三日月は流離う   作:がんめんきょうき

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お手柔らかにお願いします。


原作前
第一話 三日月の始まり


 石英の様な結晶で象られた枯れ木が混在し、命の息吹を全く感じない砂漠地帯。

 其処には風も一切吹かず、反転した月明かりのみが唯一の光源である永遠の夜の世界が広がっていた。

 名は“虚圏(ウェコムンド)”。その世界のとある場所にて、彼は今日も一人ポツリと佇みながら月を眺める。

 白装束を身に纏い、長身痩躯で長い黒髪。眼帯で覆い隠された左目とは逆の右目は細く尖っており、獲物を探す獣の如き鋭利な眼光を放っていた。

 何より目を見張るのはその背に担いでいる巨大な武器。三日月を8の字型に二つくっ付けた形の刃に、垂直に柄を取付けた形の鎌。柄尻には鎖が伸び、それは彼の腰の付近まで繋がっている。

 

 顔付きはある程度整ってはいるが、御世辞にもイケメンというよりチンピラにしか見えない。

 そんな彼が現在浮かべている表情は疲労、憂鬱、僅かな焦燥が入り混じった複雑なもの。

 例えるなら、まるで初めて悪事を働き、後々でその罪の重さに気付いて困惑している子供か。

 面倒臭い例えだが、今の彼の状況を考えるとこれが一番適した表現だった。

 

 それに対し、その子供が自覚した時は既に事を起こした後で、その事件は結局犯人が見付からずなあなあで終わりそうになっている事実を付け加えてみる。

 さて、この時点でその子供は自分が犯人ですと言い出せるだろうか。

 

 己の罪の告白とは大人であっても相応の勇気が要るだろうし、容易に出来るものではない。

 それに黙っていれば実質的に自分に罪は無い事になるとすれば言わずもがな。余程親の教育が良い子供でない限り、大抵は逃げの一手を選択してしまうだろう。

 正直に罪を告白し、それに応じた償いを以て解決するか。その場から逃げ出し、一生を罪悪感に苛まれながら生きるか。罪の重さによっては状況も変わるだろうが、客観的に見てもどちらが正しいかは明白だ。

 

 だが―――そのどちらも選べないとすれば、どうか。

 基本的に良識を持った善人にとって、自身が抱いた罪悪感が精神に齎す負担は相当なものだ。

 薄情、無神経、自己中心的な者には理解出来ない領域だろう。罪悪感を抱く云々以前の問題なのだから。

 

 彼の性根は何処にどう転んでも小市民で、善人だった。

 子供でも無いし、しっかりと己の罪を自覚している。しかも何事も深刻に考え込んでしまうきらいが有るときた。そんな彼が後者を選択すればこの上無い辛い思いをするのは明らかだった。

 厳密にはつい数年前までは見た目通りの獣の如き性格で、ある日を境にそんな善人に“なってしまった”のだが―――。

 

 

「…ここまでやってくるのに大分苦労したぞ、このクソ野郎が」

 

 

 最後の罵倒は一体誰に向けて放たれたのか。

 それは当の本人にしか判らない。

 

 彼は次の瞬間、担いでいた巨大な得物を右腕一本で頭上まで持ち上げる。

 明らかに常人に振り回せる範疇を超えているソレを軽々と扱う光景は異常。

 だが彼は平然としている。実際に大した労力でも無いし、この世界にとって特に驚くに値しないレベルの行動であると理解しているからだ。

 

 

「フッ!!」

 

 

 彼は得物をあらん限りの力で地面の砂地に叩き付ける。

 その叩き付けられた場所からは、まるで大量の爆薬が起爆したのと相違無い程の凄まじい衝撃。それと同時に巻き起こる砂塵嵐は彼の姿を一瞬で覆い隠すと、半径五百メートルもかくやと言わんばかりに拡散した。

 一分も経たぬ内に、砂塵は全て地面へと降り、彼の姿も再び視界へと戻る。

 だが当然と言うべきか、彼の全身には先程の砂塵の名残が大量に降り積もっており、終いには眼帯には保護されていない右目に入ったらしく、その瞼は閉じられていた。

 

