ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

7 / 45
6.なつのひ(後)

6.なつのひ(後)

 

途中経過(2回戦終了時点)

 

花田 煌    :-12.0

石戸 月子   :-48.4

南浦 数絵   :-13.7

池田 華菜   :+74.1

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・喫茶スペース/ 12:45

 

 

 岡持ちから取り出された五つの食器がテーブルに並べられる。湯気の立つそれらを前に手を合わせた少年少女たちが「いただきます」の声を唱和させた。

 そして沈黙が落ちる。

 

「……」

 

 誰もが異質な目を京太郎に向けていた。京太郎自身もまた、場違いを十分に自覚している。手渡されたレンゲでチャーハンを掬いながら(なぜか春金が彼の分も注文した)、おれはなぜここにいるのだろう、とかれは自問する。

 答えは思い浮かばない。

 車座になって昼食に手をつける寸前に、とりあえずといった風情で彼と少女たちは名乗りを交わした。

 

「それで」と直截な質問を切り出したのは池田華菜だった。「おまえ、そいつとどういう関係なの?」

 

 京太郎は早速返答に窮した。

 

(それはおれが聞きたい)

 

 右隣について離れない石戸月子は、先ほどよりは落ち着いたものの、京太郎の腕をぺたぺたと馴れ馴れしく触り続けている。月子の更に隣に居る花田煌は、そんな月子と京太郎の接触に興味津々だった。

 反面、問を発した池田本人と、京太郎の左隣に位置を取る南浦数絵は、あまりスキャンダルに熱心というわけではなさそうである。いずれも粛々と箸を進めている。

 結局、答えは京太郎の口から返された。

 

「初対面だけど」

「ヒトメボレってやつですか!」すばらっ、と指摘したのは花田だった。

「違うわ殺すわよ」月子が一呼吸で否定と脅迫をこなした。「なぜ、このわたしがこんなひょろっちいガキに一目惚れしなくちゃいけないの?」

「す、すみません。ころさないで……」怯えた花田が肩を縮ませた。

「じゃあ、なんなんだよ?」

「こたえる必要あるかしら?」

 

 あくまで月子は強気だった。

 

「少なくとも、いきなり腕くれとか言われたおれは必要あると思うな」京太郎は呟く。

「まあ……そうかもね」突然疲れた面持ちになった月子が、頭を振った。「話せば長くなるのよ」

「うん」

 

 と、相槌を打った京太郎は、月子の言葉の続きを待った。

 月子は食事を始めた(結局彼女は醤油ラーメンを注文した)。

 しばし、麺をすする音が響いた。

 

「話せば長くなるのよ」

 

 咀嚼と嚥下を終えて、月子がもう一度繰り返した。

 

「そんなわけでめんどうくさいから、理由は話さないわ」

「おい」さすがに京太郎の語気が強まった。

「そんなことより、須賀くんはどうしてこんなところにいるのかしら。麻雀、好きなの?」

 

 月子の強引な話題転換に、一同は嘆息した。短い時間ながら、この勝手な少女の気質を思い知らされたような気がしたのだ。

 

「学校の友達と来てるんだよ」京太郎は諦めた様子で答えた。「麻雀は、今週始めたばっかりだ」

「そう」月子は得心したふうだった。「じゃあ、好きも嫌いもこれからね。須賀くんはどちらになるのかな」

「さあ……」濁して答えた京太郎は、一息に残りの炒飯を口の中へ掻き込んだ。「それじゃ、おれはこれで」

「え? どこへ行くのよ」

 

 きょとんとした様子で、月子が京太郎の手首を掴んだ。

 すさまじい力だった。

 

「いてえいてえいてえ」

「悪いけど、このままあなたを帰すわけにはいかないわ」と、抑揚が欠けた口調で月子はいった。「あなたもそうかもしれないけれど、わたしたち、今日ここで麻雀を打ってるの」

「四人いるだろ。おれ、何の関係もないじゃないか。……ちょ、マジで痛い、痛いって」

「須賀くんには、わたしの傍にいてほしいな……」

 

 京太郎の手首を握り締める圧力が、さらに強まった。

 

「言葉だけ聞いてると愛の告白だし」池田が呆れた顔でいった。

「ちょっとやりたい放題すぎませんか、石戸さん」南浦が渋い顔で呟いた。「あの男子、少し可哀想です」

「そう思うなら助けてやれば?」

「巻き込まれたら、私が可哀想です」すまし顔で答える南浦である。

「いい性格してるよ、あんたも」

 

