ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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不穏なタイトル。

原作は再開しましたが、巨摩大に叩きのめされるんだろうなぁ・・・・




第75話 明暗

4回表の大ピンチを抑えた青道高校。この勢いを何とかつかみたい。しかし―――

 

『フォーク空振り三振!! 先頭打者の伊佐敷、バット出てしまいました!』

 

4球目のフォークに手が出た伊佐敷。まずワンアウト。

 

『スライダー打たされた!! 力のない打球を難なく捕球!! ツーアウト!! この4回裏、調子を取り戻してきたか、マウンドの柿崎!!』

 

増子も、変化球に泳がされ、内野ゴロに倒れる。低め低めの投球の基本を意識した、打たせて取る投球。本調子ではないなりに、ゲームを壊さないことに力を入れる。

 

――――沖田と、同い年の御幸が頑張っているのに―――

 

打席に入る白洲。先ほどのプレーで燃えていた。堅実なプレーで、チームに貢献しているが、今必要なのはそれではない。

 

――――出塁して、次の回は先頭打者の東条に回せば――――

 

次の回で自動的にアウトが一つ増えるのはキツイ。白洲に求められるのは打順調整。

 

ズバァァァンッっ!

 

「ボールっ」

 

キレがない。今のはツーシーム。手元で変化するストレートだが、沢村ほど暴れているわけではなく、彼よりもスピードがある分、タイミングが取りづらいだけ。

 

「ファウルっ!!」

 

次はスライダー。内角の球を捌いてレフト線に切れるファウル。横に揺さぶりをかけてきた。

 

――――次は、ストレート。ファウルで追い込みたいはず。内角のツーシーム、内角のスライダー。次は恐らく―――

 

 

カァァァァンッッッ!!

 

――――内角のストレートっ!?

 

3球連続で内角攻め。違う球種だからこそ、その可能性も有り得た。

 

「ショートっ!!」

ショートの島村に指示を出すキャッチャー上杉。振り抜いた分、三遊間深いところに転がったのだ。

 

――――うおぉぉぉぉぉ!!!!!

 

 

白洲、全力で走る。このままアウトになるわけにはいかない。

 

 

『一塁転送どうか!?』

 

 

島村からのワンバウントの送球が――――

 

『送球ずれる~~~!!! 白洲駆け抜けてセーフっ!! セーフっ!! 気迫の内野安打!! 記録はヒット!! ヒットです!!』

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

一塁ベースで吠える白洲。

 

 

「白洲先輩が吠えた!?」

沢村がネクストバッターサークルで驚く。寡黙な印象が強い彼の咆哮は、珍しい。

 

「白洲の奴、力入っていたな」

御幸も、白洲の意図したことを察知しており、満足げな表情。

 

「しゃぁぁぁ!! 白洲先輩に続きやす!!!」

 

しかし、次の打者、沢村は空振り三振。

 

『ツーアウトを取った後、ランナーを出しましたが後続を抑えた柿崎! 4回2失点の前半戦、やはり連投の疲れでしょうか』

 

『そうですね、立て直しつつありますが、球威は落ちています。青道はしっかりとボールを見極めることが大切ですね』

 

 

5回表、沢村の投球。

 

――――初球から緩い球を使うぞ、沢村!!

 

ククッ、フワッ!!

 

「ストライクっ!!」

タイミングを外され、バットが空を切る先頭打者の権藤。初球から緩い球を使い始める青道。

 

―――リードを変えてきた!? 緩急を使うなら、次は――――

 

ククッ、フワッ!!

 

「ストライクツーっ!!」

 

二球連続でチェンジアップ。サークルチェンジではなく、このボールは左打者にも有効である。

 

 

『追い込んだ沢村!! 緩い球を効果的に使った投球!!』

 

―――最後は高めの釣り玉。ストライクはいらない。高く来い

 

ズバァァァンッッッ!!

