ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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タイトルは前半のみ。後半は何て言えばいいのかわからない。


春の関東大会篇
第12話 エース争い勃発!


衝撃の紅白戦の次の日、大塚、沢村、降谷は高島に呼ばれたのだが、

 

「大塚君は一軍正捕手の御幸君とセットプレーやサインの確認。調整を行ってもらうわ」

 

「解りました。」

 

一軍昇格を決めた大塚。沢村と降谷が羨ましそうに見るが、

 

「降谷君は二軍のクリス君から野球のイロハを教えてもらいなさい。上手くいけば、来週の関東大会に登板機会があると思うわ。」

 

「はい」

 

降谷も来週の関東大会で登板機会を示唆され、少し目を見開きつつも内心では燃えているのが外見からも丸わかりの気合の入れよう。

 

そして最後に、

 

「沢村君は大塚君と同様に長い回を投げてもらう可能性が高いわ。野球のイロハはどういうことか、去年よりもマシになっているけど、まだまだ原石。クリス君には今の実力をさらに昇華させるために、御幸君からは大塚君と同様に細かなサインの確認をしてもらうわ。」

 

「はいっ!!」

 

沢村は大塚と今同じスタートラインに立っている。自分たちが行くことさえ叶わなかった全中決勝の舞台。彼はこの中で経験値が圧倒的に上である。

 

――――けど、諦めるって選択肢なんて一番面白くねえッ!

 

沢村は、大塚を見る。

 

―――もしこいつに勝って、エースになれば俺はどんな景色が見られるんだ?

 

このそびえる壁が、沢村の闘争心を煽る。大塚が彼を煽ったわけではない。だが、沢村は格上との競争を歓迎していた。

 

「というか、まえから面白そうな面々だったと思っていたけど、マジで末恐ろしいわ。紅白戦でいきなり結果出すとは俺も予想してなかったし」

苦笑いの御幸。一年でこの時期に一軍入り。3投手が成熟した時はどうなるのか。

 

――――まあ、一番驚いたのは沢村だけどな。

 

彼の成長速度は、この中で一番上である。大塚は持っているモノがほか二人とは違う。投手としての地力は一番。降谷は二人にはない剛球という大きな武器がある。

 

「ああ。紅白戦でも見ていた。大事に育てていきたいが、やはり大きく成長してほしいと思える投手陣。やりがいはあるな」

3年生捕手のクリスは、紅白戦での3投手の投球に触発されていた。

 

両サイドを丁寧に突きつつも、強気の姿勢を崩さなかった変則左腕には勇気を貰った。

 

剛速球を投げ込んだ怪物には、驚ろかされた。

 

そして最後の男には、捕手としてリードしたいという欲求が、高まった。

 

「練習内容は変わるが、投手として一枚も二枚もレベルを上げてやる。大塚は御幸に任せるが――――」

 

クリスは、大塚を見て、

 

「この二人の成長速度をお前は肌で感じているだろう。一試合も無駄にするなよ」

敢えて大塚の尻に火をつけるような物言い。彼が半分冗談、半分本気で言っているのは間違いなかった。

 

「それは紅白戦で嫌というほど味わっていますよ。俺も負けてられない」

 

大塚も、この二人が虎視眈々と自分の背中を狙っていることぐらいわかっている。今は変化球の数でも制球力も上ではあるが、気を抜けば追い抜かれかねない。

 

こうして、1年生投手陣を含めた夏に向けた青道のエース争いが勃発する。

 

クリスから激励を貰っている大塚らを見た丹波は

 

「…………………………」

 

「どうした、丹波?」

一軍捕手の宮内が、クリスと御幸から説明を受けている1年生投手陣を見詰めている丹波を気遣うように声をかける。

 

「………………いや、なんでもない。練習を続けるぞ、宮内」

首を横に振りながら、丹波はブルペンにて投球練習を行う。1年生であれだけの力を備えた投手が3人も来る。それは青道全体でみればいいことなのだろう。

 

しかし現エース、丹波は危機感を感じた試合でもあった。自分は不運な当たりとはいえタイムリーヒットを打たれた。片や相手は継投とはいえ、一軍メンバーをのぞいた上級生相手にヒットを打たせなかったのだ。

 

宮内は、あの3人を強く意識している丹波を見て、

 

