ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

9 / 45
8.ばいにん(中)

8.ばいにん(中)

 

途中経過(4回戦終了時点)

花田 煌      :-  6.1

石戸 月子(京太郎):- 46.5

南浦 数絵     :- 46.9

池田 華菜     :+ 99.5

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:17

 

 

「いやよ」

 

 月子の答えは明快このうえなかった。

 

「なんで」

「あなた、自分がなぜここにいるか忘れたの?」月子は呆れ顔だった。「わたしが手を怪我して打てないから、須賀くんなんかに代打ちを頼んでるんじゃない」

「そんなの、どうとでもなるだろう。左手で打ってもいいし、おれが入れば一人余るんだから、そいつに代わりに打ってもらったって、いい」

「それは、まあ」月子は渋面を作った。「でも……そもそも、理由がないでしょう」

「だから、単純におれの頼みだっていったろ。これだけ散々言うこと聞いたんだ。ひとつくらい頼まれてくれたって、バチは当たんねえと思うけど」

「そんなに、わたしと打ちたいの?」月子は戸惑った風だった。「なぜ?」

 

 問われた京太郎は、数秒逡巡した。どう繕っても、(人格であればともかく)月子の打ち筋に対するかれの心象は言いがかりに近い。とはいえ、意図を希釈したところで意味はない。

 

(素直に言うか)

 

 と、かれは結論付けた。

 

「おまえの打ち方を見てると、苛々するんだ」

 

 突然の難癖に、月子は目を白黒させた。

 

「は――?」

「矢鱈引ッかかる。むしゃくしゃする。ストレスが溜まる」京太郎は構わず続けた。「かぶりつきでそいつを見せられたとあっちゃァ、なおさらだ。だから、打ってみればスッキリするかなって」

「ちょ、ちょっと待ってよ」月子は頭痛を堪えるように眉根を寄せた。「よく意味がわからない。なんで……わたしの打ち方が、そんなに気に障るの?」

「さあ」京太郎は肩をすくめた。「あの、とりあえず『こうすればどうにかなる』と思ってて、実際どうにかなっちまうのが、気持ち悪いんだよ。自動的っつーのかな。そういう感じ」

「気持ち悪いって――ひどくない?」京太郎が口にした台詞のどこかが、月子のもろい部分に触れた。「そんな思い付きみたいに、きらいとかいわないでよ……」

「嫌いとはいってねーよ。思いつきでもねーし。これでもけっこう、考えたんだ」京太郎は訂正した。「べつに、だからおまえになにかしろって言うつもりはないんだ。ただおれが納得いかないって思うだけだ。あんなのは勝負してる気がしない。おまえは、強いけど、面白くない。なんにも後ろに見えない。そうすれば絵が合うから、ただそうしてるだけだ」

 

「そ、そこまで言う?」一転、月子の瞳に反発のひかりが宿った。「――いいたいことはわかった。でも、そんなのてんで的外れよ。使える技術は使うべきよ。誰にもバレずにイカサマができるなら、それはイカサマすべきなのよ。まして、わたしのあれは、イカサマでもなんでもない。才能なの。持って生まれたものなの。この腕や、足や、顔と同じものよ。あなたがいってるのは、そういうものを指差して、気に入らないっていっているようなものよ」

「わかってるし、まあ、そのへんには普通に賛成できる」京太郎は我ながら屈折してると思いながら、答えた。「だから、あの打ち方を止めろとかなんとか、言うつもりはないんだよ。ただ、おれはもう飽きたってだけだ」

「……だからって、なんであなたとわたしで麻雀するって話になるのよ」

「気になるんだよ。白黒つけたいんだ」京太郎はいった。「あれでいいのか、悪いのか。確かめたいんだ。実際におまえと打ってみて、おれが負ければ、それはそれで納得できる。おれが勝てば、おれのこの変な感じにも、ちょっとは理があることになる――そんな気がするんだ。そうしたら、わかる気がするんだ」

「はあ」と、月子は嘆息した。「なにがわかるって?」

「おれが、麻雀を好きになれるかどうか」

「そんなの、わたしの知ったことじゃないし、正直勝手にしてねって感じなんだけれど……」月子は思案する素振りを見せた。「まあ、いいわ。どうせ遊びなんだし。他の三人がいいっていうんなら」

 

「いいよ」と、真っ先に手を挙げたのは池田だった。「ついでに――トップ目で悪いけど、抜け番はあたしでいい。何なら集計は持ち越しでもいい」

「あら、気前がいいわねえ」すかさず月子が皮肉った。「トップの余裕というわけ?」

「男子の心意気に打たれただけさ」池田は肩をすくめた。「ほかの二人はどうする?」

 

「もう好きにしてください」投げやりに南浦がいった。

「わたしもどちらでも」花田もとくに否やはないようだった。

 

 その様子を見て、今さらながら少女たちの関係に疑問を覚える京太郎である。

 

(ダチって感じでもねーし、そもそもこいつら、何の集まりなんだ)

 

 ともあれ、我侭が通ったことに、かれはひとまず安堵した。

 

「決まりだな」とかれは言う。 

「そうね」と、月子は頷いた。「で、サシウマ代わりには何を賭ける?」

「さしうまってなんだ?」京太郎は首をかしげた。

「普通の順位以外に、わたしと須賀くんの間でだけ取り決める――まあ、罰ゲームみたいなものよ。そんなに軽く済ませるつもりはないけれど」

「そんなの、要るか?」

 

「要る」

 

 急激に場の温度が下がった――京太郎はそう錯覚した。月子の声音はそれ程硬く、冷ややかだった。短時間ながら彼女の言動に翻弄された京太郎である。石戸月子という少女の性分は、なんとなくわかっていた。恐らく彼女が何かしらの交換条件を求めてくるであろうことも、想像の範疇である。

 だから、少なくとも表面上は落ち着き払って、京太郎は答えた。

 

「なんでもいいよ。おれが負けたなら、おまえの言うことを聞くとか、そんなんでもいい」

「へえ、それは結構」月子がわざとらしく笑う。「腕を呉れるって話――冗談じゃ済ませないかもよ?」

「そうだな。それならせめて、利き腕じゃないほうにしてくれ」

 

 返答を聞いた月子の表情が、いっそう醒めた。

 

「……どうせ本気じゃないって思ってる?」

 

「そりゃそうだろ」ぼそりと池田が呟いた。「ていうか、そもそもアンタがコイツに無理やり頼んでた立場で、よくまアそんな上から目線でモノが言えるな」

「それはそれ、これはこれ」と、月子はいった。「いいわ。腕を頂戴とはもう言わないけれど、気持ちは定まったような気がする。須賀くん、わたしはあなたを()()()()()()にしたい。その澄ました顔や他人事みたいな態度をぶち壊してやりたい。そんな願い事を考えておくわ」

「そうか」

 

 と、京太郎はいった。平静な顔に反して、かれの胸裏では恐怖や呆れ、困惑や無関心がない交ぜになっている。ただやはり、いずれも遠い誰かの感情に過ぎない。かれは多くの言葉を持たなかった。けれども語彙の不足や表情の拙さは、かれにとってさして致命的な問題ではない。かれの心の向きは定まっていた。鋭く細く尖った脆い切っ先は、真っ直ぐに四角い卓の136枚の牌を目指している。

