ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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お待たせしました。1か月以上の報告・・・・・


申し訳ありませんでした。

ちょっと信長の野望とか、ゴジラの映画とか、ガンダム ジ・オリジンとか、ちょっと浮気をしていました。




第141話 到来

最後の力を振りぼる、大塚栄治の投球が、今年の最後の投球が始まる。

 

 

『さぁ、初球ストレートが決まった!! 第2球!!』

 

 

そのストレートと同じ球速で、白井の視界から消えるボール。

 

『これが、大塚の伝家の宝刀、高速スライダー!!』

 

曲がりの大きい、速い縦のスライダー。それを御幸が止める。

 

 

――――ぞくぞくするよな。あんな集中力で、投げ込んできてくれるんだから

 

そんな気持ちの籠ったボールを受け止める喜び。また一段とキレが増してきた。

 

 

 

――――絶対に抑えるぞ、栄治!!

 

 

続く3球目はスプリットをたたきつけてボール。しかし、御幸はこれを前に零す。

 

 

 

打席の白井は、この窮地でさらに力を見せつける大塚の姿に、柿崎の姿がかぶって見えた。

 

 

――――けどな、うちのエースに負けをつけたまま、ここを去るわけにはいかないんだよ!!

 

力が入る白井。

 

 

 

 

その4球目―――――

 

 

『ファウルボール!! 151キロ!! 食らいつきます、白井!!』

 

 

 

それを見た御幸は、光南の打者が意地を見せていることに警戒を強める。

 

――――もう4巡目。さすがに目が慣れてきたか――――

 

 

ストレートにくるくると三振するような今までのチームとは違う。

 

 

 

――――次は何が来る? 変化球はどれだ?

 

 

 

5球目に選択したボールは――――――

 

 

「!!!」

 

 

ここで、白井のタイミングを狂わせる大塚の決め球の一つ。

 

 

――――ここで、チェンジアップッ!?

 

 

腕だけで打つような打撃になってしまった白井。打球はラインを切れてファウルボール。

 

 

『コースに落ちたチェンジアップに食らいついた白井!! 決めきれません、マウンドの大塚』

 

 

『さすがに抜けも悪くなっていますね。落ちが甘くなっているので、甘く入れば危険ですよ』

 

 

 

『さぁ、1ボール2ストライクから6球目!!』

 

 

 

 

―――――ここで、かよ――――っ

 

 

白井の視線の先にいる大塚は、ここでシンキングファストボールを選択。右打者の内角高めへのボール。

 

 

『打ち上げたァァァ!! しかし打球は外野へ!!』

 

 

完全に打ち取られた打球。しかし、振り切った分打球は高々と外野へと飛んでいく。

 

 

『レフト取って、あっと二塁ランナータッチアップ!!』

 

 

――――お前の心意気、しっかり感じたぜ!!

 

 

今度はエースが塁上でその意気に応える時だ。

 

 

エースという存在は、マウンドだけでの振る舞いがすべてではない。打席でのはいり方はもちろん、塁上での姿もそうだ。

 

 

『タッチできない~~!! エース柿崎の、気迫のヘッドスライディング!! これで、一死一塁三塁!!』

 

 

『走塁でプレッシャーをかけてきましたね。柿崎君も闘志を失っていませんよ!』

 

 

 

マウンドの大塚は、外野に打球を飛ばされたことをさほど気にせず、次の打者に対して既に集中していた。

 

 

 

 

誰かが声をかけてくれている。だが、今の大塚にはそれを理解することができない。異様な感覚が大塚を突き動かし、支えている。

 

 

続く3番清武は。異様過ぎる大塚の集中力に驚きを隠せない。

 

―――あいつ、今何も聞こえていないんじゃ

 

そこまで、そこまで奴は集中しているのかと。

 

常人には考えられない集中力。その密度。

 

 

御幸のサインと、ボールと、打者しか見えていない。

 

 

その御幸も、大塚の姿に頼もしさを感じつつ、今の結果に冷や汗をかいていた。

 

 

―――――気迫で打ち取ったようなもんだ。低めのシンキングファストが

 

 

低めを指示したボールが高めに集まりだしている。球威こそ盛り返したものの、未だにコントロールは戻り切れていない。

 

むしろ、痛打を食らう確率は、この試合で一番も増していた。

 

 

 

不安を抱えつつも、彼はミットを構える。

 

 

 

 

初球――――

 

 

『ドロップカーブ!! 空振りっ!! ものすごい落差のカーブです!!』

 

 

縦のフォームのドロップカーブが決まる。清武はバットを振ったが全くボールに近づけない。触れることを許さない。

 

 

2球目もドロップ。しかし、今度は手を出せない。

 

 

――――中盤までのドロップとは雲泥の差だ。なんだこの回転量は!?

