ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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現実は強いのに、なぜこうなった。




第36話 ダークホースの挑戦状

その瞬間を、楊はベンチで見つめていた。

 

――――ああ………負けたのか…………

 

楊は、ドロドロのユニフォームでもなお、衰えを感じさせない剛速球を投げる投手―――

 

背番号1の大塚を見て、そう感じた。

 

「ごめん………舜…………」

泣きじゃくるチームメイト。

 

「最後まで、お前の力になれなかった…………!!」

悔しいのだろう。そして勝ちたかったのだろう。その想いは自分も負けていないはずなのに、自分の目からはまだ涙が出ない。

 

「さぁ! 胸を張って整列しましょう!! 最後まで、チームとして」

監督に促され、明川ナインは整列する。

 

そして、背番号1の姿もそこにあった。

 

「1-0で青道!! 礼っ!!」

 

 

ありがとうございました!!!

 

「ナイスピッチ、大塚ァァァァ!!!!」

 

「ナイスバッティング、春市ィィィ!!」

 

「代打俺、最高~~~~!!!」

 

「片岡さん~~~~!!!!」

 

青道にとっては胃が痛くなるような試合だった。1点差の勝利、大塚の勝負強さが光った。

 

「凄いです。栄治君がやりました!!」

春乃は、この試合を前に呆然としていた夏川に抱き着く。

 

「………う、うん。すごく、胃が痛かった試合だったよね。」

打撃戦ばかりだったのか、夏川は投手戦の息苦しさに慣れていなかった。

 

「春乃はよく平気だったわね。」

貴子も、未だに元気いっぱいの吉川を見て、尋ねる。

 

「大塚君を信じてましたから!」

 

春乃は力強く、そう言うのだった。

 

 

 

「あそこで打ててよかったぁ……」

春市は、自身の打点が決勝点になったことで少し震えていた。自分の打棒で、勝利に貢献できたことを実感しているのだ。

 

「ナイス援護、春市」

未だに興奮が治まらない春市に、大塚が声をかける。

 

「そんな。あれは打ち取られていた当たりだったし、大塚君の走塁のおかげだよ。」

 

「けど、春市の犠牲フライで勝てた。」

 

「それはそうと、大塚君は大丈夫なの!? あんなスライディング、一歩間違えたら――」

春市も、一塁付近にて、大塚の突入シーンは見ていた。投手にとっては本当に危険なスライディング。

 

「大丈夫だって。怪我なんてしている暇はないよ」

大塚は大丈夫そうだった。

 

「おぉぉぉぉ!!! ナイスピッチ大塚ァァァ!!!!」

沢村は投手として見ごたえのある、この緊迫のゲームを制した大塚に声援を送る。

 

「ありがとな、栄純」

そして野手陣、

 

「最後、初球から仕留めるべきだった。」

投手を追い込んでいくスタイルの沖田は、投球の組み立てよりも先に、ストライクのボールをスタンドに叩き込むべきだったと考えていた。今の彼に、もし3打席目があれば、スタンドインは出来ていただろう。

 

だが、それを肌で感じた楊が、まともに勝負をしてくるとは思えない。第2打席のストレートを仕留めるべきだったのだ。

 

――――まだまだ甘いなぁ、俺。

 

貪欲さが足りないと考えた沖田。一方で、

 

 

上級生も、楊舜臣の実力を見せつけられ、

 

「次は打棒復活だ、ゴラァァァ!!!」

 

「大塚には大きな借りが出来た。ならば今度は俺達が次の試合に示すべきだ。」

 

両チームのあいさつが終わると、どちらともベンチへと引き返すのだが、

 

明川のベンチ前では、

 

「よくやったぞ、明川!!!」

 

「ナイスピッチ、楊!!」

 

「凄かったぞ~~~~!!!」

 

――――敗れた選手への賛辞も忘れず、か。

 

楊は不思議な感覚だった。嬉しいのだが、まだ満たされていない。何が満たされていなかったのかが分からない。

 

そこへ

 

「楊先輩。」

大塚が声をかける。

 

「…………大塚栄治…………」

自分が憧れた大投手の息子。この試合ではっきり分かった。彼はあの投手の息子だと。

 

「なんだか、俺を見る視線がなんか違う感じがしたんですよね。」

 

「お前は、大塚和正を知っているのか?」

 

