ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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10日のリミットを過ぎてしまった。気がついたら。




第89話 包囲網に至る

雨の中でも、未だ闘志を燃やし続ける両投手。4回表のマウンドには未だにノーヒットの大塚。

 

 

だが、快音は響かない。

 

「なんだよ、何なんだよ、アイツは―――――」

 

先頭打者の内角をえぐるカッター。フロントドア、バックドアだけではない。従来の投球パターンすら取り込んだ、膨大な配球パターン。

 

変幻自在という言葉を冠するドラフト候補はいただろう。だが、それは驚くべき変化をする変化球をいくつも駆使するというレベルの話だった。

 

「ストライィィクっ!! バッターアウト!!」

 

最後はスロースライダー。外角ボールゾーンから横へと曲げてきたボールに見逃し三振。両サイドのゾーンと精度の高い変化球を変幻自在に操る大塚こそ、

 

 

変幻自在という言葉に相応しい。

 

 

帝東の打者は、バットを出すことは難しくなってきた。

 

2番打者も見逃し三振。これで、4回で奪三振9つ。そしてついには――――――

 

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

「え!?」

帝東の打者が驚く。アウトコース低めの良いボールではあったが、際どいボールゾーンのコースだった。なのに、審判がストライクと判定を下したのだ。

 

 

 

 

――――そんな、いくら制球が良くても、そこも取るなんて――――

 

 

ストライクゾーンに投げ続けることで、際どいコースすらも、ストライクと誤認させてしまうほどの大塚の制球力。

 

夏予選で見せた楊舜臣の投球パターンである。

 

 

帝東のベンチは騒然となる。あの攻略がただでさえ難しい投手に、広大なゾーンを与えてしまえばどうなるのか。

 

 

「――――――――――――――」

岡本監督も言葉が出ない。それもそうだろう。制球力を誇る投手は昔にもいたが、ここまで次元の違う投球は聞いたことも見たこともない。

 

 

中学卒業したばかりにしては、投手としての意識とスキルが高すぎる。明らかに大塚栄治は異端だった。

 

―――――大塚、あの大投手を彷彿とさせる存在感――――まさか―――――

 

岡本監督は、ある一つの結論に辿り着いた。

 

 

あれは、あの投手は、大塚和正の息子であることに。いや、むしろそう考えない方が不自然だ。

 

 

大塚和正の息子なのだ。大塚栄治が、“普通”であるはずがない。

 

 

――――ぬかるんだマウンドのせいで、ボールが制御し切れていない。

 

当の大塚は、この雨のせいで足を取られていた。

 

 

―――――本格派で投げ続ける限り、下半身の筋力も足りず、フォームの不具合も修正できない

 

 

大塚としては、力を入れて投げることが出来ない、自分の思うような投球が出来ないことにいら立ちを隠せない。

 

SFFのコントロールもあれから定まらず、体格の変化によるリリースの瞬間が以前と同一では荒れてしまうことを理解していた。

 

 

だから、投げられない。

 

 

 

そんな大塚の不安とは裏腹に、

 

 

スタンドは大塚の有無を言わさない投球にざわめいていた。

 

「おいおい、まるで相手になってねェぞ」

 

 

「選球眼が決して悪くないはずだ。だが、それでもあのフロントドア、バックドア――――」

 

 

「いやいや、前の両サイドを抉るカッターとシュートも十分えぐいだろ」

 

 

「そして、ゾーンから鋭く落ちるチェンジアップ、目線を変え、十分な変化量を誇るドロップカーブ。これが高校1年生の投手の実力なのかよ」

 

 

まるでアマチュア相手に、プロの一流が投げているような光景。未だにいい当たりはない。

 

 

 

 

 

4回で二けた奪三振。そのうち、見逃し三振が9つ。空振り三振ではなく、見逃し三振が大半を占める投球内容。

 

 

それが、帝東にこれ以上ないほどのプレッシャーを与える。

 

 

 

「――――――」

帝東のエース向井は、この自分たちの攻撃をまるで寄せ付けない大塚に、言いようのないプレッシャーを感じていた。

 

そして、

 

――――たった2試合しか投げていない分際で―――――

 

 

思い出すのは、夏の甲子園。自分たちは光南と対戦し、大敗を喫した。そのマウンドに向井はいた。

 

6回途中3失点でランナーを残して降板。さらに後続が打たれ、帝東の自慢の守備陣も意味をなさずに夏が終わった。だが、向井はそれまで何度も甲子園のマウンドに立ち、チームを支えてきたという自負があった。

 

愛知の名門相手に、完全寸前までの圧倒的な投球。そして、横浦最高の打者、坂田久遠から三振を奪い、満塁のピンチをそのまま抑え込んだ。

 

 

イニング数は自分が上回っている。なのに、世間は大塚をこの世代ナンバーワン投手と謳った。さらに、ベンチで戦況を見つめているもう一人の投手。

 

 

―――――沢村、栄純―――――!!