 外野がのんびりとやり取りする間にも、京太郎と月子の拮抗は続いた。月子の顔は涼しげだが、たまらないのは京太郎のほうである。何の誇張もなく、月子の力は子供のものとは思えなかった。得体の知れない熱のようなものが篭った右手は、これを放せば最後とばかりに喰い込んで緩む気配がない。

 大半の苛立ちと、若干の恐怖が京太郎の心理の戸を叩く。かれは、勢いに任せて腕を振り回した。

 

「いい加減、放せってば!」

 

「あ」

 

 という呟きとともに、月子の手が意外なほどあっさりと離れた。ところが振り飛ばされた月子の手は、狙い澄ましたように(実際に狙い澄ましたとしか思えなかった)湯気の立つ丼へ飛び込んだ。

 ラーメンの具も汁も、いささかも飛散することはなかった。

 京太郎も、どうにか二人と取り成そうと試みていた花田も、絶句した。

 

 数十度の液体に右手をたっぷりと浸しながら、月子は薄く微笑んで京太郎を見つめた。

 

「熱いわ」

「……やめろ」京太郎は月子の手首を掴み、器から引き離そうと試みる。

「火傷してしまうわね」

「やめろ、」

 

 手はぴくりとも動かない。

 

「右手が火傷しては、麻雀は打てないわ」月子はさらに言葉を連ねた。「あーあ、須賀くんのせいね。わたしの未来を賭けた勝負が、」

「わかったからやめろ!」

「なにがわかったの?」月子は平静だった。「()()()()()()()()()。わたしの目を見てね」

「おまえの、」京太郎は歯をかみ締めながら、言葉を搾り出した。「おまえの、言うとおりにする」

「オーケー」月子が破顔して、右手を汁から抜いた。「素直な子は、好きよ」

「……」苦りきった顔で、京太郎は月子の右手を観察した。

 

 液体を滴らせる指先も手の甲も、見る間に赤くなっていく。

 

「冷やすぞ」京太郎は月子の手を引いて、スペースの端に敷設されている洗面台へ向かった。

 

「ちょっと、何かあった?」異常を察して早足でやってきた春金清が、沈黙に包まれた一同に問うた。

 

 花田は言葉に迷う様子で、京太郎と月子の後姿を見送っていた。

 南浦も同じだった。

 

「あいついかれてる」池田が吐き捨てた。

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 13:20

 

 

3回戦

東一局

花田 煌       :25000

石戸 月子(京太郎) :25000

南浦 数絵(親)   :25000

池田 華菜      :25000

 

「わたしのいったとおりに打てばいいから」

 

 と、石戸月子はいった。右手には真新しい包帯が巻かれている。椅子の背もたれ越しに京太郎の背へ体重を預け、かれの肩に顎を乗せている。

 接触する少女の体温と体臭、包帯と軟膏のにおいが混ざり合って京太郎の鼻をついた。

 

(甘ッたるくて、噎せ返りそうだ――)

 

 眉を顰めて、かれは聞き返した。

 

「言う通りって?」

「捨てる牌、鳴く牌は全てわたしが選ぶ。和了ることも和了らないこともわたしが決める。あなたはわたしのいったことをやればいいの。それを繰り返すだけよ」

「……まァ、いいけどさ」

 

 京太郎は牌を手に取りながら首肯した。肚を据えれば、戸惑うことはない。

 ただ心には、いくらかの後悔が募っている。

 

(ホント、変なやつに絡まれたなァ)

 

 先ほどから、友人たちが京太郎へちらちらと視線を向けている。助けに入るべきか、相談しているようだった。

 

(大人しくしててくれよ)

 

 背に張り付いている石戸月子という少女が異常者であることは、もう疑いがなかった。京太郎は自分自身の経験則から、自傷をためらわない人間に関わっていいことなど一つもないと思い知っている。気の置けない友人たちには、そんな物騒な女と関わりを持たないで欲しかった。

 

(おれががまんしてりゃ、それで済むかな――)

 

 東一局

 配牌

 京太郎:{一一二五八①⑥⑨⑨37中北} ドラ:{北}

 

(これは……)

 

 控えめにいって、話ならない滑り出しといえた。強いて言えばドラを含んだ七対子が薄く見えるが、それ以外に手役が狙える牌姿ではない。

 