「そりゃ、まあ、日本の誇る大投手ですよ。そして、俺が越えたいと思っている投手。」

当たり前でしょ、と彼は言う。

 

「お前は、彼の息子なのか?」

楊舜臣は話の核心に迫る。

 

「……驚いた。何も話していないのに。エスパー?」

驚いた顔をする大塚。まさか、投手として見られただけで、関係を見透かされるとは思わなかった。

 

「同じ名字で、同じような投球スタイル。ならば意識しないわけがない。俺にとっても、尊敬の対象だからな。投手を志したきっかけも彼だった」

 

「……俺は、そうだね。あの時の完全試合かな。」

 

「俺もそうだ。あのダイヤモンドの中心で投げる姿にあこがれた。いつか自分もそうありたいと。」

 

それぞれの投手像を語る二人。投げ合ったからこそ生まれた縁。楊舜臣もそうだが、大塚は彼が他人には見えなかった。

 

――――これから先、絶対に何度も会いそうな気がする。

 

お互いに、それぞれ優れた点がある。だからこそ、互いを彼らは意識していた。大塚は、彼とはプロで投げ合う時が来るのではないかと予感する。

 

彼はいずれプロが放っておかない。あの制球力は、この世代ナンバーワン。球速もそこそこ。だからこそ、これから成長期、恵まれた体格。

 

―――――嬉しいけど、この先しんどいだろうなぁ

 

「…………楊さん。」

大塚は楊の顔を見る。大塚は、敢えて彼に其の道を提示する。彼が野球を続けるのかどうかはわからない。彼のこの先を知らない。けれど、投手としてのエゴと、チームメイト以外のライバルに対し、ある言葉を投げかける。

 

「なんだ?」

楊舜臣は、これから大塚が言うことを想像できていない。きっとスケールが違う。彼は野球がどこまでも好きで、どこまでも愚直で、どこまでも真摯だ。だからこそ、今に全力、一球の重みを知っている。

 

「………先にプロで暴れといてください。で、もう一度勝負しましょう。今日のように、結果の分からないハラハラする試合を」

握手を求めた大塚。その手を見た楊は、

 

「ああ。2年後。お前の挑戦ではなく、俺がお前に挑戦し、リベンジする。」

そう言って、固く握手を交わすのだった。楊舜臣も、このままでは終われない気持ちがあった。素晴らしい投手と巡り合えたことに感謝すると同時に、日本のプロでやりたいという気持ちも芽生えた。

 

プロでの再戦を誓い合う二人。だが、その夢は長い長い年月がかかることになる。

 

 

その数年後、楊と大塚は同じチーム同士になり、エース争いを演じつつ、所属チームの黄金時代を築くのだが、それは遠い話。

 

だからこそ、きっと彼らが戦うのは、プロ野球の先だろう―――――

 

 

 

 

「凄い試合だった…………」

市大三高の真中は、スタンドにてこの壮絶な投手戦を見ていた。決死の覚悟で、死力を尽くし、8回1失点。完投負けながら、その力を存分に見せつけた楊舜臣。

 

そして、その投球に触発され、剛球投手へと変貌した、大塚栄治。こちらは9回無失点完封。

 

両チーム合わせて被安打は5という、投手戦。しかも楊舜臣は強打の青道を、大塚はそれまで力をかなりセーブしていた。

 

「ええ………明川の精密機械も、よく青道ハイスクールを抑えてはいたがね。最後は大塚ボーイの走塁に勝負を決められたようだ。あれほど気迫を前面に出す投手も珍しい。」

田原監督は、最後の勝負の決め手になった大塚の走塁を見て、とても気持ちの強い投手であることを知った。

 

「丹波ボーイが怪我で離脱にせよ、彼よりもとても厄介な相手であることは、間違いない。」

 

「そうですね………判明しただけでも、解らないで当たるよりもマシなほどです………」

 

147キロにまで到達するストレート。スライダー、パラシュートチェンジ、SFF、カットボール、シンキングファースト。

 

それにまだ底を出し尽くしていない気がする。

 

「…………楽しみかい、真中ボーイ?」

田原監督は、あれほどチームの事を考え、全力でプレーする大塚を好ましく思っている。同時に、厄介な難敵であると。だからこそ、そんな投手と投げ合える真中が、薄ら笑みを浮かべているのを見て、そう尋ねたのだ。

