ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

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区切りが良い所まで書き終え次第、前話と統合します。


30.あたらよムーン( ):承前

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 18:23

 

 

「ツモ」

 

 開幕を飾ったのは、やはりというべきか照の和了である。

 

 東一局0本場 ドラ:{⑧}(ドラ表示牌:{⑦})

 4巡目

 照:{一一六七八①②③234白白} 

 

 ツモ:{一}

 

「400・700」

 

 東一局0本場

 【東家】須賀 京太郎:25000→24300(-  700)

     チップ:±0

 【南家】宮永 咲  :25000→24200(-  800)<割れ目>

     チップ:±0

 【西家】宮永 照  :25000→26900(+ 1900)

     チップ:±0

 【北家】花田 煌  :25000→24600(-  400)

     チップ:±0

 

 速やかで、静かで、単純で、そして常道に照らせば不可解な和了りだった。今となっては照と同卓する誰もが彼女の不自然さに気づいている。歯止めを掛けるために工夫を凝らすこともしている。同等の感性を以って追いすがるものもいる。それでも結局、照は他の追随を許さない。彼女は直線的に和了を嗅ぎつけ、過たない。運は尽きず、自分を()げることもない。()()()()()()を繰り返している。

 そして勝ち続けている。

 

「あぁ」

 

 と、眉を寄せて嘆息を漏らすのは、幾分力が抜けた風情の片岡優希である。もどかしそうに両手を開閉させては、未練がましく京太郎が座る席を睨んでいる。

 

「集中しなさいよ」

 

 そんな片岡に苦言を呈す南浦数絵もまた、口ほどに目前の三麻(サンマ)に没頭できてはいなかった。対面の池田華菜の(ホウ)を眇める彼女の顔色は、心なし蒼褪めている。

 

「なんか、調子悪そうだね」南浦の面差しを眺めながら、池田が首を傾げる。こちらは一見他方の卓に未練はないように見えた。

「調子が悪いって言うわけじゃあ、ないですけど、……ちょっと」

「ふゥん――あの髪の毛尖ってる姉妹(ふたり)のせい?」

「わかるんですか?」一寸意外な風に、南浦が眦を開いた。

「わかんないけど、人が多い大会とかだと、たまに変なのと卓を囲むし」池田は思い出す目つきで宙を睨んだ。「もっともっとたまには、二人同時にそういうのと打つこともある。そういうとき、なんかその子らって、時々やたらリアクションが激しくなる。あの子たちの目は、心も、なんだか特別感じやすいように見える。怯えたり驚いたり、いちいち牌以外のものに気を取られていたよ。アンタもそういうののお仲間なんだろ?」

「どうなんでしょうね。よくわかりません」南浦は曖昧に応じた。「池田さんは……その、()()()()()、どう思いますか?」

 

 牌を山から自摸りつつ、池田が首を傾げた。

 

「どう思うって、()()()()かってこと? それとも、()()として、それをあたしがどう感じてるかってこと?」

「どちらもです」

「なんかなァ――」

 

 牌を手出しして、河で横に曲げつつ、池田は鼻を鳴らした。

 

「つっきーもそういうの気にしてたね。そんなの人に聞いてどうする? ずるいとかイカサマだとか言って欲しいのか? それとも凄いねーって羨ましがられたいのか?――立直だ」

「それは――」自分の中から答えを探すように、南浦が吐息を絞った。「それは、たぶん、全部、そうなんだと思います」

 

 会話に入りかねている片岡が上下のふたりをうかがいながら、池田の安全牌を手出しする。

 

「あたしは別になんとも思わないよ。ひとの持ち物見て指をくわえたくなるほど、まだ自分に見切りをつけてないんだ。麻雀舐めてるやつはぶっ飛ばしたくなるけど、そんなの誰に限ったことでもないし、あるかないかなんて、そいつの横っ面を引っぱたきたくなることにはほとんどカンケーないし」

 

 淡白で難解な池田の言い回しを、南浦は理解しかねたようだった。眉をひそめつつ、

 