「心配するな。自分の投球が出来れば、エースは奪われん。カーブとストレートのコンビネーション。それがお前の持ち味だろう?」

 

そう言われても、丹波は大塚と沢村が自分よりも多くの変化球を持っていることを気にしていた。

 

沢村はカッターで右打者を封じ込め、チェンジアップ系でタイミングを外すという投球が出来ている。高速パームも、風の状況によってはウイニングショットになりかねない。

 

そしてその沢村を超越している大塚。彼は縦横の変化と緩急、両サイドの動く球を持っている。悔しいが認めるしかない。

 

――――それでも俺がエースだ。この背番号だけは渡さない。

 

「宮内。話がある」

 

「ん? 丹波?」

 

丹波がエース争いで一歩抜け出す為の秘策。それは――――

 

 

 

 

 

パァァァァンッッ!!

 

「ナイスボール!!」

 

「ああ! ありがとう」

 

隣では川上が投げていた。あの紅白戦では無失点とはいえ、沖田には外のスライダーを芯で捉えられたのだ。

 

自分が自信を持って空振りを奪えると信じていたコース。それを彼はいとも簡単に運んでみせた。

 

その後の練習でも守備では強肩を見せつけ、守備範囲の広さと身体能力をも見せつけている。あの大塚が目をつけている選手なだけはあると彼は悟る。

 

しかも、守備も体力もこの時期の1年生にしては規格外。間違いなくベンチ入りが有力視されている。

 

――――このままじゃ20人に、その先の18人に……………

 

 

そんな悶々とした気持ちを抱えつつも、彼は踏みとどまるしかない。一軍から押し出されないために。

 

 

台頭を狙う1年生投手陣、その座は譲らないと意地を見せる上級生の投手陣。二軍で徐々に調子を上げてきたかつての怪童沖田道広と小湊、東条ら野手陣。

 

屋内ブルペンにて、

 

「けど、今の球種以外になんか使えそうな球はないの?」

御幸がいきなり大塚にそんなことを尋ねてきた。

 

「………難しいですね。基本俺が使えると判断した球ですし、カーブはまだコントロールが定まらないし………一応、投げ方は意識しているんですけど」

 

大塚は未だにカーブが投げられない。故に、丹波の球種がカーブだけというのに驚いてもいる。なぜあんな難易度の高い球種を持ち得ながら、他の球種を習得しないのかと。

 

「こういうところは、丹波先輩が羨ましいです。」

 

 

「へぇ、お前でも羨ましいところはあるんだな。」

ボールを投げ返しながら、御幸は笑いながらそう言う。

 

「沢村はサウスポーだし、降谷はあんな怪物みたいな剛速球。あれよこれよと欲しいモノだらけですよ。」

なんでもなく大塚はそう言う。そして御幸はそんな彼の言動を聞いて心の中で安心する。

 

――――普通は天狗になるんだけどな。これだけあれば1年生では十分。けど、こうも貪欲なら怪我しない限り心配ないな。

 

御幸は沢村と降谷が、そして大塚が甲子園のマウンドで投げている姿を想像する。そしてその3人をリードする自分。

 

――――ここまでハートを熱くさせてくれる奴らは初めてだ。先輩として、バットの方で見せ場を作るとするか。

 

近日に控えた関東大会で、活躍を誓った御幸。

 

「御幸先輩?」

少し考え事をしていたため返球が遅れていた。故に、大塚が何か戸惑いを見せるような表情で御幸に声をかける。

 

「ちょっとな、お前らを全国の舞台でどんなふうにリードしようかと考えていたところさ」

 

その後、ちょっと強めのボールが大塚から返ってきた。

 

 

「うーん、なんか変化球欲しいなぁ…………」

沢村は丹波のカーブと川上のスライダーを見て、大きな変化を持つ球種が欲しいと考え始めていた。

 

「大会が近いし、フォームを崩す危険性のあることはお勧めしないな。俺が巻物に記した練習はもう終えたか?」

馬鹿正直な沢村の事だ、敢えて聞かなくてもやっていると考えていたクリス。

 

 

 

「はい!!! 基礎練習という事で倍近くやってきました!! 結構体力使ったっす!」

 

 

少し予想の斜め上だった。

 

