この話は、大塚視点だけではなく、もう一人の主要人物が含まれます。
シニアリトル日本選手権。それは中学生年代のシニアリーグの頂点を決める大会。
俺の名は沖田道広。中学2年生。
広島県の尾道シニアの一員として、この大会に臨む選手の一人だ。ポジションはショート。チームの守備の要を任され、打順は3番。右投げ右打ちの中距離打者だ
準決勝。相手は俺達にとって各上の、千葉シニア。機動力と打撃力が売りのチーム。
カアァァァンッ!!
初回から俺達の投手は打ち込まれ、4イニングを投げて5失点。やはり全国クラスの打撃陣では力不足は否めない。
初回に、ワイルドピッチがらみで失点し、こらえ切れずに初回2失点。毎回の如くランナーを出して、投手としては苦しい展開。
カァァァァン!!!
「ってまたかよ!!!」
強い打球がセンター方向に伸びていく。セカンドランナーは無論、ファーストランナーも帰りそうだな、と諦めていたが………
パシッ!
守備の名手の山田先輩がダイビングキャッチ。まさにギリギリのところで取ったそのワンプレーは確実に流れが来ることを予期させた。
「ナイス山田!!」
「テメェ!! さっきから打たれすぎだろ!! もっと低めを意識しろよ~~!!」
「ハァ………俺が出ていればなぁ………」
そしてベンチに帰ると、うちのエースこと成瀬が戦況を口惜しそうに眺めていた。
「連投規制が何だ!! 今すぐにでも………!!」
「反則だからやめろ」
主将に引っ張られていく成瀬。いとあわれなり。
今日の試合、エースが連投規制で出ることが出来ず、決勝には投げることができるが、ここで負けてしまっては意味がない。
しかし、こちらも負けてはいない。初回に1点を返し、3回には3点を奪い、一点差に詰め寄る。そして5回の裏、俺の打席が回ってきた。
1死、2塁1塁。一点を追う展開で俺の打席。ここで打つと打たないでは、今後のゲーム展開に関わる。
「ボールっ!!」
まず初球はアウトコースに外れるストレート。やはり初回の先制打と、二打席目のセカンドライナーを見て、俺のことを警戒しているのだろう。やはり初球のストレートを引っ張った先制二塁打を見る限り、速球系でまともに勝負をする気がないのか、それともより厳しいコースを狙うのか………
投手が振り被る。そして繰り出されるボールは、
「ストライクっ!!」
二球目はタイミングを外してくるカーブ。それがアウトコースの際どいコースに入り、ストライクを奪われた。タイミングを狂わせに来ている。そうみて間違いがない。
次は恐らく変化球なのだろうか。早い変化球でアウトコースに振らせる球。先ほど2番打者を三振に打ち取ったシンカー系のボールか。いや、そのボールを上手くコースを見極めたものの、結果はセカンドライナーと打ち取られたあの時と同じ球か?
だとすれば―――
「ボールツーッ!!」
しかし予想とは異なり、シンカーを投げてきたが、コースを外れ、ボールカウントを悪くする。
「……………」
変化球でストライクが入らない、というわけではないが、制球が定まっていない。序盤から変化球が入らないケースが多い。ストレートは見せ球と思うのも早計。
うちの四番五番には変化球の多投が多かった。なら俺には―――
カッ!!!
