ばいにんっ 咲-Saki-   作:磯 

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17.ばいにんテール(六)

17.ばいにんテール(六)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 08:03

 

 

 息つく間もない進行だった。契機は京太郎の打{1}――瞬く間に花田と照、京太郎の空中戦が場を席巻した。咲は結局、向聴を維持したまま一度も自摸ることなく親番を流された。

 結果的な東四局の勝者は須賀京太郎である。けれども真に場を支配していたのは、間違いなく宮永照であった。

 

「ガンパイとしか思えないけど」

 

 眉を集めて嘆じた月子が、止めていた呼吸を再開する。

 

「そうじゃないことはわかってるけど、そうとしか見えないね」池田もまた驚きを隠せない様子で頷きを返した。「手の中から完全に須賀のキー牌である{白一6}を摘んだのは、どう受け止めればいいんだろ。とても手牌や河から推し測れるような巡目じゃないし」

「調子が最高に良ければ、わたしも同じようなことはできるけど」月子は肩をすくめた。「宮永さんは()()にとくべつ優れてるわけじゃない。単純に素面で須賀くんが欲しそうなところを打ったんでしょう。で、()()()()それが狙い通りにいったと」

 

 演繹的な理屈に根差さない直観が、正鵠を射ることはある。結果としてその判断が正解だった場合、理由は三つに分類される。

 ひとつは過程を飛び越えた経験知が働いた場合である。いつか見た類似した状況に現在を照らし合わせて行動を選ぶ。基準は現在にはない。自覚的であるとも限らない。この場合の正しさの担保は過去にある。

 ふたつめは単純な僥倖である。癖や性質、手拍子と呼ばれる咄嗟の選択が奏効したとして、この場合の正当性を保証するものはどこにも存在しない。

 そしてみっつめは、一つ目と二つ目の中間に存在する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と知った上での選択である。この手の判断は、空想とほとんど区別がつかない。月子のガンパイや、先刻の照の打牌はこれに当たる。所謂オカルトと呼ばれるものである。論拠はないけれども根拠はある――そしてそれは誰に説明ができるものでもない。

 

(というか、まずあの巡目でいもーとさんの打点を察する時点でぶっ飛んでるんだけど)

 

 改めて、月子は照の途轍もなさを実感した。

 違和感も同時に覚えた。

 

 照は何を捧げているのだろうと、彼女はふいに疑念した。

 

 努力で届く境地ならまだよい。費やすのは時間やそれに準じるものである。しかし照が失っているか、あるいはこれから先()()()()()ものは、そこまで心安い代償ではない気がした(これもまた明確な拠所を持つ論理ではなかった)。月子の知る限り、突出した能力は何かを犠牲にして得るものだ。照ほどに突き抜けているのであれば、対応するように何かが致命的に欠けているはずである。

 

 たとえば月子が知る中で、比較的照に近い存在は、他者に共感する能力が絶望的に欠けていた。根本的に人の気持ちがわからない人間だった。その代わりに常識では測れない力を有していた。

 そして月子自身も、運に干渉できる代わりに、(例外を除いて)他者に触れ得ない体質を持っている。

 照にもまた、そうした不備が存在するのかもしれない。

 

(仮にそれが正しいとして)

 

 と、月子は思う。

 

(宮永さんは、そのことを、どう思っているのかしら)

 

 欠落に自覚的なのか。その欠落を能力の代償として良しとしているのか。あるいは欠落を忌んでいるのか。無自覚なのか。欠落しているくらいなら能力など不要だと感じているのか。それともより欠落してもよいから能力を必要だと感じているのか。

 月子の瞳の行く先で、宮永照は常と変わらずそこにいる。

 

 そして、欠けてはいても、突き抜けてはいない月子の友人と、対峙している。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:03

 

 

 南一局0本場

 【東家】花田 煌  :20200<割れ目>

     チップ:-3

 【南家】宮永 照  :33000

     チップ:-1

 【西家】須賀 京太郎:43100

     チップ:-1

 【北家】宮永 咲  : 3700

     チップ:+5

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:03

 

 

 花田煌は場を見晴らす。幾度かの勝負手を逃して迎えた最後の親番である。未だ和了らずの三着目において、彼女は割れ目を引いた。賽の出目は3・6(ジゴク)だった。彼女は鼻腔から薄っすら息を抜きながら、目前で山を割って牌を捲る。