「沢村。体を休めること、それも体を作る事だ。オーバーワークは怪我の元。お前たちはまだ1年生だ。その細い体を鑑みても焦る気持ちもわかる」

 

――――自分のように、怪我で泣かされる選手にだけはなってほしくない。

 

二人には悪いが、今年の新入生には本気で期待しているクリス。それが上級生二人にとっての、殻を破るきっかけになればいいとさえも考えている。

 

――――御幸、こいつらを活かすも殺すもお前次第だぞ。

 

「すいません!! 次はメニュー通りやります!!!!」

 

「そうだ。そびえる壁は高いが、お前には奴にはないものを持っている。そして、体を作っていけばお前はもっと高みにいけるだろう。だからこそ、怪我のリスクには注意してくれ。」

 

「はいっ!!!」

 

倍近くやって自分が注意するような場面はなかなかなかったので、中々に鍛えがいのある選手だなと彼は思う。練習をさぼって怒るケースは珍しくはなかったが、本当に奇妙で面白い選手だ。

 

それでいて、何かをやってくれそうなタイプでもある。

 

大塚は安心感。降谷は将来への期待。綺麗に別れたと彼は考えた。

 

「ぜェ………ぜぇ………終わりました」

 

そこへ、息を切らしながら降谷が戻ってきた。やはり体力づくり中心のトレーニングは正解だったと思うクリス。彼の体力の無さはやはり致命的だ。

 

――――体力がつけば先発を期待したいが………この球威を活かすのはやはり

 

クリスが考えている降谷の起用。それはセットアッパー。短いイニングならばそこまで球威を気にすることもない。今年は体力づくりをみっちりやり、来年から先発を任せるべきだというのが片岡の方針でありクリスもそれには同意見だった。

 

「降谷。ブルペンでは軽めに投げろ。力の抜けた今では、力むことも少ないだろう。速いボールを投げようとするな。」

 

「はい………(力みを無くす?)」

今まで壁投げをしていた降谷には未知の言葉。

 

「脱力投法っすね!! 0から100の!!! リリースを意識した練習だぞ、降谷!!」

 

半端ではあるが、沢村は野球知識を覚えている分基礎がちゃんとしているので応用の覚えも早い。

 

―――まあ、横で散々言われている奴にはイライラだろうが。

 

しかし間違いではないので、そこまでいうつもりがないクリス。

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!!!

 

「あれ…………?(軽く振ったつもりなのに………球が伸びた?)」

降谷も、この体力が厳しい中でここまでボールが伸びるのは初の経験。

 

「それでいい、降谷。お前の球威を生み出しているのはその指先に全体重を集約したリリースの力。故に、腕の振りさえ安定すればそこまで球威が落ちるわけではないんだ。」

 

「……!!! はい。」

丁寧に教えてくれているクリスの事を信用し始めている降谷。御幸という捕手に受けてもらいたかったが、クリスから学ぶことは多い。

 

「俺のフォームはどうっすか!!!」

横ではネットスローに切り替えた沢村が、クリスにアピールをしている。

 

「お前は力み過ぎた。お前の良さがそれでは消えるぞ」

 

「了解っす!!!」

 

 

しかし、夏に向けて頑張っているのは投手陣だけではない。

 

ある日の練習。春市、東条の一軍昇格を狙う一年生たちは、沖田とともに合同自主トレを行っていた。なお、金丸と狩場も希望により参加している。

 

そして、結城は練習初日から沖田が奇妙な練習を同級生の斉藤と桑田に提案していることを知りここにいるのだ。

 

「夏まではあと3カ月を切っている。フォームが固まっているし、ミート力のある二人にはいずれ教えようとは思っていたんだ。」

沖田は上級生の桑田、斉藤とともに一風変わったティーバッティングをしていたという。

 

「まあ、俺達は一軍の目は完全にないが、大学でも野球を続けるつもりだ。だからこそ沖田の練習は本当にためになるからな」

惜しくも一軍昇格は厳しそうな斉藤が彼らの前でそう話す。結城としても、沖田と桑田を合わせ3人で秘密の練習を行っていたことに異論をはさむつもりはなかったが、沖田の打撃センスは並外れている。

 

「で、右打者の俺達になんでまた……」

東条もそうだが、一年生でここに呼ばれたのはいずれも右打者。

 