 

 

今まで見たことがないカーブだ。

 

 

『あの縦のカーブが終盤でかなり切れていますね。それにあのストレートだと、打者は反応するのも手一杯ですよ』

 

 

そして、3球目は――――

 

 

『つづけた!! カーブ続けたがボール!! 今度は見てきました、清武!!』

 

 

 

 

―――――カーブの切れは終盤で一番いいぞ。見慣れない球種だからか、やばいぞこれ

 

 

 

相当カーブを意識させられている清武。第4球に御幸が選択したボールは―――――

 

 

――――ストレート!? ぐっ!?

 

 

内角の速い速球に必死にスイングする清武。とっさに出たようなバットの出し方だが、ごく自然な形でヘッドを出すことが出来ていた。

 

 

その打球はまっすぐ―――――

 

 

「!?」

 

大塚の眼前に飛んできていた。

 

 

 

 

とっさにグラブを出した大塚だが間に合わない。打球が大塚に迫る。

 

 

 

『ああっと、打球が大塚に直撃!! グラブが吹き飛んだ!! 打球は転々と転がる!!』

 

 

 

一塁ランナー沼倉は間髪入れずスタート、三塁ランナー柿崎も、ホームに突っ込もうかと考えていたが、

 

 

―――――やっば、これ不味いパターンだ

 

 

 

柿崎は大塚の何かを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

打球が直撃する瞬間、とっさに左手のグローブが間に合った大塚だが、勢いそのままに、胸に直撃していた。

 

 

その瞬間、呼吸が止まるような感覚に襲われた大塚。グローブに包まれていたとはいえ、勢いは殺しきれない。

 

 

 

暗くなる視界の先に、転がっているボールがあった。

 

 

――――っ

 

 

 

ボールを握った。大塚は徐々に聞こえてくる声援に押されるように、白球を前園に届けたのだ。

 

 

 

 

『一塁アウトぉぉぉ!! 清武のヘッドスライディングも実らず! 大塚の気迫のフィールディング!!』

 

 

『しかし、あの打球を受けた後ですからね。マウンドに伝令が来ますよ』

 

 

 

マウンドに集まる内野陣。伝令役に、今度は狩場がやってきていた。

 

 

「おい、今打球が直撃したじゃねぇか!!」

 

狩場が声をかける。限界が近い大塚をこのままマウンドに立たせていいのか。

 

 

ブルペンには、もう沢村と川上の準備が整っている。いつでも投手交代は出来る。

 

 

 

「―――――――限界に見えるかな、今の俺は」

 

鋭い眼光を失っていない大塚。むしろ、あの打球を受けてさらに燃え滾っている様子の彼に、一同は息をのんだ。

 

 

「大塚……」

 

金丸は心配そうに彼の姿を見つめる。

 

 

「――――――俺は監督の采配に従うよ。その上で、自分に出来ることをします」

 

 

ぎらついた眼は、ネクストバッターサークルから打席に向かいつつある権藤を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

それをベンチで見ていた片岡監督は、表情を変えずに最後の采配を告げる。

 

 

「―――――――続投だ。大塚には投げてもらう」

 

 

「――――監督……」

 

 

これは明らかな片岡監督の継投ミスだった。大塚という大きな存在に、この試合で見せる彼の姿に魅入られていた彼の失態だ。

 

 

この男はどこまで高みに上るのだろう。彼はどこまで成長するのだろうと。

 

 

だからこそ、継投がしづらい場面までたどり着いてしまった。

 

 

沢村を出すことも考えた。川上も準備が出来ている。

 

 

9回裏二死二塁三塁。バッターは4番権藤。

 

 

この局面で、大塚を代えるリスクのほうが高まってしまっていた。

 

 

 

 

この局面で動くことが出来ない青道ベンチを見た落合は、苦い顔をしていた。

 

