三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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原作編始めるよ~。
出来る限り削除対象に引っ掛からない様にした心算ですが、何事も積み重ねというものも有りますよね。
一話一話の引用部分が重なって削除へ―――といった流れにならないかと考えるだけで恐ろしい…。


第十話 三日月と虚無と憤怒と…

 尸魂界の中央に位置している死神達の活動拠点、瀞霊廷。その中に、瀞霊廷内における様々な技術の研究や開発を行う十二番隊の付属機関、技術開発局という施設が有る。

 その中の、広大な尸魂界や現世に派遣されている死神達との通信を行って情報の遣り取りをする通信技術研究科。

 更にそれに隣り合わせで存在する、虚の出現等の霊圧反応を探知、分析する役割を持った、霊波計測研究所。その室内は今、緊迫した空気に包まれていた。

 

 

「おいリン!! 菓子食ってねえでさっさと詳細を報告しやがれ!!」

 

 

 大凡人の括りでは無い、左頭部に小型のハンドルが付いたフグの様な顔をした男が、後ろの丁髷頭の気弱そうな男に怒鳴り散らす。

 彼の名は鵯州(ひよす)。技術開発局通信技術研究科霊波計測研究所研究科長という、随分と長ったらしい役職に就く男。

 

 

「すすす、済みません!只今!!」

 

 

 口元に菓子の食べかすを付けたまま、リンと呼ばれた男は手前の端末から、霊圧反応の有った正確な座標を読み取ると、顔色を青褪めながら叫んだ。

 

 

「ざ、座軸3600から4000、東京、空座町東部! 補正と捕捉を御願いします!」

 

 

 それを聞いた鵯州は先程まで見せていた怒気を何処へやら。

 まるで命令を出された機械の如く、自身の端末へと振り返ると、目にも留まらぬ速さでキーボードの様な物を指先で叩いてゆく。

 彼のみならず、室内に居る他の者も其々に慌ただしく作業を進めていた。

 

 その異様な雰囲気の中、何の躊躇いも無く自ら足を踏み入れる男が居た。

 

 

「おーう、調子はどうだ?」

 

 

 緊張感の無い緩み切った口調でそう言うのは、眉毛がない額に角が生えている男、阿近(あこん)

 彼のその態度も、技術開発局の副局長という上から二番目に偉い立場故と考えれば納得だ。

 しかもそれだけに限らず、護廷十三隊十二番隊第三席までも兼任しており、この場に於いては誰も彼に頭が上がらない―――筈だった。

 

 

「おう! いいとこ来たな阿近!!」

 

「あ?」

 

 

 だが鵯州という男はそれを全く気にする事無く、寧ろ対等以上の物言いで阿近に声を掛ける。しかも背中を向けたままだ。

 

 

「“きた”ぜ」

 

 

 鵯州は其処で初めて振り返る。

 その顔は焦っているというよりも、この緊迫した状況を楽しんでいる風に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空座町の東側に位置する、街の外れに有る森林地帯。

 その中心部の一部開けた場所に立つ三つの人影が有った。

 

 

「ぶはァ~! 面付いてた頃に何度か来たが、相変わらずつまんねえ処だなァオイ!」

 

 

 霊子がウスすぎて息しづれえしよォ、と剰え更に文句を垂れ流しながら、ヤミーは腰に手を当てながら周囲を見渡す。

 

 

「…その喧しい声を抑えろヤミー。無理矢理付いてきた分際で文句を垂れるな」

 

 

 ウルキオラは表情を変えないまま、歯に衣着せぬ物言いでヤミーを窘める。

 感情を持たない筈の彼だが、何処と無く不機嫌そうに見えたのは気のせいか。

 

 

「…どうしてこうなった…どうしてこうなった…どうしてこうなった……」

 

 

 最後に残るは、顔を俯かせながら同じセリフを小声でリピート再生し続ける長身の男。

 そう、何故か理由も解らぬまま此処に来る羽目になったノイトラ・ジルガだ。

 彼は普段、表向きは堂々と落ち着いた態度を見せているのだが、現在は他の二人の視界に入らない位置をキープし、自身の現状を只管嘆いていた。

 

 それはそうだろう。何せ初っ端から想定外な展開が起こっている上、その真っ只中に巻き込まれているのだ。

 つい最近まで緻密に計画を練っていた手前でこれだ。今迄相当努力を重ねてきた分、こうまでして容易に出鼻を挫かれれば弱気にもなる。

 

 

「―――良しスッキリした。さて、頑張るか…」

 

 