「今回は俺が指導に回るから桑田先輩と斉藤先輩、俺の3人。だから結城先輩と東条、春市に教えられるし、金丸と狩場も見ていて損はないと思う。」

 

そして春市の担当は沖田がすることになり、斉藤は東条、桑田は結城に入ることになり、金丸と狩場は春市の練習風景を見ることになったのだが―――

 

「これ……難しい……!!」

春市の表情が少し歪む。沖田は何でもないかのようにトスを上げていく。そして見学している二人もその異様な練習風景に驚いていた。

 

「歩きながらティーバッティング!? 何だそりゃ……」

動きながらトスを打つ。通常トスバッティングは斜めから投げるものであり、このように位置をずらしながらの練習など見たことがない。

 

そして一方の結城、桑田ペア。

 

カァァァン!! カァァァン!!

 

「すげぇぇ……もう順応してきている…」

桑田はさすが主将だと考えた。歩きながらのティーバッティングに既に対応しつつある。

 

「感謝しかないな。スイングの数は誰にも負けないと考えていたが、力みが取れた瞬間に生きた打球を打てそうなくらい充実している。」

 

「東条も片手の打撃をするぐらいだし、体のバランスはよさそうだね。」

沖田は、東条も歩くティーバッティングに順応しているのを見るとそろそろ次の段階に移行するべきだと考えた。

 

ティーバッティングその2.

 

「これでバットに当たるの?」

春市はバットを十字にバットを振りながら、沖田がタイミングよくトスを行うのだ。十字を意識した春市は、ややタイミングが遅れる。

 

「何の意味があるんだ? これは」

狩場が練習風景を見て、沖田に指摘する。

 

「そうだな。打者にはそれぞれ打撃のポイントがあるんだ。そのポイントで打てば非力な打者でも長打を打てるし、鋭い打球を飛ばすことが出来る。十字の真ん中を意識して今度は打ってみてくれ」

 

それを意識した瞬間に、

 

「あっ! なんだか違う……感触が少しずつ変わってる?」

春市の打球がさらに鋭さを増し、快音が聞かれるようになる。

 

「そうか。打者を抑える時、俺はとにかくタイミングとポイントをずらすことを意識していたが、そういうことなのか。打者の最適なタイミングとポイントでその球に対応する。そうすることで、強い打球を打てるようになる。最短距離でバットを出すのか」

捕手の狩場は沖田の意図を完全に理解した。そしてこの二つのティーをメモに書き込んだ。

 

「そういうこと。左はレベルスイング、フラットにバットを出すのが多いっていうけど、右は押し出すような感じでいいんだよ。」

 

なお、結城はポイントを元々持っていたのか、快音を連発させていた。

 

「主将には何も言うことがないです……」

 

東条は崩されてもバットを出せる利点があったが、この練習は目から鱗だった。しかし難しいティーであることも確か。

 

「確かに、フォーム固めてないと無理だわ、これ」

 

 

そしてまだ続くその3のティー。

 

「よし、行くぞ」 ポイッ、バーンッ

 

沖田の上げたトスが、地面へとバウンドする。春市はいきなり理解できないことが起こり、硬直してしまう。

 

「え」

 

「あぁ、すまんすまん。バウントしたボールに合わせて。打球は問わないから、先程確認した打撃ポイントでこのバウンドしたボールを打っていくんだよ。」

 

「えぇぇぇ!!!」

 

 

「なかなか難しいな、これは」カキィィンッッッ!!!

結城は苦い顔で言いながら、真芯で捉えている。そして一番早くにこの練習の意図を理解した。

 

「それで難しいは冗談が過ぎるぞ、主将。」

桑田は見ていて格が違うと感じた。

 

「そういえば、微妙に手元で変化する投手がうちにもいたな。」

 

「正解です、主将。手元の動く球に芯で合わせる練習なんです。高校生ではまだフォームがばらばらでナチュラルシュートする投手や沢村のような癖球を投げ込む投手もいます。本人はフォーシームを投げている感覚でも、変な回転がかけられていることもあります。」

 

つまりこれは癖球を打つ対策。変化球への対応力を養う感覚。

 

「木製の俺は、なお頑張らなきゃいけないね。」

春市も意図を理解し主将に続く。意図を理解した途端に打球の質も上がるので、彼のセンスはやはり高いと感じる沖田。

 

