4.ほうこうフール(後)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:37
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
【北家】片岡 優希 :43000
【東家】須賀 京太郎:19000
【南家】宮永 照 :20300
【西家】石戸 月子 :17700
(ここからだ)
と、京太郎は思う。かれの脳裏には、照と打った最初の局面が去来している。擦り切れるほどに思い返して、人生最初の二半荘は、少年の心に完全に焼き付いていた。あの夏の夕方、京太郎はもちろん、照さえも偶然同卓したプロ二人(京太郎は未だにあの日なぜ南浦と大沼が公民館にいたのかを知らない)に勝つことはできなかった。分類すれば照も京太郎と同じ卓上の敗者だった。しかしその打ち回しには雲泥以上の差があった。地殻と月よりも距離があった。
京太郎は、照にあこがれた。
打った時間はただの二半荘である。それも初心者の京太郎が、いずれも飛ばされて終了している。麻雀の実力は短期的な戦果で測れるものではない。それは一つの事実である。だから宮永照の真価を、京太郎は知らないのかもしれない。あるいは池田華菜や月子がかれに何度も言い聞かせたように、照は実はそれほど大したことがない打ち手なのかもしれない。
(ここから――)
けれども京太郎にとっては、事実などどちらでもよかった。いまのかれにとって、宮永照は追い求めた強さを体現する一つの具象である。それが事実で、そして全てだった。この対戦を経てその印象が変わっても変わらなくても、それは勝負が終わったあとの話だ。つまり、京太郎の興味の外に置かれている物語だった。
卓を囲む相手の実力は、京太郎にとって麻雀に耽溺するための要素の一つでしかない。強いに越したことはないが最重要ではない。必須でもない。
麻雀卓が配置された教室には、いつも通りそれなりに賑やかで、穏やかな時間が流れている。昼下がりの陽射しはカーテンに遮られ、教室に持ち込まれたヒーターが眠気を催す温風をひたすらあたりに振りまいている。少年少女たちは楽しげに雑談を交わしながら摸打を繰り返す。だがある一角だけはやや趣が異なっている。少女三人に少年一人の組み合わせである。皆ほとんど言葉を交わすことなく、手元に配られた牌を静かに見つめている。
京太郎の一度目の親番が始まる。
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
配牌
京太郎:{三四八九④④⑤⑧⑧36789}
(上々の配牌――
打:{3}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:38
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
1巡目
照:{一二六①③③③⑨2499白} ツモ:{⑥}
打:{⑨}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:38
(須賀くんの第一打は尖張牌。形は決まってそうだけれど……)
石戸月子は集中する。すでに気は取り直している。前局の照への放銃は、どうしようもない。京太郎の台詞ではないが、あの巡目での黙聴牌を察することなど、ガン牌でもしていなければ絶対に出来ない。幸い打点は低く、大勢に影響するものではなかった。
(
何を持って月子が宮永照を異常と判断したかといえば、それは感覚によるものとしかいいようがない。月子の目から見て、照は間違いなく異常な人間だった。ただその全容はうまくつかめない。巨大すぎる建造物を足元から眺めたような圧迫感だけがあり、具体的に警戒すべき箇所が何かはわからない。
(まったく、肝心なところで役に立たないわね、こんなもの――)
彼女
ただしそれは麻雀の本質を損なうものではない。
少なくとも月子は損なわないと考えている。この点について、彼女と須賀京太郎の理念は不一致である。月子にしてみれば、やはりできることは許されていることだとしか思えない。
才能は利器である。ときに倫理や思考を無視した振る舞いを見せる。振るうべき場面で振るわれないことを才能は何より嫌う。ほとんど自律的にそれは作動する。
片岡優希は東場において打点と速度に恵まれるように、逆に南場においてはその揺り戻しが来るように、南浦数絵が東場ではどれだけ失点しても飛ぶことは決してなく、撓めた力を南場で解放するように、石戸月子は晒し、他家の自摸筋を奪うことで和了することが出来る。
そして石戸月子は、自分の才能を未だ十全に使いこなせていない。
自分にはまだ先があると彼女は信仰している。
それは半ば幼稚な願望である。
――けれども半ば、正鵠を射てもいる。
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
1巡目
月子:{一三五五七七④白白中中東北} ツモ:{②}
絶好の配牌だった。索子の
(もう、一打も気は抜かない。巡目なんて関係ない。宮永さんを見極める)
打:{②}
(引けない愚形の塔子に価値はない)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:38
(親が流れちゃったじぇ……)
やや消沈しながらも、片岡はのたくたと理牌する。牌姿を把握するので手一杯で、彼女は上家が滑らかに打つ河はほとんど見ていない。
卓上には、片岡が普段打つ麻雀とは一線を画する空気が流れていた。皆言葉少なく、鋭い目で河と山へ眼差しを向けている。クウキが薄くなったようだ、と片岡は思う。彼女はその優れた感性で、場に漂う張り詰めた雰囲気を察している。緊張感は片岡にも伝染して、しかしそれは彼女にとって不思議と苦ではない。