「まあ、ボロボロねえ」耳元で月子が囁いた。「わたし本人じゃないせいが大きいのでしょうけど、ツキが引いたみたい」

「ツキ?」京太郎は眉を上げた。「おまえは運勢とか信じるタイプなんだ?」

「あら、須賀くんは信じないの?」

「あればいいなとは思うよ」

「じゃあ、面白いものが見れるかもね」

「そうかい」京太郎は胡乱な眼差しを相方(あるいは操縦者)に送る。

 

 少女の頬は薄っすらと桃色に色づいている。瞳は濡れたようで、年齢にそぐわない色気があった。

 京太郎の感性は、そんな月子の様子を、

 

(毒か虫だ)

 

 と捉えた。およそ、この片田舎で眼にする類の少女とは毛色が違う。素朴さや純粋さからはかけ離れた女だな、とかれは心中で月子の評価を下した。

 

「あ、理牌はしないでね。牌の上下もそのままにしておいて頂戴」

「あいよ……」

 

 東一局

 1巡目

 京太郎:{一一二五八①⑥⑨⑨37中北} ツモ:{發} ドラ:{北}

 

「で、何切る?」

「打{五萬}」

「くすぐってーから息を吐いたり吸ったりしないでくれ」京太郎は手を伸ばしながら、指定通りの牌を切った。

 

 打:{五萬}

 

「ああ、なんて言えばいいのかしら、この感じ」

 

 京太郎が河に牌を置くと同時に、月子が独語した。怪訝な瞳に、少女は応える素振りもない。

 

「ツキはない。からからだわ。どうしようもないのがわかる」

 

 東一局

 2巡目

 京太郎:{一一二八①⑥⑨⑨37發中北} ツモ:{九} ドラ:{北}

 

「打{⑨}」

「……」かろうじて表情を変えずに、京太郎は手牌を切り出した。

 

 打:{⑨}

 

「でも、負ける気がしない」

 

 東一局

 3巡目

 京太郎:{一一二八九①⑥⑨37發中北}  ツモ:{北} ドラ:{北}

 

「打{⑥}」

 

 打:{⑥}

 

(バラバラじゃねえか)

 

「須賀くん」と、月子は囁いた。「どうやらあなたのおかげで、わたし、人生で初めて絶好調だわ」

「そうかい」と、京太郎は白けた口調で応じた。「だったらさっさと役満でも和了(アガ)って解放してくれよ」

「それはちょっと無理ねえ」

 

 東一局

 4巡目

 京太郎:{一一二八九①⑨37發中北北}  ツモ:{⑧} ドラ:{北}

 

 打:{①}

 

 東一局

 5巡目

 京太郎:{一一二八九⑧⑨37發中北北}  ツモ:{四} ドラ:{北}

 

 打:發

 

 東一局

 6巡目

 京太郎:{一一二四八九⑧⑨37中北北}  ツモ:{①} ドラ:{北}

 

 打:①

 

 東一局

 7巡目

 京太郎:{一一二四八九⑧⑨37中北北}  ツモ:{六} ドラ:{北}

 

 打:中

 

 

 東一局

 8巡目

 京太郎:{一一二四六八九⑧⑨37北北}  ツモ:{七} ドラ:{北}

 

 打:{3}

 

(何がやりたいんだこいつは)

 

 京太郎捨牌:

 {五⑨⑥①發①}

 {中3}

 

 言われるがまま牌を切り出しつつ、京太郎は黙考する。萬子の引きに恵まれて、どうにか手はまとまりつつあるが、こうなると1巡目の打{五萬}があまりにも痛い。月子の手順には一貫性がなく、その場その場で打牌を選択しているようにしか思えなかった。あれだけ自信に満ちた宣言をしておきながら、明らかに手の進みが他家より遅れている。

 これでは間に合わない。

 

(麻雀は、どうやって他家より早く和了るかを競うゲームだろ)

 

「本質的には、そうね」心を読んだような月子の言葉だった。「ん? 外れた? いま、『これじゃ遅い』とか、思ったでしょう?」

「あ、ああ」

「いまのわたし、超勘が冴えてるから」月子は片目をつぶって見せた。「エッチなこととか考えたら、一発でわかるわよ」

「考えねーよ」

「あらそう」と、月子はいった。「それで、須賀くんの疑問に対する答えはこうよ。『遅くていい』の」

「……はあ?」

「だって、この局和了(あが)れないもの」

 

 東一局

 9巡目

 京太郎:{一一二四六七八九⑧⑨7北北}  ツモ:{北} ドラ:{北}

 

「打{六萬}」間髪入れずに月子はいった。

「……」

 

 さすがに京太郎はためらった。嵌{五萬}はたしかに振聴となるが、孤立牌の{7}を措いて両嵌の受けを払うのは抵抗がある。

 

(三色みてんのか?)

