ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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横浦戦、決着。


第72話 託す者 残る者

その瞬間、甲子園にどよめきが起こった。ついに青道の天才が出てくる。この最終局面で、満を持しての登場。

 

 

『ここで大塚です!!! この緊迫する場面で、大塚がついに登板します!! 驚きましたねぇ、増田さん』

 

『間違いなく、大塚君には何か問題があるのかもしれません。この最後の場面に投げさせる。原因は解りませんが、大塚君の登板はこれがこの夏最後かもしれませんね』

 

 

 

降谷は、暑さで意識がもうろうとする中、大塚にボールを渡した。

 

 

「―――――――――」

何かを言おうとしていたのに、口を上手く動かせない。喉が渇き、立っているのがやっとだ。

 

「急いで戻れ―――――坂井先輩!! 降谷を速くベンチへお願いします!! 熱中症を起こしかけています!!」

 

「!! 解った!!」

現状を知った坂井は、急いで降谷に肩を貸しながら、グラウンドを後にする。

 

 

降谷の異変に、気づけなかった。みんな自分の事で手一杯、この状況を前に、冷静さが足りなかった。

 

大塚が一人冷静だった。誰もが無自覚に感じていて、誰もそのことを指摘しない。余裕がないのか、出来ないのだろうか。

 

 

―――――高校生離れした、精神力だと。

 

 

「――――――栄治」

暗い表情の御幸。ここで出したくなかった。痛み止めを打っているとはいえ、大塚の体はもうもたないはずなのだ。

 

 

もし投げられるとしても、投げさせてはならない。

 

 

「なんて顔をしているんですか、御幸先輩、それにみんなも」

いつものように、彼はこの苦しい場面で軽口を口にする。何が彼にそれを可能にしているのだろうか。

 

――――どうしてお前は―――――

 

御幸はそんなことは今どうでもいいと考えた。

 

「すまない。お前を出さないつもりだったのに――――」

内野全ての選手が集まった。結城は、大塚にこれ以上負担をかけたくなかった。まだまだ可能性がある。大塚はここで足踏みをする器ではない。

 

「このイニングで必ず決めろ。勝負を伸ばすな」

沖田が強い言葉で大塚に言い放つ。敢えて強い言葉で、沖田は大塚を奮い立たせる。

 

「沖田―――」

 

 

「秋も一緒に戦うぞ。お前は、もうそういう存在なんだ」

真剣な目で、沖田は大塚にそう告げる。

 

「ああ。そうだね――――」

 

大塚は、打席に向かう相手打者の坂田を見て、

 

 

「甲子園最強の打者。最終局面。燃えてくるね」

 

 

マウンドに立つ大塚は、最後まで笑顔だった。

 

 

 

青道応援席で、息子の背中を見守る綾子は、その後ろ姿が若かりし頃の和正に重なって見えた。

 

 

「同じ番号だから、かしら。」

何かを背負う様な、そんな姿。それは高校時代の彼と重なって見えた。

 

 

「兄ちゃん―――――」

裕作も、こんな厳しい場面にきっと志願したであろう兄にかける言葉を見つけられずにいた。

 

もし自分なら志願していただろうか。こんな恐ろしい場面、しかも相手は超高校級スラッガー。打たれたらもう立ち直れないかもしれない。

 

打たれたらサヨナラ。その瞬間に負けが決まるのだ。

 

 

 

 

 

『さぁ、ここで背番号18、大塚がマウンドに上がります!! 今大会最強のバッター、坂田久遠を相手に、どんな投球をするのか!?』

 

『――――――――』

 

『どうしましたか、増田さん?』

 

 

『いえ、なんだか重なって見えるなぁ、と』

 

 

『???』

 

 

『かつて、昔あんな投手がいた気がするんですよ。何か他の球児たちとは違う雰囲気が。』

 

 

『それは――――大塚、まさか―――――』

 

 

『名前まで一緒。これは、偶然なのかな―――――それとも、必然なのかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

ネクストバッターサークルで見ていた黒羽は、大塚の異変を悟る。

 

―――――そうか、やはりエイジは――――

 

 

ベンチの前では、

 

「大塚との勝負は来年―――か。」

多村は、それが口惜しいと感じていた。

 

「だが、ここで久遠先輩との対決。どうなるか、一人の野球人としてみたいな。」

後藤は、この勝負を見ていたいと語る。

 

 

 

 

まず第一球――――――

 

 

ドゴォォォォォォンッッッっ!!!!!

