二世は辛いよ。
決勝に向け、調整を続ける青道の仮エース大塚栄治。
「ナイスボールっ!」
いつもと変わらないフォームで、大塚の投球は続く。明後日の試合に向け、万全の様子。
球の調子を見ただけで、御幸と大塚は練習を切り上げ、当日の配球や攻め方を確認していく。
だが、その話を聞いた者はいない。二人こそこそと話をしており、だれもそれを知らない。
そうして、今夜のミーティングが始まる。
「結局この試合はあくまでストレート主体の組み立てだったな」
桜沢高校は、青道が戦ってきた薬師や春の市大三高に比べ、劣っているのは言うまでもないが、それでも圧巻の投球だった。警戒していた緩い球をあまり投げなかったのだ。映像で見る限り、スクリュー気味に落ちているのはわかるが、それでも生で見たかった。
しかし、対策がないわけではない。沢村のサークルチェンジがすこし成宮のボールに似ていたのが救い。仮想敵として、これほどの適任はいない。
そして当日の作戦だが、
「とにかく、バットを振りぬくことだ。長打ではなくても、振りぬいた分内野の頭は越える。特に、一点を争う場面での前進守備の時は、内野と外野の隙間に落ちてくれる可能性が高いからな。あとは低めの変化球に手を出さないことだ。」
確実に引きつけてミートすることを心がけるよう伝える片岡監督。それでいて、低めの見極めが重要になる。
「沖田と結城にはマークが厳しくなるはず。やはり下位打線からのチャンスメイクが一番理想的ですね。」
クリス曰く、マークが厳しいと予想される主軸対策を考慮し、下位打線からのチャンスが一番の理想的。
「右打者は徹底して右打ち。両打ちの倉持は左で、御幸が如何にリズムを乱すかだろう。センター返しを理想とした打撃をチームで統一できるかがポイントだ。」
「御幸」
片岡に名前を呼ばれると、
「はい」
「この試合。ヒットはそう多くは求めん。数少ない左打者。十分に揺さぶればいい。この投手をマウンドから引きずり下ろすことを考えておけ」
西東京代表を決める戦い。下馬評では稲実だが、勢いと投手層の厚さは青道が勝るという結果を出している。
稲実は、成宮以外の投手は二線級である。青道の主軸を抑えられるほどの力はない。
そして、ここまで大塚の温存策がはまり、沢村も中継ぎ陣がいたのでそれほど負担もない。スクランブルにも一応対応できるだろう。
降谷の登板機会こそ少ないが、この予選の間で制球力はだいぶ改善されていた。スタミナの問題こそあるが、短いイニングならば、問題なく頼ることが出来る。
「大塚には成宮に負けない投球をしてほしい。といいたいが、とにかく稲実を最少失点に抑えることに集中してほしい。」
「解りました。」
「打順も変える。ここで1番は倉持、2番は小湊、3番は沖田、4番は結城、5番は大塚、6番は御幸、7番は伊佐敷、8番は東条、9番は白洲で行く」
「はいっ!!」
倉持はトップバッターを任され、ショートの守備。1番ショートで先発出場。自慢の快足で仕掛ける。
「元のさやに納まったね」
2番打者には小湊。小技など、何でも出来る。
「………右打ちは得意だ。」
3番には沖田。広角打法なら部内ナンバーワン。それに、沖田も好投手相手には開きなおることも必要だと悟っている。決め球を打ち砕き、チームに流れを呼び込めるか。今回は肩の強さとユーティリティを活かし、サードへ。
4番は結城。去年ホームランを打った男。無論力を入れられるだろうが、それでも負けないスイングを求められる。
5番は大塚。長打はないが、繋ぐことを期待されている。ある意味、チェンジアップを一番理解しているので、この試合のキーマン。
「6番は御幸だ。とにかくランナーがいれば、狙っても構わんぞ。御幸には内角は引っ張り、外角は流す打撃の基本を実践してほしい。」
「解りました。」
