東京神宮球場。あの約束通り、彼らは東京のこの歴史ある球場へと足を踏み入れたのだが、
「急がないと栄ちゃんの出番が終わっちゃうよ!!」
「今日先発なのに、初回から見れないなんて………」
彼らは、沢村の応援に駆け付けた地元長野の旧友たちである。
「栄純………」
若菜もまた、沢村が先発を任されているというのに、その時間に遅れていることに心を痛める。
その後一同は、球場のスタンドへと足を運び、スコアを見る。
「2回が終わって、まだ0-0………ヒット一本は撃たれているけど、栄ちゃんが抑えたんだ!!」
そして相手高校の仙泉学園の守備が終わる。相手投手は2mを超える長身投手。青道の打者はタイミングのズレと、球威に押され、ゴロを量産していた。
そして、3回の表、沢村の出番が来る。
ダイヤモンドで背番号11をつけて、投げているのは自分たちのヒーロー。
『初回に一死二塁のピンチを迎えるも、切れ味鋭い変化球で、二者連続三振で切り抜けた一年生投手沢村!! 2回も仙泉打線を三者凡退に抑え、勢いに乗っています』
アナウンサーも、ここまでいきの良い一年生の登場に、心が躍っている。解説者も、
『立ち上がりの投手の状態を確かめる前に、先制を仕掛けた仙泉の攻めも悪くはありませんでしたが、これまで癖球やチェンジアップ系が主体の沢村君に、あれほどの切れの変化球があるとは思ってもいませんでしたね』
時間は初回のピンチに遡る。
「あっ!!」
初球ムービングがピッチャー返しになり、バックアップをした沖田がスローイングするも、内野安打で出塁を許すと、
コンっ、
「ボールセカンッ!!」
御幸の指示に従い、ランナーをスコアリングポジションに進められてしまい、いきなりのピンチを迎える。
3番の中軸との試合で、御幸は迷わず、勝負球に、勿論あの決め球。
目の前に見えたはずのボールが直前で視界から外れていく。
「なっ………!!?」
左打者には消えたと錯覚させるような球。バッターの視界から球を消すレベルのウイングショット。
高速縦スライダーがまたもや猛威を振るい、絶対的な球種として、その威力を見せつけた。
『三振~~~~!!! 三番森のバットがとまりませんでした!! 今のボールは………何でしょう?』
実況も沢村のデータに一応目を通していた。だが、その予想以上のキレに、驚いている。アナウンサーには、恐らく高速フォークにも見えただろう。
『………スライダー、のようですね。縦に沈みながら、左打者へと逃げていくボール。それでいてストレートの球速で変化する、縦スライダー………あんなキレ、本当に今年の青道の1年生は豊作どころではありませんね。』
ベンチ前にて、投球練習を行っていた真木も、この沢村の特徴は掴んでいた。
出所の見えにくいフォームに、キレのいいフォーシームと癖球、カットボール。右打者から逃げながら沈む、タイミングを狂わせるサークルチェンジ。そして縦軌道の高速パーム。
そして、ここで左打者の視界から消える、高速縦スライダー。
これはプロ野球界でもめったにお目にかかれないスライダー系最高の球種の一つ。ほぼ初見のこの決め球に対策を講じきれなかった仙泉の打者は対応できない。
「ッ…………!」
この回は、二者連続三振で抑え込まれ、先制のチャンスも無得点。真木もそれに触発され、三者凡退に抑えたのだった。
場面は戻り、3回。
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」
『三振~~~!!! 3回、先頭打者の8番八木をスライダーで三振に打ち取ります!! これで早くも3つ目の三振!』
『タイミングの取りづらいストレートがあるので、ストレートに対応しにくいんですよね。しかし、ストレートを待っていると、このスライダーにバットが止まらない。』
ざわざわ、
「アレが沢村のスライダー………」
「あの一年生は癖球とチェンジアップだけじゃないのかよ………」
「あのスライダー………どうやったら打てるんだよ」
観客の中でも、特に仙泉を応援していた人々から、切り札を初めから出してきた沢村の投球に、初回以降誰もランナーに出ることが出来ていない仙泉を不安に思い始める。
「凄い………栄純が強豪相手に圧倒してる………」
若菜も、ここまでの投球を栄純がやっているとはイマイチ信じられない。
「しゃぁぁぁっ!!!」
そして続く9番打者もスライダーで打ち取り、3回で3つの三振を奪う快投。特に力んでいるわけでもなく、スライダーをちらつかせることで、低めのストレートへの振りが弱くなっている。
こうなっては、沢村の流れである。鵜飼監督も、沢村がここにきて切り札を使ってきたことで、打線が機能しない現状にどうすることも出来ない。
――――真木が抑えとるから目立ってはおらんが、あの沢村とかいう一年。データ以上の投手やないか………こいつも10年に一度の投手……大塚と同じ………いや違う。
出所の見えにくいフォームから繰り出される、球持ちの良いストレートがコースに決まる。乾いたいい音をさせながら、相手の士気を下げていく。
「うっ!」
1番東のバットが出ない。初球のスライダーで完全に打撃を崩されたのか、待ち球を整理し切れず、あっさりとストレートで追い込まれた。
――――こいつは試合をこなす事に進化しとる………大塚は30年に一度の天才。せやけど、この沢村は10年に一度からさらに上の次元へと足を踏み入れようとしとる。
沢村の恐るべき成長力。今の評価が10年に一度のいい投手なら、このまま伸びていけばそれが何年単位の投手になるかわからない。
カァン!!