 だが其処は流石のストイック精神の持ち主。一通り嘆く事で精神に堆積した鬱憤を晴らし、即座に次の事を考え始めるその切り替えの早さは目を見張るものが有る。

 だからこそ今迄やってこれたのだろうが。

 

 二人が未だ動き始めていないのを確認すると、ノイトラは真っ先に探査神経を全開にする。

 それに引っ掛かった霊圧は合計五つ。大きなものは三つ、そして残る二つは護廷十三隊の席官レベルといった程度だ。

 恐らく前者の内一つは黒崎一護。とすれば残る四つも予想通りの人物の霊圧だろう。

 

 

「へーへー、すいませんすいません」

 

 

 あからさまに謝罪の意が籠っていない返事を返し、ズカズカと前方に勝手に歩み始めるヤミー。

 普通ならキレてもおかしく無い態度だが、ウルキオラは眉一つ動かさず、静かに周囲を見渡している。恐らくノイトラと同じく探査神経を使って霊圧の捕捉をしているのだろう。

 ノイトラはヤミーの動向に気を配りつつ、今度は現在地から周辺に存在しているであろう戦う術を持たない力無い人間達を、その魂に含まれる微弱な霊圧を探る事で位置を割り出す。

 

 今回、ウルキオラは藍染の命令により、一護の能力の調査を行う為、空座町に訪れた。

 それまでは良い。だがその任務へ従事する人数が問題だった。

 何と三人。本来であれば二人となる筈だったにも拘らずだ。

 ノイトラは思わず内心で頭を抱えた。

 

 というか初めからおかしかったのだ。何故余り交流の無い筈のウルキオラが自分を任務に誘うのか。実を言えば一人でも別に構わなかったのだが、と本人は言いつつだ。

 ―――じゃあ一人で行け。どうせ後でヤミーも我儘言って付いてくんだから。

 思わず口から飛び出そうになったが、抑えた。

 

 本当に理解不能な状況である。自分も参加すると伝わった時に藍染の浮かべた満足気な笑みも含め。

 今迄に自分が行って来た事、そしてそれが周囲に齎すであろう影響をもう一度思い返してはみたが、一向に心当りが無い。

 次第に頭が痛くなって来たノイトラは―――取り敢えず考えるのを止めた。

 情報の少ない状態で理解出来無い事を考えても結論は出ない。ならば現在のこの現状の打開策に思考を割いた方がマシだ。

 

 まず現在地。空座町の東部に位置する森林地帯の中心部で、到着と同時に盛大な爆発音を響かせながらクレーターを形成するのでは無く、静かに黒腔を介して来ていた。

 ちなみに後者については、虚夜宮を出発する前のノイトラの忠言が原因でもある。

 元々疑問だったのだ。一護の調査が目的の筈が、何故無関係な人間達にまで探知される様な派手な遣り方で訪問し、無駄に戦線を広げる等の効率が悪い調査方法を取ったのか。

 戦う力を与えてくれた恩人たる朽木ルキアへの義理、そして自分の愛する空座町を虚から守護する事を目的にしている一護。そんな彼が、街に突如として現れた十刃レベルの馬鹿デカい霊圧を探知して動かない訳が無い。それは彼の仲間達も同じ事が言える。

 

 ―――だがノイトラのそんな努力も、つい先程ヤミーが全て台無しにしてしまったのだが。

 地上よりも高い位置に出た黒腔から出る際、彼は他の二人よりも先に飛び出したかと思うと、衝撃緩和など一切考えずに思い切り着地。三人が容易に入れる程広く、その姿が完全に隠れる程に深いクレーターを形成してしまったのだ。

 折角藍染に忠言までして回避した筈なのに、強制的に史実通りの状況を作り出したヤミーの愚行に、ノイトラが殺意を抱いたのは致し方無いと言えた。

 

 恐らくだが、藍染はウルキオラにヤミーが付いて行くと知った瞬間、態と騒ぎを大きくする様に仕向けたのだろう。一護を精神的に追い詰め、その反応を見たいが為に。

 規模が大きくなれば、粗暴で暴力的なヤミーならば優々と暴虐の限りを尽くすだろう。加えて一護の仲間達を傷付けるなり出来れば、その下地は完成する。

 尸魂界からの期間後、その内に秘めた虚の影響で、自身の力と精神が非常に不安定になっている一護。そんな彼に対して外部から刺激を与えればどうなるのか興味を持ったのだろう。

 成る程。実に藍染らしい考えだ。反吐が出る。ノイトラは内心で吐き捨てた。

 

 

「…あん?」

 

 

 先にクレーターを出たヤミーが不審な声を上げる。

 それにノイトラは反応し、即座に響転でクレーターの外へと出る。

 

