングで追及されるとは思わなかった。
ノイトラは一先ず揺らいだ精神を落ち着かせ、情報を整理する。
織姫については、その能力の希少性に気付いたとでも言えば良い。
任務の時の光景を思い返すと、喜助と夜一が登場した後半の辺りで、彼女自身も重傷なのに拘らず、必死に力を行使して一護を治療していたのをしっかり確認している。
―――共眼界の映像で、だが。
致し方無いだろう。久し振りにバトルジャンキーモードに移行した影響か、戦い以外に意識を割く余裕など無かったのだから。
問題は泰虎だ。虚に近いものであるのは判っているが、詳細は不明。織姫の様に希少性が有るのかどうか怪しい。
今は未だ変化していないが、虚夜宮へ侵入した際に覚醒するその能力。
本人曰く、右腕に宿る
そして彼自身が持つ攻撃の力―――
だが十刃には通用しない。精々上位十刃の従属官レベルか。
その程度の能力で見逃したとあっては少々説得力に欠ける。
―――賭けるか。
ノイトラは背を向けたまま、口を開いた。
「…あの女については、貴方なら言わずとも解っているのでは?」
藍染程の者であれば、そう言うだけで全てを悟ってくれる筈だ。
実際、織姫の治療は普通のそれとは違うのが丸判りだ。
通常であれば、傷を治療してもそれまでの出血の跡は残る。だが織姫の場合はそれすら残さず、綺麗さっぱり元通りになるのだ。
共眼界の映像を確認する限り、激しく吐血していた筈の一護の怪我も、帰還直前には綺麗に消え失せている。
「―――それで、もう一人についてはどうなのかな?」
返答まで多少の間が有った事を確認しつつ、ノイトラは覚悟を決めて口を開く。
「男の方については―――自分と同じニオイを感じました」
「…成る程」
藍染の相槌の後、一時の静寂が訪れる。
一秒、一秒と時が進む度に、ノイトラの鼓動が高まる。
やがて右頬を一筋の汗が流れ落ちた。
次の瞬間、フッ、といった藍染の鼻で笑う声が聞こえた。
「有難う。質問は以上だ、戻って構わないよ」
「…失礼しました」
ノイトラは一度振り返って一礼。そのまま扉を押し開いて出て行った。
胃は引っ切り無しにキリキリと痛み続け、その扉に触れた手は小刻みに震えていた。
場所は変わり、三ケタの巣に有る広間の一室。
その端の位置にて、合計八つの人影が集まり、地面に敷かれたシートの上に置かれたクッションの上に腰掛けている。
そして皆が思い思いに、中心に並べられた料理や酒の数々へ手を伸ばし、飲み食いしていた。
「素晴らしい! この
「あ、それはランクが下の方のやつですね~」
「………」
「…だっさ」
ワイングラスを掲げて高らかに宣言するドルドーニだったが、直後に入ったセフィーロの指摘に硬直する。
さり気に一番高い物を予めストックしていたチルッチは、勝ち誇った笑みを浮かべながら嘲笑う。
「もう少し静かに…味わって食えよ。食材への冒涜だし、何より喉に詰まらすぞ」
「むぐむぐむぐ!」
グラスを口元で傾けながら、ガンテンバインは優しく諭す。
その眼前には勢い良く炒飯を掻き込んでいたリリネットが居た。
「…悪ぃな。こいつ夢中になるとこっちの話しは聞かねぇんだわ」
「まあ…こんな美味い物が有るって知ったんだ。気持ちは判るがな」
「あぐあぐあぐあぐ!! むぐぅッ!!?」
「って言わんこっちゃねぇ!?」
スタークはお決まりのバツが悪そうな顔を浮かべながら謝罪すると、その直後にリリネットに異変が起きた。
だがそんな彼女の横から、水の入ったグラスが差し出された。
胡坐を掻きながら日本酒を水の如く飲み続けているノイトラだ。
「ほらよ」
「っ! ゴクゴクゴク…ぷはぁ~!! 死ぬかと思ったぁ~!!」