四球目、沖田は迷わずに振り抜いた。
やはり先程カウントを取ったカーブ。しかし今度はインコース低めへの甘い球。迷わず振り抜き、ボールはレフトスタンドへと突き刺さった。
「…………くそっ………!!」
ダイヤモンドの中心にたたずむ相手投手は悔しそうな顔でこちらを見て、打球が飛んで行った方向を見る。アレは恐らく彼の失投。それを逃さず打った俺の勝ちという事だ。
これで逆転スリーラン。5対7とリードを今度は奪い、主導権と流れを引き寄せただろう。
「いいぞ、沖田!!」
「ナイスバッティング!!」
チームメイトからの祝福を受け、ベンチへと帰ると、監督から
「お前の一打は本当に欲しい時に来るなぁ。心強いし、この次も頼むぞ」
監督は俺の事をクラッチヒッターでプルヒッターだと言っているが、俺は広角に打ち分けるのが好きだ。俺は正直なところ、ホームランバッターではない。今のも緩い球を芯で当てただけだ。
「うっす」
試合はその後一時は追い付かれかけたものの、乱打戦を制し、決勝にコマを進めた。尚、スコアは6対8という酷い馬鹿スコアだった。
「悪い………今日は本当に打たれに打たれて…………あそこの制球さえ上手くいけば…………」
今日の投手、2年の佐藤は、くやしそうに語る。結局今日は5回5失点で降板した先発の内容に納得がいかないようだ。
「次の試合はどことどこだっけ?」
「確か、大阪の難波シニアと、神奈川の横浜シニアだろ? けど、横浜のあの投手、当たるなら大阪の難波シニアの方がいいな。」
佐藤がそんなことを言う。やはりビデオでも見る限り、あの投手は今大会でナンバーワン右腕だ。
何といっても、あの中学ナンバーワン左腕の成宮鳴に投げ勝った男だ。今日はイニング規制があるから先発をしていないが、リリーフで出ることは十分考えられる。
「確かに、あの投手は厄介だな。」
沖田もその投手の事はデータやビデオで十分見ているし、勝ち進む有力なチームの一つとしてマークはしていた。
だが、これほどの成績を残すとは思っていなかった。
4試合に登板し、防御率0,00。13イニングを投げて奪三振20。四死球は1。ロングリリーフと先発を任されている関東NO,1右腕。
横浜シニアのエース、大塚栄治。
Max137キロのストレートに加え、被打率ゼロの絶対的なウイニングショット、SFF(スプリットフィンガーファースト)に加え、スライダー、チェンジアップが武器の本格派右腕。その右腕から放たれたボールは手元でかなり伸びる為、ストレートに詰まらされるバッターが多い。
フォームはワインドアップからテイクバックの小さいスタイル。直前まで左肩で隠しており、突然右腕が現れ、ボールが放たれる。そのため、球持ちがよく、捉えにくい。
そして尾道シニアの試合後に行われた準決勝第二試合。試合はこちらも同じく乱打戦だが、横浜が僅差で逃げており、7対5とリードを広げていた。
当然、この展開で奴の出番がないわけがない。
6回裏、ノーアウト一塁二塁。このピンチでついに奴は現れた。
「宇喜多君に変わりまして、ピッチャー、大塚君。背番号1」
そして一斉に大人たちがスピードガンを手に構え、彼の第一頭を今か今かと待ち構えていた。
だが、その様子に大阪ベンチが闘争心を掻き立て、あのダイヤモンドに居座る期待の投手を打ち込んで来いと、監督が檄を飛ばす。
左バッターボックスに立った打者も、打つ気満々だ。被打率ゼロのSFFをどのように攻略するのかはわからないが、他の変化球も一級品。ストレートもいいので、的を絞りづらい。
ノーワイドアップ、セットポジションから第一球が投げ込まれた。
パァァァァン!!!