 

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!!」

インハイの向かってくるボールに、思わず手が出てしまった権藤。悔しそうな顔をしながら、ベンチへと帰る。

 

――――上杉には、外角のストレート。テンポよく行くぞ。

 

ズバァァァンッッッ!!

 

「ストライクッ!!」

まずアウトコースの球に手を出さない上杉。低めに決まった良いコース。丁寧に両サイドを使う沢村の投球が機能し始めた。

 

――――対角線を利用した、インコースのカッター! 強気で攻めるぞ!!

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルボールっ!!!」

仕留め切れない上杉、正しくは芯を外されたと言った方が正しいだろう。沢村に球の力が戻り、躍動感も出てきた。

 

―――――ここでスライダー。頭にはあると思うが、とりあえずクイックで投げて来い。

 

「!(ここでセットポジションだと?)」

いきなりランナーもいないのに、セットポジションで構える沢村。

 

 

スッ

 

そして瞬間、間髪入れずにクイックで投げ込んできた沢村。意表をつかれた上杉は、フォームを見定めることが出来なかった。

 

 

 

ククッ、ギュワワワンッッっ!!!

 

カァァンっ!

 

「っ!!」

 

ボール球のスライダー、縦に落ちるスライダーを要求通りのコースに投げ切った沢村。低めのスライダーにバットの先が当たり、ピッチャー前に転がる。

 

「ファーストっ!!」

 

御幸の指示に従い、正確に一塁へと転送。難なくツーアウトを取る。

 

『これでツーアウトっ!!! 4回に崩れかけた沢村、この回で立ち直ったか!?』

 

 

「――――何とか粘っているな、クイックのタイミングの技術がなければ、この回は危なかったですね」

クリスはクイックのスピードチェンジがなければ、沢村がこの回捕まっていた可能性もあったと考える。

 

安定しているかに見えているが、それは違う。小手先の技術を使い、何とか寸前で抑えているのが現状。むしろいつ崩れるかわからない。

 

そんな首脳陣の不安を余所に、5回二死まで来た沢村。さらに懸案なのは――――

 

 

「問題は継投のタイミングですね。」

 

 

大塚と降谷がいない異常事態。継投ミスは命取りとなる。

 

 

 

 

そして対する打席に入る柿崎――――

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

柿崎、手が出ない。しかし、じっくりと沢村の球筋と、彼のフォームを見ているようなしぐさがあった。

 

――――まあ、初見でこいつのフォームは異様に見えるだろうな。

 

御幸は、その真意をそうだと判断した。1,2打席でなれることのできるものではない。今までの経験則で、この答えが近いと感じていた。

 

 

『見逃し三振~~~~!!! 手が出ないッ!! この回三者凡退の沢村!! 裏の攻撃は1番の東条からです!!』

 

 

いい流れで来ている青道高校。5回裏、ここで1番東条。今大会当たっている打者。

 

――――沢村が粘りの投球をしているんだ。だから、俺も絶対に出る!!

 

 

初球から振りにいくことを決意する東条。コースに対して、確実にミートすれば内野の頭は超えるという自信があった。

 

――――こういう時の為の、ポイント強化のティー打撃だろ?

 

ちらりと、東条は沖田に視線を一瞬向け、打席に入る。

 

『さぁ、1年生の切り込み隊長の東条!! ここで、塁に出れば大きなチャンスが生まれます!』

 

ククッ、フワンッ!

 

――――カーブっ!!

 

東条はこの瞬間、体を開かないこと、スイング軌道だけを意識した。

 

―――緩い球は、体を開かない。ボールにバットを当てるのではなく、

 

 

しかし、2年生エースは、その想像のはるか上を行く。

 

――――さらに縦に――――っ!?