 

「打、{六萬}」月子が重ねていった。

「わかったよ」

 

 打:{六萬}

 

 下家の南浦が山へ手を伸ばすのを尻目に、ぽつりと月子が呟いた。

 

「ヤバいわね」

「なにがだよ。おまえの頭か」

「そうかもしれない」腐した京太郎の台詞を、月子はまともに受け止めた。「なるほど。これはちょっと、天狗になってしまいそうだわ」

 

 そして、次々巡、{2}を自摸切りした京太郎を尻目に、池田が動いた。

 

「立直」

 

 東一局

 11巡目

 池田:{■■■■■■■■■■■■■} ドラ:{北}

 

 打:{北}

 

 池田捨牌:

 {9⑨1南東發}

 {中一⑧8}{横北}

 

 月子が、不意に呟いた。

 

「……ポンして」

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 13:26

 

 

 月子は人知れず、手に汗を握った。

 自ら負った右手の火傷が、じくじくと痛みを発している。

 

(あの体調不良がないだけで、こんなに違うもの?)

 

 経験や読みを飛び越えた直感が、かつてないほど冴え渡っている。

 疑問は尽きない。

 なぜ、出会ったばかりの少年に触れている間、月子を悩ます様々の症状が癒えるのか。

 稀有な出会いとはいえ、なぜ怪我を負ってまで少年を引き止めたのか。

 須賀京太郎に絡むこと全てが、違和感で出来ているようだ。

 

(でも、それはともかく――)

 

 まるで自分が制御できないというのは、月子にとって初めての感覚だった。

 

(わたし――)

 

 月子の背筋にふるえが走る。

 

(いま――)

 

 全員の手牌がほとんど透けて見える気がする、などといえば失笑を買うだけだろう。

 

 花田:{③④[⑤]■⑦23477■■■}

 池田:{三三三四[五]六七八八八■■■}

 南浦:{四五12■45678■■■}

 

 やはり直感で、この鋭敏さが永続するものではないことは理解できた。

 せいぜいこの一両日中に、月子を取り巻く現在の全能感は雲散霧消するだろう。

 だが、今日このときばかりは、

 

(――凄いことになってる)

 

 誰にも負ける気がしない。

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 13:26

 

 

「二・三・四・五・六・七・八九萬}?」池田の河を一瞥した月子がいった。「あほか。なんでそんな待ちぽんぽん作れるのよ……須賀くん。次、自摸られるわよ。鳴いて、それから打{7}」

「マジか、そっちかよ――くそ。わかったよ」京太郎は自棄気味に発声した。「ポン」

 

 東一局

 11巡目

 京太郎:{一一二四七八九⑧⑨7北} ポン:{北横北北} ドラ:{北}

 

 打:{7}

 

「あ、それ、ポンです――っ」呼応するように花田が鳴いた。

「そっちか」月子がうめいた。「まいったな、差し込む気だったのに」

 

 東一局

 11巡目

 花田:{■■■■■■■■■■} ポン:{横777} ドラ:{北}

 

 打:{9}

 

 東一局

 11巡目

 京太郎:{一一二四七八九⑧⑨北} ポン:{北横北北} ツモ:{四} ドラ:{北}

 

「なにこれ。意味わかんないわ、あの娘」月子が舌打ちした。「打{北}」

「……おう」

 

 打:{北}

 

 しかし、

 

「自摸」

 

 東一局

 12巡目

 池田:{三三三四[五]六七八八八②③④} ツモ:{七}

 

 ドラ:{北}

 

 裏ドラ:{一}

 

「裏はなし。都合100点しか違わないけど、高めだな。2000・4000」

 

3回戦

東一局

花田 煌       :25000→23000(-2000)

石戸 月子(京太郎) :25000→23000(-2000)

南浦 数絵(親)   :25000→21000(-4000)

池田 華菜      :24000→33000(+8000、+1000)

 

「ナチュラルに8面待ちとか、当然のように高目引くとか、あの子本気で狂ってるわね……」月子がやっていられないという風情でいった。「清一色(メンチン)かと思ってびびっちゃったわ」

「おまえにそんなこと言われたくないと思うわ……」

 

