両者全く譲らない投手戦。全国屈指の投手、片や高校初年度のルーキー。しかし、この投手は伊達ではない。
4回の表、打順は返り小湊から始まる。未だノーヒットの青道打線。何とか沢村を援護したいが――――
クク、ギュギュイン!!
「ストライクっ!! バッターアウト!!!」
3球目の高速シンカーをかろうじてバットに当てた小湊だが、続く4球目のシンカーにタイミングが合わず、空振り三振。
2番白洲もストレートに詰まらされ、あっさりとツーアウト。だが、青道はここから主軸。
3番沖田。前の打席は屈辱の見逃し三振。ここで何とか一発を打ちたい。
――――この打者は厄介な雰囲気。まずアウトコースへ一球――――
神木が投じたストレート、それが寸分の違いもなく、アウトコースへと迫る。
カキィィィィィンッッッ!!!!!
「え!?」
神木は信じがたい光景を目にした。打球音は聞こえた。しかし、彼は目の前にあったはずの打球を見失ったのだ。
「ッ」
苦い顔をしている沖田のみがその眼球に映り、バットは振り抜かれていたのだ。
神木が目にしたのは、レフト方向へと痛烈な打球が伸びていくこと。
「ファウルっ!!」
しかし、150キロ前後のストレートを撃ち返した打球は僅かに切れてホームランとならず。沖田が仕留め損ねたことに自分を戒める。
―――――前の打席はこの投手を意識し過ぎていた。けど、俺は元々考えるタイプではない。
沖田は、このレベルになると待ち球を考えることは出来ないと考えた。
――――センスで打つ。なけなしのセンスで、こいつを打ち砕く!!!
続く二球目、縦スライダーを見極めた沖田。これで1ボール1ストライク。この一連の勝負の結果に、前橋バッテリーは、焦りを感じ始めた。
――――この打者、確実に対応してきている。ここはシンカーで。
――――ボール気味でいい、神木。こいつは横浦のアイツと同等だ。
山崎の脳裏に浮かぶのは、横浦の最強スラッガー、岡本達郎、坂田久遠の恐怖の3番4番コンビ。あのレベルにすら匹敵している。
続く三球目、2ボールにはしたくないバッテリー。選択したボールは――――
クク、ギュギュイン!!!
「ストライクツー!!」
沖田のバットが空を切る。ボール球からボールのシンカー。これで追い込まれた沖田、追い込んだ前橋バッテリー。
―――アウトコース高め、一球釣り球。バットが出ても、次は対角線のスライダー、ボール球で打ち取る。
ドゴォォォォンッッッ!!
「ボールっ!!」
沖田はピクとも反応しなかった。完全に神木のボールを見切り始めていた。
これで平衡カウント。勝負球は――――
「ボールスリー!」
縦スライダーも冷静に見極めた沖田。これでフルカウント。
―――――――っ
今の沖田は、神木の投球にしか目が入っていない。青道ベンチの声援、前橋ベンチの盛り立て、それらが耳に入るが、それらを意識していなかった。
無駄な雑念すらなく、神木を打ち砕く、そのことだけを考えていた。
そしてラストボールは――――――
「ボール!! フォアボールっ!!!」
ストレートがコースから外れ、四球。沖田との勝負を避けた形となった。続く結城は――――
「いい度胸だ。次は打つ」
沖田の打席は、間近で見ていた結城に、十分に球筋を見極める材料となった。
―――――来た球を打つ。自分のスイングを信じろ。
これまでスイングした数、数えきれないほどの練習。
一塁ランナーにいる沖田を見た。
――――奴から教わった、あの練習方法。
沢村が今年の選抜覇者相手に堂々と投げている。にも拘らず、上級生は凡退し、自分は三振に打ち取られている。
これは、1年生だけの独壇場ではない。青道チーム全体で戦う必要がある。なのに、主将として、プレーでチームを引っ張れていない。
―――――キャプテンとして、4番として―――――
そして前橋バッテリーは、この4番も警戒していた。
――――変化球から入るぞ、
――――――ああ
神木の初球。スライダーを―――――
「ボール!!」
冷静に見極める結城。一塁ランナー沖田は動かず。
ズンッ!!