 

(集中)

 

 祈ったところで配牌が良くなると思うほど、花田は霊験を信奉していない。といって流れというものを全否定するほどデジタルに傾斜しきっているわけでもない。

 

(集中――)

 

 麻雀という亡国の遊戯に魅入られてこのかた、花田は上達と頭打ちを繰り返し続けた。会心の勝利を出来すぎなほど積み上げたこともある。一時的な確率の偏りを実力と勘違いして、その後すぐに長い低迷期に入ったこともある。フォームが崩れてどうしようもなくなったこともある。麻雀を始めたばかりの初心者にさえいいようにされて負けたことがある。何が上手さで何が強さなのかわからなくなったことがある。わからないことは、今でも山ほどある。

 

 それでも、学ぶべきを学び、歩み続けた今がある。

 

 押し引きや牌効率には解がある。仕掛けのセンスにオリの技術、手作りの巧さや切り順、打牌選択が積む微差の山、まだまだ花田が突き詰めるべきことは五万とある。そしてその極致に至ったところで、麻雀における絶対の強者などにはなりえない。あるいは座る卓を選べばそれに近いことが少しはできるのかもしれない。しかし停滞は花田のもっとも苦手とする事柄の一つである。打つならばより巧者と――できるならば強者と。それが花田煌が麻雀に対して持つ基本理念である。同じ領域の住人と鎬を削りあうならば、勝率は必然的に均衡へ収束する。

 

 花田は、麻雀を難解な模様を持つ織物として捉える。麻雀を構成する要素に確率と技術がある。両者は綱を引きあい、複雑な綾を象っている。打ち手はそのうえで踊り、往々にして翻弄される。うまく踊りきるか、あるいは偶さか踊りきれたものが、卓上の勝者になる。この遊戯にとりつかれたものは皆、いくらかの諦念を抱えて牌を握る。旦夕を上達のために繰り返して、けれども根本的な部分で甲斐のなさを感じている。

 

 麻雀は、技術を磨いたからといって、筋力や体力のように目に見える効果が直ぐ表れるものではない。十度打った結果など誤差である。百では足りない。千でようやく形が見え始める。万を越えればそれは手ごたえとなる。徹底的に冷厳な論理と気まぐれ極まりない数字に裏打ちされたその編目はたとえようもなく美しい。

 けれども、目に見えない隙間が繊維と繊維のまにまに存在している。

 そこには不思議がある。

 この世界で麻雀を打てば打つほど、高みを目指せば目指すほど、不可視の法則を感じずにはいられない。

 

 地図の空白のような、暁の出所のような、大地の支柱のような、荒唐無稽な空想が、けれども実存している。

 

 花田の良く利く鼻は、その匂いを確かに嗅ぎ分けている。たとえば花田が良く知る範囲に限っても、石戸月子がいる。南浦数絵がいる。片岡優希がいる(実のところ花田もその境界線の先にいる。ただそれはあまり如実な発露の仕方をしていないから、花田煌はまだ自分の異常性には無自覚である)。

 

(このひとたちも、たぶんそうなんだろーなー)

 

 花田は上家()下家()を視界に納める。

 ただそれでも、花田煌が打つべき麻雀が変わるわけではない。

 

(べつに、違うゲームしてるわけじゃないんですからね)

 

 花田はかすかに微笑む。

 牌を自摸りはじめる。

 

(まずは四つ)

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 花田:{1⑨東3}

 

(もう四つ)

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 花田:{1⑨東3⑨5二七}

 

(さて、)

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 花田:{1⑨東3⑨5二七六4東發}

 

(――いざ、勝負っ)

 

 最後の二枚を、跳牌する。

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 花田:{1⑨東3⑨5二七六4東發一⑦}

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 配牌

 花田:{一二六七⑦⑨⑨1345東東發}

 

(いい配牌です)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:03

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 配牌

 照:{一二三①④⑥2345西西白}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:03

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 配牌

 京太郎:{四四[五]七①②②④[⑤]⑨12發}

 