「以前の私ならば、エースと心中ですよ、と言っていたかもしれません」

 

 

「落合コーチ?」

高島副部長は、落合の弱気ともいえる発言に驚いていた。

 

 

「継投は、ピンチを作った瞬間に考えていました。しかしそれ以上に、彼には人を引き付ける力がある」

 

このピンチすら、乗り越えてしまうような空気がある。

 

 

ピンチを作り、後がない状況。しかし彼は踏みとどまっている。

 

むしろ、こんな局面に次の投手を送り出すことのほうが、酷かもしれない。

 

 

 

「優秀な投手陣の中で、やはり彼は不動の存在なのですね。18番であっても、大塚栄治は、大塚栄治ということなのでしょう。」

 

そしてその表情は柔らかなものとなる。

 

 

「あんな選手、一生を費やしても、中々巡り合えるものではありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

監督と部長のやり取りを聞いていた沢村はベンチでこぶしを握り締めていた。

 

 

「―――――」

 

 

――――大塚は、ここまで信頼されるのかよ

 

 

 

エースの座を奪っても、大塚に対する信頼は変わらない。一つのプレーで流れを変えてくれる。

 

 

その一球でチームを鼓舞できる。

 

 

それが、沢村に出来ないことで、大塚にはできること。

 

 

 

その一球で、その圧力で、その変化球の切れで、打者を圧倒できる。

 

 

 

エースという立場すら超えた、大塚への信頼感。それを痛感する沢村。

 

 

 

 

内野手たちは、大塚にすべてを託す。

 

「必ず抑えよう、栄治君!!」

 

春市がセカンドから檄を飛ばす。

 

 

「あと一つだぞ、大塚ァァァ!! こっちに打球を打たせろ!! 絶対に止めてやる!」

 

倉持が命運の一部を、こちらに預けろと訴える。

 

 

「気合や!! 勝負していけ!! ボールは今日一番来ているで!!」

前園が虚勢を張り続ける。ぼろぼろの状態だが、大塚は気力を振り絞り、後アウト一つまでこぎつけている。

 

 

―――――先輩として、副キャプテンとして、できることは全部するんや!!

 

 

 

 

「―――――――っ」

 

そして、ピンチを作り出してしまった金丸は、声を出すことが出来ずにいた。

 

 

―――――これが、全国の舞台

 

一軍が感じていたプレッシャー。それを今、自分たちが背負っている。

 

――――止めてやる、絶対に止めてやるからなッ

 

 

金丸は、虚勢にも似た自己暗示で、己を奮い立たせる。これ以上、仲間に置いて行かれないために。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――本当にどこも痛くないんだな?」

 

 

「――――ええ。最後に相手の四番をねじ伏せて終わる。これ以上ない最後です」

 

 

御幸と大塚が少しだけ言葉を交わし、最後の瞬間に向けて集中力を高める。

 

 

 

「相手の4番をねじ伏せて、試合終了。いい絵だとは思いませんか?」

 

 

「ほんと、いい性格をしているな、お前」

 

 

バッテリーは、最後の勝負に出向く。

 

 

 

 

そんな彼らの姿を見ていた者がいた。

 

 

4番権藤もこの勝負、彼を見て滾っていた。

 

 

――――おいおい。神木を超えてるだろ、あれ

 

殊勲打を放つことが出来た相手、一学年上の神木を思い浮かべ、そのレベルすら超えている大塚栄治を見て、体が震える。いわゆる、武者震いというやつだ。

 

 

その初球はやはりスプリット。しかし、沈むまでわからない。

 

 

「ファウルボールッ!!」

 

御幸がその瞬間驚いた顔をしていたが、そんなことは些末事だ。

 

 

―――こいつ、スプリットに当てやがった。

 

コースに決まったスプリットは、今まで掠らせることすらなかった。情報量の少ない大塚とは言え、やはり半年になると、前に飛ばせなくても当てる打者は出てくる。

 

 

しかし、御幸はこの落ちるボールに当ててくる打者のレベルを再確認する。

 

――――坂田ほどじゃねぇけど、やっぱり抜きんでてるわ、こいつ

 

同級生には見えないレベルだ。

 

 

続く2球目のストレートが外側にわずかに外れる。迂闊にバットを出してこない権藤。

 

『外外れてボールッ! 152キロッ!!』

 

続く3球目は――――

 

 

――――これが、大塚の高速スライダー!!

