三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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最近、一万字書かなきゃ一話分とは言えないだろうという、妙な感覚があります。
やっぱり多い文字数に拘るより、少ない文字数でも書きたい事を表現出来る文章力が必要ですよね…。



第十三話 三日月は胃薬を求める

 玉座の間にて、第1から3、間を置いて6から9の十刃七名と、その従属官十六名。

 そして今回に限り、彼等とは別関係の破面達三名が、追加でこの場には存在していた。

 

 

「はぁ~、ノイトラさんはまだですかね~…」

 

 

 彼等を横目に見ながら、この場に居ない第5十刃、ノイトラ・ジルガの従属官であり、治療室管理責任者且つ治療長であるセフィーロ・テレサはそう呟いた。

 今の彼女は正に恋に悩める乙女。自身の頬に手を当てながら、意中の彼の事を想いながら深い溜息を吐く。

 ちなみにセフィーロと同じくノイトラの従属官たるチルッチは不在。彼女はセフィーロの頼みで治療室にてロカの助手をしている。

 

 今回の会合の理由。それは現世の任務から帰還するウルキオラ達の出迎え及び彼等の収集した情報を回覧し、共有する為だ。

 ちなみにこの情報は後で虚夜宮中の破面達に公開される為、参加者は自由であった。

 本来なら二十名のみしか集まらない筈のこの会合。現在は何と合計二十六名もの破面達がこの玉座の間に存在していた。

 

 この様に、以前より史実との僅かな違いが所々に見られている。それが蓄積された結果、今後に一体どの様な影響があるのか。

 現状では余り正確な判断が出来無いが、今の所は特に対策は必要無い程度に止まっている。

 元々、ノイトラと共に立てた計画は、ある程度のズレにも対応した内容となっている。達成した暁には輝かしい最良な結末を迎える事になるだろう。

 

 だが何事も予定通りに行かないのが世の常。

 セフィーロは切に願う。例えその計画が頓挫したとしても、せめて自分とノイトラ、そして親しい者達が最後に生き残れる形になる事を。

 未だ彼女は自身の成り立ちを他者に話した事は無い。ノイトラを除けば一番付き合いが長いであろうロカにもだ。

 それはこの戦いが終わるまで一貫して秘匿する覚悟だ。

 

 藍染が正式にこの虚夜宮、破面達を従えるトップとして君臨した瞬間から、一瞬たりとも気を抜けない状況へと変化したのは間違い無い。

 そんな厳しい環境下で人知れず奮闘し続けるノイトラの精神を揺さぶる様な真似は御法度。

 セフィーロの抱えている秘密というのはそれ程までに衝撃的な内容なのだ。

 

 正直言えば、今直ぐにでもノイトラに洗い浚いブチまけたい。

 多少揉める形になるかもしれないが、今の彼ならば恐らく最終的には受け入れてくれるだろう。だが同時に彼の持つ優しさ故に、計画の事に加えて常に自分を気遣う様になってしまうのは想像に難くない。

 藍染が黒崎一護に完全敗北し、浦原喜助の手で崩玉が封印されるという結末を迎えるまで何としても耐えねばならない。

 言い様も無いもどかしさを感じながらも、セフィーロは溜息を吐いた。

 

 

「はぁ~、早く逢いたいですよぉ~…」

 

「…そう言ってもう何回目になると思ってんだ、(あね)さんよ」

 

 

 そうして先程から何度も同じ事を呟いているセフィーロに対し、横からツッコみを入れる野太い声が聞こえてきた。

 前方大凡百二十度を除いた頭の中心部を囲う様にして上に逆立てた髪型。身体全体が球体に見える程に肥え太った、首の外周に襟の様な仮面の名残を残した巨漢―――グラ・ケレール。

 基本的に全ての行動が鈍重極まりなく、面倒臭がりな性格故に仕事が何時も遅く、セフィーロに何度もキレられている実績がある。

 その経験から、彼女の事を畏怖の感情も含めて姉さんと呼び、そんな存在を惚れさせたノイトラの事を影でアニキと呼称し、崇めていたりする。

 

 グラの言う通り、実はセフィーロのノイトラに逢いたいという呟きは今ので五度目になる。

 彼としては四度目までは何も口出ししなかったのだが、流石にそれ以上は我慢の限界だった様だ。

 

 