「…アホか、自業自得だろ…ってゴフッ!!」
「うっさいスターク!!」
一気に流し込んで難を逃れたリリネットはそう叫ぶ。
その姿を見たスタークは小声で呟いたが、どうやら聞こえていたらしい。
「ブッ!!?」
リリネットはノイトラから受け取ったグラスをスタークの下顎目掛けて思い切り投げた。
直撃を受けた本人は―――どう考えてもダメージが入る訳無いのだが、ワザとらしく大きく仰け反ると、そのまま後ろに倒れて行った。
同時に手に持っていた料理の皿が宙を舞い、仰向けに倒れたスタークの顔面へと料理と一緒に見事に落下した。
「…ナイス」
「いえーい!」
それを見たノイトラとリリネット―――スターク弄り同盟は共にハイタッチを交わす。
もはやツッコむ気が失せたらしい、ガンテンバインは静かに黙々と料理を口に運び始めていた。
この賑やかな食事会の様なもの。実はセフィーロ主催の“ノイトラさんの帰還祝い及び陰険眼鏡の目潰し成功祝い”である。
陰険眼鏡云々の部分に関しての情報提供者はメノリ。
彼女の情報によると、ノイトラが藍染に呼び出されてからそう時を待たずして、ザエルアポロが同じく呼び出された。
行く時は彼特有のいけ好かない笑みを浮かべていた様だったが、藍染の自室から出て来た時の表情は怒りに歪み、不機嫌極まりなかったそうだ。
その時点で察せる。ノイトラの要望が通ったのだと。深読みすればそれ以外にも有りそうなので、警戒はしておいた方が良いだろう。
只、メノリとしてはその時ザエルアポロが小さく呟いていた言葉が引っ掛かったそうだが、一先ず経過観察という形で落ち着いた。
―――これで勝ったと思うなよ。
直後にセフィーロから何処の汚い忍者かとツッコみが入ったが、ノイトラには意味が解らなかった。
そして余談だが、情報提供後のメノリからの褒めて褒めてオーラが凄まじく、止むを得ずノイトラは彼女の頭を軽くポンポンと叩いて一言礼を言う程度で済ませて置いたが、大層喜んでいたのが印象的だった。
さみしがり屋故に何時もロリの傍に居る筈の彼女が、幾ら懐いたとは言え、こうも自主的に単独行動を取るとはノイトラにも予想外だった。
もし今後もそれが増える様であれば、当人には知る由も無い
―――もしかして代わりにロリぼっちフラグが立つのか。
余りにも彼女が可哀相に思えてきたノイトラは、これ以上考えるのを止めた。
「…後で覚えてろよ」
「残念だったな、きっと明日には忘れてる」
「あひゃひゃひゃ!!!」
顔面の惨状の後始末をしながら恨めしい声を上げて来るスタークに、ノイトラは素っ気無く返す。
だがその顔は今にも吹き出しそうだ。
リリネットは既に腹を抱えて大爆笑している。
この食事会の参加者が何故こうなったのかというと、偶々だ。
メノリの報告を聞いたノイトラとチルッチ―――主にセフィーロだが、陰険眼鏡が大人しくなった、よし祝いをしよう、何処でやるか、といった具合にトントン拍子に話を進め始めた。
治療室は狭いし、他の雑務係の破面に加え、今は斬り落とされた右腕の治療の為に定期的に訪れるヤミーが居る。
その為、適した開催場所は人目も少なく監視も薄い3ケタの巣となり、偶々廊下で擦違ったスターク達を誘い、目的地へ到着して間も無く十刃落ち二人組が現れ―――現在に至る。
スタークを誘うに至った理由ついては、任務報告の会合の際に利用してしまった借りを返す意味合いが有った。
ノイトラは既に謝罪は済ませており、苦笑交じりに許しも貰っている。
出来る事ならハリベルに断りを入れた後にテスラも誘いたかったのが本音だが、残念ながら今回は都合が合わなかった。