 

 

「ファウルボールッ!!」

かろうじて当ててきた権藤。しかし、コースが若干高かったとはいえ、大塚の高速縦スライダーにもあててきた。

 

球速は142キロ。これは縦のフォームの高速縦スライダーだ。

 

権藤には詳しい原理はわからない。しかし、それだけ大塚がすべてを出し尽くしているのがわかる。

 

 

――――光栄だな、そういう認識ならばッ!!

 

 

 

 

続く高めのストレートにもついてきた権藤。打球は後ろに飛ぶ。

 

『ファウルっ!! 151キロ!! 当ててきます、権藤!!』

 

 

 

そして5球目――――

 

 

「ファウルっ!!」

 

 

インハイ、より厳しいコースを突いたストレートもカットする権藤。簡単にアウトにならない。それが、坂田久遠との違いだった。

 

 

――――やはりバッティングをかえてきたか。

 

 

確実にランナーを返す。その意識がとても強い。その中で、徐々にタイミングを合わせてきている。

 

 

アジャストしようと迫ってきている。坂田はあの満塁の局面ということもあったが、まだ抑えやすいと言えた。

 

打席に立った時の威圧感と、打球の飛距離はそうそう忘れることはできないが。

 

 

 

9回裏二死ニ塁三塁。ヒットが出れば同点、ホームランならサヨナラのピンチ。

 

 

青道を追い詰めているのは、2番白井の外野フライ。そして柿崎のタッチアップ。

 

これがなければ、単打でも安全圏だった。だが、光南の意地が最後の最後まで追いすがる。

 

敬遠でも、初ヒットの打者。青道はこれ以上リスクを背負えない。

 

 

そして光南は、大塚に最も合っている権藤で、なんとしても決めたい。

 

 

 

6球目―――――

 

『ファウルボールッ!! 外のストレートに食らいつきます!! これも151キロ!!』

 

『バッティングをかえてきていますね。これはもう大塚君と権藤君の我慢比べです。権藤君は変化球を狙っているかもしれませんね』

 

 

だから、ストレートは全てファウルでカットしている。大塚が厳しいコースにしか投げてこないから。しかし、甘く入ればストレートも危険な局面。

 

 

 

「―――――――っ」

 

 

間合いが長くなったのか、ここで権藤が間を取った。

 

ヘルメットを被り直し、バットを振って、呼吸を整えてから打席に入る。

 

「――――――――」

権藤からも表情が消えている。集中している姿、この勝負、自分のスイングに全てを傾けている。

 

 

 

 

 

 

ベンチで戦況を見つめている沢村は、もし、もし自分があのマウンドに立っていたらと考える。

 

――――わからねぇ

 

分からない。沢村は想像できなかった。背番号1をつけて、神宮大会に臨んだ。しかし、あのマウンドには立っていなかった。

 

そして、決勝の舞台の先発ではなかったことが、まだ大塚の評価がチームの中心であるということを示している。

 

 

――――あのマウンドで、信じてもらえるような――――

 

 

目の前の、あのマウンドに送り出してもらえる投手になること。

 

 

それを固く誓った沢村だった。

 

 

 

 

 

 

7球目――――――

 

 

『スプリットォォォ!!! 一塁線ファウルっ!!』

 

 

ここでフェアゾーンではないが、初めてスプリットを前に飛ばした。少し高かったとはいえ、前園の横を通り過ぎた。

 

 

その打球音が出た瞬間に、観客のどよめきが起きる。

 

 

―――――ここまで大塚のボールに当ててくるなんて!?

 

御幸は権藤の対応力を見て驚いている。あそこまでいい当たりは久しく見ていない。

 

 

厳しいコースにストレートを決めても、カットされる。これが一流の打者。剛速球のごり押しでは、抑えることが出来ない相手。

 

そして、ついには大塚のスプリットにさえ手が届き始めている。

 

 

 

 

 

 

続く8球目――――――

 

「っ!?」

投げた瞬間に大塚の目が大きく見開いた。

 

 

権藤が若干高くなったスプリットを捉えたのだ。

 

 

カキィィィンッッッ!!!!