 

「こいつが勝ったらどうするんだ?」と、声を発したのは池田だった。彼女は京太郎を指しながら、「賭けるなら、両方だろう。そうじゃないとフェアじゃない」

「べつにどうでもいいよ」と、京太郎は答えた。「おれからは何もない。勝って何が欲しいわけでもない。おれの目的は勝負することだ。勝負ができればいい。それで全部だ――そいつ以外は、付け足しだ」

「無欲ね」月子は呆れた口ぶりだった。「でも、確かにフェアじゃない。まあ、もしわたしが負けたなら、あなたの言うことくらいなんでも聞いてあげるわよ。現実的にできることならね」

「意外と弱気だな。そんなことありえないとか言うのかなって思ったよ」

 

 京太郎は月子の態度に首をかしげた。

 月子は渋い顔で、かれの疑問に答えた。

 

「麻雀に絶対はないからね。()()()()()、という条件がつくけれど」

「なるほど」

「万が一、ともいうでしょう?」

「なんとでもいってくれ」京太郎は嘆息した。「負けたからって、また泣いたりするなよ」

 

「そん――」月子が何かを言いかけた。

 

()()?」花田が首をかしげた。

 

「あ、いや……」おのれの失言を悟って、京太郎は口をつぐんだ。「なんでもない」

 

「さて、それじゃあ丁度後半戦からだし、場決めからだな」池田が場を取り仕切るように言った。「つかみ取りでも良いけど、適当にわけちゃっていいか?」

 

 さり気なく、しかし意味ありげに、池田の目が京太郎へ向いた。

 

「なら、折角だし、おれがやってもいいかな」と、京太郎は手を挙げた。「まだやったことないんだ、その場決めってやつ」

「誰がやっても同じでしょう、そんなの」月子が苛立ちを滲ませた。

「まあまあ。何事も経験ですので」花田がそれを諌めた。

 

「じゃあ、早速」卓に近づいた京太郎は、山を開く。そこから四枚の牌を素早く拾う。伏せた状態でかき混ぜられ、ラシャを滑った牌は、まず花田の手で開かれた。

 

「{北}です」

 

 次いで南浦、

 

「{東}」

 

 そして月子の番が回る。

 

「ああ、そういや手、怪我してるんだったな」と、京太郎は月子を見、呟いた。「捲るよ、代わりに」

「べつにそこまで重傷じゃないけど」まんざらでもなさそうに、月子がいった。「ま、やりたいなら任せるわ」

 

(どうかな――)

 

 月子の元に配られた牌を、京太郎はじっと眺める。花田に{北}、南浦に{東}が配られた時点で、かれが月子に対抗するための条件が半分クリアされている。駄目で元々の心算で池田へ持ちかけた『頼みごと』は、思いのほかあっさりと成就した。

 

(ここからは、おれ次第だ)

 

 京太郎に祈念はない。ただ強く思いながら、牌を捲る。それを見た月子が、気のない声でいった。

 

「……{西}()ね」

 

「ああ」と、京太郎は答えた。「おまえが{西}なら、おれは――残ってる{南}だな」

 

 最後の牌を捲り、地を確かめた京太郎は、無言で卓の中央に設えられたスイッチを押す。中央の空洞に率先して牌を流し込むかれの耳に、ひそやかな池田の声が届いた。

 

()()()()()

()()()()()

 

 指先を解しながら、京太郎は卓へ着く。

 

(とりあえず――最初の賭けには勝ったか。……これだって、イカサマには違いねーんだ。ほんと、おれにはひとの打ち方をどうこう言う資格なんかねえ。けど――)

 

 ()()()()()()()()。かれの推測が正しければ、それは須賀京太郎が石戸月子に抗うための第一条件である。

 

 深く息を衝きながら、京太郎は心から思った。

 

(――勝ちたい)

 

「次は、石戸の手だけど……、どうする? あたしが代わりに打ってやろうか」

「要らないわ」池田の提案を、月子はにべもなく断った。「できれば敵に打ち筋は見せたくないし、左手でも打てなくはないもの。多少摸打が遅くなるくらいは、見逃してね」

「敵、ねえ」池田は苦笑した。「疲れないか? そんなにずっと肩肘張ってさ」

「余計なお世話よ」

 

「話がまとまったなら」京太郎はいった。「打とうか」

 

「ええ」

 

 と、月子も応じた。

 

「打ちましょう」

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:40

 

 

 ルール:半荘戦

  持ち点 :25000点持ち・30000点返し(オカ:20000点)

  赤ドラ :あり({[五]、[⑤]、[⑤]、[5]})

  喰い断 :あり

  後付け :あり

  喰い替え:なし

  ウマ  :なし

  サシウマ:敗者は勝者の要求に応じる(対象者:須賀京太郎、石戸月子)

 

 起親(東家):南浦 数絵

 南家    :須賀 京太郎

 西家    :石戸 月子

 北家    :花田 煌

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:40

 

 

 東一局 ドラ:{1(ドラ表示牌:9)}

 【東家】南浦 数絵(親) :25000

 【南家】須賀 京太郎   :25000

 【西家】石戸 月子    :25000

 【北家】花田 煌     :25000

 

 南浦の指先がボタンに触れる。合わせて卓中央で賽が踊る。出た目は七。月子の山から幢が切り分けられる。京太郎は不慣れから、月子は怪我のために、若干ぎこちない動きで山を削る。

 京太郎は、若干緊張している自分を、そこで初めて発見した。薄い胸の奥で、鼓動が弾んでいる気がする。

 その実感を得て、かれは顔を綻ばせた。

 

(こいつは、いいな)

 

 あの図書館での一戦に近い、とかれは感じた。

 少なくとも、友人たちとの麻雀では手に入らなかった感覚である。

 

 東一局 ドラ:{1(ドラ表示牌:9)}

 配牌

 京太郎:{一二三[五]六③⑥⑥⑥22北發}

 

 二向聴の配牌は、ただ和了を望むかぎり上の中といえた。ただし今回京太郎が目指すのは、純粋な勝利ではない。(あくまで京太郎の視点における)理不尽な存在である石戸月子との決着が、かれの本懐である。

 

 東一局 ドラ:{1(ドラ表示牌:9)}

 1巡目

 京太郎:{一二三[五]六③⑥⑥⑥22北發} ツモ:{⑤}

 

(一向聴。發はまだ切りたくないけど、これはいけるか――?)

