ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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さて、御幸君の打球は・・・・・

まあ、もうお分かり頂けているでしょうが・・・・


第60話 予期せぬこと

一方、3回戦を明日に控える光陵高校は、青道対妙徳の試合をテレビで観戦していた。

 

「まさか、ここまでの試合になるとは」

主将の坂本厚憲は、妙徳がここまで食い下がるとは考えていなかった。

 

「初見でナックルから3点を奪えている青道もよく頑張っていますが、あの投手陣から3点、妙徳も根性ありますね」

そして2年生の木村も、妙徳が決して弱くないこと、ナックルが相当に脅威であることを言い放つ。

 

互いに彼らは力を出し尽くしているのだ。

 

「けど、沖田が敬遠されるのはまあ、解るわ。成瀬みたいな馬鹿じゃない限り、真っ向勝負だろうな」

2年山田昭二は、あの沖田が2回も敬遠されている事実に、苦笑いする。

 

「抑えてこそエース。相手の主軸からは逃げたくないですよ。普通は」

1年生エース成瀬も、沖田とは別チームだが、彼の事は今も認めている。もし、こちらにいれば春夏連覇も夢ではなかったが、あの時は仕方のない事だった。

 

『打ち上げた~~~!!! ショート手を上げるッ!! 取りました!! これで二死!!』

 

「――――延長か?」

主将の坂本は、このランナーなしの場面、ホームランでも出ない限りそれはないと考えていたし、ナックルを打ち返すことは出来ないと考えていた。

 

 

 

 

場所は戻って甲子園――――

 

降谷はその打球を最初に捉えていた。

 

―――しゃあねぇな、何とか俺なりに出塁してみるわ

 

打席に向かう前、ネクストバッターサークルに座る自分にそんなことを言った。だが、降谷もそこまで馬鹿ではない。

 

 

――――あの投手は、とても厄介。

 

 

それが解っているからこそ、モヤモヤしていたのだ。

 

 

それでも――――

 

「うわっ!?」

 

スイングの反動で、御幸は一塁側に転んでしまったのだ。だから彼もその打球がどこに行ったのかをよく解っていなかった。打球を確認せずに、まず一塁へと駆け出そうとした御幸を見て、少し滑稽に思えた。

 

それだけ彼も、かなりのプレッシャーを感じていたのだろう。それをしたのは自分。だから笑わない。

 

 

「―――――走る必要なんて、ないのに―――――」

 

ただただ、その一言を、言えばいいだけの話だった。

 

 

『打球ライトへ―――!!! 上がったぞ!!! 上がったぞっ!!』

 

青道ベンチも、そしてグラウンドの妙徳ナインも、その打球の行方を追う。それを打ち返した御幸ではなく、あくまでその打球に。

 

 

「――――――御幸先輩」

大塚も目で追う。その大きなあたりに。

 

歓声とともに青空へと飛んでいく打球。

 

 

 

 

 

打球はそのまま――――

 

 

『入ったァァァァ!!!! サヨナラ~~!!!!! サヨナラです!!!サヨナラホームラン~~~~~!!!』

 

 

 

ライトスタンド中段に飛び込む、豪快で、劇的な一撃。叩き込んだ御幸はまだ何が起きているのかわからず、一塁方向へと全力で走ろうとしている。

 

「御幸~~~!! もう走らなくていいぞ!!!!」

伊佐敷が大声で彼に声をかける。

 

「―――――え?」

周りをきょろきょろして、御幸は状況が解らず混乱していた。

 

 

「ナイスバッティング、ナイスホームラン、御幸先輩」

沖田がサムズアップを見せ、笑顔で打球が消えた方向を示す。

 

 

「――――――あ」

その先を見せられた御幸は、ようやく自分が何をしたのかを理解し、緊張感から解放された自然な笑顔を見せる。

 

 

 

 