 

 

慌ててライト方向を見る。御幸もここでスプリットを当ててくるだけではなく、あそこまで痛烈に飛ばす権藤に驚愕していた。

 

 

しかし、

 

 

『ファウルボールッ!! ここもスプリット!! しかし、ライト線切れてファウル!! 打席の権藤!!』

 

 

『真芯でとらえましたが、少しタイミングが早かったですね。今のは甘かったですよ』

 

 

権藤のスイングがよりコンパクトに。しかし、力の抜けたいいスイング。当たれば当然飛ぶ。

 

 

ライト方向に痛烈な打球が吹き飛んだのだ。

 

 

 

『いやぁ、あのキレのある変化球に当てますか。ふつうの打者なら空振りコースですよ。それをジャストミートですかぁ。すごい勝負です』

 

 

『学年関係なく、やるかやられるか。権藤も気持ちが入っています!!』

 

 

続く9球目、御幸が内に寄った。

 

大塚のセットポジションからの9球目―――――

 

 

 

『ここで、間を外します、マウンドの大塚。』

 

プレートを外し、間を取った大塚。ここも自分の間合い、自分のリズムで投げることを優先した大塚。

 

 

そしてもう一度セットポジションに入る大塚。

 

今度こそ、9球目―――――

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

権藤のひざ元、インローの低めにストレートがやってきたのだ。それに身動きをしない権藤。

 

 

「ボールッ!!」

 

 

ここでインローにストレートが外れた。きわどいコースだが、審判はボール判定。若干ゾーンが辛くなってきた。

 

 

そのボールで、またしても球場全体が揺れる。

 

 

『大歓声の神宮球場!! ここで、自己最速をたたき出した大塚!! 154キロ!! 154キロを9回にたたき出します、マウンドの大塚!!』

 

 

そして、審判が手を上げなかったことで球場も異様な盛り上がりを見せ始めていた。

 

 

『しかしこれはボールッ!! ボールツー!!  この低めのストレート、決まったかと思いましたが、判定はボールっ!! ツーツーピッチ!!』

 

しかし、権藤はこの低めのボールに大きなリアクションも反応も取らない。

 

 

並行カウントになったことで、より一層神宮球場では両者へのコールが大きくなっていき、拍手も大きくなっていく。

 

 

最終回、2点差を巡る攻防。9回ツーアウト。

 

 

 

その10球目。

 

 

『あっと、ここで外れた!! 外のチェンジアップ外れてボールッ!!』

 

 

ここで、御幸は外のチェンジアップを見せた。これもきわどいコースに投げ込んだボールだが、この落ちるボールをしっかりと我慢した権藤。

 

このストライク厳しいところから逃げながら沈む緩い球にも動じない。

 

 

『さぁ、これでフルカウントっ!! ツースリー!! スコアボードのランプはほぼ全部ついています!!』

 

『ここですよね。フォアボールで満塁にはしたくない場面。しかしストレートも怖い局面。このボールで配球の傾向もある程度予想ができますよ』

 

 

セットポジションから御幸がサインを送る。しかし、大塚が首を振る。

 

 

――――大塚!?

 

 

もう一度、サインを送る御幸。しかし、これも首を振る。

 

 

――――だったら、これか?

 

 

 

サインが決まる。御幸が外に寄る。

 

『さぁ、勝負は11球までやってきました。ツーアウト二塁三塁で打席には4番権藤!』

 

 

大塚が選択した球種は――――

 

 

金属音が響き、またしても打球は一塁線際どいコースに鋭く飛んだ。

 

「!!」

御幸がマスクを外して走りかける。

 

 

 

その判定は―――――

 

 

 

『ファウルっ!! ファウルです!! このフルカウントの局面で落としてきました!! マウンドの大塚!!』

 

球速も今日の最速のスプリット、144キロ。力を抜いた大塚のストレートとあまり変わらない速度だ。

 

 

――――もうスプリットは投げられない。ここまでいい当たりをされたら―――

 

 

コースが若干高く浮き始めている。消耗している中、コースを致命的に間違えてはいないが、少しでも浮けば、痛打される。

 

 

疲労が溜まり、握力もだんだん落ち始めている。今のはボールゾーンのコースだが、明らかに落ちが悪くなってきている。

 

 

 

 