「ホッホッホッ。いやはや、今のセフィを見ていると小生の若い頃を思い出しますなぁ。良きかな良きかな」

 

 

 呆れ顔のグラとは別に、微笑みを浮かべながらセフィーロの様子を見遣る老人―――ビエホ・ベル。

 後頭部より鼻先に掛けて輪の様に残る仮面の名残が特徴で、襟を立てて首元を隠している。

 その発言内容から判る通り、極めて寛容で大らかな性格から、雑務係の破面達にビエホ爺と呼び慕われている希少な存在だ。

 ちなみにリリネットも彼の事をじーちゃんと呼び、彼自身も彼女の事を孫の様に可愛がっている。

 

 だが正確に言えばそれだけでは無い。

 実はその中身はゾマリと同様の屈指の藍染狂信者であり、藍染に逆らう者は例え十刃だろうとも容赦無く牙を剥く恐るべき二面性を持っている破面なのだ。

 加えてビエホは相当な古株だ。故に彼のそれを知るのは第一期十刃のバラガン、ザエルアポロ、アーロニーロといった極限られた者達のみ。そしてヤミーは忘れている。

 現十刃に対しては今のところそういった事も無いので、虚夜宮内では基本的に気の良い爺さんで通っている。

 

 言うなればこの三人は雑務係の破面達の纏め役―――リーダーだ。

 雑務とは言っても、生活、衛生、食事、施設、情報等といった、その内容は多岐に亘る。

 雑務係の破面達が個々に持つ能力には個人差も限界もある。例え十分な人数が居たとしても、彼等にこれ等全てを兼任させるのは酷というものだろう。

 その為、其々に纏め役の破面が仕事の分担や人員の分割を行い、虚夜宮内の組織の運営に滞りが無い様管理しているのだ。

 

 セフィーロは言わずもがな、治療部門を主に生活部門も取り仕切っている。

 グラはその見た目通りに食糧等の物資の管理を。ビエホは施設の修繕や補強、そして外部から収集された情報管理を請け負っている。

 

 

「…雑談はその程度にしておけ。来るぞ」

 

 

 和やかな雰囲気を醸し出していた三人に対し、偶々近くに立っていたハリベルがそれを窘める。

 直後、室内に居る者全てに膨大な量の霊圧が圧し掛かる。

 一切の乱れ無く完璧に制御され、且つ万物尽くを屈服させるかの様なそれは間違え様が無い。

 

 

「―――すまない皆、少々遅れてしまったね」

 

 

 珍しく遅れてやって来た藍染は、悪びれた様子も見せずにそう零した。副官二人も彼の後ろに続き、室内へと入って来る。

 そんな藍染の態度に反発を示した者はバラガン只一人。それ以外は存在しない。

 バラガンは尊大な態度で骨の玉座に腰掛けて腕を組んだまま、悠然とした態度を崩さない藍染を睨み付けていた。

 

 

「さて…そろそろ任務を終えた彼等が帰還する。今後の進展に関わる重要な情報を持って、ね」

 

 

 中央の玉座に腰掛けると、藍染は下の破面達に事の重要性を語り始める。

 その顔は常に薄い笑みが途絶える事は無く、発言内容の割には余りに余裕が溢れ過ぎていた。

 やはり彼にとっては此れしきの事、議題に上げるまでも無いという表れなのだろう。

 

 

「どうか皆でその情報を共有し、分析してほしい―――と、来た様だね」

 

 

 隔絶した能力を持つ者、長き年月を生きる者が抱える一番の敵、それは退屈だ。

 故に彼等は娯楽を追い求める。

 

 だが藍染のそれはまた違う。

 例えるなら、絶対者故の戯れ。

 成そうと思えば何でも成せる。この世の全ては自身の掌の上。思い通りにならない事は無い。

 ―――だがそれだけでは余りに詰まらない。

 自らの娯楽の為に多数の命をも湯水の如く使い捨てるその傲慢さ、正に神の所業だった。

 

 

「…ウルキオラ・シファー、只今戻りました」

 

「ノイトラ・ジルガ、横に同じく」

 

「や…ヤミー・リヤルゴ、同じく…」

 

 

 突如として室内の中央部の空間に現れた黒腔より、三つの人影が舞い降りる。

 ウルキオラ、ノイトラ、そして満身創痍のヤミー。

 重傷故に元から膝を着いていたヤミーとは異なり、前者二名は正しい動作で藍染に跪く。

 