 

東条の判断した軌道を上回る大きな変化。バットを出し損ねたために――――

 

カァァァンっ

 

力のない打球が上空に上がる。完全に手打ちの状態。体勢を崩された。

 

 

 

『初球打ち~~~!!!! 打球伸びがない!! 力のない打球!!』

 

 

『セカンド掴んでまずアウトカウントを一つとりました!! マウンド上の柿崎!!』

 

――――ホント、良いスイングを持っているねぇ、彼は。けど、今のは俺も予想外。

 

柿崎本人も、即席で握りを変えて対応してきたのだ。一度限りの荒業だが、かなり東条には有効だろう。

 

続く、2番小湊。

 

――――凄いね。さっきまでのカーブとは違った。こうなってくると、より選球眼が必要になってくるね。

 

1年生投手陣、それに野手陣が刺激してくれたからこそ、チーム力が上がった。先輩として、何かをしないといけない。栄冠を共につかみたい気持ちが強い。

 

 

――――最後の夏、俺も意地を見せないとね。

 

ちらりと、小湊は沖田を見る。

 

 

フルカウントから外角のフォークを見極めた小湊。その瞬間に思わずガッツポーズをする。

 

 

「ボール、フォア!!」

 

『フォアボールっ!!! これで一死一塁!! ランナーを出した青道高校!! ここで3番の沖田!! 先制のタイムリーを放っています!!』

 

 

――――二人がいない、だからこそ必然的に投手の負担は増える。

 

沢村の次に投げるのは、川上と丹波のみ。接戦になればなるほど苦しい展開となる。だからこそ、バットを握る手にも力が入る。

 

――――ここで、俺が打つ。打たないと――――

 

 

「ボールっ!!」

 

まずカーブを見せてきた柿崎。ボールになるインローボールゾーンへとはずれるボール。沖田に動揺はない。

 

 

『ストライクからは入りません!! 当然でしょう、この強打者沖田相手に、迂闊に入れることは難しいでしょう!!』

 

『バットの構えというか、オーラがありますからね。投手にはたまらないでしょう』

 

 

柿崎は、この先制打を放った一年生をかなり警戒していた。かつて、全中で名をはせた遊撃手。当然彼らが活躍した年度にも、彼はいた。

 

――――世代ナンバーワンのSS。こいつを止めないと、うちに勝ちの目はない!!

 

 

二球目、

 

ククッ、ギュインっ!!

 

カァァァンっ!

 

 

「ファウルっ!!」

変化球にバットを当てた沖田。目は少し血走っており、何としても打つという気概が内外からも解る。

 

痛烈な打球がライト方向へと飛ぶ。流し打ち、否、広角打法と言っていいほどの鋭さ。

 

 

 

『外のスライダー、積極的に狙いに来ています!!』

 

沖田は無理をしない。その体制を確実にこの時点では柿崎を追い込んでいた。

 

 

――――――チェンジアップをアウトコースに、少しでも緩急を―――

 

キャッチャーの上杉は、外に構える。

 

ククッ、フワッ!

 

 

「ボールツー!!」

しかし反応しない沖田。いや、出来なかった沖田。

 

――――慎重な攻め。だが、今のをストライクに入れられないのは――――

 

バットを握る力がさらに強くなる。今が好機なのだと。柿崎に止めを刺す好機なのだと。

 

 

 

 

―――――こんな後輩、こんなオーラ。坂田以来だよ。これ

 

柿崎はたまらないと言った表情を浮かべていた。これほどの実力にして、まだ1年生。

 

 

間違いなくプロに入れる資格を持っている。

 

――――けど、投手として神木には大きく水を空けられ、

 

柿崎にも譲れないものがあった。この夏でそれを取り戻したいのだ。

 

――――坂田さんからは三振を奪えなかった。

 

 

 

――――本当に、凄い人たちだった。

 

これぞ怪物。自分はまだまだ変化球の多彩さで、何とか追いついているだけ。

 

 

名だたる怪物選手に憧れていた、尊敬を覚えていた柿崎。

 

 

――――なら今度は―――――

 

 

 

俺も殻を突き破りたい。

 

 

柿崎の雰囲気が変わる。だが、誰も気づかない。

 

 

その異変に気付くのは―――――

 

 

 

 

 

沖田の目線では、第3球、甘く入った、真ん中寄りの外の低めのストレート。

 

 

 

 

―――――キタっ!!