 

 ここ数日教本と睨めっこを続けた京太郎であるが、たとえその知識がなかったとしても、切り出しに迷う局面ではない。かれの指が摘んだのは{北}である。

 

 打:{北}

 

「ポン」

 

 ――即座に仕掛けたのは、やはり石戸月子だった。

 

 東一局 ドラ:{1(ドラ表示牌:9)}

 1巡目

 月子:{■■■■■■■■■■} ポン:{横北北北}

 

 打:{9}

 

「そうそう」左手で牌を河に捨てながら、月子が思い出したようにいった。「言い忘れていたけれど、須賀くん。わたし、いまけっこう、昇り調子だから。うかうかしていると、あなたが確かめたいこととやらも確かめられないまま、終わってしまうかも――よ」

「……」

 

 京太郎はまともに取り合わなかった。意図的なものではなく、思考に没頭しすぎて月子の軽口に付き合う余裕がないのである。

 

(さっきまでの半荘で、月子(こいつ)が客風を鳴いたケースは殆ど無かった。打ち方を変えたのか? 偶々か? どっちだ――?)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:42

 

 

 東一局 ドラ:{1}

 1巡目

 花田:{三四五六②③[⑤]⑦⑨4467中} ツモ:{一}

 

(いい加減わたしも学習する。けど……それでフォームを変えるのもどうなんでしょ)

 

 通常ならば{中}を打つ。だが月子の叩いた{北}が不穏である。

 

(速さで石戸さんに勝てる気もしないので、先制されちゃった以上は回すしか――)

 

 打点を推量できる巡目でもないが、花田は安全策を取った。まだトンパツではある。巡目も極めて浅い。しかしだからこそ、緩慢な打牌で見え見えの混一色(ホンイツ)になど振りたくはない。

 

(方針は変わりませんね。ひたすら絞る。石戸さんの注意が対面の男子に行くのなら、そこを刺す)

 

 打:{⑨}

 

(とりあえず――この場は見。{中}を切るのは、聴牌った時!)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:44

 

 

 最初の分水嶺は、思いのほか早くやってきた。

 

 東一局 ドラ:{1(ドラ表示牌:9)}

 2巡目

 京太郎:{一二三[五]六③⑤⑥⑥⑥22發 ツモ:{④}

 

聴牌()った)

 

 絶好の嵌張自摸である。役なしだが赤を含む両面の2巡目聴牌を、忌避する理由は何も無い。手代わりを期待する要素もない。立直を掛けて自摸れば3900、裏がひとつでも乗れば7700になる。期待値は上々で、和了確率も高い。

 だが、

 

(行かないわけがない――手なんだけど)

 

 直前まで石戸月子の打牌を目の当たりにしていた京太郎の感性は、孤立牌の切り出しに警鐘を鳴らしている。どうにも、ここでこぼれる{發}の存在が、京太郎の気がかりだった。

 

(とはいったって、流石にまだ2巡目だ……)

 

 手元の収納を開くと、かれは点棒を取り出した。

 

「立直だ」

 

 打:{發}

 

 

「ロン」

 

 

 即座に月子が発声した。

 

「ええー……」声を漏らしたのは、対面の花田煌であった。「まだ一回しか自摸してないんですが……」

 

「……」

 

 京太郎は、嘆息と共に手を伏せた。

 

 月子:{②③④⑥⑦⑧中中發發} ポン:{横北北北}

 

 ロン:{發}

 

「リー棒はしまっていいけれど――3900よ」

 

 すまし顔で、月子は申告した。

 

 東一局

 【東家】南浦 数絵(親) :25000

 【南家】須賀 京太郎   :25000→21100(-3900)

 【西家】石戸 月子    :25000→28900(+3900)

 【北家】花田 煌     :25000

 

「……ダマで全然高い手狙えるよな、それ」月子の手牌を見た京太郎は、目を細めて呟いた。

「そうかもしれないわね」月子は京太郎から点棒を受け取りながら応じた。

「でも、狙わないんだな、おまえは」

「こうすれば和了できるんだもの。それをしない理由が無いわ」月子の口調は挑発的だった。「()()()()()が嫌いなんでしょう、須賀くんは?」

「さあ――」

 

 京太郎は肩を竦めた。

 対局は始まっている。京太郎の月子に対するスタンスは、全て勝敗の帰趨に預けた。博打の俎上に載せた以上、いまの自分が同じことを口にすべきではない、と京太郎は考えた。

 

「やっぱりあなた、へんに潔癖よねえ」月子はそんな京太郎を眺めながら、苦笑した。

 

(何を言ったって、振り込んだあとに口にしたら、そんなモンは負け惜しみだ)

 

 と、京太郎は思う。かれは月子の手牌に注目する。こうすれば和了できる――月子が吐いた台詞だが、最初の自摸で{北中發}のいずれかを引き寄せれば両立直で跳満が確定する手だ。よりにもよって最低の安目を初巡で叩いていく月子の選択は、京太郎には納得しがたいものだった(寡黙な南浦はともかく、見た限り花田も似た感想を抱いているようだ)。

 月子の手に聴牌が入る速度はかなりのものである。当然、和了も引きずられて速くなる。だが一方で、打点はさほどでもない。高い手が作れないわけではないが、打点よりも速度を優先する場面はままあった。それは面前の手作りをほとんど封印している以上は当然の道理である。

 

(とはいえ、3900は別に安くもねえな)

 

 京太郎は気持ちを切り替える。この局は、出来すぎの感がある。いかに月子の打牌がそうした性質のものだとしても、コンスタントにこの巡目での和了を重ねられるはずはない。

 それは京太郎の楽観である。だが必要な楽観でもある。仮に月子の異能(そんなものがそもそも実在するとして)が、副露した次巡で必ず和了できるようなものであれば、京太郎に勝つ術は無い。少なくとも一半荘の勝負で勝ちきることは殆ど不可能に近い。

 

(どっちにしろ、勝負は始まった。なら、あとは進むだけだ――)

 

 振り込んでの親番を、かれは迎える。鼓動は平静である。呼吸も深い。場は良く見えている。するべきことも決まっている。

 回る賽の目は三・六の九を示した。かれは吐息をつくと、自山に手を伸ばす。

 その口元が綻んでいることには、ついぞ気づかない。

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:46

 

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 【北家】南浦 数絵    :25000

 【東家】須賀 京太郎(親):21100

 【南家】石戸 月子    :28900

 【西家】花田 煌     :25000

 

(楽しそうな顔しちゃって、まァ――)

 

 上家の少年の顔を横目しながら、石戸月子は手牌を眺めて眉根を寄せる。

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 配牌

 月子:{一四六六七[⑤]⑥357東白白}

 

 最善ではないが、上々の配牌である。場の運勢を(うらな)ってみても、後れを取る気は到底しない。月子が懸念するのは京太郎の配置である。

 

(上家か――)

 

 直接の対手である京太郎が、自分の上家に配置された。これは月子にとって、致命的ではないにせよ明らかな不利である。

 なんとなれば、月子の麻雀は、その性質上、上家の人間の動向次第ではあっさり封じられる可能性が高い。

 

(まさかとは思うけど……気づいてるんじゃないわよね)

 

 月子は瞳を凝らす。牌よ透けよと意識を先鋭化させる。

 荒唐無稽の所業である。イカサマの仕込みもなく他人がそんな真似をしている場面に出くわせば、彼女は迷わず嘲笑を送るだろう。だが、今日この時ばかりは、硬質で無個性な牌の背も、(月子にとっては)容易に見分けがつくほど色彩豊かに視える。

 

(視えるハズ)

 

 しかし――

 

(――あ、あら?)