 

「ああ、おかえり。ウルキオラ、ノイトラ、ヤミー」

 

 

 任務より帰還した三人を見下ろし、更に笑みを深くする藍染。

 

 

「さあ、見せてくれウルキオラ。君が現世で見た事、感じた事の全てを―――」

 

 

 全く真意の掴めないその表情ではあるが、心なしか楽しげに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルキオラは徐に自身の左手を持ち上げると、戸惑い無く左目の外側に指を突っ込んだ。

 本来、眼球とは角膜という目を構成する透明色の層状の重要な組織があり、危険を察知し易い様に神経細胞が皮膚の二百倍も密集している。

 その為、少し触れるだけで結構な痛みが生じる上、摘んだり傷付ける等すればその倍以上の痛覚が襲い掛かる―――筈だった。

 ウルキオラはそんな事は御構い無しに、薬指と小指を除く指で眼球を摘む。

 見る側も思わず身悶えしそうな暴挙を行った本人の表情は何時も通り。痛みに動じる素振りなど一切見せず、そのまま引き抜いて行く。

 

 ミチミチという嫌な音を出しながら、その眼球の後ろ繋がった視神経や毛細血管が露になり―――という事は無く、綺麗に眼球のみがその指に摘まれた状態で外気に晒された。

 ウルキオラはその眼球を持った左手をスッと前に突き出すと、指先に力を込めながら言う。

 

 

「どうぞ、御覧下さい」

 

 

 直後、力に耐え切れなくなった眼球が粉々に弾けた。

 その音は肉が潰れるかの様な生々しいものでは無く、何か極薄のガラス細工が割れた音を思わせた。

 

 その破片は視認出来ぬ程に細かい粒子となって大気に充満し、室内に居る破面達、そして藍染の呼吸に混じって体内へと、そして脳内へ吸収されていった。

 吸引した者達は皆ほぼ同時に目を閉じる。

 すると彼等の脳裏に誰かの視点からと思われる映像と音声が浮かび始めた。

 

 共眼界(ソリタ・ヴィスタ)。自らの眼球を取り出し砕く事で、その眼で見た映像を周囲の者に見せることが出来る能力。

 破面化と同時に失ってしまう事が決まっている、凄まじい速度で自己再生を行える超速再生という虚特有の能力。その中で唯一、脳と臓器以外の全ての肉体を超速再生出来る特性を持ったまま破面化したウルキオラのみが可能とした固有能力だった。

 

 

「―――成る程」

 

 

 ウルキオラが現世の任務で得た情報を一通り確認した後、藍染は呟いた。

 

 

「それで黒崎一護()を、“この程度では殺す価値無し”と判断したという訳か…」

 

「はい」

 

 

 特にその判断を窘める様子も無く、淡々と語る藍染に、ウルキオラは返答する。

 

 

「我らの妨げになる様なら、との事でしたので。それに―――」

 

 

 言い切らぬ内に、背後のノイトラへと目配りするウルキオラ。

 そのいきなり過ぎる行動に、案の定硬直するノイトラ。

 ―――何だその視線は。

 自分も何か言えという意味だろうかと悩み始めるノイトラを余所に、ウルキオラは再び視線を藍染へと戻した。

 

 

「彼も同意見だった様なので」

 

「……は…?」

 

 

 ノイトラは思わず声を漏らしていた。

 だが咄嗟に周囲には聞こえない程度の声量に抑えられたのは称賛に値する。

 

 何故に其処で自分が出て来るのか。というかそんな事一言も口にしてないし、悟らせる様な態度を取った覚えも無い。

 ウルキオラに行動を合わせた心算はあったが、もしかしたらそれが原因なのだろうか。

 ―――もはや、何も言うまい。

 ノイトラはウルキオラから無条件に向けられる信頼に対し、考えるのを止めた。

 

 

「ふむ、そうか…」

 

 

 藍染は目を閉じたまま、何故か納得した様に頷いた。

 彼のそんな態度に対しても同様に、ノイトラは思考を止めた。

 現状では何を考えても答えは出ないのだから。

 そうは思いつつも、ノイトラの内心にはモヤモヤとしたものが渦巻いていた。

 

 

微温(ぬり)ィな」

 

 