 京太郎の指が、南一局の配牌を整える。かれの内心には忸怩たるものがある。脳裏に閃くのは前局の和了である。上家()による明らかな差込を、京太郎は半ば反射的に和了った。

 もちろん、和了は一局の収支で見れば正しい選択だった。先の和了によって照との点差はさらに3200開いて差は10100となった。今局においては親の花田が割れ目であるため逆転条件はやや緩いものの、それでも照が常の打法を通す限り、京太郎の首位は比較的安全圏にあるといってよい。

 

(それでも、まずったかもな)

 

 一度塞いだ照の目を、先ほどの和了で開かせてしまったかもしれない。といって、では和了らないことが正着であったと、自信を持って言える根拠も京太郎にはなかった。照がゆえなく失点をするとも思えない。高い仕掛けを入れていた花田か、あるいはほとんど参加せずに終わった咲に対するケアだったのだろう。

 

()()()()()()――ねぇ)

 

 配牌を眺めながら、京太郎はおのれの心理状態を俯瞰する。照の力量に対する信頼が、京太郎自身の感覚や指運より優先されつつある。

 

(これは()()()()な)

 

 選択は結果的に正しいかもしれない。むしろその可能性が高いからこそ、舵を切る指標と成り得る。ただ京太郎は、照との勝負において必ずしも正しさを優先しているわけではない。場当たりの勝利を欲しているわけでもない。

 京太郎は、照が持つ非人間性を否定したい。仮に照が怪物としての側面を持っているのだとしても、それが絶対ではないことを証明したい。そのために今日この卓に座っている。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:03

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 配牌

 咲:{三六八八九⑧77889南南}

 

(お姉ちゃん……)

 

 勝負手を一瞬で不意にされて、けれども咲の心境に動揺はなかった。照であればあの程度のことはしてのける。彼女は咲とは違う。麻雀において妥協や手心を差し挟むようなことはしない。機械的なまでに揺らがず、超人的に強い。咲がいくらか抵抗を試みたところで、とても適う相手ではない。

 それが咲がこころに描く宮永照の像である。

 咲が照の摸打をある程度見透かしているように、照も咲の打ち回しにおいて警戒すべき点を知っている。

 そもそも、配牌が良すぎたきらいはあったのである。打点が向上すればするほど、照は他家の河や己の手牌、山の気配からほぼ正確にその程度を推し測ってくる。

 

(ふつうに打ったんじゃだめだ――)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:03

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 1巡目

 花田:{一二六七⑦⑨⑨1345東東發}

 

(面子候補はじゅうぶん。しいていうなら{一二}が苦しい。{東}は一鳴きする。ドラ表示牌の{2}を引いて連続形を――っていうのも都合(ツゴー)がいいですが)

 

 打:{發}

 

(どうですかね、――と)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 1巡目

 照:{一二三①④⑥2345西西白} ツモ:{③}

 

 打:{白}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 1巡目

 京太郎:{四四[五]七①②②④[⑤]⑨12發} ツモ:{發}

 

 打:{⑨}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 1巡目

 咲:{三六八八九⑧77889南南} ツモ:{北}

 

 打:{北}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 2巡目

 花田:{一二六七⑦⑨⑨1345東東} ツモ:{⑤}

 

({東}を叩いて{⑨}を雀頭とするなら、嵌{⑥}の受け? {一二}よりはあきらかに{⑤⑦}は強いですが……ここで辺張見切った場合は{三}引きがあまりにいたい。打{⑨}の両嵌受けもなくはない。2900の手も、割れ目となれば5800――ここはぜったいにものにしたいところ)

 

 2巡目において、花田は刹那を思索に費やした。

 

(ここは保留の打{1}――でいくとして)

 

 打:{1}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 2巡目

 照:{一二三①③④⑥2345西西} ツモ:{9}

 

 打:{9}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 2巡目

 京太郎:{四四[五]七①②②④[⑤]12發發} ツモ:{中}

 

 打:{中}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 2巡目

 咲:{三六八八九⑧77889南南} ツモ:{⑦}

 

「……うぅん」

 

 打:{三}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

(この{三}を――チー、は、ある)

 

 上家から打たれた急所を埋める牌を、花田は懐疑の眼差しで見つめる。

 

 花田:{一二六七⑤⑦⑨⑨345東東}

 