「アウトっ!!」
最期はサークルチェンジ。ストレートに振り負けないことを意識していた打者の意表を突くタイミングを外すボール。体勢を崩された打者の地価のない打球がファーストに転がり、結城が難なく捕球。
『アウト~~~!!!! 沢村、この回も危なげなく抑えた!! とんでもない一年生が現れましたね』
『去年は成宮君。そして今年は青道に大塚君、沢村君、降谷君。本当にこの先が楽しみですね』
「へぇ………大塚以外に面白い投手がいるじゃん。けど、俺には負けているけどね」
稲実の成宮は、沢村のことを評価するも、自分よりは下だと断言する。
「どうだろうな。あの投手、タイミングが取りづらく、ストレートと思った球種がスライダーになる………それに、お前ほど手がかからなそうだからな。リードするなら楽そうだ」
しかし原田は成宮の言葉を真に受けず、沢村は成宮よりもリードしやすいと断言する。
「ひどっ!?」
ショックを受けたような顔をする成宮。
「球速こそお前が上だが、両サイドを大胆に使える制球力。球速が同等になったら、解らねェぞ、鳴。」
だが原田は目が笑っていない。あの投手と、決勝で当たる可能性は高い。故に、ここで彼がスライダーを使ったのは幸いだった。
右打者から逃げるサークルチェンジに、左打者にも外へ逃げる高速縦スライダー。そしてそれらを活かすストレートと癖球。
カットボールがあるため、右打者は決め打ちで運がよくなければ、まず攻略は不可能。これでシュート系のボールを習得すれば、文字通り弱点が消える。
「けど、負ける気はないよ………ッ」
3回1安打無失点、3奪三振の沢村。飛躍はまだまだ止まらない。
4回、沢村の投球。
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」
『見逃し三振~~~!!! アウトコース一杯、手が出ない!! これで4つ目の三振!! この一年生の勢いが止まりません!!』
アウトコース一杯の真直ぐに手が出ず、バッターは三振に取られる。サークルチェンジがあるだけで、そして沢村の厳しいコースを突く投球に、仙泉は手も足も出ない。
この回さらに三振を一つ奪った沢村。続く打者にはゴロで打ち取る投球。低めの高速パームとスライダーがさえわたり、この回も三者凡退。1安打投球を継続。
そんなルーキーの好投に打線が応えたのは4回。
4回の裏、ノーアウト。打者は沖田。前の打席は四球。
―――危険なバッターやけど、次の打者もまともに勝負する必要はあらへん。
「…………………」
沖田には甘い球が一球も来ない。だが、タイミングもだんだんと掴めてきたし、前の打席に粘った甲斐があった。
――――角度も今日はついているし、低めに球が集まっている。難しいボールだが、それは続ければ続けるほど効力を無くすぞ
そして自分に対し、同じ高さに何球もぽんぽんと投げ込んでいる真木の球を。
ガァァァァンッッっ!!!