 突然横から放たれたその声の出所に、ウルキオラは視線を移す。

 其処には此方を小馬鹿にする様な笑みを浮かべながら、場所も弁えずに胡坐を掻いて肘をついたグリムジョーの姿があった。

 そんな彼の周囲には、同じく良いとは言えない態度をした個性的な従属官達が勢揃いしている。

 

 左側には、何やかんや言いながらグリムジョー自身が最も信頼し、腹心と言っても過言では無い、破面No.11(ウンデシーモ)、シャウロン・クーファン。彼だけが唯一、姿勢正しく後ろに手を組みながら、落ち着いた様子で佇んで居る。

 鼻の上にアイマスクのような仮面の名残を着けた、頭部左半分が坊主で残る右半分が長髪といった奇抜過ぎる髪型の巨漢―――破面No.13(トレッセ)、エドラド・リオネス。両腕を組んでどっしりと構えたその姿は、肝が据わっていると言うのか、それとも威張っているのかは不明。

 右頭部全体を覆う仮面の名残を被った、おかっぱ頭の肥満体系の男―――破面No.14(カトルセ)、ナキーム・グリンディーナ。猫背故に、正面から彼を見ると、下から睨み付けられている様にしかならない。

 左前頭骨に仮面の名残を被った、金色の長髪を持つ伊達男―――破面No.15(クインセ)、イールフォルト・グランツ。その容姿と浮かべた笑みから女性受けが良さそうだが、何処と無く他者を見下す様な不快な空気を感じる。

 半月状の仮面の名残の一部に紐を巻き付けた、口元から鋭く尖った歯を覗かせた小柄の男―――破面No.16(ディエシセイス)、ディ・ロイ・リンカー。彼に言える事は一言、只のヤンキー。

 

 その数、計五人。普段より欠席の多い第6十刃チームだが、今回はフルメンバーであった。

 

 

「こんな奴等、俺なら最初の一撃で殺してるぜ」

 

「…グリムジョー」

 

 

 最後に鼻で笑うグリムジョー。

 ノイトラはその態度が余り好きにはなれなかった。

 他者の行動の外面だけを見て、下手糞だ、自分ならもっと上手くやれる、等と批判するのは簡単だ。

 考えれば確かに他にも遣り方は幾らでもあるだろう。だがその者が何の立場で、何を考えてそのやり方を選んだのか、それを踏まえれば自ずと選択肢は限られる。

 

 

「理屈がどうだろうと殺せって一言が命令に入ってんなら、殺した方が良いに決まってんだろうが! あ!?」

 

 

 もしグリムジョーがウルキオラの立場で、同じく心を持たない状態であれば如何なるのか。

 一護と対峙しても、違う行動を取れると言い切れるのか。

 ―――他者を自分に置き換えて物事を考えられねぇ奴に、否定する資格なんてねぇ。

 ノイトラが憑依前に恩師から教わった事だった。

 

 

「…同感だな。何れにしろ敵だ。殺す価値は無くとも生かす価値など更に無い」

 

 

 グリムジョーに続き、シャウロンも同意を示す。

 組織に属する者としての意見としてならば、言わんとする事は理解出来た。

 だが―――残念ながらその認識は根本的に間違っている。

 

 ノイトラは断言する。

 多数の破面達を従え、己の野望を果たさんとする藍染。だが彼にとって、この任務、この組織、そればかりか長い年月を連れ添った副官すら全く重要視していないのだと。

 如何に彼等が組織の為を思って行動しようとしまいと、最終的には切り捨てられる事が決定付けられているのだと。

 

 藍染の持つ、絶大的な能力の他に卓越した頭脳。彼のその思想を理解し、分析及び対応策を構築出来るのは只一人。尸魂界でもトップと謳われる頭脳を持つ大天才、浦原喜助だけだ。

 だがこの世界の根源に等しい知識を有しているノイトラだからこそ、そう言えるのだ。

 もし彼が憑依時、それ以前の記憶が全て消え失せていた等と言う状態であれば―――行き着く先は容易に想像が付く。

 

 

「フッ、確かにあんなカス、居ない方がマシだな」

 

「………」

 

 

 弟のザエルアポロの面影を感じさせる他者を見下す様な表情を浮かべながら、イールフォルトは鼻で笑った。

 元々無口なナキームは、無言でその意見を肯定する。

 

 

「あーあ、どうせなら俺等が行けば良かったんじゃねえかァ~?」

 