楽しいだけが麻雀ではない。
苦しいだけが麻雀ではない。
それは知っていた。手ひどく負けることも、逆に出来すぎなほど勝つことも片岡にはよくある。むしろほとんどそれしかないといってもよい。ギリギリの差しあい、という状況を彼女はほとんど経験していない。彼女にとっての対手は、今のところ簡単な相手と難しい相手しか存在していない。
(だけど今日は)と、片岡は思う。(なんだろ。どきどき――わくわく? なんか、ヘンな感じがする――じょ)
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
1巡目
片岡:{六九九①①⑦⑨12發發發南} ツモ:{3}
(ムム)
自摸った牌と手牌を見比べて、片岡は眉根を寄せる。親番は流れたものの、勢いはある。急所が第一自摸で埋まった僥倖を、彼女は吉兆と捉えた。
(また南場で点取り戻されちゃうかもしれないから――ここでいけるだけいくじぇ)
打:{六萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:38
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
2巡目
京太郎:{三四八九④④⑤⑧⑧6789} ツモ:{③}
打:{9}
(一向聴――)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:38
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
2巡目
照:{一二六①③③③⑥2499白} ツモ:{二}
(……)
打:{⑥}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:38
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
2巡目
月子:{一三五五七七④白白中中東北} ツモ:{西}
打:{④}
(見え見えだろうがなんだろうが――いくわ)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:39
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
2巡目
片岡:{九九①①⑦⑨123發發發南} ツモ:{1}
{打:南}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:39
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
3巡目
京太郎:{三四八九③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{②}
打:{八萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:39
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
3巡目
照:{一二二六①③③③2499白} ツモ:{1}
{打:白}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:39
「ポン」
――当然、月子はその{白}を叩いた。
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
3巡目
月子:{一三五五七七中中東西北} ポン:{横白白白}
{打:北}
({⑨⑥}、{白}の切り出し――宮永さんの手、たぶん、遅い。ここで差しきれる!)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:39
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
3巡目
片岡:{九九①①⑦⑨1123發發發} ツモ:{東}
(んー……
{打:東}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:39
(優希の{東}、を見てるな――
京太郎の目は、まずツモ切りされた{東}を見る。その{東}を見て顔を少し引きつらせる月子も見えている。
微細な表情の変化である。若干頬の筋肉が強張っただけだが、普段ポーカーフェイスを徹底している月子だけに、わずかな変化が目に付くものだ。
(――鳴かされた、とか思ってんのかね)
副露は月子の判断だが、それを促したのは上家の差配である。偶然の一言で十分片付けられる出来事だが、月子の過剰な反応を見ているとそうも思えなくなってくる。
オカルトの実在を受け入れると、もっとも厄介なのはこうした疑心暗鬼である。全ての偶然に裏があるような錯覚が頻繁に引き起こされる。無駄に敵の影を肥大化し、正しい判断も正しくない判断も出来なくなる。決断そのものを留保しはじめる。それはつまり、勝負の土俵から降りる行動に等しい。
(考えることで打つ手を思いつけそうなら、考えるべきだ。でも、そうじゃないんなら、ただ迷いを残すだけだ――)
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
4巡目
京太郎:{三四九②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{白}
最前鳴かれた{白}――最後の一枚を、京太郎は盲牌する。安牌として手元に残し打{九萬}とする手順もある。防御に重きを置くのであれば孤立牌の