『ここで8番御幸一也の一撃ッ!!!  最後まで、最後までもつれる展開となったこの三回戦第1試合!! あまりにも劇的な幕切れっ!!!』

 

 

マウンドの中田は、最後の最後で制球ミスを犯した。度重なるナックルの連投、1割すら下回る失投を、御幸は見逃さなかった。

 

 

呆然とした表情の中田。ホームベース上で動けない萩生。

 

だがそんな彼らにとって残酷な幕切れであっても、甲子園の時間は進んでいく。

 

「サヨナラホームランっ!? サヨナラっ!? あのキャッチャー凄いッ!!」

 

「イケメンで最後に決めるなんて、なんて選手!?」

 

「サヨナラなんて凄いな、あの選手ッ!!」

 

最後までどよめき続けた甲子園。この3回戦第1試合は、それだけの激戦だった。

 

 

青道ベンチも、応援席も総立ちだ。

 

「御幸~~~~!!!!」

 

「どこまで役者なんだよ、あの野郎は~~!!! かっこよすぎるぞ、お前ッ!!!」

 

「プレッシャーのかかる場面しか打てないのかよっ!!」

 

「青道のクラッチヒッター!!」

 

「一也君~~~!!!!」

 

「御幸君~~~~!!!!!」

 

 

やはり黄色い声援も飛び交う青道応援席。二枚目で、野球の要である捕手。そして最後に決めたサヨナラホームラン。これは仕方ない。

 

――――なんというか、入っちゃった―――

 

ベースを回る御幸は、何が何やら、といった様子。だがそれを口に出せる雰囲気ではない。

 

「―――――――――――っ」

マウンドで蹲る中田、ホームベースで崩れている萩生。内野も外野も、膝をついてしまっている。

 

「――――――」

 

「――――――――」

何を言っているのか、よくわからない。甲子園の歓声のせいで、彼らが交わしている言葉は聞き取れない。だが、蹲る中田に萩生が声をかけ、ポンポンと背中を叩いている。御幸はこういう時に自分はなんて声をかけるべきなのだろうかと考えてしまう。

 

――――俺は、アイツらにこんな姿をさせたくない―――――

 

彼らはもっと、もっと高い場所へと昇って行けるはず。そう信じているから。

 

 

 

そして、御幸が三塁ベースを回った時、ホームベースには降谷が立っていた。

 

「?」

 

 

「ナイスバッティング。それは考えていませんでした」

 

「俺もだ」

グータッチの御幸と降谷。サヨナラのホームを踏む。

 

「ホームインっ!!」

 

「この野郎、美味しいところを持っていきやがって!!」

 

「整列するぞ、御幸」

伊佐敷、結城から声をかけられ、その周囲の青道ナインにもみくちゃにされる御幸。

 

「なんつう打撃……ホントに本人!?」

沢村も、御幸のサヨナラ弾に驚いており、同点ツーランのショックが幾らか和らいでいた。

 

そして青道と妙徳が整列をするのだが、やはり両者の表情は対照的だった。

 

 

「4-3で青道!! 礼っ!!」

 

ありがとうございました!!

 

 

この夏、最も熱い3回戦が終わった。青道にとって、自分たちの地力を感じさせるゲームとなった。

 

 

同時に、最も脆さを出してしまったゲームでもあった。

 

 

『試合終了~~~!!! 西東京代表、青道高校。サヨナラ勝ちで準々決勝進出です!!』

 

 

『見ごたえのある試合でしたね。高校野球の熱さというのを再認識できたと思います。』

 

『最後は8番御幸のサヨナラホームランで、駒を進めた青道高校。次の対戦相手は、兵庫代表、宝徳学園と、群馬代表、前橋学園の勝者となります』

 

 

そして、激闘を終えた監督インタビュー。

 

「選手たちは最後まで強い気持ちを維持できていたと思います。この大舞台で臆せず、よく前を向いていました」

 