御幸はこの勝負に呑まれ始めていた。どのボールを選択すればいいのか。何をすれば打ち取れる。

 

 

 

 

しかし、大塚の投げたがっているボールは変わらない。

 

 

その12球目―――――

 

『ファウルゥ!!! 今度はインコースにストレート!! フルカウントから!! 攻めてきます、青道バッテリー』

 

『今、踏み込んできましたからアウトコースはレフト線に落とされていたかもしれませんね』

 

権藤はアウトコースのボールを待っていた。フルカウントでスプリットの落ちが悪くなり始めたのだ。決め球が効力を失い始め、権藤はアウトコースに勝負球を持ってくると踏んでいた。

 

そしてそれを御幸はわかっていたのだ。だからこそ、危険を承知でインコースに投げざるを得ない。

 

 

球数を放れば放るほど、こちらが不利になる。

 

 

――――ここで十分にスプリットとストレートを見せた。緩急だって見せ球に外で見せた。

 

 

 

勝負はさらに伸びて13球目。

 

 

ここで、両者の思考が一致した大塚、御幸バッテリー。

 

 

 

――――決めろっ、栄治っ

 

祈るような気持ちで、ミットを構える御幸。

 

 

 

『セットポジションから13球目―――――』

 

 

 

権藤に向かってくるボール。さらに内側に投げ込んできた速いボールがインコースに。

 

 

――――内側の変化球ッ!!

 

 

ここで権藤の視界からボールが下へと加速する。だが、そんなことは織り込み済みだ。

 

 

大塚の決め球、スプリット。それが来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――なん……だと!?

 

 

ボールは縦の軌道ではない。縦に沈みながら、曲がり落ちるボール。

 

 

高速縦スライダー。この局面で、この場面で、この打者に、最後は内に切れ込む変化球を、インロー、左打者の泣き所に投げ切った大塚。

 

 

権藤は自分より前の打席で、大塚の投球は見ていた。粘れば必ず甘い球は来ると。

 

 

失投が増え始めている彼の姿を見て、十分な勝算を計算していた権藤。

 

 

 

 

しかし、最後の最後まで彼は権藤に甘い球を投げなかった。致命的な隙を与えなかった。

 

 

 

 

 

バットがわずかに届かない。ほんの少しのずれが、果てしなく遠かった権藤。

 

 

その紙一重の差が、両者の未来を決定づけた。

 

 

「ストライィィクッ!! バッターアウトォォォォ!!!! ゲームセットッ!!」

 

 

 

ワァァァァ、という大歓声とともに、試合が終わった。重たい投手戦から始まり、9回表での先制点。その裏のピンチを切り抜けての決着。

 

 

 

2対0で、青道高校が初めての神宮大会優勝を決めたのだ。

 

 

 

全国制覇の栄冠が、ついに彼らの下にやってきた。

 

 

 

悲願の栄冠を達成した立役者の一人は―――――――

 

 

「――――――っ」

 

投げ終わった瞬間、マウンドで膝をつく大塚。集中力から解放されて、体勢を崩していた。

 

 

息が荒く、大塚はこの歓喜の瞬間、

 

――――つ、つかれた……

 

 

ここまで苦しい試合は夏の甲子園準決勝、秋季予選の鵜久森戦以来だった。喜ぶ気力すらない大塚は、自身の惨状に苦笑い。

 

「大塚!? どこか痛めたのか!?」

 

マウンドで膝をついている大塚を見て飛び出してきた御幸。

 

「――――いやぁ、すっごい……すっごい疲れました。気が抜けて、ちょっと力が出ないです」

ハハハ、と笑う大塚。

 

内野陣も大塚が膝をついたことに心配そうにしていたが、大塚には異常がなく、集中しすぎて消耗したということを伝えられ、

 

「大塚ぁ!! 最後打球飛んでこなかったじゃないか!!」

 

「やったな、大塚ぁ!!」

 

「ワイは信じてたで!!」

 

「13球の勝負、大塚君が勝つことしか考えてなかったよ!!」

 

 

みんなに肩を貸してもらい、自分の足で歩く大塚。

 

 

「――――もう絶対に抑えようと思ったから」

ここで、大塚は胸の内を告白する。

 

「だから、全部絞り尽くす気持ちで、倒れるなら……前のめりに、勝ってから……倒れるつもりだったんだ……」

息絶え絶えに、白状する大塚。

 