玉座の間を退室して直ぐに、テスラはアパッチ達の手によって引き摺られて行き、その後をハリベルが溜息を吐きながら付いて行く光景を確認している。
―――上手くやれている様で何よりである。
自分に向けられる助けを懇願する視線を無視しながら、ノイトラはしみじみ思った。
「…もう少し料理を追加致しますか?」
「いや、十分だ。そろそろオマエも座って良いぞ」
「……はい…」
先程から酒を注いで回ったり、反膜の糸で追加の料理を再構成していたロカに対し、ノイトラは労りの情を含めてそう言った。
ロカは帰刃形態を解くと、やや疲労していたのか、深めの息を吐いた。
彼女は元からそれ程霊圧の保有限界である霊力が高い訳では無いので、致し方無いだろう。
やや強引な手段で上げる事も出来無くも無いのだが、反動が激しいので余り遣りたくないらしい。
「ほらほら、こっちこっち!」
「…失礼致します」
「はい、これおいしーぞー!」
相変わらず表情に乏しいが、以前と比べて幾分か明るい顔をしているロカに、リリネットは笑顔で声を掛けた。
態々料理を取り皿によそってやり、ロカに渡す。
感情豊かなセフィーロとの付き合いが長いとは言え、他者から一切邪気の無い善意を向けられる事に未だに慣れていないのか、おずおずとした手付きでそれを受け取った。
ノイトラはロカを横目に見ながら、改めて決意した。
間も無く腕の完治したヤミーに殺される事になるであろう、彼女の事も救おう、と。
実はロカは外部に自身の情報を蓄積しており、ヤミーに頭を潰された後も時間を掛けて身体を修復して復活出来るのだが、中途半端な知識しか所持していないノイトラはそれを知らない。
ノイトラは任務より帰還した後、セフィーロに言われていた事を思い出す。
―――
ノイトラが治療室の常連となっている事は周知の事実だ。何より治療長が従属官となっている事も有り、彼がいざその場面に居合わせたとしても何もおかしくは無い。
だがノイトラはセフィーロのその言葉に疑問を持った。
まるでこの先ロカに起こる悲劇を知っているかの様な口ぶりでは、と。
ヤミーの粗暴さは虚夜宮内では有名だ。だが彼に限らず、今迄の歴代十刃や有象無象の破面達の下らない癇癪によって、何人もの雑務係の破面が犠牲になっている。
だがヤミーのそれは断トツに多い。故に今となってはノイトラを超える恐怖の象徴となっている。
ロカと親しいセフィーロなら、そんな存在に彼女を近付けさせるのは極力回避したいだろう。
そう考えたノイトラは即座に疑問を捨てた。
―――彼女を疑うなど、精神に余裕が無い証拠か。
内心で自分を叱責しつつ、日本酒が満杯に入ったグラスを一口で空にした。
「ノ~イ~ト~ラ~!」
「うおっ!?」
直後に背中へ感じた衝撃。同時に感じる酒臭さ。
ノイトラはその中に僅かに残った嗅ぎなれた香りに、その正体を悟った。
「…いきなり何だ、チルッチ」
「うぇへヘ~」
「駄目だコイツ…」
危うく零し掛けたグラスを置くと、後ろから首に腕を回して来るチルッチに言う。
―――というか、破面も酒に酔うのか。
本当に今更だが、そう思った。
「抜け駆けは駄目ですよぉ~、私だって~」
「あっ!!」
「ムゴ!?」
「えへへ~」
今度はセフィーロがチルッチを押し退けると、ノイトラの頭部を正面から抱き抱える。
豊満な胸の感触と女の香りが、ノイトラの男としての本能を部分を刺激する。
だがその場の雰囲気に流されてそのまま暴走する等という様子は無い。
常日頃から我慢していれば、普通ならその反動が来るかと思うが、ノイトラの精神は想像以上に鍛えられていた。
彼自身、何時ぞやの様に全裸で抱き着かれたり添い寝されない限りはスルー出来る自信が有った。