 

「…いってえ」

 

 

 間抜けにも程がある。目に異物が入り込むという煩わしい痛みは、余計に彼の荒んだ精神状態を煽った。

 直ぐ様乱暴に目を擦り始めるが、そんな間違った方法で異物を取り除ける筈が無く、彼は目が赤くなるまでの暫くの間そうしていた。

 彼は次第に落ち着きを取り戻すと、鎌を担ぐのではなく背負い直し、全身から砂を振るい落とし始める。

 気にならない程度まで砂が落ちたのを確認すると、そのまま腰を下ろして胡坐を掻いた。

 

 全身から脱力し、やや哀愁を漂わせたその後ろ姿は容姿も相俟って中々にアウトローな雰囲気にマッチしている。これが他の男が行えば只のだらしない奴にしか見えないだろう。

 彼は大きく息を吸うと、ワザとらしくはあ~と音を出しながら吐き出す。要するに溜息である。

 その際、大きく開かれた口から覗いた舌の奥には、大きく五の数字が刻まれていた。

 

 

「…ああ、憂鬱だ」

 

 

 彼―――ノイトラ・ジルガに憑依した男は吐き捨てる様にして、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒したのはこれ以上無い最悪なタイミングでだった。

 彼は全て白で統一された建物の、開けた場所の高所から地面を見下ろしていた。

 右手には三日月状の特異な刃が付いた柄の長い鎌を握っており、良く見るとその刃には血痕がこびり付いていた。

 

 感情も振り切れれば冷静になるとは本当だったらしい。彼は生まれてから二十五年の中での初めての経験に少なからず感動を覚えていた。

 だがそれも視界を三日月の刃から元の場所に戻した次の瞬間、全てが凍り付いた。

 

 其処に有ったのは三つの存在。一つを覗いて明らかな人型で、皆頭部から血を流し、俯せに倒れている。

 襤褸切れに等しい外套を身に纏った細見の成人男性らしき者。同じ服装だが、頭部が異常に肥大化し、手足も成人男性の頭部程は有る人とは到底思えない者。

 最後は山羊の髑髏のような仮面を頭に乗せ、彼と同じ白装束に刀を腰に差した黄緑色の長髪を持つ女性だった。彼女が一番重傷らしく、今も尚頭部からは止めどなく血が流れ出ている。

 

 彼はこの光景に見覚えが有った。とは言っても現実にでは無く、愛読していたマンガの一コマでの話だが。

 その漫画の題名はBLEACH。霊感の強い高校生、黒崎一護がある時死神となり、悪霊である(ホロウ)を打倒しながら仲間達と活躍していく様を描く王道的なものだ。

 その中で出てくるのが魂魄に死神やらその対を成す虚。彼はその中でも主人公勢と敵対する側である、虚が進化したもの―――破面(アランカル)の一人へ憑依していたのだ。

 

 ―――刹那、彼の脳内では凄まじいまでの量と速度で記憶と情報が展開し始める。

 一匹のしがない下級大虚(ギリアン)から始まり、(けだもの)の本能の中に明確な意識が芽生え、中級大虚(アジューカス)へと進化。

 やがてある一人の死神―――藍染惣右介と出会い、誘いに乗って傘下へと入る。

 その後、藍染の持つ崩玉(ほうぎょく)によって新たな力を与えられ、破面へと至る。そして彼の率いる破面達に与えられる強さの序列を表す数字、その一番上から十番目までの破面に名乗る事の許される十刃(エスパーダ)、内一つの第8(オクターバ)十刃の地位に立った。

 その後は最強の二文字を追い求めながら、壮絶な戦いの中で倒れる前に息絶える、そんな矛盾を孕んだあやふやな目的の元、更なる力と戦いを求め、好敵手足り得る最上級大虚(ヴァストローデ)の探索の日々を送る。

 