「ブハハハハ! 止めとけ止めとけ、お前程度の実力じゃあ返り討ちになるのが関の山だ」

 

「んだとコラァ!?」

 

 

 全身から小者臭を漂わせながら挑発的な言葉を発したのは、ディ・ロイ。

 近く起こるだろう、グリムジョーの独断の現世侵攻に追従した際、大口を叩きながら真っ先にやられるだけはあると言うべきか。

 共眼界の映像で見る限り、確かに一護はヤミーとの戦闘の後半では一方的にやられていたが、序盤までは確かに圧倒していた。

 これがヤミーでは無くディ・ロイであれば、まず間違い無くその序盤の内に一太刀で終わっていただろう。流石に彼にやられる程一護は弱く無い。

 それを悟っていたエドラドは笑いながら指摘すると、ディ・ロイは即座に声を荒げた。

 

 

「大体ヤミー! テメーはボコボコにやられてんじゃねえか!! それで殺す価値無しとか言っても殺せませんでしたにしか聞こえねーよ!」

 

 

 従属官達が場所も弁えずに騒ぎ立てるのを窘めもせず、更に捲し立てるグリムジョー。

 この流れに何処と無く嫌な予感を感じながら、ノイトラは藍染の横に立つ東仙に視線を移す。

 彼は依然として其処に静かに佇んでは居たが、その眉間には僅かに皺が寄っていた。

 

 東仙は一見すれば冷静な性格に見えるが、実は相当な激情家だ。

 藍染に従うのも過去に起きた悲劇が切っ掛けであり、本人は表面上は正義を謳いながらも、その真意は死神に対する復讐のみ。

 目的を達成するには藍染の野望の成就が必須であり、それを妨げる者には容赦しない。

 恐らくグリムジョーの従属官達がこれ以上の狼藉を晒せば間違い無く動くだろう。

 

 

「…てめえグリムジョー。今の見てなかったのかよ。俺がやられたのはこのガキじゃねえ―――そこで澄まし顔してるヤツだクソッタレが!!」

 

 

 ヤミーの怒声と共に放たれた霊圧が、ノイトラの背中にぶつかる。

 ―――やっぱ馬鹿だコイツ。

 止める為とは言え、確かに少し遣り過ぎたかとは思うが、あのまま放置していれば確実に死んでいたというのに、それを全く理解していない。

 恐らく解放すれば自分に勝る者は居ないという自負からきているのかもしれないが。

 ノイトラは小さく溜息を吐いた。

 

 あの時放った全ての攻撃は、一応全て手加減をしていた。

 響転でヤミーの真上に移動したノイトラは、足の底に虚弾用の霊圧の層を三つ重ね、頭部目掛けて連続発射。

 全弾命中したのを確認した後、完全に意識を奪う為の追い討ちとして勢い良く落下。

 湖面では無く、地面版の犬○家の出来上がりという訳だ。

 

 

「そりゃ只の自業自得じゃねえか。俺が言ってんのはてめえの腕は誰に斬り落とされたんだって意味だっての」

 

「ぬぐ…」

 

 

 少なくともグリムジョーはヤミーより冷静に物事を見ていたらしい。

 まさかの正論を返されたヤミーは反論出来ずにくぐもった声を漏らす。

 

 

「ま、結局あのヘボいパンチじゃ殺せるモンも殺せねえだろうがな!!」

 

「…なんだと」

 

「よせ」

 

 

 その最後の台詞に反応したヤミーは、全身に怒りのオーラを漏らしながら立ち上がる。

 ウルキオラは片手をヤミーの眼前に翳して動きを制すると、そのままグリムジョーへ語り掛けた。

 

 

「グリムジョー。今の我々にとって重要なのは今のこいつでは無いというのは解るな」

 

「…あ?」

 

 

 睨み付けて来るグリムジョーに一切動じる事無く、ウルキオラは対象を殺さずに戻った詳しい理由を淡々と説明し始めた。

 藍染が警戒しているのは一護の成長率であり、現在の実力では無い事。その力は不安定で、放置しても自滅か味方に引き込める可能性がある事を。

 

 ノイトラはその光景を静かに眺め続ける。

 此方に向かって笑顔で小さく手を振るセフィーロの姿に気付いていながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は特に大きな変化は無いまま、ウルキオラの説明が終わると同時に任務報告自体が終了した。