「最後、御幸選手の一発ですが、素晴らしいホームランでしたね」

 

「最後まで甘い球を逃さず打った、彼の集中力を褒めてあげたいと思います。予選では結果が中々でなくて、それでもここぞという場面でやってくれると信じていました」

 

予選では打撃で見せ場があまりなかった御幸。しかしこの大舞台で好調を維持。

 

 

「次は前橋学園と宝徳学園の勝者が相手となります。準々決勝に向けて何か一言。」

 

「どちらが勝ちあがってきても良いように、分析を行いたいと思います。」

 

「片岡監督でした」

 

 

 

そして続いて今日のヒーローである御幸一也が音声なしではあるが、呼ばれたのだ。

 

「打った感触はどうでしたか?」

 

「ええっと、とてもいい感触でした」

やや緊張している御幸。やはり初の全国で、このような舞台。さしもの彼も緊張しないわけがない。

 

「ナックルに大分苦戦をしていた今日の試合ですが、振り返ってみてどうでしたか?」

 

「かなり変化をするボールで、打線全体に停滞感がありました。それでも、それを打ち返してくれた沖田にまず感謝ですね。あれで流れが戻りました。」

 

「次の試合に向けて何か一言。」

 

「一戦一戦、集中して、少しでも長く、夏を戦いたいと思います」

 

「御幸選手でした」

 

 

 

そして、それを見ていたのは何も甲子園のライバルたちだけではない。

 

「青道もここにきてタフな試合があったな」

市大三高の大前は、苦しみながらもなんとか勝利を手にした青道を振り返る。中々のシーソーゲーム。先制を許し、何度も流れが変わる試合。

 

「丹波も崩れるかと思ったんだけどな。だけど、よくやっているよ、アイツは」

真中も、ライバルの躍動に少し安堵する。打ちこまれている丹波の姿は見たくないのだ。

 

「けど、青道はどこまで行くか。大塚を使わずに済んだのはいいが、丹波じゃ、横浦の打線は止めきれないだろ」

平川は準決勝、当たるであろう横浦、大阪桐生相手に青道はどうするのかを考えていた。丹波では荷が重すぎるし、沢村はこの試合リリーフで失点。降谷は春の関東大会で横浦に2本のホームランを許している。

 

大塚と川上のリレーで逃げ切れないと、かなりしんどい。

 

準決勝は恐らく苦しい試合になる。決勝も光南が待ち構えるだろう。

 

横浦、光南、そして準々決勝は好投手神木、あるいは地元の宝徳。この3つの試合は想像を絶する苦しい戦いになる事は容易に予測できた。

 

「だが、宝徳も侮れない。前橋は言うに語らず。」

 

宝徳には青道程突出した選手はいない。しかし、堅い守りと粘り強い打撃力で、ここまで2試合で15得点を叩き出す攻撃力を有している。

 

中でも、7番から3番までの俊足打者がダイヤモンドを駆け、4番5番が返すという戦術だけではなく、盗塁と攻撃的な走塁で勝ち上がってきている。

 

そして、2年生エース平松は、スリークォーター気味に投げる本格派。

 

「どうなるか、だな――――」

 

 

激闘を制した青道高校。次ぎの相手は恐らく前橋学園。宝徳も強豪校、地元であり、油断できない相手ではある。だが、神木がそう簡単に崩れるとは思えない。

 

 

「やっぱ、神木の制球力は良いな」

伊佐敷がテレビの前で唸っている。アウトコースを中心とした制球重視の攻め。一方、宝徳の先発平松は、横変化を駆使し、打たせて取る投球で得点を許さない。

 

「それだけではないのは、カーブを使って緩急をうまく使えていることですね」

 

このカーブに時折反応できない打者が見受けられている。投球の基本に忠実で、大胆な投球。やはり、強豪校の中に、優秀な捕手がいる。

 