 

「光一郎と投げ合えたらと、思っていたのも事実でした。ですが………鳥肌が立ちますね。あんな凄い投手と戦えることが」

 

「その意気だ、真中ボーイっ!!」

 

 

そしてスタンドでは、大塚と楊舜臣の握手を見ていた大塚の家族。

 

「すっげぇ試合だった。でも、二人ともいつかスタンドに叩き込んでやりたい!!」

中々にえげつないことを言う裕作。兄であろうと容赦はしないという弟。そして、楊舜臣もその打ち砕く対象にされた模様。何というとばっちり。

 

「うちの子たちは栄治以外どうしてこう、好戦的なのかしら?」

苦笑いの綾子。けど、目標がしっかりしており、努力するのは間違いではないし、「仮に親子でも、手加減はしないぞ」と和正が言っているし、問題がないと考えた。

 

「なんかすごい。けど、負けたくないなぁ」

沖田雅彦も、そんな裕作を抑えられるかどうかわからないと考える。兄が遊撃手で、彼は投手なのだ。あの成瀬にもかわいがられていたし、素質はあるらしい。

 

 

「ふう、みんな探しているだろうし、早く合流しないと」

大塚は楊舜臣と別れた後、会場へと戻る途中、

 

「兄さん。」

 

「うわぁぁ!? 今日試合じゃないの!?」

 

「終わったし、県大会行きは決まりました! それに、行けない距離じゃないもん。」

どうやら、県大会いきを決めた妹。残すは県大会のみらしい。水泳はよく知らないので、よく分からない大塚。

 

「兄さんも、その、カッコ良かったよ」

 

「来ていたと知っていたら、もっと頑張っていたかもしれないな」

日頃から主導権を握られているので、日頃の仕返しがてらに仕掛けてみる大塚。

 

「や、やだっ! 変なこと言わないでよ!! このバカ兄貴!!」

あっさりと落したが、

 

「あだっ、痛いッ!! イタイって!! 照れ隠しに叩くのはやめろぉ!!」

妹の攻撃を防ぐ兄。一矢報いたが、さらなるしっぺ返しを食らった模様。

 

「あ、大塚君!! 説明はあったけど、みんな探していた――――よ?」

春乃はそんな兄と妹の光景を目撃した。

 

「―――――え?」

春乃は呆然とした目で二人を見る。少し涙目になっている大塚と、見知らぬ女子。というより、

 

ーーーー知らない女の子に抱き着かれてる!?

 

「えっと、うん――――みんな、呼んでるよ。」

何か遠い目でいろいろというべきことを言う春乃。

 

「!? なんかすごい勘違いをしていると思うけど、妹だよ。」

 

「!? あ……ええええ!!! そ、そうなんだ―――うん、(大丈夫、妹は対象外、だよね? 大塚君に限ってそういことはないよね!?  けど、もしそうならどうしよう」

心の声が少し漏れている春乃。大塚は苦笑い、

 

「うわぁぁ……」

思いっきり警戒している美鈴。兄を狙う女子が絶えないことは、彼女が中2の時に知っている。かなりのバレンタインチョコを貰っており、困惑した兄に何度溜息をついたことか。

 

だが、その先に踏み込む人はいなかった。

 

 

ーーーーこの人も、いつか兄さんを見限るのかな

 

やや懐疑的に構える美鈴。

 

「はっ!! えっと、その、早くスタンドで昼食をとるようにって、」

警戒色を強める美鈴に、吉川はオロオロする。年下に気圧されるとは。

 

「兄さんは渡しません。」

 

「え!?」

 

 

「(この修羅場は予想していなかった)」

めんどくさそうなので、大塚はそそくさとこの場を後にしようとするのだが、

 

「逃がしません」がしっ、

 

「ぐえっ」

車に轢かれたカエルのような声を出す大塚。

 

 

「兄ちゃんが修羅場だよ!! メシウマ!!メシウマ!!!」

裕作は相変わらず畜生的なセリフを吐き続ける。

 

「なんだろう、この家族。めっちゃ怖い」

沖田雅彦は、この光景に遠い目をする。

 

「若いわね」

 

「うんうん」

母親たちは助けない。

 

其の数十分後、

 