3回戦

東二局

花田 煌       :23000

石戸 月子(京太郎) :23000

南浦 数絵      :21000

池田 華菜(親)   :33000

 

「さァて、おふたりさん」卓中央で賽を回しながら、池田が京太郎と月子へいった。「今度は飛ぶなよ?」

「なに、おまえさっきとんだの?」

「……つぶす……」月子がぎりぎりと歯噛みしていた。「けど、今回も無理か。いまは我慢の一手ね」

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 13:35

 

 

 東二局もまた、池田の立直を皮切りに局面が移行した。八巡目に曲がった牌に対して、他家はおおよそ無力だった。とくに苦しんだのは、それなりの手が入っていたらしい花田である。

 そんな花田をアシストしたのが京太郎――もとい月子であった。彼女は京太郎に対して、平然と無筋の打牌を強いた。暴牌に対して池田の牌が倒されることはなく、結果的に月子は安全牌を四枚増やした。花田はこの援護に合わせ打って、どうにか放銃を回避した。

 だが、13巡目に、池田は易々と高目を引いた。

 

 東二局

 13巡目

 池田:{一二三②③④④④12388} ツモ:{①}

 

 ドラ:{⑤} 

 裏ドラ:{三}

 

「4000オール」

 

3回戦

東二局

花田 煌       :23000→19000(-4000)

石戸 月子(京太郎) :23000→19000(-4000)

南浦 数絵      :21000→17000(-4000)

池田 華菜(親)   :33000→45000(+12000)

 

「ハンパじゃねーな、これは」京太郎はたった2局にして、池田の引きに恐れ入っていた。

「引く牌引く牌必ず高目とか、正直やってられないわねー」でも、と月子はいった。「ちょっと潮目が戻ってきたわよ。もう少し辛抱すれば、勝負になる」

「……まさかとは思うけど、ツキが戻ってきたとか、そういうのか?」嫌々と京太郎は尋ねた。「それがわかるって?」

「なんでまさかと思うのよ。それ以外ないでしょう、文脈的に考えて」

「いやもうなんつーか……」

 

 苦言を呈そうとして、止める。

 京太郎は息をつく。

 

(ツキねぇ。――あるのかねえ、そんなモンが)

 

3回戦

東二局一本場

花田 煌       :19000

石戸 月子(京太郎) :19000

南浦 数絵      :17000

池田 華菜(親)   :45000

 

 続く一本場では、1巡目から花田が果敢に仕掛けた。一回戦の月子をなぞるような速攻である。

 それに対して不可解な動きを見せたのは、やはり月子だった。

 

 東二局一本場

 3巡目

 京太郎:{三[五]六七①②⑤⑧⑨147} ツモ:{四} ドラ:{2}

 

「打{[五]}」と月子はいった。

「はいはい」もはや京太郎は一々疑義を挟まなかった。

 

 打:{[五]}

 

「えっ、ポ、ポンっ」

 

 東二局一本場

 3巡目

 花田:{■■■■■■■} ポン:{横[五]五五} ポン:{白横白白} ドラ:{2}

 

 打:{七萬}

 

 東二局一本場

 3巡目

 京太郎:{三四六七①②⑤⑧⑨147} ツモ:{白} ドラ:{2}

 

「打{①}」と月子はいった。

「……」さすがに、その意図は京太郎にも理解できた。「差し込むのか」

「まずはこの親を流さなきゃね」

「あのさあ……自分で和了ろうとは思わないのかよ」

「まだそこまで体勢が整ってないわ」

「おまえの」京太郎は{①}を掴んだ。「言ってることは――さッッぱりわかんねえ!」

 

 打:{①}

 

「ロン」

 

 花田に逡巡はなかった。

 

 東二局一本場

 3巡目

 花田:{二三四②③99} ポン:{横[五]五五} ポン:{白横白白} ロン:{①} ドラ:{2}

 

「2300です」

 

3回戦

東二局一本場

花田 煌       :19000→21300(+2300)

石戸 月子(京太郎) :19000→16700(-2300)

南浦 数絵      :17000

池田 華菜(親)   :45000

 

「いい子ね、須賀くん」

「うっさい。ほっとけ」京太郎は吐き捨てた。

 

 月子の言われるがままに打つ取り決めとはいえ――京太郎は思った。

 麻雀を打っている気がまったくしない。

 まるで心が躍らない。

 

(つまんねえ――つまんねえぞ、これ――)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 13:45

 

 

「つまらないって思ってる?」

 