しかしランナーとしてのプレッシャーが、神木を襲う。広いリードと、こちらを常にみられているという感覚。隙あらば盗塁を試みようとしている。
――――ランナーは気にするな! ここはシンカーで行くぞ!
累上の沖田は、
――――盗塁をしないとは言っていない!!
ダッ!!
一塁ランナー沖田がスタート。4番への警戒心を突かれ、二盗を許す。
「ランナー、スコアリングポジションに進んだぞ!!」
そしてカウントは2ボール。苦しいカウントになり始めていた。
―――――ここは勝負に行くべきじゃない。ボール気味でいい。次の打者で勝負だ。
しかしここで冷静に前橋バッテリーは5番増子との勝負を選択する。このカウントで、タイミングがあってきている打者との勝負はあまりにも危険だ。
「ボールっフォア!!」
連続フォアボール。3,4番との勝負を避けた形となった結果。二死ながら、二塁一塁のチャンス。
ここで5番の増子。
ズンッ!!
そして、二塁ベース上でもプレッシャーをかけてくる沖田。隙あらば三盗塁をも試みるほどの気迫。
―――落ち着け、神木。この打者を打ち取れば、得点を奪うことが出来ないのは、青道だ。
山崎はなおも続ける。
――――奴らにはこれしか方法がない。
青道の得点源は、この主軸。この二人との勝負を避けた場合、確実とは言わないが、かなりの得点を防げるのだ。
「ストライクっ!!」
シンカーに空振り。増子はこの投手とのタイミングがいまだに合わない。やはり変化球に弱い増子と、制球力がよく、その上変化球も多彩な神木には相性が悪い。
「ストライクツー!」
続くカーブにはバットすら出せない。タイミングを狂わされた増子。あっさりと追い込まれ―――
ドゴォォォォォンッッ!!
「ストライクっ!! バッターアウト!!」
ここで最後は高めのボール球のストレート。この回初めてランナーを出した青道だが、無得点。
「ドンマイドンマイ!」
マウンド上で気迫を出し続ける沢村。
「とりあえず、一つずつ行きましょう!!!」
ここでこの回は捕手の山崎から始まる前橋の攻撃。そしてこの青道の守備の前に――――
「よし、あの球を投げてみろ。」
片岡監督からの指示。それは、沢村の決め球を試すこと。
「うっす!!」
「とりあえず、使えそうなら続けます。決め球にこだわり過ぎて、自分の投球を見失うなよ?」
御幸の心配しているのは決め球が機能しなかった時の沢村のモチベーション。ようやく大塚に追いつき始めたと感じている彼のことだ。その決め球が使えないのはかなりショックだろう。
――――まずは、初球スライダーな。
そして御幸は当然、回の頭の初球に、スライダーを要求する。
――――いきなりっすか?
御幸の脳裏には、
――――使えないなら使えないで、初球に試すべきだろうな。球数を投げさせている相手だ。追い込んだ時にはまだ使えない。
ククッ、ギュワンッッッ!!!!!
前橋山崎のバットから、ボールが消えた。
「―――――――――――――え?」
視界からボールが消えた。ボールが文字通り消えたのだ。何が起こったのかを理解できていない山崎。
――――沢村のタイミングの取りづらいフォームに、同じ腕の振りでスライダーが来るんだ。見極める事なんかできないだろうよ。
そして、サインミスの場合は御幸も取れないと考えているほどのボールだ。
ククッ、ギュギュワワンっっ!!
「ストライクツー!!」
手も足も出ない山崎。今度はバットすら出せなかった。しかし軌道を辛うじて見ることが出来た。
――――縦変化がつきながら、横へと鋭く沈むボール。しかも、このフォームのせいで、見分けがつかないッ!!
反応が遅れた場合は――――
ズバアァァァァァァンッッ!!!
「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」
三球三振。神木が圧倒するなら、沢村も前橋をねじ伏せる。スライダーを意識したことで、沢村のストレートがより強力な武器となった。
見えづらいフォームで放たれるストレートだけでも手一杯なはずだ。それに、緩急と空振りを奪うボール。
これが沢村の形になるのかどうか、この試合が終わった後になるだろう。
「一死!!! 一死!!」
沢村が気合を入れる様に吠える。3年生投手だが、上に行く以上――――
あの大塚に勝負を挑んでいる以上、
――――この投手に勝てなくて、何がエースになるだ!!!
