1番 倉持洋一 (2年)遊 1番二宮
2番 小湊亮介 (3年)二 2番橋本
3番 伊佐敷純 (3年)中 3番大西
4番 結城哲也 (3年)一 4番白鳥
5番 増子 透 (3年)三 5番楊舜臣
6番 御幸一也 (2年)捕 6番対馬
7番 大塚栄治 (1年)投 7番国見
8番 坂井一郎 (3年)左 8番関口
9番 白洲健次郎(2年)右 9番高田
夏の予選2回戦、3回戦を順調に勝ち進んだ青道に、巨大な荒波が襲い掛かる。その名は明川学園。エース楊舜臣を擁する中堅校。
だが、そのエースは強豪校のエースに見劣りしないどころか、近年稀に見る実力を見せつけている。
小技をしようにも、まずヒットにすることが出来ない。フィールディングに優れる楊は、その悉くを封殺し続けているのだ。
5回に入り、結城との2回目の対決。
――――この打者との対決をいかに少なくするか、この打者よりも上な打者はいない。
外角のスライダーでまず様子を見てくる楊。
「ボールっ!」
しかし初球を見逃す結城。かなり集中しており、威圧感を如何なく見せている。
なら次は、
カキィィィンっ!!
一塁線への鋭いファウル。楊は、それを見て、
―――ストレートを流し打ち、あそこまで鋭い打球………広角に長打が打てる厄介なタイプだとは思っていたが、これほどとは………
―――だがどうする? 当然、フォークを意識しているだろう。だが―――
ククッ!
「むっ!」
カキィィンッ!!
今度は強引に振りに行き、SFFに当てる結城。しかし、またしてもタイミングが外れる。
「…………(タイミング、たとえ変化球でも十分にヒットゾーンに出来る球だった。だが、捉えきれなかった?)」
「!!!!!」
それをベンチで見ていた大塚は、恐ろしいモノでも見たような、笑みを浮かべる。
―――今のフォーム、伊佐敷先輩とは違う。さらに言えば、追い込む前と微妙に違う。
大塚の恐れていたことが現実となった。
「御幸先輩………以前、俺のフォームチェンジを物に出来る投手がほとんどいない、といっていましたよね?」
「!? あ、ああ……まさか………!」
察しの良い御幸は、驚愕した顔で大塚をそして楊舜臣を見る。
「ええ。少なくとも、フォームは大きく分けて3つ持っていますよ。あの人………俺が確認しただけでも、3つ。結城先輩を完全に潰しに来ています。」
この時点で、フォームチェンジを物にし、かつ球威すら維持できている楊舜臣は、この分野において大塚を圧倒していた。
そう、あの天才大塚を、フォームの分野で完全に圧倒しているという異常事態。ことタイミングを外す技術では、恐らく、アマチュア最高クラス。かつ、誰をイメージしているかはもう言うまでもない。乱れることのない制球力。
その投球術と投球力は、あの伝説の投手を彷彿とさせる。
――――まるで大塚和正の再来だと。
「…………フォームチェンジ………あの制球力で、多彩な変化球………まるで父さんと投げ合っている気になってしまう。そんな事、在りえないのに…………」
まるで父の鏡と戦っている気分だ。だが、その鏡はオリジナルにはまだ及ばない。だからこそ、
―――ここで足踏みはしてられない。
そうこうしているうちに、結城は楊舜臣に圧倒されていた。
カァァァンっ!!
「ファウルっ!!!」
「くっ…………」
結城が押されている。微妙なタイミングの誤差で、バッティングを崩されかけているのだ。
その勝負は、明らかに――――
ストンッ!!