「抑えられてよかった」

 

 

一方、決勝でリベンジを果たされた光南のエース柿崎は、

 

 

「―――――俺、あそこまでの覚悟はなかったかもな」

 

大塚の様子を見て、一塁ベース上にいた沼倉に声をかける。

 

「――――カッキー?」

 

 

「――――勝って倒れる。絞り尽くす。8番金丸との勝負だってそうだ。後二つ取る。この二つを全力で取ると考えていた」

 

自然な考え方だ。投手なら、先発投手ならそれが正解に一番近い。

 

 

しかし、大塚は9回のピンチで自分とは違う気持ちの入れ方をしていた。

 

 

「さっき聞こえたんだ。あいつ、勝って倒れるつもりだったらしいぜ」

あそこまで勝利に、目の前の打者に入れ込む投手はなかなかいない。

 

あそこまで、力を絞り尽くしたという様子は、中々見られない。

 

 

「――――今回は、負けを認めるしかない」

 

2年生エース柿崎則春。この敗戦を経験しても、決して下を向いたままでは終わらない。

 

「だが、最後の年で、春夏連覇を見るわけにはいかない」

奴らの眼前で、自分たちはそれを達成した。そして、あの青道を倒せるチームはなかなかいないだろう。

 

 

全国制覇を掲げる以上、ぶつかる相手だ。絶対に避けることはできない。

 

 

「俺は、絶対に負けたまま引退しないからな!!」

 

 

 

 

 

「2対0で青道!! 礼ッ!!」

 

 

ありがとうございました!!!

 

 

『いやぁ、神宮大会で、ここまで盛り上がりを見せる試合というのもそうはないでしょう。選抜、夏の甲子園に比べ、いまひとつ知名度が低いと思われがちではありますが、この好ゲームを生で見られた観客は、とても幸せだったことでしょう』

 

『ええ。この試合の解説をやらせていただいたのも、野球人として、大変光栄なことです。球児たちの死闘。選抜や夏でも、再現が見たくなるような、そんな好カードでした』

 

 

 

「―――――――また一皮剥けましたね」

落合は、この秋季大会を経て、今年最後の試合でまた一段と大きくなった大塚栄治の姿を見て、そう断じた。

 

「――――気迫が違いましたね。それと一段と力強く、荒々しい。以前の冷静沈着な投球スタイルが、彼の強みではあったかもしれません。しかし、殻を破った感じがしますね」

高島副部長も、大塚の投球に感じ入るものがあった。

 

多彩な変化球で、打者を翻弄する姿。それが大塚栄治の入学当時の投球スタイルだった。

 

それが、今では勝負所で粘り強い投球スタイルも加わった。それが9回裏の攻防での勝利に結びついた。

 

 

絶対的なエース。その姿の片鱗を見た気がした。

 

青道応援席では、神宮初優勝の歓喜に沸いた部員や応援する人の熱気に包まれていた。

 

 

「―――――ふぅ」

その中で、一人だけ力の抜けた感じになっている春乃。それだけこの勝負に入れ込んでいた。なので、気疲れしていたのだ。

 

 

しかし、大塚がやってくると事情は違ってくる。

 

 

「おめでとう、大塚君っ!」

大きく手を振り、大塚に笑顔を届ける彼女の姿に、大塚は元気を少しだけ取り戻した。

 

 

「―――――ずるいなぁ、俺は」

 

彼女の笑顔だけで、こんなにも力が出る。優勝を喜ぶ気力はないと思っていたはずなのに。

 

 

「っ、羨ましくなんかねぇぞ」

 

「大塚君のこれはもうあきらめたよ」

 

肩を貸している倉持と東条はあきらめたような表情を浮かべていた。

 

 

御幸と前園は、大泣きしている金丸の肩を支えていた。

 

「俺、俺がやったぞ!! 見ているかぁぁ、沖田ぁ!!!」

 

 

 

「ああ。あいつもテレビで見ているだろうな!」

 

 

「いい土産話が出来そうやなぁ、金丸!!」

 

 

「はいっ!!」

 

 

金丸は、これがきっかけでレギュラーの座をつかんだと考えていた。これで少しだけ沖田に近づくことが出来たと。

 

 

後に、黄金時代の主将に就任した彼は、この試合のことをこう語る。

 