 

「何だよこれ?」

 

「クレーターだろ…ってか隕石でも落ちたのか?」

 

 

 其処には離れた位置からクレーターを眺める一般人達の姿が有った。

 良く確認すれば、その人数は十人以下と意外には少ない。此処が町より遠い、森林地帯の深部である事が功を奏した様だ。

 恐らく部活の走り込み途中だったのか、空手部らしき白い道着を来た体格の良い若い男連中が野次馬のその殆どを占めている。

 

 

「ちょっと、迂闊に近付くなお前等! 危ねえぞ!!」

 

 

 そんな彼等を、同じく道着を身に着けた、ショートヘアで何処と無く男勝りな雰囲気の少女が後ろから注意を促している。

 ノイトラは彼女の正体に心当りが有った。

 有沢竜貴(ありさわ たつき)。空座第一高等学校の生徒で、同じく其処に通う一護のクラスメイト且つ幼馴染。

 今迄複数に亘って一護達の関係した事件に巻き込まれた影響か、霊圧知覚が変化。その時の記憶はルキアにある程度消されているが、ふとした拍子に自らの身に起きた変化を自覚すると同時に、さり気無く一護達の動向を気にしている。

 

 ノイトラはふと思った。

 竜貴は現在の出来事の後、空座町に現れたグリムジョーと一護の姿をハッキリと目撃している。

 少なくとも、彼女は自分達の姿を視認出来ているのでは―――。

 

 

「…え……誰…?」

 

「んだァ? 見えてんのかこいつ?」

 

「―――っ!? 早く此処から離れんぞ!」

 

 

 その予想は当たっていたらしい。竜貴は明らかにクレーターの前に立つヤミーに視線を固定したまま、部員達に向かって声を荒げた。

 その顔色は悪く、呼吸が乱れ、汗が止めど無く流れている。

 恐らくヤミーの霊圧に中てられたのだろう。今は離れている為に影響は薄い様だが、これ以上近付かれれば間違い無く影響が表れ始める。

 

 

「いきなりどうした有沢?」

 

「…おい、顔色悪いぞお前。大丈夫か?」

 

「あたしの事はどうでも良い、早くしろ!!」

 

 

 霊圧知覚を持たないその男達は悲鳴を上げる己の魂に気付かぬまま、切羽詰まった表情を浮かべる竜貴を逆に気遣う素振りを見せる。

 その遣り取りを眺める事数十秒、短気なヤミーは遂に痺れを切らした。

 

 

「…さっきからゴチャゴチャとうるせえ奴等だ。吸うぞコラ」

 

 

 苛立った様子でヤミーがそう言い、何かを吸引するかの様に唇を尖らせた瞬間―――ノイトラは動いた。

 

 

「ムゴッ!?」

 

「止めろ馬鹿野郎」

 

 

 ヤミーの口を自身の右手で塞いだのだ。

 やった当人としては極めて不本意だったが、止むを得ない状況だったとして割り切る。

 

 

「…っ…ぶっはァ!! いきなり何しやがるノイトラ!!」

 

 

 掌に残ったやや湿った柔らかい感触に顔を顰めそうになりながらも、ノイトラは抗議して来るヤミーに冷静に返す。

 

 

「…テメェ、今魂吸(ゴンスイ)しようとしやがっただろ」

 

「あァ!? それがなんだってんだよ!!」

 

「ハァ…」

 

 

 怒声と同時に次々と霊圧を放出させるヤミーに、溜息を吐く。

 ―――何でこんな奴が第(セロ)十刃なんだ。

 寧ろこの程度の器で今まで組織の一員としてやって来れた事自体が奇跡だ。

 ウルキオラの方を覗いてみれば、もはや見る価値も無しと言わんばかりに目を瞑って静かに佇んで居る。

 

 

「藍染様の目的を忘れたのか」

 

「目的だァ?」

 

 

 明らかに覚えていない。頭を傾げて考え始めるヤミーの様子から、そう断言する。

 全く以て見た目通りの脳筋である。

 恐らく後数分時間を与えたとしても、その内思い出せない事にキレ出すに違い無い。

 致し方無く、藍染の事を大凡把握しているであろうウルキオラに問い掛けた。

 

 

「オマエなら解るよな」

 

「…王鍵(おうけん)か」

 

 

 ヤミーとは違ってほぼ即答に近い回答を返すウルキオラ。

 そのキーワードを聞いて更に数十秒後、やっとヤミーは合点がいった様で、おォ、と大声を上げる。

 