 

ズバァァァンッっ!!!

 

『空振り~~~~!!! ここで148キロっ!! 沖田のバット空を切る!!』

 

「!!!」

捕えたと思ったはずが、まさか空振り。沖田としても、ここで柿崎のストレートに何か変化を感じていた。

 

 

ざわざわ、

 

 

ストレートに強い筈の沖田が空振り。球速は確かに上がったが、それでも――――

 

 

あの沖田がストレートに空振りをした。しかもボールの下をバットが通ったのだ。

 

 

――――え? 高――――目?

 

 

その沖田も動揺していた。低目と思っていた。なのに、ミットは――――

 

 

振り返る沖田。上杉が構えていた場所は高め。

 

 

 

 

――――伸びが出てきた? いったいどういう事だ!?

 

 

その沖田の仕草に、青道ベンチも不気味な雰囲気を感じた。

 

 

「沖田が空振り? チェンジアップが頭にあったからか?」

御幸も、あのストレートは凄いが、沖田が空振りをする理由が解らなかった。

 

 

沖田を含む、青道高校は、失念していた。これまで、成長著しい青道高校の選手たち。天才大塚に引っ張られ、沢村、丹波がいい投球をし、沖田ら野手陣も力をつけている。

 

 

 

いったいどうして、相手が試合中に成長しないと決めた?

 

 

 

光南の2年生捕手、上杉は、柿崎のフォームに変化が見られることを意識した。

 

――――球持ちがよくなった? というより、沢村のフォームに一瞬似ていたな。

 

しかも、リリースの瞬間にも違いが出てきた。押し出すような物へと変わっており、ボールが浮いて見える。

 

 

相手投手沢村の球持ちの良さを体感した柿崎が、無意識にフォームを変えていたのだ。タメを強く意識した、粘りのあるフォーム。そしてリリースの瞬間を意識する、感覚。

 

 

伸びと球持ちを両立した、偶然生まれた新たな柿崎のフォーム。

 

 

相手が沢村でなければ、このフォームは日の目を見ることがなかっただろう。

 

 

 

 

柿崎が誇る、140キロ後半を計測するストレートの体感速度を―――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

「ストラィィィクッ!! バッターアウトっ!!!」

 

『空振り三振、150キロ!! ここで自己最速のストレートで、怪童沖田を抑え込んだ柿崎!!!』

 

そのストレートをより速く見せ、スピードガン以上の速度を炸裂させているのだ。

 

 

「っし!」

短く吠える柿崎。グラブをぱんぱんと叩き、この投球に手ごたえを感じる。

 

――――リリースと、体の開き。あんな腕の柔らかさは俺にはないが、迫る事は出来る

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

――――このボールで、あの人たちと戦ってみたかった。けど、

 

 

 

柿崎は、ベンチにいる沢村を見る。

 

 

――――感謝するぞ、ルーキー。俺はまた一段上へと昇る事が出来た―――っ!!

 

 

 

『三振~~~~!!! これも148キロっ!! ランナー一塁の場面で主軸を連続三振!! これが春の覇者、光南高校のエース!!! 柿崎則春っ!!』

 

 

 

「なんつう、威力。というか、球持ちがよくなったな、おい。(いつつ……痺れる)」

上杉は、より一段と球威の増したストレートに、苦笑い。

 

真直ぐのはずなのに、捕りにくいのだ。だが、捕りにくいボールは打ちにくいボールでもある。

 

彼の表情は酷く楽しげだった。

 

 

 

『これでスリーアウト!! この回ランナー出しましたが無得点の青道高校!! 主軸に一本が出ませんでした!!』

 

 