 現在の牌姿における急所は辺{三}および嵌{⑥}である。今局親かつ割れ目の花田に要求されるのは、何よりも速度だった。赤牌の受けもあるこの形であれば、この巡目とはいえ愚形を解消するのは悪手ではない。ましてやこのルールの半荘戦で、役牌のバックを嫌うほどの余裕はない。

 とはいえ花田の手牌は面子オーバーである。打点を下げてまで打たれた{三}を喰うべきかといえば、悩ましいところであった。

 

(赤が一枚でもあれば鉄板なんですが――)

 

 花田は、

 

「その{三}――チーです!」

 

 逡巡を億尾にも出さずに{三}を喰った。

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 3巡目

 花田:{六七⑤⑦⑨⑨345東東} チー:{横三一二}

 

(迷ったときは、とりあえずいってみる!)

 

 打:{⑤}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 3巡目

 照:{一二三①③④⑥2345西西} ツモ:{1}

 

 打:{⑥}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

(花田さんが辺{三}喰って、照さんは打{⑥}――濃いところが出てきたな。出遅れ気味か?)

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 3巡目

 京太郎:{四四[五]七①②②④[⑤]12發發} ツモ:{②}

 

(まっすぐに打{①}――? いやいや)

 

 打:{七}

 

(微差で{①}より悪いけど、受け入れ枚数は同じ{三四六③⑥3發}(7種20枚)だ。ここは筒子の伸びに期待する)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:04

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 3巡目

 咲:{六八八九⑦⑧77889南南} ツモ:{八}

 

(縦かぁ)

 

 打:{六}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:05

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 4巡目

 花田:{六七⑦⑨⑨345東東} チー:{横三一二} ツモ:{四}

 

 打:{四}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:05

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 4巡目

 照:{一二三①③④12345西西} ツモ:{④}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 08:05

 

 

「三色を見ての{⑥}先打ちだったんでしょうけど、ここで{④}重ねてしまいました、と」照の引きを見、月子が池田を顧みた。「どうでしょうか、池田さん。さすがに打{①}?」

「余裕のツモ切り」池田が即答した。

「えー」月子が唇を尖らせた。「聴牌確率下がるじゃない」

「いうほど変わらないし、そのわりに最高打点の期待値が倍以上違うし」池田は肩を竦める。「っていっても、須賀が{②}三枚もがめってるから――手牌が透けてるか、それに近いものが見えてるんなら、打{①}だろ」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:05

 

 

 打:{①}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:05

 

 

 花田

 河:{發1⑤四}

 

 照

 河:{白9⑥①}

 

 京太郎

 河:{⑨中七}

 

 咲

 河:{北( 三 )六}

 

(打{⑥}からの打{①})

 

 照の切り出しを尻目にしながら、京太郎は各家の進捗を推理する。花田、照、咲ともに早々に不要牌の整理は終えて浮き牌の処理に掛かっている。向聴という面では、京太郎が後れを取っている感があった。

 

(序盤の照さんは、比較的自摸にまっすぐだ。展開が込み入ってくると感覚で打牌を選ぶから、頭ン中には追いつけねえけど――{②⑤}(間4ケン)がむちゃくちゃにおうな)

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 4巡目

 京太郎:{四四[五]①②②②④[⑤]12發發} ツモ:{三}

 

 京太郎:{三四四[五]} ({①}){②②②④[⑤]12發發}

 

(――いや?)

 

 京太郎:{三四} ({四}){[五]①②②②④[⑤]12發發}

 

 打:{四}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:05

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 4巡目

 咲:{八八八九⑦⑧77889南南} ツモ:{中}

 

 打:{中}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:05

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 5巡目

 花田:{六七⑦⑨⑨345東東} チー:{横三一二} ツモ:{赤5}

 

(おぉ……すばら)

 

 打:{5}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:05

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 5巡目

 照:{一二三③④④12345西西} ツモ:{四}

 

 打:{一}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:06

 

 

花田さん()はたぶん、役牌のバックか隠れ暗刻の聴牌か1向聴? 照さんは急所が埋まってからのこぼれた{一}処理?)

