ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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お話パートです。




青道の野望
第17話 大投手への道


春の関東地区大会を制し、青道高校の注目度は日に日に増している。そして、あの全国随一の打線相手に好投した一年生沢村、横浜北学園相手に4安打無四球完封を披露した大塚、最終イニングに打ち込まれたとはいえ、その将来性を感じさせる剛速球を持つ降谷。

 

 

今年の青道には怪物が巣食う。一年生で即戦力の投手を2人も獲得した青道高校。彼らの出現に、青道OBやファンからは、熱いお祝いのメールや餞別を頂く片岡監督。

 

「いやはや、まさかうちがあの関東地区を制するとは思いませんでしたなぁ、監督。」

太田部長は、ホクホク顏である。まさに夢のような、タイプのそれぞれ違うピッチャーが揃ったことで、何度も言うが、青道の弱点が解消されたように見えた。

 

「ええ。特に沢村君と大塚君にはプロに早くも目をつけられているようですよ。」

高島礼は決勝戦で、背広を着た大人が多数バックネット裏にいるのを見つけ、その彼らがメモなどを取り、スピードガン片手に投手をつぶさに観察しているのを悟ったのだ。

 

そして、大塚の登板時には一斉にスピードガンを構え、彼らのフォームや一挙一足に注視し、食い入るように見つめていたのだ。準決勝では、大塚目当てに来ていたスカウトたちもいたが、沢村の思わぬ快投に、度肝を抜かれたスカウトたちも多く、あの独特のフォームから繰り出す、キレのある球は、まさにギフトだというモノもいる。

 

つまり一言でいえば、青道高校が凄いらしい、ある。

 

「ふしっ!!」

ブルペンでは、丹波は一球一球に集中力を切らさず、そのフォームと腕の振りを確認しながら投げ込んでいた。

 

バァァァン!!

 

キレと角度のある直球が低めに制球される。コントロールよく、ストライクゾーンぎりぎりに集まるボールに、彼の球を受けている宮内は、

 

「ナイスボールっ!!」

この3年間で最も成長していると感じた。一年生の戦力の押上げはかなり彼に危機感を齎した。このまま崩れるようでは、エースの座は危ういと。

 

故に、彼は一球一球に集中力を高めることを主眼に置いた。そして、腕の振りに関しては開き直り、思い切ったことにより、余計な力も入らなくなり、カーブの切れも増した。

 

――――だがまだだ………まだ足りない…………

 

しかし、制球とキレのパワーアップを実感した丹波は、それでも足りないと感じる。彼がエース争いを演じるのは、

 

 

球種豊かで、直球の威力、変幻自在のフォームを持つ大塚。

 

独特のフォームで、キレのある癖球を投げ込む沢村。さらには、あの地区大会でコツをつかんだらしく、入部当初のサークルチェンジに加え、大塚の決め球であるパラシュートチェンジを再現したのだ。そして、一番手の大塚でさえ、危機感を覚える成長速度。

 

そして、スタミナとコントロールでは劣るものの、圧倒的な球威と、球速で、打者をねじ伏せる降谷。これで制球力と変化球を覚えれば、これも化ける。唸りを上げるような浮き上がる直球は、大塚も沢村も投げることが出来ない。

 

――――俺もそろそろ、いや、遅すぎるな。もう一球種。覚える必要がある。

 

カーブと速球の組み合わせでは足りない。丹波は夏前までに新たな変化球の取得をめざし、尚且つ全ての球種を高いレベルに纏め上げることを目標に掲げた。

 

 

そしてその横、沢村はキレのいいカーブを投げる丹波を前にして、あることを考えていた。

 

「ボール来てるぞ、沢村」

3年生のクリスがボールを投げ返す。ストレートの切れもよく、癖球も変化している。パラシュートチェンジもコースはまだ甘いが、十分空振りを奪える変化量を持ち、サークルチェンジも内に入らなければ、有効な球種なのだ。

 

しかし、沢村には、速くて変化量の多い球種がない。あの試合では、緩急自在、癖のある球で打ち取れることが出来、尚且つリードで助けられたことを自覚する沢村。

 

――――丹波先輩にはカーブ、大塚にはSFFとパラシュートチェンジ、降谷にはストレート、川上先輩にはスライダー………俺にも何か、空振りを奪える球種が欲しい。

 

高速パームを当てられたことにより、より変化のある球を求めている沢村。故に、SFF以外の変化球を欲している。

 

 

――――俺のフォームを活かせる、俺の投球を広げられる変化球って、なんだ!?