 

 

 

 

仲間に手を貸してもらい、ベンチに帰ってきた大塚。

 

「よく投げてくれた。厳しい場面で、コースを間違えず、大胆に、そして投げ切れた。9回からの活躍は神懸っていたな」

片岡監督からの言葉に頬を緩めた大塚。

 

「タフな展開でした。ああいうのを修羅場というんでしょうね」

 

大塚は片岡監督の前でお道化た様にあの場面を回想する。

 

 

「継投を考えていた。今でもどちらが正解かはわからん。だが、お前は抑えきった。あの場面を切り抜けることが出来た。あの場面、お前は何が見えていた?」

 

 

明らかな首脳陣のミス。大塚に魅入られた彼らの動きの遅さをカバーした大塚の活躍。しかし、この局面で垣間見せた大塚のあの姿は何なのか。

 

 

それが一同は気になっていた。

 

 

 

 

 

「――――物事をシンプルに。余計なことは考えず、打者一人一人、一球一球丁寧に投げた、と思います。勝つイメージしかありませんでした。ん、あまり実感ないですね……」

しかし、自身への疑問を感じさせる歯切れの悪さ。

 

「大塚?」

首を傾げる太田部長。

 

 

「――――起きてはいたんですけど、まるで自分ではないような感覚で。」

 

「えぇ!? 起きていたのにぃ!? えぇ!? こんなことがあるのか―――」

 

 

「実は9回表の打席も、なんでストレートを打ったのかわからなくて。」

なぜかストレートと見た瞬間に確信していて、根拠のない自信で打ったようなものなんです、と彼は言う。

 

 

 

 

「どういうことだ……」

太田部長も、隣にいたスコアブックを書いていた幸子も、大塚の言いたいことをいまいち理解できていなかった。

 

しかし、現役の選手で、投手出身の監督は彼の言いたいことを理解できていた。

 

 

「――――そうか。」

完全試合こそないが、片岡は、大塚が言いたいことは理解できた。そしてその事実に、心の中で歓喜した。

 

ここまでボールに気持ちを乗せられる、ここまでボールに全てを賭けられる投手に成長したことを、心から喜んでいたのだ。

 

かつて、甲子園準決勝で自分も似たような経験をしたからだ。苦しい時に、物事をシンプルに考え、集中を高める。

 

あの延長戦を投げ切った時も、そんな感覚だったのだ。

 

 

しかし、大塚は9回表の打席と、9回裏の投球の2度で、スイッチを入れなおしたのだ。

 

 

また一段と、頼もしく、よりタフな投手になった。

 

「今日はしっかりとアイシングをしておけ。あまりはしゃぎすぎるなよ」

体に障るからな、としっかりくぎを刺しておく監督。

 

「はい――――恐らく余韻は明日頃に来そうかなと。」

本当に疲れている大塚。そのコメントに余裕のなさが表れている。

 

 

「大塚ぁぁぁ!! 帰ったら祝勝会な!!」

 

「優勝インタビューもちゃんとやれよ!!」

 

「金丸っ! あがるなよ!!」

 

「う、うるせぇ!!」

 

「エースの座は渡さねぇ!! 渡さねぇからな!!!」

 

「ナイスピッチ、大塚!!」

 

「最終回、痺れたぁぁ!!!」

 

「信じてたぞ、大塚!!」

 

「絶対に追いつく。絶対に、追い越す」

 

 

ナインの、仲間の声が聞こえる方向へ。みんなが彼を待っている。

 

 

――――優勝の味は、こんなにも報われるのか

 

 

歓喜の渦の中へと身を任せ、大塚はその歩を進める。

 

 

―――――これが、優勝の味なんだね、父さん……

 

 

偉大な父がプロの世界で味わった歓喜の瞬間。大塚は目頭を熱くさせながらその輪に入る。

 

 

―――――これが、優勝投手の――――――

 

 

 

 

青道高校、初の神宮大会優勝を決める。

 

 

 




ついに決着です。初の栄冠を手にした青道。


僕個人としては、もう少し原作が進んでから2年生編を描こうと考えています。

なので、この長くなった1年生編は、冬で一旦終了となります。

しかし、今度はリセットはありませんと現状宣言しておきます。

現在、冬の合宿編を製作中です。

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