「7番は伊佐敷。右打ちで力まず、自分の打撃をしてほしい。内角は本能で打て。」
内角や悪球には強い伊佐敷。クロスファイアーへの対応が一番いいと予想される。
8番には東条。レフトで先発出場。
9番には白洲。ライトで、トップに回す打撃を求められる。
「8,9番こそ、奴は一番力を抜くだろう。だが、決して打てない球ではない。右打ちで球数を粘りつつ、四球での出塁を目指してほしい。打線が繋がれば、ムラが出てくるはずだ」
そしてマネージャーからの部員への贈り物には―――
「これ、吹奏楽部のみんなからだって」
そこには鶴を無数に連結させた、千羽鶴を両手に抱えていた貴子の姿と、彼女の横にいるマネージャーたち。
「おっ、千羽鶴じゃん。」
よくできているなぁ、と細部まで見ている伊佐敷。
その事を伝えにきたマネージャーは、帰ろうとするが、
「後二日、よろしくな。俺達も死ぬ気で頑張るからよ。」
いつもと変わらない彼の声で、この二日にかける思いを口にする伊佐敷。
「伊佐敷君………」
「とりあえず、完封するんでよろしく、先輩」
大塚も伊佐敷に乗ったのか、それに便乗する。
「大塚君………」
吉川は、あれ以来大塚から距離を少しおいているのか、物理的に遠くに立っていた。だが、やはり気になるのか、心の中でモヤモヤが残っていた。
「??(吉川さんの様子が最近おかしい。日頃明るい奴とか、馬鹿な奴が黙ると本当に何か深刻なことがあったのかと思いたくなる)」
大塚はそんな彼女の気も知らず、能天気なことを考えていた。
「頼もしいわね、大塚君。残り1試合になるけど、背番号1の感想はどう?」
貴子が、大塚に尋ねる。背番号1は彼にとってどういうモノだったのかを。
「身が引き締まる思いがしましたね。絶対に負けないんだという気持ちが強くなって、大きくなれたんじゃないかと思います」
この背番号は、人を大きくする。良くも悪くもこの背番号の意味は大きいことが分かった。自分には身に余る光栄だと思ったこともあったが、それでもわるくはなかった。
「ふふ、そうなんだ。期待しているわ」
貴子からの激励。大塚はやや顔を赤くしてしまう。
「なんだか先輩に激励を貰うと、照れくさいですね」
横髪を少しさわりながら、照れくさそうに白状する大塚。
そんな空気のところへ、
「というより、後二日ではないぞ、藤原、それに伊佐敷。その次も戦う準備をしなければならない。」
結城が伊佐敷に冷静に突っ込む。
―――これで終わりではないといわばかりに、
「うるせぇよ。というかこう言うことは、まず哲が言うべきだろ!」
「夏休みも短くなるだろう。8月は休みがないと思ってくれ。」
淡々と口にしていく結城。一同は思った。
―――それって全国制覇しているんじゃないかと。
「結城君。当日もバッティングを期待しているわ。」
「そうだぜ! まずは一本、あの野郎の球をスタンドインしてからだな!!」
はははははっ!!!
部内の雰囲気もいい。決戦に向けて、青道は一つになっていた。
「………やっぱり勝ちたい。このチームが一番長く野球をするんだと。それを全国に示したい。」
大塚は思う。
いろいろ言えるほど、このチームにいたわけではない。
しかし、自分に足りないモノが分かった。
素晴らしい再会と出逢いがあった。
だからこそ、勝ちたい。先輩たちの最後の夏を、最高の夏にしたいと。
丹波さんを、絶対甲子園に連れて行くんだ。
「………でも、大塚君にとってもこれが始まりなんだよ?」
春乃はそう意気込む栄治に釘をさす。表情はさえないが、大塚は理由を聞かない。
「はは………3年間。改めてよろしくね、吉川さん」
栄治もそれは弁えているらしく、3年間という言葉を付け加え、改めてその道を目指し力を合わせようと彼女に伝える。
まだ、かみ合わない。
「は、はい。」
――――私の、私の聞き間違いなのかな?