 その辺りから情報の流れが脳の処理能力を超え始めたのか、激しい頭痛に襲われた彼は咄嗟に頭を振り、脳の回転を打ち切る。

 垣間見た記憶が正しいとすれば、今視界の先で倒れているのはネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクで間違い無い。

 以前からノイトラは女の破面でありながら第3(トレス)十刃の地位にいた彼女のことを快く思わず、何度も勝負を挑んでは負け続け、終には彼女に己を戦士では無く只の獣であると否定された。

 やがてそんな屈辱に耐え切れなくなった彼はとある仲間と結託し、彼女の従属官(フラシオン)を利用して隙をつくり、頭を背後からかち割って虚夜宮(ラス・ノーチェス)の外へ放り出すという暴挙に出た。

 

 正に吐き気を催す外道の所業。当然、道徳的にもごく普通の感性を持つ彼はノイトラ・ジルガを軽蔑した。

 とは言っても今ではそのノイトラへと憑依してしまっているので、その対象は自分自身の事となってしまっているのだが。

 

 どうせ憑依するなら、せめてこうなる前にしたかったというのが彼の本音だった。

 だが今となっては過ぎた事を幾ら考えても無駄である。

 精神が身体に引っ張られているのか、彼は沸き立つ怒りと同時に途方も無い破壊衝動が生まれるのを感じた。

 どうかしたかい、と不審そうに声を掛けて来た、協力者である破面の男を彼は無視し、その場を早急に立ち去った。

 直後に何かが萎む音と、それに反応を示す男の声が聞こえたが、その展開を知っている彼は敢えて無視した。

 

 ―――それから数日後、彼は以前までの自分(ノイトラ)の行動や態度を根本的に改めた。

 戦闘任務への積極的な従事は変わらないが、自己鍛錬を霊力の続く限り倍以上に増やしたり、他の破面に露骨に噛み付く様な態度を改めたり、サボりがちだった藍染からの召集には必ず参加したり。

 ちなみに当初、彼が一番懸念していたのは自分の持つ戦闘能力についてだった。

 元よりそれなりの強さを誇っていたノイトラだが、今は中身が違う。

 何せ戦争とは縁が無い日本生まれの二十五歳フリーターの凡人だ。憑依後もその戦闘能力が引き継がれているかどうか不明な上、例え有ったとしてもいきなり殺し殺されの血みどろな戦場に立てるとは到底思えない。

 だが幸いにも己の戦い方や得物の扱い方は身体が覚えていたので苦にはならなかったし、いざ戦場に立てば精神状態が血沸き肉躍るといった感じのハイテンションになり、何の躊躇いも無く敵対する虚達を血祭りに上げれた為、特に問題無かった。

 

 そんな感じで戦闘以外での性格が一変したノイトラへの周囲の反応は様々だった。

 同じ十刃達は特定の者達数名を除けば比較的好評。十刃以外の破面達にとってはノイトラ・ジルガという存在は未だに恐怖の対象だったが、出会い頭に避けられる事が減ってはきていた。

 

 振り返ってみれば、この一連の行動は彼にとっての逃避行の一種だったのかもしれない。

 憑依してしまったとは言え、紛れも無く今の自分はノイトラ・ジルガに変わりない。とすれば今迄ノイトラが積み重ねてきた業も全て自分が背負わねばならないのだ。

 記憶や経験を引き継いだ分、今迄どれ程他者の誇りや命を蹂躙してきたのか、そしてそれをどう思っていたのかも全て理解出来た。

 ―――それ故に彼が酷く重い罪悪感を抱き、思い詰めてしまったのも致し方無いだろう。

 圧し掛かる重圧に心が折れ掛かったのは何回もあった。その度に只管何かに打ち込む事で思考を止め、意図的に現実から逃避した。

 

 ノイトラという皮を被った凡人は嘆いた。一体自分が何をした、何の罰なのか、と。

 そうして一通り嘆き、一連の逃避行によって身も心も疲弊して落ち着きを取り戻した後、自分のケツぐらい自分で拭けと今度はもはや存在しないであろうノイトラを何度も罵倒してストレスの捌け口とした。