沢村の闘争心が投球フォームに躍動感を与える。
続く7番神木には―――
ククッ、ぎゅぎゅわんっっ!!
「ストライクっ!! バッターアウト!!」
スライダーで三振を奪った沢村。前橋学園の狙いだった、粘ることが出来なくなった。
――――ストレートの制球がいいから、コースにこそ行くスライダーがボールになっても相手は手を出してくれる。
だが、御幸の不安材料は、スライダーがコースに入るケースが少ない事。あの時一球ゾーンに入ったが、真ん中低めは危ない。
最後の打者には――――
ズバァァァァンッッッ!!
「ストライクっ、バッターアウトっ!!」
アウトコース一杯のストレートに手が出ない。この回は3者連続三振に切って取る沢村。
「しゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
吠える沢村。前橋のリズムを狂わせる一撃。この1年生投手の躍動がさらに次元を突破していく。
「しっかりストライクゾーンのきわどい所に投げられたら、合格だな。」
「うっす!!」
しかし甘いコースにしかスライダーが制球できていない。これが沢村の課題。
――――けど、ここまで通用するか、お前は。
去年のムービングのみの投手ではない。これでさらに体が出来てきた場合はいよいよ大塚を抜きかねない。
そして5回――――
6番伊佐敷が打ちとられ、
御幸が――――
カキィィィンッッ!!
「へっ?」
自然にバットが出たのだが、ストレートを弾き返したヒットを打つ。といっても、内野の頭を超えるポテンヒット。
「ついに打ったぞ、御幸の奴!!」
「この回は何が起こるかわからないぞ!!!」
チームでいちばん打撃が期待できない(ランナーがいる時は別)御幸が塁に出た。これは何かの兆候だと考えた青道バッテリー。
そして8番東条。
「ボールっ!!」
シンカーを見極めた東条。この打席の前、沖田からアドバイスを貰っていた。
「低目はとにかく、必要以上に意識しないこと。外と内の制球はいいけど、高さにはまだ隙がある。」
―――ゾーンに来た球を弾き返す!!!
カキィィィンッッッ!!
ランナーがいる時のストレートを確実に軽打、流し打ちの東条。一二塁間を抜けるヒットで、これで一死一塁三塁の大チャンス。
「連打来たァァァァ!!!」
「ビッグイニングにするぞ!!!」
「続けェェェ!! 沢村ぁぁぁぁ!!!」
前橋ベンチは、御幸のヒットから始まったこのピンチに、あわてる。
「まだまだ!! 確実にアウトを取るぞ!!!」
「しまっていくぞ!!」
だが、この局面で投手が打席なのは助かっていると感じていた。自動アウトの投手であるからだ。
この局面で沢村は―――――
「しゃぁぁぁぁ!!! 気合入れていくぜェェェ!!!」
コンッ
「初球スクイズ来たァァァァ!!!!!」
「ナイススクイズ沢村ぁぁぁぁ!!!!」
ザシュッ!!
「先制点来たぞ!!」
「あの投手から得点を奪ったぞ!!!」
盛り上がる青道ベンチ。そして先制点をもぎ取ったのは、沢村のスクイズ。
「うははははは!!! 俺が本気出せばこんなもんだ!!!!」
「くっそぉぉぉ!! 調子に乗るなと言いたいが、何もいえねェ!!!」
金丸は、外野から沢村を諌めることも出来ない。投球に集中してもらいたいのだ。
「沢村、この得点を奪った次のイニングが重要になる。しっかりやれよ」
クリスの言葉に、
「はいっ!! クリス先輩っ!!」
しかし青道の攻撃が止まらない。まだ二死二塁。二塁ランナー東条が帰れば2点目。打順は返って小湊だが、
――――3打席目はさすがにね
「ボール、フォアボール!!」
球筋をだいぶ見れた小湊が、出塁する。これで一死、二塁一塁。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」
ここで、白州が気迫のヘッドスライディング。詰まった打球にも助けられ、送球がそれてセーフ。前橋学園はここで痛恨のエラー。
これで満塁。
「行けェェェェ、沖田ぁぁぁぁぁ!!!」
「青道のO(沖田)Y(結城)砲!!」
「青道の怪童!!!」
このチャンスの場面で、主軸にまわってきた青道。
――――高速シンカーで行くぞ、この前はこれを空振りしていた!