 ノイトラ自身としては、さり気無くヤミーをボコった事については余り追及されなかった事で重荷が無くなり、非常に楽だったりする。

 どうやらその後の喜助と夜一に対する好戦的な姿勢もあってか、皆は流石に自分が裏切ったとは解釈していない様だ。

 

 

「…それが微温ィって言ってんだよ! そいつがてめえの予想以上にデカくなって、俺等に楯突いたらてめえはどうするってんだよ!?」

 

 

 ウルキオラから一通りの説明を受けたグリムジョーは激昂した。

 シャウロンと同様の正論ではあったが、恐らくその真意は別。

 単にウルキオラの思想、そして行動が気に食わないだけだろう。

 死神と虚、絶対に相容れない存在同士が出会えば戦闘になるのは必然。それに理由を付けて戦わない事を選択するなど有り得ない。

 グリムジョーのそれは組織の事を考えての事では無い。自身の信念にそぐわない行動を取ったウルキオラに対する抗議。

 それに加え、言い出した手前で簡単に引く事など出来無いというプライドもあるのだろう。

 

 離れた位置にて、骨の玉座に腰掛けているバラガンの言葉を借りるが、正しく“ 滑 稽 ”と言わざるを得ない。

 ノイトラはかつての自分がネリエルにされていた様にして、歯を剥き出しにして唸り続ける豹王へと憐みの視線を向けた。

 

 

「その時は始末するさ―――」

 

 

 ウルキオラは何故かまたノイトラに視線を移すと、言葉を繋いだ。

 

 

「俺とノイトラがな」

 

「…お…う…?」

 

 

 ―――何でさり気に俺も混ぜた、ウル坊よ。

 それじゃ自信無い様にも聞こえんぞ上位十刃、とノイトラは続け様にツッコんだ。

 思わず反射的に相槌を打ったが、全身から崩れ落ちたくなる衝動に駆られる。

 本人は無意識の内だろうが、こうも公の場でするのは勘弁してもらいたかった。

 

 未だ言葉を知らぬ様な純粋無垢な幼い子供も、これは良い人だ、我儘の言える頼れる人だ等、直感で感じた瞬間から積極的に近付く様になる。

 ウルキオラも似た様なものだろう。

 彼は言うなれば産まれたての赤子の如く真っ白な状態だ。

 心身の内、前者の部分のみを残して成長した様なものだと思えば良い。

 

 どうやらウルキオラは一護と同様に、自分にも興味を抱いたらしい。

 ノイトラとしては本来の流れから外れるかと一瞬だけ心配したが、そういえばしっかり一護を見逃していたと安堵する。

 只、ウルキオラの興味対象が増えた事による影響が全く予測出来ないのが難点ではあるが。

 

 

「それで文句は無いだろう」

 

 

 さも容易な事だと言わんばかりの返答に、グリムジョーは口を紡いだ。

 ウルキオラが第4の数字を持つ上位十刃である事、そしてノイトラがその数字に不釣合な程の実力を持つ事を身を以て理解しているからだ。

 

 

「っ…てめえもだノイトラ!!」

 

 

 これ以上の問答を重ねても分が悪いと考えたグリムジョーは、今度は矛先をノイトラへと変えた。

 大声で呼ばれたノイトラは、至極面倒くさそうな顔をしながら振り向く。

 

 

「何でてめえまで奴等を生かした!? 例え雑魚だろうと、敵だって事に変わりはねえだろうが!!」

 

 

 ―――終わり掛けのこのタイミングでそれを聞くか。

 そうは思いつつ、予め用意して置いた返答内容を口元まで持って行く。

 

 

「それに斬魄刀も持っていかねえってのはどういうワケだ!! やる気はあんのか!?」

 

「なあ、グリムジョー…」

 

「ああ!?」

 

 

 それを言ったらどんな反応が返ってくるのか少々恐ろしい。

 だが此処で差障り無い言葉を選んだりすれば、第5十刃の肩書は変わらずとも、周囲からの自分の評価や立ち位置が揺らいでしまう。

 何だ、コイツ大した事無い奴だな、と思われでもすれば御終いだ。

 

 ―――俺はノイトラ・ジルガだ。 

 勢いのままに追及を続けるグリムジョーに、ノイトラは自分にそう言い聞かせながら冷静に、室内全体にも通る声で言い放った。

 

 

「―――雑魚を千匹殺したとして、一体誰が俺の最強を認める?」

 