 王鍵とは尸魂界に存在する霊王及び王族の住まう空間へと行くための鍵。創生するには十万の魂魄と半径一霊里の重霊地が必要となり、その条件を満たす材料こそがこの空座町なのである。

 時代と共に移り変わり、霊的な物が集まりやすい場所の事を重霊地と言う。それがたまたまこの空座町だっただけで、この地に住まう住民達にとって不幸以外の何物でも無いだろう。

 

 ヤミーの魂吸は文字通り、自身を中心点にした一定の範囲内に存在する魂魄を根こそぎ吸い取る技だ。

 ノイトラが探査神経を全開にして探った結果、周辺に存在している魂魄の数はざっと二千から三千といったところ。空座町は都市部の一つでもあるので、この人口密度には納得だ。

 王鍵の創生に必要なのは十万の魂魄と謳っているが、恐らくこれは正確な数字では無いだろう。大凡と言うだけで、もしかすれば九万と八百程度だったり、はたまた十万と数百だったりするかもしれない。

 もしそうだとすれば、一気に二千以上の魂魄を失うのは痛手である。だからヤミーを止めた自分のこの行動に不自然さは無く、藍染を裏切って人間達に味方している様には映らない筈だ。

 ノイトラは自身の不安を払拭する為に、内心で何度もそう自分に言い聞かせた。

 

 実は任務への同行が決まった日、ノイトラは茫然としながらも、上手く働かない脳を何とか回しながら一つの目的を作っていた。

 それは自分達とは無関係の人々の犠牲を少しでも減らす事だ。

 偽善とも取れるこの目的。だがノイトラは自らが知り得ない場所での出来事なら兎も角、眼前で無関係の人々が犠牲になっても平然として居られる自信は無かった。

 だからこそ考えた。藍染と破面達に裏切りと取られず、且つ違和感の無い賢い救い方を。

 それがこの王鍵の創生に話を繋げる事だった。

 

 

「ノイトラに救われたなヤミー。下手すれば後で藍染様から御叱りを受けていたぞ」

 

「ぐっ…」

 

 

 どうやらウルキオラは納得した様だ。

 この場は全面的にヤミーが悪いという流れが出来た事に、ノイトラは安堵の溜息を吐く。

 

 そして前を向き―――絶句した。

 先程までの野次馬連中が、全員倒れ伏していたのだ。

 それも竜貴も含めて、だ。

 

 

「―――っ!?」

 

 

 ノイトラは驚愕を隠せなかった。

 声は漏らさなかったが、その内心では疑問ばかりが浮かんでいた。何故だ、どうして、と。

 直ぐ様、現世訪問から現在にかけての記憶を振り返る。

 そして気付く。原因は先程ヤミーが放出した霊圧にあると。

 

 これは己の失態なのかもしれない。ノイトラは中途半端にヤミーの怒りを刺激する様な態度を取った事に後悔する。

 念の為に探査神経で倒れた連中の魂を探るが―――案の定、一つを除いて一切見当たらない。

 ふと、ノイトラは気付く。周囲の霊子の濃度が少し上がっている事に。

 つまりそれは彼等の魂は完全に消滅、霊子となって大気に分散してしまった事を証明していた。

 

 

「あん? 何だ死んでんのかよ」

 

「当たり前だ。只の魂にそんな霊圧をぶつければそうなるに決まってる」

 

 

 思えば初めての失敗らしい失敗だ。ノイトラは無力感に襲われると同時に自信も無くす。

 こんなんでこの先もやっていけるのかと。

 

 だが―――それだけだ。ノイトラは即座に意識を切り替える。

 この様な失敗を繰り返さない、そしてこれが切っ掛けで次の展開で二の足を踏む事にならぬ様、帰還後は自身の立てた計画をもう一度吟味して見直す事に決める。

 薄情に見えるかもしれないが、あくまでノイトラの主な目的はネリエルと仲間の事に関してのみ。それ以外は出来たら良いな、程度のオマケでしかないのだ。

 

 物事の順序を誤る訳にはいかない。

 ―――自分は誰も彼も救える様な万能な者では無い。だから割り切れ。

 自分は所詮限られた範囲でしか行動出来無い矮小な存在に過ぎないのだ。

 そう何度も自分に言い聞かせる。

 

 

「…お?何か一匹生きてるのが居るじゃねえか!」

 

 

 気まずさを誤魔化す様に、ヤミーはズカズカと前方へ歩を進める。

 彼が言う生き残りは竜貴の事だ。実際、彼女の魂は危険な状態ではあるが、無事ではある。

 意識も残っている様で、今も力が抜けて倒れた自身の身体を必死に持ち上げようと足掻いている。

 

 