山崎は第2打席で空振りをしていたシンカー系を選択していた。だが、あの油断できない集中力で入った沖田が、あのコースのシンカーに空振りしたことに、彼らは気づくべきだった。
ガキィィィィィィィンッッッッッ!!!!!!
今回も、神木は打球を追うことが出来なかった。
ダンッッッ!!!
レフトフェンスを悠々と超えていった、グランドスラム。選抜準優勝チームの投手を、
ドラフト最高峰と言われていた投手を打ち砕いた。
「―――――――――――――――――――――え?」
神木は打たれた方向を呆然と眺める。前橋学園のナインも、監督も、絶対的エースだった、選抜を投げ抜き、自責点2のエースが大量失点する光景を、信じがたいものと感じていた。
青道ベンチも、ナインも、この打球に未だ誰も声を発せられない。その打球を放った男――――
沖田が右手を高々に突き上げて――――――
「や………やった!!」
誰からともなく声が出る。それが合図だった。
「いったぁぁぁっぁ!!!!!! いったぞぉぉぉぉぉ!!!!」
「さすが沖田!!! 怪童!! 青道の怪童!!!」
「満塁ホームラン!!!満塁ホームランっ!! さすがすぎるぜ、あの野郎!!!」
「青道の3番!!!」
「沖田ぁぁぁぁ!!! うわぁぁぁぁ!!!」
「沖田のバットはナイスバット!!!」
「ついに仕留めたぞ、あの野郎!!」
当然、ベンチ前でも大盛り上がりだ。全国屈指の投手から5点。これは夏直前の最高の結果となるだろう。
「打ちやがったぞ、あの野郎ッ!!!」
伊佐敷が吠えるが、目も顔も笑っている。
「これはでかい。これでリードもしやすくなるな」
御幸も、リードは1点どまりだと考えていたので、本当に朗報だと感じていた。
「さすが沖田!」
三塁ランナー東条は、本塁で沖田を待つ。
「ホント、ここぞという場面で打ってくれるね。頼りになるよ」
二塁ランナー小湊も、沖田の一撃には攻める要素はないので、ニコニコ顔だ。
「繋げてよかった」ほっ
エラーでもなんでもいいので、何とか出塁できたことに、ほっとする白洲。
「やりました、先輩方。やったぜ、東条!」
ベンチへと帰る沖田は、
「シンカーを狙っていたのか?」
御幸が沖田に尋ねる。第2打席での沖田の奇行に一番に気づいたのは大塚。そして、御幸も彼の集中していた打席であんなボールを振ること自体おかしいと感じていたのだ。
そして彼は、第2打席で空振りをしていたボールを、スタンドに叩きこんだ。
「ええ、次の打席はそれを軸にすると思っていたでしょうし。空振りをすれば、糸口があそこに絞れますしね。」
「俺以上にエゲツナイな」
沖田は、あえて第2打席にシンカーを空振りしたのだ。それがまき餌、次の打席への布石。御幸は、
―――――打席での配球と結果すら駆け引きに持ち込むお前がすげぇよ。
そして、自分もこれを配球に取り入れたいと考えるようになる。相手の手を誘導する。相手が落としてくれる隙を、その一球を逃さない。それは捕手にとって気を付けなければならないことであると同時に、理解しなければならないことだ。
これで5-0。神木を打ち込んだ青道打線。この5回の集中打で、大量得点を実現した。
「アレを打つのか…あの1年生は」
自信のあるシンカーを狙われていた。第2打席の空振りは今考えてもおかしかった。苦笑いの神木。
「神木………」
「切り替えるぞ。と言っても、まだ俺も動揺しているから、迷惑をかけるかもしれない。」
続く結城も痛烈なヒットを打ち返し、これで二死二塁。
「ッ!」
しかし、増子がスライダーにタイミングを泳がされ、レフトへのフライに打ち取られて攻撃終了。
ここで、沢村に頼もしい援護が加わる。
5回の裏、沢村のスライダーの切れが冴えわたる。
「ストライクっ、バッターアウト!!」
ボール球でも関わらず、急激に曲がるスライダーに手が出てしまう。まだ未完成のスライダーでも、このフォームの恩恵がバットを出させるのだ。
遅れたらストレートに空振りを奪われるためだ。
そしてそれは、他の変化球を生かすことにもつながる。
「グッ」
カッターが威力を上げる。太田をゴロに打ち取り、最後は――――
ククッ、フワッ!