優秀な捕手がいるチームは、そのチーム力を安定させることが出来る。エースはチームに爆発力を齎すが、監督の立場や、全体の視点で見ると、やはり必要なのは捕手。

 

 

「御幸先輩がいて本当に助かりましたよ。」

大塚は何度もそういう。

 

「へ?」

 

 

回は進み、重たい雰囲気に包まれる第2試合。第1試合と比べ、静かな前半戦。

 

「投球の割合の中ではおよそ30パーセント。だが、これが利くんだよな。」

そして前橋学園は、この大きく変化するカーブに翻弄されていた。

 

『カーブ~~~!!! 手が出ない、見逃し三振!!』

 

「縦横と緩急、やはり投球の基本が出来ていますし、シュート回転している為か、余計に撃ちづらいですね」

 

綺麗な球筋ではなく、やや横変化の入ったストレートがよく、前橋打線が捉えきれていない。

 

「!? カーブの変化が違う!?」

 

北原を三振に奪った時のカーブ、それは通常のカーブとは違い、物凄く遅い球種。

 

「スローカーブ―――」

 

だがそれだけではない。

 

「―――通常のカーブに加えて、スローカーブ。スライダーとシュートの横変化に、この変幻自在のカーブ。」

 

この縦変化を自在に操る好投手平松は、淡々とコースを狙い、タイミングを外している。力投を続ける神木とは違い、テンポがいい。

 

このカーブを強く意識することにより、早い変化球である横変化とまっすぐに対応するのが難しくなっている。調子の悪いスライダーを狙い撃ちしたい中、この縦変化が物凄くじゃまだ。

 

 

試合はテンポのいい投球で5回に入る。未だ散発2安打に抑えられている宝徳だが、ここで6番の佐々木。

 

「球数を粘られるね。これを1番から9番がしてくるのは辛い。」

 

神木の球をカットすることが多く、球数もそれだけ嵩んでいく。

 

しかし、ここで高速シンカーに空振り三振。

 

目立った攻撃もなく、この回は終了。8番が死四球で出るも、9番が見逃し三振。良いところがない両チーム。

 

 

6回は先頭打者から。ここで宝徳の1番鈴木がセーフティバントを決める。

 

「足も相当速いな―――」

倉持には劣るが、それでも何というスピード。フィールディングは決して悪くない神木の送球に競り勝った。

 

二番は送りバントかに見えたが―――

 

「バスター!?」

 

しかもバウンドの高い打球。ショートが捕球するも投げられない。ここでバスターエンドラン。不意を突かれた前橋は内野の間を狙われ、足によるゆさぶりに襲われる。

 

 

 

驚異的なスピード野球。倉持程ではないにしろ、俊足揃いの打者たちが、前橋の守りに皹を入れていく。

 

 

「足速すぎるだろ―――こいつら―――」

 

 

 

三番もここでバスター。更にここで堅い守りを誇る前橋にエラーが出てしまう。

 

 

 

あっさりと満塁に追い込まれた神木。

 

 

 

『足で攻めたて無死満塁ッ!ここで4番の足利っ!』

 

そして、ここで積極だった宝徳の打法が変わり、足利はボールを見る。初球から手を出してきた1,2,3番とは違い、警戒し過ぎた神木がカウントを悪くする。

 

『フォアボールっ!!! 押し出しっ!! ここでついに失点。神木! 今大会初失点です。』

 

「なんて粘りだ。あんな―――」

宝徳の打線は神木を打ち崩そうと考えていない。むしろ粘って崩れるのを待っている。

 

沢村は、こんな攻め方をする相手高校を見るのが初めてだった。自分がうたれたのも、実力が足りなかったからだと解っている。しかし目の前のこれはそうではない。

 

 

 

相手のミスを誘うような攻撃。常にプレッシャーをかけ続けることで、投手だけではなく、内野にもミスを誘発させ、一気に崩壊させる。

 

もし自分がされたらと思うと、沢村は想像もしたくなかった。

 