 

 勿論自責の念だけに限らず、周囲から向けられる様々な感情を含んだ視線も相当に堪えるものでも有った。

 その余りの辛さにいっその事逃げてしまえば―――と一時は考えたが、直後にそれは不可能だとも悟る。

 何せこの虚夜宮は殆どが藍染の監視下にある上、十刃というある意味やんごとなき立場で無断逃亡など許される訳が無い。

 例え運良く逃亡出来たとしても間違い無く探し出され、それ程時間も掛からずに粛清されるだろう。

 

 だとすれば残される手段は一つ。人知れず自らの手で死を選ぶ事だ。

 楽観的且つ希望的観測だが、もしかすると此処で死ねば元の自分に戻れるという可能性もあるのだ。誰もが同じ状況下に置かれれば間違い無く思い付く筈だ。

 だが小市民たる彼がこれといった覚悟も無く、加えて死への恐怖を乗り越えて自殺を図る事など出来るだろうか。

 それに前提からして違う。今の彼の身体は人ならざる化け物そのもの。歴代全十刃中最高硬度を誇る鋼皮(イエロ)を持ち、生命力も段違いなノイトラ・ジルガだ。

 普通の人間の様に高い建物から投身自殺を試みても死ねる訳が無く、ギャグ漫画的な展開―――犬○家状態になる光景にしかならないだろう。

 首吊りも論外。水による溺死も、この虚圏では川も海も無いので不可能。練炭による一酸化炭素中毒などはそもそも元となる練炭が無いし作れない。

 

 つまるところ、一般的に知られている手法での自殺は不可能。自分自身の斬魄刀を用いたとしても相当に自分自身を傷付けなければならず、非常に困難。

 苦しまずに確実に死ねる方法が有るとすれば、同じ十刃の中でも上位のグループ、または藍染に特攻して返り討ちになる事だが―――流石に彼にも男としてもプライドはある。生き恥なら未だしも、死に恥を晒す様な行為は御免だった。

 それに桁違いな実力を持つ者の前に立ちながらポーカーフェイスを保ち続ける自信も無い。死ぬより先に下着を変えなければならない失態を晒す可能性もある。

 

 彼は徹夜して長々と考え続け―――結局開き直った。別に死ななくとも良いだろうと。

 発想の元が現実逃避の一種だったので、特に重要視していなかったのか。本人でも意外に思う程にあっさりとした決断だった。

 取り敢えず今後はネリエルと再び相まみえる時まで生き延び、許す許さないは別として誠心誠意謝罪する事を前提に、それまで十分な強さを身に付けるという目標を定めた。

 それから後の事は後で考えれば良いと、一部の問題を先送りして。

 

 だが先送り出来ない問題の中に、憑依する以前からノイトラの周囲には一人の破面を除けば味方が居ない―――別な言い方をすれば敵が多いという難点があった。

 元来虚達の世界は弱肉強食だ。弱い虚は強い虚の糧となり、同族間での仲間意識を持つ虚は少ない、血塗れた道が延々と続く殺伐とした世界。この虚夜宮内でもそれは変わらず浸透している。

 例え十刃とて気を抜き過ぎれば足を掬われる。だからこそ彼は誰よりも精神を研ぎ澄ませ、貪欲に、我武者羅に強さを追及しなければならなかった。

 それ故に始めたのが、他の十刃達でもドン引きする程にストイックな生活。

 基本的に十刃達は藍染に最低限でも従っていれば行動の自由が許されている。にも拘わらず、彼は必要最低限の食事に休息と睡眠時間を確保した上で、殆どの時間を鍛錬と任務に費やす事で自分を極限まで追い込み続けた。

 