「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォ!!!」
ワンバウンドのボール。一番結城のタイミングにあっていたフォームで敢えて投げ、反射的に手を出させたのだ。
青道ベンチでは――――
「ウソ、だろ!? 哲が二打席連続三振!?」
「――――フォームは外から見てオーソドックス、でも捉えられない……」
「こんな投手が、中堅校に――――」
そして、ベンチの動揺はスタンドにも伝染する。
「結城先輩がまた三振。あんなボール球に―――」
「そんな、結城主将が打てないなら、誰が打てるの?」
「そんな、バカな」
「先輩たちが、まるで相手になってねぇ。何なんだこの投手は」
「海を渡ってきたエース。思いの力でも負けてるっていうのかよ!?」
上位打線がまるで歯が立たない。青道が誇るリードオフマンたちも封じられ、主軸にも快音が聞かれない。
大塚が失点をしていないからまだましとはいえ、確実に青道を追い込んでいた。そして、楊舜臣のスタミナ切れさえ願うようになるほどに、彼らは追い詰められていた。
この空気を打開するために、片岡監督は当たっていない増子に代打を送る。そして、その代打は―――
「…………お前がそこまでいうほどの完成度か?」
片岡監督は、大塚の言葉を聞き、そう尋ねる。大塚の言葉の真意が本当ならば、彼をこの試合に先発させたことは間違いではなかった。
1点でも奪われたら、その瞬間に負ける。この投手相手に、連打や攻略を期待していた戦前の予想は、あまりにも稚拙だったことを痛感せざるを得ない。
「………フォームに関して言えば、俺よりも上です。俺が求めていたことを、彼は体現しています」
この状況で冷静な大塚。東条も、食い入るように楊舜臣のフォームを見ており、いつでも準備は出来ていると言わんばかりの顔だ。
そして、一同は大塚の発言に驚く。フォーム研究に余念のない大塚が、楊舜臣に対し、その分野での負けを認めたのだ。球速や変化球の切れに関してはまだわからないが、大塚が重要視する打者のタイミングを外す能力は、アマチュアのレベルではなく、
「アレはプロがやるようなレベルです。状況に応じて、自身を変化させることで、的を絞らせない。3人の投手が一球ずつ交代しているような精巧さですね」
しかも、それがフォームの始動までわからない。大塚は3つに分けられていると説明しているが実は違う。そこへ、さらに膝の動きで打者のタイミングを図っているのだ。だからこそ、打者はタイミングを狂わされる。常に楊舜臣に先手を打たれ続けている。
事態は急を要する。片岡監督が仕掛ける。
「…………そうか………代打を出す。お前をして“厄介といわれる打者”を、もっと早くに投入するべきだった。」
五番増子に代打が送られ、ここでピンチヒッター。
ズンッ!
沖田道広。この停滞した状況を打開するために、増子への代打。
「まだだ!! まだ青道の怪童なら!!!」
「頼むぞ、沖田ァァ!!!」
「何とか打ち崩してくれ!!!」
「お前が打てなきゃ誰が打つ!!!」
最早懇願に近い声援。ここで怪童を投入する青道。タイミングと多彩な変化球を操る楊舜臣に対して、相性最悪の増子を下げ、ここで強打の沖田。
沖田自身、自分のバットが打開策になるか、さらなるドツボになるかの分岐点であることが分かる。
沖田は打席に立つ前に、大塚から投手の特徴をつぶさに教えられていた。そこには彼の期待を含む言葉もあった。
――――奴は俺と同じフォームチェンジの使い手。それでも、あの時俺の球を捉えた沖田君なら…………
ざっ、
そして、もう一度頭の中を整理する沖田。
―――球種はストレートにスライダー、フォーク、落差の浅いスピードのあるSFF、カーブ………緩急自在にそれぞれがストライクを取れるボール…………まったくふざけた実力だ。
これほどの投手。長打は望めない。それに、ストレート中心かと思われていたが、縦変化の球の割合が多い。
沖田は後ろへとバッターボックスをかえる。
―――あの噂の一年生か。ここはどう攻めるか………
―――とりあえず、外角のストレートのボール球で様子を見る。
バッテリー間で得体のしれない打者相手に、ボール球で様子を見る。
「ボールっ」
ピクリとも動かない沖田。だが、次の一球。
ブゥゥゥゥンっ!!
「くっ!」
「ストライクっ!!」
打ち気を逸らす、振らせる技術に優れている。さっきのはフォークボール。丹波のフォークボールよりもスピードがあり、尚且つ打者の視界から消えるボール。
恐らく、この球種が楊舜臣の核。
―――あれが楊の決め球。なら、落ち際を狙うまで。
しかしそれを見た楊は、容赦なくアウトハイへと投げ込み、ファウルでカウントを稼ぐ。
「ファウルっ!!」
―――追い込まれた………先輩たちの打席を見ると、カーブ系はまずない。注意するのはスライダー系とフォーク系。ストレートを見せ球にしている。
「ボールっ!!」
外側際どいところを見極める沖田。
―――これで終わりだ、フォークでけりをつける。
―――この感じ、アイツと対戦しているような感じだ。ストレートに食らいつくのが精一杯で、最後にSFF。
ククッ!!