アウトコースの真直ぐを流し打ちしたのだ。
「なっ!?」
だがしかし、当たりはライトライナー。野手の正面をついてしまい一死。
「くっ………狙いすぎたのか………」
悔しそうにベンチへと帰る沖田。
続く4番結城。
「すいません、主将。」
沖田がベンチへ帰る際に一言いう。
「気にするな。あの球にはもう慣れている。ランナーを溜めて、先輩の意地を見せることにしよう」
右バッターボックスへと立つ結城。1打席目に凡退したために、その闘志はかなりのモノだ。
この回以前の初ヒットは東条のカーブ打ち。ライト線へと転がるヒットだったが、ライトの好返球にタッチアウト。なお、続く沢村は三球三振。バットに掠りもしなかった。
「哲~~!!!」
―――この打者、前の打席は打ち取って入るけど、バットが振れていた。初球アウトコースのストレート。
「ストライクっ!」
悠然と見送る結城。それを見た捕手はその不気味な見逃し方の奥にあるモノを感じる。
――――ボールが見えているのか? もう一球アウトコース。今度はボール球。
「ボールっ」
そして同じように見逃す結城。明らかにタイミングを取っていた。
――――くそっ、ストレートはもう見えているのかよ。ならここでカーブだ。
カキィィンッ!!
狙い澄ましたような打撃で、インコースからアウトコースへ逃げるカーブを真芯で捉えた結城。
『打ったぁぁぁ!! 4番結城の当たりは、右中間へ!!』
綺麗に右中間真っ二つの当たり。打った結城は二塁へ。
『打った結城は二塁へ! この回初めての長打!! 一死二塁のチャンスメイクっ!! ここで青道は5番増子!!』
「哲さんッ!!!」
「ナイスバッティング哲~~~!!!」
「青道の主砲!!!」
スタンドもこの回の初めての長打に沸く。
「ナイスバッティングリーダー!!!」
そして、得点圏のランナーで、5番6番という打順。
真木のカーブに慣れてきた増子。変化球投手とは言い難い彼の球筋に慣れてきた。そのため―――
「ボールフォア!!」
コースに最後は外れる。
増子がそのガタイに似合わない粘りで四球を選ぶと、ここまで低調な打撃が続く御幸。
――――ホント、本当に初戦や3回戦以来のランナー置いた状態の場面。
リード面や守備面で信頼を勝ち得ているが、それでもこのチャンス。
―――ここで打って、沢村を楽にしたい。
『ここで6番の御幸。ここまでは低調な打撃が続いていますが、去年同様、勝負強い打撃を見せられるか!?』
打率は、去年を下回る。
19打数4安打。打率は2割1分。まさに、なぜここでこの打者を6番に据えるかはわからないだろう。鵜飼監督も去年は勝負強い打撃で引っ張ってきた彼を怖いと感じていたが、今年は得点圏でも、快音が少ない。
鵜飼監督もダークホースの明川学園と当たったのが影響していると考えているが、
――――勝負や。前の打席も三振で、タイミングが当っとらん
唸りを上げるような速球が、真上から襲いかかる。その威圧感はまさに日本一。
「ストライクっ!!」
インコースへの球威のある球。御幸のバットは出ない。応援席からも、御幸に不安を覚え始める者もいる。
――――俺に対しては球威で打ち取る? 確かに、今までの打席は無残だけどさ………
そしてそれが解っているからこそ、御幸は次の球を容易に予測できた。
カキィィィンッッッ!!!!!
「なっ!?」
打たれた真木は、思わず打った打球の先を見てしまう。そして捕手もまた、御幸が真木の重いストレートを引っ張ったことに、衝撃を覚える。
―――何だ、この打者………ッ!! 今まではそんなに打ってなかったのに………ッ!!
打球はそのまま、ライトフェンス直撃のタイムリースリーベース。ライトフェンスにぶつかった球がクッションボールとなり、処理が遅れたのだ。
『ああっと!! 取れないッ!! 取れない!! 仙泉の守備が遅れている中、二塁ランナー結城はホームに生還!!』
ザシュッ、
結城が悠々とホームベースを踏むと、
『三塁ランナー増子も帰ってきたァァァァ!!!! ホームは………セーフ!! セーフ!! 4回の裏、青道先制!! 今日6番抜擢の御幸!! この大一番で先制のタイムリースリーベースっ!!! 2-0!!』
「いいとこもっていきやがったぞ、アイツっ!!!」
「ナイスバッチ、御幸~~!!!」
「やっと目が覚めたか!!!」
スタンドでも、御幸の復調をアピールするこの長打に湧きかえる。
「しゃあぁぁ!! ここは俺も大きいのを狙ってやるぜ!!!」
そして続く7番伊佐敷。
「どりゃぁぁぁぁ!!!」カキィィィンッッ!!