 だが疑問に思わないだろうか。追い詰められた状況下において何故彼は此処までの事が出来たのかを。

 実を言えばそれは憑依前の彼の生き方にも起因している。

 詳細は省くが、彼は高校へ入学して二年経過した頃、人生の転機―――それも不幸な方向への出来事が起こった。それまで順調だったにも拘らず、ある日突然謂れの無い罪を擦り付けられ、抗議する間も無く退学に追い込まれたのである。

 元々不仲だった両親からは勘当され、それから始まったのは先の見えないフリーター生活。複数のアルバイトを掛け持ちし、給料も一般サラリーマンには遠く及ばず、ボロアパートのぼったくり価格の家賃で八割方消える経済状況。

 一般向けの格安なファミレスすら縁が無い、そんな極貧生活の余りの厳しさに、当初は生活保護申請すら考えたが、世間体を考えると断念せざるを得なかった。

 

 だがそんな生活も三年経過すれば慣れるというもの。順応と同時に人生に対する考え方も変化していった。

 ―――人間なんて米と味噌汁さえ有れば十分生きていける。肉が欲しけりゃカエルかヘビを捕まえれば事足りるし、野草だって食える種類は豊富にある。

 取り敢えず死に間際に恥じる事のない様な生き方をすれば良い。この意志さえあれば大抵の苦難は耐えられるというのが彼の得た教訓だった。

 憑依の直前までの記憶は、その人としての一種の悟りを開き掛けていたその時点で途切れている。

 

 ―――憑依から一ヶ月程度が経過した頃。

 彼はその時、自分に課した連日の過酷な鍛錬の影響で、肉体的にも精神的にも極限状況だった。

 身体的スペックのゴリ押しで外面は何とか平然と振舞ってはいたが、戦闘能力については下手すれば野生の中級大虚にも後れを取ってしまうかもしれない程に消耗していた。

 だが運悪く、彼はその日に藍染からとある任務を言い渡されたのだ。それは新たに発見された最上級大虚らしき者の率いる集団の住む集落の調査である。

 

 負の連鎖というのは継続するもので、彼は何とその任務の途中で中級大虚の集団と遭遇。済し崩し的に戦闘に突入し、その激戦の中で瀕死の重傷を負い、地面に膝を着いた。

 破面の持つ鋼皮の強度は基本的に当人の保有している霊圧に左右される。幾らノイトラの鋼皮が十刃中最高硬度を誇るとは言っても、霊力も体力も尽き掛けている状態で複数の中級大虚とまともに闘り合えばそんな傷も受けるだろう。

 

 だがそれでも彼は耐え切った。

 御都合主義というべきか、死を間近に感じながらもそれを全身全霊で拒否し、血反吐を吐き出しながらも立ち上がって咆哮を上げた瞬間、その時まで使用していた得物―――厳密には斬魄刀に分類される三日月状の刃の鎌が変化し、現在の形になったのだ。 

 そして同時に膨れ上がる自分自身の霊圧。まるで窮地に追い詰められた主人公が急激にパワーアップするという王道的展開だった。

 後の展開は推して知るべし。技術もへったくれもない、圧倒的な力による蹂躙によって屍の山を築き上げ、その戦闘を終結させると、彼は虚夜宮に帰還して直ぐに寝た。

 それから間も無くして、彼は藍染より新たに五の数字を昇進という形で与えられる事となる。

 

 

「…御都合主義万歳、ってか」

 

 

 本来辿るべきだった歴史を忠実に辿り続ける現状。この憑依劇を一つの物語として見る側からして見ればつまらない事この上無い展開だろう。

 ―――憑依した身としてはその方が未来を先読みし易くて良いのだが。

 

 未だに地面に座り込みながら、彼は考える。

 もしも憑依先がノイトラ・ジルガでは無く、物語の序盤に一種のボスキャラとして登場する虚や、主人公達に退けられる事が運命付けられた死神など、後半では無力に等しくなる様な存在だったならばどうなっていたかと。

 今後の物語の展開の中で一切抗う事も出来ずに埋もれるか、そのまま無様に死んでいただろう。

 そう考えると、少なくとも憑依した対象は良かったのかもしれない。

 

 

「此処に居たのか、ノイトラ」

 