――――ああ、やはりそう来るよな!!
カキィィィンっ!!!!
「なっ!!」
楊は思わず打たれた方を見る。打球はライトへと伸びていき―――
「ファウルっ!!!!」
特大のファウル。あわやホームランの当たり。命拾いした楊。
――――あれに当ててくるか………だが、今のは決め打ちか。
明らかに落ち際を狙った打撃。ならば―――
そう、このフォークを仕留め切れなかった段階で、沖田は待ち球を失った。読み打ちも込みの彼の打法で、この初見の投手相手に、それは致命的なケース。
このフォークを仕留め切れなかった沖田に、
ズバァァァァンっ!!!
「ストライィィィクッ!!! バッターアウトっ!!」
勝機は訪れない。怪童すら屠る、台湾のエース。青道に絶望が襲い掛かる。あの怪童すら打つ事が出来なかった。
この強打者相手にインハイのストレート。度胸満点のピッチング。その度胸に裏打ちされる、実戦感覚を磨く練習の積み重ね。
それは毎日、バッター相手に何百球も投げ込み、磨かれた絶対的な制球力。
ーーーー打者相手に投げたいという、俺の我儘を聞いてくれた。
何よりも海を渡り、野球をする覚悟。だが、自分を信じてくれた仲間に報いたい。
毎日打撃投手を務め、実戦を常に意識し続けた。その毎日の意識が、精密機械と言われつつも、度胸満点の投球の根幹に位置する。
それこそが、彼の理想。球威と制球が両立されることは、最低限のラインなのだ。
ーーーあの投手に俺は迫る。お前はどうする、ルーキー?
楊は、ベンチ前でこの対決を見届けた大塚を見る。
「そんな――――沖田まで――――」
「ウソだろ――――」
「こんなところで、終わるのかよ―――」
「どうすれば打てるんだよ、この投手――――」
絶望が、スタンドを埋め尽くす。沖田、結城にあったはずの声援すら飲み込む楊舜臣の投球。
「(くはぁ………そこを投げられるとキツイな………けど、)」
しかし、沖田はこの初見ではいい線までいっていた。恐らく次の打席は、楊舜臣のボールを射抜く。
――――けど、絶望的なほどじゃない。大塚よりも球速は遅い、変化球もフォークが凄いだけ。まったく手が出ないわけではない。
この時、沖田にはさほど絶望的なイメージはなかった。球筋を見られただけで、タイミングも、ミートすればヒットには出来るというイメージもつかみかけていた。
だが、それでは遅すぎる。沖田が打席を稼いでいれば、違っていたかもしれない。
その後、御幸もピッチャーゴロに打ち取られ、この回も無得点。沖田はそのままサードの守備に就く。
明川学園はこの回三者凡退。チームの主砲を二度も抑え込み、切り札的な存在だった沖田も打ち取り、俄然テンションのあがるこのダークホース。
「しゃぁぁぁぁ!!! いけるぞォォォ!!!」
「俺達のエースは負けない!!!」
「この回大事だぞ!!!」
「何とか塁に出ろよ、お前らァァ!!!」
声が絶えないベンチ。監督も、この青道相手にロースコア、投手戦という自分たちが望んでいた展開であることに、手ごたえを感じていた。
「ええ。とにかく、ファーストストライクを狙って、積極的に撃っていきましょう。ボールやコースに逆らわない打撃で、連打を生めば勝機は必ずあります」
――――青道の打線を完全に封じた舜臣。まずは先制点を取らないことには―――
しかし、明川学園の監督は、大塚が前の回までは打たせて取る投球に徹していることに、若干の違和感を覚えていた。
そして中立の立場から両チームを見ていた記者陣では――――
「凄い投手戦ですね…………特に楊君………130キロ後半だったはずなのに………」
大和田はこの投手戦に息をのむ。まさか青道の打線が、ここまで抑え込まれるとは思っていなかったのだ。
球場のスピードガンが先程の沖田を三振に取ったストレートの球速は145キロ。
強豪との対決で、進化し始めている楊。それに対し、悠々と打たせて取る投球をしている大塚。
試合は明らかに明川の流れ。それを何とか受け流しているのは大塚。プレッシャーはあるはずなのに、青道では唯一、この一年生が冷静なままだ。