しかしここで対応力を見せたのは―――

 

「初めてにしては凄いじゃないか、東条」

 

「うっす。けど、なんだか自分の実践の打撃をしている感覚っすね」

低めのボールを掬えるローボールヒッターの彼は、こういう変化のティーへの対応力が無意識に養われていた。

 

 

そして、第4のティーバッティング。

 

「これは普通のティーの位置だけど、ルールがあります。それは徹底して右打ちを行う事です。」

 

「右打ち、けどそれって俺達が普通にやっていることだよね。」

春市がそう言うと、

 

「まあ、主将や春市は広角に打てるからあまり問題じゃないけど、これも重要なことかな。」

 

結城と春市は難なく右打ちを物にし、東条がやや遅れる。

 

「右打ちの理由は、投手の生命線であるアウトコースへの対応。最短距離でストライクコースのボールを逆方向に打ち返すこと。無理に引っ張って引っ掛けるよりも、無駄なく力を集中させて一球で狙い撃つ。投手はこれが嫌だろうから」

 

そして東条が手古摺る中、結城と春市が次のティーに入る。

 

 

第5のティーバッティング。

 

 

「え? なんでそこに立っているの、沖田君?」

 

沖田の位置は先ほどの右打ちよりも前の、春市の真横だった。沖田はそれが当然だと言わんばかりにそこに立っていた。

 

「今までのティーバッティングで、右打者のスムーズな体重移動、打撃ポイントを養う、右打ちへの対応、変化する球への対応と、俺の考えた段階を踏んでいると思う。まあ、最初はとにかく何も言わないから、ただ実践してほしい。」

 

 

春市と結城はやや疑問に思いつつも、練習をするのだが、

 

「今度は引っ張る打球が多いね、右打ちなんて出来ないし、インコースを捌いているような感覚だよ。」

春市は、一転してプルヒッター気味の打球が多くなったことを意識する。

 

「このコースは打者にとっては厳しい」カキィィィンッッッ!!!!

 

「いや、主将はマジで無意識に対応してますわ……」

桑田は、意図を理解せずとも強い打球を打っている結城に感服せざるを得ない。

 

「そうそれ。右打ちで結構アウトコースを意識してくれたから、今度はアウトコースではなくて、配球でインコースに来られた時の対応。みんなも、アウトコースを待っていて、インコースに来られて詰まらされた経験はあるよね?」

 

「あるね」

春市もその時の映像が浮かんだのか、やや苦い表情。

 

「確かに」

結城は力でタイムリーにしているが、いやな打撃だったと感じてはいた。

 

「あるな。打球が全然飛ばなくて、打ち取られることの方がほとんどだった。」

 

「そういうことなんです。特に、内角と外角を投げ分ける技巧派にはたまらないでしょうね」

両サイドを上手く使った投球。技巧派にとってみれば、アウトコース待ちでも、インコースを反射的に打ち返せる打者は脅威だ。

 

 

そした、次は第6のティーバッティング。

 

「次は自分の打席ではない打席で、ティーを行ってください。」

 

つまり、右打者は左打席で、左バッターの構えで打つことになる。

 

「うん、わかった」

春市は元々左で打ったことがないというわけではない。遊び感覚で打ったことがある。

 

「げぇ……」

東条は慣れない左打席に、快音が響かない。

 

「むっ……」

結城も、無双を誇っていた右打席ではいざ知らず、左ではあまり快音が残せない。

 

「これって、投手でも右投げの人が左をするのと同じ原理?」

 

「まあな。体のバランスを整えるためのモノといっていい。右で慣れた分、偏ったバランスを修正する意味でも、大きいと思う。」

 

夏の予選、本選で投手が疲労を溜めこむのと同じように、野手も打撃の調子を落とすことがある。それは偏ったバランスと体の疲労が蓄積することが原因。

 

「だが、体の力みも取れて良いな、これはこれで」

結城は慣れない形にも左打席を行っていく。

 

「沖田。これをお前はいつごろから始めていたんだ?」

結城はこれほどのティーをやっていたのはいつごろかと尋ねる。

 

「小学5年生のころからですね。仲間とともにやっていました。まあ俺以外誰もやろうとはしませんでしたけど。青道に入ってからは、あの上級生との試合後に、桑田先輩たちにお願いしました。」