「…っ、テスラか」

 

 

 周囲に気を配るのを忘れていた彼はいきなりの声に一瞬ビクついたが、直ぐに平常心を持ち直して返事を返す事に成功する。

 思考の渦中に居た彼を呼び戻したのは、黄土色の髪を持つ、端正な顔立ちをした優男。ノイトラの従属官であるテスラ・リンドクルツだ。

 

 従属官とは十刃が選ぶ事が出来る直属の部下だ。

 十刃によってソレに選抜されるのは数字持ち(ヌメロス)以下の成体破面が基本。

 崩玉を使用せず生み出された者、使用して生まれた者が混在する成体の破面達の全てが番号を与えられる訳では無い。数字持ちとはその中でも十一以上の番号を名乗る事が許された破面だ。

 ちなみに数字持ちは基本的に生まれ順で数字が決まるのだが、十刃の場合はその中でも特に優れた戦闘能力を持つ破面が選ばれ、強さの序列で数字が決まる。

 

 

「相変わらず此処が好きなんだな」

 

「…んな訳じゃねぇ。何となく来ちまうんだよ」

 

「ハハッ、何だそれは」

 

 

 素っ気無い態度で返す彼に対し、それが好きという事だろう、とテスラは苦笑を浮かべる。

 傍から見るとまるで友人同士の遣り取りだ。決して十刃と従属官の会話ではない。

 

 本来であればノイトラから邪険に扱われる筈であったテスラだが、憑依後のノイトラにとっては孤立気味の自分を毎日構ってくれるテスラの厚意を無下には出来ず、精神的な余裕が無い時も常に傍に居る事を許していた。

 それに加え、稀に振られてくる会話にも必ず相槌を打っていたし、言葉遣い等の対等な振る舞いを窘める事は一切しなかった結果か、今ではこの通り相当気さくな態度で接して来る様になっていた。

 流石に十刃と従属官という立場の違いは弁えているらしく、公の場では畏まった態度を取っているが、それでも二人の仲の良さは周囲に浸透しており、ノイトラの中の人の性格を知らない他の従属官達にとっては一番の疑問だったりする。

 

 逆にテスラからして見れば、今迄相当高圧的だったノイトラが“あの日”を境に大人しくなり、絡み易くなったのは嬉しい誤算だった。

 以前なら、何か気に食わない出来事があった時や、いきなり癇癪を起して殴られたりするのは日常茶飯事で、他の従属官からは同情の目で見られる事も珍しくなかった。

 だが今ではそんな事は一切無い。ノイトラはテスラを酷い扱いをするどころか寧ろ気遣う様な態度を見せるのが日常となっていた。

 任務時は遅れんなよと激励し、任務完了時にはごくろーさん、終いには何時も悪い、などと礼を呟く。

 その余りの変わり様は確かに疑問に思わないと言えば嘘だったが―――きっと何か思う所があったのだろうと、テスラは深く考えない事にした。

 

 元々テスラは雑な扱いをされていたにも拘らず、その命が尽きる最期の瞬間までノイトラへの高い忠誠心を見せていた男である。

 そんな彼に本来与えられる筈の無い優しさと信頼を向けられたらどうなるのか想像に難くない。

 表面上は非常に砕けた態度ではあるが、いざと言う時には迷わず命を投げ捨てられる程に高い忠誠心を誇っていた。

 

 

「あの女が探していたぞ」

 

「またかよ…ほっとけ」

 

 

 テスラにそう言われた途端、彼は心底迷惑そうな表情を浮かべ、溜息を吐きながらそう零す。

 それを見て更に笑みを深めるテスラは実に楽しそうだ。

 

 その態度が何となく気に食わなかった彼は、何とか意趣返し出来ないかと脳をフル回転させる。

 やがて効果的な返しの内容を思い付くと、思わず口元を吊り上げた。

 急激な表情の変化を不審に思ったテスラを余所に、反撃の狼煙となる一言を放った。

 

 