 

沢村の苦悩は続く。

 

 

ドゴォォォォンっ!!

 

「速いなぁ、やっぱ」

苦笑いの御幸。彼が受けているのは、降谷の浮き上がるストレートである。しかし、今日は妙に大人しい。

 

「どうしたんだ、降谷? どっか調子が悪いのか?」

ブルペンを一時中断し、御幸は降谷の元を訪れる。

 

「いえ、自分はいつになれば変化球を覚えられるのかと………」

その発言に、思わず御幸はリアクションがとまる。

 

「…………へ……?」

 

「自分も彼らの様な変化球が欲しいと感じているんです。あの大会で、長いイニングを投げるには、球種が必要なのだと自分は感じました」

強い決意に満ちた瞳で、降谷は真直ぐに御幸に宣言する。あの最終イニングで打ち込まれた苦い記憶は、降谷に変化球の重要性を、身を以て教え込んだのだ。

 

――――プライドだけで、勝てる相手じゃない。けど僕は勝ちたい。この人たちに勝って、僕がエースになる

 

「自分に、変化球を教えてください。」

 

 

「……………解った。だが、焦って変化球を練習し過ぎるなよ? 変化球の多投は、まだ体の出来ていない高校生にはリスクが大きい。フォームが安定していない今のお前じゃ、そう何度も投げさせることは出来ない。」

 

「…………!」

ショックを受けたような顔をする降谷。しかしそんな彼を御幸は気遣うように、

 

「そんな顔をするなって。何も教えないわけじゃない。けどそれは、フォームを固めてからだ。そのほうが、お前のストレートの制球も増すし、スタミナを抑えることだってできる。」

 

「………はいっ!」

 

その後、降谷は制球を意識した投球で、尚且つ力を入れた投球、フォームを意識するようになり、着々と安定したフォームへと近づいていった。

 

 

そして、リリーフで無失点とはいえ、一番危機感を持っている川上。サイドスローでスライダー投手という、数の少ない投手ではあるが、彼らのポテンシャルが凄いのは、彼が一番感じていた。

 

――――このまま押し出されるわけにはいかない。俺だって、抑えをやってきた自負があるんだ!!

 

スパァァッァン!

 

「ナイスボールっ!」

2年生の捕手に球を受けてもらい、スライダーのキレを確認する川上だが、自分の長年の課題を考えていた。

 

――――左打者への対応。それが出来ないから、俺は先発を任されていない。だから、夏までに左投手への対応を身に付けないと!!

 

故に、彼はあの球種の封印を解く決意を固める。それが吉と出るか凶と出るか。それはその時までわからない。

 

 

最期に、このブルペンにはいない大塚だが――――

 

 

「……………」イライラ

大塚は記者陣に囲まれていた。片岡監督も練習中で、あまり無理をさせたくないと言っているのだが、OBからの声があまりにも大きく、報道陣も神奈川の強豪を完封に抑え込んだ一年生を見逃すほど甘くはない。

 

故に練習の邪魔をされ、沢村と降谷という目下最大のライバルたちが練習しているのにもかかわらず、練習が出来ない、その原因を作った彼らにイライラを隠そうともしていなかった。

 

――――この前の横浜北学園の試合で、公式戦初先発だったけど、緊張はなかったのかな?

 

「…………意識することが苦手なので、自分の力を試すことだけに集中しました。」

不機嫌オーラ丸出しの大塚。記者陣も大塚がブルペンの方をちらちらと見つめているのが解っており、彼が早く練習に行きたいことを察した。

 

だが、質問が終わるまで返さないのが記者の魂である。

 

――――完封、何回から意識しましたか?

 

「8回ですね。7回で打たれるかもしれないと考えていたので、そのイニングを凌げば見えてくると感じていました。」

淡々と表情もなくなっていく大塚。まるで機械のように、言われたことを言うだけのマシーンと化している。

 

――――青道以外にスカウトが来なかったというのは?