「ふつうの子は、みんな言う……言うんですよ。私と打っても、つまんないって。いつも南場で逆転するなんておかしいって……。そういう気持ちはたぶん私もわかってるんです。自分が勝てないゲームが全部つまらないとは言わないですけど、誰かが一方的に勝ち続けるゲームは、絶対つまらないと思います。勝つほうと勝たないほうが決まってるって、それもう勝負じゃないでしょう。それで、その線引きは、がんばったりとか、そういうことじゃなかなか変わらない。線のこちら側にいるためには、何より才能が大事で、そういう特別なものがないのに、須賀くんはなんで、()()()()に勝とうとしてるのか、不思議で――無理なのに」

 

 牌を山から自摸って、沈思する。

 

「自分から、痛い目を見に行く意味がわからない」

 

 ツモ:{⑦}

 

 南浦:{②③④④④④⑦⑦赤556東東}

 

「あのふたり、……」

 

 南浦:{②③④④④④⑦⑦⑦赤5} ({5}){6東東}

 

 池田

 河:{南39發東赤⑤}

   {⑥横⑧}

 

 南浦:{②③④④④④⑦⑦⑦赤55} ({6}){東東}

 

 打:{6}

 

「なにかあったんですか」

 

 中筋を打った南浦の捨て牌を眺めながら、池田は吐息した。

 

「――須賀は別に、勝とうとはしてないと思うけどね。ただコロそうとしてるだけだ」

「え?」

「それにさ、麻雀が運の勝負だなんて、誰だってわかってることなんだよ。紙一重の牌の後先に、だれだって歯噛みするし、それはべつに配牌やツモにかぎったことじゃない。でも努力がまるで意味ないわけでも、絶対にないんだ。それもみんなみんなわかってる。だろう? 牌効率や押し引きだけじゃなしにさ、よく見える目や、長い指や、おおきな手、裏をかく発想や、どれだけ負けてもとけない資金や、心を削る盤外戦術の巧さだって、それは麻雀の強さには違いない。サマを認めるわけじゃないけど、その場の誰も咎められないサマなら、それは一つの強さだとあたしは思う。須賀は、たぶんあんたよりかは、そのことをわかってる」

「それはどういう……」

 

 聞き返した南浦の目前で、山から牌を模した池田が、手牌を倒した。

 

「ツモ――2000・4000」

 

 池田:{一一一九九九①②③⑧⑨11}

 

 ツモ:{⑦}

 

「最後の二枚か一枚か――そんな{⑦}(この牌)を、こんな感じに都合よく自摸ることだって、誰にだって出来るんだよ。出来すぎたことは誰にでも起きるんだ。それが麻雀なんだよ。あんたも須賀もあたしもつっきーもどんな麻雀打つやつも、それはおんなじなんだ。どうせ無理とか水差してやるなよ。――負けそうな馬こそ、応援しがいがあるんだぜ。ホラ、むかしのサムライがいってただろ」

 

 南浦は数秒顔をしかめて、自らの手牌を静かに伏せる。

 

「別に仔細なし。胸据わって進むなり……ってさ」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 18:26

 

 

 あっけなく京太郎の親は流れ、東の風は席順に則り下家の咲に移った。回る賽の出目は花田を割れ目に選び、四人は黙々と山を崩して配牌に向き合う。

 

 東二局0本場

 【北家】須賀 京太郎:24300

     チップ:±0

 【東家】宮永 咲  :24200

     チップ:±0

 【南家】宮永 照  :26900

     チップ:±0

 【西家】花田 煌  :24600<割れ目>

     チップ:±0

 

 場は平たくとも、咲も花田も、目線を動かさないまま照を意識しているのが京太郎にもわかる。一つの小さな和了りは、やがて暴風に成長する。照が二つの和了を積んで親番を迎えれば、歯止めは効かなくなる。ここまでに何度も繰り返された光景である。上がり続ける翻が片手の指を全て折った頃、照の速度はようやく翳る。そんな隙ともいえない隙を突くには、多くの幸運か磨き上げられた技術か奇形に近い天稟か、あるいはその全てが必要になる。