 

この男も、青道の準優勝に大きく貢献。決め球のスライダーで予選は圧倒。本選ではスライダーを攻略されるも、決勝では粘り強い投球を展開。向井を打ち崩した相手に、6回途中1失点と粘った。

 

そして、“広島の至宝”成瀬達也。この二人こそが、この世代ナンバーワンのサウスポーを争うとも言われているのだ。事実、向井を攻略したはずの光南が、成瀬には1点しか奪えないどころか、完投まで許すほど。試合には敗れたが、柿崎の投球で勝ったような物。成瀬も負けていなかった。

 

 

成瀬はともかく、沢村は中学時代全くの無名。自分もこの1年間を無駄に過ごしてきたつもりはない。なのに―――――

 

 

カァァァァンッッ!!!

 

 

 

初球、外角を読んでいた東条が向井のスクリューを捉える。

 

完全な右方向のバッティング。外角は右打ちに打つと決めていたと様なスイング。痛烈な打球が一塁線を抜けていく。

 

 

「!!!」

 

―――――膝を我慢できるから、何とか届く!! 去年は空振りだったと思うけど!

 

一塁を回りながら、東条は成長の証を感じる。

 

 

無死二塁。ここで、4番沖田。第1打席はフォアボール。向井が完全に呑まれた。

 

 

打席に立つ沖田は、向井の様子を見て、

 

―――――まともに勝負をするとは考えにくいな。より集中して臨まなければ

 

4番であることを任された自分に求められるのは、たとえ敬遠でも感情をあらわにすることではない。

 

冷静なプレーで、自分の存在感を内外に示さなければならないことだ。

 

 

だからこそ、初球から彼は集中していた。

 

 

―――――!? スライダーが甘く入った!!

 

数少ない、そして稀な向井の失投。沖田の体は勝手に反応していた。

 

 

ガキィィィンッッッ!!!!!

 

 

痛烈な金属音が発した瞬間、白い何かが球場の上空を一閃した。

 

 

ガシャぁぁぁんっっ!!!

 

そして、スコアボードに激突した打球が、バックスタンドへと落ちていき、消えていった。

 

 

球場の一部を破壊するほどの強烈な打球。ライナーで上空を割いた一撃。

 

 

―――――いいスイングだった。だが、彼にしては甘かったな。

 

ベースを回る沖田は、奇妙に思いつつも、やっとまともに勝負をしてもらえたことに安堵していた。

 

 

「キタキタキタ~~~~!! これだよ、これ!!」

 

「青道の主砲!! これが関東の怪童だ!!」

 

「甲子園の怪童だろうが!!」

 

「ええい!! なんでもいい!! ツーランホームランで3点差だ、この野郎!!」

 

「続いてくれぇぇぇ、キャプテン~~~!!!」

 

 

沖田と勝負をした結果、追加点が入った青道高校は湧きかえる。予選でも、中々勝負をさせてくれない状況が続いていただけに、それまでをずっと耐え抜いてきた沖田の一発。

 

そして、沖田が勝負をできる状況を作るには、前後に強力な打者がいなければならない。

 

 

――――悪いけど、放心状態なら狙い撃ちだぜ

 

 

マウンドに集まる帝東ナイン。監督からの指示があるにせよ、沖田の一撃で平然とできるかは未知数。

 

 

――――あの投手の表情に余裕があれば、外角に山を張ってみるか

 

 

内角は振り抜けば内野の頭は超えることが可能だと解った以上、外角のスライダーを意識する御幸。スクリューはあまり投げてこない。

 

 

そして――――

 

 

カァァァァンッッッ!!

 

――――気が強いねぇ、だが狙い撃ちだ

 

 

2球目の外角を弾き返した御幸。外角のスライダー。完全に狙い球を絞った一撃がレフトフェンスにまで到達する。

 

 

「!!」

マウンドの驚愕の表情をあらわにする向井。ここで、向井の集中力にむらが出てしまう。

 

 

これ以上の失点は許されない。ここで6番、気を許すことなど許されない。前の打席では大きい外野フライ。

 

内角ストレートを意識している前園に対し、外角勝負を選ぶ乾。

 

――――先ほどの打席で、内角を意識している素振りが見受けられるな。

 

 

前園は、タイミングをゆっくりとることに集中していた。

 

――――引き付けて、下半身で打つ!! ショートの頭!

 

 

がキィィィィンッッッ!!!