『両投手、持ち直したという事なのでしょうね。しかし、柿崎君はこのピンチ、何か目覚めたと言った感じですね』

 

 

「――――――――――――――――――」

沢村は、何か柿崎の背中から出ているオーラのような物を感じていた。今の自分には絶対に出来ない投球。そして、本能的に自分と似通った技術を再現させられたという、言葉では表現できない感情。

 

――――なん、だよ―――アイツを見て、何で――――

 

 

それは、防衛本能と言えばいいのだろうか。沢村の唯一のスキルだった、球持ちの良さが、彼だけの絶対ではなくなりつつある現状を理解しているからなのか。

 

自分にないモノを持ちながら、自分の技術すら模倣する存在、ましてや競う相手だ。

 

 

「沢村?」

沖田は、沢村がじっと柿崎を見ていることに何かを感じていた。だが、その意図が解らない。

 

「――――(負けねぇ、負けてたまるかっ」

 

「沢村?」

小さい声で呟く沢村の言葉を、聞き取れなかった沖田。だからこそ、沖田は気づけない。

 

 

試合は6回表、ラストバッターの沼倉。ここで、バッターは打席を思い切って前にしてきたのだ。

 

――――ストレートとチェンジアップのコンビネーションが、より重要になってきたな。スピードが130キロを時々超える程度では、フォームだけではいずれ限界が来る

 

 

光南高校、池田監督は、沢村の球質について今までのスコアを見る限りと前置きしたうえで、

 

「奴の球質は、青道高校の中でも一番軽い。芯に当たれば必ず内野の頭は超える。」

 

 

沢村の球質の軽さを指摘したのだ。そして、確実にミートし、振り抜けば必ずヒットは可能だと。

 

「もしくは、前でさばき、変化する前に叩く。太ももより下は、クサイところはカットしていけ。イニング数を見る限り、精神的に追い込めば、この投手は――――」

 

 

 

カキィィィィィンッッッ!!!

 

 

「一巡を過ぎる当たりから攻略が見えてくる」

 

 

 

『痛烈~~~!!! センター前に弾き返しました!! 先頭打者を出します、光南高校!!! これでノーアウトのランナーを出します!!』

 

 

「っ!(確実にミートして、軽打に切り替えてきた!! 大振りで芯を外すのが難しくなってきたぞ―――っ)」

御幸は、相手が対沢村仕様の作戦に出てきたことを感じ取る。このまま連打を許せば、試合がひっくり返されるかもしれないと。

 

 

ブルペンでは、川上が準備をしていた。しかし、この回は何とか粘ってほしい青道ベンチ。

 

 

「か、監督!! ここで川上を、川上を投入しましょう!!」

 

タイムを取っている御幸と目が合う片岡監督。相手は確実に、この回しかけている。沢村を続投させたいが、ここまで彼の試合は継投がほとんど。

 

 

「―――――止むを得んな。」

 

 

ベンチから片岡監督が出る。ここで沢村降板。

 

 

「!!!!」

ショックを受けたような顔で、沢村は監督を見ていた。疲労感があるとはいえ、まだまだ気力はあった。

 

 

しかし、気力があっても抑える確証がなければ、指揮を執る者としては、選手交代は仕方ないのだ。

 

 

――――ここで!?

 

沢村は、ベンチから向かってくる川上を見て、呆然としていた。

 

 

――――あいつらがいねえんだ!! 俺がもっと長く投げないと―――投げないといけなかったのに!!!

 

 

目をつむり、唇も固く閉じられている。顔は苦悶の表情に満ちていた。

 

 

「沢村―――交代だ。――――上手くリードできなくて悪かった」

御幸の苦い表情。自分にも非があると、彼は認めてきたのだ。

 

 

――――違うっ!! そうじゃないだろ!? 俺が、俺の実力が!!