「何が…起きたんだよ一体…」

 

 

 息も絶え絶えに、竜貴は倒れたままピクリともしない部員達を見渡す。

 顔を視認出来る者は皆白目を向いて、息もしていない。

 死んでいると、竜貴は悟った。

 

 そんな彼女の前に、巨大な影が現れる。

 ヤミーだ。彼は竜貴の生存を間近で確認すると、歯を剥き出しにした見苦しい笑みを浮かべた。

 

 

「俺の霊圧に耐え切ったって事は、出てるにしろ隠れてるにしろちったあ魂魄の力が有るってこった! なぁ!!」

 

「あ…う…」

 

 

 優々と竜貴に話し掛けるヤミーだが、彼女としては反応を返すどころの話では無い。

 距離が近い為に、ヤミーの身体から無意識に溢れ出る霊圧に中てられ、魂が悲鳴を上げ始める。

 

 

「ノイトラ! ウルキオラ! こいつか!? 見つけ出して殺さなきゃなんねえ奴ってのは!」

 

 

 そんな事知る由も無いヤミーは振り返ると、見当違いな事を二人に問い掛けた。

 ウルキオラは小さく溜息を吐くと、クレーターの外に出てノイトラの隣に立つ。

 

 

「…良く見ろバカ。お前が近付いただけで魂が潰れかけているだろう。その程度の事すら認識出来ないのかお前は」

 

 

 ウルキオラは辛辣な口調でそう返す。もはや相手をするのも面倒なのか、横のノイトラに一瞬だけ目配りすると、それ以降は完全に口を閉じた。

 まるで後はお前に任せたと言わんばかりだ。

 何時もとは異なる対応を取る彼の様子を不審に思いながらも、ノイトラは渋々その意図を察し、続け様にヤミーの間違いを指摘する。

 

 

「…対象の特徴はオレンジの髪で、しかも死神だろ。まさか忘れたとは言わせねぇぞヤミー」

 

「あァ!? …そうだったか?」

 

「…ったく、何時もバカスカ食って摂取してる栄養を少しは頭にも回したらどうだ?」

 

「うるせえぞノイトラ! …って事はこいつが生き残ったのはたまたまかよ」

 

「お、今やっと栄養が回ったか」

 

「だからてめえはうるせえって言ってんだろが!!」

 

「何そんなキレてんだ見苦しい」

 

「てめえのせいだろ!! 喧嘩売ってんのか!?」

 

 

 だが何を思ったのか、指摘の後にヤミーを煽り始め、最終的には弄りへと対応を変えた。

 当然ヤミーは反発するが、平然と馬鹿にする態度を崩さないノイトラに更に怒りを募らせる。

 同時に霊圧も再び放出されるが、魂吸に耐えうる程の魂の強さを持つ竜貴だ。多少なら耐えきれる筈だとノイトラは信じる事にした。

 実際、ヤミー本人は無意識の内にノイトラの方へと集中させていた様で、竜貴には殆ど影響が無かったのは幸いである。

 

 実はノイトラのその弄りに含まれた意図は単純で、且つ是が非でも成し遂げなければならないものだった。

 ヤミーの注意を引く事で、この状況を引き延ばしに掛かっているのである。

 それはそうだろう。ノイトラがヤミーの魂吸を止めた影響か、物語の展開速度が少し早まっていたのである。

 本来であれば、この後ヤミーの正面へ一護の仲間である二人の人物が現れ、絶体絶命の竜貴を寸前で救う形になる筈なのだが、それに間に合わなくなる可能性が浮上したのだ。

 その為、ノイトラは表面上は何時も通りの態度をキープしているが、内心では必死にヤミーの関心を引こうと必死だったりする。

 

 

「覚えてろよこの野郎…ってあァ!? 何だお前ら?」

 

 

 そしてその地味な努力は実を結ぶ。

 ヤミーが再び前を向くと、其処には竜貴を庇い、彼と対峙する様にして立つ二人の人間の姿が有った。

 

 前に居るのは、右腕全体に鎧を纏った浅黒い肌の体格の良い男―――茶渡 泰虎(さど やすとら)

 竜貴を庇うのは、胡桃色のロングヘアで遠目でも判る見事なバストサイズを誇る美少女―――井上 織姫(いのうえ おりひめ)

 竜貴と同じく一護のクラスメートであり、同時に彼と共に尸魂界でルキアを救出する為に戦い抜いた経緯を持つ、一護と固い絆で結ばれた二人。

 彼等は共に緊張した、そして何か決死の覚悟を決めた様な面持ちで、ヤミーの姿を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノイトラが不在の虚夜宮。彼に留守を任されていたチルッチは治療室に居た。