「ッ」
ここでパラシュートチェンジによってタイミングを狂わされた2番早田も空振り三振。これで8つ目の三振を奪う沢村。得点した直後のイニング。この課題をしっかりとクリアした沢村。
6回の表は立ち直った神木に抑え込まれ、三者凡退。そして、沢村の最終イニング。
打席には、3番天見。初回にヒットを打った打者だ。以後は御幸がリードを飼えて第2打席は打ちとったが、それでも警戒しなければならない打者だ。
―――――まずスライダー。このボールを有効に使うぞ。
「ボールっ」
しかし、スライダーを見切った天見。やはり、フォームだけでは限界がある。
――――これでいい。同じコースにムービングボール。
「!!」
カァァァンッッ!!
「ファウルっ!!」
芯を外された天見。この御幸の強気なリードに、前橋が対応できなくなってきたのだ。
「ファウルっ!!」
そして、続けての速球系の変化球に追い込まれる天見。沢村も大分気持ちに余裕が出てきたのか、表情もぎこちなさが消えていた。
―――――ここでパラシュートチェンジ。ボールでもいい。
「ボールっ!!」
しかし、天見はバットがでかかったのだ。この意味は大きい。
――――あとはアウトコースのフォーシーム。
ズバァァァァンッッッ!!
「ストライクっ、バッターアウトっ!!」
これで9つ目の三振。スライダーというまだ未完成の決め球が、沢村を成長させている。
続く、4番北原には――――
カァァンッッ
「!!」
カッターが胸元を抉り、ゴロに打ち取る。だが――――
「(あ、れ……? なんで、こんなに疲れているんだ、俺?)」
身体がとても怠い。5点を貰い、得点した後のイニングも抑えた。なのに、体がだるさを感じていた。
「(まだ、100球に、達していないのに……)」
―――――不味いな、沢村の疲労は肉体的なモノばかりじゃない。
御幸は、息が上がり始めている沢村に気づく。
沢村に疲労が見られてきた。
やはり球数を投げさせられた影響か、6回前後で疲労が見られている。この最後のカッターも、高めの難しいコースにいったから良かったものの、要求したコースは低めだった。
肉体的な疲労には耐性がある沢村。だが、こうした精神的な疲労への耐性が脆い。それは短期決戦での継投で命取りになりかねない。
――――沢村は先発もいけるけど、やはりまだ完投能力がないな。
先発で安定した投球ができるが、まだイニングを食うことが出来ない。それが沢村のもう一つの課題。
しかし最後の打者もきっちり打ち取り、6回零封。10奪三振で切り抜けた沢村。合宿の疲労もあり、ストレートは130キロを下回ったが、それでも結果を残した。
「交代、か……」
最長イニングは7回。だからこそ、前日に完封を成し遂げた大塚には届かない。悔しさはある。もっと先発としてイニングを食う必要があると。
「まあ、お前なりに粘る相手にも頑張ったと思うぜ」
御幸が沢村に労いの言葉をかける。今までは投手陣が6回で崩れることが多かったので、沢村たちの好投は、今後の将来を明るくさせるものだ。
東京屈指の投手陣。それを狙えると。
「僕も、二人には負けたくない。」
だが、大塚、沢村の台頭に待ったをかける男。
剛腕は、静かな闘志を燃やしていた。
相手の裏の裏をかくことで、球種を絞り、
狙い撃ち
実力ではなく、あくまで読み勝ちなのです。
次は、安定感を求める剛腕。短いイニングは余裕か?