彼がとても怪我をしているようには見えない。
自分がドジでいろいろと間違えることが多いことを自覚している春乃。だからこそ、アレはもしかしたら自分の幻聴。目立った怪我をしているようには見えなかった。
「―――――。」
大塚は、春乃の様子がおかしい理由に最後まで気づかなかった。
そして稲実では―――
「ホント、注意するべき打者が多くて……やりがいを感じるね」
3番に座ることも多い沖田。4番結城………チャンスでの御幸。
そして打順こそわからないが、下位打線にいるであろう大塚。大きいのは上記の3人ほどはない。だが、チェンジアップの軌道を一番理解しているのは、彼なのだ。
彼は青道のバッターの中でも一番注意しなければならない。投手の目線からチェンジアップを意識している彼に対しては、ランナーを置いた状態で迎えたくない。
―――悔しいけど、チェンジアップ系で負けているからね………
パラシュートチェンジ。メジャーの名投手が投げているチェンジアップ系最高の決め球の一つ。打席の手前で急激に沈み、空振りを奪いやすい。その変化は下手なフォークやスライダーよりも強力だ。ある意味、フォークのように落ちているとさえ感じてしまうほどのキレも備わっている。
さらに、シンカー気味に沈むサークルチェンジも覚えており、軌道も複数ある。
「というより、野手陣こそ気を抜いていると、大塚にノーノー食らわせられるよ。」
成宮は先ほどから原田に青道の打者へのサーチが足らないと怒られており、逆にそういうことを言ったのだ。データこそ集めているが、データを集めたから打てるというわけではない。
「確かに………一年生であの球威と制球力。多彩な変化球の中で輝く絶対的な球種、SFF、パラシュートチェンジ………」
緩急自在の要と、打者の心をへし折るSFF。投げる回数は少ないが、あの球の被打率は、考えるのが馬鹿らしくなるほどクレイジーだ。
なお、痛烈な打球を飛ばした野手は青道にいるという二重苦。
「ああ。とにかく投手戦が予想されるからな。明川戦で、緊迫した場面でも制球を乱さないのはリサーチ済みだ。」
原田は、大塚が完封を達成した時に彼と投手戦を演じた投手のことを考えていた。
―――楊舜臣。もしこの投手が青道ではなく、自分たちが先に当たっていれば、どうなっていたのか。
青道を追い詰めた唯一の投手。大塚がいなければ確実に青道は敗れていた。西東京の中でも、その実力はトップクラス。強豪校のエースを今すぐ張れるほどだ。
それこそ、稲実にいればエースになれたかもしれない。
だからこそ、それほどの投手。もし―――先に楊瞬臣と稲実が当たっていた場合、どうなっていただろう。
ムラのある成宮が先に、万が一失点すれば、負けていたかもしれない、そう思えてならない。
そして稲実の監督、国友広重は先発の大塚について難儀していた。
春の地区大会では、力をセーブして投げて完封。夏予選も終盤に力を発揮するなど、スタミナやペース配分にも優れている。
成宮を超える多彩な変化球。癖球をうまく活用し、打たせて取る投球も可能。
――――四死球はゼロ。片岡監督は大塚に無理をさせず、沢村投手に準決勝を託し、1イニング試運転で大塚に投げさせた。
完全に決勝戦のために調整させている。負担も疲労も少ない大塚は、果たしてどれだけの威力なのかと。
―――さらに後ろには、制球力の増した剛腕降谷、サイドスロー川上。早い回で降板した影響か、沢村も短いイニングなら投げられる可能性もある。
沢村栄純。まるで去年の成宮を彷彿とさせる左腕。違うのは、その成長速度。次々と変化球を覚え、制球力が増している。薬師戦で見せたあの決め球は初見ではまず打てないだろう。
――――奴か。
国友は沢村の背後にいる影に、大塚を見た。原石同然の彼を磨き上げたのは、その原因は間違いなく彼だと。
「あの大塚………温存策が見事にはまり、決勝は間違いなく投げてきます。あの投手を相手にどうすれば攻略を………」
林田が国友に尋ねる。文字通り穴がないように見える。その多彩な変化球に目が行きがちだが、彼には膝の動きでタイミングを変えるという離れ業がある。
プロ野球でもフォームを変えて投球する投手はいる。だが、それを扱えるのは一握りである。6年連続防御率1点台のあの男。
膝の上げ方だけでも、彼が一流であることは解る。そこには間があるのだ。
一流の中の一流こそ、タイミングを操り、自分の体を制御できる。
「恐らくそう得点は望めん。守り勝つ野球で、足を絡めて揺さぶるしかない」
そして翌日の青道。
150キロのフリーバッティングにて、快音を残す選手たち。
「大塚と沖田、御幸……それに結城はあんまり快音がないな」
先程から、バットには当たるが、スイングが鈍い三人。準決勝では当たりのあった二人までこうなっているのは、青道のファンにとっては不安要素ではあるのだが、