 彼女は先程から落ち着かない様子で、あっちこっちを行き来している。

 機嫌が悪いのか、その身に纏う不穏な雰囲気と霊圧に、雑務係の破面達は先程からずっと気が休まらず、今か今かと救世主(セフィーロ)の到着を待っていた。

 

 

「う~、何で従属官の私は駄目なのよ…。ホント訳わかんない…」

 

 

 親指の爪を噛みながらブツブツとそう呟くチルッチ。

 彼女の言いたい事は理解出来る。確かにウルキオラの任務に付いて行く人数は特に制限が無かった。流石に十人単位は無理だろうが、五人程度であれば問題無さそうだった。

 なのでノイトラも折角だからと、自身の従属官も連れて行く事を彼に提案した。

 

 にも拘らず、ウルキオラはそれを断った。俺が同行を許したのはお前一人だけだ、と。

 その言葉にはどうにも言い表せない妙な威圧感が有ったのを、チルッチは覚えている。

 

 

「それにノイトラもノイトラよ! 何が“アイツとはあんまり話した事も無いんだが…”よ! あの人形野郎、しっかりあんたに限定してたじゃない!」

 

「そうですね~。あの人の事ですし、私達の与り知らないところでちゃっかり交流を深めてそうですね~」

 

「そうそう、あれで付き合いが無いとか絶対嘘…ってうおう!? 何時の間に居やがったてめえ!?」

 

 

 突然背後から聞こえてきた声に、思わずその場から飛び退く。

 其処には何時も通りの笑顔を浮かべながら、その眉間に皺を寄せているセフィーロの姿が有った。

 

 

「もしかして…怒ってる?」

 

「はい~、簡単に言えば―――仕事の邪魔してんじゃねぇよ糞雌がぁ!!! …って事ですね~」

 

「ま、誠に申し訳御座いませんでした」

 

 

 セフィーロは何時ぞや見せたキレ口調を見せたと同時に、チルッチのみに向けて一瞬だけ本気で霊圧を放出する。その直後、チルッチはノイトラと全く同じ、見事なまでの土下座を見せた。

 同じ主を持つ従属官であり、恋のライバルでもある二人だが、この遣り取りを見る限り、明確な力関係が出来上がっているのが解る。

 理由はセフィーロがノイトラの従属官へと着任して間も無い頃に行われた、十刃落ちメンバーも交えたノイトラ主催の合同鍛錬が切っ掛けだ。

 その鍛錬の中で最後に模擬戦を行った結果、純粋な力関係ではチルッチが上を行くが、戦闘に関してはセフィーロの方に軍配が上がるという事が判明したのである。

 別にセフィーロが鍛錬の末にパワーアップしたとか、そういった理由では無い。基本的に戦闘力が無いのはそのままだが、彼女の帰刃形態の能力が原因なのだ。

 

 彼女の帰刃、治癒女神の持つ能力は治癒の一辺倒かと思われていたが、実はそれ以外の能力も有った。 

 相手の精神に直接干渉して錯乱させたり、相手の意識を短時間のみだが意のままに操ったりと、搦め手にも特化していたのである。

 物理攻撃に特化した帰刃を持つチルッチにとって、セフィーロの能力は相性が悪いどころの話では無かった。

 

 それ以降も二人は何度にも亘って模擬戦を行ったのだが、全てがチルッチの敗北で終わっている。

 ある時は、戦闘開始から精神干渉され、見事に終始翻弄され続け、度々生じる隙に威力の低い虚弾を延々と打ち込まれた末に敗北。

 またある時は、精神干渉と同時に精神操作も受け、

 最近ではセフィーロも自分の仕事もそこそこに、積極的にノイトラの鍛錬に参加し始め、尋常では無い速度でメキメキと実力を上げて来ている。

 本人いわく―――勘が戻って来たとの事だが、チルッチには理解出来無かった。

 

 そんな補助特化型のセフィーロがもし中近接戦闘特化型のノイトラと組んで戦闘を行えば―――想像するのも恐ろしい蹂躙劇になる光景しか浮かばない。

 

 

「では今から消耗品リストのチェックを行おうと思ってましたので、それを手伝って頂ければ許します~」

 

「…もうそれで良いわよ」

 

「はい~、まずこのメモ用紙とペンをどうぞ~」

 

「はいはい……ハァ…」

 

 

