ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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会社で連勤していたら、いつの間にか日数が過ぎていました。




第85話 開幕!! 秋大会本選

東京都、高校野球秋季大会。全国に名を轟かせた天才が青道に完全復帰。地区大会で1イニングを投げ、納得、当然のパーフェクト。

 

 

だが、それだけではない。投球パターンが変わってきたのだ。ストレート、パラシュートチェンジ、SFFなどの空振りを奪い、癖球で打ち取る幅に加え、カーブ系を習得したのだ。

 

ドロップカーブとストレート。3人をこの2球種で料理した。

 

他校の偵察班というと――――――

 

「これが、天才」

 

「カーブとストレートの腕の振りが変わらねぇ――――どうやって見分けをつけりゃあいいんだよ――――」

 

完璧すぎる投球を前に、弱点など見つけられない。むしろ、唯一の収穫はドロップカーブを完全に習得したという情報のみ。

 

 

青道の天才が秋大会に万全の体勢で獲りに来る。これが、他校にとっては大きなプレッシャー、大きすぎる壁となる。

 

そして、その地区予選での彼の復調ぶりを目の当たりにしたOBたちはというと。

 

「やっぱり大塚だな。沢村もスライダーがダメになったものの、安定感はあるんだがね。」

やはり、投手の柱になれる器であることは、疑いようがない。新チームの始動は遅かったが、柱が残ってくれたことは大きい。沢村をエースに据える必要を予測していただけに、彼の復帰はありがたい。

 

「後ろに川上と降谷がいるのも心強い。一転して投手王国じゃないか。」

 

 

「丹波も甲子園で凄い投球をしただろ? あの横浦を2点に抑えたんだからな」

そして、すでに引退した丹波へも言及する。幾多の好投手を炎上させた横浦に唯一、先発の役目を果たした投手だ。彼は名門大学への進学を希望していると言う。

 

「ああ。まさかアイツがあそこまで大きくなるとはなぁ。この1年はアイツにとっていい経験になっただろう。」

 

1年生の頃からずっとくすぶり続けていたエースが、最後の夏で結果を出した。青道のエースとして、あの夏は名乗ってよかった。

 

 

さらに――――――

 

「――――制球の良さは変わらず、か」

 

「あの大塚の息子、話題性、実力も十分」

 

「アマチュアの中にプロがいる様なものだ。リリーフならパーフェクトが当たり前だと自然に考えてしまう。それほどの安定感だ」

 

プロのスカウトたちも、大塚の総合力の高さに舌を巻く。父親の大塚和正は8月ごろにチームに合流したにもかかわらず、何と7勝。9月のビースターズの躍進の立役者となり、3位キャッツと激しいAクラス争いを演じている。

 

そして注目の防御率は0点台後半。ブランクを感じない。

 

「だが、息子は父の影響を強く受けているのか、成長スピードが並ではない。見据えているモノが違うようだ。」

 

すでに、大塚和正の後継であることを知っているスカウトたち。だが、暗黙の了解でその事実はマスコミに伏せている。

 

――――次世代の野球界を担う存在の一人だと。

 

「――――まあ、うちは行かせて貰いますね」

 

「――――親子でプロ野球―――――それも同時期になれる可能性がある」

 

奇跡のような、漫画のような展開。それがもう現実となるのではないかと。

 

 

 

続く2回戦もその力を期待される。

 

そしてある日の青道野球部。

 

 

 

 

「あれ? 沖田君はどこにいったんだろう?」

小湊春市が、沖田の姿を探す。だが、グラウンドにいない。自主練に姿を現さない日はほとんどなかった彼が、いないのだ。

 

何時も一年生の中で自主練を精力的に行っていた彼がいないことに、彼は違和感を覚える。

 

 

「沖田も365日練習しっぱなしではないだろ。ま、俺が追いつく時間が短くなるだけだけどさ」

そして、金丸は沖田を勝手に目標としており、格が少し違うと感じてはいるが、それでも張り合う事で自分が成長出来ることを解っていた。

 