 

一度狂った歯車を、元に戻す力のある高校生は、やはり少ないのだ。

 

 

 

「神木をまともに撃っているわけじゃない。だけど、真綿で締めるどころか、ワイヤーで締める様な速さと威力を誇る作戦。これが地元甲子園代表の力か―――――」

 

 

 

エースを打って、全国に出ているチームの特徴に、チームバッティングのレベルがはっきりと出る。

 

ここまで足の速い打者がそれをやられれば、神木にとって打たせるのでさえ、リスクを伴いかねない。

 

 

何よりも、1番2番の打撃の残像が、神木に襲い掛かっているのだ。

 

――――こんなところで、前橋が負ける?

 

沢村は、苦しい表情でマウンドに立つライバル高校のエースを見て、信じられない顔をする。

 

その後、二死をとるも――――

 

『左中間っ!!! 抜けた~~~!!! 三塁ランナーホームイン、二塁ランナーも帰ってくる~~~!!! 一塁ランナーも三塁を蹴る!!』

 

これで走者一掃のタイムリースリーベース。

 

 

その光景を見て、前橋というチームの欠陥を御幸は考えていた。

 

―――良くも悪くも、チームの中心は神木。それが崩れたら、それほど脆いものはない。

 

稲実と同じだ。成宮が降板した後の稲実は、イニングさえあれば、もっと得点できた。エースに依存し過ぎたチームは、それだけ浮沈が激しい。しっかりとした守備と打撃がなければ、やはり安定感はない。

 

それでも、エースはチームに爆発的な力を与えるのは否定できない。

 

 

『ここでエース神木が打たれました!!』

 

「―――俺達の予想は、悉く外れるな」

 

マウンドで天を仰ぐ神木。そして、前橋ベンチから監督が出てきて、投手交代を告げる。ここであの神木がマウンドを降りるのだ。

 

 

大会屈指の右腕の夏は、ここで終わった。

 

 

試合終了。準々決勝の相手は、宝徳学園に決まった。スコアは8-3。エースが降板した後の前橋は見る影もなくなり、後続の投手も勢いを止められない。その後、天見の2点タイムリーで食い下がるも、直後の裏の回でツーランホームランを浴び、ついに力尽きた。

 

如何に優秀な投手と言えど、それだけでは勝てないことを突きつけられた青道。

 

あっさりと負けた。沖田以外が手も足も出なかったこの投手がいとも簡単に、他愛なく、容赦なく散った。

 

 

 

その後、横浦が3試合連続二けた得点で、青森の八戸成巧学園を粉砕。八戸成巧学園には好投手スプリッター歳原を擁していたが、その歳原は7回途中9失点で降板。横浦の攻撃を食い止めることが出来なかった。

これで、初戦の15得点、2回戦17得点、さらにはこの3回戦では14得点と、総得点数は46得点を記録。大会記録4試合で75得点の1921年の和歌山中に迫る勢いである。

 

 

大阪桐生第一も、舘が好リリーフを見せて準々決勝へと駒を進める。よって、準決勝の相手は大阪桐生対横浦の強力打線のどちらか。目に見えるエースがいないが、防御率の良い横浦の方が危険ではある。

 

逆ブロックも、沖縄光南高校が東東京の帝東を10―5で下し、継投で問題を抱えながらも最後は柿崎が締めた。

 

そして、光陵高校も徳島の神田高校との延長11回の激戦を制し、準々決勝にコマを進めた。

 

 

これで甲子園のベスト8が出そろった。

 

準々決勝第1試合は西東京代表の青道高校対地元兵庫の強豪、宝徳学園。接戦を勝ち上がり、ついにはドラフトの目玉とさえ言われた神木すら食らい尽くした。

 