 

「なるほど……」

 

その後、今日は実践していなかった低めのティー打撃、バランスボールに座りながらのティー、後ろ片足ティーバッティング、連続ティーバッティング、ツイストティーバッティングもあることを紹介し、全部で12種類のティーバッティングを伝授した沖田。

 

「後ろ片足打法って、効果は何?」

 

「ほら、よく打撃で『体を開くな』というだろ。でもどうしても開いてしまう。だから、俺なりに考えて、閃いたんだ。体を開かなくすればいいと」

 

「???」

結城はその言葉の意味を理解できなかった。

 

「今日はするつもりはなかったんだけど、一応紹介だけはしておきます。桑田先輩お願いします」

 

「おう」

 

バットを手に、沖田が打席にはいる。すると、前足に当たる左足を上げ、右足一本で立ったのだ。

 

「けど、それじゃあまともにスイングなんて出来ないよ!」

春市は片足で打撃することの難しさはよく解っている。だからこそ、その難しさを知っている。

 

「無理に良い打球を飛ばす必要はないんだ。ただ、体を開かないように撃てばいいんだよ」

 

片足で立ちながら、通常のティーと同じ位置でトスバッティングを行う沖田。そして意外なことに、体は一度も開かない。バランスが悪い体勢であるにもかかわらずだ。

 

「なんで……」

驚く春市。

 

「片足で立っていると、やっぱりここまでもう片方を上げると、軸足方向に体がずれそうになるんだ。だからこそ、この軸足方向に体が少し傾きそうな状態で打てば、体が開くという事は起こりえない。」

 

「あ」

春市はそこで合点が言った。よく見ると、沖田の体勢はやや後ろ向き。まるで、来た球を呼び込んでいるような打撃フォームだった。

 

「かなり勉強になるな。」

結城は闘志を燃やし、その練習を網膜に刻み付けるぐらいの目で凝視していた。

 

なお、連続ティーと、低めティーは説明を省き、バランスボールは夏以降にやるべきだと沖田は感じていた。バランスボールに乗った打撃はかなりの難易度で、最悪フォームを崩しかねない。しかし、会得すればかなり打てるようになるだろう。

 

「なんていうか。沖田君の事を勘違いしてたなぁ。天才かなって思っていたけど、練習の天才だよ。」

春市も、バリエーション豊かな練習方法で打撃を極めていた沖田に、感嘆する。

 

「俺より凄い人はいるからな。だから技で勝負しないと。」

 

 

「最後にツイストティーバッティングとは何だ?」

結城が最後のツイストについて尋ねる。

 

「巨人の選手の人がやっていた打法なんですけど、以前崩されそうになった時も対応するっていったじゃないですか。」

 

沖田はまず一打を見せてみる。

 

「下半身の両ひざに意識してみてください。」

 

そうして、沖田はトスを真芯で捉え、かなり強い打球を飛ばす。

 

「「「!!!!!」」」

春市、結城、東条は衝撃を受けた顔をする。狩場と金丸も、遅れてリアクションを取る。

 

「体のひねりがすげえ……。どうやったらあんなに。」

 

「ツイストの意味ですけど、両膝を内に動かすんです。前足が上手く体をブレーキするので、自然と腰の回転がスムーズになるんです。だから力まずに強い打球が―――」

 

カキィィィィィンッッッッ!!!!!

 

まるで鞭のように腰がしなり、ヘッドが加速するようなスイング。トスのボールが一瞬消えたようにも錯覚させた、驚くべきスイングスピード。

 

「まあ、こんなところです。体を開かないようにする後ろ足ティーバッティング。ツイスト打法をもし取り入れたいのなら、このティーを始めたら、自然と身につきますね」

 

 

ということもあり、合宿前では合同の自主トレを行った結城達。後にレギュラー陣にも教えたのだが、一部の練習が取り入れられることになった。

 

「天性の打撃ではなく、練習によって積み重ねた確かな打撃。そして理に適った練習。この夏合宿で、本格的に取り入れるとしよう。」

 

片岡監督は、結城からの報告を受け、このトスバッティングを行うことを決めた。

 

 




野球って、科学ですね。

なんか調べれば力学とか、体の使い方とか、なんかすごいと感じた。

野球選手って、すごい。

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