「うん。沖田君もストイックすぎるからね。何か個人的な趣味があればいいと思うんだよね」

野球一筋の沖田は確かに心強いが、やはり野球以外の話をしたいのも事実。野球のトレーニング方法や、守備での意識改革を提唱する沖田は、野手面で青道にいい影響を与えていた。

 

特に、金丸は広角に打ち分ける沖田の打撃センス、ではなく、その鍛え上げた技術に目を惹かれていた。

 

だが今は違う。

 

動から動の動きを取り入れた、金丸の編み出した打撃理論。まだ結果はあまり出ていないが、理想通りの動きが出来た時は素晴らしい長打を打てている。

 

課題はまだ体が慣れていないこと。あともうすぐ、体がなじむまであともうすぐだと本人も悟っていた。

 

 

そして、そんな二人の自主練を目の当たりにしていた川島と狩場、そして金田。

 

彼らは沖田が何故いないのかを知っている。そして、あまり関わりたくないと考えていた。

 

「東条と木島が沖田を連れ去っていたが、関わらない方がいいな――――」

 

「ああ。部内でも生粋のドルオタだからな。」

 

 

東条と木島先輩に連れ去られた沖田。

 

 

 

「大塚君に投球を教えてほしかったけど、今日はいないね。そして、俺も連れ去られたくないなぁ」

危険を察知し、近づかなかった。だが、3人にも後に魔の手が迫ることをこの時はまだ知る由もなかった。

 

 

そして、高校球児が日常を満喫しつつ、公式大会での戦い方が出来始めている中―――

 

 

「――――甲子園準優勝、多くの有望選手を擁しながら、けがに泣かされた夏――――」

青道高校校長室。森校長は青道の今年の夏について推察する。

 

西東京大会予選では、市大を打ち破った薬師相手にコールド勝ち。仙泉高校にも競り勝ち、決勝ではあの成宮を攻略し、稲実に完勝の内容。長年の宿敵相手に、昨年のリベンジも含めて、予選での戦い方には文句のつけようはなかった。

 

「甲子園開幕戦を勝ち、2回戦はあの西邦との対決、そこからだ―――――」

森が指摘した問題の2回戦。ここで、大塚は故障の限界に近づいていたのだろう。誰にも言わず、自分の限界を弁えなかった、その果ての準決勝であり、全てに繋がる。

 

甲子園初登板で、完全試合寸前という驚異的な投球。大塚の実力は疑いようがない。だが、故障してしまっては元も子もない。

 

 

そして大塚の故障が悪化する中、青道は躍進を続ける。

 

3年生エース丹波の覚醒。3回戦では5回1失点。そして今まで好投を続けていた沢村が打ち崩された。試合はサヨナラ勝ちで準々決勝に進んだものの、ここから青道の抱えていた問題が浮き彫りになっていく。

 

「片岡監督が言うには、スライダーを見極められたのが原因だと言う。しかし―――」

 

 

準々決勝で化けの皮が剥がれたのか、沢村は先発の役割を果たせず、6回4失点。降谷の好投などがあり、試合は快勝。

 

そして、青道の名が一番全国の名に轟いた瞬間がやってくる。

 

「エース丹波の大舞台での好投。好投手を悉く打ち砕いた横浦を、見事抑えて見せた。それが、青道のアピールだった」

 

だが、最終回のクライマックスにその時がおとずれてしまった。

 

 

天才大塚の怪我、脱水症状の降谷。二人の投手が一気に消えたのだ。これにより、継投で勝ち上がってきた青道にとっては痛すぎる事態。

 

「―――――しかし、このアクシデントはイメージに傷がつきましたからねぇ」

林教頭は、準決勝での負傷が青道のイメージダウンにつながることを危惧していた。

 

そして、現在もそのような報告が上がっている。昔からのファンは片岡監督のことを支持しているが、あまり知らない甲子園ファンは彼の事を糾弾すらしている。

 

「だからこそ、私が呼ばれたという事ですか」

 

「その通り。片岡監督が秋大会で、この戦力で優勝できない場合、次の大会は頼みますよ、落合さん」

生徒を集めることに躍起になっているとはいえ、森校長は片岡監督の事を十分理解している。彼が曲がったことを嫌う性格であることはよく知っている。しかし、青道のイメージダウンも痛い。