 

 

 

足りなかったからだ。丹波に比べ、大塚に比べ、そして柿崎に比べ、

 

 

自分は実力が足らない。

 

 

言い出してしまいたい言葉を抑えつつも、沢村は――――

 

 

「ランナー出して、すいません。川上先輩―――後は、お願いしやす――――っ」

自分に出来るのは、次の投手に夢を託すこと。

 

 

肩を落とし、ベンチへと帰る沢村、そして、マウンドに上がる川上。

 

「すまねぇ、難しい場面を任せてばかりだ。」

このピンチになるかならないかの瀬戸際の場面。リリーフの川上に求められることはただ一つ。

 

 

――――ピンチの芽を刈り取れ。攻める気持ちで、相手打線を打ち取れ

 

 

 

 

ベンチに向かう沢村。これが今年の夏最後の登板だった。

 

 

――――結局俺は、成長出来ていなかった。

 

 

クリス先輩に教わったスライダーは、最後までもたなかった。入学前に戻っただけだった。

 

――――俺は――――

 

 

「よくやったぞ!! 沢村!!」

 

 

その時、大声で彼に叫ぶ者がいた。

 

 

 

 

「――――――――――大、塚?」

 

 

「春の王者相手に5回までもったんだぞ!! 他の投手が攻略されている中、お前は結果を出した!! 胸を張ってベンチに戻れ!!」

 

張り上げる大塚。下を向く沢村への激励。それだけではない。

 

 

少しでも、やられたという感じではない雰囲気にしないために。

 

 

ここまでよく投げてきたという雰囲気にするために。

 

 

何もできない彼だが、流れを少し変えることぐらいなら――――

 

 

「―――――ホント、アイツはすげぇな――――」

悔しさはまだある。だが、最後に笑顔でマウンドを降りる沢村。

 

彼にも悔しさはあるはずなのにそれを見せず、自分の激励を行う。自分はあれほど真直ぐに声を出せるだろうか。

 

だからこそ、まだまだ彼には追いつけないと思った。自分はまだまだ成長出来ると思った。

 

 

 

 

――――成長した姿を、また次の夏に――――

 

この試合の勝敗は関係ない。沢村にとって、もう一度成長した姿をマウンドで見せたいと、強く思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、ここで2番手サイドスロー、川上がマウンドに上がります!! そして光南は先頭に帰り、切り込み隊長の島村!! ナイン全員の走力も、並の高校以上、ここでエンドラン、バントヒットもあり得る状況。青道側はテキサスヒットを警戒しています。』

 

 

――――沢村が6回持たない可能性はあった。6回までリードを守りきれば、と考えていたが、世の中そううまくはいかない。

 

 

御幸は、まずアウトコースのシンカーを要求。

 

――――外の球、外角いっぱい、ボールでもいい。

 

ククッ!!

 

「ストライクっ!!」

外のシンカーに手を出した島村。ここで、シンカーを使えるようになったことが、川上の課題を解消する一つの答えでもある。

 

――――外は有効、外をどんどん使い、三遊間の守備、沖田の守備力を信じるなら―――

 

カァァァンっ

 

「ファウルっ!!」

外のストレート、御幸は2球連続外を続ける。守備陣形も三塁はベースより、遊撃手の守備範囲が広くなる陣形。

 

それは、沖田の守備力を信頼に裏打ちされる、アグレッシブな陣形。

 

――――少しでも中に入ったら、センター前。制球力の良い川上にはうってつけの作戦。

 

 

「ファウルボールっ!!!」

そして、相手もそれが解っているからこそ、前に飛ばさない。ファウルで粘る。

 

――――くそっ、あんなに外ばかりをつかれたら、ライト、センターに飛ばせないッ

 

島村も、外ばかりを使う青道バッテリーの思惑を知っているのか、厳しい表情。

 

―――― 一球インコース。内を見せるだけ。ボールゾーンでいい。

 

「ボールっ!!」

 

――――こいつ、インコースにも投げ込んでくるのか!? それに今の、スライドした!?