 

 

「――――――――っ」

初球からバットを出してきた坂田。大塚も全力投球、坂田もフルスイング。

 

 

初球からインコースの強気な投球。しかも高め。強烈な球威を見せつける大塚と、そのストレートにフルスイングの坂田。真芯に当たればいくら大塚でも危ない。

 

 

 

初めて対戦するであろう大塚の剛速球。坂田は一人目と同じように、真っ向からフルスイング。

 

 

それを見た大塚は笑みがこぼれる。

 

 

―――――瞬臣先輩以来だ。初めてみたくせに、最初からガンガン振りに来てる……っ!

 

 

 

 

 

一方の坂田。降谷とは明らかに質の違う速球を前に、身体の血がたぎるのを感じる。

 

 

―――――球持ちの良い剛速球。反則だが、楽しくて仕方がないな、おい!!

 

 

バットを握る手に力が入る。力みはない。

 

 

 

ただただ楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『147キロ!! 初球から140キロ後半を叩き出した大塚!! 坂田相手に真っ向勝負です!! その坂田も、この強烈なストレートを前にフルスイング!!!』

 

 

 

 

続く第二球――

 

ドゴォォォォンッッッッ!!!!!

 

「ボ、ボールっ!!!」

 

際どいコース。これも

 

148キロ。胸元厳しいインコースを突く、気迫を前面に押し出したピッチング。

 

 

この振らせにきたストレートを見極めた坂田。だが、坂田もこの球を見逃す。手が出なかったのではなく、見極めたのだ。

 

 

 

 

『うおぉぉ!!! これは際どい!! 147キロ、148キロ!! この1年生、物が違うか!?』

 

 

キィィィィンッッッ!!!

 

 

「ファウルっ!!!」

 

続く3球目を当てる坂田。だが、前に飛ばない。これも147キロのストレート。

 

 

―――――相当伸びてきている。これが、1年生の投げる球なのか!? 本当にバネのいう通りだ。

 

 

 

 

打席で興奮を覚えている坂田。彼はこの選手のポテンシャルにまだ笑みを浮かべていた。

 

 

力むなんてつまらない事、ここでは考えてないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――ここで、SFFだ。ここで、この変化球ならば、100%振る。

 

御幸はここでSFFを要求する。このストレートを意識したスイングでは、大塚の変化球ならば空振りが奪えると。

 

 

―――――大塚の気迫は十分、だが捕手は違うな

 

坂田は、不安そうな顔をする御幸を見て、SFFを見切る。

 

「ボールっ!!!」

 

最初から振る気のない体勢。御幸のリードが読まれた。

 

――――SFFを見極められた? くそっ、やはりストレートなのか?

 

チェックゾーンが甘いのか、それとも読みなのか。万全ではない大塚のSFFに狂いが生じているのか。

 

――――これが奴のSFF。最初の勝負球は外してくると解っていたが、ここまでの変化球か。

 

配球をしっかりとよんだうえで、坂田は打席で冷静さを保っていた。

 

 

 

しかし、そうとは知らない御幸。SFFに異常がある。そう考えてしまった御幸。5球目、

 

 

キィィィンッッ!!!

 

「ファウルボールっ!!!」

 

だが、147キロのストレートは前に飛ばない。1年生のボールである。ドラフト有力候補である坂田が、まだ前に飛ばせない。

 

 

キィィンッっ!!

 

「ファウルっ!!」

6球目も当てる坂田。全て140キロオーバー。だが違うのは、痛烈な打球がライト方向へと飛んで行ったという事。

 

「!!」

流されてあそこまでストレートを飛ばされたことに、初めて驚きを見せる大塚。

 

 

―――――――まだ数球なのに、もう前に飛ばし始めた!? やはり次元が違う。

 

 

冷や汗が一筋流れた大塚。この夏ここまで明確に、うたれるというイメージを感じた打者は彼が初めて。

 

 

 

このままストレート押しでは、やられると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし坂田は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――これが、大塚栄治かッ!!!