 

 京太郎:{■■■■■■■■■■■■■}

 南浦 :{■■■■■■■■■■■■■}

 花田 :{■■■■■■■■■■■■■}

 

 いくら目を凝らしてみても、先ほどあれだけ容易に見透かせた牌の裏地は映らない。月子は戸惑いを表情に出さないように苦心しながら、京太郎の打牌を受けて山へ手を伸ばす。

 

(……なんでよ)

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 1巡目

 月子:{一四六六七[⑤]⑥357東白白} ツモ:{南}

 

 先刻のガン牌のメカニズムは、正直なところ月子にも理解できていない。ただ判るから判ったというだけである。あえて推測を立てるのであれば、()()()()()()()()()()と月子は思った。何回かの半荘を終えて、彼女の感覚が、無意識的に自分が触れた牌にだけガン付けを行ったのだ。部分的に牌が見通せなかった理由もそれで説明はつく。

 

 しかしもちろん、月子は自分の指紋など覚えていなかった。自分の指先に対する特別な執着などありはしなかった。これまでの人生で指紋をまじまじと観察した経験も皆無である。仮に指紋を完全に記憶していたとして、牌の背に付着した痕跡と照合させる芸当など出来るはずもない。現実的に考えて(現実的! と月子は思う。それはこの局面においてなんとも馬鹿馬鹿しいことばだ)、月子はそれ以外の方法で先ほどまでガン牌を行っていたはずである。

 

 だが、そうなれば必然的に超現実的な領域へ理由を求めなくてはならない。

 そして超現実的な領域で起きた出来事について、一々納得の行く理由を求めることほど無益なことはない。

 

(仕方ないか――)

 

 月子は嘆息を落とす。圧倒的なイニシアティブを、彼女は忘れることにした。できなければできないでしょうがない。いつだって人生は手持ちの資材でやりくりしなくてはならないのだ。

 

 打:{南}

 

(あ、)

 

 月子は、ふいに手拍子の自摸切りを失着だと感じた。南は自風である。一方、孤立牌の{一萬}は{二三萬}引きの{四萬}(フォロー)がある。重ならなければいずれ切り落とすとしても、手順のうえではまず打{一萬}とすべきだった。

 

(なんて初歩的なミスを……)

 

 苦々しさに、目尻が歪む。不機嫌な顔で河を注視する。目線の先に、副露が可能な牌が打たれることはない。

 そして次巡、月子はあっさりと南を引き戻した。

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 2巡目

 月子:{一四六六七[⑤]⑥357東白白} ツモ:{南}

 

(ほらねえ)

 

 打:{一萬}

 

 牌理の優位は既に逆転しているが、2巡目で周囲にミスを晒すことを、月子を良しとはしなかった。それが更なる裏目を呼びかねない、と心得ていても、彼女の自意識は安閑と南を並べることを許さなかったのである。

 

(まあ、手が進んだら落とすけど)

 

 次巡――

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 3巡目

 京太郎:{■■■■■■■■■■■■■}

 河:{④三}

 

 打:{白}

 

({白}――)

 

 と、月子は思った。副露することは確定している。問題はその後の切り出しである。京太郎の捨牌が不穏だった。初心者に対する河読みは奏功しにくいが、だからといって警戒を放棄するわけにもいかない。かれがすでに聴牌してないと言い切れる材料を月子は持っていない。

 

(とりあえず――この際しょうがない)

 

「ポン」と、月子は発声した。

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 3巡目

 月子:{四六六七[⑤]⑥357東南} ポン:{横白白白}

 

 打:{南}

 

 打たれたのは2枚目の南である。ほぼ安全牌の客風を、他家は黙して見送る――

 ――はずであった。

 

「ポン」

 

 発声が掛かった。

 出所は月子の上家である、須賀京太郎だった。

 

「南を2鳴き?」と、月子は思わず呟いた。

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 3巡目

 京太郎:{■■■■■■■■■■} ポン:{南南横南}

 河:{④三( 白 )}

 

 打:{5}

 

 零れたのは{5}である。染手であれば向聴か聴牌だろう、と月子はあたりをつける。

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 4巡目

 月子:{四六六七[⑤]⑥357東} ポン:{横白白白} ツモ:{7}

 

(東が切りにくい――ていうか、自摸筋が()()()()

 

 厭な予感が、月子の項を這い回る。

 京太郎の手牌が透けない以上、かれの真意を月子は読めない。だが月子の副露に間髪入れずに対応してきた京太郎の挙動には、捨て牌以上に不穏なものを感じた。

 

 打:{四萬}

 

(どうする……?)

 

 と、月子は沈思する。偶然か故意にか、京太郎の副露により、月子の自摸筋は他家に触れられることなく即座に本来のルートに戻された。これでは月子の手は進みにくいままである。そうなれば必然、どこかでまた鳴きを入れる必要が生じる。

 

(とりあえず、試すしかない――)

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 5巡目

 月子:{六六七[⑤]⑥3577東} ポン:{横白白白} ツモ:{⑨}

 

 打:{⑨}

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 6巡目

 月子:{六六七[⑤]⑥3577東} ポン:{横白白白} ツモ:{東}

 

 自摸ってきた牌を見て、月子は首をかしげた。

 

(……あら、珍しく引き入れたわね。須賀くんと持ち持ちならそれはそれでよしとする――塩漬けにする。他家から出れば叩く)

 

 素早く当局の方針を固めて、月子は黙考した。愚形を手早く払ってしまいたいところではあるが、京太郎(上家)の河にいかにも索子は切りにくい。

 

(となれば――)月子は花田(下家)の河へ目を落とした。

 

 花田:{■■■■■■■■■■■■■}

 

 河:{西九1二}

 

(このへん……?)

 

 打:{六萬}

 

 月子の打った{六萬}へ、花田が素早く反応を示した。

 

「チー」

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 6巡目

 花田:{■■■■■■■■■■} チー:{横六[五]七}

 

 打:{九萬}

 

(いい所鳴かせちゃったかしら?)揚々と牌を切り出す花田の表情を見、月子は澄ました顔で京太郎を見た。(さァ、須賀くん――ともあれ、これでまた『道』はずれたわよ。そこのところ、判ってるの?)

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 7巡目

 京太郎:{■■■■■■■■■■} ポン:{南南横南}

 

 河:{④三( 白 )5八北}

 

 打:{八萬}(自摸切り)

 

(須賀くんの自摸……)

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 7巡目

 月子:{六七[⑤]⑥3577東東} ポン:{横白白白} ツモ:{④}

 

 手牌の進捗を、月子は満足げに見つめる。条件の成就まではあと一手――花田が、移行した月子の自摸筋に触れるのみである。そのためには、この一打が鳴かれなければそれでよい。

 

(とりあえずは、あえて効率無視のこっちで)

 

 打:{六萬}

 

 前巡、花田に鳴かれた{六萬}である。そして同巡、京太郎は{八萬}を自摸切っている。すなわちかれの手牌は前巡から変化していない――

 

 が、

 

「ポン」

 

 京太郎は、{六萬}を鳴いた。

 

「――え」

 

 月子は今度こそ絶句した。

 

「ポンだ」

 

 京太郎は静かに繰り返した。

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 8巡目

 京太郎:{■■■■■■■} ポン:{六六横六} ポン:{南南横南}

 

 河:{④三( 白 )5八北}

   {八}

 

 打:{七萬}

 

(なんでそこから{七八萬}が手出しされんのよ……)

 

 打ち出された{七萬}を、戦慄と共に月子は凝視する。3巡・1巡前の{八萬}は間違いなく自摸切りであった。すなわち、

 