(とはいえ、よもやの二枚目を思うと、うかつに打てない。5800あれば十分と見るか、満貫確定の手順を残すべきか)
思考は半瞬にも満たない。手牌にの端に{白}を一瞬だけ置いて、京太郎はすぐに自摸切りした。
{打:白}
(打つなら聴牌と引き換えだ)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
4巡目
照:{一二二六①③③③12499} ツモ:{八}
打:{9}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
4巡目
月子:{一三五五七七中中東西 ポン:{横白白白}} ツモ:{四}
{打:東}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
4巡目
片岡:{九九①①⑦⑨1123發發發} ツモ:{⑨}
(えっと、これ……たしか)
打:{⑦}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
(手出しが多い――全員ガンガン手が進んでる。そういう局面ってことか)
各自の切り出しを目ざとく確かめながら、京太郎は目を細める。月子が参加する場はとかく早いうちに高くなりがちである。元より運の要素が強い麻雀であるが、彼女が打つ場はよりその特性が強調される――と、素面で考える自分を、京太郎も馬鹿馬鹿しいと思わないわけではない。ただ傾向は明らかで、実際的な現象を伴う以上は対応するしかない。
そうした意味では、京太郎はどこまでも現実的な思考をしていた。
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
5巡目
京太郎:{三四九②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{一}
打:{一萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
5巡目
照:{一二二六八①③③③1249} ツモ:{3}
打:{4}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
(今日び迷彩って時代でもないけれど、それにしたって
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
5巡目
月子:{一三四五五七七中中西} ポン:{横白白白} ツモ:{中}
5巡目、月子が山から引いたのは、出来すぎの{中}であった。当然月子は、
{打:西}
といった。これで萬子であれば{八九萬}以外のどこを引いても聴牌となる。
(あとひとつ)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
5巡目
片岡:{九九①①⑨⑨1123發發發} ツモ:{5}
打:{5}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:40
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
6巡目
京太郎:{三四九②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{⑤}
(――高目への振り替え)
かれは、瞬間的に場況を整理する。
京太郎
河 :{39八白一}
照
河 :{⑨⑥( 白 )94}
月子
河 :{②④北東西}
片岡
河 :{六南東⑦5}
(
それは曖昧な感覚である。待ちは変わらないまま、高目
しかし、
(――123の三色が下家の本線。ただセオリーとして、234とのテンビンがあってもおかしくない。{4}が零れてきたのはそういうことだ。でも{⑨⑥}を初っ端から叩き落としてる以上、手の内に{④⑤⑦⑧}は残してないだろう。少なくとも2巡目までは手牌になかったはずだ。だったら――{①②③}は確定してるか、辺張か嵌張だ。おれが打{②}といった場合、高目は残り三枚の{③}だけど、――こいつ、もう山にいねぇんじゃねえか? もしそうなら、アガれない高目への振り替えのために無駄に手を進ませちまうかもしれない)
京太郎は疑念する。
(ああ、こいつはカンだ。月子にまた怒られちまうかもしれない――)
牌を山から自摸り、手牌の縁に{⑤}を寝かせる。ふた呼吸分の時間を思索に費やすと、京太郎は、
打:{⑤}
自摸切りした。
(どうだ――)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
6巡目
照:{一二二六八①③③③1239} ツモ:{九}
打:{9}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
(萬子、引け――)
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
6巡目
月子:{一三四五五七七中中中} ポン:{横白白白} ツモ:{8}
(ふぁっく!)
打:{8}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
東二局、最も早く聴牌に手を届かせたのは、片岡優希であった。
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
6巡目
片岡:{九九①①⑨⑨1123發發發} ツモ:{⑨}
打{1}で{①九萬}待ち黙満貫の聴牌である。牌を曲げれば跳萬が確定する。一発で自摸るか、もしくは自摸って裏がひとつでも乗れば倍満に届く。
しかし、片岡は、
(まだ――まだ、まだだ、じぇ!)