 

 グリムジョーは絶句した。同時に室内も静寂に包まれる。

 全ての十刃が集結しているこの場に立ちながら、見事なまでの厚顔不遜な物言い。

 ある意味、第4以下の数字を持つ上位十刃達へ喧嘩を売っているとも取れる内容でもあった。

 

 

「雑魚の命には興味も価値も無ぇ。俺が求めてるのは、それを証明するのに相応しい好敵手(やつ)だけだ…」

 

 

 ノイトラは内心で申し訳無いとは思いつつ、徐に視線をスタークへと移した。

 向けられた当人はというと、気まずそうに後頭部を掻き毟るだけだった。

 その口元はやや吊上がっている事から、注目を逸らすのに利用された事に気付いているのだろう。

 

 ―――全く、お前って奴は。

 実際、ノイトラの性格を知っているスタークは内心でそう思いつつ、この借りを何時返して貰うかを考えていたりする。

 

 そして彼を除く他の十刃達、そして破面達はそんなノイトラに敵意を持つどころか、納得した。

 成る程。やはり幾ら変わろうが、ノイトラはノイトラだったのか、と。

 

 つい先程まで忘れていたが、第8十刃だった頃から、彼は自分自身を最強だと謳って已まなかった。

 だがある日を境に全くに口に出さなくなり、それどころかすっかり大人しくなった。

 てっきり最強を求めるのを止めたのかと思ったが、間違っていたらしい。

 只単に、剥き出しだった牙を納めたのだ。そして人知れず静かにその牙を研いでいる。加えて本質も変わっていないときた。

 そんなノイトラに好敵手認定されたスタークには、同情の視線が数多く向けられていた。

 

 この瞬間、室内に居た破面達の殆どが、ノイトラ・ジルガという存在の認識を改めた。

 本能の赴くまま手当たり次第に暴れる獣から、自分達と同じ明確な意志を持ってして戦う戦士へ。

 即ちそれは憑依前のノイトラがネリエルに対して望んで已まなかった―――弱者(未熟者)強者(一人前)へ昇華したと、そう証明された意味に他ならない。

 それが今更、しかもネリエル以外の者達から齎された。

 出来る事ならば本人に、そして自分自身の存在が塗り潰される前にそうなりたかったであろう、憑依前のノイトラの何と不憫な事か。

 

 口をパクパクと開閉させるだけだったグリムジョーはと言うと、周囲よりやや遅れて正気に戻った。

 だが依然としてその目はノイトラを睨み続けていた。

 

 

「…そうだな。それで構わないよ、ウルキオラ。それにノイトラもね」

 

「有難う御座います」

 

「…感謝致します」

 

 

 それを完全に肯定する声が、藍染から発せられる。

 彼に対し、礼を返すウルキオラとノイトラ。

 

 ―――ああ、これで帰れる。

 ノイトラは頭を下げながら、そう思った。

 居心地の悪いこの場所からやっと解放されるのだと、安堵の溜息を吐いたその時だった。

 

 

「―――そうだ、もう一つ良いかなノイトラ」

 

「っ!? …はい」

 

 

 油断していたところへ放たれた、突然の呼び掛けという名の不意打ち。 

 ノイトラは自身の心臓が飛び出るかの様な錯覚を覚えた。

 だが直ぐにその動揺を悟られぬ様、必死に平静さを装いながら、藍染の方向へ振り向く。

 

 

「ヤミーの魂吸を止めた事、正直助かったよ。そして例え仲間に手を上げてでも、任務を忠実に果たさんとするその姿勢、実に素晴しい。評価しよう」

 

「…勿体無き御言葉です」

 

「チッ!!」

 

 

 ―――其処で終わっていればどれ程良かったか。

 ノイトラは後にこう語っている。

 

 ヤミーは自分をダシに使われた様で気に食わないのか、周囲に聞こえる様にワザとらしく舌打ちする。それが自身の評価を下げる原因となっているのだと気付かぬまま。

 背後の脳筋を無視しながら、ノイトラは藍染から解散の言葉が出るのを今か今かと待っていた。

 

 

「そこで…だ」

 

 

 ぎこちない動きで頭を下げたノイトラへ、藍染は暫しの間を置くと、言った。

 

 

「今迄の功績も含め、君に褒美を出そうと思う。後で私の部屋へ来たまえ」

 