 そして京太郎は今のところそのどれもに恵まれていない。

 走り出した照を止めるのは咲か、咲の助力を得た花田である。

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 配牌

 京太郎:{一一三七①⑤⑧46東南西西} 

 

 振るわない配牌を、京太郎は平坦な心持ちで受け入れようと努める。焦燥が背中に張り付いていた。その生臭い息遣いまで聞こえていた。けれども焦ったところで、かれにとっての何かが好転することはない。

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 1巡目

 咲:{■■■■■■} ({■}){■■■■■■■}

 

 打:{①}

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 1巡目

 照:{■■■■■■■■■■■■■} ツモ:{■}

 

 打:{中}

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 1巡目

 花田:{■■■■■■■■■■■■■} ツモ:{■}

 

 打:{發}

 

「ポン」

 

 と、咲が鳴いて、京太郎のツモ番が飛ばされた。

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 2巡目

 咲: ({■}){■■■■■■■■■■} ポン:{發横發發}

 

 打:{一}――

 

(のっけから一手遅れか)

 

 目前を通り過ぎていく牌の遣り取りを、もどかしく眺める。ただ対面の照とツモを交換する形になった。仮に照の和了が山に約束されているのであれば、この副露は彼女の足を幾らか遅らせるかもしれない。

 

(でも、このくらいのことなら、誰にだってできるんだ)

 

 そして、この程度では止められないから、今夜の照の独走がある。

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 2巡目

 京太郎:{一一三七①⑤⑧46東南西西} ツモ:{白}

 

 打:{南}

 

 麻雀において完全な同一局面はほぼありえないといわれる。ただ類似した展開は、今日この卓に限っては頻繁に繰り広げられている。何度かの場面で、常に自分が無力だったとは京太郎は考えていない。照の和了を遅らせたこともその逆もあった。ただ結局それらの工夫は勝利に結びつかなかった。無意味ではなかったけれども、足掻きの域を出るものではなかった。暗闇の中で、独り貧弱な得物を盲滅法振り回しているようなものだった。のみならず、対手は京太郎の眼に見えない様々なものを隅々まで見明かしている。

 

「……」

 

 そのまま、4巡が過ぎた。

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 7巡目

 京太郎:{一一三七⑦⑧246西西白白} ツモ:{9}

 

 京太郎の向聴は思うように進まない。塔子は愚形で溢れ、打点も望めない。他方で咲、照の手からは既に中張牌が零れている。次に打つ牌に和了の声が掛かっても何ら不思議ではない。

 

(だめだ。こいつはもう)

 

 京太郎は、

 

「……」

 

 咲

 河:{①一東西2九}

   {7}

 

(――ほかに、できることがねえ)

 

 打:{6}

 

 と、いった。

 

「チー」

 

 その牌を、すぐさま咲が喰らう。

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 8巡目

 咲:{■■■■■■■■} チー:{横64赤5} ポン:{發横發發}

 

 打:{六}

 

 詰めていた呼吸を緩めて、京太郎は場に投げ出された牌を見る。山に手を伸ばし、同じ拍子で自摸切る照を尻目に、かれは居住まいを正す。明確な抜き打ちを、照も花田もとくに咎める素振りはない。手牌を短くしている親よりもケアすべき相手を子に定めるという状況に、もはや全員が慣れ切っている。

 

 そして――

 

「ツモっ」

 

 東二局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 9巡目

 咲:{五六七八八③④} チー:{横64赤5} ポン:{發横發發}

 

 ツモ:{②}

 

 この局面の攻防を制したのは、咲だった。

 

 東二局0本場

 【北家】須賀 京太郎:24300→23300(- 1000)

     チップ:±0→-1

 【東家】宮永 咲  :24200→28200(+ 4000)

     チップ:±0→+3

 【南家】宮永 照  :26900→25900(- 1000)

     チップ:±0→-1

 【西家】花田 煌  :24600→22600(- 2000)<割れ目>

     チップ:±0→-1

 

「……ふゥ」

 

 京太郎:{一一三七⑦⑧249西白白白}

 

 京太郎は、静かに瞼を擦ると――

 

 満足げに、吐息した。

 




2014/2/23:ご指摘いただいた脱字を修正

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