打:{3}
その手を最終形とは見なさなかった。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
(いらねえ欲を出したな、優希――顔でわかるぜ)
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
7巡目
京太郎:{三四九②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{五}
山から牌を自摸った京太郎は、深く息衝いた。
――聴牌である。
前巡、片岡が{1}を切って立直を打っていれば、安牌のない京太郎は苦し紛れの{九萬}を切り、一発で放銃していた。
それはかれの知覚を越えた結果論だが、ともあれ片岡の向聴戻しは、結果的に悪手となったわけである。
「立直」
打:{九萬}
京太郎は、
「――ポン!」
と、片岡が吼えた。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
7巡目
片岡:{①①⑨⑨⑨112發發發} ポン:{九九横九}
(うぅー、立直してれば一発だったのか……しかたないじぇ……)
打:{2}
「とおれ!」半ば祈るように、片岡は{2}を切った。
――通った。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
8巡目
京太郎:{三四五②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{南}
{打:南}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
7巡目
照:{一二二六八九①③③③123} ツモ:{三}
打:{九萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:41
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
7巡目
月子:{一三四五五七七中中中 ポン:{横白白白} ツモ:{一}
(引いた――けど、)
打{五萬}で、{一七}待ちの聴牌である。しかし、{五萬}は京太郎に対しても片岡に対してもわかりやすい危険牌だった。
方針として照以外への放銃をよしとするとはいっても、見るからに拙い片岡へ振り込むことはやはり業腹な月子である。
(下手すると飛ぶわ――とくに片岡さん。ドラ明刻だし、あの河……べらぼーに高そうだわ)
そして肝心の照はというと、明らかに三軒聴牌に追随できていない。この東二局0本場で、もっとも窮地に立っているのは明らかに彼女だった。
(ええい――やんぬるかな! 満貫手を押さない理由はないわっ!)
勢い良く、彼女は打{五萬}といった。
打:{五萬}
京太郎と片岡の倒牌は、ない。
(くう――っ)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:42
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
8巡目
片岡:{①①⑨⑨⑨11發發發 ポン:{九九横九} ツモ:{北}
{打:北}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:42
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
9巡目
京太郎:{三四五②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{7}
打:{7}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:42
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
8巡目
照:{一二二三六八①③③③123} ツモ:{發}
「――」
打:{八萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:42
({五萬}の筋とはいえ、生牌のドラ表示牌をノータイムで強打とか――このひと、ほんとに強いの?)
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
8巡目
月子:{一一三四五七七中中中} ポン:{横白白白}} ツモ:{⑦}
(――また危険牌)
引き寄せた他家の危険牌を見、月子はうんざりした心地になる。苦しい思いをして聴牌に漕ぎ着けて、その先にある和了を目指すとき――絶好の待ちなのにいつまで経っても引けないとき――和了れないとき――他家に追いかけられたとき――押されたとき――待ちをカスったとき、心はいつも問いを発する。
声が聞こえる。
『それでいいのか』と声は言う。『危ないんじゃないか?』とも声は言う。『考えるのをやめよう』と囁く。思考を凍結させ、運否にすべてを預けてしまうことも、ひとつの処方である。考えたところで正解が導けることは極めて稀だし、突っ張ることは簡単だった。打点や待ちの手広さはわかりやすい安心材料だった。条件が揃っていれば、統計的にはその選択が正しいと自分を納得させることは容易い。
けれどもいつだって声は囁くことを止めない。
それでいいのか? と声は言う。
危ないんじゃないか? と声は言う。
――月子の答えは決まっている。
(
と、月子は思う。
(確信を持った摸打なんてありえない。わたしたちがどれだけそう信じても、どんなルールを持ち込んでも、『もしかしたら』は残り続ける。次巡役満を自摸ることが予見できたところで、その自摸をずらされることも、他家にゴミ手で和了られることも防げないし、防げちゃいけない。『もしかしたら』は残り続ける)
確率に支配された遊戯――それが麻雀の本質である。
それはおよそ殆どの場合において、失われることのない属性である。だからこそ、本質足りえるともいえる。
(そこを越えて先に行く人は――たぶん、
打:{⑦}
迷いは尽きない。選択に絶対はない。技術や知識や能力の成長や劣化が、選ぶ道を違えさせることはある。全ての摸打には成功や失敗が付きまとう。両者は結果というコインが持つ表裏である。
和了の発声はない。
淡々と巡目は進む。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:42
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
9巡目
片岡:{①①⑨⑨⑨11發發發} ポン:{九九横九} ツモ:{5}
打:{5}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:42
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
10巡目
京太郎:{三四五②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{8}
打:{8}
(おいおい、こいつは――キツいな)
京太郎は苦笑する。
浅い巡目の先行両面立直である。なんでも押してくる他家もいる。絶対ではないが、たいていは和了れる牌姿といっていい。
けれど和了れないことはある。頻繁にある。理不尽に腐ることもあるし、その残酷さこそ面白いというものもある。京太郎はどちらかといえば後者の人間である。
けれども、焦燥がないわけではない。じわじわと追い上げる熱を、かれは背中に感じている。
かれのなかの何かが警鐘を鳴らしている。
――ここで止められなければ終わりだぞ、とそれはいっている。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
9巡目
照:{一二二三六①③③③123發} ツモ:{②}
打:{六萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
月子は、目を瞠った。
涼しい顔(実際には、もちろん無表情)で上家が河に放った牌を目にしたためである。
(また――生牌! しかも、超危険牌!)