――――チェンジアップを待ち、ストレートをファウル、もしくは単打にする。そして右打ちの準備を行う。特に御幸はコースによって打球の方向が違う。
広角に打てる結城と沖田は、すぐに慣れ始め、逆方向への鋭い当たりが増えてきた。一方の御幸はまだ単打のみ。大塚は安定して単打のみ。
「これが150キロ………」
東条も低めの球はヒットには出来ているが、高めに振り遅れている。変化球への対応は予想できるが、ストレートはカットするのが精一杯。
そして打撃練習の終わった御幸と大塚は完全非公開の屋内へと入っていった。
一方の稲実、
サイドスローの川上、降谷を意識した打撃練習は行っているが、大塚程の球種の豊富な投手は存在せず、140キロオーバーの変化球投手を担えるものはいなかった。
故に、マシンによる打撃練習。無論SFFやパラシュートチェンジは再現することは出来ない。
最速147キロ。この大舞台で化ける可能性もある。
沢村の存在も不気味で、万が一大塚を打ち崩しても、この投手の攻略は至難の業である。
出所の見えにくいフォームで、130キロ前後から前半に球速を増していた。左打者には縦に沈むか、もしくは食い込んでくるスライダー。まだフォームが整っていないのか、沢村の腕間接の柔軟性のおかげか、違った変化をすることもある。さらにはチェンジアップ系、癖球と変幻自在。
ムービングとカットボールが左右の打者にかなり効いている。それに、あそこまで動く球を投げ、且つ制球のいい投手など、稲実には存在しない。
精々変則の投手で練習することしか出来ない。
練習場の外で見ていた峰は、稲実の大塚攻略があまり進んでいないことを悟る。
―――あれほどの投手だ。両サイドに投げ分けられるだけではなく、膝でタイミングを外してくる。さらには、初球打ちで打ち損じ、追い込まれれば三振。
峰は思う。この夏、甲子園は荒れると。
―――あんな怪物投手、甲子園にはいないだろう。速球が速いと言われた投手はたくさんいた。だが、一番”勝てる”投手は彼の右に出る者はいないだろう。
さらに言えば、沢村の癖球を再現することも、あのフォームを再現することも無理な話。
あのフォームは沢村だけの、唯一無二のフォームと言えるだろう。
故に、稲実は成宮の出来次第という事になる。
―――昨年夏の甲子園で鮮烈なデビューを果たした、成宮鳴。関東1の投手であるとされているが、大塚、沢村、降谷などの新戦力に果たして格の違いを見せつけられるか。
しかし昨秋は調子を崩し、春の選抜出場を逃すなど、力を発揮できない時期もあった。
そしてその甲子園の夏での敗戦が、彼を大きくさせている。スクイズのウエストが失敗し、暴投に。それが決勝点になってしまったのである。
だが国友は彼にはいい転機だったと述べていた。
―――天狗になりかけていた一年坊主が、野球の怖さを知ることが出来た。
だからこそ、国友は成宮に全てを託す。大塚から大量点を臨めない中、投手が踏ん張らなければ甲子園は夢と消える。
場面は戻り、青道へ。
「1、2番は足を絡めた小技が得意だ。バントで揺さぶってくるかもしれない。大塚一応フィールディングの練習も少しやるぞ。まあ、問題ないとは思うけど」
「そうですね。フィールディングには特に気を付けようと思います」
物凄いチャージでセーフティ気味の当たりを一塁へ転送。送りバントも二塁へ転送し、相変わらず刺され役に指名される倉持。
「マジで自信無くすわ………」
刺された倉持は自信を無くす。
「すいません。部で一番足の速い先輩にしか頼めないことです」
「大塚って足も速いよな。明川戦のタッチアップも凄かったし………」
「やっぱ投手って、足腰がいいんだろうな」
「沢村、今日は軽めの調整だ。フィールディングの後、ブルペンで調整だ。大塚もキリが良いところでブルペンに来い。」
クリスに促され、フィールディングで8割倉持を刺した後、大塚と御幸もブルペンへと向かう。
「4人の投手に教えること。それぞれの打者の特性は教えたが、稲実は勝利への執念というより、それに裏打ちされた采配がある。主軸でも送るべきところで送る。それが出来るチームだ」
「面白い。フィールディングで刺してやりますよ」
大塚はかかってこいといった感じだった。
「けど、やっぱり守備の陣形も影響するし、やっぱ投手が一番気をつけなきゃいけないんすよね」
沢村も長い回を投げる可能性があるので、クリスの話に耳を傾けている。
「………まあひとつ朗報なのは、成宮が大塚を意識し過ぎているところだ。だからこそ、大塚は自然体で投げろ。」
「言うまでもないですね。投げ合いは意識しますけど、打者にならない限り、出すつもりはありませんよ。」
投手対投手。本来野球は打者対投手なのだが、エースという言葉を正しく理解できていないマスメディアの罪状だと大塚は思う。
―――エースは、本当のエースは強いハートを持っている。だから、相手投手を気にして、崩れるのは愚の骨頂。自分に出来る最善をし、結果を出してこそエース。
