彼等の打棒は、サービスだから、まずは対峙してほしい。
このタイトルを見た時、彼は、
言葉では言い表せない衝撃を受けただろう。
それでも、厳しい全国の舞台で、そういう気持ちを忘れないでほしい。
そう思って、彼らをけしかけたんだ。
さぁ、飛翔の時間だ。
劣勢の中、横浦のブルペンでは天才を知る者が投手のボールを受けていた。
「あの投手………中々やるね………エイジと同じような緩い球まで………」
ブルペンで投手の球を受けていた黒羽は、沢村の投球を称賛し、彼が投げている球種の一部に、盟友の投げていた球種を2つほど見つけた。
―――パラシュートチェンジって、本来習得が難しい筈なんだけどね………あの大塚でも決め球に使うにはそれなりだったし………彼はいったいどのくらいの時間を………
「黒羽!! 次の回から行くぞ!! 準備をしろ!!」
その言葉を聞いただけで、黒羽は笑みを浮かべる。
「はいっ!!」
―――親友にも負けない活躍でもするとしよう。
公式戦初の出場。胸が躍らないわけがなかった。
ドゴォォォォォォんっ!!!!
そして8回表の降谷。150キロを超す剛速球が唸りを上げ、この回の7番、8番、9番を三者連続三振に切って取る。
「………………………………」
ベンチで岡本と坂田が降谷のボールを見ていた。
「速いな、あの真直ぐは」
坂田は1年生であれだけのボールを投げ込んでくる投手が青道にいたことに驚いていた。しかし、控えメンバーをねじ伏せたあのボールに対し、絶望感を漂わせていたわけでもない。
和田は結局7回3失点で降板。後続の二番手が打たれ、すでに点差は4点。ラストイニングでフルメンバーならば解らないが、勝負はつきつつあった。
「次の回、あの1年生に高校野球の厳しさを教えてやるとしよう。」
岡本が不敵に笑う、今日はここまで彼はノーヒット。沢村の球種や、彼がどういう投手なのかすらわからなかったとはいえ、このままでは終われない。
「甲子園で戦うかもしれん相手だ。いいイメージで終わらせるわけにはいかんな」
そして、8回の裏。ここで横浦は選手を交代させる。
3年生の捕手に代わり、1年生の捕手がコールされたのだ。
「金一……………」
大塚には、その選手が誰なのかがはっきりとわかっていた。大幅にメンバーを入れ替えた横浦高校。次の回、2番の打順に居座る黒羽。つまり、横浦ベンチは降谷に彼をぶつける算段なのだ。
「追加点とっちまぇ、結城ィィ!!!」
先頭打者の結城。この試合は2打点と今日も得点圏での勝負強さを見せる。しかし第2打席では、和田に意地のスライダーで空振り三振に抑えられたりもしている。
――――右打者、広角に打てる。こちらの投手は右のスリークォーター。
黒羽は前の打席での和田が奪った三振とそれまでの打席を思い出す。
―――――第1打席は初球のストレートを弾き返した。外を待っているような素振り。第2打席は外のスライダーに手が出ていた。第3打席は低めのナチュラルシュートした球を詰まりながらも外野に運んでいる。
―――――この打者は最悪歩かせてもいい。となると、次はパワーヒッター。この打者は変化球が苦手だ。
「ボールっ!!」
アウトコース様子見の変化球が外れる。結城としては、彼が勝負をしないのかと感じた。
――――スリーボールになるまでに、どこかで反応してくれれば儲けモノ。厳しくいきましょう、前原。
マウンドの1年生投手、前原はこの9回にマウンドに上がった投手。130キロ台前半のストレートと横スライダー、縦スライダー、チェンジアップが武器の投手。
「ファウルっ!!」