 

打席の坂田は、自然と笑みを浮かべていた。バットを握る手も若干震えていた。大塚の強烈な球威に、手が痺れてきたのだ。

 

球持ちがよく、それでいてコントロールもいい。体の開きもない。

 

正直、これを本格派と呼んでいいのかはわからない。判別することが困難な投手だ。

 

 

 

だからこそ、坂田は興奮していた。

 

 

今まで、投手は自分を見ると表情がこわばっていた。高校最強クラスのスラッガー、その肩書きを前にして、臆する者が多すぎた。

 

大阪桐生も、その他の名だたる好投手たちも、気迫がないように感じた。

 

――――ただ、来た球を打ち返しているようにしか思えなかった。

 

しかし、この最後の甲子園、準決勝。久しぶりに甲子園に現れたこの高校は何かが違った。

 

既にベンチに下がっている丹波。目の前で剛球を繰り出す大塚。どちらも本気で坂田相手に勝負をし、ねじ伏せに来ていた。

 

 

――――これだ、これが欲しかったんだッ!!!!

 

 

こういう投手に、手強い投手からホームランを、強烈な打球を打ちたい渇望があった。闘志を剥き出しにした相手から、でかい一発を打ちたい。

 

 

坂田久遠は、今年最後の夏で、それを最高に感じていた。

 

 

 

 

『力と力のぶつかり合い!! 名勝負が繰り広げられています!! 東京の天才と、関東最強のスラッガー!! 勝負の7球目!!』

 

たった6球。だが、その短い時間に濃密な闘志のぶつかり合い。その刹那の刻に、観客は大興奮だった。

 

 

それぞれの事情も知らぬままに。

 

 

 

―――――あのフォームでいきます。通常フォームでは仕留められない。

 

大塚は、縦のフォームを要求した。その上で、自分に自信のある球種をさらにチョイスした。

 

――――大塚ッ!!

 

御幸は目を見開き、それを否定した。だが、

 

 

――――全力を出せずに負けるのが、今できることをできないことが、一番悔しい。

 

 

大塚は御幸のサインに首を振る。

 

 

そして―――――

 

 

 

『サインがなかなか決まりません! この打席で試合が決まりかねない中、慎重になるか!?』

 

 

―――バカ野郎――――

 

ミットを構えながら、御幸は何度も心の中で繰り返す。

 

 

――――この、大馬鹿野郎ッ!!

 

 

 

マウンドの大塚は、何か澄み切った笑みすら浮かべていた。この勝負に釘付けになっている観客に何も悟らせず、涼しげな表情。

 

「――――――」

この満塁の場面で穏やかな笑み。事情を知っている者からすれば、狂気以外の何物でもない。

 

 

 

『サインが決まりました!! セットポジションから7球目!!!』

 

 

セットポジションから投球モーションを開始する大塚。構える坂田。

 

 

 

――――ストレートっ!!! 外角、低目!!!

 

坂田は、この外角のボールを逆方向に打とうと、広角に打とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ククッ、ギィィィィンッッッ!!!!

 

 

そのボールは、坂田の視界から消える。先ほどのSFFとは違う。通常のSFFは、直前で落ちるボールと判断できるゾーンがある。それでも大塚の通常のSFFは、そのゾーンの見極めは難しい。

 

 

だが、このSFFは――――――

 

 

「――――――――――」

 

空を切ったバット。御幸は体でそのボールを止めた。ボールが前にこぼれ、そのボールを素早く捕球し、坂田に視線を戻す。

 

 

彼は、御幸が冷静さを失いながら自分にミットをタッチしている光景を目に焼き付けた。

 

 

坂田は、自分が負けたのだと悟る。だが、自分の想像を超えたボールを投げ込んできた大塚に、笑みを浮かべた。

 

――――寸前まで伸びてきて、その上で落ちるか。

 

もうストレートと見分けがつかない。本物の魔球だと、坂田は思った。

 

 

 

 

彼の最大の武器はストレートに非ず。彼は生粋のスプリッターなのだと。

 

 

 

 

 

 

「―――――っ」

 

マウンドでは、若干表情がこわばっている大塚。あまり投げたがらないボール。負担もあるのだろう。それだけのリスクを背負っているのだと知った。

 

 

高校生には過ぎた代物だと。

 

 

 

 

――――本当に、バネの言うとおりだ――――

 

 

彼が今でも意識する存在である理由が分かった。

 

 

「ストライクっ!!! バッターアウトォォォォ!!!!」

 

 

『空振り三振~~~~!!!! ツーアウト!! 青道、これで決勝進出まで後アウト一つ!!』

 

 

―――――これが、大塚栄治か

 

 