「酷い目にあった。」

きっぱりとそう独白する大塚。

 

 

その後、大塚の知らない場所で、春乃と美鈴が何故か意気投合しており、裕作が畜生発言を繰り返して、鬱になったのと、あまりよく覚えていない。何か、涙目の少年がいた気がするが、あんまり気にしなくていいと思った。

 

ーーーーこのパターンで、美鈴が仲良くなるのは珍しい。

 

そんなことを考えながら、彼は会場に戻ったが、

 

 

「それで、試合は………って、何があったの?」

 

スコアは物凄い乱打戦になっていた。あの市大三高のエースはそんなに柔ではなかったはず。

 

「………あの一年生の三塁手が真中投手の心を折ったんだ。特大の弾丸ホームランでな。ていうか、どうした? 凄い疲れた顔をしているぞ?」

沖田がそんな大塚の疑問に答える。その表情は渋く、市大が食われる可能性があると言っているようなものだった。

 

「気にしないでくれ」

 

 

「え、でもなんか顔も若干青いし、」

 

 

「気にしないでくれ」

 

 

「お、おう」

 

 

 

大塚が来る前、

 

「あの投手、中々いいスライダーですね。春に比べ、立ち上がりもよくなっています。見極めが難しいですね」

沖田は市大三高のエースを見て、唸るようにつぶやく。

 

「俺のスライダー程じゃねェし!!」

 

「栄純君はまずスライダーをコントロールしようね♪」

まずは春市にそう突っ込まれ、

 

「そうだぞ、取るのだけでも精一杯なんだからな………」

正捕手の御幸にも小言を言われた沢村。

 

「なぬ~~~!!」

納得がいかない沢村は、唸るしかなかった。

 

しかし、4番の轟の打席で―――

 

ガキィィィンッッッ!!!

 

「え…………」

 

だれもが驚く、特大の飛距離とその勢い。今彼が撃ったのは、間違いなく真中の決め球である高速スライダー。

 

「…………(一年生のスイングか……こいつ………)」

御幸はこの轟の一撃に、驚愕をしていた。今まで見たことがないタイプであり、いとも簡単にスライダーを運んだのだ。

 

それから試合は荒れ模様。そのまま真中は立ち直れないまま、いったん外野へと移され、継投で何とかリードこそしているが、薬師高校の勢いが止まらない。

 

1番から9番までバットを迷わずに振ってくる。

 

「………あのチーム、相当バットを振り込んでいるな………それにあの一年生の主軸………」

 

大塚を途中で交代できなかったのが痛すぎた。楊舜臣相手に、僅差の場面。何があるかわからない。だからこそ、次の先発は―――

 

「次の先発。その出来次第で試合運びが難しくなるだろうな」

 

片岡監督は、向こうで薬師ベンチを睨みつけている沢村を見た。

 

「監督!? まさか―――」

太田部長が監督の考えていることを悟る。それはあまりにも―――

 

「だが、ここで奴が戦力として、あの打線に耐えられないようならば、大塚を使い潰すことになる。それだけは出来ん」

 

 

試合はその後13対10とリードしていた市大三高。この回も一点を返され緊迫した場面が続くが、三塁手大前のファインプレーもあり、最少失点でしのぎ切る。

 

「…………」

 

リードしているのは市大三高。だが、薬師はそれに食らいつき、勢いはどう見ても彼らにあった。

 

 

そんなゲーム展開であり、大塚は、沖田から言われた説明を聞き、

 

「…………打力が凄い……か。だが、打者としての彼を見ていない。それを見なければ、俺も危ないかもね」

 

そう言って、まずは守備をしている三塁の動きを見て、大塚は思わず沢村を見た。

 

「??? どうしたんだよ、大塚?」

 

―――ああ、やはり感じ取ったか、大塚も。

 

沖田は、一瞬で見抜いた大塚を称賛するべきなのか、あの三塁手がバカすぎるのか、どちらなのかを迷う。

 

「………公式戦を経験すれば、あんなふうには普通なれないはずだが………彼の守備はどうなんだ?」

大塚は守備の最中も笑い続けている轟を見て、不気味だと感じつつ、彼の守備力を尋ねる。

 