 {六六七}

 

 この形から、京太郎は{八萬}を二度自摸切り、月子の{六萬}切りを一度見逃したということになる。むろん、尋常ではありえない打ち筋である。強いて言うなら無理やりに対々和(トイトイ)を狙っているという可能性もあるが、それであれば最初の{六萬}を見逃した理由が立たない。

 

 間違いなく、京太郎は月子の打ち筋とその急所に気づいている。あるいは確信は持たずとも、それに近い対処法を実践している。

 

 月子の背筋を得体の知れない高揚が走り抜ける。

 

(須賀くん――)彼女は思った。(誰かの入れ知恵? それとも自分で気づいたの? もし自力で気づいたのなら、あなたのほうが、正直よほど気持ち悪いわよ――)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・H卓(空卓)/ 15:51

 

 

「彼、あれはなにしてんの?」

 

 腕組して対局を見守る池田華菜に、興味深そうな顔で尋ねてきたのは春金清である。昼下がりを回って講義が休憩に入ったらしく、アイスティの注がれたグラスを片手に気の抜けた表情を晒している。そもそもなぜ見知らぬ男子が卓に入っているのか、などといった質問が彼女の口から飛び出すことはなかった。一見大味で雑な印象を抱かせる春金だが、少なくとも自分の庭で起きたことを完全に見逃すほど無能ではない。

 

「向聴進んでないし、そもそも和了に向かってないでしょ、あの鳴き。素人とかそういうレベルじゃない。序盤の親番でふざけるタイプのコとは見えなかったんだけどなー」

「うーん。ふざけてるわけじゃないと思うよ」

 

 と、一頻り池田は首を捻る。感覚的に須賀京太郎がやろうとしていることはわかる。ただそれを人に説明しようと思うと中々難しいものがある。

 迷ったすえ、池田はまず石戸月子の正体から話を始めることにした。

 

「春金さんて、石戸の麻雀のこと、知ってる?」

「いや、あんまり」と春金は答えた。「せんぱい――彼女のお父さんからちょっと聞いたことあるくらいかな。なんか、エセ亜空間殺法みたいなの使うんだって?」

「エセ亜空間殺法……ナルホド」言いえて妙だと池田は得心した。「まあ、プロにもたまにいるじゃん、何かジンクスとかスイッチみたいなのを持ってて、それをすると強くなる、みたいなの。どうも、石戸もそーゆーのの仲間みたいなんだよね」

「ほうほう」春金は頷いた。「はは、()()かどうかはともかく、夢があっていいね。売り出し甲斐がある。具体的にはどんな?」

「たぶん、こんな感じかなァ」

 

 呟くと、池田は点数計算表の裏面に、ペンで走り書きを始める。

 

 【効果】

 (a)全員の配牌が?向聴以下になる(とにかく手がはやくなる)

 (b)石戸以外の三家の余り牌が、石戸の有効牌になる

 (c)石戸は自分の自摸筋からは有効牌が(ほとんど? ぜんぜん?)引けなくなる

 

「効果はこんなモン、なのかな?」と、池田は言う。「本人に聞いたわけじゃないから外れてるかもしれないけどー」

「ああ」と、春金は手を打った。「そういえば言ってたっけ、彼女。面前で自摸ったことがないとかなんとか」

「で、次が石戸が和了るための条件。これはたぶん合ってると思う」

 

 【条件】

 (a)自摸筋を変えること(きっかけは自分でなくてもよい)

 (b)自摸筋が変わったあと、石戸の元の自摸筋に他家が触れること

 

「でさ、この条件(a)は防ぎようがないじゃん。石戸の喉つぶすとかしないと」

「怖いこというなキミは」春金は苦笑した。「でも――なるほどなるほど。確かに、条件(b)は立ち回りと手牌次第で潰せるねえ」

「そうそう。具体的には――こうか」

 

 

 <基本パターン:従来の自摸筋>

 月子()花田()南浦()京太郎()

 

 <パターンA:月子が京太郎に対してポン・チーを仕掛けた場合(3巡目のケース)>

 月子()花田()南浦()京太郎()

 ⇒花田()南浦()京太郎()月子()

 

 ―― 一手で自摸筋を回帰させるためには、月子が鳴いた同巡に京太郎()月子()に対してポンを仕掛ける必要がある。

 

 <パターンB:月子が花田に対してポンを仕掛けた場合>

 月子()花田()南浦()京太郎()

 ⇒花田()南浦()京太郎()月子()

 

 ―― 一手で自摸筋を回帰させるには、月子が鳴いた同巡に京太郎()南浦()に対してチー・ポンを仕掛ける必要がある。

 

 <パターンC:月子が南浦に対してポンを仕掛けた場合>

 月子()花田()南浦()京太郎()

 ⇒花田()南浦()京太郎()月子()

 

 ―― 一手で自摸筋を回帰させるには、月子が鳴いた同巡に京太郎()花田()に対してポンを仕掛ける必要がある。

 

 <パターンD:花田が月子に対してチー・ポンを仕掛けた場合(7巡目のケース)>

 月子()花田()南浦()京太郎()

 ⇒南浦()京太郎()月子()花田()

 

 ―― 一手で自摸筋を回帰させるには、花田が鳴いた同巡に京太郎()月子()に対してポンを仕掛ける必要がある。

 

 

「……」

 

 池田が示した図を一通り読むと、春金はからからと笑った。

 

「なるほど、わからん! 私、中卒だし!」

「まーそうね」池田も同意した。「理屈でわかっても、ふつうこんなの面倒くさくてやらないし」

「ちなみにこれ、華菜があのコに教えてあげたの?」

「いや?」池田は首を振った。「あたし、べつにあいつの味方する理由ないし」

「じゃあ、自分で気づいたのか……」春金はなんとも言いがたい顔をした。「すごい。すごいんだろうけど……無駄な凄さだ……」

 

 まったくその通りだと池田は思った。

 他家のケアが完全にゼロになる、という点を差し置いたとしても、京太郎の月子への対処法には致命的な欠陥がある。

 ひとつは必ず後手に回らなくてはならないこと。

 ひとつは副露の回数を重ねるほど自分もまた不利へ傾くこと。

 そしてもうひとつは、

 

「毎回そんな都合よく合わせ鳴きができたら、苦労しないって……」

 

 無常を込めて瞳を卓へ向ける。

 京太郎の抵抗の甲斐もなく、東二局が石戸月子によって制されたところだった。

 

「……ツモ。100点安目ね――2000・3900」

 

 東二局 ドラ:{⑥(ドラ表示牌:[⑤])}

 12巡目

 月子:{④[⑤]⑥5677} ポン:{東横東東} ポン:{横白白白} ツモ:{4}

 

 東二局

 【北家】南浦 数絵    :25000→23000(-2000)

 【東家】須賀 京太郎(親):21100→17200(-3900)

 【南家】石戸 月子    :28900→36800(+7900)

 【西家】花田 煌     :25000→23000(-2000)

 

(麻雀は、人の和了の邪魔だけして勝てるゲームじゃない)と、池田は京太郎の背を見ながら思う。(自分だ。自分が和了(アガ)ってこそ勝てるんだ。そこんとこ、わかってんのか――?)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:55