今は、それを強く意識しなければならない。言葉に出して言わないと、落ち着けない。
それを考えたら、自分は父にはまだ遠く及ばない。彼のいた高みにすら届いていない。まるで、星を掴むような、そんな途方も無い壁、距離がある。
ーーーーまだ俺は、父さんに比べれば……
父親は、いい意味でマイペースだった。のらりくらりとバッターを抑えて、簡単に打ち取る。形容し難いオーラを纏っていた。
「まあ相手がエースだと、点を許したくない気持ちはありますが、それで崩れるのはつまんないじゃないですか。」
だから、こんな事しか言えない。自分は父のような覚悟には至らない。それは恐らく、一生……
「……………………」
沢村はその横でメモを取っていた。それを見た御幸は笑みを浮かべ、
―――まさに沢村にとっては格上で、教科書だよな、こいつは。
沢村の成長を手助けしているのは紛れもなく大塚である。
――――そして奴もメモを持ってはいないが、ちゃんと話を聞いているようで………
降谷も、メモを持ってはいないが、大塚の話とクリスの話を聞いている。
そしてそんな決勝に向けて調整を続けるナインに思わぬ来客が現れる。
去年のドラフト3位。東清国である。どうやらまた太ったように見えなくもない。
「あの人…………」
大塚が三振に打ち取った人。
「アイツは………」
沢村が三振に打ち取った人。
伊佐敷は、東の腹を見て、
「なんで太ったんですか…………?」
少し信じられない目で見ていた。
「やかましい!試合に出れへんストレス太りや!! てかわしの事はいいんや! 大事なんはお前等やろが!!」
そうなのだ。彼がここにきたのは決勝へと駒を進めたナインへの激励。
そして丁度ブルペンにいた沢村たち
「おいおいお前あん時のクソガキどもやないかい。なんでブルペンに入っているねん」
大塚と沢村を見て、少し驚いた眼をしている東。
「ア、アンタは、かつて俺が完膚なきまでに抑えこんだメタボリック先輩」
「あって早々相変わらず失礼な奴やな、オノレ!!」
色々あったが、沢村と大塚、降谷のボールを見てもらうことにした。
ドゴォォォォンッッ!!
低めへとストレートが決まり、満足げな笑みを浮かべる降谷。続けて制球よく際どい所へ半分の確率ぐらいまで投げられるようになり、練習とはいえ、ほくほくが止まらない。右左関係なく、この剛速球は凄まじい。
――――せやけど、フォームはタイミングとりやすいんやな。
降谷のフォームには癖がない。全身をうまく使えているとは言い難いが、腕をしっかり振り切ることは出来ているので球は伸びてくる。だが、
1,2,3のタイミングで投げてきており、プロ入りした東には、見慣れた光景でもあった。さらに気になるところを挙げていけばきりがないので、後でクリスに伝えることにした東。
「この制球力でこの球威………やるやないか、坊主」
そして沢村の高速縦スライダー
「………ホンマ、あんときの小僧か、こいつは………」
キレのあるウイニングショットを手にし、沢村も多彩な変化球を見せる。
右打者に対しても猛威を振るい続けるこの決め球。スピードも速く、右打者のひざ下へと急激に消えるので、セオリーが通用しにくいのだ。
右左に有効に使えるほどのスライダー。だが、東はすぐにスライダーの欠点を見抜いた。
「お願いしやすっ!」
スライダーのことを気に留めつつ、沢村が繰り出した右打者の外角低めにストレートが収まる。投手の生命線であるアウトコースを意識した投球に、東は感心する。
――――今度はフォーシーム、アウトコースにええ球来るやないか
対照的に出所が見えにくく、非常に粘りのあるフォームを会得している沢村は、東の目から見てもタイミングは取りづらい。降谷ほどではないにしろ、捕手のミットを鳴らせている。
――――フォームは変則に見えとるが、理にかなったフォームや。
大きく足を上げることにより、打者への威圧もかかる。そして、軸足から右足にうまく体重が乗っており、理想的な体重移動が可能となっていたのだ。
―――――さらに選択した変化球が、癖球、緩急の順番に来て、空振りを奪える球
腕の振りがほとんど同じの速球系、チェンジアップ系に関していえば注文はない。ただ、試合後半で球が浮き始めるというクリスの証言もあり、降谷とは対照的に上体がやや弱いのではないかと推測する。
「…………まあ、想像通り半端ないなオノレ………」
しかし、むしろその特異性をいかし、沢村はプロのバッターを驚かせるぐらいはできると考えた。
「ホンマ、この世代は凄いやんけ。まあ、目当ては他にもたくさんおるし、青道のカラーがかわっとるやん」
東は、この厚い投手陣を前に何を口にするのだろうか。
私事ですが、インターネットの接続の際に問題があり、新生活の二週目辺り、4月中旬までパソコンが使えません。
そのため、投稿が遅れます。すいません。