三振に打ち取られ、高校屈指のスラッガーが打席を去っていく。だが、その後ろ姿は小さいわけではない。

 

 

――――バネの言う通り、お前は危うい。だからこそ、強いのかもな

 

 

 

坂田久遠。今年の夏、2度目の三振に倒れる。ここまでやられたのは、2年生の秋以来だった。

 

 

――――この投手を外から見て、お前はどう思っているんだ、神木。

 

 

既に敗退した、坂田がライバル視していた、再戦を渇望していたエースの名を心の中で呟く。

 

去年の神宮大会で坂田を無安打に抑え込んだエース。トーナメントの巡り会わせから、その時しか対戦できなかったが、坂田の印象に残った数少ない投手の一人だ。

 

―――――お前も本物だ。だが奴も、本物だ。

 

 

10年に一度の逸材。そのフレーズはよく耳にする。だが、この投手は―――――

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、これで一死満塁から、二死満塁に変わります!! ここで打席には、5番黒羽!! 大会を沸かせる好リードで横浦を支える扇の要!! この好投手に食らいつけるか!! 最大のクライマックスがやってきました!!』

 

 

 

打席に立つ黒羽。大塚が怪我を負っていることはすぐに分かった。

 

 

――――投げ終わった後、腕がやや伸びている。ろっ骨辺り、か――――

 

彼の事はよく知っている。だからこそ、大塚が今異常な状態で投げていることがすぐに看破できた。

 

 

――――けど、お前はマウンドに上がった。俺は、チームの為に

 

 

 

だが、親友だから手を抜くつもりはない。むしろ――――

 

 

――――ここで、俺が引導を渡してやるッ!!

 

高校最初の対決、ここで、まず大塚の一年目に引導を渡す決意を固める黒羽。そうでなければ、奴は止まらない。今度こそ、

 

 

戻ってこられなくなるからだ。

 

 

 

『さぁ、注目の初球!!』

 

 

対する大塚は、唸りを上げる剛速球を投げ込んでくる。高校生活で進化した彼のボールに、初見でバットを振れるほど甘くはない。

 

「ストライィィィクッっ!!!」

 

 

『初球148キロっ!! アクセルを緩めません大塚!! この1イニングに満たない場面!! 集中力と力の入れようは段違いでしょう!!』

 

 

――――エイジっ!!

 

苦々しい表情の黒羽。

 

 

――――怪我をおしてまで、甲子園の栄冠は必要なのか?

 

 

――――お前は、おやじを超えるんだろう!? あの途方もない記録に挑むって!!

 

 

 

青道応援席でも、大塚の快投に心配の声が上がり始める。

 

 

「大塚――――」

言葉が続かない金丸。怪我をしているという事実は、もう青道全員にいきわたっている。だからこそ、そんな状態で150キロ前後のボールを投げ込む大塚が、

 

 

ただひたすらに怖い。

 

 

「お願い、お願いだから――――」

吉川は祈るしかない。もう、勝負にはこだわっていない。勝負にこだわる事が出来ない。

 

 

――――無事に、無事に帰ってきて――――

 

黒羽の胸元に、抉るような速球が投げ込まれた。この局面で強気の投球。

 

『2球目!! ボール!! これは厳しいインコース!! 146キロ!!』

 

躊躇わない、勝負の世界で勝負に徹している大塚。黒羽や周囲の声が聞こえていないかのように、大塚は投げ続ける。

 

 

一方、球威が衰えないことで、逆に心配している御幸。

 

 

――――早く勝負を決めたい。何とかして少しでも―――

 

 

速くマウンドから降ろしたい。早く勝負を決めたいのだ。

 

 

 

だが、彼ら二人とは逆に、この戦いを見たいと思う人間の方が多い。

 

 

 

 

 

 

観客の間では、大塚と黒羽の勝負、というより、大塚の強気の投球に酔い始めていた。

 

「おおおお!! これを見たかったんだよ!!」

 

「腰抜けじゃない、やっぱり怪物だな!!」

 

「大塚君~~~~!!!」

 

「大塚~~~~!!!」

 

 

何も知らない観客は、大塚と黒羽の勝負を見てみたい。もっとこの最高の勝負を見たい。いつまでも続けてほしい。もう何年振りかわからない、これほど甲子園を沸かせた大会は久しぶりだろう。

 

 

ここで、アウトコース際どい場所を要求する御幸。もう早く勝負をつけたい。

 

 