 

 

前園のスイングはシャープではあったが、やはりスイングも尋常ではなく速い。

 

―――――軽く振るつもりやったのに―――――

 

そんなことを思いながら、前園は会心の当たりであるという感触を悟る。

 

 

外側のスクリュー。際どいボールゾーンだったが、バットがとどいてしまった。打つつもりはなかったのだ。

 

 

「なん――――だと―――――!」

 

向井は、初球外しに来た球を打ち返した前園に驚いた。外角のボールにはタイミングが今一つだったにもかかわらず。

 

 

打球がライト方向へと大きく伸びていく。そして――――

 

「ライト線に抜ける長打コース!!」

 

「ゾノも続いたぞ!! 廻れ廻れ!!!」

 

御幸が打球を確認するまでもなく、二塁ベースから三塁を回り、三塁を蹴る。

 

 

 

「追加点!!! これで4点目!!!」

 

「帝東の向井を攻略だ!!!」

 

「大塚には十分すぎるほどの援護点だろ、これ!!」

 

勝負を決定づける、ダメ押しの一撃。今の調子の大塚を考えてみれば、この試合の勝敗を決する、致命的な失点。

 

 

「―――――お前は、何を見ているんだ――――」

 

援護点が入ったことで、少しだけ笑みを浮かべるだけの大塚。すぐに笑みをけし、投球に集中するその姿に、高校生ではない何かが彼に取り憑いているかに見えた。

 

 

 

 

 

向井は、大塚が少しも自分を意識していなかったことに気づかされた。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、薬師高校では――――

 

 

「試合終盤の雨とか、マジでだるかったが、コールド勝ちで気分はすっきりだな、おい!!」

轟監督が早々に勝負を決めた打線にまず言及していた。相手は本選出場のない高校。やはり彼らを抑えることが出来なかった。

 

特に、轟には2本のホームランが飛び出すなど、打撃絶好調。5回コールド、14得点という離れ業を披露した。

 

そしてその監督を喜ばせているのは――――

 

「いやぁぁ、ミッシーマが4回無失点とか、夢?」

 

「俺はエース目指しているんっすよ!! これぐらいは通過点っすよ!!」

 

先発の三島が快調な投球で相手打線を寄せ付けなかった。フォークに加え、チェンジアップ、スライダーと球種を増やし、そのいずれもが機能したことで、投球の幅が広がったことが要因だった。

 

「そういや、青道と帝東の試合はどうなったんだろうなぁ。偵察班は?」

轟監督が確認を取る。

 

「もしもし? そっちの試合は? ん? うん。ううん!? マジかよ!!」

 

 

「どうしたんすか、おっさん!!」

三島が尋ねる。

 

「おいおい、仮にも甲子園出場校だろ? あの小僧、マジで底がしれねェぞ――――」

轟監督は乾いた笑みを浮かべながら、一同に伝えるかどうか迷ったが、この事実は変わり様がない。

 

 

「おいお前ら。打倒青道を掲げて臨んだ秋大だがな。相手は底なしの怪物だぜ。こりゃあ、打ち崩したとき、世間がひっくり返るぜ」

 

 

薬師だけではなく、その情報はすぐに各地に駆け巡った。

 

 

大塚栄治。秋大会予選本選初戦で、8回2失点。相手は今年の夏の甲子園出場の帝東。

 

 

8回を投げ、被安打1、四死球0。奪三振は15。 驚異的なのは、球数が109球で終わったことだ。これだけの三振を積み重ねながら、この球数の少なさは異常だった。

 

さらにはストライク率が90%を超える徹底したゾーン勝負。それでも攻略できないレベルの大塚栄治。

 

何より驚かされたのは、その新たな投球パターン。それは、東京の各強豪校にすぐさま伝えられた。

 

 

「マジだよ、ああ!! マジだ!! あの大塚がやりやがった!! 帝東を自責点は0!! ああ!? 嘘じゃねェよ!!」

 

 

「今回のデータは絶対にとりこぼすな!! あの男を攻略するのに、少しでもデータは必要だ!!」

 

「今日の投球パターンを分析するぞ!! 奴の変幻自在を丸裸にするんだ!!」

 

 

「夏の甲子園でも、そんな可能性はあったが、いきなり本選で試してくるとか、あの野郎、本当についこの間まで中学生だったのかよ!!」

 

 

東京の強豪校を揺るがす大きな事実。あの帝東と言えば、闘将岡本監督が堅い守備を鍛え、伝統的な強豪校である。今年も甲子園に出場しており、向井太陽も1年生ながらいい投手だったのだ。むしろ、東京では去年までは有名だった向井が負けたことに、動揺が広がっている。

 

「向井を打ったのは、やはり青道の怪童、沖田道広。さらには松方シニアの東条も向井を打ち崩したらしい」

 

「マジか! 投手から外野に転向したのは知っていたが、そこまでの打力かよ」

 

「さらには御幸一也も向井から大きいのを打ったぞ。その後にも6番の――――名前なんだっけ――――」

 

 

「前園健太とかいう、安牌な雰囲気で強烈な打球を飛ばす奴!! あの図体で、鋭いスイングだったぞ、おい!!」

 

 

「大塚もきっちりタイムリーを打っていたし、打力もやばいな」

 

 

 

「ああ、まあな。一番やばいのは大塚だな。」

 

 

「ああ。帝東が最後まで何もできずに終わるなんて、信じられねぇ」

 

 

「スコアも最終的5-2、点差以上に地力の差を感じたぜ」

 

 

 

夏を経て、勝つための投球を貪欲に追い求めた大塚栄治。彼が見据える先に何があるのだろうか。

 

 




失点のシーンは次の話に回想として出てきます。

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