「アイツ、3つもエラーしていたぞ。それに、ホームランは2本。まさに攻撃特化って感じだな………アイツ、エラーしたのに笑っていやがったし、俺には考えられないな」

沖田は守備にプライドがある。エラーをすれば全力で自分を責め、そのエラーがどうして起きたのかを理解する。そして、挽回できるチャンスを探る。

 

だが、沖田にはエラーをしても笑顔の彼の感情を理解できない。打撃は自分以上と感じるが、それでも。

 

「……………まあ、投手としたら、案外笑われたら力みも取れるかもしれないけど」

大塚はやや楽しそうに轟を見ていた。

 

「お前ほどの寛容な投手じゃないと、マウンドの選手はやってられないだろうな」

そんな風に彼を許容してしまう大塚の言動に、沖田は苦笑い。

 

「けど、エラー分の仕事はきっちり返してほしいですね」

 

「お、おう・・・・」

沖田は、そこははっきりしている大塚に苦笑いする。

 

「ホント、いい顔するようになったな、お前も沖田も。」

御幸は、二人を見て笑みを浮かべる。

 

そして薬師は、真田という投手が登板し、市大三高打線を三者凡退に抑えると、真中が外野からマウンドへと戻ってきた。

 

「………投手としては、抑えられる能力がなければ、最悪歩かしてもいい気がしますけどね」

大塚は、あれほど打ち込まれた真中が、無理に勝負をする必要はないという。

 

「だが、あの打者を抑えない限り、勢いは止められないぞ。」

御幸の言う通り、続く打者も侮れないバッターが並ぶ。ここで不用意にランナーを溜めるのも、危険なのかもしれない。

 

「………………それに、打席で見ると、まあアッパースイングですね。見事な。」

タイミングの取り方、動きが一定。だが、そのスイングのスピードで、打球を飛ばしている。

 

大塚は鷹のような瞳で、打席に立っている轟を見ていた。その様子に、マウンドで威圧感といふを与える大塚に成り代わっているのが解る。

 

「………栄治君……?」

春市も、何かを探しているような大塚の尋常ではない瞳に、冷や汗をかいていた。

 

そしてその視線は――――

 

ゾクッ

 

「!?」

打席の轟まで届いていた。

 

―――今、スタンドのどこかで、誰かに見られた? 

 

 

しかし気を取り直した轟。その視線はすぐに消え、またしても立ち塞がる真中と相対する。

 

 

 

「……………」

降谷は、彼がパワー自慢のヒッターであること、そして自分が剛腕投手であることを考え、力では負けたくないと、強く感じるようになった。

 

「…………………」

そして、尚も大塚は轟のスイングを見ていた。二球続けてのインローの厳しい高速スライダー。

 

「追い込んだ!!」

沢村は思わず声が出る。

 

「…………ここで3球続けるか、それともストレートか。いずれにせよ、コースは甘く入るとやられるな…………」

沖田は、自分ならばここはまずストレートを待つと考えていた。2球目にあのスライダーに当てたのだ。相手も少しは考える。それに、3球続けて同じボールはまず投げない。

 

そして第3球。

 

「「「!!!!」」」

東条、春市、沢村は声を出して驚愕した。

 

「なっ……………」

沖田は信じられないものを見ていた。そして、それは自分の忌むべき記憶を呼び覚ました。

 

――――打球が……肩に…………ッ!

 

強烈な投手へのライナー。それがそのまま真中に直撃したのだ。かつて自分の時と同じように、

 

「…………………」

しかし大塚は、それを見てもまだ表情を崩していなかった。

 

 

その後、真中は負傷退場し、柱を失った市大三高は完全に崩れ、9回裏にサヨナラ負け。

 

この瞬間、次の対戦相手は薬師に決まった。

 

 

「………………変化球の後のストレート。それも140キロ前後の球に振り負けなかったか」

クリスは、その尋常ではないヘッドスピードに、驚くしかない。

 

「………………ッ!」

沖田はスタンドから出ていった。顔を歪め、何かに耐えるような表情で、その場を後にしたのだ。

 

「沖田っ!?」

沢村は慌てて彼の後を追いかけようとしたが、大塚が手で制す。

 

「彼のコントロールは俺に任せて。アイツは馬鹿ではないけど、解りやすい奴だから」

 

そう言って大塚は監督に一言言い、スタンドを後にするのだった。

 

「…………栄治…………道広…………」

東条は、そんな二人の行動に、どうすることも出来なかった。

 