1年生大塚を中心とした今大会屈指の投手陣を誇りつつ、怪物スラッガー沖田道広を擁する青道と、地元の熱い声援を受けて奮い立つ宝徳。魔物すら呼んだように見えた3回戦。好投手神木を打ち砕いた勢いに乗れるか。

 

準々決勝第2試合は大阪代表大阪桐生第一対神奈川代表の横浦高校。大会屈指の強力打線同士の対決。エース舘の出来によって、結果が決まると言っていい。

 

 

準々決勝二日目第3試合は沖縄光南高校対宮城の導北高校。注目は、光南の2年生エース、柿崎則春の投球。右の神木が消えた中、彼の投球がより一層注目される。

 

準々決勝最後の試合は、広島光陵高校対福岡九州外国大付属。九州勢の新鋭が、スーパー一年生成瀬達也に挑む。新黄金世代ナンバーワン左腕の呼び声も高い成瀬を攻略できるか。

 

 

好カードが揃う準々決勝。特に、タフな試合を演じた青道と、神木を打ち砕いた宝徳の一戦、大阪と神奈川の激突は、死闘が予想される。更にこのどちらかが進んでも、またしても死闘が待っているだろうとも言われた。

 

 

 

前橋の敗退が決まった翌朝。神木が足を痛めていたことが発覚。投手にとってみれば致命的ともいえる下半身の安定感の欠如。

 

 

中盤から制球が乱れるのはそういう事だったのだろう。

 

「―――――エースの故障―――それでも投げなければならない責任――――」

 

新聞を読んだ御幸は、怪我を押して、エースが撃ち込まれる姿を見たくないと考えていた。神木の投球が狂い始めたのは、恐らく痛み止めが切れたことによるモノだろう。

 

6回あたりから神木の投球に異変を感じていた御幸は、この翌日の記事を見て納得していた。

 

「けど、最初から出ないわけにはいかないよね。エースの立場なら」

そこへ、離脱中だった小湊が現れた。御幸は彼を見た瞬間にこの癖のある2番打者が戻ってきたことに安堵する。

 

「亮さん!? もうけがは大丈夫なんですか!?」

 

「痛めただけだし。無理に動かした分、回復が遅れただけ。」

笑みを浮かべ、小湊はその術後の経過を簡単に説明する。

 

「けど、意外だったな。」

小湊はぼそりと呟く。

 

「どうしたんですか、亮さん?」

 

「アイツが甲子園のプレッシャーであそこまで崩れるなんてね。」

その横顔は少し寂しそうだった。彼が気にしているのは、小湊春市の打撃が一気に不調に入ったこと。

 

「アイツのセンスは凄い。ずっと見てきたから解る。けど、なんていうか、3年生たちの闘志は伊達じゃないってことかな」

 

小湊は、春市の実力を認めていた。だからこそ、自分が戻る間に彼がポジションを奪うかもしれないと考えていたので、この結果に寂しさを感じている。

 

「けど、亮さんの為に、絶対に打ちたいって、しきりに言っていましたね。」

不調になるたびに、代わりに出ている自分の不甲斐無さを悔いていた春市。その悪循環で、春市は打撃の調子を完全に崩していた。

 

「――――試合は見たよ。神木がつぶれるなんて、思ってもいなかったから驚いた」

 

「怪我を押しての投球。本来の力を発揮できなかったんです。まあ、当然ですよ」

 

 

ズンッ、

 

その時、何か重いものが畳の上に落ちたような音がする。二人は何が起きたのか、ゆっくりと音源の方向へと向かうと。

 

「―――うはっ、あまり持つもんじゃないな―――」

大塚がトレーニング器具を零していたのだ。少し箱の中にある器具が出てしまっており、片付けている最中の様だ。

 

「小湊先輩? もうけがは大丈夫なんですか!?」

 

「うん。まあまあだね。それよりも―――」

 

ピトッ、

 

「――――ッ」

小湊が大塚の胸辺りを抑えた時、大塚が表情を僅かに崩した。

 