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 【西家】南浦 数絵    :23000

 【北家】須賀 京太郎   :17200

 【東家】石戸 月子(親) :36800

 【南家】花田 煌     :23000

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:55

 

 

 京太郎の妨害を受けた月子当人はというと、池田・春金とは異なった見解を持っていた。

 

(参ったわね。……須賀くんがああまで対処してくるとなると、副露後の打牌が手拍子で選べなくなった。考えて打つのはあまり得意じゃないんだけれど)

 

 麻雀を始め、独特の打ち回しを開花させて以来、ああまで徹底的に妨害を受けたのは初のことである。月子は京太郎に対して、必要以上の警戒心を抱いていた。

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 配牌

 月子:{二二三四八九④⑦東東西北發中}

 

ダブ東(ドラ)の対子はあるものの……配牌が若干微妙だわ。染めるの苦手だし)

 

 打:{北}

 

(東以外の役牌を重ねないと、ジリ貧になるパターンね――)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:55

 

 

(石戸さんの親番のうえに連風がドラときました。――これ、あんまりノせたくないなぁ)

 

 花田は上家の少女を見やる。春金からの事前情報では同級生、という話だったが、雰囲気だけを取ればとてもそうは見えない。長い髪は鴉の濡羽色をしており、首は長く、手足は細い。胸元の膨らみも明確で、体の線は明らかに女を主張している。顔の造作自体は整っているのに、目つきは猜疑心と敵意に塗れている。負の感情が塗りたくられた瞳はいま、少しだけ揺らいで、花田の対面へ向かっていた。

 

 そこにいるのは、須賀京太郎――と名乗った少年である。

 

(なんかやっていたみたいだけど、結局また和了られちゃって――)

 

 月子と物騒なサシウマを握ったかれだが、基本的に花田はどちらにも肩入れをする心算はない(池田、南浦も恐らく同様のはずだと彼女は思っている)。麻雀は四人で行うものであり、そして卓を囲んだ以上は頂点を目指さなくてはならない。そしてこの場でいま、撃墜すべき対象は一番手である月子を置いてほかにない。

 

(あいっかわらず配牌はいいんですけどねー)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 1巡目

 花田:{[五]七九①③⑨⑨2334南南} ツモ:{東}

 

 引いてきた牌の柄を認めて、花田の顔が引きつった。

 

(すばらっ。……重なる気がしなーい! くやしいけど、向聴戻しっ)

 

 打:{①}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:56

 

 

(同級生の男子と麻雀打つって……そういえば、初めて)

 

 南浦はちらりと右手に座る少年へ目を向ける。椅子に深く腰掛けた少年は、やや長い前髪の奥で瞳を光らせ、手牌を注視している。

 不意に、かれは南浦の視線を気取ったように顔を動かす。

 目線が決して合わないよう、南浦は速やかにそ知らぬふりで顔を背けた。

 

(やりにくいというか、なんていうか――緊張する)

 

 麻雀は国民的な競技だが、南浦が通う小学校では、どちらかというとサッカーや野球の方が重視される傾向があった。南浦自身は筋金入りの麻雀フリークであり、それを隠す心算もないが、身内にプロがいる――という噂が立つことは避けたかった。彼女は、注目されるのが苦手なのである。

 また、南浦の祖父――麻雀プロである彼に、子や孫がいることも世間的には知られていない情報だった。理由は、彼がずいぶん昔に妻を亡くしているためである。

 

 そして、その亡くなった彼の妻は、血縁上は()()()()()()()()()()()

 

 そうした事情の諸々が、まだ幼い南浦に伝えられることはない。ただ稀に出会う親戚との間に流れる空気から、『難しい事情』があることを、彼女は漠然と察している。

 

 東三局 ドラ:{東}(ドラ表示牌:北)}

 1巡目

 南浦:{四五八八⑧1234[5]7白中} ツモ:{東}

 

(東場とはいえ……この好配牌で役牌の絞りにこだわっていたら、流れが腐る。勝負(ドラ切り)は最後。それ以外は絞らない。まっすぐ行く)

 

 打:{白}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:56

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 1巡目

 京太郎:{一二四①[⑤]⑦⑨1139南西} ツモ:{北}

 

(二、三、……八種か。一種足らねえな。前局で月子(あいつ)には印象付けられたし、そろそろちょっと復活しておきたいんだけど)

 

 仮に九種九牌であれば、京太郎は迷わず倒す心算でいた。国士無双という役満を知らないわけではないが、ドラが絡んだヤオ九字牌の四向聴など月子にとってはいい餌でしかないだろう。

 

(まア――風向き次第だ。やるだけやるか)

 

 打:{四萬}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:56

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 2巡目

 月子:{二二三四八九④⑦東東西發中} ツモ:{白}

 

(そっちじゃないんだけど――)

 

 打:{白}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:57

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 2巡目

 花田:{[五]七九③⑨⑨2334南南東} ツモ:{六}

 

(お、あっさり両嵌解消――すばらですねっ)

 

 打:{九萬}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:57

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 2巡目

 南浦:{四五八八⑧1234[5]7東中} ツモ:{9}

 

(平和へ寄せつつ、上手くいったら索子の一通、かな)

 

 打:{中}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:57

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 2巡目

 京太郎:{一二①[⑤]⑦⑨1139南西北} ツモ:{白}

 

(ふぅん――)

 

 少考のすえ、京太郎は赤牌を抜き打った。

 

 打:{[⑤]}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・H卓(空卓)/ 15:58

 

 

 観戦する二人は、卓上ですっかり寛いでいた。春金などは仕事を忘れた様子で、同僚からの恨みがましい視線を「監督責任があるから」と言いつつ無視している。彼女の中では、月子が負った怪我は既になんでもない出来事として処理されているようだった。

 京太郎の打牌を眺めながら、春金が小声で囁いた。

 

「華菜なら、あの手牌だったらやっぱり国士行く?」

「8種ならいかない」春金の問いに、池田は即答した。「ドラが字牌のときはとくにいかない」

 

 池田の意見を吟味するように、春金は瞑目する。

 

「まあ――あくまで国士なり混老頭なりを狙うんであれば、{赤⑤}の先切りは理に適っているけど……」

「毎度毎度のことだけど、誰かが鳴いた瞬間一気に場が動きそうだ」池田は淡白に場を総評した。

 

 そして彼女の言葉どおり、序盤から場の動いた前二局とは異なり、東三局は表面上静穏な展開が続いた。

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 15:59

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 3巡目

 月子:{二二三四八九④⑦東東西發中} ツモ:{⑨}

 

 打:{西}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 3巡目

 花田:{[五]六七③⑨⑨2334南南東} ツモ:{1}

 

 打:{③}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 3巡目

 南浦:{四五八八⑧1234[5]79東} ツモ:{七}

 

 打:{⑧}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 3巡目

 京太郎:{一二①⑦⑨1139白南西北} ツモ:{⑥}

 

 打:{3}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:02

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 4巡目

 月子:{二二三四八九④⑦⑨東東發中} ツモ:{西}

 

 打:{西}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 4巡目

 花田:{[五]六七⑨⑨12334南南東} ツモ:{①}

 

 打:{①}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 4巡目

 南浦:{四五七八八1234[5]79東} ツモ:{②}

 