 

その後、降谷、沢村、春市、東条の一年生陣は、バスの居場所に迷い、球場をウロウロするのだが、

 

「今日の投手! 凄い気迫だった………あんな闘志剥き出しの投手が全国にはいっぱいいるんだよな!? もっともっともっと打ちてぇ! 全国にいる投手、全部打ちてェ~!! まとめてブッ飛ばしてぇ!!」

 

「お前はプロの世界でメシ食いたいんだろ?そうなりゃ色んな投手と毎日戦えるさ」

監督の轟は、そんな息子の心意気に満足げだった。

 

「凄いね………大塚君や沖田君並の高い意識かも………」

小湊も数年後、確実にドラフトに選ばれるであろう二人に匹敵する意識に舌を巻く。

 

「とりあえずセンバツ投手の真中は打ち砕いたんだ。あと西東京でお前の相手になりそうな投手は…………稲城実業の成宮 鳴。こいつ位しかいねーな」

 

――――ぶちっ

 

春市は、沢村、降谷以外からの何かの切れる音を聞いた。そしてその二人もその音が聞こえていたらしく、辺りを見回す。

 

東条に至っては、顔面蒼白だった。彼は一番にその視線の先にある威圧感を見つけていた。

 

「アハハハハ…………スイッチ入っちゃったね………彼…………」

大塚は苦笑いだが、目はあまり笑っていない。だがその威圧感は彼ではない。

 

「……………………」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!

沖田はまさに鬼のような形相で、あの二人を見ていた。しかし、彼はすぐに表情を直すと、裏表がない素敵な人のようなスマイルで、二人の前に出ていく。

 

「どうも。」

 

「お前……確か青道の………」

息子に比べ、がっちりとした体格に、バランスのよさそうな筋肉。雷蔵は、この沖田も只者ではないと知る。

 

「次に当たる薬師に一応挨拶に来ました。そして、宣戦布告もかねて、次は覚悟してもらうことも。」

そして普通のスマイルが、黒い笑みに変わる。沢村たちは、普段温厚で真面目な奴ほど怒らせてはならないと、悟る。

 

「………すいません。うちの同僚が暴走しちゃって」

そこへ大塚がフォローに入る。あたかも、沖田の威圧感を感じていないように、普通にその場へと入ってきたのだ。

 

「まさか………そうか、そう言えばこいつもいたな、雷市。春の地区大会で結果を出している男、大塚栄治。こいつを打たないと全国にはいけないぞ」

 

「………本人の前で、それを言いますか………」

やや苦笑いの大塚。

 

「………まあ、今日の投球は見せてもらったさ。世間を騙すキツネにも勝るな、お前さんは」

 

「騙すとは人聞きの悪い。“出す必要”がそれまでなかったと言っておきましょう」

大塚もだんだんとヒートアップしていた。しかし、沖田のように威圧感を感じさせない自然体のまま。

 

「…………そうか。対戦を楽しみにしているぜ」

 

「ではこの場は失礼します」

 

そうして、青道一年生たちは、先輩たちに先んじて、薬師へのあいさつを済ませるのだった。

 

「絶対に三振に取ってやる!!」

沢村。先発濃厚のこの人は、絶対に抑えると意気込んでいた。

 

「ねじ伏せる」

降谷、自分の名前すらコールされなかった。

 

「打っちゃおうかな?」

春市も兄にだんだん近づいているのか、黒い笑みを浮かべ始めた。

 

「お前ら元気だな………」

東条。

 

「ぶっ潰す」

物騒な言葉を並べる沖田。投手へのライナーも許せないが、大塚の名をも忘れているという事に腹が立っていたし、何よりも青道を舐められている気がした。

 

「みんな肩の力を抜こうよ~~」

大塚はヒートアップしている一年生たちを宥め続けるのだった。

 

 

 

「所で、吉川さん。美鈴とは何を話していたの?」

 

「ひ、秘密です!!」

 

数日間彼女に避けられて、女心はよくわからないと感じた大塚。

 

だが、何か変わった気がした。

 

 




沖田、トラウマ回避。しかし、野蛮な言葉を使う。

沢村、火だるまか、それとも……

大塚については、全国大会で徐々に過去を明かしたいと思います。全てではありませんが。一応、彼は主人公?ですし。


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