 東三局・四局・南一局は、息を潜める内に終わった。この日初めて、誰も和了しない局が連続して続いたのである。

 廻ってきた親番でさえ、月子は攻め気を見せなかった。ノーテン罰符が着実に点棒を削って、現在の状況は以下の通りとなった。

 

3回戦

南二局流れ3本場

花田 煌       :21300→20800(-1500、+1000、±0)

石戸 月子(京太郎) :16700→12200(-1500、-3000、±0)

南浦 数絵      :17000→19500(+1500、+1000、±0)

池田 華菜(親)   :45000→47500(+1500、+1000、±0)

 

「よくわかったな」京太郎は、つとめて平静さを装った。

「わかるわよ。そんな仏頂面されれば」月子は笑った。「つまらない理由のひとつは、やっぱり自分で打ってないからでしょうね。それに、和了ってもいない。そしてもうひとつは――」

「おれが下手だっていいたいんだろ」京太郎は月子の台詞をさえぎった。「下手だから、おれにはおまえの麻雀がわからねえんだ」

 

 苛立ちの混じりを、京太郎は抑え切れなかった。月子が何を思い、なぜ特定の牌を切らせるのか、まったく思考が追随できないのである。それは月子独自の感覚によるものなのか、あるいは単純に京太郎が未熟なためなのかが判らない。

 

「ようするに、そういうことかもね――さて、須賀くん。お待たせ、って感じだわ」

 

 南二局三本場

 配牌

 京太郎:{五②③④④⑤[⑤]⑦⑧9南南白} ドラ:{白}

 

「勝負――するわよ」

「そうだな……」

 

 南二局三本場

 1巡目

 京太郎:{五②③④④⑤[⑤]⑦⑧9南南白} ツモ:{白} ドラ:{白}

 

「打{9}」

 

 迷う選択ではない。

 そもそも、選ぶ余地などない牌姿だ。

 それでも――ここで初めて、月子の指示と京太郎の打牌が重なった。

 

 打:{9}

 

「これでいかなきゃ、嘘ってヤツだ」

 

 南二局三本場

 2巡目

 京太郎:{五②③④④⑤[⑤]⑦⑧南南白白} ツモ:{六} ドラ:{白}

 

 打:{六萬}

 

 南二局三本場

 3巡目

 京太郎:{五②③④④⑤[⑤]⑦⑧南南白白} ツモ:{北} ドラ:{白}

 

 打:{五萬}

 

 南二局三本場

 4巡目

 京太郎:{②③④④⑤[⑤]⑦⑧南南北白白} ツモ:{[5]} ドラ:{白}

 

 打:[5]索

 

 南二局三本場

 5巡目

 京太郎:{②③④④⑤[⑤]⑦⑧南南北白白} ツモ:{①} ドラ:{白}

 

 打:{北}

 

 南二局三本場

 6巡目

 京太郎:{①②③④④⑤[⑤]⑦⑧南南白白} ツモ:{4} ドラ:{白}

 

 打:{4}

 

(入らねぇ――河が、染め手丸出しじゃねーか。しかも、赤2枚使いの三色が狙えたか? そっちが正しかったか?)

 

 進まない向聴に、京太郎は焦れ始める。あれだけの配牌を与えられて、まさか和了できないことがあるのか――そんな思いに駆られる。長く打てばいくらでも味わう経験を、かれはまだ何度も経ていない。

 

「迷うことはないわ、須賀くん」諭すように月子がいった。「無様な河と、人に見えたとしても、たとえ通り過ぎた分かれ道が魅力的に見えたとしても、選べる打ち筋はひとつきり。和了への手順もひとつきり。わき目も振らず、まっすぐにいくの」

「……あ、うん」

「なによ」月子が口を尖らせた。「ハトが頭ハネ食らったみたいな顔しているわよ」

「いや、まともな台詞吐けたんだなって」

 

 南二局三本場

 7巡目

 京太郎:{①②③④④⑤[⑤]⑦⑧南南白白} ツモ:{⑨} ドラ:{白}

 

(来た――けど)

 

 ――どれを切る?