それとも無意識の内に仙人っぽくなってきているのかもしれないとも言えるが。
「…ええい、情けないぞ我が弟子よ! 吾輩の御蔭で一介の
「止めろって。お前さんは馬に蹴られる趣味でも有んのかよ」
「黙るが良い
「…良し解った喧嘩売ってんだなそうだよな!! 主も言っている、“右の頬を殴られたら、倍にして返しなさい”とな!!!」
やはり酔った勢いというものは恐ろしいものだ。
売り言葉に買い言葉で、今度は向こうでドルドーニとガンテンバインが一触即発の雰囲気を醸し出す。
もれなく彼等はこの後、セフィーロより罰が下される事だろう。
次第に混沌とし始める光景を眺めながら、スタークとリリネットは苦笑した。
―――楽しい、な。
近くにいても消えない強い仲間達が居るだけで満足だった。
例えその仲間達が馴れ合いを好まずとも構わない。
自分達が孤独でなければ、それで十分だった。
「…ったく、騒がしい奴等だ」
「でも楽しいぞ!」
「まあ…そうだな」
だがこうして賑やかに交流するのも悪く無いと、そう思えた。
改めてこの機会を作ってくれたノイトラに、二人は感謝していた。
―――この時間が何時までも続けば良いのに。
どうにもフラグ臭い様子で、スタークはそう思った。
もっとほのぼのが書きたい…。
そしてうちの藍染様が本気を出すのはまだまだ先なんじゃよ。
ふと思ったけど、誰かロリに憑依して逆ハー展開なネタSS投稿してくれないかな(オイ
だって虚夜宮内の破面達って、乙女ゲーの攻略キャラの属性条件満たしてるの多いんだもん。
・黒幕系腹黒眼鏡。
・普段やる気無し昼行燈。実は仲間思いで優しいハードボイルド系。
・攻略しても愛孫ENDしか無い、覇王系おじいちゃん。
・無感情で、心を探究し続けるミステリー系イケメン。
・他者は拒絶、女を見下す下衆男。でも何だか放って置けない系。
・基本暴力系、けど受けた借りは必ず返すとか義理は重んじる不良男。
・おちゃらけ性格Sっ気有りの女男。
・信仰対象以外は興味無い狂信者系冷静男。
・瓶詰END確定のマッドサイエンティスト。
・パックンチョEND確定のUMA系。
・さり気に攻略難易度が一番高く、それでもって選択肢一つ間違えれば即死亡の筋肉ゴリラ。
・何時もどんな時も日陰者。隠しキャラ系骸骨隊長。
…え?一部変なの居る?細けぇ事ぁ良いんだよ!
捏造設定纏め
①ロカえもん。
・小説版見ても判る通り、死んだ魂魄を再構成出来るなら、他の物でも可能かという勝手な想像。
・反膜の性質云々については、後々判明させるセフィーロの能力で説明する予定。
②破面化云々について。
・最古参グループっぽい大帝さんが未完成の崩玉で完全に破面化したので、基本的に最上級大虚は成功率ほぼ100%という事に。
・凄く強い上位十刃は皆完全に人型。それ以外は少なくとも異形。その理由を考慮したらこんな形に。陰険眼鏡については言わずもがな。
・ドンパニーニさんとかアフロさんについては、後々の話の中で出す予定です。
※ちなにみ主人公が何で成長率が高いのかについても理由がありますので、知りたい方は最終章付近までお付き合い願います。でもそんなに深い考えでは無いんですがね(笑
③虚夜宮内の食事事情とか酔っ払い破面とか。
・現世の果実とか食用霊蟲とかがメインという話はそのままですが、他は完全なる捏造。というかドンパニーニさんについてはキャラ的にそんなもんかと。
・髭「“チョコラテ”の様に甘いというのだよ!!」ゲス「戦いの前じゃどんな“酒”も水に劣る」
というかお前さん達、その物の意味解ってて言ってんの?
え?まさか知ったかぶり…?やだ…かっこわるい…。
④死亡フラグメーカー孤狼さん。
・説明不要。