『アウトコース、ファウルボールっ!! 何とか当てた黒羽!! しかし、これも149キロストレート!! コース、スピード、伸び、ともに素晴らしい一球!!』

 

 

「―――――っ」

何とか当てることが出来た黒羽。球筋を見ようにも、球持ちがよく、縦のフォームの連投の大塚。如何に黒羽と言えど、今の大塚の前では――――

 

―――これが、お前の覚悟、なのか――――

 

 

『ボールっ!! スライダー外に外れる!! ここで緩急!! これもストライクからボールになる素晴らしい球!! しかし黒羽はこれを見極めます!!』

 

 

「ファウルっ!!」

続く5球目、その緩急を突いた高めのストレート。黒羽はそれに何とか追い縋る。だが、ここまでの勝負、全て大塚が優位に立っていた。

 

 

――――これで、決めたかったんだけどね――――

 

腕が僅かに震える大塚。初めて投球以外での仕草を見せた。それに、まず後藤が反応する。

 

「大塚――――?」

 

そして多村―――――

 

「痙攣? だが、大塚にはたかが1イニング――――」

 

 

勝負は続く。6球目のストレートも粘る黒羽。

 

 

「ファウルっ!!」

勢いは失われない。ストレートは、まだ健在。

 

 

黒羽金一は、まだ大塚栄治に届かない。

 

 

7球目―――――

 

「!!!!」

 

ストレートの軌道からパラシュートチェンジが襲い掛かる。完全にフォームを崩された黒羽。

 

 

低めへと急激に落ちる彼の決め球の一つ。並の打者なら三振だろう。

 

 

 

だが、そのボールを一番受けてきたのは間違いなく黒羽だ。

 

 

 

――――ここで、緩急――――っ

 

 

身体を前のめりにしながらも、バットに当ててファウルで逃げる黒羽。これで決まらない。

 

「ファウルっ!!」

 

 

『7球目でも決着つかない!! 粘る黒羽、悉く先手を打つ大塚!! さぁ、いよいよ勝負の8球目!!』

 

手負いの虎である今の大塚は、なりふり構わない。フォームが崩れようと、胸部に故障があろうと、剛速球を投げることをやめない。

 

 

痛がる素振りをあまり見せない。黒羽の前に立ちはだかる盟友はただただ――――

 

 

――――さすが、そう簡単には決めさせてもらえないね

 

 

マウンド上で苦笑いする、彼の姿。

 

 

 

 

 

―――――勝負球は、ストレートと、SFFのいずれか―――

 

勝負所で、大塚が選択するのは、ストレート、SFF、パラシュートチェンジ。だが、パラシュートチェンジはここでは有り得ない。

 

 

当てようとする打者相手に、緩い変化球をこれ以上投げられない。

 

 

―――そして、確率は2分の1。どっちが来る?

 

黒羽が選択したのは――――

 

――――俺ならSFF。大塚が暴走するなら、ストレート――――

 

 

 

そして、青道バッテリーでは、

 

―――ここで、勝負を決める。ここで決め球の――――

 

SFFを要求する御幸。ここでSFFならば三振を取れるし、リスクが何より少ない。

 

――――相手は黒羽、アイツは当然SFFを待っている。だからこそ―――

 

 

 

『さぁ、注目の8球目!! 大塚、セットポジションから投球を開始します!!』

 

 

黒羽の前に現れたのは――――

 

 

「―――っ!?」

 

黒羽の頭になかったボール―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

投手と打者の間の距離を、白球が弧を描く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、ドロップカーブ。

 

 

「!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アウトコースに見事に決まったボール。黒羽は、完全にタイミングを奪われていた。

 

 

 

 

 

 

「―――――――――」

コースに決まったカーブを見て、黒羽は天を見上げる。

 

 

 

――――カーブを予測できなかった時点で、俺の負けか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『見逃し三振~~~~!!! 試合終了!!! 青道が逃げ切り、決勝進出!!!! 決勝の舞台に、東都の古豪が舞い戻った!!!』

 

狙いを絞れなかった。天を仰ぐ黒羽を見て、大塚は心の中で否定する。

 

 

――――違うよ、金一。6球目を投げた時点で、

 

 

 

歓声が鳴り響く。歓声が甲子園を埋め尽くす。大塚はそれを客観的に見ていた。歓声が自分に注がれている。歓喜の瞬間が訪れたが、大塚の心は冷えていた。

 

 