 

 京太郎の脳裏を、思考が走った。

 受け入れ枚数だけであれば、一気通貫が見込める上に面子の受け入れが4種11枚存在する筒子に手を出すべきではない。字牌を雀頭とするなら無論迷うまでもなく{白}(ドラ)を使い切って{南}を切り飛ばすのが正しい。しかし、その場合、仮に{④⑤}ポンテンを取った場合、ほぼ出和了りは期待できなくなる。それ以前に、この場況で筒子や字牌をノーケアで切り出す打ち手がこの場にいるとは思えない――。

 

 そして、月子の指示はシンプルだった。

 

「打{白}」

(――マジかよ)

 

「打、{白}よ」

「知らねえぞ、鳴かれても――」

 

 破れかぶれの気持ちで、京太郎は{白}(ドラ)を河に打つ。

 

 打:{白}

 

 発声は――無かった。

 しかし次巡、

 

 南二局三本場

 8巡目

 京太郎:{①②③④④⑤[⑤]⑦⑧⑨南南白} ツモ:{白} ドラ:{白}

 

(ド裏目じゃねえか!)

 

「打{①}」月子の声に動揺はなかった。

 

 失策を取り戻そうという気負いはそこにはない。少なくとも京太郎には感じ取れない。言われるがまま、かれは{①}を打ち出した。

 

 打:{①}

 

 揺らぎは、同巡に起きた。

 

 南二局三本場

 8巡目

 南浦:{■■■■■■■■■■■■} ドラ:{白}

 

「……」

 

 下家の南浦数絵が、強い打勢で――

 

 打:{白}

 

 {白}を打った。

 

(で、やがった)

 

「須賀くん」月子が京太郎の肩に触れる。

「ああ――わかってる」

 

 京太郎も、心得ていた。

 

「ポン」

「え」

 

 南浦が、遅ればせながら{白}を釣られたことに気づいたようだった。

 

 南二局三本場

 8巡目

 京太郎:{②③④④⑤[⑤]⑦⑧⑨南南} ポン:{白白横白} ドラ:{白}

 

「打{②}」

「そいつも、わかってる」

 

 打:{②}

 

(張った――)

 

 {③⑥}待ちの跳満手である。出和了は望めないとしても、引けば十分逆転の目が出てくる。おまけにトップ目の池田にとっては親被りとなる。多少のリスクを鑑みても、突っ張る意義は十分にあった。

 

(引けよ、引け)

 

 南二局三本場

 9巡目

 京太郎:{③④④⑤[⑤]⑦⑧⑨南南} ポン:{白白横白} ツモ:{七} ドラ:{白}

 

 打:{七萬}

 

(引け――)

 

 南二局三本場

 10巡目

 京太郎:{③④④⑤[⑤]⑦⑧⑨南南} ポン:{白白横白} ツモ:{②} ドラ:{白}

 

 打:{②}

 

「覚えておきなさい、須賀くん」しようがなさそうに、月子がいった。「そんなに念じたところで、牌は気まぐれよ。だから命じたところで、来てはくれないの。そこはそう、普段からきちんと躾けておかないとね――引けるわよ。わたしが、鳴いたのだから」

 

 南二局三本場

 11巡目

 京太郎:{③④④⑤[⑤]⑦⑧⑨南南} ポン:{白白横白} ツモ:{南} ドラ:{白}

 

 ――{南}。

 役はつき丁度倍満手となるが、その場合聴牌を取るには打{③}の{④⑤}待ちか、あるいは打{⑤}の嵌{④}待ち、そして振聴となる打{④}の{②⑤}のいずれかを打つ必要がある。当然、待ちは悪形変化も伴う打牌である。張替えを望むのであれば実質打{③}しかとりえないが、

 

(おれなら、――{③}を打つ)

 

「それだと」{南}を指して、月子がいった。「上家の七対子に刺さるわね。だから、ここの正着は打{③}よ、須賀くん」

「……おれも、そう思ってたよ」

 

(ただ、その理由は、ぜんぜん違うんだな)

 

 打:{③}

 

 静かに呼吸を落として、京太郎は次巡の自摸を待つ。上家の七対子、と月子はいった。花田はすでに張っているのだろう。あらためて観たところで、彼女の河から七対子を連想することなどできない。京太郎には当たり前のタンピン手を目指しているようにしか見えない。

 池田・南浦は、手の進みが悪いのか、ここ数局は静穏そのものだった。序盤にキーとなる牌を京太郎が多数切り落としたせいもあるのだろう。二人とも、筒子と字牌の絞りに入っているようだった。

 

 まるで、無人の道だ。

 

(なんでだ?)