 

「…………単なる怪我で、実戦から離れていただけです。」

素っ気ない一言で終わらす大塚。

 

―――夏についての意気込みは?―――

 

「一試合でも多く、このチームで勝ち続ける事です。もういいですか? 」イライラ

大塚はそれだけ言うと、記者陣には目もくれず、ブルペンへと戻っていった。

 

「申し訳ありません。何分、まだ指導が行き届いてなく―――」

そしてフォローをする片岡監督。彼を誤解されるのは彼としても本意ではない。彼はただ練習がしたかったのだ。

 

この青道には、油断できる投手がいない。自分が努力を怠れば、他の投手にエースナンバーを掻っ攫われることを本能的に感じ取っている。

 

だからこその焦り。実戦復帰し、実績も十分だが、彼は病み上がりなのだ。そして、彼の目指している過去の自分には追いついていない。

 

怪我をしなかったであろう自分は、遥か前方を走っている。そして、自分のすぐ後ろには、その影すら飲み込もうとする才能豊かな同級生たち。

 

「今年の一年生は、練習の虫のようですね。まあ、彼のほかにあんなのがいたんじゃ、うかうか休むことも出来なさそうですが、」

しかしここに野球経験者の記者がいることで、大塚のイライラを解りやすく説明できるものがいたのは幸いだった。相手にもされなかった記者は、彼の横柄な態度に怒り心頭であり、彼が自分たちに欠片の興味も示さなかったのは、相当ご立腹だったようだ。

 

故に、彼は一刻も早く練習に行きたい、ライバルに差を詰められたくない、という想いを、この記者が明かしたことで、事態は沈静に向かう。

 

「そのようです。一年生にあれほどの投手陣が加わったことは、大きなメリットであり、今後の可能性を大きくします。」

 

「では、今年の目標は6年ぶりの甲子園という事で?」

 

「我々はそれをいつも目指して努力をしているつもりです。有望な選手がいるからといって、目指す目指さないを決めることはしたくありません。」

凛としてそれを否定する片岡監督。どの学年、どの年も、部員たちを甲子園に連れて行きたい。それが片岡監督の願いである。

 

 

 

 

 

「ハァ…………」

夕食、親の帰りが遅い事で、大塚は青心寮に入り込み、食事をとることにしたのだが、

 

「…………ナニコレ…………?」

目の前に出されたのは、大量のごはん。大量の食べ物。大塚には未知の領域だった。何しろ今までとは格が違う。

 

「………お? そういやお前! 自宅通学だったよな? まあ、この食べ物の量はさすがに驚くかぁ」

御幸が絶句する大塚を尻目に、ご飯を食べている。彼の1.5倍ほどの量である。

 

「…………無理だって。こんな量、食べられないって…………」

 

しかし―――

 

「これ無料なのか!? こんなにご飯を食べられるなんて!?」

むしゃむしゃと夕食にありついている沖田を前にして、大塚はさらに言葉を失う。沖田はあっという間に茶わん3杯を平らげ、4杯目に向かっている。野菜もきちんと好き嫌いなく食べており、量こそ多いが、バランスよく食べている。

 

「お、沖田………?」

大塚は恐る恐る尋ねる。

 

「何だ、エイジ?」

食べる手と箸を置き、沖田は彼の質問に反応する。

 

「これ………一軍は食べるの…………?」

 

「夕食に参加した時に、なんかこれを食べて体を作るらしいぞ? まあ、お前も頑張って食べろよ、食費が浮くぞ?」

 

「……………たまげたなぁ…………」

その後、泣く泣くなんとか食べきった大塚。カロリーを消費するべく、今日は自主トレの量を3倍にするのだった。

 

 

「うっぷ………食べ過ぎた…………気持ち悪い、なんかいつも以上につかれる…………」

最期のクールダウンで、もう日はすっかり暗くなっており、大塚は終電にさえ間に合えばいいと、気楽に夜道を歩いていた。

 

「ううっ、けど、アレをアイツらは食べているのか…………」

大塚は、カロリーの量で負けていることを悟る。

 

「よし…………沖田の言う通り、次からはあの量に慣れよう。アレをこなすには、基礎トレーニングが一番だ!」

投球練習ではなく、基礎練習に重点を置くことを決意した大塚。基礎を疎かにしたわけではないが、あのカロリーを怪我のリスクのある練習ではなく、怪我の少ない練習に回すことで身体を作り変えられると考えたのだ。

 

「けど……アレを食べるのかぁ…………」

だが、基礎練習をするよりも、あの量を食べることを苦痛に感じるのだった。

 

 