 打:{②}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 4巡目

 京太郎:{一二①⑥⑦⑨119白南西北} ツモ:{發}

 

 打:{⑦}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:05

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 5巡目

 月子:{二二三四八九④⑦⑨東東發中} ツモ:{中}

 

 打:{發}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 5巡目

 花田:{[五]六七⑨⑨12334南南東} ツモ:{②}

 

 打:{②}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 5巡目

 南浦:{四五七八八1234[5]79東} ツモ:{④}

 

 打:{④}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 5巡目

 京太郎:{一二①⑥⑨119白發南西北} ツモ:{[⑤]}

 

 打:[⑤]筒

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:06

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 6巡目

 月子:{二二三四八九④⑦⑨東東中中} ツモ:{5}

 

 打:{④}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 6巡目

 花田:{[五]六七⑨⑨12334南南東} ツモ:{北}

 

 打:{北}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 6巡目

 南浦:{四五七八八1234[5]79東} ツモ:{三}

 

 打:{七萬}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 6巡目

 京太郎:{一二①⑥⑨119白發南西北} ツモ:{一}

 

 打:{⑥}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:08

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 7巡目

 月子:{二二三四八九⑦⑨5東東中中} ツモ:{5}

 

 打:{二萬}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 7巡目

 花田:{[五]六七⑨⑨12334南南東} ツモ:{8}

 

 打:{8}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 7巡目

 南浦:{三四五八八1234[5]79東} ツモ:{一}

 

 打:{一萬}

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 7巡目

 京太郎:{一一二①⑨119白發南西北} ツモ:{中}

 

 打:{二}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・H卓(空卓)/ 16:10

 

 

「――四枚目の{中}だ。よく引いたな、アイツ」

 

 京太郎が引き入れた牌を見、池田が賞賛混じりに言った。

 

「これであの男のコと、煌さん、数絵さんは一向聴」と春金はいった。「月子さんはちょっと苦しくなってきたね。……ていうかこれ、数絵さんか煌さん、国士に振り込んじゃう――ことはないかもしれないけど、危ないなー。まあ、一見萬子の清一色に見えなくもない河だけど……いずれにせよ{東}は普通切らないよね」

「{東}の切り時が問題」と池田は言った。「結果論だけど、どっちも{東}を抱えすぎた。出るとしたら南浦の方だろうけど――流れる可能性もあるね、この局」

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:10

 

 

(厭になる……手がホント、進まない)

 

 毎度の事ながら、月子は面前の歩みの遅さに辟易する。また、上家の河の有様も月子の神経をすり減らしていた。

 

({赤⑤}ばしばし切ってくれちゃって……どうせなら鳴ける牌よこしなさいよっ)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 8巡目

 月子:{二三四八九⑦⑨55東東中中} ツモ:{⑧}

 

(やっと一向聴――どうせまだ、国士なんかはってもいないでしょ、無視無視)

 

 打:{九萬}

 

(でも、ここからが長い)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:10

 

 

(石戸さんの手が進みましたが……こっちも流石に(ドラ)が抱えきれなくなって来たなあ。というか、対面がすごい高そう)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 8巡目

 花田:{[五]六七⑨⑨12334南南東} ツモ:{⑨}

 

 恐々と山から拾った牌は{⑨}――打{東}で、{25}待ちの聴牌である。

 が、花田は立直棒を取り出す素振りは見せなかった。

 

(んん……ここで立直すると、下手したら飛ぶ……そんなすばらくない予感がする……)

 

 花田煌は、麻雀を始めてから今日まで、いわゆる『飛び』の状態になったことはない。100点ぎりぎりや、圧倒的なラス目は幾度となく経験している。だが、飛んだことだけは一度もない。それは彼女にとってひそかな矜持であった。

 その矜持を支える直感が、今は牌の曲げ時ではないと囁いている。

 

「ふー」

 

 深く息を落とすと、花田は塔子から一枚、抜き打った。

 

 打:{3}

 

(まだ……東は切れないかなぁ……)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:11

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 8巡目

 南浦:{三四五八八1234[5]79東} ツモ:{①}

 

(こうまで――安めでさえ、こうまで引けないなんて……)

 

 打:{①}

 

 手拍子で打ってから、冷や汗が流れた。

 

(やば――下家の国士――)

 

 が、何事もなく局は進行する。山へ手を伸ばす京太郎を視界に納めながら、南浦は深く自戒した。

 

(今のは酷い緩手だ……もう、この局は下がろう)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:11

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 8巡目

 京太郎:{一一①⑨119白發中南西北} ツモ:{南}

 

 打:{南}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・H卓(空卓)/ 16:11

 

 

「あ」と池田は言った。「ばか、手拍子で打ったな! なんで生牌切るんだ!」

「こりゃ国士の目は消えたね……」春金が笑った。「連鎖反応が目に見えるようだ」

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:11

 

 

「それポンっ!」花田が引きつった顔で鳴いた。

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 9巡目

 花田:{[五]六七⑨⑨⑨1234東} ポン:{南横南南}

 

(すばら――字牌がこぼれたってことは国士が少なくともシャンテン)花田の脳裏を、一瞬で様々な推測が飛び交った。(でも一牌も余らないとかは普通ないし今なら大丈夫な気がするけどドラすばらタンキって要するに他は全ツッパってことだし普通にアガれる待ちで待つのがすばらな気が――)

 

 混乱の極致に達した花田は、指運の命ずるままに牌を摘んだ。

 

「とりゃーっ!」

 

 打:{東}

 

「――ポン」当然のごとく、石戸月子が仕掛けた。

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:12

 

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 9巡目

 月子:{二三四八⑦⑧⑨55中中} ポン:{東東横東}

 

(いい子よ、スバラさんっ……!)

 

 打:{八萬}

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:13

 

 

(親満かくてえ!)花田は涙目になった。(でもよかったー振らなくて!)

 

 が、安心したのもつかの間、

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 10巡目

 花田:{[五]六七⑨⑨⑨1234} ポン:{南横南南} ツモ:{5}

 

(これはあうとー!)花田はさらに涙目になった。(フフフ、安牌なし、妙な予感もこういう時はなし! あっこれさっき立直してたら一発だったんじゃ、でも{⑨}打って国士に刺さったら死んじゃうっていうかそれフリテンですし! 索子の下から真ん中とか上家と下家どっちにもアブない! わたし、すばらぴんち!)