そして、2球目のチェンジアップを引っ張った打球はファウルゾーンに飛ぶ。彼のチェンジアップで空振りは奪えないが、インコースを意識している打者のタイミングを外し、芯を外すぐらいは出来る。
――――それに、この打者は外に意識があるけど、うちにも反応できる。
黒羽は思う。確かに隙の少ない打者だと。彼には多くのヒットゾーンがある。
――――なら、手当たり次第にそこへつけ込むのが捕手。
2ボール1ストライク。このカウントで、先程のチェンジアップに手を出した結城。
―――――インコース。縦スライダー。ボールの低めでもいいです。アウトコース待ちの雰囲気で、インコースを迷わずスイングしているこの打者は、ボールでも振ってくれる。
前原のボールがうちへと切り込んでくる。先ほどのチェンジアップよりも早く見えるボール。結城はストレートが来ると感じたが、
「むっ!!」
ボールになる縦スライダーに空振りする。スイングを見ても、今のは変化球を待っているようには見えなかった。
――――これで平行カウント。ここまでは全て変化球攻め。そろそろストレートが来ると思うはず。
追い込まれた結城は、少し厳しい顔をしていた。
青道ベンチでは、大塚が旧友のリードに舌を巻く。
「ヤバいな、相変わらず」
苦々しい表情で、その戦況を見つめる大塚。
「えっ!? あの捕手が凄いのか?」
「アイツは、データをもとに、打者の苦手ゾーンや、打者の狙い球を本能でかぎ分ける才能がある。」
バッテリーを組んでいたからこそ、解る。中学3年時に、大塚不在でありながらも、横浜シニアをまた決勝の舞台へと導いた主将なだけはある。
「つまり、御幸があっちにいるって感覚?」
小湊は、御幸を例えに出す。
「…………比較はできませんが、厄介な捕手ですよ。」
ククッ、フワッ!!!
ストレート待ちだった結城のバッティングを崩し、最後まで変化球攻めの横浦バッテリー。
「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!」
四番結城を三振に打ち取った。あの前原は確かにいい投手だ。だが、彼を抑えられるだけの力があるかと言われれば、断言はできない。
「捕手の力、か…………」
続く増子は三球三振に打ち取られ、7番の御幸もストレートに詰まらされ、内野ゴロに打ち取られた。
「三者凡退!!! まだまだ行けますよ!!」
「初マスクでいい度胸をしているな、黒羽」
主将の坂田にそう言われている黒羽。
「日本一の投手がいたからですよ。アイツの背中を追って、アイツを追い越す。それが当面の目標です。」
「ならば、あの投手からヒットを打たないとな。」
青道ベンチから出てくる1年生投手、降谷を顎で指す坂田。そして黒羽は、不敵に微笑む。
「ストレート一本の投手ほど、打ちやすいカモはいませんよ」
そして9回の表、先頭打者の1番打者を三振に打ち取り、次は例の1年生、黒羽金一。
ここまで4者連続三振の降谷。
『さぁ、最後の攻撃になってしまうのか。それとも延長戦、もしくは逆転で、選抜で見せた爆発力を見せつけられるか!? 先頭打者は打ち取られ、2番は途中出場の1年生黒羽!! この剛球投手にどのような打撃を見せるか!?』
――――こいつが出てきてから、横浦に流れが戻り始めている。こいつを抑えねぇと。
御幸はこの黒羽の打力はまだ未知数であることが気になる。
――――横浜シニアの主砲で4番。勝負強い打撃が売り。最後の年で全国優勝を果たす。同時にハイアベレージを残し、高い出塁率を誇る。
マウンドの降谷も、やはり黒羽の異様な雰囲気は感じ取っているのだろう。表情が引き締まっている。
――――だができることは一つだ。高めの真直ぐ。威力のあるストレートで押し通るしかない。
ドゴォォォォぉんっっ!!