 チルッチは溜息を吐きながら、セフィーロの後に付いて行く。

 何だかんだ言っても二人は仲良くやれている様だ。もしこの光景をノイトラが見ていたとすれば、まず間違い無く父性を感じる優しい表情を浮かべているだろう。そして次にそれに気付いたチルッチがキレて暴れ出し、セフィーロが脅し掛けて二人を土下座させて収束するという流れが出来上がるだろう。

 以前まで虚夜宮内に於いて修理履歴が多い宮の上位に食い込んでいた第5十刃の拠点だが、セフィーロがノイトラの従属官となってからは、最後の件の御蔭か一気に下位まで落ちていた。

 

 大凡三十分、手際良くセフィーロの指示通りに作業を進めていたチルッチは、ふと問い掛けた。

 

 

「…ねえ、セフィーロ」

 

「んん~? 何ですか~?」

 

「あんたとノイトラってさ―――」

 

 

 ―――一体何を企んでんの。

 次の瞬間、問い掛けられたセフィーロの表情が消えた。

 作業の手を止め、スッと姿勢を正して真っ直ぐに立ち上がる。

 

 

「…何時からですか」

 

「つい最近、ね。あいつが何時に無く真面目な顔しながら治療室(ここ)に向かってったから…気になって後から付けたの」

 

 

 バツが悪そうな顔をしながら、チルッチは独白を続ける。

 背を向けたままのセフィーロが、その手に斬魄刀を取り出している事に気付かぬまま。

 

 

「鍛錬後だったし、あいつも油断していたのね。あたしの粗末な霊圧の消し方でも気付かれなかったわ」

 

「それで…聞いたんですか…?」

 

「ええ、幸い人気も無かったし。その後、ドア越しにあんた達の会話を盗み聞きしたわ。…殆ど聞き取れなかったけど…」

 

 

 セフィーロは内心で舌打ちした。まさか藍染とザエルアポロ対策に仕込んだ、外部からの干渉の一切を断つ自室の壁が裏目に出るとは、と。

 確かにノイトラは最近、鍛錬後の消耗度合が大き過ぎる。自分としては事情は理解しているので遣り過ぎなければ特に文句は無いし、多少注意力が散漫になるのは致し方無いと、彼女自身は考えていた。

 だがチルッチの場合は少し勝手が違う。何せ従属官になる前に何度も第5十刃の拠点へと忍び込み、その際に霊圧を消して隠密行動を繰り返していたせいで、彼女自身は気付いていないがその霊圧隠秘能力はずば抜けている。

 

 正直言って、自分が頗る調子が良い状態だったとしても見付けるのは中々に骨が折れる。

 セフィーロは自覚無き隠密チートと化しているチルッチに少し殺意を抱いた。

 

 

「けど―――最後の部分は聞き取れた」

 

「……何と…?」

 

「何だかの為に“俺は藍染を止める”…って、確かにあいつは言ってた」

 

 

 セフィーロは思わず斬魄刀を取り出し、その柄を握る自身の右手に力が籠った。

 ―――不確定要素となるのなら、今の内に此処で消しておくべきか。

 一瞬そう考えたが、何とか踏み止まる。

 

 チルッチの事は嫌いでは無い。あの不器用ながら真っ直ぐな性格は寧ろ好きな部類だ。

 ノイトラとの共同目的を無し遂げた後も、彼女とは今後も上手く付き合っていきたいと思っている。

 

 本来なら自分達の秘密を知った者は生かしておく訳にはいかない。

 確かに意図的に此方側へ来る様に仕向けはしたが、此処まで深く踏み込ませる気は無かった。

 暫し悩んだ末―――セフィーロはチルッチを試す事にした。

 もし自分達の目的にそぐわない答えをする様であれば、その時は然るべき対応を取るだけだ、と。

 

 

「…チルッチちゃん」

 

「…何よ?」

 

「貴女は…ノイトラさんの事を愛してますか?」

 

「んなっ!? てめえいきなり何言って―――!?」

 

「どうなんですか?」

 

 

 一気に顔を沸騰させて答えに詰まるチルッチを気にも留めず、セフィーロは間髪を入れずに問い詰める。

 その有無を言わせぬ雰囲気に、チルッチは顔を赤くしたまま、そっぽを向いて答えた。

 

 

「あ…あ…愛…してるわよ…!!」

 

「それが例え―――如何なる危険な状況下に置かれたとしても?」

 

「あ…当たり前じゃない!」

 

「…例え―――藍染様と相対する事になっても?」

 

 

 最後に振り返りながら、セフィーロはそう言い放つ。

 彼女の顔を見たチルッチは絶句した。

 同じだったのだ。鍛錬時の様な、意識を失う極限状態まで自分を追い詰めて続けるノイトラの表情と。

 