 

 次の瞬間、ノイトラは室内と室外から放たれる複数の殺気を感じた。

 ―――はい、今ので一名の十刃と二名の雑務係の破面が敵に回りました本当に有難う御座います。

 ノイトラはもはや投げ遣りというかやけっぱちな感じで、そう思った。

 

 その正体は言わずもがな。室内はゾマリ・ルルーにビエホ・ベル。

 そして室外については、その霊圧の低さから考えるに、藍染の侍女の様な立場である女の破面―――ロリ・アイヴァーン。

 恐らく彼女は周囲に誰も居ないのを良い事に、扉越しに聞き耳を立てていたのだろう。

 彼女は藍染に心底惚れており、普段は直情的で単純な性格だ。だがその反面、嫉妬深く陰湿で残忍な一面も持っており、まるでその在り方は乙女ゲームに登場する悪役キャラの如く。

 ちなみに彼女の相棒的な存在であるメノリ・マリアは、特に藍染に何も思うところは無い様だ。

 耳を澄ませば、ちょっと止めなよ、等とロリを制止しようとする彼女の声が微かに漏れ出している。

 

 別に十刃以外の二名は如何でも良い。問題なのは下位とは言え、十刃の一人に敵意を持たれた事にある。

 殺気の重さから、本気なのは誰なのかは判断出来ている。

 ビエホは五分五分といったところ。彼とは日頃から交流もあるので、恐らく三日から一週間程度の短期間、逐一口舌の刃で斬られ続ける程度で済むだろう。

 

 だがゾマリ、彼は別だ。

 殺気の重さはビエホ以上。それで且つ、矢鱈静かに研ぎ澄まされているのが余計に危機感を煽る。

 まさか彼がこれ程までに藍染に心酔していたとはノイトラにも想定外だった。

 言葉遣いや態度は丁寧だが、敵に対しては冷徹極まりなく、史実でも意識不明の瀕死状態のルキアを容赦無く処刑しようとし、死に際には藍染様万歳と叫び続けながら息絶えた男。

 だが流石に嫉妬の感情のみで直接的な行動を取る程では無い。そう考えていたのだが、撤回せねばならないかもしれない。

 

 正直言えば、如何にゾマリが十刃最速の二つ名を持つとは言え、鎮圧は容易だ。

 考慮すべきは帰刃形態の能力、(アモーレ)のみ。だが死神の鬼道に等しいこの能力に対し、ノイトラは既に対処法も考えてあるので、特に問題は無い。

 だが警戒するに越した事は無い。これまでのザエルアポロと同様に、ゾマリの事も含めて気を配らなければならない。

 

 

「ロリとメノリを使いに出そう。彼女達の案内に従いたまえ」

 

「…感謝…します」

 

 

 ノイトラはそう返すだけで精一杯だった。

 

 ―――この大変な時にいらん苦労を増やしやがって。

 最後の最後に爆弾を投下した藍染を内心で罵倒しながら。

 

 

 




…やっぱり不安です。
余りに不安過ぎて、露骨に描写カットが入ってますが、御容赦の程を。

じゃあ完全崩壊の話を書けば良いじゃないというツッコみは無しで。
だって藍染様殺せない時点で鬱ENDしか思い付かないんだもの(泣
私はハッピーが好きなんや!





捏造設定纏め
①任務報告の際に居た破面達。
・藍染様の二十の同胞発言、そして描写の中で出てきたキャラから考慮すると、下の様な事に。

孤狼さん 一名
大帝様チーム 七名
下乳さん 一名、
ゲスプーンチーム 二名
豹王さんチーム 三名
最速(笑)さん 一名
マッドさん 一名
強欲さん 一名
謎破面 三名(真っ先に虚無さんの目の欠片吸ったデブ・下乳さんの近くに居たジジイ・弓親みたいな仮面の名残した奴)

・ここではほぼフルメンバーにしてみました。
②最速(笑)さん、藍染様大好き説。
・人が死に際に思い浮かべる人物と言えば、大抵は最愛の人。つまりはそういう事だ…。
・決してホモォ…な意味では無いのであしからず。だって此処(ハーメルン)にはホモ好きが多いんだもの(笑



後、全く以て正体不明の破面の背景を捏造しました。
もしかするとちゃんとキャラ設定あるかも…。まあその時はその時でしょ!!(開き直り)



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