 

 と、京太郎は自問する。

 

(さっきまで、あんなに引きたいと思ってたんだ)

 

 南浦が河へ牌を捨てる。

 

(いまは、引かないでほしいって思ってる)

 

 池田が河へ牌を捨てる。

 

(そんなに簡単に、思い通りになるなって思ってる)

 

 花田が河へ牌を捨てる。

 

(なんでだ――)

 

 京太郎は機械的に、山へ手を伸ばす。

 期待も希望も何も無い。

 硬質な確信だけが指先に宿っている。

 

 それは、月子の異能がもたらしたものだ。

 

 それを、京太郎はいやに味気なく感じる。

 

(引くな――たのむから)

 

 南二局三本場

 11巡目

 京太郎:{④④⑤[⑤]⑦⑧⑨南南南} ポン:{白白横白} ドラ:{白}

 

 

 ツモ:{⑤}

 

 

「4300・8300ね」月子がいった。

 

 京太郎は、黙って天を仰いだ。

 

(さっきの倍満より、ずっとむなしいのは、なんでだ)

 

 

 ▽ 長野県 信州麻雀スクール・G卓/ 13:52

 

 

3回戦

南二局流れ3本場

花田 煌       :20800→16500(-4300)

石戸 月子(京太郎) :12200→29100(+16900)

南浦 数絵      :19500→15200(-4300)

池田 華菜(親)   :47500→39200(-8300)

 

3回戦

南三局

花田 煌(親)    :16500

石戸 月子(京太郎) :29100

南浦 数絵      :15200

池田 華菜      :39200

 

 倍満和了の余勢を駆って一位を狙う、かと思いきや、月子は再び消極策を打った。

 配牌からオリのスタンスを崩さず、要所で花田や南浦に牌を食わせて打点を下げる。そして終盤は一切甘い牌を落とさず、アクロバティックな打ち回しで形式聴牌を固持する。

 変則的な月子の摸打にリズムを狂わされたのか、南三局はまたも無和了で流局となった(花田に至っては2副露したにも関わらず聴牌には至らなかった)。

 

3回戦

南三局

花田 煌(親)    :16500→15000(-1500)

石戸 月子(京太郎) :29100→30600(+1500)

南浦 数絵      :15200→16700(+1500)

池田 華菜      :39200→37700(-1500)

 

3回戦

南四局流れ一本場

花田 煌         :15000

石戸 月子(京太郎)(親):30600

南浦 数絵        :16700

池田 華菜        :37700

 

 そして、迎えた3回戦オーラス――。

 

「念のため聞くけど、トップ、狙うんだよな」京太郎は定位置が肩になった月子の顔に問いかける。

「気持ちはもちろん狙いたいところだけど――残念ながら、厳しいわ」月子の回答は淡白だ。「さっきの和了で、手持ちの弾がなくなっちゃった。またしばらく充電しなくちゃ」

「流れが来てるんじゃないのかよ?」

「流れがないところで無理に集めたからひずみが出たのよ」月子は器用に肩をすくめて嘆息した。「とりあえず、やれるだけやってみる?」

「あたりまえだ」

 

 最下位からここまで追い上げて、頂点を陥れないのでは意味がない。京太郎は体勢を改めると、面持ちを厳しくして賽を振る。

 

 むろん、京太郎は月子の言われるがままに打つ立場である。ただ座席について牌を打つ以上は、思いいれが生じるのは避けようが無い。

 

(勝てば、このイライラも、すこしはマシになるだろ)

 

 だが、

 

「ロン」

 

(え)

 

 呆然とする京太郎をよそに、池田が牌を倒した。

 刺さったのは、花田の打った{一萬}である。

 

 南四局流れ一本場(オーラス)

 5巡目

 池田:{二三六七八八八⑦⑧⑨345} ロン:{一} ドラ:{發}

 

「1300で、終了だ」

 

「ほらね」

 

 と、月子がいった。

 

3回戦

南四局流れ一本場(終了)

花田 煌         :15000→13700

石戸 月子(京太郎)(親):30600

南浦 数絵        :16700

池田 華菜        :37700→39000

 

結果(3回戦終了)

花田 煌      :-16.3(小計:- 28.3)

石戸 月子(京太郎):+ 0.6(小計:- 47.8)

南浦 数絵     :-13.3(小計:- 27.0)

池田 華菜     :+29.0(小計:+103.1)

 

 

「……流れ、ツキねえ……」

 

 一くさり呟くと、京太郎は据わった目で天上を見上げた。

 

「仮にそれがあったとしたって、こいつは、なんか、違うだろ――」

 




2012/8/26:誤字を修正。
2012/9/1:誤字修正。
2013/2/18:牌画像変換

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