{六萬}は片岡に対してこそ安牌だが、京太郎にも月子にも危険な牌である。
すでに、照の暴牌は読みの鋭さでどうこう出きる領域を逸脱していた。目隠ししてつり橋を渡っているようにしか、月子には思えなかった。
(さすがに、これで張ったんだしょうけれど――)
月子は、瞬間的にチーの発声を呑み込む必要があった。{横六五七}として打{七萬}とした場合、待ちはよくなるがフリテンになる。つまり、月子は受けを誤り、和了り損なったのだ。
前々巡、{一七萬}の双ポンではなく嵌{六萬}にさえ受けていれば――。
(――
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
9巡目
月子:{一一三四五七七中中中} ポン:{横白白白} ツモ:{東}
{打:東}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
10巡目
片岡:{①①⑨⑨⑨11發發發} ポン:{九九横九} ツモ:{6}
片岡の顔に焦りが浮かぶ。混老頭・対々和・發・ドラ3――自摸っても出和了でも倍満確定の手が、いっこうに和了れない。時間の流れが濃密で、一打一打に気力を消耗しているような気さえする。
(あのとき――立直しておけば)
悔やみが、影のように滲む。
打:{6}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
11巡目
京太郎:{三四五②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{二}
(入り目)
と、京太郎は思った。下家の照に危険な牌だということはわかっている。先ほどからの押し一辺倒の打牌からして、へたをすればこれは放銃かもしれない。
それは、神ならぬ京太郎にはどうしようもないことだった。
(仕方ねえ――こんなもんは、どうしようもねえ――)
打:{二萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
「チー」
と、宮永照は言った。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
10巡目
照:{二二①②③③③123發} チー:{横二一三}
{打:發}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
片岡の口から、声が吐き出された。
「カン」
と、彼女は発声した。場の流れも雰囲気も、片岡にはよくわからない。カンをすれば一度多く自摸れる。更にドラが捲れれば、打点が上昇する可能性もある。
片岡は自分の意思で鳴いた。
彼女はそう思っている――
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八})
11巡目
片岡:{①①⑨⑨⑨11} カン:{發横發發發} ポン:{九九横九} リンシャンツモ:{4}
打:{4}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})
12巡目
京太郎:{三四五②③④④⑤⑧⑧678} ツモ:{2}
不可解な副露、不可解な{發}、不可解な大明槓に、つかのま、京太郎の思考は時間を盗まれていた。片岡の打牌を何事もなく見送り、漫然と山から{2}を自摸り、河へ置く。一連の動作は自動的だった。
そして、ゆったりと下家の宮永照が山へ手を伸ばすのを見た。
(あ――)
悪寒が背筋を走った。かれのなかの何かが大声で喚いている。やってしまったな、とそれはいっていた。どうして誤発声の
あーあ、とかれのなかの何かがため息をついた。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
「ツモ」
と、照は静かに宣言した。
東二局0本場 ドラ:{九}(ドラ表示牌:{八}) 槓ドラ:{2}(ドラ表示牌:{1})
11巡目
照:{二二①②③③③123} チー:{横二一三} ツモ:{二}
「500・1000」
誰かが息を呑む音がした。そして不思議と、それを境に一切の音が途絶えた。たまたまその麻雀教室に訪れた、瞬間的な静寂だった。
東二局0本場
【北家】片岡 優希 :43000→42500(- 500)
【東家】須賀 京太郎:19000→17000(- 1000、- 1000)
【南家】宮永 照 :20300→23300(+ 3000)
【西家】石戸 月子 :17700→17200(- 500)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:43
東三局0本場
【西家】片岡 優希 :42500