「あっ!」
伊佐敷の打った打球はライトへ伸びる。そしてそのまま―――
パシッ、
「うがっ!?」
伊佐敷は項垂れ、三塁ランナーの御幸はタッチアップ。肩の強いライト東だが、ここは距離があったので、危険もなく、御幸はホームに生還。
『三塁ランナータッチアップ!! ホームイン~~~!! 青道ここで追加点!! 3-0!! 7番伊佐敷の犠牲フライ!! この回3点目!!』
だが真木も続く打者の東条を高めの真直ぐで空振りに奪い、後続を抑える。
しかし、沢村には頼もしすぎる援護点。
4回が終わって、3-0とリードする青道高校。
「小湊。降谷には、6回から行くことを伝え、心の準備をするように言っておけ」
「は、はいっ!!」
予定通り、沢村を5回で降板させる。登板間隔が空けば、降谷を決勝ぶっつけで使うことになりかねない。
そして5回。
一死からヒットを浴びた沢村。続く打者は、7番真木。
―――ここで絶対に打つ!! このまま終われない。
御幸は真木の表情から、焦っていることを確認する。
――――恐らく選球眼も悪くなっている。ボールゾーンで勝負をして、後は低めのスライダー。
キィィィンッッ!!
まず高めのボール球に合わせてきた真木。振らされたとしかめっ面をする。芯に当たっていないのか、高い音をさせながら、ボールは真後ろに飛んでいく。
――――二球目。アウトコースの外れるボール球。
「ボール!!」
サークルチェンジを見極めた真木。
――――ここは予想範囲内だ。内角へのカットボール。腕の長い打者に有効なのはこのインコースのボール。
沢村は御幸の強気なリードに驚くが、すぐに首を縦に頷き――――
カァァァァンンッッ!!
「グッ!!」
最後の打者の真木も、内角への厳しいボールに詰まらされ、ゴロに打ち取られる。まさか1年生にここまで抑え込まれる自分たちを想像していなかった仙泉は、呆然とするしかない。
ここで痛恨のショートゴロゲッツー。
ここも三者凡退に打ち取った沢村。ここまで5つの三振を奪い、ベンチへと帰るのだが、ここでベンチから監督が出て、右肩をポンポンと叩くことから、沢村はこの回でお役御免という事になる。
「栄純………」
5回でマウンドを降りることに、やや納得もいかないが、若菜はここまでの投球を見せた沢村を見て、嬉しさでいっぱいだった。
「栄ちゃんさすが!! さすが俺達のヒーローだよ!!」
「あの仙泉打線を5回2安打5奪三振!! 去年から変化球を覚えて見違えたけど、凄いよ栄ちゃん!!」
思えば、あの巻物と資料をくれた人物が誰なのかを、若菜以外は知らない。その誰かのおかげで、沢村はここまで飛躍している。実際、自分たちの環境が野球をやるのにあまり適していないことは解っていた。
だからこそ、本当に才能が有りそうな沢村に、知識を与えてくれた名も知らぬ人物に感謝していた。
「若菜ちゃん。本当にあの資料を渡してくれた人は誰なの?」
友人一人が、若菜に改めて聞く。
―――でも、ここで隠す必要はもうないかな………
「ほら、あそこで背番号1をつけている人が栄純にくれたのよ。」
若菜が指差した方角には、背番号1を付けた大塚が、投球練習を行っていた。
「あれって………まさか…………」
とんでもない人物だとは思った。あの資料を見て、自分たちも短期間であそこまで野球が出来るようになった。
だからこそ、一回戦負けではなく、優勝候補と最期まで僅差のゲームが出来た。運が悪かったと思えばそれまでだが、あの努力が無駄ではなかったのは実感できた。
「うん。栄ちゃんの投球を見て、色々といいたいことがあったんだって。だから、いろいろ指南をしてくれたの」
―――ライバルがストレートだけなのはいただけない。入学前にいろいろ勉強してきてほしいね。これから3年間、エース争いをするのだから
彼は沢村のことを認め、ライバルと認定した。原石の状態同然の彼を見抜くだけの眼力があった。そして沢村は今もなお磨かれ続けている。
右肩上がりの成長率。それが途切れる時はいったいいつなのだろうか。
沢村を狙う、強豪の007は存在します。
西東京は間に合わないけど……