そして、抑えられたはずの沖田も、それほど険しい表情をしていない。
峰は思う。
―――やはり、全国経験者は場数を踏んでいるという事か。
さらに、ベンチで楊舜臣のフォームを凝視していた東条。仕掛ける時に、まだこの男がいる。
見ての通り、明川学園が押している試合展開。それでも総合戦力で言えば、
「…………だが、このままでは明川が不利だな」
峰は大和田とは逆のことを考えていた。明川学園が不利な理由は、大塚が原因である。
「え?」
「延長を考えれば、楊君一人の明川は不利だ。今は抑えているけど、彼の代わりはいない。」
そう、明川には、代わりの投手が青道を抑えられる実力を持ってはいない。
「対する大塚君は、打たせて取る投球。楊君は一杯一杯だ。正直スタミナが最後まで持つかどうか………」
大塚は、明川学園を、手を抜いて抑えられることを証明している。彼には恐らく疲労はほとんどないだろう。そして、青道ベンチの中で、彼の表情はそれほど追い込まれているわけではない。
その頃、知らせを聞いた妹の美鈴が、兄のいる会場へと向かっていた。
「もうっ!! 試合が終わるかもしれないのに!!」
母親からは今日試合があることを聞かされていたが、日程的に厳しいだろうと言われていた。なので、弟とともに先に観戦しているという。
―――私だって、兄さんの投げている試合が見たいのに!!
そして、会場へとやってきた彼女は、6回表の青道の守りが始まるところから見ることが出来た。そして、強豪と言われた学校が、あまり名を知られていない高校に抑えられている現状に、彼女は驚く。
「うそっ!? 0に抑えられてる!? けど、兄さんも零封。どうなっているの!?」
しかし、彼女は幸運だ。試合が動き出す前兆が始まる瞬間を見逃すことがなかったのだから。
大塚は、ベンチの様子、スタンドの様子を見ていた。
――――劣勢なわけではないのに、これはいただけない。
まだ先制すら許していない。だが、チームの主軸を抑えられ、波に載れないのはまずい流れである。
ーーーそれに、まあ、これは俺のエゴもあるかな。
大塚はベンチにいる楊を見る。投手として、燃えないわけにはいかない。
そして、応援団も声を失いつつあり、楊の投球に呑まれている。
――――何とかして、流れを引き寄せたい、いや、引き寄せる!
大塚は、明るい雰囲気を保っている相手ベンチをもう一度見やる。
――――まずはそこからだね。
御幸は、大塚の明確な変化を捕手の視点から感じ取っていた。
―――雰囲気が変わった?
劣勢の状況、とまではいかないが、楊舜臣の前にランナーをほとんど出せない状況。先輩たちの表情も硬く、このままでは嫌な流れが続きかねない。
――――この流れをお前は変えられるのか?
そしてその彼の変貌は、彼の家族にもわかった。
いつもの、少し家族にはだらしない兄の姿ではなく、何かスイッチが入った時の表情。それは現役時代の父のそれとよく似ていた。
彼の母親である綾子は、まるで若い頃の和正が二人投げているような感覚に陥った。
ベンチから出てきた栄治の醸し出す雰囲気が変わった。ここまで奪った三振は4つ。
7回の表、先頭打者の二宮。
―――……………正直、市大を意識していた。
大塚は、エースとしての投球ではなく、ゼロに抑えることにこだわり過ぎていた。
―――たくさん三振を取り、相手を威圧する。それも攻撃的な守備だったはず。
沖田への投球を見て、大塚の中で何かが変わり始めていた。
――――御幸先輩、もう隠す必要、ないですね………いえ、なかった。
栄治は、御幸に対し、ストレートを本気で投げ込むと、サインを送る。
――――………解った……全力で捕ってやるさ
ドゴォォォンッッ!!!
「なっ…………」
先頭打者の二宮は、大塚の球質が明らかに変わったことに驚いていた。そして球場のスピードガンには―――
――――145キロ―――
技巧派どころではない、本格派の直球が姿を現した。
中堅校をねじ伏せるために、ついに天才が牙をむく。
勝つには、彼を打つしかないが、打てる人が少ない。
守備では乱れない。