 

――――すり合わせた結果、これが限界のようです、片岡監督。

 

在校生も、OBも、そして日常での教育ぶり、その全てにおいて評判がよかったのだ。厳しいところはあるが、それでも生徒を見捨てない姿勢に、一人の教育者として好感を覚えているのも事実。

 

落合博光を招集したのは、他校から優秀なコーチが欲しかったという事、名門校では複数の指導者が協力体制で練習を行っていることを耳にし、その形を踏襲したいと考えているのだ。

 

「優秀な選手が揃う今の青道は、とても魅力的ですからねぇ。ええ、秋大会で必ず、このチームを甲子園に、そしてその向こう側の大きな大望」

 

――――彼ら二人がこの学校にきたことが、運命だったのかもしれんな。

 

 

森校長が画策した大いなる大望。大塚、沖田という史上最高の選手らによって、青道は大きく躍進した。まるで、かつてのKKコンビを彷彿とさせるかのようにも思えた。

 

 

「――――春夏連覇―――――その可能性はどうかね、落合さん?」

 

森が尋ねる。この戦力でその大きな目標に辿り着くことは出来るのかと尋ねる。

 

「まだまだですね。ですが、一冬を越えれば選手は大きく成長しますからね。ですが、賭けて良いと思いますよ」

 

――――後に伝説になるかもしれない選手を指導できることは、とても光栄なことだ。

 

 

秋大会、史上最高のやる気を見せた青道高校。伝説のシーズンの礎を作るため、躍進できるか。

 

 

 

 

青道があっさりと予選を通過したことは、他のチームにも行き届いていた。夏予選、西東京の大本命を叩き潰した真の大本命。

 

やはり、青道の大塚栄治は侮れない。それが共通の認識であった。強豪校がいないとはいえ、一次予選はすべてコールド勝ち。3番東条、4番沖田の並びはやはり脅威。

1年生に投打の柱がある分、勢いはすさまじいものがある。さらには大舞台での沖田の勝負強さ、東条の巧打は脅威だ。

 

そして同じく、西東京で有力なのは夏予選決勝で青道に敗れた稲実。2年生エース成宮を完全に打ち崩され、打撃陣は大塚の前に沈黙。特に、大塚に苦汁をなめた2年生がここからどう立て直すかが注目された。

 

ズバァァァァァンッッ!!!

 

乾いた音がブルペンに響き渡る。稲実のエース成宮は、夏の雪辱に燃えていた。

 

「調子はいいみたいですね、成宮」

 

林田部長は、夏予選から調子を取り戻している成宮の状態に安堵する。夏予選終了後の成宮は、去年ほどではないが落胆の文字が現れていた。

 

それもそうだろう、と林田は心の中で結論付けた。年下の1年生に甲子園であれだけの投球をされれば、押さえ切れない感情が出てしまうのは当然だ。

 

何よりも、上級生たちを甲子園に連れて行くことができなかったという責任。自らの悔しさを上回る悔恨が、成宮を奮い立たせたのだ。

 

「鳴さん、次、チェンジアップ」

 

新しく正捕手となった多田野樹(ただのいつき)。若いながら国友監督が新たに指名したキャッチャーである。

 

だが、

 

「できれば、低めに」

 

「――――いいけど、捕れんの?」

 

成宮との息がいまいち合わない。一次予選ではランナーをおいた状態でパスボール。自責点こそつかなかったが、成宮の最大の武器であるチェンジアップを投げづらくする要因でもある彼は、このエースにまだ認められていない。

 

「ブルペンで止められても、本番でやってくんなきゃ困るんだけど。あいつら相手にチェンジアップ投げられないのは俺でもきついし」

 

成宮が見据えているのは青道との対決。この決め球を使えずに挑めば夏の二の舞になることをわかっているのだ。

 

「とめます!! たとえ、この体がボロボロになっても―――」

 

「だから~~!! 気持ちだけじゃ、限界があるって!!」

多田野言葉をさえぎる成宮。

 