その後、5月中旬を超えた辺り、これで10度目を超える結城との自主練習。

 

最初は屍を生み出すだけのモノであったが、沖田、沢村、大塚、狩場の順に、彼のペースについてこられるようになり、降谷と小湊の体力もついてきたのだ。

 

「………ぜぇ……ぜぇ………ぜぇ………」

打撃練習、守備練習では見せなかった苦悶の表情を見せる小湊。基礎練習、体力づくりの練習ではセンスは関係ない。やった分だけ体力と体が出来上がる。

 

「ハァ……ハァ………ハァ…………」

降谷はまだペースから遅れているが、それでも根性はつくようになり、時間はかかっても、コースをいつも走りきれるようになってきた。

 

「………まだちょっとつかれるけど、体力はついてくるかな…………」

息の少し荒い大塚。沖田と沢村のバカ体力に隠れてはいるが、彼も怪我復帰の割に、体力はついていた。

 

「」ちーん

狩場はペースに遅れることは少なくなり、完走はするのだが、終わった瞬間にこの有様である。

 

「………骨のある一年生がこんなにいることは、俺としても鼻が高い。各自クールダウンをして、今日は早く上がれ」

結城はマネージャーから渡されたスポーツドリンクを下級生たちに配り、彼は黙々と基礎練習を続けに、この場を後にした。

 

 

「………おいおい……あの人まだ走れるのか…………行けるけど、あれにはまだ追い付けないな…………」

沖田も、まだまだ余裕そうな結城の体力に、舌を巻く。他の一年生たちも、彼の体力には驚き、自分たちが手をついている現状で、まだまだ元気のある彼に、驚愕していた。

 

 

「とりあえず、クールダウンをするぞ。ここを怠れば、明日の練習に響く」

 

「しっかりしろ! 狩場! まだ死ぬの速いぞ!」

 

「」ちーん

 

「狩場ァァ!!」

 

「誰か………手を…………」がくっ

 

「うわぁぁぁ!! 降谷ァァァ!!!」

 

結局、降谷と狩場を除く面々はクールダウンをし、彼ら二人の筋肉痛を取る為に、大塚と沖田がマッサージを施すのだった。ちなみに、意識を失っているので、二人はそれに後から気づいたという。

 

 

そして5月下旬の練習試合。

 

先発は大塚。この日は夏予選のタイトなスケジュールを一人で投げ抜くと想定したうえでの投球。故に力をそれほど入れない、打たせて取る投球。

 

この日の最速は、マックス140キロ。しかしこれは勝負どころで投げている球速の最速であり、ランナーなしの状態では133から137の間である。一年生でこれは早い部類だが、彼は軽く投げてこの球速を出している。

 

しかし、沢村ほどではないにしろ、意図的に曲げている速球の変化球に打たされ、芯でとらえられていない。

 

カキィィンッ!

 

「あ!」

しかし、球威がそれほどないというのは、同時にヒットを打たれやすいという事。

 

この5回の裏。一死二塁三塁。三塁スイッチが入ったことで、大塚は決め球こそまだ投げていないが、それでも決め球になっていないスライダーで降らせに行き、簡単にアウトカウントを増やし、二死にカウントが変わる。

 

「あの野郎! 手を抜いているぞ!! 練習試合でもなんでも、アイツから点を奪え!!」

相手ベンチからは、あの試合での威圧感を感じられず、ヒットを打たれても淡々としている大塚の態度を見て、絶対に打ち崩すと息巻いている。

 

しかし、

 

 

ズバァァァン!!

 

 

アウトローへのストレート。左打者の泣き所でもある、インローボール球のスライダーをコースに投げ込まれ、スイングを取られ追い込まれると、アウトハイの釣り玉の後の精度を高めたボールに、手も足も出なかった。

 

「ストライィィィクッ バッターアウトっ!!」

 

この省エネピッチで、彼は何とか8回を投げ、6安打を打たれながらも、8つの三振を奪う力投。無失点に抑え、スタミナ面でも他校へプレッシャーをかける。

 

「は! 未だに技巧派を騙るのかよ、大塚!」

伊佐敷は、打球が外野まで飛んでくることもあり、その打球がどれも死んでいるために、取りやすく、丁度いいリズムで守備をすることが出来ており、打撃にもそのテンポのいい投球が好影響を与えていた。

 