大きな、そして気持ちのいいミットの鳴る音が響き渡り、打者はスイングをできなかった。
「…………速いな………今のもマックスではないが、130ぐらいは出ているな………」
やはり初見ではあのタイミングの取りづらいフォームでは、苦労するのだろう。
続く第二球。
ククッ、
外へと逃げながらタイミングを狂わせるサークルチェンジが決まる。ビデオでは見たことのない球種だ。
「シンカー気味に変化するチェンジアップ………そして、パームボールのように縦へと落ちるチェンジアップ。二種類のチェンジアップがあるのか」
しかし報告ではカーブは投げられないので、そこは安心できるポイントだ。
それでもこの相手打者は簡単に追い込まれ、あの様子では決め球のSFFを警戒している。
そう、大塚はラストショットにSFFを投げる印象が強い。しかしデータを見る限り、SFFが決め球になる割合は少ない。
ここ数試合を見る限り、低めのストレートが狙い目か。しかし、SFFには対応できない。
三球目。少し警戒したのか、インコースのストレートのボール球を見せる大塚。あそこに投げられると、外のボールが遠く感じるだろうな。
「第四球、お前なら何を待つ………?」
主将木村は、沖田にそれを尋ねる。
「低目は捨てますね。アウトコースの甘い球がきたら打ちますが、厳しいところは届くところはカット、ですね………」
大塚がセットポジションからクイックモーションで投げる。
「!!」
木村が驚く。そして、沖田も今の大塚のフォームに衝撃を受ける。
「腕の振りが違うのは解る。中学レベルでそれはバラバラになるのは頷ける。だが、今のは…………」
タイミングを変えたフォーム。リリースポイントがずれることで、タイミングの取り方も違ってくる。
ゆったりとしたフォームではなく、物凄く速いフォーム。明らかに、膝の上げ方の最中に、打者のタイミングを崩している。
「…………あんな真似を中学生で出来るのかよ…………」
最期は低めのワンバンドのパームボールもどき。タイミングを崩され、ボールを呼び込むのではなく、当てにくる上体を崩されたフォームではバットにボールが当たらず、三振。早いフォームからの緩い球。あんなものを見せられたら、本当に、警戒しなければならない。
後続を一球でゲッツーに打ち取り、ピンチを脱出する。最後の球は速球だが、なぜかタイミングが詰まらされていた。
その試合は結局、大塚が2イニングをパーフェクトに抑え、横浜が勝利。試合は明後日に予定されている。
「とんでもない奴に当たることになるな………だが、あの投手を打ちに行くぞ!!」
おおおおおおおお!!!!
一同は宿舎に戻り、打倒大塚に燃えるのだった。
「ふぅ……………」
2イニングを投げ、あの大ピンチを抑えた大塚栄治は、試合後に嘆息する。
「さすがエースだ! お前なら、あのピンチを抑えるって信じていたぞ!」
捕手で相棒、幼馴染の黒羽金一が声をかける。
「ああ、さすがはあの成宮に投げ勝った我らのエース!」
そこへ、主将の後藤武が声をかける
「いえ、やっぱり相手も焦っていたし、マークされているから逆にそれが功を奏したみたいです。相手はSFFを警戒していましたし」
「次の試合、万全の状態でお前に任せるぞ!」
「そうですね、あの成宮鳴に勝ったんだ。なら、やっぱり勝ちたい」
試合後に色々と突っかかってきたし、相当に悔しかったのだろう。僕個人としても、彼は凄い投手だと思う。しかし、苦手でもある。
僕は、ビッグマウスがあまり好きじゃない。それに、なんだかあの試合の後、しばらく絡まれたので少し苦手意識もある。
「そうだな。お前と俺のバッテリー、それが頂点に立つ。小さな夢みたいだぜ」
黒羽がそう言う。そんな風に上手くいって慢心すると、痛い目見るよ。準決勝はそれを相手がやってくれたから勝てたようなものだから。
「金一はそういうところが捕手に向かないよね。集中力を持続させてくれよ。相手打者は必ず、マークして配球を考えてる。サインがあわないことが多いよ」
「うっ、すまねぇ………」
「まあでも、僕が熱くなっている時は、止めてくれよ」
大塚はそう言ってポンポンと黒羽の肩を叩き、先に風呂へと向かう。
しかし、明後日は大雨の為に試合が延期され、その次の日という事になる。
仲間に恵まれ、それぞれのチームで奮闘する二人の中心選手。
大塚と沖田。二人の運命を変える戦いが始まる。
尾道の怪童、沖田道広。
タイプ的には右の強打者ですね。モデルは今年セ・リーグで、安打記録を更新した人ですね。足もそれなりに速いです。
尾道シニアの3番として、大塚君と次回激突します。