「気持ちだけでとめられるわけねーだろ。精神論だの、気持ちだの、それは弱いやつの常套句なんだよ!!」

多田野の心意気がわからないわけではない。むしろ、よく彼はがんばっているほうだ。だが、それでは足りないのだ。

 

 

投打の柱である大塚と沖田は、そんな弱みを見逃してくれるほど甘くはない。むしろ、容赦なくつけ込んでくる。そういう冷静に相手の弱点をつくことができる。

 

それに、ブロック予選本選の組み合わせは明日と迫っている。東東京の帝東も含め、強豪がひしめく東京秋季大会。

 

レギュラーの2年生達は、大塚へのリベンジに燃えている。だが、代わりに入った昇格組みとの温度差が国友監督にはきになっていた。

 

 

 

そして、薬師高校。練習試合24連勝。完敗を喫した青道との再戦は最後までなかったが、それでも強豪校を打ち破り続けるその自力の成長に、世間の前評判は高い。

 

「明日のブロック予選本選。どことやりあうと思います?」

エース真田は、この秋大会の展望を轟監督に尋ねる。

 

「いきなり青道とやりあうことになるのは避けてぇな。」

ここで、思わぬ発言に真田は目を白黒させる。

 

「一番の懸念要素は大塚だ。やつが甲子園で投げ始めたドロップカーブ。投球の幅が広がり、ますます手がつけられねぇ。ほかの高校がデータを蓄積させてくれれば上等な方だな。」

 

大塚栄治。ストレートの球速こそまだ144キロと戻りきってはいないが、140キロ前半のスピードを維持している。さらには多彩な変化球にそれらを操る制球力。

 

「青道の核は投手力だが、甲子園でも見たようにあの坂田が手も足も出なかった」

 

「坂田久遠。あれほど熱い打者でも、ですか」

 

轟の目には、坂田と大塚の絶対的な力量の差を感じていた。むしろ、大塚が万全であれば勝負になったかどうかもわからない。

 

「ああ、あれはとんでもない金の木だ。あいつは間違いなくプロ野球、いや、メジャーすら視野に入れられるほどの逸材。つうか、あいつの投球はやつに似すぎているんだよな」

轟雷蔵が注目するのは、その投球スタイル。

 

圧倒的な制球力。多彩な変化球、すべてのボールが決め球になりえる中、その中でも特に輝きを放つのが、

 

 

日本のレジェンド、大塚和正の代名詞とも言えるSFF、パラシュートチェンジ。さらにはそのすべての変化球を背負うに足るストレート。

 

 

「やつの起源がどうなのかは知らんが、あの化け物はやつの劣化コピーといってもいい。ワンチャンス、そしてうちがやれるのはそれまでに最少得点で粘ることだ」

 

「俺と三島がゼロに抑えれば問題ないじゃないっすか。相手は甲子園準優勝。テンション激熱っすよ!」

 

「うちの馬鹿息子に大塚和正のイメージを刷り込ませたが、如何せんうまくいかねぇ。やつはイメージだけで打ち崩すのは無理だからな。」

 

イメージでトレーニングをひたすら積んできた彼にとってはまさに天敵とも言える。その理由は彼らのもうひとつの武器にある。

 

フォームチェンジ。

 

打者の間合いを見て、タイミングとフォームを変える。それこそゲームに出てくる決められたとおりに動いてくる単純な敵ではない。彼にとっては最悪の、

 

 

思考する敵。

 

 

つまり、轟の能力を押し上げたスキルが通用しない。彼に勝つには、その場限りでの対応力、一球に対する集中力が求められる。

 

そして、その過程で浮き彫りになるもうひとつの懸念。その条件を満たす打者が青道にいるということだ。

 

 

沖田道広。甲子園の怪童。技術力で長打を放つ、轟とは違うタイプのスラッガー。真田のシュートをしとめるあの集中力は、やはり脅威である。

 

「つまり、甘い玉は持ってのほかってことっすよね。」

 

沖田には最悪歩かせてもいいと考える薬師高校。東京すべての高校が、この2人に注目していた。

 