「けど、案外板についているかもね。本格派であるけど。御幸のリードも冴えているし、こりゃあ、安心して打席に入れそうだ」

小湊亮介も、大塚の打たせて取る投球と御幸のリードに舌を巻きつつ、大塚のコントロールの良さを褒め称える。

 

「しかし、今は最速何キロ出るんだ?」

一軍の一人が大塚に質問する。彼は病み上がりで、まだ誰も本気のストレートを見た者はいない。

 

「まだ怖いんですよね。足のバランスとか、完治はしているんですけど。」

 

9回の表の攻撃が終わる。この回ですでに6点を奪う猛攻。もはや勝利は確実の場面。

 

「そろそろ、力を入れて投げ込んでもいいんじゃないか?」

御幸は、大塚に声を駆ける。

 

「先輩………」

 

「足はもう完治しているし、庇う必要はない。なら、思い切りミットめがけて投げ込んで来い。」

 

 

「…………はい」

大塚とて、あの力投型のフォームで投げるのが怖い。筋力が足りないから、今の歩場の小さい角度のあるフォームになり、フォームのタイミングを外すこともできるようになった。

 

 

――――やれるのか………?

 

 

 

9回の最後の攻撃。打順は4番から。今日ノーヒットであり、打ちたいという気持ちがあふれているのが解る。

 

 

大塚が振り被る。大きく足を掲げ、歩幅の大きい、下半身の粘りの力が合わさった、あの時のフォーム。

 

「おぉぉぉ!!!!」

そして思い切り投げ込む。

 

「うっ!」

 

ずバァァァッァン!!!

 

「ボールっ!!」

 

アウトコースに外れたボール。インコースに投げたはずの感覚で、まだずれている。しかも尋常ではないコースの乱れっぷり。

 

「…………まだ、だめなのか…………」

大塚は自分に落胆する。

 

ざわざわ…………

 

しかし最期、勝敗の決した試合、8回まで崩れる気配のない彼を見る者は少なかった。だが、この9回にこの一球。

 

「何だ、今の球…………」

スピードガンを構えていた一人のスカウトが、声を震わせる。

 

今叩き出した球速は―――

 

 

その後、その一球だけで終わった大塚。また技巧派に戻った彼は、その回を三者凡退に抑え、9回完封でまた一つエースへの階段を駆け上った。

 

「………………大塚。(やっぱり、本気で一球だけ投げさせたのは正解だな。今のフォームもいいが、やっぱ力投派でフォームを代える投手が見たい。それにあのボールは、140キロを優に超えていた。体感的には成宮を超えるほどの………)」

 

その彼の一球を受けた御幸は、大塚に伸び代がまだあると考えていた。今のままでも、十分エースは望める。だが、大塚にはもっと大きな存在になってほしい。

 

「……………」

完封をしたのにもかかわらず、大塚の目には不完全燃焼の意思がありありと表示されていた。やはり御幸の誘ったあの一球が、彼の心に働いている。

 

あの球をコントロールするだけの技術が足りない。いや、彼は失っているのだ。

 

「…………監督」

 

「どうした、大塚。完封したのにうかない表情だな」

 

「フォームについて、いろいろご指南いただけないでしょうか。頭では理想のフォームは出来上がっているんです。ですが、それを再現できない。誰かに見てもらう事で、これが解消されるかもしれない。投手経験のある監督から、アドバイスが欲しいです」

真っ直ぐな目で、大塚は片岡監督の目を見る。

 

「………いいだろう。だが、俺もいつも見られるわけではない。しかし時間の空いている時に、お前のフォームを見せてもらう。それまでは、沢村と降谷と同じように、クリスの指導を受けろ。そのクリスも、今頃は沢村と降谷の面倒を見ているだろう。」

 

「解りました」

 

最期の一人、大塚は思う。他の投手陣がそれぞれに互いを刺激している中、彼は過去の自分を超えることを目指す。あのフォームで自在にタイミングを外し、力投派の投手に戻ることを。

 

青道高校で、いわば目標という立場に立たされた一年生は、自らの手で目標を立て、より高い次元へと足を、もう一度踏み入れようとしていた。

 




速球Level

川上<沢村<丹波<大塚<降谷

制球Level

降谷<沢村=丹波<川上<大塚

変化球Level

降谷<川上=丹波<沢村<大塚

先発適性

降谷=川上<丹波=沢村=大塚


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