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 5巡目

 京太郎:{三四[五]①②②②④[⑤]12發發} ツモ:{發}

 

{3}(ドラ)の受けは)

 

 打:{2}

 

(ここで見切る)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:06

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 5巡目

 咲:{八八八九⑦⑧77889南南} ツモ:{7}

 

(手が大きい――重たくって、これじゃ追いつけない……っ)

 

 打:{九}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:06

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 6巡目

 花田:{六七⑦⑨⑨34赤5東東} チー:{横三一二} ツモ:{六}

 

(両面対子――すでに一番強い{六七}より、{⑦⑨⑨}の形を大事にするのが定石ですけど、どっちにしても{東}を叩けなければこの手に和了目はない。なら――どこからでもポンテンを取れる形で)

 

 打:{⑦}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:06

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 6巡目

 照:{二三四③④④12345西西} ツモ:{4}

 

「……」

 

 打:{1}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:06

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 6巡目

 京太郎:{三四[五]①②②②④[⑤]1發發發} ツモ:{白}

 

 一枚切れの{白}(役牌)を、引いた京太郎の目じりが強張る。かれの警戒は対面は親、そして割れ目の花田に向かう。最初の{白}が河に打たれたのは1巡目である。その後顔を出していないこの役牌が、誰の手の内でも重なっていないと言い切れる根拠はない。

 

(だからって、重なってるとも言い切れない。こんなもん、この巡目でいちいち全部抑えてられるか)

 

 刺さるなら刺されとばかりに、

 

 打:{白}

 

 京太郎は自摸切った。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:06

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 6巡目

 咲:{八八八⑦⑧777889南南} ツモ:{白}

 

 打:{白}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:06

 

 

 ――各人の足並みが揃った南一局0本場6巡目を終えて、それぞれが聴牌を目前に、一瞬だけ停滞した。

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 7巡目

 花田:{六六七⑨⑨34赤5東東} チー:{横三一二} ツモ:{一}

 

 打:{一}

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 7巡目

 照:{二三四③④④23445西西} ツモ:{北}

 

 打:{北}

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 7巡目

 京太郎:{三四[五]①②②②④[⑤]1發發發} ツモ:{⑤}

 

 打:{1}

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 7巡目

 咲:{八八八⑦⑧777889南南} ツモ:{1}

 

 打:{1}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 8巡目

 花田:{六六七⑨⑨34赤5東東} チー:{横三一二} ツモ:{②}

 

{②}(コレ)は……下家さんがほしそうなところですが……)

 

 打:{②}

 

(――いかざるをえませんっ)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

「ち」

 

 と、照が言いかけたところで、

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

「カン」

 

 と、京太郎が鳴いた。

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2})

 8巡目

 京太郎:{三四[五]④⑤[⑤]發發①發} カン:{②横②②②}

 

(照さんが喰いそうで、かつどうもさっきからリンシャンがなんか妖しいから、とりあえず邪魔カン)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

「……」

 

 照は吐息すると、ややぬるくなったココアを啜って、

 

「おかわりください」

 

 と、いった。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

(え)

 

 咲は、目を瞠った。

 

(えぇえー……それ、わたしの……)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 気のない素振りで、京太郎は嶺上牌を見つめた。

 

 リンシャンツモ:{⑨}

 

(たしかに、脂っこいところではある)

 

 打:{⑨}

 

(押すけどな)

 

「っ、ポンです!」

 

 京太郎が河に置いた{⑨}を見て、花田が間髪入れずに鳴いた。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 9巡目

 花田:{六六七34赤5東東} チー:{横三一二} ポン:{⑨横⑨⑨}

 

(これはもう――あとにはひけませんね)

 

 打:{七}

 

 花田の唇が、不適に弓形を象った。

 

「すばらです」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 9巡目

 照:{二三四③④④23445西西} ツモ:{6}

 

 打:{④}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 9巡目

 京太郎:{三四[五]④⑤[⑤]發發①發} カン:{②横②②②} ツモ:{①}

 

(打{⑤}で{③⑥}の受け――とかやるくらいなら最初から{②}大明槓なんかしねーっての)

 

 自摸った聴牌を入れる牌を穏やかに見つめて、京太郎は上家に合わせ打った。

 

 打:{④}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 9巡目

 咲:{八八八⑦⑧777889南南} ツモ:{⑧}

 

(ふぅ……)

 

 打:{9}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

(むむ!)