――――もうお前を抑えられるストレートを、投げられなかったんだから。

 

 

腕が震え、胸部の痛みが大塚を襲う。意識を失うほどではない。だが、投球は厳しいことが分かった。

 

「―――――大塚!!!」

駆け寄ってきたのは御幸。大塚の体を心配しに、一目散にやってきたのだ。

 

 

「―――――秋に戻ります。だから、最後の試合。心置きなく戦ってください」

痛みをこらえ、大塚は笑顔で御幸にこの言葉を送った。

 

「――――――っ、お前は、ほんとに馬鹿野郎だ――――」

 

泣きそうな目になりながらも、御幸はそれをこらえる。捕手としてのプライド、先輩としてのプライドが、彼を踏みとどまらせた。

 

「5-4で青道!! 礼っ!!!」

 

 

ありがとうございました!!!!!

 

 

「エイジ!!!」

黒羽が駆け寄ってきた。大塚の様子が、おかしいことに気づいていた彼は、二人の前にやってきた。

 

「――――大丈夫、選抜で会おう。すぐに戻るよ」

彼は気軽に、そんな言葉を紡いだ。

 

 

「――――お前は、またお前は――――」

 

 

 

「俺はずっと父さんに嫉妬していた。投手の栄光を手中に収めたあの人に。」

 

大塚は、初めて人前で嫉妬していることを白状した。あの大投手の輝きが妬ましいと。

 

 

「マウンドから降りたくなかった。またあの時のようにチームが負けるんじゃないかって」

 

大塚の転換期。黒羽らと大塚の道がたがえるきっかけとなった全中決勝。

 

 

「けど、こんなんじゃダメだな。矮小な心を持った時点で、俺は彼を超えるどころか、近づく事すら出来なかったのかもしれない。」

 

苦笑する大塚。そんな彼の言葉に悲痛な顔をする黒羽。

 

 

――――自分が過ちを犯していることを放置した。

 

自分のエゴの為に。

 

 

 

「悪い。ベンチで一足先に休むよ。御幸先輩、失礼します」

 

大塚は一礼すると、ベンチの奥へと消えていった。その後ろ姿を見つめる黒羽と御幸。

 

 

「――――大塚――――」

 

 

「貴方が、今のエイジの捕手ならば、託したいことがあります。」

黒羽は、意を決し、御幸にある言葉を送る。

 

「大塚は、苦しんでいます。苦しいとさえ感じていない苦しみから。このチームの要である貴方に、それを託します」

 

 

「!? どういうことだ!? 大塚が抱えている苦しみ!?」

 

 

「バネ!! 整列だ!! 最後のあいさつに行くぞ!!」

しかし、御幸は最後までそれを聞くことが出来ない。主将の坂田に呼ばれ、黒羽はこの場を去る。

 

 

「待ってくれ!! あいつが抱えている苦しみって、なんなんだ!!」

思わず説明を問う御幸。具体的なことすら教えてもらえなかった。だから、解らないのだ。

 

 

「それを自分で気づけなかった俺も、バカだった。けど、貴方なら――――」

 

 

 

それだけを言い残し、黒羽はこの場を去っていった。

 

 

この最強打線を擁する横浦に辛くも勝利した青道高校。試合後、降谷が脱水症状、熱中症でダウン。明日の決勝戦は絶望的とされ、大塚の怪我も悪化。明日の決勝戦、当然彼も投げられない。

 

 

ここで二人の投手を失った青道高校。決勝の命運を握るのは、1年生の沢村。この夏の甲子園最期を担う投手に選ばれた。

 

丹波は短いイニングを、川上もスクランブル。緊急事態では、東条、伊佐敷が投手を務めることも想定された。

 

大塚と降谷の離脱は、その日のうちに情報が洩れ、まず降谷が倒れた事が明るみに出て、大塚も病院へと直行したことで、その事実は明らかになったのだ。

 

決勝進出を果たした青道高校。しかしその代償は、あまりにも大きかった。

 

 




降谷、大塚が決勝戦アウト。

青道の勢いの根幹を担っていた大塚が戦列を離れます。

継投で勝ち上がってきた青道にとって、痛すぎる離脱。



ボロボロの状態で決勝戦に挑みます。

スライダーの化けの皮が剥がれた沢村、この夏初めて被弾した川上。強力打線相手に7回を投げた丹波。


相手は選抜覇者。

スラムダンクかな・・・

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