「ボールっ!!」
悠々と高めのボール球を見逃す黒羽。初球は振ってこなかった。
――――凄いストレート。だけど、制球力のないこの球だけ。今後の為に、変化球もありと想定して狙ってみよう。
「ボールツー!!!」
続く二球目も外れ、カウントが悪くなる。
『これも見た黒羽!! 剛速球を見切っています!!』
『コース的にも少し高いですね。カウントを取るための変化球があればいいのですが。』
――――くっ、高めのストレートに全然反応してこねぇ。こうなったら、低めのストレートで、カウントを稼ぐしかない。
御幸としても、降谷のボールを見切られ始めたら危うい事は解っていた。だからこそ、同じ一年生で、こうも見切られるのは衝撃だった。
――――そろそろカウントを取りに来るはず。高めにカウントを取るにはこの制球力ではコントロールミスが怖い。ならばヒットゾーンを狭め、且つゴロに打ち取りやすい低目。高めは見逃すつもりで。
降谷が振り被る。コースは珍しく狙い通り。低めへと威力のあるまっすぐが迫る。
かァァァァァんっっ!!!
「ファウルっ!!!」
しかし、タイミングを合わせたとはいえ、捉えきれなかった黒羽。一振りで合わせられたことに、動揺を隠せない青道バッテリー、青道ベンチ。
「なっ!!」
金丸が身を乗り出して今の光景に驚く。あの降谷のボールを一振りで合わせてきたのだ。
「…………当然だ。変化球がない投手ほど、狙いやすいものはいない。」
沖田は、スタンドから黒羽が当ててきたことにそう驚いてはいなかった。
「けど、あのストレートは…………」
東条が尚も言いたそうにしているが、
「ストレートだけでは、リードできることが限られる。沢村は緩急と癖球で何とか打ち取れたが、ストレート一本であの打線を抑えようなんざ、10年早い」
それも、次に控えるのはドラフト候補のクリーンナップ。
――――こいつ、降谷のボールに…………
御幸としても、いずれぶつかったであろう壁があまりに速過ぎる事、そしてそれを為したのが1年生であることに少なからず動揺がある。
そしてマウンドの降谷も、これほど苦しいマウンドは初めてだった。
―――――打たせないッ
だからこそ、負けたくないと感じた。暴走する降谷を抑えられるほど、御幸もまだ頭の整理がついていなかった。
かぁァァァァァンッッッ!!!!
黒羽は高めの真直ぐを振り抜いた。打球はレフトへとぐんぐん伸びていった。
「なっ!!!! レフトォォォ!!」
御幸はマスクを取って思わず声を出してしまう。
ダンッ!!
レフトフェンス直撃のツーベースヒットを打たれた降谷。広角に芯で捉えられた、狙い澄ましたかのような一撃。
「…………………………………」
打たれた降谷は呆然としている。あの真直ぐは、だれにも打たせるつもりはない。8回の投球でもそうだったのだ。
『物凄い当たりがレフトへと飛んでいきました!! 150キロを超えるストレートですよ!!』
『それだけなら、マシーンを打っているのと変わりありませんよ。』
そしてここで3番岡本。
――――落ち着け、降谷。だがこの場面、ストレート一本で、どうリードするべきだ?
御幸としても、降谷の剛球が打ち返される状況、彼をどう生かせばいいのかわからなかった。
――――こいつ、本当にストレートしかないのか。
甘く入った初球のストレートを捉えた岡本。
カキィィィィンッッッ!!!!!
降谷は、またしても自分の速球を捉えられたことに驚く。しかも前の打者よりも鋭い打球。
「ファウル!!!」
ライト線に切れるファウル。だが、切れなければ特大のホームラン。
――――少し早かったか。思いの外、伸びがなかったな。
「くっ!!」
――――待て、投げ急ぐな、降谷!!
「ボールっ!!!」
外れて1ボール1ストライク。
「ボールツー!!」
御幸にもどうすればいいかわからない。自慢のストレートが通用しない打線。それがないとは言えなかった。だが、横浦は降谷のボールを怖がっていない。
そして4球目の高めの真直ぐ。高めのボール球だ。
―――反応した!? これで外野フライに――――
カキィィィィンッッッッ!!!!!!
その瞬間、空気が震えた。観客の声援すら切り裂くような一撃が、ライトスタンドに突き刺さった。
『入ったァァァァァ!!!!! 横浦高校追撃の一撃!! 今日ノーヒットの岡本、この打席でついにスタンドに叩き込みました!!! これで点差は5対3!! 5対3!!』
『甘く入りましたねぇ。ストレートをあれだけ続ければ、やはり打ち込まれますよ』
そして続く坂田には――――
初球の高めボール球のストレートが―――――
カキィィィィィンッッッッ!!!!!!