「――――――――」

御幸はそれだけでわかってしまった。まさか、大塚も同じように――――

 

「―――アハハ、ちょっと器具を零したときに器具をぶつけちゃって。打身程度ですし、大丈夫ですよ。」

大塚は何でもないように言う。ダンベルやら何やらを打ちつけてしまい、「面目ない」と謝る大塚。

 

「――――ふうん。まあいいや。とりあえず、お前は投手なんだから、体のケアは特に注意しろよ」

小湊がそういうと、大塚も笑顔が戻る。

 

「大塚は、大丈夫、なのか?」

御幸は、神木の怪我で、少し精神的に落ち着いていなかった。エースに無茶をさせる、エースが無茶をするのを、彼自身如何止めるべきか、その方法すらわからないのだ。

 

だからもし、青道にそういうことが起きれば、どうすればいいのかわからないのだ。

 

「?? ええっと、質問の意味が解りかねます」

大塚はキョトンとして、御幸の言葉に戸惑う。

 

「怪我とか、どこか痛めていないよな?」

 

「―――大丈夫ですよ。俺はまだまだ投げられますし、頑張れますから!」

彼らしい受け答えだった。

 

「そっか―――」

 

―――大丈夫、だよな

 

 

「悪い。変なことを聞いた。じゃあな」

 

―――急いでスコアブックをもう一度チェックするか。

 

御幸は自分が今しなければならないこと。それは宝徳のデータを分析することにある。

 

だが、彼は明らかに冷静さを欠いていた。焦っていた。もしそんな現実を受け入れたくなかったと、無意識に思ってしまっていた。

 

だから、深く追求できなかった。

 

 

 

 

 

御幸が去った後、小湊と大塚が残るが――――

 

 

「――――やっぱり、そうか」

どこかわかっていたかのような、小湊の言葉。大塚の表情からは笑顔が消え、

 

「―――――まだ、大丈夫です。」

自分はまだ投げられると言う。

 

「―――さっきの言葉は偽り? 怪我をして、宝徳や横浦、大阪桐生に勝てるとでも?」

先程、彼は頑張ると言った。

 

「――――7回までは行けます。」

大塚は、そう答えた。7回までは自分を戦力として見てほしいと。

 

「宝徳戦。先発は沢村。監督はお前を準決勝のマウンドにあげるつもりだってさ。だから聞いてみたかったんだ。まあ、少し心配だけど、大丈夫そうで安心したよ。お前の言葉が“あくまで本当なら”ね」

 

 

「――――小湊先輩はどうして怪我の事を」

ばれるような素振りは見せていなかったはず。なのに、彼には見破られていた。

 

「俺だけじゃないよ、お前の怪我を疑っていたの。」

小湊は、すぐに種明かしをする。そして、その人が大塚の怪我の事を彼に教えたことも。

 

大塚の頭に浮かんだのは、予選が終わってから態度の少しおかしい―――

 

「――――そういうことか。あの子もよくしゃべるようになったわけだ―――まあ、予想はついていた、かな」

吉川は、大塚の怪我を真っ先に疑っていた。学校での大塚の不審な行動。よく屋上で寝ていることなど、自由時間に一人になる事が多かった。

 

「―――実際、彼女が話しかけてくれなかったら、俺も解らなかった」

小湊は神妙な顔で、大塚の演技の前に気づけなかったことを白状する。吉川がいなければ、誰にもばれなかったという事になる。

 

「怪我を隠している奴は誰だっている。けど、お前はクリスのようにはならないでくれよ」

 

「――――はい」

 

発覚したエースの故障。ラッキーボーイの不発。ここにきて青道の戦力に綻びが生じ始めていた。

 




ここで、まさかの神木君が消えました。エース中心のチームの脆さの象徴として。

今回出てきた宝徳。筆者は2010年が特に印象に残っています。

大塚がいったい今どんな状態かは、次の話以降ですね。



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