 ―――冗談で言っている、訳では無い。

 チルッチはセフィーロの本気を悟った。

 一瞬だが、正直言って何を馬鹿な事を聞くのかと思った。

 藍染の力は知っている。それが現十刃の上位クラスでも歯が立たないであろう事も。

 そんな彼に相対するなど、今迄想像した事は無かった。するだけ無駄だからだ。

 

 だが同時に納得する。それはノイトラの鍛錬内容の最後に組み込まれている疑似戦闘。

 本人も口にしない為、一体誰を仮想敵に置いているのか一切不明だったが、恐らくそれこそが藍染だったのだろう。

 常に斬新な考察をし続けるノイトラの影響か、最近になって急激にイメージ力が上がっていたチルッチは、今やっと彼の浮かべるその仮想敵の正体を理解出来た。

 正にアレは自分程度では瞬殺以外の結果を持たない、全く以て次元が違う相手だという想像は合っていたのだ。

 

 何故ノイトラがそれ程までに藍染を敵視するのか。その疑問はセフィーロに聞けば解るのかもしれない。

 ―――これは運命の選択肢だ。

 チルッチは大凡だが、自分が置かれた状況を理解していた。

 回答を誤りでもすれば、即座に消されるだろうと。

 

 

「…を……い……」

 

「…聞こえませんよ」

 

 

 勿論、愛してる。

 無論、どんな状況だろうとそれは変わらない。

 当然、例え藍染と相対し―――くどい。

 そんな事、今更口にするまでも無い。

 あの時命を救われ、従属官となった瞬間から、この命は既にあの人の物なのだから。

 

 

「何を今更な事聞いてんだっつってんだよ…!」

 

「っ!!」

 

「藍染様が相手? その程度の事でこのチルッチちゃんが怖気付くとでも思った? 随分安く見られたもんよね!」

 

 

 腕を組み、堂々とセフィーロに言い放つ。

 チルッチのその最後の台詞が予想以上だったのか、彼女は驚愕に目を見開いている。

 

 

「だから―――聞かせなさいよ。あんた達が何を思って、何をしようとしてるのかを…」

 

 

 正直言えば恐ろしい。藍染を敵に回すという事はそういう意味だ。

 だがそれ程でも無かった。何せ自分には誰よりも頼りになる男が傍に居るのだ。

 

 

「…解りました~! では今からチルッチちゃん、貴方も共犯者ですね~!」

 

「寧ろ遅過ぎたくらいよ…ってかちゃん付けやめろって言ってんだろコラァ!!」

 

「ええ~、自分でも言ってるくせに~」

 

「あんたが言うと子供扱いしてるみたいに聞こえて嫌なのよ!!」

 

 

 チルッチの本気の覚悟を垣間見たセフィーロは、態度と口調を普段通りに戻す。

 何時も通りに言い争いながら、チルッチは回答後に自分が何もされなかった事から、受け入れられたのだと悟ったのだった。

 

 彼女はこの後、数十分に亘って言い争いをした後、セフィーロの自室へと招かれ、暫く出て来なかった。

 全てが終わったのだろう。ドアから出てきたその顔は疲労を隠せなかったが、実に晴れやかで、何時も以上にやる気が満ち溢れていた。

 

 ―――だが彼女達は失念していた。

 セフィーロの自室へと消える以前までの話は、治療室の倉庫内で行われたものであり、其処も監視カメラの範囲に入っているのだと。

 そしてその時の様子を、藍染の副官である一人の男が覗いていた事を。そして彼がチルッチの口の動きを読み、二人の会話内容を全て把握していた事を。

 

 

「―――これはおもろい事になりそうや…」

 

 

 男―――市丸ギンは不敵な笑みを浮かべながら、普段は閉じている程に細い目を僅かに見開いていた。

 

 

 




今年最後の更新です。
というか、来年に入っても更新まで少し間が空くかと思います。
明日より一月上旬に掛けて仕事がデスマーチに入るので…。
それでは皆様良い御年を。

…エタるフラグ?何言ってるかわかんないっすね?
これでも書き溜めはしっかりしてるんじゃよ?





捏造設定纏め
①魂魄は潰れて消滅すると、霊子となって大気に溶け込む。
・明確な言及されてませんが、滅却師が虚を消滅させると云々~の部分から察するに、普通の魂魄も恐らく消滅すればそうなるのかと判断。
②王鍵の創生云々。
・多分藍染がヤミーの魂吸に何も言わなかったのは、彼が初めから十刃メンバーを殺す心算であり、最終決戦時に纏めて材料にする気だったのだと推測。そうすれば一般的な魂魄の二千や三千程度補えますし。



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