「そういやテスラ、昨日の“アレ”はどうだった?」

 

「…一体何の話だ?」

 

「ハリベルの視姦」

 

「ブッフォッ!!?」

 

 

 その整った容姿を崩し、盛大に噴き出すテスラの様子に、彼は内心でガッツポーズを決めた。

 

 

「アイツの従属官三人組も中々な容姿(モン)だし、さぞ眼福だったろうなぁ…」

 

「なななな何の事やら?」

 

 

 彼が言うのはティア・ハリベル。ネリエルの後、第3十刃へと至った女性の破面。

 金髪で褐色肌、同じく金の睫毛とナイスバディが特徴。顔の下半分と胸上部を服で覆い、下部から腰部までを露出しているかなり際どい恰好をしており、初見であれば必ずと言って良い程目が行ってしまう。

 従属官も三人居り、全てが女性。そのどれもが個性的で、且つ容姿にも優れているので、より注目を浴びやすいチームでもあった。

 

 実はこのテスラ、精神的に余裕が有るせいか、結構自分の感情が表面に出ている事が多い。

 その筆頭がハリベルに対する感情だ。

 切っ掛けは些細な事。以前ノイトラに何故ネリエルのみに食って掛かるのか理由を問い質したところ、雌が雄の上に立つのが気に食わないのだと吐き捨てていたのだが、彼女の後釜に入った―――ノイトラ的に言う同じく雌に分類されるハリベルに対しては何のアクションも見せない事に疑問を抱いたのである。

 一体彼女はネリエルと何の違いが有るのか。テスラはそれを確かめるべく、それとなくハリベルを観察する様になった。

 ―――実際はその時既にノイトラの中身は別人と化していたので、ハリベルに対しては特に思う事も無かっただけなのだが。

 

 好奇心がやがて憧れへと変わったのをテスラが自覚したのは、観察を始めてから数ヶ月経過した頃だった。

 何時もテスラを近くで見ていた彼は比較的早い段階でその変化に気付いており、同時に納得していた。

 第1(プリメーラ)十刃と第2(セグンダ)十刃を除き、殆どの十刃が自らの従属官を雑に扱う中、ハリベルは全くの真逆。多少やんちゃな従属官達を思うが故に、普段からクールな態度を崩す事無く厳しく接し、時に優しく諭し、戦士としての気構えなどを説く姿は正に女傑。

 見た目は完全に痴女だが、それも気にならない程に良く出来た人格者だった。

 ―――成る程、確かに彼女は憧れを抱くには申し分無い存在だ。

 こんな状況でなければ自分も同じ感情を抱いていたかもしれない。彼はそんな高い評価をハリベルにしていた。

 

 

「今度暇出してやるから声掛けて来たらどうだ?それともあの下乳見ただけで脳内補完余裕でしたってか?」

 

「止めてくれお願いしますノイトラ様喉が渇いていませんか今直グ取ッテキマスヨ―――」

 

「…落ち着けムッツリ野郎」

 

 

 顔だけでなく全身から冷や汗を滝の様に流しながら片言な言動になり始めたテスラ。

 彼は静かに立ち上がると、その頭に軽く拳骨を落とした。

 

 拳がテスラの頭部の天辺へ着弾したと同時に響き渡る轟音。

 傍から見れば明らかに軽くでは済まない威力だ。だがテスラも軟では無いし、彼もちゃんと手加減はしていた。

 意識は飛んでも怪我はしない、その程度だ。

 拳骨が直撃した瞬間、テスラから何かくぐもった悲鳴の様な声が漏れた気もしたが、特に気にしない方が良いだろう。

 

 ―――それから数分後。

 藍染からの命令でノイトラを招集に来た一人の破面が目の当りにしたのは、上半身を地面の砂の中に突っ込んで微動だにしないテスラ、そしてその横で大きな欠伸をするノイトラの姿だった。

 

 

 




皆様の反応が恐いですが、頑張っていきます。
…それ以前にこんな駄作を見てくれるかどうか自体怪しいんですがね。

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