 

 半ば念じながら、花田は山から牌を引く。

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 10巡目

 花田:{六六34赤5東東} チー:{横三一二} ポン:{⑨横⑨⑨} ツモ:{九}

 

(ちがう!)

 

 打:{九}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 10巡目

 照:{二三四③④234456西西} ツモ:{六}

 

「……」

 

 一瞬だけ、照は花田の河と手牌に目を向けた。

 そして秒も置かずに、

 

 打:{六}

 

 自摸切った。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 08:07

 

 

「あたれないほう」

 

 花田への同情を込めつつ、照からオーダーされたおかわりのココアを練りながら月子が呟いた。

 池田もまた、お菓子をつまみ食いしつつ、首を振った。

 

「バック仕掛けの宿命だ。しょうがないね。ホラ」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 10巡目

 京太郎:{三四[五]⑤[⑤]發發①發①} カン:{②横②②②} ツモ:{東}

 

 山から引いたその牌を凝視して、

 

(生き残ってる役牌は、{東}(これ)と{南})

 

 京太郎は、嘆息した。

 

(こいつはたぶん、花田さんにアタリだ)

 

 花田は親である。そして割れ目でもある。見るからに安い仕掛けだが、場に{3}(ドラ)は一枚も見えていない。仮に花田の手の内で暗刻か――あるいはシャンポンにでもなっていれば、放銃の失点は最低でも満貫(12000)近くになる。

 

(でも、おれも跳満の手。超能力でもあったんなら、上手く打ち回して、アガリを拾うんだろうけどよ)

 

 かれは、苦く笑んだ。

 

({①}対子落としで回るのもありだろう。ベタオリなら当然{發}の暗刻落としだ。でも、ここはそうじゃない。麻雀に()()()()()。アタリは{東}じゃなくて{南}かもしれない。もう暗刻になってるかもしれない。なら、)

 

 打:{東}

 

(ここは勝負をする場所だ)

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室・キッチン/ 08:07

 

 

「つっきー、なにニヤニヤしてんの?」

「べつに」

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 瞬間、花田の脳裏で思考の火花が散った。

 

 花田:{六六34赤5東東} チー:{横三一二} ポン:{⑨横⑨⑨}

 

(――{東}ポン、打{3}フリテン{36}? 打{六}はさすがに悠長に(ノンビリ)すぎてすばらくない。じゃぁやっぱり打{3}? すくなくとも須賀くんは確実に聴牌してるのにションパイのドラは打てないし槓ドラの發は見えないからたぶんどこかでかたまってるここは――)

 

 彼女は、決断した。

 

(鳴かない。叩きません)

 

 眦を決して、しかし表情はつくろい続ける。

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:07

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 10巡目

 咲:{八八八⑦⑧⑧77788南南} ツモ:{①}

 

(あ、引いちゃった)

 

 京太郎の和了牌を引いた咲の決断もまた迅速である。

 

(ならオリで)

 

 打:{⑦}

 

 

 ▽ 12月30日(月曜日) 長野県・駒ヶ根市・トーワマンション701号室/ 08:08

 

 

 南一局0本場 ドラ:{3}(ドラ表示牌:{2}) 槓ドラ1:{發}(ドラ表示牌:{白})

 花田:{六六34赤5東東} チー:{横三一二} ポン:{⑨横⑨⑨}

 

 常と変わらず、肩の力を抜いて、一定の拍子で、花田煌は山から牌を自摸る。

 牌に触れる。

 親指の腹で表面をなぞる。

 刻まれた感触が、

 

「――すばら」

 

 彼女に幸運を運んだ。

 

 ツモ:{東}

 

「2600――は、割れ目で5200オール! そしてぇ、いちまいオールですっ!」

 

 

 【東家】花田 煌  :20200→35800(+15600)<割れ目>

     チップ:-3→±0

 【南家】宮永 照  :33000→27800(- 5200)

     チップ:-1→-2

 【西家】須賀 京太郎:43100→37900(- 5200)

     チップ:-1→-2

 【北家】宮永 咲  : 3700→-1500(- 5200)

     チップ:+5→+4

 

 

「やたっ、ヤキトリ脱出です! すばらっ」

 

 


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