【北家】須賀 京太郎:17000
【東家】宮永 照 :23300
【南家】石戸 月子 :17200
東三局――宮永照の親番が始まると、まず片岡が意気込むように自らの頬を張った。初手から強い牌を切り出した。役牌だった。それを月子は逃さず鳴いた。先手必勝の構えだった。
――5巡目に、片岡が照に振り込んだ。
東三局0本場
【西家】片岡 優希 :42500→39600(- 2900)
【北家】須賀 京太郎:17000
【東家】宮永 照 :23300→26200(+ 2900)
【南家】石戸 月子 :17200
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:45
次は4巡目だった。照は平和・ドラ一を自摸和了った。誰一人、まだ形すら定まっていない状態での和了だった。
東三局1本場
【西家】片岡 優希 :39600→38200(- 1400)
【北家】須賀 京太郎:17000→15600(- 1400)
【東家】宮永 照 :26200→30400(+ 4200)
【南家】石戸 月子 :17200→15800(- 1400)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:47
初巡、照が中張牌の暗槓を仕掛けた。嶺上牌を自摸るや、彼女はそのまま立直を打った。暗槓が成立しているため両立直ではないが、もはや待ちなどわかるはずもない。2巡目で片岡が両面に刺さり、2本場はまたも一瞬で終了した。
東三局2本場
【西家】片岡 優希 :38200→32800(- 5400)
【北家】須賀 京太郎:15600
【東家】宮永 照 :30400→35800(+ 5400)
【南家】石戸 月子 :15800
――とうとう、片岡が照に捲くられた。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 13:49
もはや、だれも宮永照に追随できなかった。逆転を許した片岡優希は明らかに気勢を殺がれ、石戸月子はひとり気を吐いたがほとんど無力だった。
彼女は内心で、ある事実に気づいていた。
――宮永照は、とくに何もしていない。神秘的な異能を駆使して和了を重ねているわけではない。少なくともいまのところ、その兆候はない。ただひたすらに運と、そして技術だけで打っている。いまの照は、京太郎と同じ土台で打っているのだ。そこに超越的な何かはない。
照はただ、ひたすらに強く、とてつもなく速い。
東三局3本場
【西家】片岡 優希 :32800→30500(- 2300)
【北家】須賀 京太郎:15600→13300(- 2300)
【東家】宮永 照 :35800→42700(+ 6900)
【南家】石戸 月子 :15800→13500(- 2300)
宮永照は和了を重ねる。
東三局4本場
【西家】片岡 優希 :30500→21600(- 8900)
【北家】須賀 京太郎:13300
【東家】宮永 照 :42700→51600(+ 8900)
【南家】石戸 月子 :13500
石戸月子の表情が精彩を欠く。無力感に、息を喘がせる。
東三局5本場
【西家】片岡 優希 :21600→10500(-11100)
【北家】須賀 京太郎:13300
【東家】宮永 照 :51600→62700(+11100)
【南家】石戸 月子 :13500
片岡優希の、まるく、柔らかい頬を、一筋の涙が、一瞬だけ伝う。
須賀京太郎は、つかれきった声で、
「……八連荘だな」
と、いった。
宮永照は何も答えず、6本目のシバ棒を場に積んだ。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 14:10
長い半荘は、しばしばある。驚異的な連荘も、稀にある。けれども満遍なく三家の点数が削られる状況は、ほとんどない。全ての場が流れずにひとりの和了で決着を見ることも、同様にほぼないといってよい。
不調者の悪循環というものがある。持ち点が落ちれば打牌に制限が生じる。結果リスキーな選択肢を採らざるをえなくなる。それが奏功しないとき(大方は奏功しない)、彼らは更に点数を失う。失点は抜きん出た首位の温床である。
――その場で起きているのは、そうした『よくあること』ではなかった。
何しろ、運を競う場面すら発生しない。誰もが聴牌に行き着かないうちに、たったひとり、宮永照だけが和了るのである。逆転を期すこともできない。みずからの決断に身を擲つこともない。全ては一瞬で始まり、終わる。そして照の点棒ばかりが増えていく。そこに勝負はない。熱狂もない。
ただ暴威だけがある。
東三局6本場 ドラ:{一}(ドラ表示牌:{九})
3巡目
照:{■■■■■■■■■■■■■}