『二者連続~~~!!!!! 岡本、坂田の連続ホームランで差は一点差~~~!!!! ここでも魅せるか、横浦野球!!! 主砲の一撃で、剛球投手を攻略~~~!!!!』
「降谷………………」
沢村は、あの降谷が打ちこまれていることに驚いていた。そして、無意識に拳を震わせていた。
「………投手交代だ。」
片岡が投手の交代をコールする。降谷のボールが8回から落ちているわけではない。
――――150キロのボールですら、あそこまで運ぶか。
岡本はライトスタンド上段、坂田はセンターバックスクリーン直撃の一発。
マウンドから動かない降谷。やはりショックだったのだろう。放心状態のまま、川上にボールを渡し、マウンドを降りるのだった。
なお、川上が何とか後続を抑えた。
「…………丹波さんは昨日の試合で前向きに課題に取り組んだ。けど、この打たれ方は………」
御幸は、降谷の精神状態が不安だった。
相手はドラフト上位候補。簡単に抑えられるとは思っていなかった。だが、ここまで力の差を見せつけられたら言い訳のしようがない。
「……………」
沢村も、あそこまで打ち込まれた降谷を初めてみた。自分も癖球オンリーで挑んでいれば、想像もしたくない現実が待っていたことは容易に想像できた。
「だ、大丈夫なのでしょうか………降谷があそこまで炎上するとは………」
太田部長は、オールストレートとはいえ、降谷が炎上したことに不安を覚えていた。
「…………私の采配ミスだな。ここで降谷を使うべきではなかった。“このまま奴が立ち直れなかったのなら”」
片岡監督はそう言うと。
「今まではストレート一本でも抑えられただろう。だが、レベルが上がればそうもいかなくなる。同期の沢村、大塚が全国区を抑えた一方で、自分に何が足りないのかを、身を持って知ったはずだ。」
「監督………それでは……!!」
太田部長は思わず声を上げる。降谷が炎上することは予期していたというのかと。
「天賦の才に胡坐をかくか、それとも前に進むか。それは奴次第だ。」
青道ナインは、勝ったにもかかわらず、横浦の攻撃力を前に言葉を失っていた。まるで自分たちのお株を奪われたような戦い。最後の集中打は、危く逆転をされそうなほどだった。
「…………俺も冷静じゃなかったな」
御幸は自戒の意味も込めて、この試合を忘れない。
「ひゃっはっ………マジで半端ないな、神奈川のあの怪物打線は。あのボールをスタンドまで運ぶ奴が3人もいるなんてな」
そして、横浦の3,4番以外は控えメンバー。ベストメンバーならば、沢村も5回すら持たなかった可能性がある。
「…………」
降谷は不完全燃焼だった。打たれた時は動揺していたが、今では打たれた自分に怒りを感じていた。
「そうだな。今日の初登板を忘れるな。お前に足りなかった物。沢村と川上が持っているモノを考えろ。」
「足りない、もの…………」
「ああ、今のお前はストレート一本。今まではそれだけで抑えられたが、今はそうではない。お前がもう一段階上に行くには、変化球が重要になってくる。」
「夏までに2球種。いや、1球種覚えるだけで、お前の投球は変わる。」
「!!!!」
降谷はこの御幸の言葉で、本格的に変化球を覚える気持ちを固めるのだった。
そして決勝戦。その流れを保ちながら、打線が一気に相手投手陣を打ち込み、5点リードを奪うと、投手陣が2失点で纏め、春の関東地区大会を優勝で終える青道高校であった。
その日先発した丹波は、6回を2失点にまとめる好投。大塚、沢村と川上が一イニングずつ投げ、それぞれが無失点。
攻守ともに隙のない総合力を関東に見せつけ、夏のナンバーワン候補に名乗りを上げた。
降谷、飛翔。
けど、沢村も飛翔したし、問題ないよね。
変化球をこれで覚える理由付けは、十分すぎるほどだよね。