 

 

そして最後に、明川学園。

 

「これが、最後のチャンスか。」

楊瞬臣は、アジア大会での凱旋を経て、この母校に戻っていた。大塚栄治と日本で対決する最後のチャンス。運よくプロ入りできればその後の可能性も出てくる。

 

「瞬臣が投げれば負けない!! 選抜、絶対に行くぞ!! 俺達が少しでも楊を楽にさせるんだ!!」

チームメイトたちは声高に叫ぶ。彼の負担を軽減することこそが、選抜への道だと説く。ワンマンチームに見えるかもしれない。実際彼のチームでもある。

 

 

だが、それはチームの総意によって構築されたワンマンチームであり、雰囲気は唯我独尊というものではない。

 

 

 

 

 

「ああ。あの舞台に上がる意味を俺は知りたい。」

あの天才があそこまで固執した理由。怪我を押しての投球、そしてその内容。

 

彼が剥き出しの闘志をぶつけたのは3度。それは楊に対して、坂田久遠に対して、最後に元盟友、黒羽金一に対して。

 

――――日本の高校生が甲子園に何を見出しているのか、それが俺は知りたい。

 

 

高校生アマチュアナンバーワンの実績を誇る男が、秋大会に出陣する。

 

 

 

 

 

そして本選抽選日当日。ここには一次予選を勝ち上がってきた強豪校がひしめき合っていた。

 

 

「初めての抽選、感想どうですか、御幸先輩」

その会場にやってきたのは、青道高校の新キャプテン、御幸一也とエース大塚、最後に片岡監督だ。

 

「まあ、どうかな。あんま実感がわかねぇや」

御幸としては内心、死のブロックになるのは勘弁したいと考えていた。投手力が充実し、沢村と降谷の課題が明確になり、川上と大塚が安定している。

 

普通にやれば、一方的に押される展開にはならないはずだ。だが、やはり強豪校との連戦はチームにとって大きな負担ともいえる。

 

 

――――まあ、甲子園への道が甘くはないってことはわかってるけどよ

 

御幸が無意識なのか、それとも意識しているのかは解らないが、少し浮き足立っていることに気づいた大塚は、

 

「一回戦で強豪と当たってもいいんですよ。やることは変わりません」

夏の大会以降、大塚の雰囲気が変わりつつあった。それは相手を見下しているようにも見えなくはない。だが、成宮のような調子に乗った様子でもない。

 

――――エイジ、お前は何を考えているんだ。

 

御幸には、大塚の変化が解らない。彼が夏を経て何を思ったのか。以前よりも総合力でさらなる進化を遂げた彼が見据える先とは何か。

 

「おいおい、他の高校に聞こえていたらどうすんだよ。マークが一層厳しくなるじゃねェか」

御幸が諌めるも、

 

「甲子園準優勝をみすみす見逃す高校が、ここにいると思いますか? 一回戦から偵察もわんさか来ますよ。だからカーブとSFFしか晒さなかったんですから」

 

 

他の球種の状態を相手高校に悟らせない。そして決め球は未だ健在であることを知らしめる。追い込まれたら終わり。早打ちに徹するだろう他の高校の行動が容易く読める。

 

 

――――容赦が、なくなったな

 

相手との勝負を楽しんでいた大塚が、今では相手を徹底的に叩き潰すことに全力を尽くしていた。

 

 

今の大塚には、冷静さが少し足りない。御幸には、大塚の情緒が安定していないように見えた。何に焦っているのか、彼が見ているモノが解らない。

 

 

それはきっと、これから対戦する相手の事ではないのだろう。

 

――――エイジ、お前―――――

 

「? どうかしましたか、御幸先輩」

 

 

「い、いや。なんでもねぇ――――」

 

大塚は新チームの中でも未だに信頼を確実なものとしている。だが大塚本人は、やはり完ぺきを求めてしまうがゆえに、そのかげりに目が行ってしまうのだ。

 

 

 

そんな複雑な心境を抱えたまま御幸は、淡々と抽選を引き――――

 

「16番」

 

その瞬間、会場が湧いた。

 