「――リーチ」
風が吹いている、と京太郎はぼんやりと思う。まるで嵐だった。穏やかで静かな冬の昼下がりに不釣合いな暴風が、かれの下手で荒れ狂っている。
それは災害のようなものだ。
照
河:{西北横南}
訪れたのであれば、息を殺して身を潜め、去るのを待つしかない。
「ツモ」
東三局6本場 ドラ:{②}(ドラ表示牌:{①}) 裏ドラ:{⑤}(ドラ表示牌:{④})
4巡目
照:{一一七七八八九①②③⑦⑧⑨} ツモ:{九}
「――8600オール」
東三局6本場
【西家】片岡 優希 :10500→ 1900(- 8600)
【北家】須賀 京太郎:13300→ 4700(- 8600)
【東家】宮永 照 :62700→88500(+25800)
【南家】石戸 月子 :13500→ 4900(- 8600)
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 14:12
月子のなかで、何かが切れた。
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 14:12
京太郎を含めた誰かが何かを間違えたというわけではなく、運や天気や時宜が悪かったということもない。その日その卓で起きた事象のすべては完結している。須賀京太郎は宮永照と麻雀を打つという望みを果たした。それは間違いない。けれども
麻雀で勝つことは、12歳の宮永照にとっては呼吸や睡眠と同じくらい当たり前の行いである。だから彼女は息を吸って吐くように、あるいはまぶたを閉じて開くように、眼下に並んだ13枚の牌を誰より速く高く美しいかたちに揃えて
とはいえそれはまったく瑣末な要素でしかない。京太郎と照の間に横たわっているのは、時間や修練が解決しないたぐいの問題だった。
そしてその差が広がり遠のくことはあっても、覆ることはない。縮むこともない。
東三局7本場
【西家】片岡 優希 : 1900
【北家】須賀 京太郎: 4700
【東家】宮永 照 :88500
【南家】石戸 月子 : 4900
皆、最初とは異なる意味ですっかり言葉を発さなくなった。その卓上に、緊張感はもはやなかった。あるのは倦怠と疲労、そして若干の悲哀である。須賀京太郎は黙り込み、機械的に理牌を行う。片岡優希は目じりに涙を溜め、時折鼻をすすりながら、それでも席は立たずに打ち続けている。
宮永照の態度は、徹頭徹尾、変わらない。彼女は寡黙だった。まるで勝つためだけにそこに存在しているかのようだった。勝利を運命付けられた少女の顔に、喜や楽は見出せない。退屈そうですらある。
この局、彼女の手牌は、
東三局7本場 ドラ:{北}(ドラ表示牌:{西})
配牌
照:{一222345679東東東南}
こうであった。出来すぎた牌姿を、彼女は当然のように受け入れる。そして当たり前の手順を踏む。
打:{一萬}
「………チー」
それを、石戸月子が喰い取った。
東三局7本場 ドラ:{北}(ドラ表示牌:{西})
1巡目
月子:{■■■■■■■■■■} チー:{横一二三}
{打:西}
初巡、老頭牌を喰い取る両面のチー、しかし切り出された客風牌から、不穏な気配はない。照の
東三局7本場 ドラ:{北}(ドラ表示牌:{西})
2巡目
照:{222345679東東東南} ツモ:{一}
(――?)
2巡目、照は初巡に払った{一萬}を引き戻した。煩わしいが、起き得ないことではない。けれどもこれまでの経験上、すでに仕上がった状態でこうした無駄な自摸を引き入れることは、珍しいといえば珍しい。
対子落としを嫌う心理から、照の指は余剰牌の{南}へ伸びかけ――止まる。
この半荘で初めての、宮永照の警戒だった。
結果、彼女は構わず、再度{一萬}を払うことを選んだ。
打:{一萬}
▽ 12月中旬(日曜日) 長野県・飯島町・町立小学校/ 14:13
「ロン」
と、月子がいった。
抑揚を全く欠いた、平坦な声音だった。
東三局7本場 ドラ:{北}(ドラ表示牌:{西})
2巡目
月子:{一一二三②③④南南南} チー:{横一二三}
ロン:{一}
「1000点の7本場は、3100」
東三局7本場
【西家】片岡 優希 : 1900
【北家】須賀 京太郎: 4700
【東家】宮永 照 :88500→85400(- 3100)
【南家】石戸 月子 : 4900→ 8000(+ 3100)
※本場をいくら重ねても翻数しばりはなし
2012/10/29:表記漏れ修正
2012/10/30:誤字修正(×対子→○明刻)
2012/10/31:ご指摘いただいた脱字を修正
2012/10/31:ご指摘いただいた東三局2本場の符が凄いことになっていた箇所を修正(1翻100符→2翻50符)
2013/2/19:牌画像変換