 

真横から抉ってくるような感覚を体感した島村。持ち球は、スライダーとシンカーだけと聞いていたが、今の軌道は見たことがなかった。

 

 

 

――――いいぞ、ノリ。この投球で、最後はシンカー。少し中に入った軌道なら、確実に合わせてくる。低目に投げろ。

 

勝負の5球目。

 

――――内に入った!? もらっ―――

 

 

ククッ、ギュインッッ!!

 

「!!!」

 

カァァンッッ!

 

 

打球は想定通り、三遊間へ。そこへ待っていましたと言わんばかりに、

 

「セカンッ!!」

シングルハンドで難なく打球を処理した沖田がジャンピングスローで素早い転送、余程体幹を鍛えていなければできない高校生離れした離れ業を披露する。

 

 

「ふふっ、ナイススロー!」

セカンド小湊へと送球送られ、タイムロスもない素早い送球。二塁フォースアウトで、

 

 

「アウトォォォォぉ!!!!!」

一塁結城への送球もアウト。島村も懸命に走るが間に合わない。

 

『ダブルプレーっ!!! ショートゴロゲッツー!!!! 光南高校、チャンスを拡大できませんでした!!』

 

『島村君の足を考えると、行きたくはなりますが、やはり沖田君の守備はいいですねぇ』

 

 

『再三青道投手陣を救います、この沖田!! 打撃だけじゃない!! 守備でも魅せます、関東の怪童!!』

 

 

勢いに乗ったのか、川上は続く布施をシンカーで見逃し三振に打ち取り、後続をぴしゃりと抑える。

 

真横からくるシンカーに手が出なかった。

 

 

『三振~~~~!! 見逃し三振手が出ない!! スリーアウトっ!! 沢村の後を継いだ2年生川上!! 見事な投球で、ピンチの芽を摘み取りました!!』

 

 

「ナイスピッチ、川上っ!!」

 

「ナイス川上!!」

 

「さすが川上先輩!」

ナインから声をかけられる川上。リリーフ投手としてピンチを抑えるのではなく、今回はピンチの芽を摘み取った。

 

「一也のリードのおかげだよ。ホント、助かったぜ。」

大舞台を前に、ピンチに弱い、緊迫した場面で崩れる自分の弱点を気にする余裕がない。

 

 

――――自分の力を出すしかない、それ以外、考えられない。

 

強い気持ちを意識せずに維持できる川上。リリーフ投手としての自覚がより明確になっていく。

 

 

『さぁ、光南柿崎がいい投球をしていますが、青道投手陣も粘りの投球!! いよいよ試合は終盤に入ります!!』

 

 

光南柿崎則春の覚醒という異常事態を前に、青道投手陣の継投が功を奏し、互角の展開を見せる青道高校。この、春夏連覇を狙う全国屈指の総合力を誇る沖縄の強豪を前に、彼らは勝利を掴みとれるのか。

 

 

「6回の裏以降、柿崎から何点奪うかによって、勝利が近くなるかが変わる。」

白洲の言う通り、柿崎から点を奪わなければ、投手陣の負担が甚大。御幸に出来ることも限られてくる。

 

「ああ。アイツ、沖田の言う話じゃ、球持ちがよくなったらしいじゃねェか。成宮よりも手強いぜ、アイツっ!」

伊佐敷も、沖田と結城が抑え込まれた光景を見ており、最後のストレートにかする事すら出来ていなかったのを見て、成宮以上の脅威を感じていた。

 

「ああ。手元で伸びるというより、急に球が現れているような感覚だ。リリースポイントも高くなりました。ですが、タイミングとポイントが取りづらいだけで、球質はあまり変わっていないはず。」

 

試合のカギを握るのは、青道野手陣。この好投手を相手に、追加点を取れるか。

 




今の状態の沢村であれば、よく守った方だと思います。

川上さん準決勝では被弾もここで見事な火消。このまま丹波にバトンをつなげられるか


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