 

 

 

そして、青道が16番を引き当てたことに関して、笑みを浮かべる者がいた。

 

「へぇ、アイツといきなり当たるのか」

 

帝東のエース、向井太陽。初戦で青道と当たることになり、その試合を投げることにうずうずしている。

 

「太陽。アイツは掛け値なしの怪物だ。より一層お前の投球が重要になる。」

正捕手の乾は、大塚に対して警戒心をあらわにしていた。甲子園であの西邦相手に一安打、完全寸前まで追い詰めた、

 

 

一打席とはいえ、ドラフト候補だった坂田久遠を全く寄せ付けなかった。しかも、満身創痍の状態で彼に勝ったのだ。

 

最速144キロとはいえ、以前にはなかったドロップカーブを習得し、さらに手が付けられない。制球力は向井といい勝負、球威と投球の幅は完全に負けていると解っているのだ。

 

だが彼が恐れを抱いたのは、そんな具体的なイメージではない。

 

―――――マウンドに立つ奴の威圧感、アレは雷どころではない。

 

それは驚きを感じさせるものではない。それは言うなれば、青空のような当たり前の光景。

 

 

彼が高校野球で君臨することが、当たり前に思えてならない。

 

 

打線も、向井から大きい当たりを打った打者が中軸にいる。青道の怪童、沖田。ドラフト候補の柿崎から2安打。東条は3回戦でナックル投手から固め打ち。

 

そして甲子園でサヨナラを決めた2年生御幸、1年生でレギュラー入りした小湊。

 

大塚だけではなく、沢村、降谷、川上の強力投手陣。

 

青道は帝東が初戦と決まった以上、大塚を投入するだろう。故に、必然的に向井との投げ合いになる。

 

 

「難しい試合になるな」

 

「あのスカしたやつにもリベンジできる機会が来ただけですよ。ついでに東条にも」

負けん気の強さだけは、向井も大塚には負けてない。だからこそ、乾は不安なのだ。

 

 

 

 

そして一方、くじ運が向いていたのか、それとも24連勝していた勢いなのか、薬師高校は決勝まで青道とは当たらず、稲実も青道側のブロックに入った。

 

「上々のくじ運だな、おい」

轟監督は、この組み分けに非常に満足した。青道と稲実が順当通りに進めば、3回戦で彼らはまた激突する。そこでどうしても大塚を先発させることになるだろうから、決勝までの先発にも不安が残る。

 

 

「まあ、うちも準々決勝でまた市大三高と当たるんですけどね」

因縁深い相手でもある。正直勝つ事は出来たが、こちらの投手陣も大量失点し、勢いで勝ったようなものだ。慢心は欠片もない。

 

市大三高には夏終了後から復帰した2年生エースの投球は圧巻の一言。予選から調子がいい。

 

そして準決勝では

 

「ついに当たっちまうかぁ、楊舜臣」

準決勝、勝ち進めば必ず彼と戦うことになる。

 

 

アジアのアマチュア球界最高の投手。アジア大会MVP、ベストナイン。打撃では柿崎から先制2点ツーベース。日本のエースを叩きのめす打撃も備えている。

 

消耗して敗退してくれるのを願うだけである。

 

 

 

 

「まあ、青道には頑張って強豪を潰してもらうとしようかなぁ。といっても、うちらも楊を打ち崩さないとな」

 

青道の組み分けはかなり過酷なものだ。初戦で同じく甲子園出場の帝東。光南に完敗したとはいえ、やはり侮れない相手だ。

 

続く2回戦は解らないが、3回戦では今年の夏予選決勝の再現、稲実との因縁の一戦も控えている。

 

 

 

 

甲子園からの流れなのか、青道は悉く苦境に立たされることになる。

 

 

 

東京での今後の勢力図を占う今年の秋季大会。1年生投手の台頭、2年生の意地、そして、最後の高校野球にかける台湾のエース。

 

最後に笑うのはどの高校か。

 

 




神の視点(読者視点)で見えていた大塚の驕り。今までは神々しかわかりませんでしたが、ついに御幸が気づき始めました。


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