 

 安牌がないときは出来る限り、高くまっすぐ行く――花田煌、心の箴言である(引用元は彼女の好きな麻雀漫画だった)。

 

「とりゃりゃーっ!」

 

 打:{1}

 

 {赤5}引いたら高くなるから、という、その程度の根拠だった。

 しかし、結果として花田の打った{1}は素通しであった。

 

(……すばらっ!)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:14

 

 

(面白い人だな……花田さん)と、南浦は思う。(けどそれはそれとして、完全に出遅れた)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 9巡目

 南浦:{三四五八八1234[5]79東} ツモ:{6}

 

(あれ……聴牌しちゃった……)

 

 打:{東}

 

 それは、京太郎の初役満があえなく潰えた一打であった。

 

(山に一杯生きてる気がするし、とりあえずダマ。危険牌を引いたら――そのときに考える)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:15

 

 

(まあ、役満失敗は別にいいとして――自摸筋戻す小細工もできなかったのは問題だな)

 

 京太郎は手役に固執する性質の人間ではない。いければいく、という程度の思い入れである。そのため、国士無双の失敗も気落ちするほどではなかった。

 が、問題は爾後の捌きである。

 捨て牌読みなど出来ない京太郎だが、さすがに月子と花田の聴牌気配は察している。

 

(いくらでもしのげそうなモンなんだけど……このまんまだと月子(あいつ)和了(アガ)られちまう気もする)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 8巡目

 京太郎:{一一①⑨119白發中南西北 ツモ:{7}

 

 かれは、冷静に場況を見つめた。

 

 

 月子:{■■■■■■■■■■} ポン:{横東東東}

 

 河:{北白西西發④}

   {二九八}

 

 花田:{■■■■■■■■■■} ポン:{南横南南}

 

 河:{①九③①②北}

   {83( 東 )1}

 

 南浦:{■■■■■■■■■■■■■}

 

 河:{白中⑧②④七}

   {一①東}

 

 京太郎:{一一①⑨1179白發中南西北}

 

 河:{四[⑤]3⑦[⑤]⑥}

   {二( 南 )}

 

(最悪は、親におれが振り込んで連荘されること)

 

 打:{北}

 

(その次に悪いのは、親が自摸るか、他家が親に振り込んで連荘されること)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 10巡目

 月子:{■■■■■■■■■■} ポン:{横東東東}

 河:{北白西西發④}

   {二九八}

 

 打:{③}

 

(最良は、おれが親から和了ること。だけどこれはもうさすがに無理だ。だから、他の子が親から和了ってくれることがいまのいちばんか。……これはちっと、望みすぎな気がする。あの爺さんも言ってた――期待するなら、自分の力でやるべきだ)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 11巡目

 花田:{■■■■■■■■■■} ポン:{南横南南}

 河:{①九③①②北}

   {83( 東 )1}

 

 打:{2}

 

(そうなると)

 

 京太郎は目を細めた。

 {2}――危険牌を河に打つすんでで、花田の目線が動いていた。

 

 目端の行き先は、月子の河――そして京太郎だった。

 

(釣ろうとしたな――)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 10巡目

 南浦:{■■■■■■■■■■■■■}

 河:{白中⑧②④七}

   {一①東}

 

 打:{九萬}

 

(てことは、おれが狙われてんのか)

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 9巡目

 京太郎:{一一①⑨1179白發中南西} ツモ:{⑧}

 

(手順は南だけど……)

 

 京太郎は、花田を見て微笑した。

 こちらを見ないようにしているその横顔に、必死な自分と同じ色を見つけたからだ。

 

(こいつを打って欲しいんだろ?)

 

 打:{西}

 

「あ、それ」花田が控えめに発声した。「ロン――です」

 

 東三局 ドラ:{東(ドラ表示牌:北)}

 花田:{[五]六七⑨⑨⑨345西} ポン:{南横南南} 

 

 ロン:{西}

 

「2600」と花田はいった。

「2600?」京太郎は首を傾げる。「南、赤ドラ1で、2000じゃないのか?」

「いえ」と南浦が補足した。「{⑨}のヤオ九牌アンコで8符、{南}の字牌ミンコで4符、タンキで2符の14符がつきますので、テンパネしています。2600(ニンロク)ですね」

「あァ、符ハネってやつ? なるほど……」京太郎は得心して、頷いた。「じゃあ、2600な。はい」

 

 東三局

 【西家】南浦 数絵    :23000

 【北家】須賀 京太郎   :17200→14600(-2600)

 【東家】石戸 月子(親) :36800

 【南家】花田 煌     :23000→25600(+2600)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・H卓(空卓)/ 16:18

 

 

「抜き打ったね」と、春金は京太郎の打牌を評した。「よく見てた――と私はいいたい」

「いや、いらない差込だったよ」池田は深々とため息をついた。「石戸の待ちは山に無かった。クロウト気取っていらない失点してりゃー世話ないわ」

「まあ、華菜みたいに運が強い人は、そう思うのかもね」春金は苦笑した。「でも、傷口を小さくするセンスってのも、けっこう大事なものだよ」

「花田の手がハネ満以下って保証もなかった。2600で済んだのは結果論でしかない。あそこはオリ切るべきだった。てゆーか、花田の打{2}はなんだあれ。あそこで{西}に待ち変えて{2}を打つなら{5}打って石戸に刺さっておけよって感じ」

「華菜は手厳しい。煌さんはともかく……あの男の子、須賀くん? 彼はまだ麻雀始めたばかりっていうよ」

「知ってるよ」池田は肩を竦めた。「ああいう癖は、だから早い内に直さなきゃだめだ。ヘンにカンが鋭いと、それにばかり頼るようになる」

「おやおや」と春金はいった。「ツンデレさん」

「うるさいし! 意味わかんないし!」

 

 獅子吼した池田は、荒々しい手つきで春金のアイスティを奪い、一気に乾した。

 

「あー」と池田はぼやいた。「譲るんじゃなかった。打ちたくなってきた。春金さん、みんな講師でいいから面子揃わない?」

「みんなそんなにヒマじゃない」と春金はいった。「あ、とかやってる間に、東四が終わったみたいだよ」

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 16:29

 

 

 東四局 東四局 ドラ:{四(ドラ表示牌:三)}

 【南家】南浦 数絵    :23000

 【西家】須賀 京太郎   :14600

 【北家】石戸 月子    :36800

 【東家】花田 煌(親)  :25600

 

 東四局の京太郎は、完全に手牌に恵まれた。三元牌三種の対子が、配牌から揃っていたのである。6巡目までに月子から{白發}を鳴いたあとは、他家は全てベタオリの姿勢となった。とくに最後の{中}を掴んだ月子および花田の両名は、中盤にして京太郎のされるがままとなった。

 ――しかし、結局、京太郎の牌が倒されることはなかった。

 

 東四局 ドラ:{四(ドラ表示牌:三)}

 流局

 京太郎:{中中北北} ポン:{二横二二} ポン:{發發横發} ポン:{白白横白} 

 

「聴牌だ」と、須賀京太郎はいった。「また役満和了り損なったな……」

 

 嘆息する京太郎は、この和了逃しが痛恨であることを悟っている。が、そう易々と決まるものでもないだろうとも思っている。だから、かれの顔に落胆の色は無い。

 

「立直してるわけでもないのにそんな手に振り込んだら引退するわよ」月子が険悪な口調でいった。「ノーテン!」

「ああ、わたしの親番っ」花田が肩を落とした。「ノーテンです」

「ノーテン」南浦は静かに牌を伏せた。

 

 東四局 東四局 ドラ:{四(ドラ表示牌:三)}

 【南家】南浦 数絵    :23000→22000(-1000)

 【西家】須賀 京太郎   :14600→17600(+3000)

 【北家】石戸 月子    :36800→35800(-1000)

 【東家】花田 煌(親)  :25600→24600(-1000)

 

「さア、南入だ」と、京太郎はいった。




2012/8/26:脱字修正
2012/8/27:牌譜修正(東二局)
2012/9/1:誤字修正
2013/1/31:漢字の表記を一部変更
2013/2/18:牌画像変換

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